異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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突撃歩兵

 

 どすん、と何かが着弾したような大きな音は、塹壕の中へと響き渡っていた。近くにいる仲間と雑談したり、仮眠をとっている最中だった兵士の鼓膜にも容赦なく流れ込んだその音のせいで、塹壕の中に入っていた全ての兵士がはっとしながら武器を拾い上げる。

 

 雑談を止めて傍らのAK-12を拾い上げた兵士は、重機関銃の射手に目配せをしてから、今しがた何かが着弾したような音が聞こえてきた方向へと向かう。板が敷かれた塹壕の床の上を駆け抜け、慌てて戦闘態勢に入る仲間たちを躱しながら進んでいく。

 

 もし爆音まで聞こえていたら、仲間たちはもっと慌てふためいていただろう。戦闘態勢に入ろうとしている割には動きが遅いのは、「あの音は敵の襲撃ではないのかもしれない」と考えているからに違いない。だから全力で塹壕の中を突っ走っても、起き上がりながらAK-12を構えようとする仲間を躱すのは容易かった。

 

 確認に向かうその若い兵士も、もしかしたらこれは敵襲ではないかもしれないと期待していた。先ほどの音は寝ぼけた間抜けが、間違って重機関銃を床に落としてしまった音だったのかもしれない。階級が自分よりも下だったら、咎めるだけで終わる。

 

 だが――――――段々とその音の発生源に近づいていくにつれて、彼は間抜けな兵士が重機関銃を落としたわけではないという事を理解する羽目になる。

 

(…………ッ!?)

 

 発生源の方向から流れ込んでくる異臭と、冷たい風の向こうで膨張し、塹壕の中へと流れ込んでくる黄色い煙。そしてその煙の中から、呻き声にも似た奇妙な声を発しつつ、数名の兵士たちがふらつきながらこちらへとやって来るのが見える。

 

 慌てて銃を下ろし、「大丈夫か!?」と大声を上げながら駆け寄ろうとする。だが、塹壕の壁にぶら下げられていた小さなランタンが風で揺れ、一瞬だけその兵士たちの顔を照らし出した瞬間、彼は大慌てで立ち止まりながら目を見開いた。

 

 黄色い煙の中からふらつきながら姿を現した兵士たちは、顔の皮膚の一部が剥がれ落ちたかのようになくなっており、鮮血で湿った肉が剥き出しになっていたのだから。

 

「ひぃッ…………!?」

 

「ガ………ア……ァァ………」

 

「た、助…………け………」

 

 まるで、ゾンビのような顔だった。身体中の肉が腐り、周囲に悪臭と無数のハエを引き連れた人間にそっくりな魔物を思わせる姿に成り果てた仲間たち。よくみると、自分と同じデザインの制服の袖の中から伸びる手の皮膚も同じように剥がれ落ちており、肉が剥き出しになっているのが分かる。

 

 しかも、煙の向こうからは苦しそうな声や絶叫が聞こえてくる。若い兵士が泣き叫ぶ声や、熟練の兵士が激痛に耐えるために発する呻き声。まるで首を絞められているかのような声まで聞こえてきた瞬間、彼は煙の中から姿を現した仲間と、その仲間を再び飲み込もうとしている黄色い煙から逃げ出していた。

 

 いつの間にか額を覆っていた冷や汗を、ぶるぶると震える手で拭い去りながら引き返していく。

 

「おい、どうした!?」

 

「にっ、逃げろ!! 黄色い煙が…………!」

 

「は? 黄色い煙…………?」

 

「早くしろ! あれに触れたら、皮膚が―――――――」

 

 何が起こったのかを知らない仲間に、彼は今しがた目にしてしまった仲間の恐ろしい姿を報告しようとしたのだが―――――――どすん、とまたしても何かが落下してきたような音がすぐ近くから聞こえてきた瞬間、彼はぞっとしながら後ろを振り返った。

 

 先ほど突っ走ってきた塹壕の通路の中に、いつの間にか金属の短い筒が生えているのが分かる。筋肉だらけの巨漢の腕にも似た太さの筒を覆っていたカバーが、かちん、と金属音を奏でながら外れたかと思うと、その中に溜め込んでいた代物をゆっくりと解き放ち始める。

 

 落下してきた砲弾の中から姿を現したのは――――――――仲間を恐ろしい姿に変えてしまった、あの黄色い煙であった。

 

「―――――逃げろぉッ!! 敵の毒ガス攻撃だッ!!」

 

「ッ!?」

 

 大慌てで走りながら、ちらりと後ろを振り向く。一緒に逃げ出した兵士の顔が見えたが、そのさらに後ろでは、逃げ遅れた若い兵士が砲弾の中から生れ落ちた毒ガスに呑み込まれ、顔と喉を押さえながら絶叫しているところだった。

 

「あっ…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? ゲホッ、ゲホッ…………ガ…………タ、タス…………ケ…………ッ」

 

「くそったれ、ガスマスクは!?」

 

「第11塹壕の倉庫の中にある!」

 

「急いで兵士たちに着用させろ! 毒ガスで全員死ぬぞ!」

 

「わ、分かった!」

 

 先ほどの機関銃の射手の元へと走りながら、兵士は自分の周囲を見渡した。

 

 やはりあの毒ガスは、春季攻勢を開始した吸血鬼たちの仕業だったらしい。先ほどの砲撃がこちらの塹壕にしっかりと着弾し、数名の兵士がその毒ガス弾の餌食になったことを確認したのか、先ほどよりも多くの砲弾が塹壕の周囲へと降り注いでいる。

 

 まるで流星群が降り注いでいるかのように、塹壕の外や先ほどまで走っていた通路に砲弾が降り注ぎ、次々にそこで身に纏っていた金属のカバーを脱ぎ捨て、剥き出しになった排出口から黄色い煙を吐き出す。

 

 中には運悪くその毒ガスを内蔵した砲弾に直撃してしまう兵士もいた。ガスマスクを身につける前に毒ガスで次々に多くの兵士が死んで行っているというのに、中には頭に向かって飛んできた砲弾に首から上を引き千切られたり、上半身を抉られて横たわっている死体も見える。

 

「管制室、聞こえますか!? こちら第9番塹壕! 敵の砲弾による攻撃を受けています! ガスです!」

 

 通信兵が、目を見開いて冷や汗まみれになりながら、必死に管制室へと報告している。

 

 それを目にした彼は、息を呑みながら撤退の許可が下りることを祈った。

 

 春季攻勢を退けるためにこの塹壕が掘られ始めたのだが、上層部は敵が毒ガスで攻撃してくるのではなく、歩兵による攻撃や戦車部隊による進撃を想定していた。実際にヴリシアの戦いで行われた最終防衛ラインの攻防戦では、吸血鬼側が投入した超重戦車の群れと歩兵による攻撃で、連合軍は大きな損害を出しているため、今回の春季攻勢でもその戦術をベースにした戦い方で塹壕の突破を図るつもりなのだろうと予測していたのである。

 

 それゆえに、毒ガスで攻撃されることはそれほど想定されていない。

 

 つまりこれは、想定外の攻撃なのだ。もう既に守備隊は混乱状態に陥っており、戦死者の数も増えている。このままここで踏ん張れという命令は、実質的に守備隊の兵士たちに「死ね」と言っているに等しい。

 

 兵士を大切にするテンプル騎士団ならば、撤退命令を出すはずだ。この第9番塹壕が陥落したとしても、後方には第11番塹壕と第15番塹壕がある上に、更に後方には分厚い防壁と要塞砲を兼ね備えたブレスト要塞がある。そう簡単にこの防衛ラインが陥落するわけがない。

 

 だが、その兵士は通信兵が使っている無線機を目にした瞬間、目を見開いた。

 

 通信兵が使っている無線機には砲弾の破片と思われる金属片が何本か突き刺さっており、その”傷口”の周囲では蒼白いスパークが荒れ狂っているのである。

 

 毒ガスを内蔵した砲弾が次々に降り注いでくるのを目の当たりにしてパニックになってしまったのか、通信兵は自分の持っている通信機が動いていないことに気付いていない。無線機が作動していると思い込み、届くわけがないにもかかわらず、必死に撤退の許可を要請し続けていた。

 

「同志、しっかりしろ! その無線は―――――――」

 

「敵襲! 敵兵が突っ込んでくるッ!!」

 

 健在だった重機関銃の発射準備をしていた射手が、塹壕の向こうを睨みつけながら絶叫する。パニックになった情けない通信兵をぶん殴ってやろうと思っていた彼は、慌ててAK-12のセレクターレバーをセミオートに切り替え、その射手の近くへと駆け寄って双眼鏡を覗き込んだ。

 

 塹壕を包み込もうとしている黄色い煙と砂埃の向こうから、オリーブグリーンの軍服とヘルメットを身につけ、顔を大きなフィルターのついたガスマスクで覆った無数の人影が、立ち上がりながらこちらへと全力疾走してくるのが見える。

 

 まるでガスマスクを装備した兵士たちが、砂の中から植物のように”発芽して”いるようにも見えてしまう。芽吹いたオリーブグリーンの軍服姿の兵士たちは、先頭を進む分隊長と思われる兵士の指示に従って少しずつ方向を変えたかと思うと、早くも迎撃するためにマズルフラッシュを煌かせている機関銃ではなく、それを操るべき射手が毒ガスで死亡してもぬけの殻と化した誰もいない塹壕の方へと向かっていく。

 

 傍らにいる射手も応戦し始めたが、塹壕の守備隊を無視して突破しようとしている敵の分隊には気付いていないらしい。

 

「おい、同志! あっちを狙え! 塹壕が突破される!」

 

「無茶を言わないでくださいよ軍曹! こっちだって突破されそうなんです! 他の敵を狙ってる余裕なんてありません!!」

 

「くそったれッ!」

 

 軍曹はセレクターレバーをセミオートからフルオートへと切り替えると、誰もいない重機関銃が設置されている塹壕を凄まじい脚力で飛び越え、突破していった敵の分隊へとフルオート射撃をお見舞いする。

 

 もし仮に食い止められなくても、数名を撃ち殺すか負傷させられれば後方の塹壕でも容易く対処できるだろう。1人でも多く射殺しようとトリガーを引いたのだが、吸血鬼たちの走る速度が予想以上に早かったため、銀の7.62mm弾は1発も命中することはなく、夜空へと届くことのない流星と化す。

 

「通信兵、まだ使える無線機はあるか!?」

 

「はい、あります!」

 

「後方の第11番塹壕に緊急連絡! 敵の分隊が第9番塹壕を突破したと伝えろ! あと、友軍の兵士(サンタクロース)にガスマスクを持って来いって伝えてくれ!」

 

「了解(ダー)!」

 

 隣でKord重機関銃を放つ射手の隣で、軍曹もセレクターレバーをセミオートに再び切り替え、ホロサイトの後方にブースターを展開して狙撃を開始する。顔を上げた敵兵のガスマスクを撃ち抜いて即死させたが、すぐにその兵士の後方から別の分隊が姿を現すと、またしても弾幕が薄い場所やガスで射手が死亡したせいで誰もいない場所を探し当て、まるで眼中に無いと言わんばかりにそちらへと突進していく。

 

 先ほど突破していった分隊だけではない。後続の分隊も、同じように次々に塹壕を飛び越え、第11番塹壕や近隣の第12番塹壕へと向かっていく。

 

(どういうことだ…………!?)

 

「こちら第9番塹壕! 第11番塹壕、応答願います! …………くそ、ダメです軍曹! 第11番塹壕から応答がありません!!」

 

「バカな!? もう第11番塹壕もやられたのか!?」

 

 ぞくりとしながら、軍曹は塹壕の後方を振り向きながら双眼鏡を覗き込む。連射を続ける重機関銃のすぐ隣にいたせいで聞こえなかったのか、確かに後方の第11番塹壕の方ではマズルフラッシュと思われる光が何度も輝いており、塹壕の一角からは、弾薬庫に手榴弾でも放り込まれたのか、艦砲射撃が着弾したかのような大爆発が起こっているのが見えた。

 

 しかも、攻撃を受けているのは第11番塹壕だけではない。

 

 更に後方にある第15番塹壕の方からも、マズルフラッシュと思われる光が見えるのである。

 

「そんな…………」

 

 双眼鏡から目を離しつつ、唇を噛み締める。

 

 後方の塹壕は壊滅状態で、自分たちのいる塹壕は辛うじて応戦を続けているものの、一番最初の砲撃によって未だに混乱している。中には射手が戦死したせいで弾幕を張れない重機関銃や、ガスが充満しているせいで近寄れない場所もある。

 

 しかも敵兵はガスマスクを装備しているため、黄色い煙が充満している塹壕を平然と素通りしていくのだ。

 

 最早、彼らの塹壕は防衛ラインとして機能していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第8分隊、突撃用意」

 

 オリーブグリーンの軍服に身を包んだ軍曹が、ヘルメットをかぶり直しながら告げる。僕ももう一度MP7A1のセレクターレバーをチェックし、ちゃんとフルオートになっていることを確認してから、深呼吸しつつ突撃していく仲間たちを見守る。

 

 もう既に砲撃と毒ガスで被害を受けているというのに、敵の塹壕が放つ弾幕は凄まじい。あの火薬と銀の豪雨の中に、これから僕たちの分隊も突っ込むことになるのだ。

 

 突撃する前に、内ポケットから家族の写真を取り出そうとする。オルトバルカ製のカメラで撮影した白黒写真には、一緒にディレントリアに逃げ込んだ幼い弟たちや妹たちが写っている。これから敵の群れの中に突っ込むのだから、その前に家族の写真を見て自分を奮い立たせようとしたんだけど、隣で水筒の水を飲んでいた戦友のフランツに「やめておけ、フレディ」と言われ、僕は手を止めた。

 

「せめて戦いが終わるまで、家族の写真は見るな。そっちの方が”生きよう”って思えるだろ?」

 

「はははっ、そうかもね」

 

 確かに、そっちの方が良さそうだ。ここで家族の写真を見てしまったら、もしかしたら泣いてしまうかもしれないから。

 

 息を呑みながら、僕とフランツは分隊長の背中を見つめた。

 

『ピィィィィィィィィッ!!』

 

「―――――――第8分隊、突撃ッ!」

 

「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」」」

 

 ホイッスルの絶叫と、分隊長の絶叫。それを鼓膜の中へと放り込まれた第8分隊の兵士たちが立ち上がり、冷たい砂漠の砂に別れを告げながら突っ走る。

 

 敵は先に突っ込んだ第7分隊の兵士たちを掃射するのに夢中らしく、僕たちが突っ込んでいる事には気付いていない。第7分隊は射手のいない重機関銃が多い場所から突っ込もうとしたみたいだけど、それに気づいた敵兵が重機関銃で掃射し始めたせいで袋叩きにされている。

 

 気の毒だなと思いながら走っていると、12.7mm弾で片腕を捥ぎ取られた吸血鬼(同胞)の兵士と目が合った。

 

 ガスマスクを外したその兵士は、多分僕と同い年くらいだと思う。片手で千切れた腕の断面を必死に抑え、歯を食いしばりながらこっちを見ている若い兵士。できるならば助けてあげたかったんだけど、僕たちは立ち止まるわけにはいかなかった。

 

 僕たちは、この作戦の切り札でもある”突撃歩兵”なのだから。

 

「フレディ、第7分隊に構うな! 進むんだ!!」

 

「了解(ヤー)!!」

 

 許してくれ。

 

 助けを求めようとしている若い兵士から目を逸らし、僕たちは毒ガスが充満している塹壕の一角へと飛び込んだ。黄色い煙のようにも見える毒ガスが充満した敵の塹壕の中には、まるで皮膚を全て引き剥がされ、身体中の筋肉を剥き出しにさせられたような無残な敵兵の死体が転がっていた。もちろん、まだ生きている兵士は1人もいない。

 

 そのうちの1人を間違って踏みつけてしまったフランツが、目を細めながら慌てて死体の上から飛び降り、塹壕の反対側へと昇っていく。

 

 無残な死体が転がっている塹壕の中を見てしまった僕は吐きそうになってしまったけど、何とか我慢して仲間たちと一緒に塹壕を登った。僕たちまで塹壕を突破したことに気付いた敵兵がいたみたいだけど、かなり焦っているからなのか、敵のフルオート射撃は全く当たらない。

 

 死んでたまるか。

 

 ここで勝利して鍵を手に入れれば、レリエル様が復活する。そうすれば再びこの世界を吸血鬼が支配することになるだろう。

 

 人間共に、吸血鬼が虐げられることがなくなるのだ。

 

 もう、腐った死体から血を啜ってお腹を壊さずに済む。まだ幼い弟や妹たちにも美味しい血を吸わせてあげられるし、ヴリシアで負傷して退役した父さんや母さんも裕福な暮らしができるようになるはずだ。

 

「負傷者は!?」

 

「ゼロです、軍曹!」

 

「よし、このまま次の塹壕を突破し、敵の司令部と通信設備を破壊する! 続けッ!!」

 

 僕たちに与えられたのは、敵の塹壕を突破して後方にある塹壕の司令部や通信設備を破壊するという任務だ。司令部を破壊されれば守備隊に命令を下す者はいなくなるし、通信設備を破壊すれば敵は救援の要請もできなくなる。

 

 そうすれば簡単に烏合の衆と化す。その後は後続の戦車部隊や歩兵部隊に蹂躙されるだけだ。

 

「勝とうぜ、フレディ」

 

「うん」

 

 絶対に勝たなければならない。

 

 僕たちが勝てば、家族は裕福な暮らしができるようになるのだから。

 

 

 

 

 


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