異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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地下室

 

 

「うふふっ。はい、紅茶」

 

「どうも」

 

 鼻歌を歌いながら紅茶を淹れてくれたエマさんにお礼を言ってから、ちらりとリビングの中を見渡す。

 

 雰囲気は、かつて俺たちが住んでいたネイリンゲンの森の中にあった家にそっくりだ。木材やレンガを多用しているからそういう雰囲気を感じてしまうのだろうか。産業革命で工業が一気に発達してからは、もっと殺風景な建物が一気に増えたからな。

 

 焼きたてのクッキーがこれでもかというほど盛り付けられた大きな皿をテーブルの上に置き、ナタリアの隣に腰を下ろすエマさん。雰囲気は違うけれど、やっぱりナタリアとエマさんはそっくりだ。見分け方は瞳の色だろうか。

 

 というか、この人何歳なんだろう。多分親父や母さんと同い年くらいとは思うんだが、とても親父と同い年くらいの女性とは思えない。20代前半にしか見えないぞ…………。

 

「ところで、冒険者になった気分はどう? 傭兵よりも面白いでしょ?」

 

「ま、まあね…………。それに、頼もしい仲間とも出会えたし、正解だったと思うわ」

 

「うふふっ、だから言ったでしょ?」

 

 頼もしい仲間ねぇ。

 

 ラウラは確かに頼もしいと思うけれど、俺は役に立ってるんだろうか。

 

 にっこりと笑っていたエマさんは、紅茶のカップを口へと運んでから、ゆっくりと息を吐く。

 

「…………ところで、君…………ハヤカワ卿の奥さんにそっくりだけど、親戚かしら?」

 

「えっ?」

 

 あ、自己紹介するの忘れてた…………。

 

 母さんにはちゃんと自己紹介しなさいって言われてたんだよね。というか、自己紹介しなくてもハヤカワ家の関係者だってことがバレるくらいそっくりなのか?

 

「あー、はい。ええと…………俺はタクヤ・ハヤカワ。こっちの子はラウラ・ハヤカワ。どっちも、リキヤ・ハヤカワの子供です」

 

「そう…………………」

 

 焼きたてのクッキーを口へと運んだエマさんは、少しだけ下を向いてから微笑んだ。多分親父の事を考えているのだろう。転生者の襲撃を受けていたネイリンゲンで、燃え上がる街の中ではぐれてしまった自分の娘を、命懸けで救ってくれた若い傭兵の姿を。

 

 もしあの時、親父が幼かったナタリア―――――――当時は3歳だったという―――――――を救ってくれなければ、俺たちもこの頼もしいしっかり者の少女と旅をすることができなかったのだ。

 

「あの人にはお世話になったわ、本当に。……………もし家に帰ってあの人に会う事があったら、もう一度お礼を言ってもらえないかしら?」

 

「はい、しっかり伝えておきます」

 

「ありがとう。……………そういえば、この子は冒険者じゃなくて傭兵になろうとしてたの。ハヤカワ卿に憧れちゃったらしくてね♪」

 

「ちょっと、ママ!?」

 

「あははははは……………でも今は、傭兵よりも冒険者の方がいいですよね。収入も多いですし」

 

「そうなのよねぇー」

 

 昔は、傭兵の方が収入が多かったと言われている。

 

 今よりも魔物の数が多かったし、武器や魔術もまだまだ未発達であったため、最新鋭の装備が優先的に支給される騎士団であっても、今では当たり前のように討伐されているゴーレムやドラゴンと戦うだけでも一個中隊が投入されることも珍しくなかったという。

 

 特に、強力な魔術の発達が著しく遅れたラトーニウス王国騎士団の損害は非常に大きかったらしく、出撃した騎士の5人に1人が戦死するのは当たり前だったらしい。

 

 母さんはそのラトーニウス王国騎士団の生き残りなのだ。

 

 騎士団が魔物の討伐だけでも大きな損害を被るのは珍しくない時代であったため、騎士たちは常に傭兵たちの力を借りた。

 

 国に縛られる騎士団ではなく、自由気ままに戦うことを好んだ傭兵たちは、騎士団とは違って独特の武器を使い、それを用いた独特の戦い方を好んだ。騎士団とは全く違う彼らの力が功を奏することは珍しくなく、傭兵たちは魔物の討伐や荷馬車の護衛でも大活躍することになる。

 

 親父たちのギルドも、その中の1つだった。

 

 けれども今は工業や魔術が産業革命によって急激に発達しており、魔物の討伐の難易度も下がりつつある。剣の切れ味は跳ね上がり、魔術もより効率的に使えるようになったし、未だに騎士団にしか支給されていないものの、スチームライフルという強力な飛び道具も発展しつつある。

 

 そのため、騎士団が傭兵たちの力を借りることは激減した。

 

 そして各国は、今まで積極的な調査が行われることがなかったダンジョンを、本格的に解き明かすために動き出したのである。

 

 傭兵の時代から、冒険者の時代に変わったのだ。

 

「懐かしいわねぇ。小さい頃のナタリアはね、よく訓練用の剣を近所の鍛冶屋さんから借りてきて、そこの庭で素振りしてたの。『わたしもおおきくなったら、ようへいさんみたいになるのっ!』ってよく言ってたわ」

 

「ママ、やめてよ…………恥ずかしいわよ……………!」

 

 顔を真っ赤にしながら下を向いたナタリアは、ちらりと一瞬だけこっちを見た。そろそろ別の話題に切り替えてよと言わんばかりにこっちを見てきたナタリアに向かってニヤリと笑ってから、俺もそろそろ話題を切り替える準備をする。

 

 彼女の昔の話も気になるが、俺たちはエマさんから地下室の鍵を借りに来たのだ。ネイリンゲンのナタリアの実家にあった、あの謎の地下室を解き明かすために。

 

 もちろん、あの中に天秤そのものやヒントが存在すると決まったわけではない。もしかしたら全く違うものが残されているかもしれないし、何もないかもしれない。

 

 もしそうだったら、あそこを開けるためにネイリンゲンからエイナ・ドルレアンまで戻ってきた努力は水泡に帰すだろう。

 

「―――――――ところで、エマさん」

 

「あら、何かしら?」

 

 俺が話を切り替えるよりも先に、真面目な口調になったラウラが話し始めた。

 

 隣に座るラウラは、びっくりして彼女の方を見た俺に向かってウインクすると、再び真面目な表情へと戻ってしまう。

 

「私たち、今はネイリンゲンを調査してるんです」

 

 ネイリンゲンという地名を聞いた瞬間、楽しそうに愛娘の幼かった頃の話をしていたエマさんの手がぴたりと止まった。彼女が段々と微笑むのを止めていき、まるで目の前に再び姿を現した15年前の惨劇を目にしているかのように、目を細めながら凍り付く。

 

 この人も、あの惨劇で大切な人を何人も失った筈だ。そして危うく自分の大切な愛娘も失うところだったのだ。

 

 クッキーへと伸ばしていた手を引っ込めながら、ゆっくりと隣に座っているナタリアの方を見つめるエマさん。まるで危ない事をしようとしている小さな子供を咎めようとしている母親にも見えるけれど、仮にここで咎められたとしても、俺たちは調べなければならない。

 

 あの地下室を。

 

「―――――――ナタリア、本当なの?」

 

「……………ええ」

 

 まだ街を全て調べたわけではないけれど、俺たちはあそこで起こった惨劇の跡を目にしていた。

 

 倒壊しかけの民家や、家の中に残された砂埃まみれの家具。今では魔物たちが彷徨う、惨劇の街。かつては”傭兵の街”と呼ばれていたネイリンゲンの残骸を、俺たちは調べている。

 

 オルトバルカ王国の王室から見れば、はっきり言ってネイリンゲンの調査は自分たちで国境の防壁を削っているようなものだ。あの恐ろしいダンジョンと化したネイリンゲンがラトーニウスとの国境にあるからこそ、オルトバルカ王国に反旗を翻すチャンスを狙っている隣国は迂闊に攻め込んで来れないのである。防壁として機能しているダンジョンを調査し、魔物を掃討してしまえば、隣国が攻め込むための”突破口”を作ってしまうことになる。

 

 けれどもエマさんが目を細めた理由は、そんなことではないだろう。

 

 確かに祖国を危険に晒す行為は咎めるべきである。しかし、冒険者となった愛娘が、仲間たちと共にネイリンゲンを調査していて、その後に自分の元を訪れたという事が何を意味するのかを――――――――きっと悟ったに違いない。

 

 目を細めて凍り付いたエマさんを見つめながら、ラウラが話し続ける。

 

「調査中に、ナタリアちゃんの実家を発見しました」

 

「………………そう。どうだった? 結構壊れてたでしょう?」

 

「ええ、あの暴風のせいで………………」

 

 もう、エマさんは分かっている筈だ。

 

 俺たちがあのネイリンゲンの残骸の中で、何を探し当ててしまったのかを。

 

 こっちをちらりと見たナタリアが、息を吐いてから自分の母親の顔を見つめた。先ほどまでは愛娘が家を訪れてくれたことを喜んでいたけれど、今はまるで自分の最愛の子供が、解き明かしてはならない危険な代物を探し当ててしまったのを目の当たりにしてしまったかのような、不安そうな表情をしているのが分かる。

 

 何だ? あの地下室にはいったい何が眠っている……………?

 

「ママ、教えて。あの家の……………地下室の事を」

 

 俺たちがここへとやってきたのは、エマさんが持っている筈の鍵を借りるため。

 

 もしあそこがただの地下室だったのならば、C4爆弾で爆破して強引に突破していただろう。わざわざネイリンゲンから、モリガン・カンパニーに察知されないように気を払って列車を使い、エイナ・ドルレアンにいるナタリアの母親の所へとやってきたのは、あそこが倒壊しかけの廃墟の中で、爆弾を使えば全員生き埋めになる恐れがあったからだ。

 

 俺とラウラも、真剣な表情でエマさんを見つめた。

 

「―――――――あの地下室はね、夫の研究室よ」

 

「ロイ・ブラスベルグ氏のですね」

 

 ナタリアの父親であるロイ・ブラスベルグは、オルトバルカ王国騎士団の魔術師部隊の訓練のために、講師として雇われていたことがあるほどの腕の良い魔術師だったという。しかも魔術の教本も出版しており、今でも数多くの魔術師たちが教科書にその教本を利用している。俺も幼い頃から魔術の勉強をしていたが、その家にあった魔術の教本の著者も、確かロイ・ブラスベルグだった。

 

「パパの研究室………? じゃあ何で鍵を?」

 

 ―――――――”ただの研究室”じゃないからだ、ナタリア。

 

 魔術師たちは、研究室を保有するのが当たり前である。彼らの役割はパーティーの仲間たちを強力な魔術で援護したり、負傷した仲間を治療することだが、あくまでもそれは自分たちが身につけた魔術を実戦で使っているだけ。魔術師の本来の役割は、魔術を研究して新たな魔術を生み出し続ける事だ。

 

 それゆえに、魔術師たちの研究室の中には、他人に見せるわけにはいかない”機密情報”がぎっしりと詰め込まれている。例えば未完成の新しい魔術や、従来よりも効率の良い魔力の伝達方法などである。

 

 だから魔術師たちは、必死に研究室を隠そうとする。場合によっては研究室の場所どころか、研究室を保有している事すら仲間に公表しない魔術師も多い。

 

 実際に、パーティーメンバーに”機密情報”を横取りされ、トラブルになる場合があるからだ。

 

 けれども、地下室の事を問いかけられたエマさんは、その地下室の中に眠っている夫の研究成果が解き明かされることを恐れているのではなく、明らかに何か別のものを発見されることを恐れているようだった。

 

 確かに、もしもロイ・ブラスベルグ氏が普通の研究をしていたエリートの魔術師であったのであれば、むしろその地下室を探し当てた娘に鍵を託し、父親の研究成果を引き継がせた筈だし、もしもナタリアが冒険者を続けるのであればその研究を自分が引き継ぐこともできるだろう。赤の他人には見せられないが、肉親であるならばむしろ積極的にその研究成果を公表し、後継者を探し当てる必要がある。

 

 だがエマさんは、愛娘であるナタリアに地下室の事を教えていなかった。

 

「エマさん、あの地下室の中には何が?」

 

「…………」

 

「教えて下さい。俺たちが求めているものが、あの中に眠っているかもしれないんです」

 

「…………あなたたち、何かを探しているの?」

 

 ああ、探している。

 

 最近まで実在しないのではないかと言われていた、伝説の天秤だ。

 

 3つの鍵を手に入れ、天秤の眠る場所へと到達した者だけが手にすることができる、メサイアの天秤。

 

 俺たちはもう既に、その3つの鍵を手にしている。あとは天秤そのものを探し当てて手に入れ、俺たちの願いを神秘の天秤に叶えてもらうだけなのである。

 

「―――――――”メサイアの天秤”です」

 

「ッ!」

 

 求めている物を告げた瞬間、エマさんは目を見開いた。

 

 まるで、娘にだけは絶対に触れさせないように遠ざけていた危険な代物を、娘が探し始めてしまったような危機感を感じているような表情になったエマさんは、唇を噛みしめながらナタリアの方を見る。

 

 きっとナタリアは、度々御伽噺の題材にもされている伝説の天秤を探していることを母が知れば、驚いてくれるだろうと思っていたに違いない。けれども自分たちが追い求めている物を知ったエマさんが彼女を見つめながら浮かべていたのは、まるで彼女を咎めるかのような表情だった。

 

「…………ママ?」

 

「―――――――やめなさい」

 

 唇を噛みしめながら、エマさんが告げる。

 

「ママ、待って…………知ってるの? ねえ、ママ?」

 

「あの天秤は…………ダメよ、あんな物を追い求めたら」

 

 あんな物…………?

 

 どうやらエマさんは、メサイアの天秤の事を知っているらしい。

 

 でも、どういうことだ? あの天秤は願いを叶える力を持つ、神秘の天秤ではなかったのか? 

 

 唇を噛みしめながら告げるエマさんを見つめていた俺は、かつて親父やガルちゃんにメサイアの天秤を探し求めているという事を告げた際に、止められたことを思い出す。

 

《―――――あんなもの、求めてはならん》

 

《あんなもので願いを叶えても、願いが叶わんのと同じじゃよ》

 

 ガルゴニスは最古の竜だ。寿命が存在しないエンシェントドラゴンであるため、彼女が生まれた大昔からずっと生き続けている。それゆえにメサイアの天秤の事も知っているようだったが、その最古の竜が『求めてはならない』と警告したという事は、メサイアの天秤は御伽噺に登場するような、願いを叶えてくれる伝説の天秤ではないという事なのだろうか?

 

 俺たちは、そんな危険なものを求めようとしていたのか…………?

 

「ママ、天秤の事を知ってるの!?」

 

「…………ロイが、研究していたのよ。あの地下室で」

 

「「「!!」」」

 

 やはり、あの家の地下室には天秤の手掛かりが眠っていたのか…………!

 

「教えて下さい、エマさん。お願いします…………!」

 

「…………分かったわ」

 

 エマさんは息を吐くと、ティーカップの中で冷め始めていた紅茶を全て飲み干した。

 

 彼女がティーカップを静かに置くまでに、俺とラウラとナタリアの3人は覚悟を決めなければならなかった。今まで追い求めていた伝説の天秤の正体を知る覚悟と、俺たちの旅が水泡に帰す覚悟を。

 

 ことん、とエマさんがティーカップを置いた。

 

「―――――――夫のロイの本職はね、魔術師ではなくて錬金術師だったの」

 

「錬金術師…………?」

 

 ロイ・ブラスベルグ氏は魔術師ではなかったということか。

 

「そう。彼の祖先が続けていた研究を、オルトバルカ教団に見つからないように欺きながらずっと続けていたの」

 

「教団に欺きながら…………つまり、下手をすれば”異端者”扱いされて粛清されかねないような研究ですね?」

 

「ええ、そういうことよ」

 

 魔術師や錬金術師は様々な研究を行っているが、中には行ってはならないような危険な研究も存在する。例えば、自分の失った手足の中から取り出した骨に魔法陣を刻んで武器に埋め込めば、その武器で傷つけた敵に一生消えない”痛み”を与え続けることができる『幻肢痛の呪い(ファントム・ペイン)』と呼ばれる術が存在する。

 

 傷を癒すことができても、痛みそのものは決して消えない。それゆえに多くの魔術師や錬金術師たちが、自らの四肢や奴隷の四肢を切り落として骨を取り出し、研究に使うという事件が何件も起こった。それを危険な術であると認定したオルトバルカ教団によって、その幻肢痛の呪い(ファントム・ペイン)は、術の使用や研究を全て禁じる『禁術』に認定されたのである。

 

 そのような禁術の研究をしていたことが発覚すれば、どのような身分の者であろうと教団の兵士たちが派遣され、粛清される。

 

 ナタリアの父親も、そのような研究を行っていたというのか。

 

「パパは一体何を…………?」

 

「―――――――メサイアの天秤の、完全な封印方法よ」

 

「!?」

 

 メサイアの天秤の封印…………!?

 

「どういうことですか!? 天秤を封印するなんて…………!!」

 

「パパのご先祖様が、研究していた事…………」

 

「ええ、そうよ。ロイのご先祖様が、ずっと子孫に託してきた研究なの」

 

「ママ、パパのご先祖様って誰なの?」

 

「―――――――名前は『フリッツ・ブラスベルグ』。メサイアの天秤を完成させたヴィクター・フランケンシュタインの、助手だった錬金術師よ」

 

 エマさんの隣で、ナタリアが目を見開いた。

 

 ヴィクター・フランケンシュタイン氏は伝説の錬金術師だ。現代でも生み出されているホムンクルスの製造方法を確立した男であり、俺たちが追い求めているメサイアの天秤を生み出した錬金術師として、天秤と一緒に度々御伽噺や演劇にも登場している。

 

 ナタリアの父親の先祖は、そのヴィクター・フランケンシュタイン氏の助手。伝説の錬金術師と共にメサイアの天秤を完成させた、天秤の”創造者”なのだ。

 

「ナタリア、つまりあなたは――――――――メサイアの天秤を伝説の錬金術師と共に作り上げた、もう1人の錬金術師の子孫なの」

 

 

 

 

 

 

 


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