異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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シスコンと吸血鬼 後編

 

 

『俺たちの出番、なかったッスね…………』

 

『ああ、イリナちゃん可愛い…………』

 

 無線機から聞こえてくる隊員たちの声を聴きながら、俺たちもあの2人を追って屋根の上を移動する。この辺の建物の屋根は起伏が非常に少ないシンプルな形状をしていて登りやすいのだが、逆に言えば遮蔽物になるものが少ないため、隠れにくいという事だ。

 

 今の時間帯が夜であるという事と、テンプル騎士団の制服が基本的に黒い事は辛うじて救いと言えるかもしれないが、騎士団の中でもトップクラスの実力を持つあの2人が本腰を入れれば、俺たちを容易く見つけてしまうだろう。

 

 それゆえに、俺たちに注意を向けさせないことが重要だ。

 

 暗視スコープ付きのVSSを背負ったまま、屋根から目の前の屋根へと飛び移る。ボディアーマーやフェイスガード付きのヘルメットはそれなりに重いが、吸血鬼の瞬発力や脚力ならばこれくらいの装備を身につけたまま屋根の上を飛び回るのは朝飯前なのだ。

 

 メインローターの音が段々と聞こえなくなる。オリョール1-1が飛び去ってしまったのだろうかと思ったが、どうやらまだちゃんとクラルギス上空を飛んであの2人を追跡してくれているらしい。天空を舞う漆黒のヘリが微かに見える。

 

 それにしても、俺の妹はやっぱり強いなぁ。

 

 タクヤの奴は彼女の力を知っていたからこそ手を出さなかったのかもしれない。イリナは可愛い上に強いからな。あんな馬鹿野郎共にケンカを売られたとしても、3秒以内に全員昏倒させるのは当たり前だ。さっきは慌てて部下に狙撃するように命令を出してしまったが、もう少し落ち着かないとな。指揮官は俺だし。

 

「フッフッフッフッフッフッ…………ああ、イリナ…………♪」

 

『オリョール1-1より各員へ。目標はクラルギス南方ゲート付近にあるレストランへと入店。おそらくそこが目標地点と思われる』

 

「よし、よくやった。お前ら聞いてたな? 店を包囲するように展開し、全方位から店内を見張れ」

 

『『『『『了解(ダー)』』』』』

 

 南方ゲート付近か…………。俺もこの街には何度か来たが、あんな場所にレストランなんかあったっけ? 新しくできたのかな?

 

 そう思いながら南方ゲート付近の風景を思い浮かべつつ、真っ白な倉庫で作られた倉庫と思われる建物の屋根の上へと昇る。8時間前の猛烈な砂嵐の際にここに残ったのか、純白の屋根の上は砂でざらざらしていた。

 

 そのまま屋根の上に伏せて双眼鏡を取り出し、ズームして2人が入っていった店を見張る。

 

 確かに南方ゲート付近の建物の群れの中に、新しいレストランが紛れ込んでいた。フランセン語で書かれているため店の名前は読めないが、どちらかと言うと冒険者向けの酒場の様にやかましい感じの店ではなく、お洒落な内装と静かな雰囲気が特徴的な静かな店だ。

 

 俺はあまりああいう店は好きではない。どちらかと言うと仲間たちと一緒に大騒ぎしながら酒を飲んだり、でっかい肉を頬張りたいのだが、どうやらイリナはああいう店の方が好みらしい。

 

 とはいえ、吸血鬼は血を呑まなければ満腹感を感じることはできないし、獲物の鮮血以外は栄養として吸収することができないので、人間たちが食べるような料理を口にしたところで特に意味はないのだ。血を主食とする吸血鬼や魔力を主食とするサキュバスにできるのは、その料理の味を楽しむくらいだろうか。

 

「いた」

 

 南方ゲートの向こうに広がるカルガニスタンの砂漠を見渡せる席に、イリナとタクヤが腰を下ろしてメニューを見始める。どうやらメニューの方はこの世界で公用語とされているオルトバルカ語で書かれているらしく、ここから更に双眼鏡をズームすれば俺でもメニューに何と書いてあるか読めそうだ。

 

 それにしても、この双眼鏡も凄いな。騎士団の連中が使っているような双眼鏡ではここまでズームできないし、ズームするとどうしてもぼやけてしまうから遠距離まで見透かすことはできないのだ。しかしこの双眼鏡はどれだけズームしてもはっきりと見える。

 

 やはり、異世界の科学力は凄まじいな。この世界と違って魔術や魔力は存在しないらしいが、もし仮に異世界と戦争になるようなことになったらこの世界に勝ち目はあるのだろうか…………。

 

 とりあえず、今はイリナを見守ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イリナが案内してくれたレストランは、冒険者たちが利用する酒場のように騒がしい店ではなく、物静かでお洒落な感じがする全く正反対の店だった。カルガニスタンではなくフランセンの伝統的な建築様式をベースにしつつ、カルガニスタンの建築様式も取り入れた真っ白なレンガで覆われた店の中は、適度なスペースを確保しているおかげなのか、店内だというのにまるで外にいるかのような解放感を感じてしまう。

 

 こういう場所に来たことがないわけではない。幼少の頃は、むしろこういう雰囲気の店や屋敷にばかり親父に連れて行かれたものだから、どういうわけか懐かしい感じがしてしまう。

 

 今も変わらないとは思うが、当時の親父は貴族たちのパーティーやお茶会によく招待されており、会社の経営をしながら適度にそういったパーティーやお茶会に出席していたのだ。場合によっては母さんたちまで一緒に招待されることもあったのだが、そうなると俺とラウラだけ家に置き去りにされてしまうので、「貴族と接する時のマナーの勉強にもなる」ということで俺とラウラまで出席することになったこともある。

 

 もちろん俺は小さなスーツ姿。ラウラは真っ赤なドレス姿だった。

 

 彼女は「ふにゃー。お姫様みたいっ♪」って言いながら楽しんでたけど、俺は相変わらず男装した少女だと勘違いされたんだよね…………。しかもその後に待ち受けているのは、貴族の長ったらしい自慢話。親父は適当に笑みを浮かべながら聞き流していたけど、俺たちにとってはただの拷問だ。

 

 やがてラウラが出席を嫌がるようになると親父は1人でパーティーに出席することになったけど、おかげで少しくらいはマナーを身につけることができたのではないだろうか。

 

「あ、これかな? 多分このパフェ―――――――ねえ、聞いてる?」

 

「んっ? ああ、大丈夫。聞いてたって」

 

「本当に?」

 

 ごめん。正直言うと昔のこと思い出してた。

 

 なんだか店の雰囲気が貴族の屋敷に似てたからさ…………。

 

「本当だって。で、そのパフェが食べたいって言ってたやつ?」

 

 話題をパフェに戻すと、再びイリナは深紅の瞳を輝かせ始めた。

 

「そう、これ! 生クリームとカスタードクリームがいっぱい乗ってて、美味しそうなフルーツもたっぷりトッピングされてるの!」

 

「あははははは…………。で、でもさ、イリナ。いきなりパフェを頼むより、まず他の料理を頼んでからでもいいんじゃない? 他にも美味しそうなのあるよ? ピザとか、パスタとか」

 

「そうだね、それも悪くないかも♪ えへへへっ、こういう時って吸血鬼の体質は便利だよね♪」

 

 吸血鬼やサキュバスは、主食となる血や魔力を体内に吸収しない限り、どれだけ料理を口にしたとしても決して満腹感を感じることはない。なぜならば吸血鬼とサキュバスが栄養として吸収できるのは、自分たちの主食だけなのだから。

 

 それゆえに、もし仮にイリナがこの店のメニューを全て大盛りで注文したとしても、彼女が「もうお腹いっぱいだよ」という事は決してない。

 

 つまり、その気になればイリナは本当に俺の財布が空っぽになるまで料理の注文を続けることが可能なのだ。

 

 一応財布の中には、砂漠の真っ只中で発見された地下墓地を調査した報酬の残りが6割くらい入っている。それなりに報酬は高額だったんだが、これは今夜ですべて姿を消すに違いない。

 

 もちろん原因は、全部イリナの食費で。

 

「じゃあ―――――――まずミノタウロスのステーキと、カイザーポテトのサラダと、ハーピーパスタかな。もちろん大盛りでお願い♪」

 

「あはははははっ、任せろ」

 

 これで2割消えるなぁ………。ハーピーパスタ以外の2つはどっちも危険なダンジョンでしか手に入らない高級食材じゃねえか…………。

 

 とりあえず俺はそれなりに安いやつにしよう。ライ麦のパンとかもあるみたいだし、あとは適当にハーピーのソテーとコーンスープでも注文しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アクーラ2より各員へ。イリナちゃんは高級食材ばかり注文して食いまくってます』

 

「珍しいな。イリナってあんなに食うのか…………」

 

 血以外では満腹感を感じることはないとはいえ、普段はあまり食べることはない筈だ。外出できたことが嬉しいのだろうか? それとも、タクヤの前だからなのか…………?

 

 危険度の高いダンジョンに生息するミノタウロスのでっかいステーキをナイフで斬ってからフォークで口へと運び、おそらく大盛り用と思われるやけにでっかい皿の中に、辛うじて上品さを維持できる程度にたっぷりと盛り付けられたポテトサラダをスプーンで削って口へと運ぶ。

 

 それに対して、彼女の向かいの席に腰を下ろすもう1人の少年が注文しているのは、まるで冒険者になったばかりで値段の安い料理しか注文できない初心者が口にするような安物ばかりだった。ライ麦のパンにコーンスープ。そして一番大きな皿の上に野菜と一緒に乗っているのは、ハーピーのソテー。

 

 吸血鬼の胃袋を甘く見るからだ。

 

 でも、その安物を口にしている少年は、目の前で高級食材ばかり食ってるイリナと楽しそうに雑談しているところだった。何の話題なのかは分からないが、イリナも同じように笑っている。

 

 すると、話題がその面白い話から食べている料理の話に変わったのか、イリナが自分の注文したステーキを少し大きめにナイフで切ると、それに自分が使っていたフォークを突き刺して―――――――なんと、それをそのままタクヤの口元へと伸ばし始めた!

 

 多分、「ほら、タクヤ。あーん♪」って言いながら!

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

『た、隊長!? どうしたんスか!?』

 

『見ろ、アクーラ3! イリナちゃんが団長に自分のフォークに刺したステーキを!』

 

『な…………ッ!?』

 

「ニコライ4、そこから見えるか!?」

 

『だからアクーラ4です! 見えてます!』

 

「あのフォークを狙撃しろッ!」

 

『無理ですって! 同志ラウラだったらできるかもしれませんけど…………』

 

 ああ、なんてことだ…………ッ! あの2人、まさか本当にもう付き合ってたのか!?

 

 俺の可愛い妹(イリナ)は―――――――もう既にタクヤの女になってしまっていたとでも言うのかッ!?

 

 み、認めてたまるか! スーツ姿のタクヤの隣に、ウエディングドレス姿のイリナが恥ずかしそうに微笑みながら並ぶなど…………ッ!

 

「くそ…………ッ! お、俺が狙撃する!」

 

『同志!? や、止めてください! あっちは食事中ですよ!? というかデート中なんじゃ―――――――』

 

「デートって言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ちくしょうッ!

 

 双眼鏡を腰に下げ、背中に背負っていた暗視スコープ付きのVSSを引き抜いて安全装置(セーフティ)を解除。そのままVSSを構え、レティクルを顔を赤くしながら口を開けているタクヤのこめかみへと合わせる。

 

 だ、大丈夫だ………。いくら転生者である上にキメラの能力を持っているとはいえ、こいつの弾丸を硬化していない状態のこめかみに叩き込めば即死する筈だ…………ッ!

 

『同志、止めてください! 危ないですって! というかそれ麻酔弾では!?』

 

「じゃあ寝かせてデートを台無しにしてやるッ!」

 

『おい、誰か同志ウラルを止めろ! 作戦中止!』

 

『同志、落ち着いてください!』

 

「やかましいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! イリナをタクヤに渡すくらいなら、俺はイリナに蹴られたほうがいい!!」

 

 セレクターレバーをセミオートに切り替え、照準を合わせる。

 

 そういえばこれ、実弾じゃなくて麻酔弾だったな…………。まあ、こめかみに当たればどの道台無しになる。

 

 タクヤ、お前には―――――――イリナは渡さないッ!

 

『――――――――――――――こんばんわ、同志ウラル』

 

「…………!」

 

 トリガーを引こうとしていたその時、耳に装着した無線機の向こうから、やけに冷たい聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

 普段は大人びた容姿とは裏腹に幼い性格で、いつも腹違いの弟に甘えて彼を困らせている赤毛の少女。スペツナズに配属されている2人の狙撃手を育て上げ、テンプル騎士団の中でも最強の狙撃手と呼ばれている怪物。今しがた無線機から聞こえてきた冷たい声は、その少女の声と全く同じである。

 

『この声…………同志ラウラ…………!?』

 

『いつの間に…………!?』

 

 なぜ、俺たちの居場所が分かった…………!? 

 

 慌ててスコープから目を離して周囲を見渡すが、どこにもあの赤毛の少女は見当たらない。念のため暗視スコープを覗き込みながら見渡すが、やはりどこにもラウラはいない。

 

 あの能力を使って姿を隠しているのだろうか?

 

「…………どうしてここに?」

 

『タクヤの匂いを辿ったの。やっぱりタクヤがいないと寂しくてね』

 

 匂いを辿った………!?

 

『それよりも、同志ウラル。乙女の恋路に横槍を入れるのは良くないわね』

 

「ッ!?」

 

 バレていただと…………!?

 

 明らかにいつもの幼い彼女ではない。今のラウラは―――――――戦場でクソ野郎共を屠り続ける、本気になったラウラに違いない。

 

 口調が全く違うのだ。

 

『今すぐ武装解除してタンプル搭に戻りなさい。そうしたらこの一件は、副団長である私の権限で不問にするわ』

 

 拒否すればどうなるかは言うまでもない。

 

 もし仮にここでスペツナズ全員でラウラを返り討ちにしようとしても、そのまま全員粛清されるのが関の山だ。第一、こっちは彼女の居場所を把握できていない。それに対し、ラウラはもう既にスペツナズ全員の居場所を把握しているのだから。

 

『本当に妹の事を思っているのであれば―――――――彼女の相手に全て託して、見守るべきではないの? 私はそうしているわ』

 

 額を流れ落ちていく冷や汗を左手の甲で拭い去る。

 

 確かに、もし本当にイリナがタクヤの事を愛しているというのであれば、それを引き裂いて台無しにすることでイリナが幸せになるとは思えない。なのに、どうして俺はこんなことを…………?

 

 やはり見守るべきなのだろうか?

 

 イリナの事をタクヤに託して、俺は黙って見守るべきなのか?

 

「―――――――――アクーラ1より全員に通達する」

 

 そうだ。俺がやるべきことは、イリナがちゃんと幸せになれるように見守る事。ここで彼女の幸せを台無しにすることではない。

 

「――――――――各員、ただちに武装を解除。タンプル搭へと帰還せよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱり、結果は予想通りだった。

 

 ダンジョンを調査した報酬は財布の中から姿を消しており、俺の財布はただの革の入れ物にしか過ぎない。銀貨どころか銅貨すら使い果たしてしまったのだから、もう中身は空っぽ。銀貨や銅貨が放っていた金属の残り香くらいしか残っていない。

 

「うーん、美味しかったけど…………なんだか食べ足りないなぁ」

 

 高級食材を使った料理を片っ端から注文し、更に食べたがっていたパフェを10人前も頼んで全て平らげてしまったというのに、隣ですらりとしたお腹を撫でる吸血鬼の美少女はまだ食べ足りないらしい。

 

 けれども、もう財布の中は空っぽだからな。別の店には行けないぞ。

 

 どうしよう。部屋で俺が何か料理でも振る舞うべきだろうか。すぐ平らげられてしまうかもしれないけど。

 

 冷たい風が駆け抜けていく夜のクラルギスの南側にあるゲートをくぐり、あくびをしている眠そうな騎士に挨拶をしてから街の外へと歩いて行く。そろそろバイクでも装備してタンプル搭へと戻ろうと思ったその時、冷たい風で冷えかけていた左手を、やけに温かい真っ白な手が包み込んだ。

 

 もちろんその手は、イリナの手である。

 

「どうした? 何か食べるか?」

 

「うん。デザートが食べたい。とっても甘いやつ」

 

 デザートか…………。とりあえず、部屋に戻ればホットケーキくらいは作れるのではないだろうか。

 

 頭の中で部屋に置いてある食材を使った料理を思い浮かべていたせいなのか、俺は全く気付いていなかった。

 

 隣で微笑んでいるイリナが顔を近づけ、俺の唇を奪おうとしていることに。

 

「んっ―――――――」

 

 柔らかい唇の感覚とイリナが発する甘い香りが、瞬く間に頭の中に思い浮かべていたものすべてを消し去ってしまう。

 

 一体何をされているのかという事すら考えられないほどの甘い香りに包まれながら、俺は反射的にイリナを優しく抱きしめていた。

 

 ほんの少しだけ背の小さい彼女と抱き合い、舌を絡ませ合ってから静かに唇を離す。柔らかい真っ赤な唇が離れていく度に、少しずつ何をされていたのかを理解し始める。

 

「――――――ふふふっ。やっぱり、最高のデザートだね♪」

 

「あ、ああ」

 

 どうやら彼女は、キスがしたかったらしい。

 

「ねえ、タクヤ」

 

「ん?」

 

「僕ね、決めた事があるの」

 

「決めた事?」

 

 冷たい風の中で、イリナの頬が微かに赤くなっていく。元々肌が真っ白で美しいからなのか、彼女の顔が赤くなっていくのはよく分かった。

 

 白い指先で自分の唇に触れてから、恥ずかしそうに下を向くイリナ。ちらりとこっちを見上げてから息を吐いた彼女は、顔を上げてから言った。

 

「――――――――ぼ、僕を、タクヤの物にしてくださいっ!」

 

「―――――――えっ?」

 

 あれ? 吸血鬼って、独占欲が強いんだよね?

 

 前々から彼女の誘惑されていた事を思いつつ、俺は少しばかり混乱してしまう。首筋に犬歯を突き立てて血を吸い、動けなくなった俺の上にのしかかりながら誘惑していた彼女は、いつも「僕だけのものにしたいなぁ♪」と言っていた筈だ。

 

 なのに今のイリナは、真逆だった。自分を俺の物にしてくれと言ってきたのだから。

 

「あ、あのね、た、タクヤを僕の物にするのは難しいから、そ、その…………っ」

 

 いつも元気でどちらかと言うと大人びているイリナが恥ずかしそうにしているのは珍しい光景だ。もしカメラを持っていたら写真を撮っていたに違いない。

 

 もう少し恥ずかしがる彼女を見つめていたかったんだが、どうやらプライドの高い吸血鬼にとっていつまでも言いたいことが言えないのは耐えられなかったらしい。すぐに覚悟を決めた彼女は、もう一度顔を上げた。

 

「す、好きなのっ! た、タクヤの事が…………だ、だっ、大好き…………だから、僕をタクヤのものにしてほしくて…………」

 

 言いたかったことを言えたからなのか、彼女が少しずつ落ち着き始める。けれども深紅の瞳はじっと俺の目を見つめていて、まだ安堵したわけではないという事を主張している。

 

 安心しろよ、イリナ。

 

 もう答えは準備してた。

 

「イリナ」

 

「は…………はいっ」

 

 な、なんだか恥ずかしいな…………。やっぱり告白するのって緊張する。

 

 多分俺も顔が赤くなっているだろうなと思いつつ、微笑んだ。

 

「――――――――――俺のものになってください」

 

「―――――――――!」

 

 次の瞬間、顔を真っ赤にしながら涙目になった彼女が胸に飛び込んできた。

 

 だから俺は、彼女を優しく抱きしめた。

 

 

 

 


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