異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

404 / 534
狙撃手と吸血鬼の任務

 

 夜空で、深紅の光が煌く。

 

 星と三日月の明かりが支配する夜空へと乱入し、星や月の明かりを隠した上に轟音を響かせて立ち去っていく乱暴者たちの正体は、夜空で激突する鋼鉄の飛竜の群れであった。鱗の代わりに装甲で覆われた胴体と、金属で形成された大きな翼の下にミサイルをぶら下げ、ブレスの代わりに機関砲の砲弾を凄まじい連射速度で吐き出す、発達した科学力が生み出した機械の飛竜たちである。

 

 10機のユーロファイター・タイフーンに守られたA-10の群れと、ラルシュラム・ダムの飛行場から大慌てで飛び立ったSu-27やSu-35の群れの死闘。荒々しい咆哮の代わりにエンジンの音を響かせながら旋回した機体が、機首に搭載された機関砲を吐き出してユーロファイター・タイフーンのデルタ翼を粉砕する。翼の残骸を巻き散らしてバランスを崩した機体からSu-35が即座に離れていくが、仲間の仇を取るために忍び寄っていたもう1機のユーロファイター・タイフーンが吐き出したリボルバーカノンの砲弾が、Su-35のコクピットを正確に食い破った。

 

 パイロットもろともコクピットをズタズタにされたSu-35が、残骸とミンチが詰まったコクピットから微かに黒煙と破片を巻き散らしながら、岩山へと墜落していく。

 

「もう少し頑張ってくれよ…………」

 

 頭上で死闘を繰り広げる航空部隊を見守りながら、真っ黒なボディアーマーに身を包んだ兵士たちのうちの1人が呟く。彼の周囲ではサプレッサー付きのMP5Kを装備した同じ格好の兵士たちが、メインアームやサイドアームの点検をしたり、作戦開始前に深呼吸を繰り返し、もう一度自分たちの任務を再確認しているところだった。

 

 いくら優秀なパイロットばかりが乗っている戦闘機や攻撃機とはいえ、たった18機で敵の拠点のうちの1つを攻撃するのは正気の沙汰ではない。ラルシュラム・ダムはテンプル騎士団が保有する拠点の中では最も重要な拠点であり、ここが壊滅すれば彼らの海軍は機能しなくなるからだ。

 

 それゆえに、やり過ぎとしか言いようがないほど防衛用のレーダーや対空兵器を配備し、兵士を何人も駐留させている。”第二の本拠地”と言っても過言ではないほどの規模の守備隊と真っ向から戦う羽目になれば、いくら吸血鬼でもたちまち射殺されてしまうだろう。

 

 今から彼らは、その”第二の本拠地”の真っ只中へと飛び込まなければならない。

 

「よし。”リントヴルム隊”、これより敵基地へ侵入する」

 

 目の前に鎮座する岩山の表面を見上げていた隊長がそう言った瞬間、武器の確認をしていた兵士たちが、一斉にセレクターレバーをセミオートに切り替えた。

 

 ラルシュラム・ダムの周囲は、まるで城壁を思わせる巨大な岩山に囲まれている。とはいえ、タンプル搭の周囲に屹立する巨大なバウムクーヘンのような防壁ではなく、ただの岩山がいくつか連なっているだけである。

 

 ダムへと侵入するためには、この岩山を登っていくか、正面にあるゲートから侵入しなければならない。しかし、巡洋艦や駆逐艦の主砲に匹敵する口径の要塞砲が用意されているゲートから突撃すれば、いくら吸血鬼とはいえ瞬く間に要塞砲の砲撃で木っ端微塵にされるか、出撃してきた兵士たちに蜂の巣にされるのが関の山だろう。いくら航空部隊がやられる前に作戦を開始しなければならないとはいえ、真正面からの突入は愚の骨頂である。

 

 ミサイルが直撃したA-10が、ふらつきながらダムへと向かって飛翔する。しかしすぐに頭上から襲い掛かってきたSu-27にコクピットを撃ち抜かれ、そのまま墜落していった。

 

 隊長は唇を噛み締め、目の前の岩山へと手を伸ばす。突き出ている部分をしっかりと片手で掴み、表面を足で踏みつけながら岩山を登り始めた隊長は、後方で周囲を警戒している部下たちに合図を送ると、先ほどよりも速度を上げて岩山を登り始めた。

 

(急がなければ、航空部隊がやられてしまう)

 

 航空部隊のパイロットたちは、ヴリシアの戦いで生き延びた精鋭部隊である。練度ではテンプル騎士団の航空隊に勝っているとはいえ、規模では劣っているとしか言いようがない。

 

 たった18機の航空機を撃墜するために、テンプル騎士団は無数の対空ミサイルや機関砲を使っている上に、航空機を20機以上も出撃させているのだ。いくら航空部隊のパイロットたちが死闘から生還した猛者たちとはいえ、数の多い航空部隊と対空砲火を同時に相手にすれば瞬く間に壊滅してしまうだろう。

 

 その前にこの岩山を登り切り、ダムを破壊する必要がある。

 

 彼らの目的は、敵部隊が堂々と攻め込んできた航空部隊の相手をしている間にダムへと潜入し、C4爆弾を仕掛けて破壊することだ。ダムを破壊してしまえば、タンプル搭の海軍はウィルバー海峡方面へと出撃することができなくなり、吸血鬼たちの艦隊を迎え撃つことができなくなる。

 

 そうすれば彼らは一方的に艦砲射撃を行えるうえに、テンプル騎士団艦隊の空母や戦艦を相手にしなくていいのである。

 

 この任務のために派遣されたのは、たった7名の隊員たちのみ。作戦開始の三週間前にディレントリア公国を出発し、レーダーで感知されないように馬車を使ってダム側へと回り込み、装備を秘匿しつつ春季攻勢開始まで待機していたのだ。そのためテンプル騎士団側にももう既に彼らが待機しているという情報は知られていない。

 

 中には航空機による正直な襲撃を囮だと見破る者もいるだろう。しかし、その航空部隊を囮にして、7名の特殊部隊が岩山を登って攻めてくると予測する者がいるとは考えられない。

 

 普通の人間では登れないような岩山だが、吸血鬼の筋力と体力があれば、何度もマラソンに参加した経験のあるランナーが軽くランニングをする程度の存在でしかない。普通の人間では不可能なほどの速さで岩山を登り続ける彼らは2分足らずで城壁のような岩山を登り終えると、味方の航空機へと対空砲火を放ち続ける要塞を睨みつけながら、同じように素早く岩山を滑り降りていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、やっぱりいたわ…………」

 

 スナイパーライフルのスコープを覗き込みながらそう呟いたのは、純白の肌と頭髪が特徴的な、アルビノのハイエルフの男性である。スオミの里から持ってきたサルミアッキを口へと運びながら、スコープのレティクルを岩山を滑り降りていく黒服の兵士へと合わせた瞬間、まるで鮮血のように紅い目がどんどん鋭くなっていく。

 

 それが、彼らが標的を葬る時の目つきであった。

 

 彼らの持つ得物と、それを手にする射手が戦闘態勢に入った証である。

 

 口の中のサルミアッキを噛み砕き、息を吐きながら無線機のスイッチを入れる。見張り台の上でフィンランド製スナイパーライフルの『TRG-41』を標的へと向ける狙撃手の頭上では、ユーロファイター・タイフーンに回り込まれたSu-27が、リボルバーカノンで蜂の巣にされて墜落していくところだった。

 

「兄貴ー、やっぱり航空部隊(あれ)は囮だったわ。岩山の向こうから怪しい奴らが侵入」

 

『人数は?』

 

「7人。素人じゃねえな」

 

『…………なるほどな』

 

「どうする? もう潰す?」

 

『いや、いつも通りにやれ』

 

「はははっ、容赦ないねぇ」

 

 容器の中からもう1つサルミアッキをつまみ上げ、そのまま口へと運ぶ。再び強引に噛み砕いて飲み込んでから、狙撃手は息を吐いて照準を侵入者の頭に合わせる。

 

 今すぐトリガーを引けば、彼のライフルに装填されている銀の.338ラプア・マグナム弾が確実に吸血鬼の頭蓋骨を貫くだろう。身体能力が高い上に再生能力も身につけている吸血鬼は驚異的な戦闘力を誇るが、防御力そのものは普通の人間と変わらない。

 

 ナイフが刺されば皮膚には穴が開き、肉は切り裂かれるのだ。それゆえに銀の弾丸が命中すれば、常人と同じ運命を辿ることになる。

 

 しかし狙撃手は、まだトリガーを引かない。まるでダムへと向かう彼らを見張り台から見守っているかのように、スコープのレティクルを戦闘の隊長らしき兵士の頭に合わせたまま、サプレッサー付きのSMG(サブマシンガン)で周囲を警戒しながら素早く進んでいく兵士たちを睨みつける。

 

 スオミの里の防衛戦では、戦士たちは攻め込んできた敵を必ず殲滅している。

 

 迂闊に逃がせば里の守備隊がどれほどの規模なのかを知られてしまうためだ。そのため、里に攻め込んできた敵は絶対に殲滅するのが当たり前となっている。

 

 その際に、彼らは敵を逃がさないように攻撃する。

 

 攻め込んできた敵が少数であると判断できれば、即座に攻撃を仕掛けず、更に意図的に敵を防衛ラインの奥へと迎え入れる。そして敵が退路から十分に離れた瞬間に退路を塞ぎ、入り込んできた敵を包囲して殲滅するのだ。

 

 そうすることで、敵は逃げられなくなる。いたるところから飛んでくる矢や弾丸に貫かれ、スオミの里の周囲に広がるシベリスブルク平原で氷漬けになるしかない。

 

 それがスオミの戦士たちの”いつも通り”の戦い方である。

 

 見張り台の狙撃手以外にも、2名のスオミの狙撃手が照準を合わせているところだった。しかし敵の特殊部隊の侵入に気付いているのはスオミ支部の兵士たちだけで、このダムを守る筈の守備隊の兵士たちは、頭上でドッグファイトを繰り広げる戦闘機の支援に夢中になっていた。

 

 タクヤ(コルッカ)がスオミの戦士たちをここに配置したのは正解だなと思いつつ、狙撃手たちは敵兵が物陰に隠れて立ち止まるのを待ち――――――――ついに、弾丸を解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何の変哲もなく、先頭を進んでいた隊長の頭がぐらりと揺れる。

 

 すぐ後ろを進んでいた部下の顔に暖かい液体が降りかかり、すぐ近くの壁から何かが跳弾するような音が聞こえてきた直後、彼らが何度も耳にしてきた轟音が鼓膜の中へと飛び込んできた。

 

 ヴリシアの戦いや、この春季攻勢が始まるまでひたすら訓練をしていた最中にも耳にした轟音。薬室に装填された弾丸が、解き放たれる際に発する絶叫。

 

「狙撃手(スナイパー)だ!」

 

 後ろにいた仲間が叫んで体勢を低くするよりも先に、ダムへと侵入した全ての兵士たちは隊長が狙撃されたことを理解していた。後続の兵士たちは崩れ落ちた隊長の死体から離れ、すぐに遮蔽物の影へと飛び込もうとするが、続けざまに飛来したもう1発の銀の弾丸が飛び込む直前の兵士のこめかみに喰らい付いたかと思うと、そのまま頭蓋骨と脳味噌を貫通し、小さなピンク色の肉片を纏ったまま反対側から飛び出していく。

 

 銀の弾丸に脳味噌をぐちゃぐちゃにされる羽目になった兵士は、遮蔽物の影から黒い服に包まれた下半身を晒したまま、動かなくなった。

 

(銀の弾丸…………ッ!)

 

 隊長と仲間が再生する様子はない。辛うじて遮蔽物の陰へと隠れた兵士たちは、その弾丸が銀でできたものであるか、弾丸に聖水を塗った代物であることを理解した。

 

 5.56mm弾が被弾した程度では死なないほど屈強な身体を持つハーフエルフや、弾丸どころか砲弾まで弾いてしまうほど堅牢な外殻を瞬時に展開できるキメラとは違い、吸血鬼の防御力は一般的な人間と殆ど変わらない。彼らが恐れられている理由は、人間を遥かに上回る身体能力と、弱点で攻撃されない限り再生できる驚異的な再生能力である。

 

 そのため、弱点で攻撃されれば普通の人間と同じ運命を辿ることになるのだ。

 

「くそ、どこから撃たれてる…………?」

 

「拙いぞ………これではダムの爆破は不可能だ」

 

 残った隊員の数は5人。サプレッサー付きのMP5Kとサイドアームだけで、タンプル搭以外の要塞では最も大規模な守備隊が駐留する要塞のダムを破壊するのは不可能である。

 

 顔に付着した隊長の鮮血と肉片を拭い去り、ちらりと遮蔽物の向こうを確認する。見張り台の上にはスナイパーライフルを構えた兵士がいるようだが、2人目の兵士がこめかみを撃ち抜かれた際は別の方向からも飛来していた事を思い出し、彼は瞬時に複数の狙撃手がいると判断する。

 

 位置を捕捉されたことを察したのか、見張り台の上の兵士は素早くスナイパーライフルを背負うと、見張り台の上から一気に飛び降りて走り出した。姿勢を低くしながら樽の陰に隠れ、そのまま格納庫の影へと逃げ込んでいく。

 

「何人いる?」

 

「分からんが、多分3人か4人はいる。気付いてるのはそいつらだけだが…………すぐに他の守備隊も気づくだろうな」

 

「どうする? 撤退するか?」

 

 普通であれば、ここで撤退するべきである。岩山を登っている最中に狙撃される危険性はあるものの、このまま要塞の中に留まって蜂の巣にされるよりも、ダムの爆破を断念して全力で岩山を再び上って要塞の外へと脱出するべきだ。

 

 しかし、彼らの引き受けた任務は、仮に失敗した場合でも仲間たちの役には立つ。

 

「―――――――いや、もう少し踏ん張ろう」

 

「了解(ヤヴォール)。本隊とブラド様に期待しようぜ」

 

 彼らの引き受けた任務が”普通の任務”であれば、この判断は愚かとしか言いようがない。

 

 だが、このダムを襲撃するという任務の目的は、ダムを破壊することで艦隊を無力化するだけではない。無数の地上部隊と虎の子の”突撃歩兵”で構成された本隊を支援するという意味もあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブレスト要塞は、ディレントリア公国との国境の近くに建築されたテンプル騎士団の要塞の1つである。建築途中に魔物の襲撃を受けるという事件があったものの、今では防壁や要塞砲の準備も完了し、レーダーも稼働して接近する敵の索敵を行っている。

 

 海軍を守るためのラルシュラム・ダムのような大規模な守備隊が駐留しているわけではないが、要塞の周囲に建造された防壁の上にはずらりと要塞砲が並んでおり、防壁の中に用意された格納庫の中では、テンプル騎士団で運用されている戦闘機たちが整備兵たちの整備を受けている。

 

 当初はタンプル搭と同じく36cm要塞砲を3門配備する予定となっていたのだが、設備の破損を防ぐために飛行場まで地下に建設し、着陸の際の難易度が上がってしまったタンプル搭の二の舞とならないように、36cm要塞砲は配備せず、飛行場は円形の防壁の中に用意されている。

 

 格納庫などの設備も地上にあるが、地下にもタンプル搭と同様に中央指令室や兵舎が用意されている。地下にある設備の大半はタンプル搭と同じ構造になっており、タンプル搭に所属していた兵士がブレスト要塞に移動することになっても、内部で迷うことはないほどそっくりだという。

 

 そのブレスト要塞の周囲には、塹壕が用意されていた。

 

 吸血鬼たちの春季攻勢を退けるため、円卓の騎士たちの命令によって掘られた塹壕の中には、もう既に迫撃砲や重機関銃などが配備されており、守備隊の一部の兵士たちが交代で塹壕の中で警備をしていた。

 

「おい、聞いたか? ダムが襲撃を受けたらしいぞ」

 

 砂を含んだ冷たい風が流れ込んでくる塹壕の中で、ウシャンカをかぶった兵士の1人が重機関銃の近くで双眼鏡を覗いていた兵士に声をかける。

 

 要塞の中で休憩している兵士たちは、今頃支給される紅茶とお菓子を楽しみながらトランプをしている筈だ。ディレントリア方面から攻め込んでくる吸血鬼たちを迎撃するために塹壕の中に入っている兵士たちは、もちろんトランプを楽しんでいる暇はない。重機関銃の射手を担当する者は頼りになる機関銃を何度もチェックしながら照準器の向こうを睨みつけ、アサルトライフルを持つ兵士たちは装備の点検をしながら、冷たくなった風の中で休憩中の兵士たちと後退する時間になるのを待ち続ける。

 

 このまま敵が攻め込んでこなければいつも通りだと思った兵士が、支給された暖かい紅茶を口に含もうとした瞬間に、近くの重機関銃の射手と弾薬の入った箱を持ってきた兵士が雑談を始めた。

 

「マジかよ。あそこがぶっ壊されたら大洪水だぞ? 大丈夫なのか?」

 

「ああ、スオミ支部の奴らもいるし、あそこにはシャール2Cとかいうでっかい戦車が2両も配備されてる。ブレストは1両だけなのにさ」

 

「向こうは重要な拠点だからな。仕方ないだろ」

 

「まあな」

 

 ラルシュラム・ダムが破壊されれば、テンプル騎士団の海軍は機能しなくなる。そのためダムの守備隊は、他の拠点よりもはるかに規模が大きい上に、最新型の装備が最優先で支給されているのだ。

 

 噂話を聞いていた兵士は、溜息をつきながら塹壕の中に座り込み、制服の内ポケットに入っていた一枚の写真を取り出す。白黒の写真に写っているのは、まだ幼い少女を抱き抱えている耳の長い女性だった。テンプル騎士団の兵士たちによって解放されてから生まれた愛娘の顔を見つめ、彼はもう一度息を吐いてから写真を内ポケットに戻す。

 

 ブレスト要塞は真っ先に吸血鬼の襲撃を受けるため、居住区に住んでいる民間人はもう既に安全なタンプル搭へと避難していた。そのため、彼の妻と愛娘もタンプル搭で保護されている。

 

 真っ先に襲撃を受けたのはブレストではなくダムだったが、吸血鬼たちが潜伏しているディレントリアに最も近い以上、ブレストが狙われる可能性は高い。

 

 ずっと機関銃の傍らにいる兵士に「代わろうか?」と声をかけようとしたその兵士は、唐突に奇妙な音が聞こえ始めたことに気付き、塹壕の中で立ち止まった。

 

 兵士たちが雑談している声ではない。少なくともその音は、人類が発する”声”などではなかった。魔物やドラゴンが発する唸り声でもない。

 

 残響を引き連れたその音が鼓膜へと流れ込んでくるにつれて、彼だけでなく他の兵士たちも違和感を感じ始めた。機関銃の近くにいた兵士もその音が聞こえるようになったらしく、ちらりと仲間の顔を見てから首を傾げる。

 

 その直後、機関銃の点検をしていた兵士のすぐ目の前に――――――――どすん、と巨大な鉄塊が叩きつけられた。

 

 舞い上がった砂を顔面にぶちまけられる羽目になった兵士が、悲鳴を上げながら機関銃から離れる。どうやら負傷したわけではない。

 

「うわ、何だ!?」

 

「何だこれ…………? ほ、砲だ――――――――」

 

 その時だった。

 

 かちん、とその鉄塊が金属音を奏でたかと思うと、胴体の部分を覆っていた鋼鉄の外殻が剥がれ落ち―――――――塹壕のすぐ近くに着弾した砲弾の内部から、”黄色い煙”が噴き出したのである。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。