異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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第3章
転生者たちがエイナ・ドルレアンに到着するとこうなる


 

 頭上に、血のように紅い空が広がっていた。

 

 夕焼けというわけではない。炎のような色ではなく、血のように紅い空。王都の閉鎖的な景色の中でも唯一開放的な風景であった蒼空と常識が、血のような紅に塗り潰されてしまっている。その禍々しい空に浮かぶ雲も、まるで煤(すす)のように黒い。

 

 その非常識な紅い空の下に広がるのは、随分と古い建築様式の建物たちだった。灰色の巨大な石を正方形や長方形に切り取ってブロックのように並べたような簡単な家の隊列。玄関先に置いてある木箱や樽の数が違うだけで、全く見分けがつかない。

 

 だが、その見分けのつかない無個性な家の隊列の一角が破壊されていることに気付いた俺は、その崩れている家の残骸の群れを凝視することにした。紅い大空を見上げるのは億劫になったし、見分けがつかない家の群れを見ていると気が狂ってしまうかもしれない。だからまるで逃げ道を見つけたかのように、俺はその一角を見据える。

 

 倒壊した家や大穴が開けられた建物。まるで戦場のようだ。大穴を開けられた壁の近くには弾痕のようなものが残る壁もあるし、地面にはまるで爆撃で抉り取られてしまったかのようにいくつも穴が開いている。

 

 崩れ落ちた家たちの真っ只中に、黒いコートを纏った1人の男が佇んでいた。紅い空と無数の無個性な家たちが並ぶ奇妙な世界に現実味を求めるべきではないということは分かっていたが、そこに佇む男の姿は珍しくごく普通で、俺は安心してしまう。

 

 無数の小さなベルトのような装飾がついている、黒い革のコートだ。フードもついているらしく、そのフードには真紅の羽根のようなものもついている。

 

 あのコートには見覚えがあるぞ………?

 

「親父…………?」

 

 俺とラウラに自分の正体を教えてくれた時に親父が身に纏っていた、転生者ハンターのコートじゃないか。拘束具を彷彿とさせるベルトのような装飾が印象的だったし、あのハーピーの羽根の付いたフードは転生者ハンターの象徴でもある。

 

 よく見ると、そこで佇む親父の足元に、もう1人誰かが横たわっているようだ。どんな服装なのかは見えないんだが、黒いコートのようなものに身を包んでいる。顔や髪型は全く見えないが、ボロボロのようだ。

 

『―――――――――お前を、置き去りにはしない』

 

 親父は遠くにいる筈なのに、まるで近くで喋っているかのように聞こえる。その声は今の親父よりも若干高い。

 

 あの倒れている人物は誰なのか? 親父の戦友なのか?

 

 好奇心がすぐに肥大化し始めたが、どういうわけなのかあそこには行ってはいけないような気がした。あの倒れている人物を見てはいけない。その人物の正体を知ってはいけない。もし知ってしまったら、俺の周囲が全て壊れてしまうかもしれない。

 

 あそこで親父に看取られている人物は、俺たちを壊してしまうほど重要な人物なんだろうか?

 

 嫌な予感と好奇心に板挟みにされ、消しきれない好奇心と疑問を残したまま、俺は黙って親父の後姿を遠くから見据える事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に消え去る紅い空。花の香りと石鹸の匂いが混じったような甘い香りに包まれながら、俺の身体が左右に揺れる。傍らから聞こえる聞き慣れた少女の声と、瞼を押さえつける眠気で、俺は眠ってしまっていたという事を理解した。

 

「タクヤ、起きて。タクヤっ」

 

「う…………ラウラ………?」

 

「ほら、もう終点だよっ。下りないと」

 

 終点………?

 

 瞼を擦って眠気に別れを告げながら、周囲を見渡す。磨き抜かれた木製の床の上に規則的に整列しているのは、無数の列車の座席だった。窓から流れ込んでくる南方の暖かい風に温められた柔らかい座席に腰を下ろしながら、俺は眠ってしまったらしい。

 

 座り心地の良い座席の上で暖かな風を長時間浴びていれば、九分九厘眠気に絡みつかれてしまうだろう。

 

 眠ってしまう前までは興味深そうに窓の外を眺めていたステラも、どうやら眠ってしまっていたようだ。彼女の隣に座っていたナタリアが起こしてあげたらしく、瞼を擦る彼女の頭を撫でながら微笑んでいる。

 

『―――――間もなく、終点のエイナ・ドルレアンへ到着いたします。クガルプールへと向かう乗客の方は、お手数ですがクガルプール線へと乗り換えとなります』

 

 窓の外には、もう分厚そうな防壁が見えていた。

 

 エイナ・ドルレアンの防壁だ。南方で最大の都市であり、最強の傭兵ギルドと呼ばれているモリガンの拠点がある街でもある。万が一隣国のラトーニウス王国が侵攻してきた際には要塞となるようにも計算されている城郭都市で、防壁の上には巨大なバリスタたちと共に常に騎士たちが駐留している。

 

 防壁の門が開き、列車が蒸気を吐き出しながら防壁の中へと駆け抜けて行く。数多の魔物の侵攻から民を守り抜いてきた堅牢な鈍色の防壁の内側に広がるのは、王都と同じように巨大な工場と槍のような煙突が乱立する大都市の威容だった。工場からはまるで蒼空を支配しようとしているかのように真っ黒な煙が噴き上がり、黒ずんだ工場の窓の奥では作業着姿の男性たちが何かの原料を運んでいる。

 

 フィオナちゃんという天才技術者が引き起こした産業革命の影響を受けた都市の1つだが、工場から離れた位置には公園があるし、通りにある街路樹や花壇は王都よりも多いため、同じように巨大な防壁を持つ王都のように閉鎖的な感じはしない。伝統的な街並みと工業地帯を巧く隔離したような街並みになっているのは、きっと王都を何度も訪れているカレンさんが、この街を開放的な街にしようとしたからなんだろう。

 

 工場よりも一般的な家や大通りが増えてきたかと思うと、少しずつ列車の速度が落ち始める。そろそろ駅に到着するだろうと思いながら窓を開けて機関車の方を見遣ると、線路の向こうにはもうエイナ・ドルレアン駅のホームが見えていた。

 

 あの駅を建てた建築士たちは、きっと閉鎖的な雰囲気の駅にならないようにしようとしたんだろう。天井は殆どガラス張りになっていて、その天井を通過した日光がホームを照らし出している。

 

『終点のエイナ・ドルレアンです。ご利用ありがとうございました。クガルプール行きの列車は、本日の午後3時に15番ホームより出発予定となっております』

 

 列車がホームで停車してからすぐに、通路側に座っていたラウラが立ち上がった。しっかり者のナタリアは列車から降りる前に忘れ物をしていないかチェックをしている。特にアイテムや非常食以外に荷物を持っていたわけではないため、俺は管理局に提出する予定のレポートの原稿用紙があるか確認してから、まだ眠そうにしているステラの手を引いて座席から立ち上がる。

 

「ほら、ステラ」

 

「はい」

 

「あっ、ステラちゃんずるいよ! 私もタクヤと手を繋ぐっ!」

 

 真っ先に下りようとしていたラウラは、どうやら俺たち4人の中で一番最初にホームに下りるよりも、俺と手を繋ぎながら下りる方が良いと思ったらしい。下りて行く他の乗客にちゃんと道を譲ってから、彼女は車両の狭い通路を逆走してくると、華奢な手で俺の手を引き始めた。

 

 やれやれ。

 

「ところで、ナタリアはここに用事があるって言ってたよな?」

 

「ええ。ママに会いに来たの」

 

 母親に会うためにここに帰ってきたんだな。

 

 ナタリアの出身地は、この国の最南端にあるネイリンゲンという田舎の街だった。俺とラウラも3歳の頃までそこに住んでいたんだが、今では親父たちと敵対していた組織の奴らの攻撃によって焼け野原となり、廃墟に住み着いた危険な魔物のせいで管理局からは危険度の高いダンジョンに指定されている。

 

 俺たちが王都に移り住んだように、ナタリアもエイナ・ドルレアンに逃げて来たんだろう。親父はあの時、生き残った僅かなネイリンゲンの住民をエイナ・ドルレアンへと逃がしていたと聞いている。

 

「ちゃんと報告しないとね。命の恩人の息子さんに、また命を救われたって」

 

 生まれ育ったエイナ・ドルレアンの街中に鎮座する駅のホームを見つめながら言うナタリア。かつて幼少期の自分を救ってくれた傭兵の正体を知る事ができて、すっきりしているのかもしれない。

 

 彼女は俺に向かって微笑みながらウインクすると、まだ瞼を擦っているステラの手を引いて車両の出口へと向かって歩き始めた。

 

 俺もラウラを連れて駅のホームへと下りる。王都よりも規模の小さい都市とはいえ、ここは南方で最も大きな大都市だ。エイナ・ドルレアンの工場で生産される量産型のフィオナ機関はこの街や国中だけでなく、現在オルトバルカ王国の同盟国となっているフランセン共和国や、世界中の植民地へと輸出される。

 

 産業革命による技術の向上で他国よりも抜きん出た国力と戦力を手に入れたオルトバルカ王国は、既に他国から『世界の工場』と呼ばれるほど強大な力を手にしている。最近ではついに東にある島国を開国させるため、艦隊を派遣する予定らしい。

 

 広いホームには、駅員たちのアナウンスや機関車が蒸気を吐き出す音が響き渡っていた。列車から降りた乗客の群れと、これから列車に乗り込もうとする乗客の隊列がすれ違う。

 

「とりあえず、駅の外に出ようぜ。すごい人込みだ………」

 

「ふにゅ………分かった」

 

 何とか壁に用意されている案内板のところまで移動してから、出口の位置を確認する。ラガヴァンビウス駅ほど複雑な構造にはなっていないが、改札口がいくつもあるから越える前に確認しなければならない。駅の外に出るつもりだったのに、またホームに戻ってきてしまうかもしれないからな。

 

 案内板に描かれている複雑な構造を凝視して「ふにゅー………?」と言いながら混乱しかけている姉の手を引き、ナタリアたちと共に左側にある階段を下り始める。階段を下りてからは目の前の壁に用意されている案内板を確認してから左の通路へと向かい、その向こうにある改札口にポケットから取り出した切符をかざす。

 

 役目を終えた切符から小さな魔法陣が消滅し、切符がただの小さな紙きれへと変貌する。あの魔法陣は切符を認証するための魔法陣で、目的地の改札口にある刻印にかざすと魔法陣が消滅する仕組みになっている。また列車に乗るためには、もう一度切符を買い直さなければならない。

 

「戻ってくるのは久しぶりね………」

 

 ステラの手を引きながら改札口から出て来たナタリアは、駅の出口の向こうに広がる街並みを見渡しながら懐かしそうにそう言った。

 

 王都は賑やかな街だが、エイナ・ドルレアンは王都よりも落ち着いた雰囲気の街だ。もちろん活気が全く無いわけではなく、大通りの露店や売店の周囲には買い物客が集まっているし、工業地帯に行けば工場の機械が奏でる轟音と、従業員たちの怒号が来訪者を歓迎するようになっている。

 

 しかも南方のドルレアン領では、奴隷の売買を一切禁止している。だからエイナ・ドルレアンには奴隷を売る商人はいないし、商人たちに痛めつけられたり酷使された奴隷たちの姿もない。差別を完全に消し去れているわけではないが、ドルレアン領では様々な種族の人々が自由に生活している。

 

 そのため、主人の元から逃げ出した奴隷たちや迫害された人々が逃げ込んで来る街でもある。もちろん余所者だからと酷い扱いをすることはないため、迫害されている種族たちからすれば楽園というわけだ。

 

 逆に奴隷制度を後押しする貴族たちは、奴隷を平等に扱っているカレンさんを「奴隷に味方をする貴族の恥」と呼んでいるクソ野郎もいるらしい。だが、ここに拠点があるモリガンのメンバーは全員カレンさんの意見を後押ししているし、王都でモリガン・カンパニーを経営する親父が反対派の総本山に居座ってカレンさんを後押ししているため、彼らは声高にカレンさんを馬鹿にできない。

 

 親父は最強の傭兵ギルドのリーダーだし、発言力も非常に強い。しかも奴隷制度を維持し続けて得をするのは貴族や一部の工場の経営者だけだから、親父やカレンさんは奴隷たちや労働者たちなどの身分の低い人々から非常に強く支持されている。

 

「とりあえず、俺たちはカレンさんの屋敷に行くよ。ナタリアはお母さんのところに戻るのか?」

 

「ええ。久しぶりにママに会ってくるわ。済んだら屋敷の近くで待ってるから」

 

「分かった。ステラは?」

 

「連れて行ってあげなさい。ステラちゃんはタクヤの魔力がお気に入りみたいだし」

 

 そう言いながらステラから手を離すナタリア。ステラはきょろきょろと街を珍しそうに見渡してから、無言で俺の傍らへとやってくると、小さな手を伸ばして俺の手を握る。

 

「それじゃ、また会いましょう」

 

「おう!」

 

 ナタリアは手を振りながら、自分の家がある方向へと向かって走っていく。久しぶりに家に帰る事ができるから安心しているんだろうな。

 

 街路樹がいくつも並ぶ通りへと向かって嬉しそうに走っていく彼女に向かって手を振った俺たちは、まず最初にドルレアン邸を目指す事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な種類の花が植えられた大きな花壇と巨大な噴水に彩られた広場の向こうに建つ屋敷は、この広場を訪れる住民や観光客ならば必ず目にするほど目立っている。

 

 かつてドルレアン家の初代領主が活躍していた頃から変わらない伝統的な建築様式の、広間の向こうに鎮座する大きな屋敷が、俺たちの目的地であるドルレアン邸だった。

 

 四方は豪華な装飾の付いた鉄柵と白いレンガの塀で囲まれていて、正面の門にはドルレアン家の私兵と思われる男たちが、真っ赤な制服を身に纏って警備している。制服の胸に突いている銀色のバッジは、ドルレアン家の家紋が刻まれた特別なバッジだ。

 

 既に親父が招待状を送っているから、名乗ればきっと通してくれることだろう。少しだけ緊張しながら、俺はステラとラウラを連れて正面の門へと向かって歩き始める。

 

 すると、やはり私兵たちは俺たちを睨みつけてきた。アイテムの入ったホルダーやポーチを身に着けているから、きっと俺たちが冒険者だという事は予想している事だろう。だが、いくら冒険者でも領主の屋敷に正面から近づいて行けば怪しまれてしまう。

 

「すいません、カレン・ディーア・レ・ドルレアン様にお会いしたいのですが………。紹介状が送られている筈です」

 

「紹介状だって? 確か、ハヤカワ卿から紹介状が来ていた筈だけど………。君の名前は?」

 

「タクヤ・ハヤカワです」

 

 名前を名乗ると、名前を聞いてきたその私兵は目を丸くした。そのまま反対側に立っていた同僚の方を見つめて呆然としてから、再び俺の顔を見下ろしてくる。

 

 きっと、この人も俺を女の子だと思ってたんだろうなぁ………。確かに俺は母さんに似ているせいでよく女に間違われるし、声も高い。

 

 いい加減男だと見抜いて欲しいなぁ………。

 

「君、男の子だったのか………」

 

「は、はい………男です………」

 

「………失礼した。では、どうぞ。カレン様とお嬢様がお待ちかねだ」

 

 正面の門を開けてくれた私兵に礼を言い、俺たちは屋敷の庭へと足を踏み入れる。王都にある俺たちの家よりも広い庭には花壇がいくつもあり、先ほど通過してきた広場の花壇に植えられていた花たちと同じ種類の花が植えられていた。庭の中心には剣を手にした女性の騎士の銅像が鎮座している。

 

 おそらくあの銅像の女性は、ドルレアン家の初代当主である『リゼット・テュール・ド・レ・ドルレアン』だろう。大昔に勃発した700年戦争を終結させたオルトバルカ王国の英雄だが、家臣に裏切られて暗殺されてしまうらしい。

 

 カレンさんやカノンの先祖なんだが、リゼットの顔つきはカレンさんとカノンにそっくりだ。もし当時の鎧を身に纏った2人を大昔の彼女の家臣たちが目にしたら、勘違いしてしまうに違いない。

 

「―――――――あらあら、お久しぶりですわね」

 

 銅像を見上げていた俺たちを、屋敷の入口の方から響いてきた少女の声が出迎えた。

 

 以前に聞いた時から大人びた声だったが、まだ幼さも残っている。幼少の頃から何度も王都の家に遊びに来ていた妹分の声だと理解するよりも先に声が聞こえてきた屋敷の入口の方を振り返った俺とラウラは、屋敷の入口の前に立って嬉しそうに微笑む橙色の髪の少女を目にして安堵した。

 

 声音だけでなく、姿も成長していた。微笑みながらこちらを見つめる彼女の笑顔には、3人で家の中を駆け回って遊んだあの時の楽しそうな笑顔の面影が残っている。

 

「―――――久しぶりだな、カノン」

 

 ドルレアン邸を訪れた俺たちを出迎えてくれたのは――――――立派なお嬢様に成長した、俺たちの妹分だった。

 

 

 

 


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