異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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撤退

 

 何度か戦闘機に乗ったことはある。

 

 戦闘機はドラゴンと全然違う。ドラゴンよりも小回りが利くし、スピードも別格だ。搭載した強力なエンジンで一気に加速すれば、どんなに獰猛なドラゴンでも一瞬で置き去りにしてしまう。俺たちの世界の科学力が生み出した兵器の性能は、この異世界で多くの騎士団たちを苦しめていた怪物(ドラゴン)の能力を凌駕しているのだ。

 

 数回だけだが、俺はその戦闘機を操って戦ったことがある。けれどもその時は”普通の乗り方”をしていた。正確に言うと、酸素マスクやパイロットスーツを身につけず、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)だけ身につけた状態で操縦してたから、それは”普通の乗り方”とは言えないけどね。パイロットにとってパイロットスーツや酸素マスクは必需品なのだから。

 

 だから、今のように戦闘機の”背中”に飛び乗るは人生初だった。もちろん転生する前の人生でもこんな経験はした事がない。転生前は平和な日本で暮らしてたからな。こんな経験をしたことがある日本人はいないのではないだろうか。

 

 キメラの外殻で両腕を覆ったまま、鋭くなった指先をYF-23の装甲に必死に食い込ませ、握力をフル活用してしがみつき続ける。このステルス機を操っているブラドはちらりとこっちを見ながら機体を急旋回させたり、急降下させて必死に俺を振り落とそうとしていた。

 

 ジェットコースターよりもヤバいな、これは。もし手が離れてしまったらそのまま地上へと落下する羽目になる。しかも、背中に張り付いている敵を振り落とすために必死に飛び回る戦闘機の上からだ。

 

 もしそうなったら、いくらキメラでも死んでしまうだろう。

 

 俺は老衰で死ぬまでは死にたくないんでね。

 

 老衰以外の死に方は、俺にとっては全部バッドエンドなのだ。

 

 一旦戦闘機に食い込ませていた左手を離し、腰のホルスターの中へと突っ込む。中に入っているPL-14が振り落とされていなかったことを確認してからすぐにそれを引き抜き、安全装置(セーフティ)を素早く外してから、銃口を戦闘機のキャノピーへと押し付けた。

 

 キャノピーの向こうで戦闘機の操縦をするブラドが、機体に張り付いている敵が自分にハンドガンの銃口を向けていることに気付いてぎょっとする。慌ててブラドが操縦桿を倒して急旋回を始めると同時に、キャノピーに押し付けていたハンドガンのトリガーを引いた。

 

 すぐ近くでエンジンが轟音を発し続けているせいなのか、聞き慣れた銃声はあまり聞こえない。銃口から光が躍り出し、スライドがブローバックして、飛び出した薬莢が瞬く間に後方へと吹っ飛ばされていく。

 

 このままキャノピーをぶっ壊してブラドを殺せれば最高なんだけど、多分無理だろう。ハンドガン用の弾薬は基本的に貫通力が低いのだから。

 

 案の定、YF-23のキャノピーは健在だった。至近距離で弾丸を叩き込まれたにも拘らず、割れる様子はない。マガジンの中の9mm弾を全て叩き込んだら割れるだろうか。

 

「ぐっ…………」

 

 急旋回がぴたりと止まったかと思うと、今度は逆方向に急旋回。怪物(キメラ)に喰らい付かれたYF-23が必死に空を飛び回り、張り付いている敵を振り落とそうとしている。YF-23を操るパイロットの脳味噌を弾丸で木っ端微塵にしてやらない限り、この急旋回は止まらないだろう。

 

 キャノピーに銃口を押し付けたまま、俺はPL-14のトリガーを何度も引いた。ロシアで生み出されたハンドガンは必死にスライドをブローバックさせ、反動(リコイル)を俺の左腕の中へと押し付けながら、立て続けに小さな空の薬莢を吐き出していく。

 

 いっそのことC4爆弾でもお見舞いしてやろうかと思ったけど、そんなことをすれば爆風で吹っ飛ばされた挙句、まるで着弾する砲弾のように地面に叩きつけられ、自分の内臓をグチャグチャにする羽目になる。それに俺の持っているC4爆弾は対吸血鬼用に聖水や水銀をぶち込んだものではないから、仮にYF-23を吹っ飛ばすことができたとしても、パイロットであるブラドは殺せないだろう。

 

 落下すればこっちは死ぬけど、向こうは弱点による攻撃ではないからすぐに再生する。彼らから見ればキメラの防御力は魅力的なのかもしれないけれど、こっちからすればあいつらの再生能力は本当に厄介だ。弱点でなければ死なないのだから、痛みにさえ慣れていれば弾丸をぶち込まれるのは怖くないし、チェーンソーで身体中を切り刻まれることにも耐えられるだろう。

 

 そろそろハンドガンが弾切れするだろうなと思ったその時、スライドがブローバックしなくなった。グリップの中に装着してあるマガジンの中身がなくなってしまったのだという事を理解した瞬間、YF-23が高度を落とし始めた。

 

 今の銃撃がキャノピーをぶち破り、ブラドの頭を貫いたというわけではない。左右に急旋回してもなかなか俺が振り落とされなかったことに気付いたブラドが、痺れを切らして急降下を始めたのだ。

 

「こ、この野郎…………ッ!」

 

 PL-14をホルスターの中へと戻し、左手を思い切り握りしめる。先ほどまでPL-14で銃弾をぶち込み続けていた部分には、確かに銃弾が命中した痕が残っている。こんな状況でメニュー画面を開き、別の武器に切り替えている余裕はない。

 

 猛烈な冷たい風を浴びながら、握り締めた左手の拳を思い切りキャノピーへと振り下ろす。蒼い外殻に覆われた拳と強靭なキャノピーがぶつかり合い、ちょっとした亀裂が産声を上げていく。

 

 さっきみたいに魔術を使い、戦闘機もろともパイロットを焼き尽くしてやろうかと思ったけれど、いくら詠唱が必要ないとはいえ魔力の加圧をしなければならない。加圧はすぐに済むけれど、その”すぐ済む”間に振り落とされてしまったら元も子もない。それに、もし仮にちゃんと加圧できたとしても、その一撃でコクピットまで消し飛ばしてしまえば、操縦不能となったYF-23と一緒に地面に叩きつけられ、棺の中にぶち込まれる羽目になる。

 

 操縦した事のない機体だけど、キャノピーを叩き割ってパイロットを外へと放り投げ、この機体を拝借するのが一番だ。とはいえこれはブラドが生み出した機体だから、彼がメニュー画面を開いて装備している兵器の中から解除すれば、背中にいる敵を振り落とすために飛び続けているステルス機はあっさりと消滅してしまう。

 

 奪ってからすぐに高度を下げる必要がありそうだ。少なくとも、地面に叩きつけられても死なないような低空まで。

 

 その時、キャノピーの亀裂が一気に大きくなった。その音がコクピットの中へと響き渡ったのか、ブラドがこちらを見上げながらぎょっとする。

 

 もう一発キャノピーを殴りつけると、コクピットを覆っている頑丈なキャノピーが揺れたような気がした。

 

 もう少しだろうか。

 

『こちらジェド・マロース。敵の戦闘機に狙われています』

 

「なっ…………!」

 

 ちらりとヘリの方を見てみると、仲間からあのヘリを始末しろとでも言われたのか、それとも仲間を蹂躙しているヘリを無視するわけにはいかなくなったのか、1機の灰色のラファールが急降下を始めたかと思うと、ガンポッドを掃射していたヘリへと急降下しながら、機関砲で攻撃を始めたのだ。

 

 幸い被弾したわけではなかったようだが、また鈍重なヘリが動きの速い戦闘機に狙われる羽目になってしまう。

 

 くそったれ、さすがに加勢できないぞ。ブラドの戦闘機に飛び乗ったのは失敗だったか…………?

 

 今度は急上昇を始める戦闘機の上で、息を吐いてからキャノピーを見下ろす。

 

『フレア』

 

『ステラちゃん、右に回り込まれてる!』

 

『了解(ダー)』

 

 何とか耐えてくれよ…………!

 

 左手を握るのを止め、魔力の加圧を開始。もちろん、属性は俺の体内にある属性の1つである炎属性だ。

 

 先ほどのファイアーボールのように手のひらに集中させるのではなく、左手の指先へと集中させていく。するとまるでショートしたかのように指先から一瞬だけ火花が散り、小さな蒼い炎が産声を上げる。指先から噴き出していた炎は徐々に小さくなっていくと、まるで小型のナイフの刀身のような形状になっていく。

 

 これは魔術というよりは、自分の体内の魔力を操っただけだ。

 

 それをキャノピーへと近づけた瞬間、ガラスの溶けていく猛烈な臭いと熱気が風の中に溶け込み始めた。ドラゴンの吐き出すブレスよりもはるかに地味な小さい炎はあっさりとキャノピーを溶かして穴を開けると、その穴をどんどん広げていく。

 

 ラウラのように氷の粒子を纏って姿を隠すことはできない―――――――似たようなことはできる―――――――けれど、その代わりに俺の持つ属性は彼女よりも攻撃的なのだ。

 

 腕が通過できるくらいの大きさになった穴の中へと、炎を噴射した状態の左手をぶち込む。ガラスの溶ける臭いが充満しているコクピットの中へと、戦闘機を包み込む冷たい風と共に入り込んだ俺の左腕は、操縦桿を握りながら機体を何度も急旋回させたり、急降下させていたブラドの左肩をあっさりと貫いた。

 

 パイロットスーツの表面を溶かし、そのままブラドの腕を焼き払う。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………ッ!!」

 

 血や肉が焼けていく臭いが、ガラスの溶ける臭いと混ざり合いながらコクピットから追い出されていく。こういう臭いは、戦場で何度も嗅いだ。

 

 あのヴリシアの戦いの時も、戦場のど真ん中ではこういう臭いがしていたのだ。

 

「久しぶりじゃないか。俺に会うためにステルス機まで持ってきてくれるとはなぁ!!」

 

「こ、この…………ッ!!」

 

 操縦桿から一旦手を離し、腰のホルスターからコルトM1911を引き抜くブラド。.45ACP弾のストッピング・パワーは確かに脅威的だけれど、キメラの外殻を貫通することは不可能だ。だから俺はブラドがトリガーを引くよりも先に血液の比率を変え、コクピットの中に突っ込んでいる左腕や頭を外殻で覆う。

 

 その直後、ブラドのコルトM1911が火を噴く。スライドがブローバックし、マズルフラッシュの中から大口径の.45ACP弾が躍り出る。

 

 左肩を焼かれているブラドが放った一撃は、彼の肩へと突き刺さっている俺の左腕を掠めると、そのまま穴の開いたキャノピーの向こうで腕を突っ込んでいる俺の額へと叩き込まれる。

 

 頭が弾丸によって大きく突き飛ばされ、猛烈な衝撃が脳へと伝達される。普通の人間だったら今の一撃で頭蓋骨を木っ端微塵にされていただろう。防御力は人間とそれほど変わらない吸血鬼も、脳に風穴を開けられていたに違いない。

 

 彼らの再生能力は便利だが、こういう時は再生能力よりも防御力を底上げする効果の方が便利なのだ。弾丸に風穴を開けられないという事は、被弾してもそのまま張り付いていられるのだから。

 

 ブラドは立て続けに.45ACP弾をプレゼントしてくれたけど、やはり俺の外殻は貫通できない。何度も聞いた跳弾する音を奏でながら、冷たい風の中へと吹っ飛ばされていく。

 

 歯を食いしばりながら操縦桿を引き、ブラドはYF-23の高度を上げていく。また急旋回で振り落とそうとするつもりなのかと思ったその時、すぐ近くを灰色のラファールたちが通過していった。

 

「!」

 

『お前たち、機銃でこの忌々しいキメラをぶっ殺せ!』

 

『し、しかし、ブラド様も危険なのでは!?』

 

『構わん! 普通の弾丸で俺が死ぬわけないだろ!』

 

『や、了解(ヤヴォール)!!』

 

 コクピットの中から、ドイツ語に語感がそっくりなヴリシア語が聞こえてきた。この世界ではオルトバルカ語が公用語という事になっているけれど、吸血鬼たちの母語はあくまでもヴリシア語なのだ。

 

 幼少の頃にヴリシア語を習っていたおかげで、ブラドがなんと言っているのかは聞き取れた。

 

 本当にやるつもりなのだろうか?

 

 戦闘機の機銃は歩兵のライフルよりもはるかに大口径だ。下手をすれば、このYF-23まで木っ端微塵になってしまう。しかも俺が張り付いているのはコクピットのすぐ近くだ。いくら再生能力があるとはいえ、自分たちの主君を木っ端微塵にすることになるんだぞ…………ッ!?

 

 正気の沙汰じゃない。くそったれ。

 

 ぎょっとしながら正面を見てみると、先ほど通過していった灰色のラファールが旋回し、こちらへと機首を向けているところだった。味方が俺を狙いやすくするためなのか、ブラドもYF-23を段々と減速させていく。

 

 今すぐブラドを貫いている手を引っこ抜き、内臓が無事で済むように祈りながら飛び降りるべきだろうか。それとも手早くブラドをぶち殺して機体を奪い、あのラファールの機銃を回避するべきだろうか。

 

 くそったれ、どっちも賭けじゃねえか!

 

 ラファールの機首にある機関砲が火を噴き始める。大口径の砲弾がすぐ近くを掠めていく音を聞きながら、俺は歯を食いしばり―――――――左手を引っこ抜いて血を拭い去りながら、YF-23の上から飛び降りた。

 

 機関砲の砲弾を外殻で防ぐことは可能だけど、被弾すればその衝撃で吹っ飛ばされる。どの道YF-23の上から放り出されていたのだから、無理にブラドを殺して機体を奪う必要もないだろう。何度も賭けをする羽目になっているけれど、俺は賭けをしない主義なのだ。

 

 排除する敵が自分で機体から飛び降りたことを確認したのか、ラファールが機関砲の掃射を止め、YF-23の機体のすぐ上を通過していく。ブラドも高度をさらに上げると、航空隊の支援をするためにSu-27たちを追いかけ回し始めた。

 

「航空隊、そろそろタンプル搭へ撤退しろ! もう十分だ!」

 

 地上へと落下しながら、無線機に向かって叫ぶ。

 

 ここで敵の航空隊をひたすら撃墜し続けたとしても、タンプル搭への攻撃は食い止められないだろう。それに航空部隊も、そろそろ帰還しなければ燃料が底をついてしまう。

 

 ちらりと地上を見てみると、生き残った地上部隊を乗せたBTR-90の車列が、機関砲で敵の歩兵の群れを薙ぎ払いながら要塞を飛び出していくのが見えた。装甲車の群れの逃走を阻止しようとするレオパルトが、その装甲車たちの向こうから飛来した1発のAPFSDSに貫かれ、火花と黒煙を吹き上げながら擱座する。

 

 撤退していく装甲車たちを支援するのは―――――――砂漠の向こうに居座る、1両の漆黒の戦車だった。

 

 通常の戦車よりも大口径の滑腔砲を搭載したその戦車の砲塔は、まるで半分に両断した円盤の後部に、通常の戦車の後部を取り付けたような変わった形状をしている。砲塔の上には大口径の14.5mm弾を使用可能な機関銃を搭載したターレットが鎮座しており、ロシア製アクティブ防御システムであるアリーナも搭載しているのが分かる。

 

 ナタリアが車長を務めるチョールヌイ・オリョールだ。砲塔には、オルトバルカ語で”ドレットノート”と書かれているのが見える。

 

 敵の戦車部隊が味方を追撃した場合を考慮して、1両だけだけど戦車を投入していたのだ。しかも搭載しているのは125mm滑腔砲ではなく、さらに大口径の152mm滑腔砲。さすがに正面装甲は無理だけど、側面ならば近代化改修型マウスの装甲も貫通できる。

 

 圧倒的な攻撃力を誇る戦車の主砲が、立て続けに火を噴いた。

 

 よし、もう大丈夫そうだな。後は敵をもう少し足止めしてから撤退すればいい。

 

 パラシュートを装備せずに落下しながら味方の状況を確認しつつ、前進をキメラの外殻で覆う。少なくとも砂の上に落下するから、石畳や建物の上に落下するよりは衝撃は弱くなってくれるに違いない。

 

 ズドン、と砂の上に自分の身体が”着弾”する。予想以上に強烈な衝撃が身体を包み込み、舞い上がる砂の中で猛烈な激痛が膨れ上がる。

 

 な、何とか内臓は無事らしい。手足も辛うじて動くし、エリクサーを飲めばすぐに治るだろう。

 

 そう思いながらエリクサーの容器へと手を伸ばしたその時だった。

 

 撤退する装甲車たちを支援するために要塞の防壁の上を飛び越えた味方のスーパーハインドが―――――――火を噴きながら、高度を落とし始めたのだ。

 

 

 


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