異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
照準器の向こうで、吸血鬼の兵士の上半身が千切れ飛ぶ。
普通の人間なら、上半身を捥ぎ取られれば死んでしまう。けれども再生能力を持つ吸血鬼たちは、弱点を使って攻撃しない限り、上半身を吹っ飛ばされたり、ミンチになったとしてもすぐに再生してしまう。
だから今しがた私が放ったのは、銀の23mm弾だった。
従来のアンチマテリアルライフルよりもはるかに大口径の銃弾が、照準器の向こうで荒れ狂う。当たり前のように人体を粉砕した弾丸が、その後ろで弾薬の入った箱を運んでいた兵士の右半身を抉り取り、更にその後ろで兵士たちに指示を出していた指揮官らしき兵士の腹に大穴を開ける。
腹に開いた風穴から露出した腸を周囲にまき散らしながら、指揮官らしき兵士が崩れ落ちていく。
氷の粒子を纏ったまま、私は立ち上がった。すぐに敵兵たちがMG3で弾幕を張ってくるけれど、弾丸が着弾しているのは私や他の兵士たちが狙撃していた場所とは全く違う。けれども、いつまでも同じ場所から狙撃していれば敵に発見されてしまう。
それに移動しながら狙撃を続けていれば、敵に反撃される確率が下がる。
走りながらゲパードM1のピストルグリップをボルトハンドルのように一旦捻り、そのまま引く。飛び出した大きな薬莢の代わりに次の23mm弾を装填し、ピストルグリップを元の状態に戻す。
このアンチマテリアルライフルは私のお気に入りだった。単発型だけど命中精度が高いから、敵を狙撃し易い。それにタクヤに23mm弾を発射できるように改造してもらったから、敵がステータスの高い転生者でも一撃で葬ることができる。
敵をできるだけ一撃で仕留められる火力と、極めて高い命中精度を両立したこのライフルを、私は愛用していた。
腰につけている革のホルダーに残っている弾丸はあと11発。これを撃ち尽くす前に、守備隊は撤退を終えるかしら?
「シャシュカ2と3はもう少し後退して。シャシュカ7と8も前に出過ぎよ。反撃されちゃうわ」
『了解です、教官』
それに、そろそろ私たちも撤退するんだから、出来るだけ後ろに下がっていた方がすぐに撤退できるわ。あまり前に出ていると反撃されるし、最悪の場合は敵に包囲される羽目になる。狙撃用の装備で敵の兵士に包囲されれば、突破できる可能性はゼロになってしまうからね。
ドン、と戦車砲が火を噴く音を聞いた私は、咄嗟にそちらに銃口を向けた。砂嵐がもう少しでこの戦場を呑み込むところなのか、少しずつ砂が舞い上がりつつある。けれどもその舞い上がっていく砂の向こうで、後方のチョールヌイ・オリョールへと向けて火を噴くレオパルトの姿が見えた。
いくら23mm弾とはいえ、戦車の装甲を貫通することは不可能。タクヤの住んでいた異世界では、弾丸が装甲を貫通する時代はもう終わっているのだから。
けれども、全くダメージを与えられないわけじゃない。
氷の粒子を纏って姿を消したまま、砂の上に伏せる。展開したままだったバイポッドを有効活用して、私はレオパルトの砲塔の上にあるアクティブ防御システムに照準を合わせる。
戦車は撃破できないけれど、アクティブ防御システムを無力化できれば、味方の対戦車ミサイルやロケット弾があれに迎撃されることはなくなる。つまり、戦車を撃破するための難易度を一気に下げることができる。
「…………」
距離は多分、300mくらい。今まで何度も1kmや2km先の標的を当たり前のように狙撃してきたのだから、この程度の距離の狙撃ならば朝飯前よ。
段々と砂嵐も強くなりつつあるし、狙撃した後にすぐに逃げれば敵の
死ぬわけにはいかないのよ。タクヤと結婚して、子供を作るまでは。
あの子を幸せにするまでは、絶対に死ねない。
トリガーを引き、23mm弾を敵へと叩き込む。12.7mm弾や14.5mm弾を遥かに上回る猛烈な反動が、左肩を突き抜けていく。まるで腕の中にある骨を弾丸が貫いて行ったのではないかと思ってしまうほどの反動だった。
銃口に装着された大きいT字型のマズルブレーキから弾丸が飛び出し、砂嵐の中を駆け抜けていく。銃弾が着弾するよりも先に立ち上がり、すぐに戦車から離れる。
ちらりと後ろを見てみると、ちょうど弾丸がレオパルトのアクティブ防御システムを直撃した瞬間だったらしく、砂嵐の向こうに佇んでいる戦車の砲塔の上で火花が散っているのが見えた。アクティブ防御システムを搭載したターレットがどうなったのかは分からないけれど、多分ミサイルを迎撃することはできなくなったと思う。
「みんな、後方に後退して」
『『『『了解!』』』』
仲間たちに指示を出しながら、私は砂嵐の中でピストルグリップを引き、薬莢を排出した。
『くそ、アクティブ防御システムをやられた!』
『対戦車ミサイルに狙われてる! 回避しろ!』
『む、無理だッ! 回避でき――――――――』
「くっ…………!」
砂漠の向こうに居座るチョールヌイ・オリョールが主砲から放った対戦車ミサイルが、今しがた敵兵の狙撃でアクティブ防御システムを失ったレオパルト2を直撃した。しかもそのレオパルト2はアクティブ防御システムを狙撃した敵兵を狙うために砲塔を右側へと向けた状態であった。
ミサイルが命中した部位は、正面装甲ではなくその砲塔の側面だったのである。
砲塔の側面には大穴が空き、その大穴の向こうにはミンチになった乗組員たちや、破壊された機器などの残骸が転がっているのが見える。
テンプル騎士団のチョールヌイ・オリョールの主砲は、従来の滑腔砲よりも大型化されている。それに伴って発射可能な対戦車ミサイルまで大型化されているため、直撃すれば超重戦車だろうと致命傷になるほど破壊力は劇的に向上していた。
たった1両の敵の戦車と数名の狙撃兵たちに、吸血鬼の戦車部隊が蹂躙されているのである。
舌打ちをしながら、チェイ・タックM200に搭載されたスコープの蓋を開けるアリーシャ。敵の戦車を撃破すれば一気に狙撃兵を殲滅できるのだが、彼らを殲滅するために戦車部隊が前へと出ようとすれば、後方に居座っている敵の戦車から猛烈な砲撃を叩き込まれる羽目になる。
吸血鬼たちはただでさえ数が少ないため、敵の本拠地であるタンプル搭へと攻め込む前に大損害を被る事は避けなければならない。
スコープを覗き込みながら敵兵を探していたアリーシャは、砂漠の真っ只中で産声を上げたマズルフラッシュを見て目を見開く。
普通ならば、マズルフラッシュは銃口から生れ落ちるものだ。それゆえに、マズルフラッシュが見えた場所の周囲には銃とその銃を構えた射手がいる筈である。しかし今しがたレティクルの向こうに見えたマズルフラッシュは、明らかに何もない場所から発生していたように見えた。
(あれは何…………!?)
今度は、その何もない場所からやけに大きな薬莢が転がり落ちる。
砂嵐が近づいているとはいえ、まだ辛うじて敵兵が見える程度の砂嵐だ。だからズームすれば敵兵を確認することはできるのだが、その場所には明らかに銃を持った敵兵がいないというのに、マズルフラッシュや空の薬莢が飛び出しているのである。
(…………なるほどね)
アリーシャはスコープを覗き込みながら、ニヤリと笑った。
鮮血の魔女と呼ばれている敵の狙撃手が、ヴリシアで大きな戦果をあげられた理由が分かったのだ。
(魔女は、姿を消せるのね…………!?)
姿が消せるという事は、狙撃してきた場所を特定することが更に困難になる事を意味している。反撃するためにスナイパーライフルを構えたとしても、敵の姿が見えないのであれば反撃することもできない。
つまり鮮血の魔女は、その能力を駆使して今まで戦ってきたのだ。
アリーシャが今しがた目にした光景は、そこに鮮血の魔女がいるという事を意味しているのである。しかも敵はアリーシャに狙われているという事に全く気付いておらず、またしても何もない空間から薬莢を排出している。
今すぐに狙えば、忌々しい魔女を排除できるのだ。
アリーシャは照準をその”何もない場所”へと合わせる。とはいえ敵兵は姿を消しているため、弾丸を放ったとしてもどこに命中するかは不明だ。
マズルフラッシュや空の薬莢が排出されている方向を考慮し、そのライフルのサイズを想像する。マズルフラッシュが発生している場所が薬莢の排出されている場所から離れているため、標的が使用しているのは銃身の長いアンチマテリアルライフルだろう。
普通の人間が長大なアンチマテリアルライフルを構えている姿を想像しながら、頭がある筈の場所にレティクルを合わせるアリーシャ。彼女は姿を消している”鮮血の魔女”を睨みつけながら、チェイ・タックM200のトリガーを引いた。
その直後、レティクルの向こうで血飛沫が吹き上がった。
外殻を脱ぎ捨てた1発の砲弾が、BTR-90の車列へと狙いを定めていたレオパルトの砲塔を抉り取る。溶接の際に発するような猛烈な火花を一瞬だけ吐き出し、溶ける鉄の臭いを周囲にばら撒きながら黒煙を吹き上げたレオパルトを、全速力で走り続けるBTR-90たちが置き去りにしていった。
通常の120mm滑腔砲や125mm滑腔砲から放たれるAPFSDSならば、今のように一撃で砲塔の装甲を抉るのは不可能だろう。しかしテンプル騎士団に少数だけ配備されているチョールヌイ・オリョールの主砲は、さらに大口径の”152mm滑腔砲”に換装されており、戦車の正面装甲に直撃させたとしても、相手が”普通の戦車”であるのならば一撃で貫通するほどの破壊力を持っている。
これほど巨大な主砲を採用したのは、テンプル騎士団がヴリシアの戦いで遭遇した近代化改修型のマウスに、その際に投入していたエイブラムスたちが次々に撃破されていったことが原因だった。
120mm滑腔砲に耐えられるほどの厚さの複合装甲で覆われたマウスたちにどれほどAPFSDSを撃ち込んでも、彼らを撃破することはできなかったのである。最終的に味方の航空支援や艦砲射撃のおかげでやっと撃破する事ができたものの、もしテンプル騎士団が単独で再び吸血鬼との戦いを始めることになれば、戦車部隊のみで対処すれば返り討ちに遭うのが関の山であった。
規模の大きなモリガン・カンパニーや殲虎公司(ジェンフーコンスー)ならば、航空機にミサイルや爆弾を搭載させて空爆することができるが、まだ団員たちの錬度も低い上に規模も小さいテンプル騎士団では、空爆のために航空機を出撃させる余裕がなかったのである。
そこで、航空部隊と共同で敵の超重戦車を撃破するのではなく、超重戦車の装甲を貫通可能な火力を持つ戦車を正式採用することで、進撃する敵の超重戦車を迎え撃つことになったのである。
それゆえに、チョールヌイ・オリョールの主砲はより大口径の152mm滑腔砲へと換装されたのだ。
つまりチョールヌイ・オリョールは、マウスとの砲撃戦を想定されているのである。最新型の
しかも車長を担当するのは、数多の激戦で指揮を執った経験のあるナタリア・ブラスベルグである。
「敵戦車撃破!」
「次もAPFSDS! 2時方向のレオパルトをやるわ!」
「了解(ダー)! ―――――――敵の対戦車ミサイル!」
「迎撃!!」
撃破されたレオパルトの影から顔を出したM2ブラッドレーが、砲塔から対戦車ミサイルを放った。いくら火力と防御力を増強しているチョールヌイ・オリョールでも、対戦車ミサイルを叩き込まれれば致命傷を負う羽目になるだろう。
そこで、少数のみ配備されているチョールヌイ・オリョールには、転生者の能力で生産したタクヤによって、ロシア製アクティブ防御システムの『アリーナ』が標準装備されていた。
M2ブラッドレーの砲塔から飛び出したミサイルが、白煙とワイヤーを置き去りにしながらチョールヌイ・オリョールへと飛来する。しかし、そのミサイルがチョールヌイ・オリョールの装甲に突っ込むよりも先に、チョールヌイ・オリョールの砲塔に搭載された発射機から1発のロケット弾が飛び出した。
簡単に言えば、このアリーナは敵の対戦車ミサイルをロケット弾で迎撃するアクティブ防御システムである。アリーナが産声を上げるよりも先に、ロシアでは『ドロースト』と呼ばれるアクティブ防御システムが開発されており、それを搭載したソ連軍の戦車がアフガニスタンの戦いに投入されている。
アリーナは、ドローストの改良型なのだ。
発射された1発のロケット弾が、チョールヌイ・オリョールへと飛来する
その中へと突っ込む羽目になった対戦車ミサイルも、目の前で砕け散ったロケット弾と同じ運命を辿る羽目になった。
爆風の中で戦車を吹き飛ばすはずだった爆風が産声を上げ、砂漠の真っ只中で火柱が吹き上がる。
「迎撃成功!」
「お返ししてあげなさい」
ジャック・ド・モレーの砲撃を担当することになったカノンの代わりに乗り込んだ砲手の兵士が、もう既に装填してあったAPFSDSの発射スイッチを押す。通常の戦車よりも大口径の主砲から解き放たれたAPFSDSは、まるで空中分解を始めたかのように外殻を置き去りにすると、中から飛び出した銛のような砲弾が、後退しようとしていたブラッドレーの正面装甲に突き立てられた。
装甲で覆われているとはいえ、ブラッドレーの防御力は戦車よりも防御力は劣っている。しかも直撃した主砲の砲弾は、従来の戦車よりも大型の滑腔砲から放たれた一撃である。
猛烈な火花が吹き上がり、後退を続けていたブラッドレーの動きがぴたりと止まる。正面装甲に命中したAPFSDSは容易く装甲を食い破ると、内部で操縦していた乗組員たちの肉体や機器を蹂躙していた。あくまでも戦車を撃破するための砲弾であるため、対吸血鬼用に銀の砲弾に変更されていたわけではない。そのため吸血鬼の乗組員たちの肉体は早くも再生を始めていたが、ブラッドレーが大破した状態では、逃げていくテンプル騎士団の装甲車を追撃するのは不可能であった。
これで撃破した敵の車両は4両目である。
車内のモニターを見て息を吐いたナタリアは、額の汗を拭い去りながら乗組員たちの後姿を見渡した。
普段ならば操縦士を担当するステラの代わりにハーフエルフの操縦士が乗り込んでおり、砲手を担当するカノンの代わりにはハイエルフの砲手が乗り込んでいる。どちらもいつもは他のチョールヌイ・オリョールの乗組員で、魔物の掃討作戦にも参加しているため、戦車の操縦には慣れているようだった。
(守備隊は離脱したかな…………)
ちらりとキューポラから外を確認すると、先ほどまで走行しながら機関砲をばら撒き、敵の吸血鬼たちを血祭りにあげていたBTR-90たちはチョールヌイ・オリョールよりも後方へと移動しており、攻撃を止めてタンプル搭の方向へと全力で突っ走っていた。
要塞を脱出することができたのは、たった3両の装甲車のみ。それ以外の守備隊や司令官たちは、吸血鬼たちの攻撃によって全滅している。
つまり、あの装甲車に乗っている兵士たちだけが生き残りだった。
(一体何があったの…………? 守備隊の兵士たちが壊滅するなんて…………!)
『こちら、戦艦ガングート。これより艦砲射撃による支援を開始する。部隊を直ちに退避させよ』
「了解(ダー)。シャシュカ1、聞こえる? そろそろ艦砲射撃が始まるわ」
タンプル搭から出航した艦隊のうちの一部が、河に留まって艦砲射撃を行うという作戦を数分前に聞いていたナタリアは、すぐに狙撃手部隊に撤退命令を出すことにした。もう既に航空隊にもタクヤが撤退命令を出しており、上空ではアーサー隊のユーロファイター・タイフーンたちや、スオミ支部から派遣されたグリペンたちが離脱を開始している。
もう既に要塞に生存者はいない。要塞の中に入り込んでいるのは敵の部隊だけであるため、そこに艦砲射撃をこれでもかというほど叩き込めば、最終防衛ラインへと侵攻しようとしている敵部隊に大打撃を与えることができるだろう。
しかし、狙撃手部隊を率いていたラウラを呼んでも、応答がない。
「…………シャシュカ1、応答して。どうしたの?」
もう一度呼んでみたが―――――――無線機の向こうから、冷静な彼女の声が聞こえてくることはなかった。
ぞっとしながら、ナタリアはキューポラの外を覗き込む。狙撃手部隊が展開し、吸血鬼の歩兵たちを狙撃しているのはチョールヌイ・オリョールよりも前だ。もしかしたらそこからラウラが見えるかもしれないと思ったナタリアだったが、キューポラの外はいつの間にか砂嵐によって覆われており、狙撃手部隊どころか銃のマズルフラッシュすら見えない。
(もしかして、ラウラが…………!?)
仮説を組み立て始めたナタリアは、歯を食いしばりながら頭を抱えた。
そんなわけがない。今まで一緒に旅をしてきたあの赤毛の少女は、間違いなくこの世界で最強の狙撃手だ。あらゆる敵を正確な狙撃で撃破し、タクヤと共に数多の強敵を薙ぎ倒してきた実力者なのである。
だが――――――――無線機の向こうから聞こえてきた兵士の報告が、徐々に完成していく仮説を否定し続けていたナタリアの胸に、冷たい事実を突き立てることになった。
『こ、こちらシャシュカ4! 大変ですッ!! 同志ラウラが――――――――』