異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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鍵と母親

 

 

 カルガニスタンからネイリンゲンへと向かうためには、数多の冒険者や魔物を凍えさせた、シベリスブルク山脈を越える必要がある。猛烈な熱風が荒れ狂う砂漠を越え、恐ろしい雪山を突破してから、王都ラガヴァンビウスを経由して南方のエイナ・ドルレアンへと向かう。そしてそこから馬車に乗り換え、ネイリンゲンまで直行する。

 

 普通の冒険者ならば、そうしなければたどり着けない。いくら冒険者の収入が高いとはいえ、自由自在に空を舞う事ができる飛竜に乗ることができるのは貴族だけ。飛竜は人間を乗せる訓練をするためにかなり手間がかかるし、立派な飛竜に育てるのにも更に費用がかかる。そのため貴族以外で飛竜を保有するのは騎士団のみ。中には飛竜を移動に使う冒険者もいるが、そういう冒険者は貴族たちと太いパイプがある一部の冒険者くらいだ。

 

 産業革命以前までの移動手段は、大概は徒歩か馬である。荷馬車に乗る商人に金を支払い、目的地の近くまで乗せてもらうことは、列車が登場して馬車の数が減りつつある今の時代でも珍しい光景ではない。

 

 商人たちにとっても臨時収入になるし、その冒険者が腕の良い冒険者ならば、格安で護衛を雇っているようなものなのだ。

 

「それにしても、ナタリアの家の地下には何があるのかな?」

 

「さあ…………?」

 

 首を傾げながらペリスコープを覗き込むイリナが問いかけるが、一度もあの扉の向こうを見たことがないナタリアも、腕を組みながら首を傾げる事しかできない。

 

 あの中にもしかしたら天秤そのものか、天秤についてのヒントがある可能性もある。C4爆弾で吹っ飛ばせれば手っ取り早いんだけど、その”いつも通りの方法”を使ってしまうと、何年も大気流に晒され続けていたナタリアの家に”止め”を刺す結果になってしまい、俺たちまでその残骸で生き埋めになってしまう可能性が極めて高い。

 

 爆破についての訓練も受けたから、破壊工作についてもお手の物なんだが、さすがにあれは無理だ。いくら何でも家が脆くなり過ぎており、最も脆い場所であれば、1個のC4爆弾の爆発でも倒壊させることができるほどだ。

 

 いつも通りに爆破してドアをこじ開け、地下室に”お邪魔”できたとしても、その直後に俺たちは降り注いだ瓦礫に押し潰されて生き埋めにされ、土の下で”埋葬された死人ごっこ”をする羽目になる。

 

 それよりは、手間がかかってしまうものの、エイナ・ドルレアンにいる筈のナタリアのお母さんから鍵を借りて、安全に扉を開けた方がマシである。

 

 もし仮に徒歩でエイナ・ドルレアンに行く羽目になったら、多分到着する頃には夕日が完全に沈み、ダンジョンから帰ってきた冒険者たちで酒場やパブは埋め尽くされているに違いない。そこから鍵を借りてネイリンゲンまで引き返せば、到着するのは朝日が昇り始める頃になるだろうか。

 

 ダンジョンと化したネイリンゲンは、簡単に言えば”危険な環境と危険な魔物が牙を剥く危険地帯”である。それゆえに隣国のラトーニウスも、ここを突破してオルトバルカに攻め込むことができないのだ。迂回しようとしてもオルトバルカの国境警備隊がしっかりと警備しているし、近隣には大規模な駐屯地まである。

 

 つまりネイリンゲンは、今ではオルトバルカを守る”防壁”として機能しているのである。だからここを調査され、魔物を全滅させられたら、せっかく魔物たちに守らせていた南方の防衛戦がなくなってしまうので、王室はここの調査にはかなり消極的なのだ。

 

 だから、列車の駅があるのはネイリンゲンの近隣の村まで。そこからネイリンゲンまで向かう馬車はないので、実質的にそこから徒歩で移動しなければならない。

 

「そういえば、ナタリアさんのお父様は何をなさっているお方ですの?」

 

「…………魔術師よ。本も出版していたし、騎士団の魔術師部隊の教育を行う講師として雇われていたこともあったらしいわ」

 

 魔術師部隊の講師だって? おいおい、エリートじゃねえか。

 

 オルトバルカ王国は、他国と比べると魔術に関する技術がかなり発達しており、産業革命以前から他国よりも先に魔術師の育成に力を入れ、強力な魔物を葬れるほどの威力の魔術を生み出し、それを習得した魔術師たちを積極的に”実戦投入”していた先進国である。

 

 この魔術の発達によって他国に差をつけ、オルトバルカ以外の列強国を圧倒するほどの力を手に入れたと言っても過言ではない。

 

 周辺諸国や同盟国が、優秀な人材を育てるためにオルトバルカへと魔術師たちを留学させることも珍しくはない。

 

 その先進国の精鋭部隊ともいえる魔術師部隊の教育のために、ナタリアの父親は講師として雇われたことがあるという。

 

「では、ナタリアさんも幼い頃にお父様から魔術を教わりましたの?」

 

 砲手の席に座るカノンが尋ねると、ナタリアは息を吐いてから首を横に振った。

 

「…………死んじゃったの。私がママのお腹にいる時に、病気でね」

 

「……………………」

 

 なんとか微笑むナタリアに向かって申し訳なさそうに頭を下げたカノンは、質問するのを止めてペリスコープを覗き込んだ。

 

 そういえば、ナタリアはエイナ・ドルレアンでお母さんと2人暮らしをしているらしい。俺もてっきりナタリアのお父さんは騎士団に雇われて仕事ばかりしているから家にいないのだろうと思っていたが、他界していたのか…………。

 

「名前は『ロイ・ブラスベルグ』。魔術に関する本だけじゃなくて、錬金術の教本も出版してたみたい。家に置いてあったわ」

 

 あ、多分俺の家にもナタリアのお父さんの書いた本があったような気がする。確か、俺が小さい頃からよく読んでいた魔術の教本に記載されていた著者の名前も、ロイ・ブラスベルグだった。

 

 びっくりしたよ。小さい頃からナタリアのお父さんにお世話になったというわけか。

 

「俺の家にも魔術の本があったよ。著者はナタリアのお父さんだった」

 

「あら、そうなの?」

 

「ああ。その本で魔術を学んだ」

 

「へえ…………でも、あんたの魔術って変よね」

 

「う……」

 

 そうなんだよね。どういうわけか、俺の魔術は変なのだ。

 

 簡単な魔術の1つでもあるファイアーボールを使おうとすると、普通は紅蓮の炎の球体が魔力によって生成され、正面へと射出される。弾速には個人差があるものの、さすがに弾丸ほどの弾速ではないため回避は簡単だ。

 

 けれども俺の場合は、どういうわけか蒼いレーザーのような光が、まるで本物のレーザーのような凄まじい弾速で真正面へと放たれ、標的を”焼き切る”のである。

 

 本来のファイアーボールよりも強力だし、弾速も速いから重宝しているんだが、なんだか初歩的な魔術もできない落ちこぼれになった気分になっちゃうんだよね…………。でも、その初歩的な魔術よりも強力なんだし、このままでもいいかな?

 

「きょ、強力だからいいじゃん」

 

「そうだけど…………パパの本、読んだんでしょ?」

 

「…………多分、キメラの遺伝子のせいだ」

 

「何よそれ。ふふふっ」

 

「わ、笑うなよぉ! 俺だって努力したんだって!」

 

 ラウラは魔術が得意なんだよなぁ…………。生成できる氷が紅い点を除けば、もう既にプロの魔術師を圧倒できるほどの技術を持っているし、しっかりとエリスさんから”絶対零度”の異名の由来となった氷属性の魔術を変幻自在に操る才能と、膨大な量の魔力を受け継いでいる。

 

 氷の粒子を身に纏って姿を消すあの疑似的な光学迷彩も、膨大な魔力と、氷の粒子のサイズや量を戦闘中でも正確にコントロールできるほどの集中力がなければ扱えない。

 

 はっきり言うと、魔術ではラウラに惨敗している。

 

「ところでタクヤ、エイナ・ドルレアンまではヘリで向かうのですか?」

 

「そうしたいところだが…………モリガン・カンパニーに、エイナ・ドルレアンに向かったという事は察知されたくない。下手したらナタリアのお母さんまで争奪戦に巻き込む羽目になる」

 

「!」

 

 そう、もしそんなことになってしまったら大問題だ。

 

 ヘリを使えばすぐに到着するが、もしモリガン・カンパニーの部隊にレーダーで探知されてしまったら、俺たちがエイナ・ドルレアンに向かったという事がすぐにバレてしまう。未だにモリガン・カンパニーに動きはないらしいが、俺たちがいきなりエイナ・ドルレアンに向かえば親父たちは間違いなく追撃してくるだろう。

 

「だから、目立たないように徒歩と列車で向かうよ。帰りが遅くなりそうだけど…………。ところで、イリナたちはどうする? 一緒に来るか?」

 

「いや、僕たちはもう少しここを調査してるよ」

 

「大丈夫か? ラウラのエコーロケーションなしでの調査は骨が折れるぞ?」

 

「さすがに市街地の調査は無理だけど…………まだ、調べてない場所はあるよね?」

 

「調べてない場所? ―――――――おいおい、まさかあそこを調べる気か?」

 

 確かに、まだ調べていない場所がある。

 

 けれども、そこにメサイアの天秤がある可能性はかなり低い。

 

「…………うん、ちょっと旧モリガン本部を見てみるよ」

 

「気流には気を付けろよ」

 

「分かってる」

 

 旧モリガン本部は、まだ半壊した状態でネイリンゲンから少し離れた丘の近くに鎮座し続けている。かつてはキッチンや地下の射撃訓練場があった筈の場所は瓦礫に埋め尽くされていたし、辛うじて無事だった寝室や応接室も埃だらけだった。しかも大気流の真っ只中にずっと鎮座していたのだから、前に訪れた時よりも更に損傷しているに違いない。

 

 下手したら倒壊するのではないだろうか。

 

「あ、それと夜になったらネイリンゲンから離れろ」

 

「何で?」

 

「―――――――ネイリンゲンにはな、15年前の襲撃事件で犠牲になった住民たちの幽霊が出る」

 

「ひぃぃぃ!?」

 

 ニコニコしながらペリスコープを覗き込んだり、キューポラから外の様子を確認していたイリナが、俺がそう言った瞬間に目を見開きながらこっちを見た。嘘だよねと言わんばかりに目を見開きながらこっちを見ている彼女に「うん、嘘だ」と言ってあげたいところだけど――――――――実際に、その幽霊にあの世へと連れて行かれそうになったのだから、幽霊が出るのは本当である。

 

 というか、吸血鬼も幽霊を怖がるのか? 夜間に行動する人が多いらしいから、幽霊や怪奇現象には慣れているんだろうなと思ってたんだが、どうやら幽霊が苦手な人はいるらしい。

 

 なんだか面白いな、イリナは。

 

「夜になると、廃墟の中から犠牲になった人々の呻き声や呪詛が聞こえてくるんだ…………。『助けて』、『苦しいよ』、『子供を殺したのはお前か』って…………」

 

「うっ…………」

 

「そして死者たちが手を伸ばしてきて――――――――」

 

「ひっ…………!」

 

「ちょっと、あまり怖がらせないでよ? 気にしないでね、イリナちゃん。冗談だから」

 

「いや、実際に俺は幽霊にあの世に連れて行かれる寸前だったんだけど?」

 

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!? す、ステラちゃん、もうタンプル搭に帰ろう! 僕もう帰りたい!」

 

「イリナ、落ち着いてください。多分タクヤのジョークです」

 

 うん、ジョークだよ。でも幽霊にあの世へと連れて行かれそうになったのは本当だからな。

 

 でも、あの時はちょっと不思議なことが起きたんだよな。

 

 幽霊の女の子に連れて行かれそうになった時、親父が助けてくれたんだ。あの時、親父は王都にいた筈だし、一緒にいた仲間たちやガルちゃんは親父はいなかったと言っていた。それに、助けに来てくれた親父は王都にいた筈の親父よりも、少しだけ若かったような気がする。

 

 何だったんだろう? あれは幻だったのだろうか?

 

「とりあえず、調査する時は気を付けろ。いいな?」

 

「だ、了解(ダー)…………うう…………」

 

 ビビり過ぎだよ、イリナ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オブイェークト279で大気流の範囲外まで送ってもらった俺たちは、ネイリンゲン調査のために残った3人と別れ、かつて旅を始めたばかりの頃に立ち寄ったエイナ・ドルレアンを目指していた。

 

 ヘリや戦車で移動したかったのだが、移動に兵器を使えば目立ってしまうし、モリガン・カンパニーの部隊にレーダーで発見されてしまう恐れがある。俺たちがエイナ・ドルレアンへと移動したことを悟られないためにも、従来の移動方法で南方の大都市へと向かわなければならなかった。

 

 荒地と化した草原を徒歩で移動し、列車の駅がある最寄りの村まで移動してから、そのまま切符を購入して列車に乗る。どうやら旅に出ている間に新型の機関車が普及し始めていたらしく、前世の世界の日本で開発された蒸気機関車の”D51”に似ていたフィオナ機関搭載型の機関車が、同じく日本製の”C61”を彷彿とさせる形状の機関車に変わっていた。

 

 小さな村の駅だったけれど、幸いエイナ・ドルレアンに直行する列車があったため、俺たちはそれを利用することにしたのだ。

 

 さすがに産業革命で産声を上げた異世界の列車は、従来の馬車よりもはるかに速い。機関車の上部に4本ほど設置されている煙突のような部位から魔力の残滓を吐き出して疾走する列車に、馬車に乗る商人たちや、一般的なロングソードを装備した冒険者たちがどんどん置き去りにされていく光景を見つめながら、車内で販売されていたサンドイッチとフィッシュアンドチップスを夕食代わりにする。

 

 いつもは非常食を持ち歩いているのだが、その非常食はネイリンゲンでの調査のために残った仲間たちに全て渡している。もしかしたら調査が長引くかもしれないからな。あの大気流の真っ只中で魔物を討伐し、ナイフで肉を切り裂いて食料代わりにするのは至難の業である。

 

 それに俺たちは、いざとなったら売店や露店で非常食を購入すればいい。

 

『乗客の皆様。まもなく、終点のエイナ・ドルレアンへと到着いたします』

 

「お、そろそろか」

 

 ラガヴァンビウスに行く場合は、隣にあるホームのラガヴァンビウス行きに乗り換える必要があるらしいが、俺たちの目的はエイナ・ドルレアンだ。乗り換える必要はない。

 

 やがてエイナ・ドルレアンを囲む純白の防壁が姿を現し、列車を通過させるために防壁の門を開放し始める。少しずつ減速を始めた列車がその門の向こうへと進んでいき、門が閉鎖される音を置き去りにしながら、エイナ・ドルレアン駅のホームへと向かっていく。

 

 天井が殆どガラス張りになっているエイナ・ドルレアン駅は、開放的な雰囲気と貴族が好みそうな優雅さを兼ね備えた、巨大な芸術品と言っても過言ではない。雨の日はガラス張りになったホームの天井が、雨粒が落下して生み出す小さな波紋たちを幻想的な模様へと変えるという。

 

 けれども今日は快晴で、もう夕日が沈み始めている。段々と黒くなりつつある夕日を浴びた駅の天井を眺めているうちに、列車がホームでゆっくりと停車した。

 

「おい、ナタリア。ついたぞ」

 

「んっ…………ああ、ありがと…………」

 

 寝てたのか…………。

 

 ネイリンゲンを調査してからすぐ移動したからな。疲れていたに違いない。

 

 瞼を擦りながら荷物を確認し、席から立ち上がってホームに降りる準備をするナタリア。俺もそうしたいんだけど、隣の席で未だに寝息を立てている腹違いのお姉ちゃんが左腕にしがみついているので立てません。お姉ちゃん、そろそろ起きてくれませんか。

 

「おーい、起きろー」

 

「ふにゅ…………うふふ……タクヤぁ…………。あかちゃん、いっぱいうまれたよぉ…………」

 

「ラウラ、ほら。起きろよ。降りるぞ」

 

「にゃあ…………ふにゅ? もう着いたの?」

 

「うん」

 

 お姉ちゃん、出来ればそういう寝言は部屋で寝ている時だけにしてね。たった今近くの席に座ってたエルフのお爺さんに睨まれたから。

 

 瞼を擦りながら席から立ち上がったラウラと手を繋ぎながら、ナタリアと一緒にホームへと降りる。今までカルガニスタンで生活していたからなのか、そろそろ春になるというのにエイナ・ドルレアンは随分と寒いような気がしてしまう。

 

 ちらりとホームから街を見てみると、路地や建物の影にはまだ微かに雪が残っている。雪国であるオルトバルカの春と夏は非常に短く、冬は非常に長い。4月や5月になっても雪が残っている地域もあるという。

 

 ホームから石で造られた豪華な階段を下り、改札口に描かれた魔法陣に購入した切符をかざす。すると魔法陣が描かれていた切符から認証用の魔法陣が消滅し、ただの紙切れへと変貌した。

 

 切符売り場を3人で横切り、駅の外へと出る。

 

「ナタリアの家ってどの辺にあるんだ?」

 

「リリンフスク・ストリートにあるわ。近くに工場の倉庫があるの」

 

 そう言うと、彼女は俺たちを家があるリリンフスク・ストリートへと案内してくれた。何度もこの街を訪れているとはいえ、ここにやってきた時の目的地は、大概シンヤ叔父さんたちの家かカレンさんたちの屋敷である。稀に大きな劇場に連れていってもらったことがあるが、その劇場がどこの辺にあったのかは覚えていない。

 

 以前に訪れた時と比べると、市街地の建物はかなり増えていた。廃墟は片っ端から取り壊されて労働者用の寮が建築され、工業区画の工場はどんどん大型化している。

 

 どうやらリリンフスク・ストリートはエイナ・ドルレアン駅のすぐ近くにあったらしい。工業区画と居住区の間にあるゲートの近くにはずらりと工場の倉庫が並んでおり、その傍らに様々な色のレンガで造られた民家が並んでいるのが分かる。

 

 よく見ると、その工場の倉庫の中に、モリガン・カンパニーのロゴマークが描かれた工場も紛れ込んでいた。大きな扉の向こうからは、やけにでっかい木箱を抱えたオークの従業員が、汗を流しながらその木箱を運搬している姿が見える。他の工場の倉庫で働く従業員と比べると生き生きしているし、他の種族の同僚たちと楽しそうに話をしながら働いているようだ。

 

 差別は全くされない上に、待遇も最高で、しっかりと給料を支払ってくれるモリガン・カンパニーは、まさに労働者たちにとって最高の職場と言える。

 

 ナタリアが目指しているのは、そのモリガン・カンパニーの倉庫の向かいにある民家だった。茶色いレンガで造られた2階建ての民家は、一見するとオルトバルカの伝統的な民家にも見える。ナタリアの昔の実家にそっくりなデザインの民家の前に立ったナタリアは、恥ずかしそうにちらりとこっちを見てから、玄関のドアをノックした。

 

『はーい、ちょっと待ってくださいねー』

 

 中から、優しそうな女性の声が聞こえる。少しばかりツンツンしているナタリアと比べると大人びた声音で、常に微笑んでいる女性を連想してしまうような優しい声だ。

 

 やがてドアが開き、向こうから金髪の女性が顔を出す。

 

 顔立ちはやはり、ドアをノックしたナタリアにそっくりだった。けれども目つきはナタリアよりも優しそうだし、瞳の色も翡翠色だ。彼女と同じ金髪だけど、ナタリアが金髪をツインテールにしているのに対し、家の中から顔を出した女性はロングヘアーにしている。

 

 身に纏っているのは一般的な私服だけど、私服よりも貴族が身に纏うようなドレスが似合うのではないだろうか。

 

 ちなみに胸はナタリアよりもちょっと大きい。巡洋戦艦くらいだな。

 

「あら、ナタリアじゃない! どうしたの? 冒険は?」

 

「えっと、ちょっと用事があって…………」

 

「なあ、ナタリア。お前にお姉さんっていたっけ? 一人っ子じゃなかった?」

 

「うふふふっ、初めまして♪ 私はナタリアの姉の―――――――」

 

「もうっ、ママ。嘘ついちゃダメでしょ?」

 

 嘘かよ。

 

 でも、本当にナタリアの”母”というよりは”姉”に見えてしまうほど若々しい。それに顔つきもナタリアとそっくりだ。もし髪型と服装を全く同じにしたら、瞳の色以外で見分けるのは難しいかもしれない。

 

 なんだか俺と母さんみたいだな…………。

 

「ごめんねー♪ ええと、私はナタリアのママの『エマ・ブラスベルグ』。よろしくねっ♪」

 

 ウインクしながら自己紹介したエマさんは、微笑みながらナタリアの頭を撫で始める。久しぶりに帰宅した愛娘と再会できたのが嬉しいんだろうか。

 

 明るいお母さんだなぁ…………。

 

 そう思いながら、俺とラウラはナタリアが母親に頭を撫でられているのを見守るのだった。

 

 


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