異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

381 / 534
惨劇の残滓

 

 キューポラのハッチを開け、狭苦しいオブイェークト279の砲塔の中から、砂塵と暴風が支配する廃墟の中へと躍り出る。この大気流がいつ頃からここに居座っているのかは不明だが、少なくとも俺たちが冒険の途中で立ち寄った時の後からだろう。

 

 顔へと叩きつけられる砂塵を手で払い、PP-2000を腰のホルスターから引き抜きライトをつける。暗闇を照らしてくれる頼もしいライトだが、この砂嵐にも似た大気流の中ではあまり効果はなさそうだな。切っておいた方がいいかもしれない。

 

 すぐに判断し、ライトのスイッチを切る。

 

「ちょっと、何よこれ!?」

 

「気を付けろよ、これでレベル2らしい」

 

 はっきり言うと、カルガニスタンの砂漠で偵察任務中に出くわす砂嵐とほぼ変わらない。あまり偵察には出ず、要塞の中でデスクワークをすることの多いナタリアはあまりこういう砂嵐を経験したことがないのだろう。

 

 戦車から降りてきたラウラは、左手でPP-2000の安全装置(セーフティ)を解除してから、いつでも行けると言わんばかりにこっちを見つめつつ頷く。

 

 今回の作戦では、ネイリンゲンの中をうろつく魔物を極力刺激しないよう、武装にはサプレッサーを搭載している。また、魔物との真っ向からの戦いはあまり想定していないため、装備する武器も軽装だ。とはいえ場合によっては障害物の爆破や、巨大な魔物の討伐も必要になる事があるので、念のためソ連製の対戦車手榴弾とC4爆弾を1人につき2つずつ携行している。

 

 とはいえ、核爆発の衝撃波に匹敵する暴風が突発的に吹き荒れる環境なので、魔物はそれなりに数を減らしている筈だ。トロールだって吹っ飛ぶほどの風圧なのだから、ダンジョンに生息している魔物が耐えられるわけがない。

 

 もちろん、楽観視はしないけどな。

 

 もしかしたら、この大気流に耐えられるほどの体重を持つ魔物がいるかもしれないし、魔物たちがこの大気流から身を守るために”シェルター”のようなものを作っている可能性もある。

 

 実際に、強風が猛威を振るうダンジョンで、魔物たちが身を守るためにシェルターを思わせる巣穴を地底に掘り、風が吹き荒れている間はそこに隠れて身を守っていたという報告が、複数の冒険者から管理局へとレポートで報告されており、管理局もその情報を冒険者や冒険者ギルドへと公開している。

 

 俺も以前に管理局でその情報を目にした事がある。

 

 一般的に魔物の知能は低いと言われているが、中には魔術を使ったり、人間の武器を使いこなすほどの知能を持った種類の魔物もいる。咆哮を上げて大暴れするだけの生物というわけではないのだ。

 

 この大気流から生き延びるために、魔物たちが地底に”シェルター”を作っていてもおかしくはない。

 

「よし、行こう」

 

 ネイリンゲンは田舎の街だ。オルトバルカにある他の街と比べればそれほど大きくはない。元々ここは、農業と傭兵ギルドの活躍で反映していた街だ。メサイアの天秤がこの街のどこに隠してあるのかは分からないが、手当たり次第に廃墟の中を探したとしても、今日中には終わるだろう。この田舎の街は国境のすぐ近くにある街としては大きい方だが、中枢にあるラガヴァンビウスやエイナ・ドルレアンのような大都市に比べればはるかに小さいのだから。

 

「ゴライアス、俺たちが先導する。何か不審なものを見つけたらすぐ報告しろ」

 

『了解(ダー)。火力支援が必要になったらいつでも言ってね。ぶっ放すから』

 

「ありがとう」

 

 でも、火力支援が必要になるような状況に陥らないのがベストだ。銃声や砲撃の爆音で奴らを刺激したら面倒なことになる。

 

 だから得物にはサプレッサーを装着してきたのである。

 

 左手で砂塵から顔を守りつつ、近くにある廃墟へと素早く接近する。崩落した壁の穴からライトをつけたPP-2000で中を照らしてみるが、そこから見えたのは床にぶちまけられた黒いレンガ――――――おそらく元々黒いのではなく、焦げただけだろう―――――――や家具の残骸の数々のみ。当たり前だが、天秤があるわけがない。

 

 その建物は崩落がひどく、残っているのはその部屋のみだった。それ以外は瓦礫に埋まっており、毎日襲来する暴風に晒されている。

 

「ここ、どの辺かなぁ?」

 

「モリガンの本部があったってことは、多分大通りのすぐ近くよ」

 

「さすがだな、ナタリア」

 

 建物を盾にして周囲を警戒しながらそう言うと、風邪で吹っ飛ばされそうになる軍帽をポーチの中へと強引に押し込んだナタリアが、制服の上に羽織っていたフード付きのコートのフードをかぶりながら言った。

 

「ママと買い物に行く時、よくモリガンの本部は見てたの。最初は貴族の屋敷だと思ってたけど」

 

「ふにゅ、そういえばあそこってフィオナちゃんの屋敷なんだよね? 貴族だったのかなぁ?」

 

「うーん…………先祖が有名な錬金術師だったらしいけど」

 

「錬金術師かぁ」

 

 錬金術師の主な役割は、俺たちがいつも使っているこの金貨や銀貨などの通貨を錬金術で生成することだ。とはいえ全ての通貨を生成しているわけではない。あくまでも発掘された金や銀で必要な通貨が製造できない場合、やむを得ず錬金術師たちに協力してもらうのである。

 

 他にも彼らの仕事は多い。例えば魔物や魔術の研究や、ステラたちが生きていた頃に廃れてしまった魔術の復元などだ。他には貴族たちへと観賞用の黄金の像を提供することもあるらしく、彼らの給料は多いらしい。上手くいけば奴隷扱いされている種族でも貴族のような暮らしができるようになるという。

 

 しかし錬金術は非常に複雑で、最も初歩的な技術ですら上級者向けの魔術に匹敵する。そのため錬金術師として活躍できる人材は、まさに一握りなのだ。

 

 俺は魔術はそれなりに使えるが、錬金術は全く専門外である。

 

 小さい頃に教本を面白半分で読んでみたが、全くわけがわからなかった。錬金術に必要な魔法陣の記号はより複雑で、しかも魔術に使う記号よりもはるかに数が多い。下手したら記号の暗記だけで2年くらいはかかってしまいそうなほどだ。

 

 なんだかフィオナちゃんだったら、錬金術になれそうだよなぁ…………。

 

 そんなことを考えつつ、周囲に魔物がいないか確認して廃墟を後にする。どうやらナタリアの予測は合っていたらしく、今しがた部屋の中を確認した建物の向こうには、21年前にタイムスリップしてしまった際や、幼少の頃に何度も目にした場所があった。

 

 いくつもの露店や喫茶店がずらりと並び、買い物客たちで埋め尽くされるのが当たり前だった大通り。奥の方には傭兵―――――――当時は冒険者よりも傭兵の方が多かった―――――――たちが頻繁に立ち寄る鍛冶屋や傭兵ギルドの事務所が連なり、魔物の退治や商人の護衛を引き受けた屈強な傭兵たちが、毎日のように草原へと出発していく。

 

 幼少の頃にいつも目にしていた光景は、もう見ることができない。

 

「ここが…………」

 

 ここが本当に、あの大通りなのだろうか。

 

 以前に訪れた時はモリガンの本部に立ち寄った程度だったから、ネイリンゲンの市街地を全て目にしたわけではない。15年前の惨劇で変わり果てた故郷の街が、人々が立ち去り、魔物たちの棲み処と成り果ててしまった光景を、俺たちはまだ目にしていなかった。

 

 だから、改めて惨劇があったという痕跡を目にするのは、今日が初めてだった。

 

 暴風に吹き飛ばされ、巨大な魔物に踏みつぶされた露店の残骸。いたるところに転がるレンガの破片や棒切れ。そしてその中に稀に紛れ込んでいる、埋葬されることのなかった犠牲者の骨。

 

 15年前から、ずっとここは地獄だったのだ。

 

 ここで死んでいった死者たちは、まだ成仏していないのかもしれない。当時の苦しみを抱きながら、ずっとこの砂嵐の中を彷徨っているのかもしれない。

 

 PP-2000のライトをもう一度つけつつ、周囲を警戒した。大気流の風圧は”レベル2”とはいえ、カルガニスタンで遭遇する中規模な砂嵐並み。視界は最悪としか言いようがない。周囲はほとんど見えないし、目を凝らして何かを探そうとすれば小石や砂塵が眼球を直撃する。

 

「…………ラウラ、ここ覚えてる?」

 

「ここって…………」

 

 倒壊した建物の傍らに転がっている看板をライトで照らしながら尋ねると、それを目にしたラウラも倒壊した建物をライトで照らしながら見下ろした。

 

 目の前にある建物は―――――――21年前にタイムスリップした際、誕生日プレゼントとしてラウラのリボンを買い、ラウラもどういうわけか俺に女用のリボンを買ってくれた、あの雑貨店だった。看板は暴風に晒されていたせいですっかり傷み、表面に描かれていたイラストや文字も擦れていて、その看板のデザインを知っている者でなければすぐには分からないほど損傷していた。

 

 ここにいた店主も、犠牲になったのだろうか。

 

 親父の話では、ネイリンゲンの惨劇から生き延びた生存者の数は、300人以下だったという。

 

 その中の1人が、今俺たちと一緒に行動してくれているナタリアなのだ。もし親父が彼女の事を偶然見つけていなかったら、こうして一緒に旅をすることはなかったのかもしれない。

 

 ちらりと彼女の方を見ると、ナタリアもこの店を知っていたのか、悲しそうな顔をしながらこっちを見つめてきた。

 

「…………行こう」

 

「ええ」

 

 天秤を探そう。

 

 メサイアの天秤を使って願いを叶えれば、もうこんな惨劇が起こることはなくなるはずだ。虐げられる人々がいなくなれば、きっと平和な世界になる筈なのだから。

 

 曲がり角を曲がる前に、念のためライトを消して角の向こうを確認する。ラウラ程ではないとはいえ常人より発達していた俺の聴覚が、微かな足音を捉えたのである。

 

 2人に合図をしながら曲がり角の向こうを覗き込むと―――――――やはり、魔物がいた。

 

 ”太った巨人”としか言いようがないほど脂肪に覆われた身体と、頭から伸びる巨大な触手を思わせる無数の頭髪。巨体から伸びる剛腕は、その一撃だけで戦車を叩き潰せそうなほどがっちりしている。実際にそいつの一撃は、命中さえすればドラゴンを一撃で戦闘不能にすることも可能らしく、この化け物が生息しているだけでダンジョンの危険度が跳ね上がるとも言われている。

 

 数多の冒険者を食い殺してきた、怪物だ。

 

「トロールか」

 

「…………」

 

 苦笑いしながらナタリアの方を見ると、彼女はどうやら、俺たちと初めて出会ったフィエーニュの森でトロールと戦った時の事を思い出したらしく、苦笑いしながら肩をすくめた。

 

 そう、俺たちが初めて挑んだダンジョンに生息していた化け物も、このトロールなのである。

 

 ナタリアはそんな怪物と、俺たちが駆け付けるまでたった1人で戦っていたのだ。しかも当時の得物はモリガン・カンパニー製のコンパウンドボウと、どこかの鍛冶屋で購入した少し大きめのククリ刀。銃を一切使わずに奮戦していたのである。

 

「どうするの?」

 

「まだこっちには気付いてないみたいだが…………」

 

 先に攻撃を仕掛けるべきか?

 

 それとも、素通りするべきか?

 

 ちらりと得物を見下ろし、サプレッサーがしっかりと装着されていることを確認する。

 

 PP-2000に装填されているのは、一般的なハンドガン用の9mm弾。炸薬の量を増やし、殺傷力の底上げを図った強装弾ではない。ごく普通の弾薬である。

 

 もし仮にそれでトロールを殺すのであれば、少々火力不足だろう。あの化け物を討伐するには少なくともグレネードランチャーか、7.62mm弾を使用するフルオート射撃が可能な軽機関銃(LMG)を使うことが望ましい。しかし今の俺たちの装備は、サプレッサー付きのSMG(サブマシンガン)にハンドガン。明らかにそのような怪物を討伐するのに適しているとは言えない軽装だ。

 

 対戦車手榴弾とC4爆弾も持っているとはいえ、後者はあくまでも障害物の除去用に携行しており、前者は頼りになるだろうが、その爆音で他の魔物まで刺激してしまう結果になるのは想像に難くない。

 

「攻撃はするな。素通りする」

 

「「了解(ダー)」」

 

 それに、風の音もそれなりに大きい。上手くいけば随伴しているオブイェークト279(ゴライアス)のキャタピラやエンジンの音も消してくれる筈だ。

 

 目配せして合図をし、こっちをキューポラから見ている筈のイリナにも合図をする。そしてもう一度建物の影からトロールの様子を観察した。あの忌々しい化け物はこっちへと背を向けていて、ずしん、と大きな足音を響かせながら向こうへと歩いている。剛腕を伸ばして足元を走り回るゴブリンを鷲掴みにしたトロールは、空腹だったのか、そのまま必死にもがくゴブリンを口へと運ぶと、巨大で武骨な斧をずらりと並べたような歯で小柄なゴブリンの上半身を噛み砕き始める。

 

 おいおい、食事中か。

 

「うっ…………」

 

「ナタリア、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫…………」

 

 ボリボリとゴブリンの骨が噛み砕かれる音を聴きながら、顔をしかめたナタリアは息を吐いた。

 

 食事中ならこっちにも気づかないだろう。素通りするタイミングは今しかない。

 

 仲間たちにもう一度合図を送った俺は、食事中のトロールがこっちに来ないか注意しつつ、通りの反対側へと一気に走った。舗装されていた筈の道は15年前の惨劇ですっかりレンガが剥がれかけていたが、こういう足場の悪い場所を素早く移動する訓練も親から受けている。第一、戦場の足場が全て舗装された道のようになっているわけがない。場合によっては今のように荒れ果てている場合もあるし、ぬかるんでいる場合もある。

 

 そういう場所を移動する訓練も、幼少の頃に何度も受けた。だから俺やラウラにとっては、この程度の場所を移動するのは朝飯前である。

 

 反対側へとたどり着いてから、周囲の警戒をラウラに任せてトロールの様子を確認する。どうやらあのおバカさんはゴブリンを食べることに夢中らしく、後ろの通りを堂々と横断する重戦車には全く気付いていない。風の音が予想以上に大きかったおかげでエンジンとキャタピラの音は聞こえていないらしい。

 

「ラウラ、エコーロケーション」

 

「範囲は?」

 

「最大。天秤らしきものを見つけたら教えてくれ」

 

「了解(ダー)」

 

 ラウラの頭の中には、イルカやクジラのようにメロン体が存在する。そこから超音波を発することによって、彼女は潜水艦のソナーのように周囲の物体や敵を索敵することができるのだ。

 

 とはいえ擬態している敵まで見破れるわけではないので、全ての敵を探し出すことができるというわけではない。探知できる最大の距離は半径2kmまでだが、範囲を広くすればするほど索敵の精度が落ちてしまうという欠点がある。

 

 しかし、精度が落ちてしまうとはいえ、このまま魔物から逃げ回りながら街の中をひたすら探し回るよりは効率的だ。いくら精度が落ちるとはいえ、索敵範囲ギリギリにある物体を探知できないわけではないのだから。

 

 目を瞑り、メロン体から超音波を発するラウラ。やがて眼を開けた彼女は、ため息をつきながら報告する。

 

「砂塵のせいで、いつもより精度が落ちちゃうわ」

 

「最低限の精度を維持できる距離はどれくらいになる?」

 

「多分、半径1.8kmくらい」

 

 十分すぎる。

 

「十分だ。それくらいでお願いできる?」

 

「分かった」

 

「頼んだ。後でご褒美あげるから」

 

「じゃあ、あとでいっぱいイチャイチャしましょうっ♪」

 

 大人びた口調のまま楽しそうに言うラウラ。いつもこういう時は普段の子供っぽい口調で言う事が多いからなのか、なんだか珍しい気がする。

 

 でも、そのまま搾り取られそうな気がするんだよなぁ…………。できれば母さんから貰った薬があと少ししかないから、母さんから貰うまでは控えてほしいものである。結婚するまで子供を作るわけにはいかないからな。

 

 というか、モリガン・カンパニーと同盟関係を破棄したらその薬ももらえなくなるんじゃないだろうか…………? 頼むから同盟破棄の前にどっさり薬をください、お母さん。多分これからも搾り取られると思うから。

 

「ところで、天秤の反応は?」

 

「ないみたい」

 

「よし、移動だ」

 

 ここに眠っている筈なんだ…………。

 

 なんとしても、親父たちや吸血鬼たちよりも先に手に入れなければならない。

 

 メサイアの天秤を手に入れなければ、俺たちの願いは叶わないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に面白い子だよねぇ」

 

 目の前のモニターに表示される”彼”のステータスと、かつてレリエルを倒した”英雄”のステータスを見比べながら、私は微笑んだ。

 

 今から11年前―――――――そろそろ12年になる―――――――にレリエル・クロフォードを単独で討伐し、数多の転生者を血祭りにあげた”転生者の天敵”のステータス。まだ彼には及ばないけれど、その息子の成長速度は、(速河力也)の成長する速度よりも非常に速い。

 

 このまま転生者を喰らい続ければ、きっと彼は立派な怪物になるだろう。どんな法則や計算ですら叩き壊してしまう恐ろしい怪物に成り果て、全てを蹂躙するに違いない。

 

 それは喜ばしい事だった。彼とブラド以外の転生者は、現時点ではその2人がレベルを上げて強くなるための”餌”にしか過ぎないのだから。

 

 ブラドの方も順調に育っているけど――――――――タクヤの方は、ちょっと警戒が必要かも。

 

「…………強くなり過ぎちゃうかもね、彼は」

 

 想定したよりも、強くなる可能性がある。

 

 彼のステータスの隣に予測したデータを表示させ、私は爪を噛む。

 

 私が一番嫌うのは、自分の計画が狂う事。

 

 今までは順調だった。速河力也という転生者がこの異世界へと転生し、仲間たちと共に転生者たちを蹴散らして強くなり、最終的にこの世界を守ったのだ。血まみれになりながら戦った彼の英雄譚が、”私の想定の範囲内”で幕を下ろしたからこそ、彼の方は問題ない。もし彼と出会う機会があるのであれば労ってあげたい。

 

 けれどもタクヤは――――――――もしかしたら、彼の物語は私の想定の範囲を大きく逸脱して幕を下ろすかもしれない。

 

「…………」

 

 彼が率いるテンプル騎士団は大きくなりつつある。まだモリガン・カンパニーのように有名な組織ではないものの、もしそこに所属する人々が武器を手にして強くなり、転生者まで殺すほどの力を手に入れれば――――――――私の計画は、完璧に狂う。

 

 しかも彼らは、メサイアの天秤を手に入れて”人々が虐げられることのない平和な世界”を作ろうとしているらしい。

 

 馬鹿げている。そんな世界を作ったとしても、きっと何も変わらない。世界というのは、そういう風に作られているのだから。

 

 そんな願いのために天秤を無駄使いされるくらいならば、リキヤの手に渡ってもらった方が都合がいい。

 

「…………そろそろ、消えてもらうべきかもね」

 

 君を転生させたのはこの私。理不尽かもしれないけれど――――――――これ以上私の計画を狂わせるようならば、タクヤ・ハヤカワという転生者には消えてもらう必要がある。

 

 それにリキヤが”家族を取り戻す”という願いを叶えてくれた方が、私にとっても都合がいい。

 

「そうだよね、彼が取り戻そうとしている家族というのは――――――――」

 

 神秘の力を使わない限り、決して元には戻らない存在なのだから。

 

 そして彼が欲しているものは、私が欲しているものでもある。

 

 そう思いながら、私は机の上に飾ってある写真へと手を伸ばした。異世界で初めて開発された白黒写真によって撮影された、一枚の写真。写っているのは3人の子供たちと、2人の美女。そして真ん中に立っているのは、最強の転生者ハンター。

 

「ふふふっ」

 

 こっそりと手に入れた彼の写真の複製を見下ろしながら、私は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。