異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
「あんなものを投入するとは…………」
黒煙を吹き上げ、”傷口”からオイルを流したまま砂漠の中に佇む巨大な戦車を見つめながら、マウスの上で呟く。
ブレスト要塞から出撃した戦車部隊を蹴散らし、塹壕の中にいる敵を
マウス7両とレオパルト5両が撃破され、随伴歩兵も巻き込まれて何名も戦死している。最終的に側面へと回り込んだマウスとレオパルトの集中砲火で撃破されたが、あの近代化改修を受けた改造型のシャール2Cの防御力と攻撃力は、圧倒的としか言いようがない。
装甲が分厚かったのは正面装甲だけみたいだが、信じられないことに120mm滑腔砲のAPFSDSだけでなく、160mm滑腔砲のAPFSDSの集中砲火を叩き込まれても、正面装甲の一部が窪んだ程度で済んでいたのだ。更に、普通の戦車ならばとっくに木っ端微塵になっているような集中砲火を喰らいながらも、大口径の連装砲――――――おそらくは160mm滑腔砲に匹敵するほどの代物だろう――――――でそのまま反撃し、逆にマウスたちを返り討ちにしていたのだ。
もしあの戦車の側面の装甲が正面装甲よりもかなり薄いという事に気付いていなければ、下手をすればあの1両に我々の戦車部隊は壊滅させられていたに違いない。
「大きな戦車でしたね、ブラド様」
「あれはシャール2Cという戦車だ。俺のいた世界で大昔に作られた兵器だよ」
「大昔のものなのですか?」
砲塔の上にあるハッチから顔を出しながら尋ねてくるのは、メイド服姿のアリーシャだ。他のみんながオリーブグリーンの軍服やヘルメットを身につけているというのに、その中にフリルのついたメイド服とヘッドドレスを身につけたメイドが紛れ込んでいると、かなり違和感を感じてしまう。
しかもそのメイドが戦車の中から顔を出していると、違和感が更に強烈になっているような気がする。彼女にも軍服を着るように言ったのだが、どうやらアリーシャはあのメイド服がお気に入りらしい。
「大昔の兵器とは言っても、かなり改造されていた。…………あんな代物がまだ残っているのだとしたら、さらに大損害が出そうだな」
「空爆を要請しますか?」
「…………そうだな。空母『クレマンソー』に連絡し、空爆の準備をさせてくれ」
「
今回の作戦には、『クレマンソー』と『フォッシュ』という2隻の空母が参加している。どちらもフランス製の空母だが、今ではもう退役してしまっている。現代の原子力空母と比べると性能は劣ってしまうため、作戦に投入する前に可能な限り近代化改修を施し、乗組員にもしっかりと訓練をさせておいた。
とはいえ、吸血鬼たちは空母を運用した経験が少ない。ヴリシアの戦いでも近代化改修型のエセックス級空母を投入したが、乗組員は全員訓練を受けさせた奴隷たちばかりであったため、吸血鬼たちは実際に空母に乗り込んで運用した経験が少ないのである。
練度ではこちらが勝っているが、空母の乗組員の錬度はおそらく劣っているだろう。
「アリーシャ、敵艦隊は出撃したか?」
「はい、先ほど12隻の戦艦と複数の駆逐艦や巡洋艦が、タンプル搭の軍港から次々に出撃したそうです。もう既に河を離脱したようですね」
河を離脱したか…………。
ヴリシアの時は1隻しか戦艦を保有していなかったらしいが、奴らは俺たちがディレントリアに逃げ込んだ間にかなり軍拡をしていたらしい。その12隻の戦艦のうちの1隻は、ヴリシアの戦いに投入された戦艦なのだろうか? それとも、もう退役したか?
もしその戦艦たちが、第二次世界大戦に投入されていたような旧式の戦艦なのであれば、海戦ではこっちが圧勝するだろう。こちらの数は少ないが、アメリカ海軍が運用しているアーレイ・バーク級を10隻もある。高性能なレーダーとミサイルを搭載したアーレイ・バーク級ならば、相手が超弩級戦艦で構成された艦隊でも、瞬く間に海の藻屑にしてしまうことだろう。
現代の海戦の主役は、砲弾よりもはるかに”賢い”ミサイルなのだから。
砲手が照準を会わせて砲弾を放つのではなく、レーダーで敵を探し出してミサイルをロックオンし、それで敵艦を撃沈するのが今の海戦だ。駆逐艦に搭載される対艦ミサイルの破壊力は、超弩級戦艦の主砲の破壊力に匹敵する上に、射程距離も砲弾よりはるかに長く、命中精度は正確としか言いようがない。
それゆえに大口径の砲弾どころか、”戦艦”が廃れたのだ。
だが―――――――敵艦が近代化改修を受けているのであれば、かなりの脅威となる。
超弩級戦艦に新型のレーダーや対艦ミサイルを装備した上に、敵艦からのミサイルを撃墜するための速射砲や対空ミサイルを装備すれば、大口径の砲弾による攻撃と現代戦の主役であるミサイルを兼ね備えた怪物となるのだ。
もしタンプル搭を出撃した12隻の戦艦が全て近代化改修型の戦艦であったのであれば、地上部隊は対艦ミサイルと艦砲射撃で叩きのめされてしまうだろう。しかも、無数の駆逐艦や巡洋艦も出撃したという。
物量では向こうが上だ。もし対艦ミサイルの一斉攻撃を実行されたら、いくら最強のイージス艦であるアーレイ・バーク級たちでも、手に負えなくなってしまうに違いない。
飽和攻撃は、モリガン・カンパニーやテンプル騎士団のお家芸なのだから。
「ブラド様」
空母に空爆の準備をさせるように指示を出し終えたのか、再びアリーシャが砲塔のハッチから顔を出す。
「何だ?」
「我々にも、戦艦はあります」
「…………そうだな」
ヴリシアに投入された敵戦艦は、3連装40cm砲を搭載した超弩級戦艦。おそらくソビエツキー・ソユーズ級か、生れ落ちることのなかった24号計画艦だろう。
それ以外の戦艦は不明だが、ヴリシアに投入された超弩級戦艦が敵艦隊の旗艦に違いない。こっちも戦艦を出撃させて敵戦艦を打ち破れば、敵の海上戦力は弱体化する筈だ。それに戦艦たちの相手をさせている間は、敵艦隊も地上への艦砲射撃を行えなくなる。
「よし、戦艦『ティルピッツ』に連絡し、艦隊を前進させろ。『プリンツ・オイゲン』、『アドミラル・ヒッパー』には引き続き旗艦『ビスマルク』の護衛をさせるんだ」
「かしこまりました。…………ビスマルクは投入しないのですか?」
「ああ、砲撃戦には投入しない」
ビスマルクは、第二次世界大戦でドイツ軍が運用した超弩級戦艦である。連装型の38cm砲を前部甲板と後部甲板に2基ずつ搭載した強力な戦艦で、第二次世界大戦の序盤にイギリスの戦艦『フッド』を撃沈する戦果をあげている。
ティルピッツはビスマルクの同型艦で、両方ともこの春季攻勢に投入している。今回の戦いのためにビスマルク級を4隻も用意したのだが、その一番艦であるビスマルクは、”ある装備”を搭載するために、前部甲板の主砲をどちらも撤去してしまっているのだ。そのため、砲撃能力は半減してしまっている上に、その搭載した装備のせいで速度まで低下してしまっている。
だが、ビスマルクに搭載したその代物は、間違いなく敵艦隊を粉砕する強力な兵器となるだろう。
戦闘力が半減したビスマルクを守るため、アドミラル・ヒッパーとプリンツ・オイゲンの2隻はビスマルクの護衛のために残しておこう。
敵艦隊との砲撃戦に投入するビスマルク級は、『ティルピッツ』、『ルーデンドルフ』、『ファルケンハイン』の3隻。戦闘力が半減したビスマルク以外の3隻と、他の戦艦を投入して敵戦艦の相手をさせよう。敵の駆逐艦や巡洋艦は、対艦ミサイルを装備した艦載機とアーレイ・バーク級に相手をさせれば十分だ。
「ところで、要塞の方はどうだ?」
「あの超重戦車の大破で敵の戦力が劇的に弱体化しましたが、未だに要塞砲による砲撃と、強固な防壁のせいで苦戦しているようです」
アリーシャから渡された双眼鏡を覗き込み、ブレスト要塞の様子を確認する。もう既に要塞の周囲の塹壕は完全に壊滅しており、いたるところに木っ端微塵になった敵兵の死体が転がっているのが見える。
その後方では、一足先に突撃していた突撃歩兵たちが遮蔽物の陰に隠れ、防壁の上から狙撃してくる敵兵に向かって反撃しているようだ。周囲では戦車が防壁にある正門に向かって主砲をひたすら撃ち込んでいるようだが、かなり分厚いのか、なかなか正門に風穴が開かない。
けれども、まだラーテからの砲撃は続いている。またしても防壁の遥か上から落下してきた2発の砲弾が要塞の敷地内に飛び込み、戦車砲が火を噴く瞬間よりも派手な火柱を上げ、轟音を砂漠へと響かせた。
ラーテの主砲はシャルンホルスト級戦艦の主砲を改造したものであるため、破壊力は通常の戦車砲とは比べ物にならない。きっとあの要塞の司令官は、先ほどから要塞が艦砲射撃を受けていると勘違いしているに違いない。
もし仮に戦車部隊や突撃歩兵があの防壁を突破できなくても、このままラーテの砲撃で要塞を嬲り殺しにできる。だが、このまま砲撃を続けていれば時間がかかってしまう。短時間で決着を付けなければならないため、何とか門を破壊して要塞へと突入し、一気に制圧してしまうのが望ましい。
C4爆弾ならどうだろうかと思ったが、防壁の上に鎮座している連装型の要塞砲が、C4爆弾を使うために肉薄していく兵士たちを片っ端からミンチにしているのを見てしまった俺は、双眼鏡を覗き込みながら舌打ちをした。
あの要塞砲を破壊する必要がある。あれでは歩兵部隊どころか、戦車部隊も要塞に接近できない…………!
『ブラド様、聞こえますか?』
俺が肉薄するべきだろうかと思ってハッチから身を乗り出しかけたその時、耳に装着していた小型の無線機から、低い男性の声が聞こえてきた。
「どうした?」
『”砲撃”の準備ができました』
その報告を聞いた瞬間、俺はニヤリと笑ってしまった。
どうやら、やっと準備ができたらしい。
あの要塞にいる敵は、まだ続いているラーテの砲撃で要塞を陥落させるつもりだと思っているかもしれないが――――――――そのラーテの砲撃は、あくまでも”囮”だ。
ヴリシアの戦いでテンプル騎士団の連中を恐れさせたマウスとラーテを投入することで、その超重戦車たちの脅威を知っている敵兵たちに、その超重戦車部隊がこっちの切り札だと錯覚させる。そうすれば敵は進撃してくる超重戦車への対策しか考えられなくなり、その後方で進んでいる準備には全く気付かないというわけだ。
敵に阻止されなかったからこそ、準備は予想以上に早く終わった。
「よし、突撃歩兵と戦車部隊を後退させろ。砲撃に巻き込まれるぞ」
俺たちは弱点で攻撃されない限り、いくらでも身体を再生させて生き返ることができる。だから頭が木っ端微塵になるまで弾丸を叩き込まれたり、戦車のキャタピラで踏みつぶされたとしても、数秒後には身体が勝手に再生してしまうのである。
とはいえ、強烈な爆発で完全に消滅してしまえば再生はできなくなってしまう。
だから、味方を退避させる必要があるのだ。
数分後に飛来する砲弾には、人間を容易く消滅させてしまうほどの威力があるのだから。
カルガニスタンの大地は砂で覆われている。ごく稀にオアシスが点在し、砂漠に刻まれた古傷のように河や湖も存在するが、大地の9割は砂と岩山だけだ。砂と空だけが支配する、極めてシンプルな世界。この砂漠を越えようとする者たちが、目的地に着くまでに砂と空以外の物を目にできる確率は極めて低いと言われるほど、この砂漠はシンプルな世界なのである。
その砂漠の真っ只中に―――――――鋼鉄の道があった。
成人男性の足と同程度の幅のレールが、シンプルな筈の世界をほんの少しだけ複雑にしようと足掻いているかのように、砂漠の真っ只中に列車の線路が2つ用意されているのである。
傍から見れば、それは砂漠の真っ只中を駆け抜けていく列車のために用意された線路にも見える。そのレールの上にはもう既に機関車と連結された貨車がずらりと並んでいたが―――――――明らかにその列車は、普通の貨物列車などではなかった。
2列に並んだ2つの線路の上には、同じ方向を向いた機関車と貨車が並んでいる。まるでこれからレースでもしようとしているようにも見えるが、その機関車と貨車の後方に連結されている車両の上に乗っているのは、普通の積み荷などではない。
まるで、ただでさえ巨大な戦艦の主砲を更に巨大化させた代物を、列車の後方に強引に連結させてしまったようにも見える。砲身を振り下ろすだけで戦車を叩き潰せそうなほどの太さと分厚さを誇るその巨大な列車砲は、かつて第二次世界大戦中にドイツ軍が実戦投入した、巨大な列車砲であった。
戦艦大和の主砲よりも巨大な、『ドーラ』と呼ばれる”80cm列車砲”である。
『攻撃目標、ブレスト要塞』
『榴弾装填完了』
『味方部隊、作業員の退避完了を確認。秒読み開始』
巨大な列車砲の中で砲撃準備をしているのは、オリーブグリーンの軍服とヘルメットを身につけた、吸血鬼の兵士たち。若い兵士たちが大半だが、中には連合軍が実施したヴリシア侵攻作戦から生還した古参の兵士たちもいる。
他の兵士たちが戦車や戦闘機に乗ってテンプル騎士団と死闘を繰り広げている間に、彼らはブラドの命令で砂漠の真っ只中に列車砲を走らせるためのレールを設置し、要塞を砲撃できる場所まで巨大な列車砲を移動させながら、砲撃命令を待っていたのだ。
未だにブレスト要塞を砲撃しているラーテですら、この80cm列車砲の発射準備を隠すための”囮”でしかなかったのである。
ヴリシアの戦いで猛威を振るったマウスとラーテが吸血鬼たちの切り札だと決めつけたテンプル騎士団の参謀や指揮官たちは、この列車砲が切り札であることに気づけなかった。それゆえに阻止するための部隊も派遣されることはなかったのだ。
ブレスト要塞をこの砲撃で粉砕した後は、引き続きレールを伸ばして列車砲を前進させ、テンプル騎士団の本部であるタンプル搭を砲撃できる位置まで移動させる必要がある。身体能力の高い吸血鬼たちならば、レールの設置はあっという間に終わってしまうだろう。
『10、9、8、7、6、5、4、3、2、1―――――――』
『―――――――”カイザー・レリエル砲”、発射!』
発射スイッチに手を近づけていた吸血鬼の兵士は、楽しそうに笑いながらスイッチを押した。
その一撃が、ヴリシアで死んでいった同胞たちの仇を取ってくれるのだから。
防壁の上でスコープを装着したモシン・ナガンを構えていた兵士は、遮蔽物に隠れながら凄まじい速度で離脱していく吸血鬼の突撃歩兵たちを見つめながら、違和感を感じていた。
先ほどまで吸血鬼の兵士たちは、戦車砲の集中砲火を要塞の正門へと叩き込むか、何とかC4爆弾を設置して正門を吹き飛ばそうとしていたのだが、防壁の上にずらりと並んだ兵士たちの機関銃に掃射されるか、要塞砲の砲撃で木っ端微塵にされていたのである。
大損害を被ったため、一旦体勢を立て直すために後退したのだろうかと思ったその狙撃兵は、頭上で死闘を繰り広げていた戦闘機の群れまで、いきなり戦うのを止めて要塞の上空から逃げていくのを見た瞬間、感じていた違和感が更に強烈になった。
明らかにそれは、普通の撤退などではない。
第一、航空部隊がいるのならば空爆で要塞砲もろとも防壁を吹き飛ばしていた筈である。
「何だ…………?」
「中尉、敵が撤退していきます。…………我々は勝ったのでしょうか?」
「いや…………変だぞ、これは」
もう一度スコープを覗き込むと、大慌てで全力疾走している兵士が必死に手を伸ばし、最高速度で砂漠を走っているレオパルトの上に乗っている仲間たちに手を掴んでもらい、砲塔の上に乗せてもらっている姿が見えた。
その兵士は、怯えていた。
ブレスト要塞の守備隊が強すぎるからではない。要塞を恐れたのではなく、まるで要塞に向けられている何かを恐れているような表情である。
「…………何だ、この音は」
「え?」
違和感を感じていた中尉の耳に―――――――その音が流れ込んでいく。
人間や、魔物の絶叫ではない。それは生物が発する音などではなく、鋼鉄で形成された機械が生み出す音だ。
火薬によって放たれた金属の塊が刻み付ける、凶悪な咆哮。現代兵器が投入される戦場にいれば耳にすることの多い音である。
段々とその音が大きくなっていることを知った中尉が、はっとしながら顔を上げた頃には、もう既にそれは要塞の真上へと迫っていた。
炎と陽炎を纏った、巨大な金属の塊。
それが孕んでいるのは、あらゆるものを木っ端微塵に粉砕する炸薬と信管だけではない。
ヴリシアの戦いで死んでいった吸血鬼たちの―――――――猛烈な怨念であった。