異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
「ふにゃあー…………」
「お腹いっぱいです」
顔を真っ赤にしながら横になるラウラの傍らで、ステラは満足そうに目を瞑りながらお腹をさすっている。今度は俺だけではなくラウラからも魔力を吸収したから満腹になったんだろう。
サキュバスは自分で魔力を生成する能力を持たないため、他者から吸収する必要がある。しかも特に魔力を使っていたわけでもないのに吸収を必要とするという事は、魔術を使って攻撃しなくても体内の魔力は減っていくという事なんだろう。穴の開いた燃料タンクを使っているようなものなのかもしれない。
他の種族よりも遥かに戦闘力が高い代わりに、燃費の悪い種族らしい。
「な、なあ、ステラ」
「何でしょう?」
「魔力を吸収する時って、キスしないと駄目なのか?」
せめて他の方法で吸収できれば助かるんだが、どうしてもキスじゃないと駄目なんだろうか?
幸せそうにお腹をさすっていたステラは目を開けると、頬を少しだけ赤くしたまま俺の近くへとやって来た。そして俺の目の前にちょこんと腰を下ろし、紅くて小さな唇から舌を伸ばす。
ステラの出した小さな舌には、小さな魔法陣のような刻印が刻まれていた。魔術を使う際に必要となる魔法陣にも記号や古代文字が刻まれることはあるが、彼女の舌にある魔法陣は魔術用のものとは違う記号が刻まれている。
「これは?」
「サキュバスが生まれつき身体のどこかに持っている吸収用の刻印です。これで相手の身体に触れてから発動しなければ、サキュバスは魔力を吸収できません」
なるほど。ステラの場合は舌にあるから、相手の身体に舌で触れなければ魔力を吸収できないというわけか。手を繋いで魔力を吸収するような方法に変えられればそうして欲しかったんだが、これは変えることは出来そうにないな。
「どこにあるかは決まってないのか?」
「刻印のある部位は母親から遺伝しますので」
「母親から? 父親からは遺伝しないのか?」
「サキュバスという種族は女性だけで構成されています。ですので、基本的に父親は別の種族なのです」
「つまり、ハーフが基本って事なのか?」
質問すると、ステラは首を横に振った。
「そういう事になりますが、サキュバスと他の種族の間に子供が生まれた場合、遺伝子の様々な法則に関係なくサキュバスの遺伝子が優先されます。ですので子供に遺伝する父親の種族の遺伝子はサキュバスの遺伝子に上書きされてしまうため、生まれてくる子供は父親の種族に関係なく純血のサキュバスという事になります」
「そうなんだ」
「はい。ですから、もし仮にステラとタクヤの子供が生まれた場合、生まれてくる子供はキメラではなくサキュバスとなります」
ステラがその例えを言った瞬間、呼吸を荒くしながら横になっていたラウラの尻尾がぴくりと動いた。拙いと思った俺は誤魔化す方法を必死に探し始めたが、誤魔化す方法が見つかる前にラウラがゆっくりと起き上がった。
虚ろな目でふらつきながらこっちへとやってくるラウラ。ナイフは手にしていない事に少しは安心したが、でも虚ろな目つきの姉は怖いものだ。後ろへ下がろうとしたが、壁に背を預けて座っていたせいで最初から袋の鼠だった。横へ逃げようと動き始めたが、距離を離す前にラウラの尻尾が伸びてきて、俺の首に絡みついてくる。
そのまま首を絞められると思っていたんだが、彼女の柔らかい尻尾は俺の首に絡みついているだけだった。やがてラウラも俺の隣に腰を下ろすと、ステラの目の前だというのにいつものように俺に甘え始める。
胸板に頬ずりをし、匂いを嗅ぎ始めるラウラ。虚ろな目つきのままぞっとする俺の顔を見上げると、彼女は言った。
「お姉ちゃんと同じ匂いがしない」
「そ、それはそうだよ。昼間は戦闘中だったんだし、さっきはステラが―――――」
「そうだよね。ステラちゃんの匂いがするもん」
先ほどステラはナタリアと一緒にこの宿屋のシャワーを浴びていたから、シャンプーの匂いがする。どうやら俺たちがいつも使っていたシャンプーとは違う物だったらしい。
ちらりとステラの方を見てみると、彼女は俺に甘えてくるラウラをじっと見つめながら首を傾げていた。
「姉弟なのに弟が好きなのですか?」
「うん。だってタクヤはお姉ちゃんのものだもん」
「………ラウラはずるいです」
「ステラ?」
立ち上がってから俺の隣へとやってくるステラ。彼女もラウラと同じように俺の匂いを嗅ぎ始めると、また顔を近づけてきた。
「ステラにも分けてください。はむっ」
「んっ!?」
「ふにゃあああああああ!?」
また魔力を吸収するのかよ!? お腹いっぱいになったんじゃないのか!?
もしかしてデザートのつもりなんだろうか? ぞっとしながらラウラのほうを見てみると、彼女は虚ろな目のまま、羨ましそうな表情でこっちを見ている。
何かを迷っていたようだけど、どうやら決めたのか、彼女はステラにキスされている最中の俺の頭を引っ張って強引にキスを中断させた。うっとりしていたステラが残念そうにこっちをじっと見つめている。
「た、タクヤ……」
「な、何だよ?」
「おっ、お姉ちゃんにもキスして!」
「えぇ!? ちょ、ちょっと待てよ、そろそろ攻撃開始しないか? もう夕方だし、警備兵の数も減って――――――」
「やだやだ! お姉ちゃんとキスしないと駄目なのっ!!」
久しぶりに駄々をこねるラウラ。ナイフを持って襲い掛かって来るよりは遥かに良いんだが、さすがにそろそろあの転生者たちに攻撃を仕掛けるべきだ。
夜間でも暗視スコープを装備すれば問題ないんだが、出来るならば夜になる前には決着を付けたい。だからステラに質問をした後は、狙撃の準備をするつもりだった。
あの質問をしなければよかったと駄々をこねる姉を見ながら後悔した俺は、首を傾げているステラに向かって肩をすくめると、涙目になりながら駄々をこねているラウラの首の後ろに素早く手を回して彼女を引き寄せ、唇を奪った。
両手で抱き着き、舌を伸ばしてくるラウラ。俺も舌を触れ合わせながら、彼女を優しく抱きしめる。
「ふにゅ………」
「――――――ぷはっ。……ラウラ、これでいい?」
「うんっ! えへへっ、タクヤは優しいなぁ………よしよし」
いつもは俺が彼女の頭を撫でているんだが、今回は姉である彼女に頭を撫でられた。お姉ちゃんに頭を撫でてもらうのも悪くないな。
そう思いながらラウラに柔らかい手で頭を撫でてもらっていると、部屋のドアが開いてナタリアが部屋の中へと入って来た。俺がラウラに頭を撫でられているのを見て少し顔を赤くした彼女は、数秒だけ俺を見下ろしてから咳払いする。
「………そろそろ攻撃しましょう」
「そうだな」
「ふにゅ………」
残念そうに俺の頭から手を離すラウラ。俺は彼女に「ありがと、ラウラ」と礼を言うと、アンチマテリアルライフルを置いておいたベランダの方へと向かう。
バイポッドとモノポットを展開した状態でベランダに置かれている得物のグリップを握り、スコープを覗き込む。まだ狙撃するわけではない。攻撃開始前の偵察だ。
警備兵の数は減っている。おそらく敵はすぐに俺たちが攻撃してくると思って反撃の準備をしていたんだろう。だが俺たちはすぐに支部から引き上げてしまったし、日が暮れ始めているというのに攻撃もしてこないから、警備兵たちの警戒心も崩れ始めているに違いない。
スコープの向こうであくびをしている警備兵を見てにやりと笑った俺は、スコープから目を離して立ち上がった。
「――――――よし、これよりオルトバルカ教団ナギアラント支部への攻撃を開始する」
メンバーは俺とラウラとナタリアとステラの4人だ。敵の数は合計で41人。戦力差は10倍もあるが、問題はないだろう。
最強の傭兵たちから訓練を受けた姉弟と、トロールと単独で戦って生き残った冒険者と、サキュバスの末裔がいるのだから。
「まず最初に俺とラウラがここから敵兵たちを狙撃。その隙にナタリアは単独で回り込んで、銃と弓矢を使って敵を攪乱してくれ。敵に包囲されていると錯覚させるんだ」
「任せて。弓矢なら得意よ」
彼女はコンパウンドボウを使って戦ってきた冒険者だからな。ほんの少ししか弓矢の扱い方を教わらなかった俺たちよりも、攪乱は彼女に任せた方が良いだろう。コンパウンドボウは銃よりも射程距離は短いが、銃声はしない。敵を攪乱するならばうってつけだ。
「敵の体勢が崩れたら、今度は俺とステラが突撃する。弾薬は置いて行くから、ラウラはそのまま狙撃で援護を頼む」
「うん、分かった」
「分かりました」
ステラはもう十分魔力を吸収して満腹だから魔力を使い果たすようなことはないだろう。それに、吸血鬼を絶滅寸前まで追い込んだサキュバスの力を見る事ができるかもしれない。
それに、敵は金属製の防具を身に着けているからな。電撃は有効だろう。だから俺はある程度狙撃したら、援護はラウラに任せて突撃する事にしている。
さすがに転生者を相手にするのはナタリアでは無理だろう。だから転生者は俺が仕留める。
「よし、作戦開始だ」
そう言うと、ナタリアは深呼吸をしてからにやりと笑い、近くにあった木材を拾い上げた。武器を背中や腰に下げたまま木材を手にした彼女は、ベランダから通りの向かいの建物のベランダまで伸びているロープの方へと向かう。
ナタリアの攪乱をサポートするために、予め用意しておいたんだ。幼少の頃に親父と屋根の上で鬼ごっこをやった時に、よく屋根から伸びているロープを使って逃げていたのと同じだ。こうすれば屋根をよじ登ったり、屋根の上を走り回った経験のないナタリアでも素早く移動できる。
木材をロープに引っ掛け、通りの向かいにある低い建物の屋上へと滑り下りて行くナタリア。彼女は木材から手を離すことなく無事に向かいの建物の屋上へと着地すると、こっちを見上げながら親指を立てた。
俺も親指を立ててにやりと笑うと、屋根の上を移動し始めた彼女を見送ってからスコープを覗き込む。
一番最初は俺とラウラの仕事だ。
スコープを覗き込み、もう一度レンジファインダーで距離を確認。距離は1.8kmから変わっていないため、照準の調整は必要ないだろう。
OSV-96はラウラのゲパードM1と違い、セミオートマチック式のアンチマテリアルライフルだ。彼女の銃と違って連続で射撃できる極めて強力なライフルだが、命中精度では連射速度を犠牲にして命中精度を重視したゲパードM1には劣ってしまう。それに俺の狙撃の技術も、親父が言うには高い方らしいが、ラウラと比べればかなり劣るだろう。
足を引っ張らないように気を付けなければならない。何度か訓練でセミオートマチック式のスナイパーライフルで狙撃の訓練を受けているが、こんな長距離の狙撃はさすがに初めてだ。
落ち着け。命中させられれば記録更新だ。
夕日の向こうには、巨大な盾を持った警備兵たちが6人ほど整列している。武装は巨大なランスだ。全身に防具を装着しているため、動きは鈍いだろう。それに突っ立っているだけだから、1.8kmという長距離を除けば難易度は低い。
「俺は右の奴から狙う」
「じゃあお姉ちゃんは左ね」
別々に狙いを定め、スコープのカーソルを標的へと合わせる。ラウラのライフルはスコープとレンジファインダーを搭載していない代わりに、照準を合わせやすいようにリング状の大型アイアンサイトを装備しているんだが、よく1.8km先の敵をスコープを使わずに狙えるな。
何度かラウラの隣でスコープを使わずに狙ってみようと思ったんだが、全然狙いが付けられない。遠くにいる小さな魔物をアイアンサイトを使って撃ち抜くのは親父でも不可能だ。
「ステラ、耳塞いどけよ」
「分かりました」
アンチマテリアルライフルの銃声は凄まじいからな。ステラにそう言った俺は、獲物に照準を合わせながら息を吐く。
当てられるか? こんな長距離で狙撃するのは初めてなんだぞ?
落ち着け。当てるんだ。必ず命中させなければならない。
クソ野郎を狩るために―――――――。
だから、狩る。
「――――――発射(ファイア)」
標的を睨みつけながら、俺はトリガーを引いた。
夕日の光を、T字型のマズルブレーキから噴き上がったマズルフラッシュが一瞬だけ飲み込む。その光が消え去る直前にマズルブレーキから飛び出したのは、アサルトライフルやスナイパーライフルの威力をはるかに上回る大口径の12.7mm弾。人体を簡単に木端微塵にしてしまうほどの威力を誇る弾丸が、俺のOSV-96と、ラウラのゲパードM1から同時に放たれる。
予想以上の銃声と、姉とトリガーを引いた瞬間が全く同じだったことに驚きながらスコープを覗き込み続ける。いくら凄まじい速度で飛んでいく弾丸とはいえ、長距離からの狙撃の場合はすぐに着弾するわけではない。スコープの向こうへと飛んでいく弾丸を見送っていると、その弾丸は隣を飛ぶラウラの弾丸と共に、ついに鎧に身を包んでいた警備兵の腹へと喰らい付いた。
獰猛な破壊力を誇る12.7mm弾を金属の防具で防ぎ切れるわけがない。防具に弾かれることなく突き刺さった弾丸は、温存していた猛烈な運動エネルギーを解き放って一瞬で防具を粉砕すると、そのまま防具を身に着けていた人間の胴体を抉り取る。肉片と共に飛び散った金属性の防具の破片は、夕日に照らし出されているせいなのか、他の肉片と全く見分けがつかなかった。
ラウラの放った弾丸も同じだった。警備への胸に命中した彼女の弾丸はその兵士の胸から上を容易く消し飛ばすと、血を纏ったまま鉄柵へと命中し、その鉄柵を叩き折って地面へとめり込む。
いきなり2人も上半身を木端微塵にされ、油断していた警備兵たちが騒ぎ始める。俺はポケットの中に入っている2つのマガジンの中から12.7mm弾を全て取り出してラウラの傍らに置くと、ボルトハンドルを兼ねるグリップを捻って再装填(リロード)を始めた彼女の隣で次の獲物へと照準を合わせた。
次の標的は盾を構えて戦闘態勢に入った隣の警備兵。1人だけ増援を呼びに行ったようだが、増援は呼んでもらった方が良い。その方がナタリアの攪乱の効果は上がるし、上手くいけば同士討ちを始めるかもしれない。
狙撃した距離の記録を更新して落ち着いた俺は、再びトリガーを引く。弾丸は兵士の持っていた巨大な盾にめり込むと、あっさりと貫通して風穴を開け、盾を持っていた兵士の左腕を食い千切った。
片腕を失って喚き始める兵士。止めを刺そうと思って照準を合わせ直していると、いきなり右側から飛来した漆黒の矢がその兵士のこめかみに突き刺さった。
正面から攻撃されていると思い込んでいた兵士たちは、いきなり横から攻撃されてかなり混乱しているようだ。続けざまにもう1本の矢がその後ろの兵士の額に突き刺さり、更に兵士たちが慌てふためく。
ナタリアの攻撃が始まったようだ。敵はかなり混乱しているようだな。
門の奥から兵士たちが次々にやってくる。大剣やハンマーを装備した重装備の奴らだが、大口径のライフルを持っている狙撃手に動きの鈍い重装備で挑むのは愚の骨頂だ。非常に狙いやすい。
雄叫びを上げながら外に出て来た男が、ラウラの正確な狙撃であっさりと木端微塵になる。俺も増援の兵士たちを狙撃したが、いきなり標的が動いたせいで狙いが外れ、弾丸は鉄柵を何本かへし折って庭へと着弾してしまう。
「チッ」
舌打ちしてから改めてもう一度照準を合わせる。狙いはナタリアの狙撃を警戒している兵士だ。
カーソルを合わせ、もう一度トリガーを引いた。
身に着けている防具の防御力をはるかに超えた破壊力の弾丸を叩き付けられ、肉片と金属の破片が飛び散る。
親父は若い頃にこのOSV-96を愛用していたらしいんだが、なんとあの親父はこいつのギリギリの射程距離である2km先にいた転生者を撃ち抜いて仕留めてしまった経験があるらしい。親父を超えるには、1.8kmの狙撃で外しているわけにはいかない。
マガジンの中の弾丸はあと1発。こいつをぶっ放したら移動しよう。
もう1人の標的に照準を合わせてトリガーを引き、持っていた大剣もろとも木端微塵にした俺は、空になったマガジンを取り外して銃床のホルダーから予備のマガジンを引き抜き、装着してからコッキングレバーを引くと、重いアンチマテリアルライフルを折り畳んで背中に背負ってから立ち上がった。
「行くぞ、ステラ。出番だ」
「はい、タクヤ」
耳を塞いでいたステラは頷くと、小さな手を伸ばして俺の手を掴む。
「ラウラ」
「ふにゅ?」
「………もし狙撃に飽きたら、遊びに来い」
「――――――うんっ!」
狙撃を継続する姉にそう言った俺は、ステラを連れてベランダのロープを硬化した腕で掴むと、2人でロープを滑り降り始めた。
クソ野郎は――――――俺が狩る。