異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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シャール2Cが大暴れするとこうなる 後編

 

 僕たちにとって、あの日光は天敵だ。

 

 耐性には個人差があるけれど、耐性がない吸血鬼は日光を浴びるだけで発火したり、そのまま消滅してしまう。耐性がある人でも再生能力が低下してしまったり、体調が悪くなる。幸い僕は後者で耐性はそれなりに高いんだけど、はっきり言うと昼間に屋外で戦うのはごめんだ。日光を浴びると頭が痛くなるし、稀に目眩がする。だから天気がいい日はさっさと暗い部屋の中に棺桶を用意して、ちゃんと蓋を閉めてからその中で眠るのが一番だ。

 

 小さい頃から、僕は太陽が嫌いだった。あんなにやかましい輝きよりも、物静かな月明かりの方が好きなんだ。

 

 きっとブラド様やレリエル様も、日光は嫌いだったに違いない。

 

 けれども、僕たちの目の前には、下手したら忌々しい太陽よりも厄介な天敵が姿を現してしまったのかもしれない。

 

 太陽の光を呑み込むほど猛烈な火柱の真っ只中で、戦車の破片が舞い上がる。砲塔の一部だった装甲の破片や、主砲同軸に搭載されていた機銃の一部と思われる残骸。それがどこの部位だったのかを判別できる残骸たちが火柱と共に紺色の空に舞い上がり、やがて熱が生み出す陽炎と鉄の溶ける臭いを纏いながら、砂の上に落下してくる。

 

 その残骸は隕石の一部のように見えるけれど、戦車の装甲の一部だったのだ。

 

 圧倒的な破壊力の砲弾で砲塔を撃ち抜かれ、そのまま大爆発を起こした戦車の残骸の一部。上り始めた忌々しい太陽とともに姿を現した巨大な戦車に立ち向かっていった、味方の戦車の慣れの果て。

 

 戦場では、あらゆるものが壊れていく。被弾した兵器や兵士の銃だけではなく、その兵器や銃を操る兵士たちの肉体も、爆風を浴びれば容易く千切れ飛ぶ。そして敵兵を殺し、戦友が死ぬ瞬間を目の当たりにしてしまった他の兵士たちの心も、少しずつ壊れていく。

 

 僕も壊れてしまったら、あんな姿になってしまうのだろうか。原形を留めない残骸と化して、戦場に転がるのだろうか。

 

 せめて原型は留めて死にたいものだ。運が良ければ、味方に埋葬してもらえるかもしれないから。

 

「司令部、こちら突撃兵第8分隊! こちらにも対戦車兵器があります! 交戦許可を!!」

 

『許可できない』

 

「なぜです!? 味方の戦車が嬲り殺しにされてるんですよ!?」

 

 陥落した要塞の防壁の近くで、分隊長が味方の通信兵から無線機を借り、後方にあるラーテと連絡を取っている。あの超重戦車と交戦する許可を得ようとしているみたいだけど、多分交戦許可は下りないだろう。

 

 ちらりと隣を見てみると、戦友のフランツも要塞の防壁を日陰に使い、上り始めた太陽の光から隠れながら、味方の戦車が木っ端微塵にされていく様子を眺めている。

 

『諸君らは貴重な突撃歩兵だ。タンプル搭へ攻撃するまでに失うわけにはいかん』

 

 やっぱり、予想通りの理由だった。

 

 この春季攻勢(カイザーシュラハト)の勝敗を決するのは、敵の防衛線を突破する突撃歩兵たち。巨大な列車砲や超重戦車も投入されているけれど、司令部やブラド様が一番喪失を恐れているのは、戦車たちから見ればとってもちっぽけな突撃歩兵たちだろう。

 

 戦車よりもはるかに小回りが利く歩兵が敵の防衛線を突破し、敵の司令部や通信設備を滅茶苦茶にしなければ、敵がいくつも用意している塹壕を突破するのが難しいからだ。戦車部隊で強引に進軍することはできるけれど、僕たちの兵力はテンプル騎士団の6分の1でしかない。この春季攻勢(カイザーシュラハト)に勝利した後は復活したレリエル様と共に再び世界を支配するのだから、この戦いで同胞たちを失うわけにはいかない。

 

 少ない兵力に損害を出さないためにも、突撃歩兵が先陣を切って塹壕を突破し、敵の司令部を破壊して味方を突破させなければならないのだ。それゆえに、突撃歩兵をここで失うわけにはいかないのである。

 

 僕はさっき支給してもらったばかりのMP7A1のマガジンを数えながら、他の分隊の様子を確認した。

 

 どうやらこのブレスト要塞までたどり着けた他の突撃歩兵たちも、交戦許可が下りていないらしい。僕たちと同じように防壁を日陰代わりに使いながら、どんどん進撃していく敵の超重戦車を見つめていた。

 

 中には仲間を見殺しにしているという罪悪感を感じている兵士や、あんな化け物の相手をする羽目にならなくてよかったと胸を撫で下ろす兵士もいる。

 

 僕はどっちなんだろう。あの戦車に焼き払われていく味方を助けられないことを悔しがっているのだろうか。それとも、あんな化け物に小さなロケットランチャーで挑まなくてよかったと思っているのだろうか。

 

 分からないな。どっちなんだろうか。

 

「可哀そうだよなぁ、戦車部隊の連中」

 

「ヴリシアでは逆だったからね。可哀そうなのはテンプル騎士団の方だったし」

 

 ヴリシア帝国の帝都サン・クヴァントでの戦いでは、テンプル騎士団の戦車たちの方が哀れだった。最終防衛ラインまで次々に進撃してきたというのに、最後の最後で切り札のマウスやラーテによる反撃で蹂躙され、大損害を被る羽目になったのだから。

 

「というか、あの戦車の目的は何なんだ? 要塞の奪還じゃなさそうだよな」

 

「あっ、そうだよね」

 

 支給されたビスケットを齧りながらフランツがそう言った瞬間、僕ははっとしてしまう。

 

 あの戦車の目的がブレスト要塞の奪還ならば、脇目も振らずに要塞へと突っ込んできた筈だ。けれども単独でやってきたあの超重戦車は要塞へと突っ込むつもりはないらしく、テンプル騎士団が撤退していった方向へと進みながら、目の前にいる戦車たちを蹂躙している。

 

 多分、味方に置き去りにされてしまったんだろう。あんなに動きが遅い戦車なのだから、歩兵をあっさりと置き去りにしてしまう戦車たちに追いつけるわけがない。可哀そうな戦車だな。

 

 ゆっくりと進みながら仲間の所へ戻ろうとする戦車を見つめながら、僕も支給されたビスケットを齧ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またしても、凄まじい衝撃がシャール2Cの巨体を貫通していく。後頭部を座席に叩きつける羽目になりながら素早く被害状況を確認するが、正面装甲を分厚くしたこの超重戦車は、側面や後方から攻撃されない限りはそう簡単に擱座するわけがない。

 

 こいつの正面装甲は、160mm滑腔砲から放たれるAPFSDSに耐えられるほどの厚さなのだから。

 

 しかし、ゆっくりと進撃しているとはいえ、側面や後方に回り込もうとする敵を全て迎撃できていたわけではない。先ほど味方のレオパルト2がピカルディーの主砲の餌食になっている隙に、全速力で側面へと回り込んだM2ブラッドレーが砲塔の機関砲を連射し、進撃するピカルディーの側面の装甲に風穴を開けるために足掻き続けている。

 

 やかましい音だ。

 

 側面の装甲は複合装甲ではないとはいえ、立て続けに被弾していれば損傷する恐れがある。機関室だけは絶対に死守しなければならないから、無視するわけにはいかない。

 

 だからと言って、主砲をそっちに向ければ正面のマウスたちを一切攻撃できなくなってしまう。唇を噛み締めながら右手を正面のキーボードへと伸ばし、連続でキーボードをタッチ。左手で主砲の照準器を掴んで照準を合わせつつ、右手で後部にある砲塔を操作する。

 

 シャール2Cの後部には、30mm機関砲と100mm低圧砲を兼ね備えた砲塔がある。さすがに152mm連装滑腔砲のような圧倒的な破壊力はないものの、大口径の低圧砲と機関砲の砲撃が立て続けに放たれれば、回り込もうとした装甲車や歩兵たちはたちまち木っ端微塵になる事だろう。

 

 ちなみに、ステラはこの後部の砲塔の代わりに、T-90の砲塔を主砲と機銃ごと移植するつもりだったらしい。

 

 後部の砲塔を、左側へと回り込んだM2ブラッドレーへと向ける。きっとあのブラッドレーの乗組員たちは、真正面にいるマウスたちに反撃するために主砲を正面へと向けなければならないのだから、自分たちが狙われることはないだろうと思っていたに違いない。

 

 ブラッドレーの中で、ぎょっとしている事だろう。

 

 ブラッドレーの機関砲が着弾する音を聞きながら、座席の近くのモニターをタッチ。一旦主砲の照準器から目を離し、モニターに映し出されるレティクルをブラッドレーへと合わせる。

 

 照準器はあくまで主砲専用で、他の武装の照準はこのようにモニターに表示されるレティクルを使って行う。簡単に照準を合わせられるんだけど、合計で4つの砲塔をたった1人で操りながら、操縦士と機関士に指示を出さなければならないのだから、砲手も兼任する車長の負担は大きい。

 

「さっきからやかましいんだよ!!」

 

 発射スイッチを押し、低圧砲をお見舞いする。砲弾は機関砲を連射していたブラッドレーの車体の右側へと喰らい付いた瞬間、ちょっとした火柱がブラッドレーを呑み込んだ。今の一撃でくたばっただろうかと思いながら砲塔のカメラの映像を凝視していると、徐々に消えていく爆炎の中から、忌々しい機関砲の砲弾が再び飛来する。

 

 やがて、火達磨になりながら機関砲の連射を続けるブラッドレーが姿を現す。今の一撃では撃破できなかったらしい。

 

 舌打ちをしながら自動装填装置を作動させ、次の砲弾を装填。その間に30mm機関砲の照準を満身創痍のブラッドレーへと合わせ、お返しに機関砲を連射する。

 

 立て続けに30mm機関砲から放たれた砲弾が直撃するが、ブラッドレーは予想以上にしぶとかった。車体や砲塔に何発も被弾しているにも拘らず、火達磨になったまま機関砲の連射を止めない。

 

 ここを通してたまるかと言わんばかりに足掻き続けるブラッドレーだが、彼らといつまでも戦っているわけにはいかなかった。

 

 装填を終えたことを確認してから、もう一度発射スイッチを押す。

 

 低圧砲がまたしても砲弾を解き放つ。爆炎を突き破って直進していく砲弾は、一番最初に被弾した時点で動きが鈍くなっていたブラッドレーの車体を貫くと、そのまま車内で起爆したらしく、砲塔の付け根やハッチから炎が噴き出した。

 

 車内を焼き払われたブラッドレーがぴたりと動かなくなる。

 

 今しがたお見舞いした砲弾は、対吸血鬼用の水銀榴弾。起爆した瞬間に充填されている水銀が爆風と共に四散し、水銀の斬撃となって周囲の敵を切り刻む恐るべき榴弾である。炸薬の量が通常よりも減ってしまうため爆発の範囲は狭くなってしまうものの、水銀の斬撃は吸血鬼たちを一撃で絶命させられるほど強力だ。

 

 そんな砲弾が、よりにもよって車内で起爆したのである。乗組員たちが生きているわけがない。

 

 自動装填装置に水銀榴弾の装填を命じつつ、再び主砲の照準器を覗き込む。もう既に砲身にはAPFSDSが2発も装填されており、照準を合わせて発射スイッチを押すだけで、レオパルトやマウスを血祭りにあげることができた。

 

「発射(アゴーニ)!!」

 

 標的は、11時方向のマウス。

 

 ドンッ、と、同時に放たれた2発の砲弾の轟音が車内を駆け回る。斉射されたAPFSDSは同時に外殻を置き去りにし、鋭利な砲弾に変貌すると、砲塔を旋回させて側面を狙おうとしていたマウスの砲塔と車体の正面に喰らい付いた。

 

 まるで血飛沫のように、抉られた装甲から火花が吹き上がる。マウスの分厚い複合装甲を貫通するために大型化された152mm砲から放たれた砲弾たちは、砲塔の中にいた砲手や自動装填装置を滅茶苦茶にしながら砲塔の中をズタズタにする。車体へと着弾した砲弾もあらゆる砲弾を弾いてきたマウスの堅牢な装甲を穿つと、金属の溶ける臭いをマウスの車内へと解き放ちながら、乗組員たちの脆い肉体を貫いて行った。

 

 砲手が砲弾に巻き込まれた挙句、自動装填装置を損傷したマウスは、もう戦うことができなかった。辛うじて動くことはできたらしいが、主砲どころか75mm速射砲すら発射できないマウスには、進撃していくシャール2Cを食い止める術がない。

 

 何事もなかったかのように戦車たちを蹂躙していくフランスの超重戦車を、大破したドイツの超重戦車は悔しそうに見つめていた。

 

『こちらドレットノート! タクヤ、聞こえる!?』

 

「ナタリア…………!」

 

 シャール2Cの車内を満たしていたのは、砲弾を弾いた音と砲撃する音くらいだ。自動装填装置の音も聞こえて来るけれど、被弾するか、こっちが砲撃する音が大きすぎるせいで段々と聞こえなくなっていく。

 

 そういう荒々しい音に慣れてしまったせいなのか、ナタリアの凛とした声が無線機から聞こえてきたのはすぐに分かった。

 

「こちら”ピカルディー”、どうぞ」

 

『は? ピカルディー?』

 

「大破した無人戦車を修復したんだ。今は戦車部隊と交戦中」

 

『待って、ここから見えるわ。―――――――ちょ、ちょっとあんた! 何よそれ!?』

 

「ピカルディーだって。有人操縦モードで操縦してるんだよ」

 

 オミットする予定だったんだけどね、この機能は。

 

『…………タクヤ、今から艦砲射撃が始まるわ。こっちはもう撤退してるから、タクヤたちも早く離脱して』

 

「了解。ラウラたちも退避したんだな?」

 

『…………』

 

 ラウラの事を聞くと、ナタリアはすぐに返事をしてくれなかった。

 

 今の声が聞こえなかったわけがない。もしすぐにラウラたちも無事に撤退してくれたことを告げてくれたのならば、俺の頭の中で最悪な仮説は勝手に組み上がることはなかっただろう。

 

 まさか、ラウラに何かあったのか…………!?

 

『…………撤退してから話すわ。艦砲射撃が始まるから、すぐに退避して』

 

「りょ…………了解」

 

 真相を教えてくれなかったのは、その真相が俺に大きなダメージを与えるかもしれないと思ったからなんだろう。敵の超重戦車や高性能な主力戦車(MBT)と激戦を繰り広げている最中にそんなことを知らせてしまったら、間違いなく俺たちは全滅すると判断したから、撤退してから話すことにしたのだろう。

 

 確かに、俺が戦闘の最中にショックを受けて戦えなくなるのは論外だ。砲手と車長を兼任しているのだから、戦えなくなればこの戦車は袋叩きにされる。味方の艦砲射撃に巻き込まれる前に要塞から離脱し、仲間たちと合流しなければならないのだから。

 

 次の標的に照準を合わせ、砲撃の準備を整える。頭の中で次に装填する砲弾や次に仕留める標的を決めながら作業を続けるが、不安から生れ落ちた最悪な仮説が段々と大きくなり、集中力を蝕み始める。

 

 ラウラに何が起きたのだろうか?

 

 ナタリアが真相を教えてくれなかったのは、間違いなく俺が真相を知ればショックを受けるからだろう。ラウラに起こったことを知って俺がショックを受ける可能性があるのは、何なのだろうか。

 

 考えてはいけないと何度も命令しているのに、頭の中でその仮説は成長していく。瞬く間に肥大化し、不安を侵食して成長して、自分でイコールを作ってしまう。

 

 もしかしたら、ラウラは戦闘の最中に…………!

 

 しかし、成長した仮説がイコールの先へと流れ込むよりも先に、シャール2Cの車体が激震した。正面装甲にマウスの主砲が直撃したような振動よりも更に大きい、規格外の激震。座席の近くにあるモニターや照準器に頭をぶつけながら、敵の対戦車地雷を踏んでしまったのかと思った俺は大慌てでカメラを確認するけれど、装甲に守られたシャール2Cのでっかいキャタピラは、先ほどと同じように動いている。

 

「何だ!? 損害は!?」

 

『こ、こちら機関室! 今、敵の砲弾が機関室付近に被弾ッ!!』

 

「くそ………!」

 

 側面を確認してみると、撃破されたマウスの残骸の陰に隠れ、シャール2Cがその残骸を通過していくのを待ち構えていた1両のレオパルトが、120mm滑腔砲をこちらへと向けて佇んでいたのである。

 

 今の衝撃は、側面の装甲が貫通された衝撃なのか。

 

 シャール2Cの正面装甲はかなり分厚いが、側面の装甲は脆い。従来の戦車の側面の装甲よりも一回りは厚くなっているけれど、APFSDSを防ぎ切れるほどの防御力ではないのだ。

 

「エンジンの出力は!?」

 

『出力は…………3号の出力が60%ダウン! 2号も出力が20%ダウンしてる!』

 

「タクヤ、速度が15km/hまで低下します」

 

「くそったれぇッ!! ―――――――ぐあっ!?」

 

 またしても、シャール2Cの車体が揺れた。機関室へと繋がっている通路の向こうから金属の溶ける臭いやオイルの臭いが砲塔の中や車体へと流れ込んでくる。被害を確認するためにモニターを見下ろした俺は、後部の砲塔のカメラの映像が映らなくなっていることに気付き、歯を食いしばる。

 

 今度は後方だ。何が砲撃してきたのかは不明だが、さっきのレオパルトみたいに残骸に隠れ、俺たちが通過して脆い側面や後部の装甲を晒すのを待っていたのだろう。こっちは戦車部隊を撃滅するのではなく、こいつらを突破して味方と合流することが最優先目標なのだから、とにかく前進しなければならない。

 

 敵は、俺たちの目的が戦車部隊の撃滅ではないという事に気付いたのだ。

 

 またしても砲弾が直撃したらしく、ピカルディーが揺れた。

 

『こちら機関室…………ゴホッ、3号が機能を停止!』

 

 3号は俺が修理した一番後ろのエンジンだ。被弾してしまったせいで、ついに機能を停止してしまったらしい。

 

 通路から流れ込んでくる臭いが更に強烈になり、機関室へと繋がっている通路から、黒煙が溢れ出る。

 

 くそ、この戦車を放棄するべきか…………!?

 

 逃げ遅れた敵のマウスをAPFSDSの斉射で粉砕しながら、俺はそんなことを考えた。敵に背後や側面から攻撃され、何ヵ所かは貫通してしまっている。しかもその被弾した衝撃で1基のエンジンがついに機能を停止し、もう1基のエンジンも出力が低下しつつある。

 

 このまま走っていても、後方の敵に嬲り殺しにされるだけだ。

 

 いっそのことシャール2Cを放棄し、俺がメニュー画面でバイクをすぐに装備して、仲間を乗せてそのまま味方の所へと突っ走った方がいいかもしれない。榴弾でバイクや仲間もろとも吹っ飛ばされる危険性があるが、このまま戦車と一緒に袋叩きにされるよりはマシだろう。

 

 総員退去と叫ぼうとした、次の瞬間だった。

 

 ズドン、と、またしてもシャール2Cが揺れる。マウスの主砲を喰らったのかと思って唇を噛み締めたけれど、その衝撃が被弾した時の衝撃とは違うことにすぐ気づいた俺は、はっとしながらカメラの映像を確認する。

 

 砲塔を旋回させると、モニターには巨大な黒煙が吹き上がる砂漠と、その黒煙と一緒に舞い上がる小さな残骸の群れが見えた。

 

 噴き上がる黒煙の根元に佇んでいるのは――――――――砲塔の上面に巨大な風穴を開けられ、真っ二つにへし折られた超重戦車(マウス)だった。

 

「え…………?」

 

 立て続けに、巨大な何かが砂漠へと降り注ぐ。着弾すると同時に戦車砲とは比べ物にならないほど巨大な火柱と黒煙が産声を上げ、周囲にいた歩兵や戦車たちを衝撃波だけで木っ端微塵にしてしまう。もちろんそれは、シャール2Cの砲撃ではない。こいつの主砲も強烈だけど、あんなに簡単に戦車を木っ端微塵にすることはできないし、まだ自動装填装置に装填するように命令を出していない。

 

 後方へと回り込んだ戦車たちが、天空から落下してくる巨大な砲弾の群れによって、次々に蹂躙されていく。

 

 その猛烈な砲撃の正体は――――――――河に留まって砲撃の準備をしていた、ガングート級戦艦たちから放たれた榴弾だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 味方の艦隊の艦砲射撃に援護してもらいながら、俺たちはボロボロのピカルディーと共に無事にタンプル搭へと生還することができた。

 

 もし要塞の近くでピカルディーが擱座していなかったら、俺たちはあの戦車部隊の砲撃で木っ端微塵にされ、とっくに戦死していたに違いない。無事に帰還することができたのは、この超重戦車の圧倒的な頑丈さと火力のおかげだ。

 

 けれども―――――――帰還した直後に、俺は格納庫で待っていた1人の兵士から、最悪な仮説の答えを聞かされる羽目になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砲塔のハッチを開け、被弾した跡がいくつも残っている砲塔から格納庫の床へと飛び降りる。超重戦車を格納するために増設された専用の大型格納庫の床には、『01』から『10』までのナンバーが描かれた格納スペースがあり、その中には無傷のシャール2Cたちが眠っている。

 

 最終防衛ラインでの戦闘に投入するため、全ての重要拠点から引き抜いてきたピカルディーの”兄弟”たちだ。ピカルディーも格納スペースに停車しており、早くも整備兵たちが激戦を繰り広げながら帰還したピカルディーの修理を始めている。

 

 あれほど攻撃を喰らっても動き続けていたのだから、きっと最終防衛ラインの戦いでも敵の戦車部隊を蹂躙してくれるに違いない。最後の戦闘前に2両ほど増産しておいた方がいいだろうか。

 

「同志団長」

 

 傷だらけのピカルディーを見上げていると、側へとやってきた兵士に声をかけられた。作業着ではなく黒い制服を身に纏っており、肩には砲弾を抱えたゴーレムのエンブレムが描かれている。

 

 どうやら陸軍の兵士らしい。砲弾を抱えたゴーレムは、テンプル騎士団陸軍のエンブレムなのだ。

 

「どうした?」

 

「同志ラウラなのですが…………」

 

「…………教えてくれ」

 

 彼女は無事なのだろうか。

 

 イコールの先を蝕もうとする仮説を否定し続けていたけれど、俺にラウラのことを告げようとした兵士は、報告する事を躊躇っているらしく、俺と目を合わせていない。AK-12を背中に背負ったまま、本当に俺に彼女に起こったことを報告するべきなのかと悩んでいた。

 

 しかし、彼は報告することに決めたらしく、やっと俺と目を合わせてくれる。

 

「団長…………同志ラウラが…………」

 

 息を呑みながら、戦闘中に集中力を蝕んでいた仮説の答えが外れていますようにと祈り、その兵士の眼をじっと見つめた。

 

 ラウラは、今まで俺と一緒に旅をしてきた実力者の1人だ。確かに吸血鬼たちは手強い相手だけど、彼女がやられるわけがない。エリスさんと親父(魔王)の遺伝子を受け継いでいる最強のお姉ちゃんなのだから。

 

 それゆえに、仮説は外れているに違いない。

 

 そう思いながら、俺は彼の報告を聞いた。

 

「―――――――戦死しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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