異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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揺り籠

 

 暴風で吹っ飛ばされ、重傷を負ってしまった挙句メインアームまで失ってしまったものの、無線機が無事だったのは幸運としか言いようがない。戦車ですら吹っ飛ばしてしまう大気流の風圧に耐え抜いてくれた無線機のおかげで、仲間たちに無事だという事を知らせ、なんとか合流することができたのだから。

 

 舞い上がる砂塵の向こうから、エンジンとキャタピラの音を奏でながら近づいてくる楕円形の巨体。がっちりした4列のキャタピラを持つ戦車が近づいてくるにつれて、あの忌々しい大気流で吹っ飛ばされる羽目になった俺たちは安堵していた。

 

 オブイェークト279(ゴライアス)もどうやら無事だったらしく、装甲に傷がついている様子はない。核爆発の猛烈な爆風に耐えるために設計された装甲には微かに砂塵が付着している程度である。

 

 大気流の凄まじい風圧にも耐えてしまうソ連の重戦車は、荒れ果てた廃墟の地面を埋め尽くす瓦礫をキャタピラで踏みつけながら近くへとやって来ると、数十分前まで98番目の力也と話をしていた廃墟の近くで停車した。

 

 無事に仲間たちと合流できたのは喜ばしい事だけど――――――――”前任者”から聞いた衝撃的な情報が、未だに俺の頭の中で暴れまわり、平常心を蹂躙し続けている。

 

 98番目の力也と、99番目のリキヤ。

 

 この異世界の平和と引き換えに、戦死していく”リキヤ”たち。

 

 転生者を異世界へと放り込む、天城輪廻(クリエイター)

 

 転生者同士の”共食い”。

 

 俺たちは今まで、この世界の水面下でそんなことが起きていることを知らなかった。22年前に魔王が倒され、異世界に転生してきた速河力也(親父)が母さんとエリスさんと一緒に子供を作って、俺とラウラがキメラの子供として生まれた。

 

 そしてメサイアの天秤の存在を知り、仲間たちと共に旅に出た。

 

 分かりやすい御伽噺だ。けれどもそれは、あくまでも水面下でひたすら犠牲になり続けてきた勇者(リキヤ)たちによって守り続けられてきた、”揺り籠”の中の物語でしかない。

 

 その犠牲となったリキヤたちの死体の群れの中から生還した男の話を聞いた俺たちは、ついに”揺り籠”の外側を目撃してしまったのである。

 

 最初にこの世界で多くの人々が虐げられているという事を知った時、俺はこの世界はもしかしたら地獄なんじゃないかと思った。街を出れば獰猛な魔物に襲われるし、奴隷たちには人権がない。人権があるはずの街の住民たちでさえ、貴族や領主たちの権力であっさりと人権を踏みにじられる。前世の世界では徹底的に守られてきた筈の”人権”が、この世界では考えられないほど軽い存在なのだ。

 

 だから地獄だと思った。

 

 けれども、揺り籠の外と比べてみれば――――――――ここは地獄なんかじゃない。むしろ”人権を踏みにじられる程度”で済んでいる。

 

 この世界を水面下で守り続けてきた勇者(リキヤ)たちがいる”揺り籠の外側”こそが、地獄だったんだ。

 

 いきなり平和な前世の世界で殺され、異世界へと強制的に転生させられて、その異世界を守るために強敵の前へと放り出される勇者(リキヤ)たち。そしてその大半が戦死し、墓標すら与えられぬまま眠りにつくのである。

 

「…………」

 

 息を吐きながら、98番目の力也から聞いた話をイリナやステラたちにも話すべきだろうかと悩みつつ、戦車の砲塔を見上げる。もし仮にこの話を彼女たちにもするのであれば、この複雑な話を分かりやすい話にしなければならない。

 

 一応話しておいた方がいいだろうな。俺と一緒に旅をする以上、輪廻(クリエイター)と接触する可能性も高いのだから。

 

 そう思いながら戦車に乗ろうと思い、停車した戦車の車体をよじ登ろうと手を伸ばしたその時だった。

 

 かたん、とキューポラのハッチが開いたかと思うと――――――――狭い砲塔の中から、橙色の髪の少女が、まるでイージス艦から放たれた対艦ミサイルのように飛び出してきたのである。

 

「お兄様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「「「!?」」」

 

 涙目になりながら、まるで急降下爆撃機のように俺に向かって急降下してきたのは、戦車の砲塔の中で砲手の座席に腰を下ろしていた筈のカノンだった。どうやらかなり俺たちのことを心配してくれていたらしい。可愛らしい妹分に心配してもらえるのは嬉しいんだけど――――――――このままだと、俺に直撃するよね?

 

 落下してくる彼女を受け止めるべきだろうかと思いつつ、隣にいるラウラをちらりと見てみるけれど、いつも俺を助けてくれるお姉ちゃんは、ほら、カノンちゃんを抱きしめてあげなよと言わんばかりに微笑みながら、やけに素早く俺から距離を取る。

 

 ちょ、ちょっと待ってよお姉ちゃん。僕を見殺しにしないで。

 

 ナタリアだったら助け舟を出してくれるだろうと思いつつ、左側にいるナタリアの方を見てみるけど、どうやら彼女も対艦ミサイル(カノン)の直撃に巻き込まれるのは嫌らしく、苦笑いしながら距離を取っていた。

 

 おいおい、酷いな。

 

 くそ、躱せないじゃないか。

 

 涙目になりながら落下してくるカノンを見上げながら苦笑いしつつ、両腕を広げて抱きしめる準備をする。なんだか受け止めた瞬間に後頭部を地面に叩きつける羽目になりそうだし、念のため後頭部とか背中を外殻で保護しておこう。

 

 これで大丈夫だな。

 

 そう思いながら両腕を広げて準備をしていたんだけど、はっきり言うと両親から受けた訓練で鍛え上げられたカノンの瞬発力を侮っていた。小さい頃はよく俺やラウラに抱き着いてきたから、その経験を思い出しながら抱きしめてやればいいだろうと高を括っていたと言わざるを得ない。

 

 更に、レベルが下がったとはいえ気流の影響で少しばかり”着弾地点”がずれたらしく――――――――俺のことを心配してくれていた可愛らしい妹分は、よりにもよって胸板ではなく、みぞおちに”着弾”することになったのである。

 

「―――――――らふぁーるっ!?」

 

 す、凄い瞬発力じゃないの…………。

 

 高を括っていたせいでダメージを受ける羽目になった俺は、みぞおちに激突したカノンを辛うじて抱きしめながら、テンプル騎士団の制服姿の彼女と一緒に後ろへと吹っ飛ばされていき――――――――倒壊しかけの廃墟の壁に、背中を叩きつける羽目になった。

 

 ほ、骨折れたんじゃないか…………?

 

 呻き声を上げたくなったけど、我慢しておこう。

 

「お兄様っ、心配しましたわ! わたくしはもう二度とお兄様とお会いできないかと…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! お兄様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「よ、よしよし…………」

 

 とりあえずエリクサーくれない? 結構痛かったよ?

 

 胸板に顔を押し付けながら大泣きする彼女を優しく抱きしめ、彼女の頭を撫でながら、俺は苦笑いをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘でしょ…………?」

 

 再びレベル5まで向上した大気流の中を突き進む重戦車の中で、キューポラの外を覗いていたイリナが呟いた。

 

 今までこの世界は、別の世界から強制的に転生させられたリキヤたちの犠牲によって守られ続けていた。俺たちは彼らが命懸けで守り続けてきた世界(揺り籠)の中で、彼らの死闘が一切記されていない単純な御伽噺ばかりを見せられて育ってきたようなものである。

 

 だから誰も、揺り籠の外を見たことはない。

 

 それゆえに、その揺り籠の外側が、この世界のために散っていった勇者たちの死体で埋め尽くされていることを知らないのだ。

 

「おじさまが…………勇者…………………!?」

 

「ああ。魔王なのにな」

 

 なんだか変な感じがするよな。今まで魔王と呼ばれていた男の正体が、勇者だったのだから。

 

 やっぱり、この話を聞いた仲間たちも動揺しているようだった。親父とは赤の他人であるステラとイリナはそれほど動揺しているようには見えないけれど、両親がモリガンのメンバーで、俺たちの親父の事をよく知っているカノンが一番動揺しているようだ。

 

「信じられませんわ…………この世界が、おじさま達の犠牲で守られてきたなんて…………」

 

「ふにゅう、私も信じられないけど……………………あの人、確かにパパにそっくりだったよね」

 

「ああ。というか、髪を黒く染めて角と尻尾を取っただけにも見えるくらいそっくりだったぞ。まさに瓜二つだ」

 

 同一人物としか言いようがない。

 

「それに…………あの人が言っていた、”アマギリンネ”っていう人の事も気になるわね。転生者を送り込んでいる”クリエイター”ということは…………その人を倒せば、転生者はこの世界にやって来なくなるのかしら?」

 

「その可能性はあるかもしれませんが、ステラは難しいと思います」

 

 操縦士の座席で、重戦車を操りながら黙って聞いていたステラがそう言った。自分以外の同胞たちを皆殺しにされたショックが段々和らぎ始めた彼女は、旅をしていく最中に少しずつ感情豊かになっているとはいえ、彼女の今の声音は、多分この戦車に乗っている仲間たちの中で一番冷静だったことだろう。

 

 かつて自分たちの種族を滅ぼそうとして押し寄せてきた強敵たちと戦ったサキュバスの生き残りだからこそ、これから戦う羽目になるかもしれない敵がどれだけ恐ろしいのか、少ない情報から仮説を立てて見据えようとしているのかもしれない。

 

「もし仮に、その”リンネ”という人物が転生者の端末を開発した張本人であるならば、生みの親である自分には向かえないように何らかの手段を準備しているのが当たり前です」

 

「そうかもしれないけど、でも98番目の力也さんは、もしかしたらタクヤの能力は無効化できないかもしれないって――――――――」

 

「無効化される確率も考えるべきです、ナタリア」

 

 そう、俺の能力も無効化される可能性はある。

 

 98番目の力也の仮説では、あくまでもあの端末は転生者にスキルや武器を生産する能力を”外付け”下に過ぎない。しかし、俺とブラドの場合は外付けではなく、生まれつき持っている能力であるため、いくら端末を開発した輪廻でもそう簡単に介入できない可能性がある。

 

 だが、俺の能力はすでに輪廻の手によって何度もアップデートを受けているため、同じように能力を無効化される可能性もあるというわけだ。もしかしたらアップデート以外は介入できない可能性もあるが、確実に能力を無効化されないわけではないのだ。

 

「タクヤ、ステラはまだリンネに攻撃を仕掛けるべきではないと思います」

 

「確かにその通りだ。下手したら能力を無力化されかねないし、それ以前に輪廻の居場所も分からん」

 

 それゆえに攻撃はできないのだ。

 

 とりあえず、今は輪廻に手を出さない方がいい。水面下で彼女の情報を集めつつ、メサイアの天秤の入手を最優先にしておくべきだ。

 

「…………まず、今はメサイアの天秤を手に入れようぜ。輪廻の件については、シュタージとも話し合ってみる」

 

「ふにゅ、それが一番だね」

 

「はい、ステラもそれが一番かと」

 

「よし。では、輪廻の件は保留だ。…………ところでイリナ、今はどこまで調査が終わってるんだっけ?」

 

「ええと…………残りは大体3分の1かな」

 

「3分の1か…………」

 

 まだ調査していない地域に天秤があればいいんだが、もしここに天秤がなかったならば、もう一度天秤の在り処を探し出す必要がありそうだ。念のため旧モリガン本部ももう一度調べてみるつもりだが、モリガンがメサイアの天秤を手に入れていたという話は聞いたことがない。

 

 親父たちが俺たちに黙っていた可能性もあるので、念のため調べておくつもりだけどな。

 

 戦車の中で98番目の力也から貰ったスコーンを噛み砕きながら、メニュー画面を開いて装備している武器の一覧を表示する。大気流で吹っ飛ばされた際に紛失してしまったPP-2000を装備から解除してくのを忘れてたよ。考えられないが、もしここを訪れていた冒険者に拾われたら厄介だからな。テンプル騎士団やモリガン・カンパニーのような身内以外に、現代兵器が渡るのは阻止しなければならない。

 

 こういう事にも細心の注意を払わないと、親父に粛清されかねないのだ。ハヤカワ家って怖いなぁ…………。

 

 苦笑いしつつ、吹っ飛ばされたPP-2000を装備している武器の中から解除。代わりのメインアームを生産済みの武器の一覧の中から選び始める。

 

 とりあえず、今度はアサルトライフルにしよう。室内戦での扱いやすさを考慮して、少しでも反動を小さくするために弾薬は小口径のものが望ましい。そうなると、7.62mm弾ではなく西側の5.56mm弾や東側の5.45mm弾のどちらかになる。

 

 どれにしようかな…………。

 

「お…………」

 

 よし、これにしよう。

 

 装備することにしたライフルをタッチし、装備する。すると何の前触れもなく、腰の後ろに装備されたホルダーに漆黒のアサルトライフルが出現した。

 

 外見はAK-47を思わせるが、ソ連製のAK-47やAK-74と比べると全体的にすらりとしており、どちらかと言うと東側のライフルというよりは西側のライフルに近い形状をしている。

 

 たった今装備したのは、ポーランドで開発された『wz.1996ベリル』と呼ばれるアサルトライフルだ。東側のアサルトライフルなんだけど、使用する弾薬はアメリカやフランスなどの西側のアサルトライフルやLMGで使用される5.56mm弾である。

 

 AK-47やAK-74から信頼性の高さを受け継ぎつつ、小口径の弾薬を使用したことで命中精度は高くなっている。けれども一番の特徴は、AK-47やAK-74をベースにして生み出された数多くのアサルトライフルの中でも、特に汎用性が高い事だろう。

 

 東側で生み出されたアサルトライフルの中でも、西側の銃に近い代物の1つである。

 

 カスタマイズで搭載するのはホロサイトとフォアグリップ。暗い廃墟の中の調査も考慮し、銃身の脇にはライトも装備しておく。グレネードランチャーも搭載しておくべきだろうかと思ったけど、中には倒壊しかけの建物もあるため、下手に爆発する武器をぶっ放せば生き埋めになりかねない。

 

 土の中に埋められるのは死んだ時だけにするべきだよな?

 

 というわけで、グレネードランチャーではなくフォアグリップを選んでおいた。弾薬も変更せず、このまま5.56mm弾にしておく。

 

 銃床を折り畳んだままベリルのチェックを始める俺の傍らで、ナタリアが「ちょっと外見てもいい?」と言いながらイリナの方へと近づいていくと、車長の座席の近くにあるペリスコープを覗き込んだ。

 

「ふふっ、ナタリアっていい匂いする♪」

 

「ちょっと、イリナちゃんったら」

 

 おい、ナタリアの匂いを嗅いでる場合か。

 

 というか、レベル5の風圧だぞ? 外は見えてるのか?

 

「…………あ、ここって…………ごめん、ステラちゃん。ここで止まってもらえる?」

 

「了解(ダー)」

 

「ナタリアさん、どうしましたの?」

 

 何だ? 何か見つけたのか?

 

 俺もペリスコープを覗いてみたいところなんだけど、オブイェークト279の砲塔の中はかなり狭い。本来なら4名―――――――自動装填装置があるから、このゴライアスは3名だ―――――――しか乗ることができない筈の戦車に強引に6人も乗り込んでいるのだから、更に狭くなってしまっている。

 

 砲塔の天井に頭をぶつけながらペリスコープの近くへと向かうと、車長用のペリスコープを覗き込んでいたナタリアが、そっとペリスコープから目を離した。

 

「ここ―――――――――――――――私の家だわ」

 

 

 

 




※ラファールはフランスの戦闘機です。

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