異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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騎士団と諜報部隊

 

 

 スナイパーライフルには、ボルトアクション式とセミオートマチック式がある。

 

 ボルトアクション式は発射する度にボルトハンドルを引いてから押し戻さない限り、次の弾丸を銃口から放つことはできない。その代わり構造はライフルの種類の中でも単純になり、命中精度も高くなるという利点がある。

 

 セミオートマチック式は、ボルトアクション式の欠点である連射速度の遅さを克服したライフルだ。ボルトハンドルを操作することが殆ど不要となった代わりに、構造は複雑になり、命中精度も低下してしまっている。このセミオートマチック式のライフルが本格的な産声を上げ始めたのは第一次世界大戦の頃だったけど、当時のライフルはとても華奢ですぐに作動不良を起こす物ばかりだったという。技術の発展によってその信頼性が上がっていくのは、もう少し後の話だ。

 

 俺が好むのは、どちらかと言うと後者だろう。

 

 もちろん、任務によって前者を使う事もある。けれども元々俺は”選抜射手(マークスマン)”。ラウラやタクヤのように遠距離からの狙撃をするための本格的な訓練はそれほど受けたわけではないし、そういう状況で狙撃したこともあまりない。

 

 それに、俺の所属する諜報部隊(シュタージ)も、第二次転生者戦争後の軍拡で本格的に規模が大きくなりつつある。

 

 今まではたった5人で情報収集や潜入を行っていたのだが、今ではもうシュタージのメンバーは50人に達している。それに要人の暗殺などは設立されたばかりの特殊部隊(スペツナズ)の仕事になるから、俺たちが最前線に赴く機会は多分減るだろう。

 

 もちろん、だからと言って訓練をサボるつもりはない。いざとなれば俺たちも最前線で戦うことになるのだから、いつでも出撃できるように準備する必要がある。

 

「…………」

 

 覗き込んでいるスコープの照準を調整しつつ、もう一度トリガーを引く。ズドン、といつもよりもすさまじい銃声がレーンの中で反響を繰り返し、弾丸に置き去りにされながら奥へと駆け抜けていく。その銃声が弾丸に追いつくよりも先に、レーンの一番奥で左右に動いていた人型の的の頭にでっかい風穴が開いた。

 

 俺の持つセミオートマチック式のスナイパーライフルから放たれた.338ラプアマグナム弾が、的に命中したのである。

 

 距離は300mくらい。このライフルの持つ命中精度と、今まで磨いてきた技術ならば当たり前の結果である。

 

「ふー…………」

 

 スコープから目を離しつつ、持っていた得物を静かに傍らの台の上に置く。

 

 そのライフルは、もしスコープを取り外してもう少しマガジンが長ければ、ブルパップ式のアサルトライフルや軽機関銃(LMG)のようにも見えてしまうデザインをしている。スコープがあるからこそ狙撃に使う得物なのだという事が分かるような形状の、変わったライフルだった。

 

 俺が狙撃に使っていたのは、ドイツ製セミオートマチック式スナイパーライフルの『ワルサーWA2000』と呼ばれる代物である。

 

 セミオートマチック式であるため、ボルトアクション式のライフルよりも連射速度はこちらの方が早い。更に、命中精度の高さまで兼ね備えているのである。セミオートマチック式の弱点を克服した、連射速度と命中精度の高さを併せ持つライフルなのだ。

 

 しかし、スナイパーライフルの中では重量が重く、更にコストが非常に高いという欠点がある。

 

 端末で生産するために必要なポイントの量も他のスナイパーライフルと比べると群を抜いており、これを3丁くらい生産してしっかりとカスタマイズすれば、装甲車を生産できるほどのポイントの量になってしまうほどである。

 

 とはいえ、今ではもうレベルが2000を超えているのだから、装甲車を生産するのは簡単だ。まだレベルが低かった転生したばかりの頃にこれを作っていたら、きっと接近してくる敵にサイドアームを向けながら震える羽目になっていたかもしれない。

 

 仲間たちに説得されて別の銃を選んだ時の事を思い出しながら、俺は再びスコープを覗き込もうとした。

 

「あ、ブービ君」

 

「やあ、ノエルちゃん」

 

 後ろから可愛らしい女の子の声が聞こえてきて、俺はスナイパーライフルのスコープから目を離す。やはり隣には射撃訓練にやってきた黒髪の女の子がいて、背中に背負っていたVSSを構えてレーンの奥にある的を狙い始めたところだった。

 

 傍から見れば黒髪と真っ赤を持つ小柄な可愛い女の子にも見える。彼女の笑みは可愛らしいんだけど、どちらかと言うと元気で積極的というよりは、控えめで内気な感じの雰囲気を放つノエルちゃん。確かに彼女はクランのように陽気ではなく、初対面の人やあまり話したことのない人の前に立つと口数が少なくなったり、親しい人の後ろに隠れてしまう気の弱い子だけど、どうやら俺もその”親しい人”の中に含まれるらしく、一緒にいる時はこうして笑ってくれるし、後ろに隠れてくれる。

 

 彼女の特徴は―――――――やはり、セミロングの黒髪の両脇から覗く、人間にしては長い耳だろうか。

 

 長さは常人の3倍から4倍くらいはあるだろう。両脇に向かって伸びた長い耳は、もちろん普通の人間のものではない。遥か昔からこの異世界に住むハーフエルフやエルフたちの持つ特徴だ。

 

 そう、ノエルちゃんもハーフエルフ”だった”のである。今では彼女のお父さんが身体に移植した義手の影響で、キングアラクネという凶悪な魔物の遺伝子を持つキメラに変異してしまっているけれど、ハーフエルフだったころの特徴はまだ残っているのだ。

 

 だから小柄で内気な女の子に見えても、瞬く間に転生者を葬ってしまうシュタージの切り札なのである。

 

 俺はシュタージのメンバーの中でも小柄な方で、しかも童顔だ。だから仲間たちには”坊や(ブービ)”という愛称を付けられている。今では俺の愛称になっているけれど、これは最初の頃はちょっとした悪口だったのである。

 

 大学生になったというのに、中学生の群れに紛れ込んでも違和感がないほど幼く見えてしまう自分の身長の低さと童顔をからかわれているような気がするから、あまり好きな名前ではなかったんだ。でも今では完全に慣れてしまったし、もう悪口とは思わない。

 

 けれども、俺よりも年下の女の子に坊や(ブービ)と言われると、なんだか変な感じがしてしまう。

 

 わ、悪くはないんだけどね…………。

 

「あ、当たった」

 

「おー、ちょうど心臓の辺りかな?」

 

「えへへ」

 

 ノエルちゃんが撃ち抜いた的には、もう既に風穴が開いている。スナイパーライフルを使うにしてはまだ”近い”としか言いようがない距離ではあるけれど、彼女の持つVSSもそれほど遠距離からの狙撃を想定した銃ではない。むしろサプレッサーで銃声を消すことを最優先にしたような銃であるため、”暗殺”を好む彼女にはうってつけの代物なのだ。

 

 最低限の射程距離と、獲物を確実に仕留められるストッピングパワー。そして、その弾丸が発射された”痕跡(銃声)”をほぼ完全に消してしまうサプレッサー。キメラとして覚醒してからは、両親から戦い方や暗殺を学んだ彼女は、もう既にその得物で何人もの転生者を消している。

 

 これほどの戦闘力を持つのだから、舞台裏で諜報活動ばかりすることになるシュタージではなく特殊部隊(スペツナズ)に引き抜かれてもおかしくないような人材なんだけど、彼女の所属についてはシュタージのリーダーであるクランと、団長であるタクヤで話し合って決めたらしい。

 

 つまりノエルちゃんは、シュタージという諜報部隊をたった1人の”スパイ”に例えるのならば、彼女はそのスパイがコートの下に隠し持つ1丁の”拳銃(切り札)”。得物を持っていないと思い込んだ敵へと向ける、シュタージにとっての”牙”なのだ。

 

「えへへっ、全弾命中っ♪」

 

「はぁ!?」

 

 タクヤとクランが真剣に話し合っていた時の事を思い出しているうちに、ノエルちゃんはマガジンの中に入っていた弾丸で的を蜂の巣にしていたらしい。人間の姿をしていた筈の木製の的はレーンの向こうで蜂の巣と化しており、ひしゃげた弾丸と共に床に転がっていた。

 

 さすがに彼女はラウラとかカノンみたいな狙撃はできないけど、これくらいの距離ならば自由自在に相手の急所を狙い撃てるんだよね。いつも彼女と一緒に射撃訓練をしているんだけど、やっぱり彼女は段々と強くなっている。

 

 数年前まで家のベッドの上で生活していた身体の弱い子とは思えない。

 

「す、すげぇ…………。ねえ、俺の代わりに選抜射手(マークスマン)やらない?」

 

「えぇー? 私、まだブービ君みたいに上手じゃないよ?」

 

「そんなことないって」

 

 そう言いながら、俺はVSSの銃口を下げたノエルちゃんの頭へと手を伸ばす。身長は俺と殆ど変わらない小柄な彼女の頭を優しく撫でると、ノエルちゃんは頬を少しだけ赤くしながら俯いて、特徴的な長い耳をぴくぴくと動かし始める。

 

 それは彼女のお母さんと同じ癖らしく、嬉しくなったり楽しいことがあると、無意識のうちに動かしてしまうようだ。

 

 あぁ…………可愛いなぁ…………。

 

 彼女のこの癖を知ったのは、ノエルちゃんがシュタージに配属されてから一週間くらい経過した辺りだった。あの頃はまだ俺たちとも親しいわけではなかったので、何かある度に付き添っていたタクヤの後ろに隠れてブルブルと震えていたんだけど、どうやら自分と身長が同じである俺には何故か親近感を感じていたらしく、ケーターや木村のバカと話す時のようには怯えなかったんだ。

 

 ちなみに、木村のバカはいつもガスマスクをつけているせいなのか、未だにノエルちゃんに怯えられている。年下の女の子にガスマスクをつけた変な巨漢が迫れば怯えられるのは当たり前だろう。

 

 あまり俺は彼女に怯えられることはなかったので、”教育係”にクランに任命された俺はまず最初に彼女と一緒に射撃訓練をしたのだが―――――――その時に、発覚した。

 

 彼女が一番最初に的の頭を撃ち抜いたのを見た時に、思わず頭を撫でてしまったのである。

 

 あの時はヒヤリとしたよ。まだ親しくないのにも関わらず、赤の他人としか言いようがない男が年下の女の子の頭を勝手に撫でてしまったのだから。もしかしたら完全に突き放されちゃうんじゃないかと思ったんだけど―――――――褒められたのが嬉しかったのか、ノエルちゃんは恥ずかしそうに地面をじっと見つめて顔を真っ赤にしながら、ひたすら耳をぴくぴくと動かし続けていたのである。

 

 さて、そろそろ俺も訓練を再開しよう。このままじゃ本当にノエルちゃんに追い抜かれちゃう。

 

 そう思って彼女の頭から手を離すと、ノエルちゃんは残念そうな表情をしてから、VSSに新しいマガジンを装填するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タンプル搭の中も、随分と変わった。

 

 以前はちょっと変わった形状の岩山の中に要塞砲を設置し、ただ単に地下を掘り進めて最低限の設備を作り上げたに過ぎないただの地下基地だった。けれどもテンプル騎士団が奴隷たちをクソ野郎共の魔の手から救う度に志願兵や保護された非戦闘員の人数は増え、今では彼らが住むための居住区も拡張が繰り返されて、組織が成長すると同時にこの要塞も”成長”している。

 

 パイプやケーブルが剥き出しになった壁を見つめながら、俺はそう思った。住む人のための部屋が必要になるのは当たり前だし、そのために色々と拡張が必要になるのも当たり前。最初の頃は岩石が露出した炭鉱の中のような通路は、今では広大な要塞のどこかへと伸びる無数のケーブルや配管の露出した壁で覆われており、時折配管の隙間からは蒸気が漏れ出ている。

 

 射撃訓練を終えたノエルちゃんを連れて、エレベーターへと向かう。壁面から突き出たパネルの表面にあるボタンを押して戦術区画のある階を選ぶと、まるで鉄格子を思わせるゲートの向こうにある縦穴の底から、歯車同士が激突して回転するような金属音が聞こえてきて―――――――穴の底から、エレベーターが上がってくる。

 

 俺たちの目の前に到着したエレベーターへと繋がる配管から蒸気が漏れ、扉の前で待っていた俺たちの足元を真っ白に染め上げた。

 

 正確に言えば、これは本物の蒸気ではなく、フィオナ機関で加圧された魔力から圧力が失われた際に生じる”魔力の残滓”と呼ばれる物らしい。要するに、圧力が完全に抜けて再利用できなくなった魔力の”残り物”だ。

 

 完全に圧力が抜ければ小さな隙間から漏れ出してしまうため、どれだけ密度を高くしても関係ないらしい。特に有害でもないから気にしている奴はいないみたいなんだが、俺は滅茶苦茶気になってる。スチームパンクを題材にしたアニメや映画が好きな奴なら大喜びしそうだけど。

 

「ブービ君、知ってる? このエレベーターの部品って、全部フィオナちゃんが設計したんだって!」

 

「フィオナ博士が?」

 

 モリガン・カンパニーの誇る天才技術者(マッドサイエンティスト)。魔術が当たり前だったこの世界に、”科学”という新しい技術の種を撒いたたった一人の天才。名前を耳にすれば立派な女性を連想するかもしれないけれど、きっと彼女の正体が幼い女の子の幽霊だと知っている人は少ないだろう。

 

 この世界の人間ではない転生者ですら、彼女の生み出した技術の恩恵を受けているほど、彼女の技術はこの世界に浸透していると言っても過言ではない。今俺が寄りかかっているエレベーターの壁から露出しているケーブルを覆うゴムも、今まで加工が困難だった魔物の皮膚を再利用して作り出した物だという。

 

 やがてエレベーターが戦術区画まで這い上がる。ベルが鳴ってから数秒後に鉄格子を思わせる扉が開き、やはりここでも蒸気にも似た魔力の残滓を配管の隙間から吐き出して、俺たちを送り出してくれる。

 

 オルトバルカ語で書かれたプレートが連なる部屋の前を通過し、シュタージの指令室へと向かう。

 

 戦術区画には各部隊への命令を出すための指令室があるが、表舞台に出ることがあまりないシュタージの指令室は、通常部隊や特殊部隊(スペツナズ)を指揮するための”中央指令室”とは分けられている。

 

 中央指令室の反対側にあるプレートに”諜報指令室”と書かれているのを確認してから、俺とノエルちゃんは扉を開けた。

 

「ブラボー1、そのまま潜入を続行せよ」

 

「こちら本部。定時連絡を確認」

 

「フランセンに潜入中のエコー5より連絡。『狙いは定めた』」

 

 扉を開けた瞬間に鼓膜を支配するのは、ずらりと並んだデスクの上に配置されたコンソールをひたすら指で操作する、まるでパソコンのキーボードを連打しているかのような音。彼らの目の前には一般的なパソコンの画面の半分くらいの画面が設置されていて、そこに凄まじい量の文章―――――――おそらく各地に潜入させている密偵からの暗号文だろう―――――――が表示されているのが見える。

 

 そしてそれを報告するオペレーターたちの声や、書類をめくる音。それらの音が、シュタージの指令室を支配する”曲”だ。

 

 そしてその指揮者は―――――――部屋の中心にある大きなデスクに囲まれ、片手でコンソールを操作しながらもう片方の手でエージェントたちからの報告書を持ち、それに目を通しているところなのだろうか。いつも陽気な性格の俺たちのボスは、こういう時は強気でしっかりしている女傑に早変わりだ。彼女の恋人になれたケーターの野郎は本当に幸せ者だと思いつつ、俺はノエルちゃんと一緒に自分の席に着く。

 

 席を離れたのは1時間くらいだというのに、デスクの上にはどっさりと報告書が乗せられている。

 

 この諜報指令室でタイプライターやコンソールを操作し、暗号の解読や命令を出しているオペレーターの人数は20人ほど。残りの10人は休養中で、残りの20人は世界中に派遣されている。目的はもちろん情報の収集で、転生者の居場所の調査だけでなく、各地で人々を虐げているクソ野郎の情報や、テンプル騎士団に役立ちそうな情報まで集めているのだ。

 

 そして俺は、”今は”オペレーターの1人に割り当てられている。

 

 近くに置いてあるヘッドセットを耳に当て、左手を伸ばして目の前にあるモリガン・カンパニー製のコンソールを操作する。

 

『こちらチャーリー7。本部、応答せよ』

 

「こちら本部、どうぞ」

 

 チャーリー7は、確かフランセンの隣にある”ラルニラス王国”に派遣しているエージェントだ。数日前に転生者を目撃したという報告があったから、近々エージェントを増員する予定の国である。

 

『さっきウサギを見た』

 

 暗号だ。ウサギは俺たち(転生者ハンター)の獲物。すなわり転生者(クソ野郎)を意味する。

 

「どうだった?」

 

『肥え太った美味そうなウサギだった。今日のディナーが楽しみだ』

 

「分かった、すぐに調理する(部隊を派遣する)最高の酒(詳しい情報)を準備しつつ、待機せよ」

 

『了解(ダー)、同志』

 

 おそらく、もう転生者が人々を虐げる件数は激減することだろう。もう既に大規模な増員により、シュタージの情報収集が可能な地域は凄まじい勢いで増えつつある。この情報を実働部隊に送ることで向こうの司令部が討伐する目標の優先順位や派遣する部隊を決め、転生者の討伐を行うのだ。

 

 この転生者も、すぐに狩られるだろう。

 

 大変だが、これが俺たちの役割だ。

 

 俺たちはこの異世界を守る”騎士”になるのだから。

 

 

 

 

 

 


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