異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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力也の覚悟と戦う意味

 

 

 シルクハットをかぶったまま、俺は廊下から下へと伸びる階段を下り始めた。壁のランタンがちゃんとついているため、ネイリンゲンの屋敷の階段のように薄暗いわけではない。これならば子供たちも転んで怪我をすることもないだろう。

 

 階段を下りて行くにつれて、段々と折れの足音よりも銃声の方が大きくなってくる。おそらく、この下で訓練をやっているのは子供たちだろう。2人とも早く銃の扱い方をマスターして狩りに行きたいらしく、毎日エリスやエミリアと一緒に訓練をやっている。

 

 地下室のドアを開けると、火薬の臭いと共に銃声が階段の方へといきなり流れ込んできた。嗅ぎ慣れた臭いと聞き慣れた音に包まれながら、俺は地下室の中へと足を踏み入れる。

 

 訓練用の的に向かって銃を向けているのは、やはり俺の子供たちだった。

 

 右側の的に向かってアメリカ製リボルバーのスタームルガー・スーパーブラックホークを向けて射撃をしているのは、俺とエミリアの息子のタクヤだ。3歳の時から姉(ラウラ)と比べるとかなり大人びていた弟(タクヤ)は、射撃中も落ち着きながら的に照準を合わせ、シングルアクション式のリボルバーで正確に的を撃ち抜いている。

 

 左側の的に向かってボルトアクション式のライフルを向けているのは、俺とエリスの娘のラウラ。6歳になって少しだけ大人びた彼女は、エリスと同じ髪型にしながら、スコープを取り外した状態のSV-98のアイアンサイトを覗き込み、40m先にある的に向かって射撃を繰り返している。なんでスコープを取り外してるんだ? 照準が付け辛くなるんじゃないのか?

 

 ちなみにラウラはエリスの遺伝のせいなのか、右利きではなく左利きである。そのため彼女のためにボルトアクションライフルを用意する場合は、構造を反転させて彼女専用に改造する必要があるのだ。だから彼女の使うSV-98のボルトハンドルは、右側ではなく左側にある。

 

「お、帰ってきたか」

 

「あれ? ガルちゃん?」

 

 訓練する2人の様子を見守っていたのは、少し大きめのベレー帽を頭にかぶった赤毛の幼女だった。俺の遺伝子を参考にした姿であるため、顔立ちは俺やラウラに似ている。もし2人が並んで立ったらきっと姉妹のように見えるだろう。

 

 幼女の姿のガルちゃんは、紳士のような恰好で帰ってきた俺を見ると、にやりと笑ってから俺の隣へとやってきた。

 

「2人の様子はどうだ?」

 

「上達しておるぞ。タクヤは早撃ちの練習をしておったし、ラウラは狙撃が得意なようじゃな」

 

「狙撃? だが、スコープを付けてないじゃないか」

 

 40m程度の距離だからアイアンサイトでも命中させられるだろうが、遠距離を狙撃する時はさすがにスコープを付けた方が良いだろう。

 

「私もスコープを付けた方が良いのではないかとアドバイスしたんじゃが、スコープをつけると逆に見辛いらしくてのう」

 

「視力がいいのか?」

 

「分からん」

 

 ガルちゃんとそんな話をしていると、リボルバーで射撃をしていたタクヤがいきなりリボルバーをホルスターの中へと戻した。もう訓練を終えるのかと思ってエミリアにそっくりな彼の後姿を見守っていると、彼はいきなりホルスターの中のリボルバーのグリップを素早くつかむと、腰の脇でリボルバーを構え、そのままトリガーを引いた。

 

 早撃ちだ。俺は教えた覚えはないんだが、おそらく前に披露した時の早撃ちを真似しているんだろう。俺よりも銃を抜く速度がかなり遅かったが、訓練すればさらに素早い早撃ちを繰り出せるようになる筈だ。

 

「あっ、お父さん。お帰りなさい」

 

「おう、ただいま」

 

 タクヤは早撃ちを見られていると思っていなかったらしく、恥ずかしそうな顔をしながらリボルバーをホルスターへと戻した。

 

 隣でライフルの射撃を続けていたラウラも俺が帰ってきたことに気付いたらしい。びっくりしながら俺の方を振り向くと、ライフルを壁に立て掛けてから俺の方へと駆け寄ってきた。

 

「パパ、お帰りなさいっ!」

 

「ただいま、ラウラ。――――――――それにしても、2人とも上達したなぁ」

 

 タクヤのほうにある的には、いくつも風穴が開いている。前まではあまり風穴が開いていなかったんだが、最近は風穴が真ん中辺りにいくつも開くようになってきている。

 

 ラウラのほうにある的には――――――――風穴が1つしか開いていない。真ん中に風穴がいているだけで、それ以外に撃ち抜かれたと思われる風穴が開いていなかった。

 

 命中したのは1発だけか? スコープを付ければ当たるようになるんだけどなぁ…………。そう思った俺は的の後ろの方にある壁をちらりと確認してみたんだが、硬い壁には弾丸がめり込んだ跡が1ヵ所しか見当たらない。

 

 ま、まさか…………外したんじゃなくて、全部真ん中に命中させたから風穴が1つしかないってこと…………?

 

 す、すげぇ…………。ラウラはきっと、大きくなったら天才狙撃手になるぞ。

 

「ラウラ、ちょっと1発撃ってみなさい」

 

「はーいっ!」

 

 小さな肩に銃床を押し当て、アイアンサイトを覗き込むラウラ。スコープを取り外されたせいで、違和感を感じてしまうようなフォルムになったロシア製ボルトアクションライフルを構える彼女の目つきが、ぞっとしてしまうほど鋭くなっていく。いつもにこにこ笑いながら遊んでいる愛娘とは思えないほど鋭い目つきになったラウラは息を吐いてから指をトリガーに当て―――――――そのまま、トリガーを引いた。

 

 7.62mm弾が銃口から飛び出し、的へと向かって真っすぐに飛んで行く。その弾丸は微かに炎を纏いながら回転しつつ直進すると、壁の近くに用意されている的に新たな風穴は穿たずに―――――――最初から開いていた風穴へと飛び込む。

 

 弾丸が壁に激突する音が射撃訓練場に響き渡ると同時に、左手をグリップから離したラウラはボルトハンドルを引く。排出されたライフル弾の薬莢が床へと落下し、荒々しい破壊力を誇る弾丸を包んでいたとは思えないほど美しい音色を奏でる。

 

 結果は、やはり風穴を通過。つまりラウラはまた同じ場所に弾丸を叩き込んだという事になる。

 

 アサルトライフルどころかハンドガンでも当てられるような距離とはいえ、まだ6歳の女の子にこんな芸当はできない。しかも狙撃の必需品と言っても過言ではないスコープすら装着していないのだから、難易度はさらに高くなるわけだ。

 

 期待できるな、ラウラには。

 

 彼女は間違いなく、かなり強力な狙撃手(スナイパー)として成長することだろう。しっかりと訓練を受けさせれば、転生者が相手でもすぐに撃破できるようになるに違いない。

 

 それにエミリアから聞いた話だが、タクヤはどうやら接近戦が得意らしい。

 

 この2人が連携を取れるようになれば―――――――死角はなくなる。

 

 タクヤが前線で敵を蹂躙し、その後方からラウラが驚異的な命中精度の狙撃で支援する。どちらか片方に攻撃が集中すれば、もう片方が即座に片割れを狙う敵を殲滅できるというわけだ。さすがに限度はあるものの、この2人だけでもかなりの戦力になるのは想像に難くない。

 

「パパ、撃ったよ?」

 

「Хорошо(最高だ)」

 

 娘の才能に驚きながら彼女の頭を撫でると、ラウラは嬉しそうに微笑んだ。

 

「えへへっ♪」

 

 この2人が成長してくれるならば安心だな。

 

 きっと俺たちが経験してきたような死闘を繰り広げることになったとしても、きっと打ち払ってしまうに違いない。それに戦うのはこの2人だけではない。俺たちも全力でサポートするし、きっとこの2人も仲間を作ることだろう。

 

「よし、もう少ししたら狩りに行こうか!」

 

「いいの!?」

 

「ねえねえ、お父さん! 今日は僕も撃っていいでしょ!?」

 

「ああ、いいぞ。いい練習になるからな」

 

 それに獲物を仕留めれば、エミリアやエリスも喜ぶに違いない。

 

 ポケットから端末を取り出した俺は、早速狩りに持っていくモシン・ナガンの点検を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な柱のような物体が、巨大なクレーンに釣り上げられていく。まるで釣り竿で釣り上げられてしまった巨大な魚のようにも見えてしまう光景だが、その柱は往生際の悪い魚と違って大人しく、微かに揺れていることを除けばじたばたと暴れることはない。

 

 魚の鱗よりも厳重に巨体を包み込んでいる外殻の内側に納まっているのは、内臓や骨格などではない。無数の高性能な機械や、燃料を伝達するための小さな配管だ。だからあれを生物に例えるのは間違っているかもしれない。

 

 その柱の先端部はまるで巨大な弾丸のような形状になっていて、逆に後端の方には巨大な黒いラッパを思わせるノズルが装着されている。

 

 柱のようにも見える巨大なミサイルがクレーンで釣り上げられていく光景を、俺は潮の香りに包まれた巨大なドッグの中で見守っていた。その巨大なミサイルを釣り上げているクレーンが移動を始めたかと思うと、指揮官の号令でゆっくりと動き出し、ドッグに停泊している巨大な漆黒の巨躯の真上へと運んでいく。

 

 釣り上げられたミサイルの真下に鎮座するのは、その釣り上げられているミサイルを更に巨大化させ、後端部のノズルをスクリューに取り換えて、背中を膨らませたような形状をしている巨大な潜水艦だ。その膨らんでいる背中にはハッチがいくつも設置されていて、その中の1つが解放され、釣り上げられているミサイルを飲み込もうとしている。

 

 やがてクレーンに釣り上げられていたミサイルがゆっくりと下ろされ、真下で開いていたハッチの中へと飲み込まれていった。

 

「同志、搭載完了しました」

 

「よろしい。では、各所の点検を頼む」

 

「了解(ダー)」

 

 報告してくれた士官に敬礼をしてから、頭にかぶっていた真っ黒なウシャンカをそっと取る。

 

 俺たちの目の前に鎮座して、今しがたクレーンから降ろされた巨大なミサイルを飲み込んでしまった巨体の正体は―――――――ソ連で建造された『デルタ級』と呼ばれる、巨大な”原子力潜水艦”である。通常の潜水艦とは異なり、原子力を動力源とする巨大な潜水艦だ。今ではソ連はとっくの昔に崩壊してしまっているものの、今でも複数のデルタ級が現役である。

 

 目の前でミサイルを飲み込んだデルタ級は、改良を受けた『Ⅳ型』と呼ばれるタイプだ。

 

 転生者の端末ではポイントと引き換えに様々な兵器が生産できるのだが、さすがに転生者に核兵器や原子力を動力源とする兵器を与えると面倒なことになるからなのか、この端末では少なくとも”核兵器”は生産できないことになっている。ミサイル本体や原子力潜水艦などの”本体”は生産できるのだが、原子力や核弾頭に関係する部位はまるで削除されたかのように何もない状態で生産されるため、そういった兵器を運用する場合は核燃料や核弾頭を自力で準備し、原子炉まで作り上げて搭載する必要がある。

 

 普通の転生者ではそんなことは無理だろう。だからこそこの端末を生み出した何者かは、それだけで安心していたに違いない。

 

 しかし、あの勇者のように核兵器を製造する技術を持つ者たちはいるのだ。

 

 今では俺たちの仲間になってくれた張李風も、その1人である。彼の率いるギルドには核燃料を製造できる技術者が所属しており、そのための設備もしっかりと稼働しているため、その気になれば資源が枯渇しない限り核兵器を量産することは可能なのだ。

 

 だからこのデルタ級にも、しっかりと核燃料や原子炉が搭載されている。

 

 そして今しがた搭載されたミサイルは―――――――勇者たちが秘かに準備していた、核ミサイルだ。

 

 ファルリュー島の戦いが終わってから接収した核ミサイルの核弾頭を取り外し、改良してから潜水艦用のミサイルに搭載したのである。

 

 あの戦いで接収した核ミサイルは全てで3発。俺たちはそれを利用して、3発の潜水艦用のミサイルを作り上げた。それを3隻のデルタ級潜水艦に1発ずつ搭載し、かつての激戦地に建造したファルリュー島のドッグ内で整備を行っている。

 

「ついにモリガンも、核兵器に手を出しましたか」

 

 隣でデルタ級を見守っていた李風が、核ミサイルを飲み込んだ怪物を見上げながら呟いた。

 

「…………必要なものだよ、これは」

 

「ええ、分かっています。少なくとも今は必要なものでしょうな、同志」

 

 本当は、俺も核兵器を運用する事には反対したい。

 

 しかし―――――――李風や勇者のように核兵器を保有する転生者がこの世界に現れてしまった以上、こちらも核兵器で武装することで抑止力を得なければならなくなってしまった。

 

 まるで冷戦の時のアメリカとソ連みたいだ。

 

「安全が確認でき次第、核兵器は全て破棄する。李風、分かってるな?」

 

「ええ。私もそれには賛成です。…………ご安心ください、同志。あの艦に乗るのは一流の乗組員ばかりですので」

 

 これからこの3隻のデルタ級を援用へと出撃させる。もし核兵器を保有する転生者が確認された場合、即座にこちらも核を保有していることを伝えて警告し、その隙に実働部隊を派遣。ミサイルを発射される前に標的を潰すという作戦で対象の転生者を撃破する作戦だ。

 

 もし部隊の派遣が間に合わなかったり、敵がこちらの警告を無視して核ミサイルを発射した場合は―――――――やむを得ず、こちらもミサイルを発射する羽目になるだろう。

 

 ただし、当たり前だが核ミサイルの発射は本当に最後の手段だ。これを使わなければならないと決断するような状況に陥る前に、それ以外の手段を必死に探し続けるしかない。

 

 これから子供たちが生きていく世界を、放射能まみれの世界にはしたくないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさまっ!」

 

 夕飯のハンバーグを食べ終えた子供たちが、元気にそう言いながらテーブルの椅子から立ち上がる。テーブルの上に置いてあるデミグラスソースまみれの皿を持ち上げて先にキッチンの方へと向かったのはタクヤだ。私に顔立ちがそっくりな、まるで少女のような彼の後ろを、自分の使った食器を持つラウラが笑いながら追いかけていく。

 

 この2人を見ていると、幼少期の私と姉さんを思い出す。あの忌々しい魔剣のせいで一時的に姉さんは冷たくなってしまったが、今でも姉さんは私の姉だし、同じ夫を愛した大切な家族だ。

 

 小さい頃の私は両親からも虐められていたから、私の遊び相手は姉さんだけだったからな…………。でも、この子たちは当然ながら虐めなど受けていないし、近所の子供たちとも仲良く遊んでいる。

 

「なんだか、小さい頃の私たちみたいね」

 

「はははっ、そうだな。姉さんは小さい頃からしっかり者だったから、タクヤは姉さんに似たのかな?」

 

「何を言ってるの。今ではエミリアちゃんの方がしっかり者でしょ?」

 

「そ、そうか?」

 

「そうよ。それに、タクヤはエミリアちゃんにそっくりじゃない」

 

 近所の人にもよくタクヤが私にそっくりだと言われる。嬉しい事なのだが、初対面の人には必ずタクヤは女の子だと間違われているのだ。

 

 顔立ちは私にそっくりだし、男の子なのに髪型も私と同じポニーテールにしている。幼さ以外での違いは体格と、瞳の色が違うことくらいだろうか。

 

 前に髪を切って短髪にしていた時もあったんだが、髪を切って私服を身に着けていてもタクヤは男の子というよりは、頑張って男装した女の子にしか見えなかった。

 

 だから、もう初対面の人に「仲の良い姉妹ですね」と言われてから「いえ、姉弟です」と訂正するのには慣れてしまっている。

 

 皿の上に残っているレタスをフォークで口に運んでいると、廊下の方から子供たちが走り回る小さな足音が聞こえてきた。追いかけっこでもしているのだろうか。楽しそうに笑いながら遊ぶ2人の顔を想像していると、今度は大人の大きな足音と、力也の「こら、タクヤ! 俺のシルクハットを返せ!!」という声が聞こえてきた。

 

 ああ、またタクヤのいたずらが始まったのか。

 

 どうやら廊下で繰り広げられているのは、姉弟と父親の追いかけっこらしい。

 

「あらあら、3人とも元気ねぇ。ラウラとタクヤの元気なところはダーリンに似たのかしら?」

 

「はぁ…………」

 

 力也は最近、休日になると子供たちにも訓練をしている。先月に子供たちが誘拐されてから、ラウラが力也に訓練してくれとお願いしたから訓練をしているらしい。

 

 彼が仕事で帰りが遅い時も、子供たちは訓練の時と同じルールで鬼ごっこをやったり、私や姉さんから剣術を教わったりしている。

 

 まだ本格的な訓練を始めてから2ヵ月だというのに、子供たちの身体能力とスタミナは上がり始めているようだ。前までは家の中で追いかけっこが始まれば廊下や階段を走り回るだけだったのだが、訓練が始まってからの子供たちの追いかけっこは更に範囲が広がり、リビングの窓から外に出て屋根の上まで壁をよじ登ったり、いきなり寝室の窓を開けて家の外から家の中に入って来たりするのだ。

 

 しかも子供たちを追いかけて力也まで窓から入ってくることがある。

 

 窓が開く音を聞いて、今日も窓から子供たちが入ってくるのを想像した私は、苦笑いをしながら姉さんの方を見た。

 

「ふふっ、元気いっぱいな子供たちね♪」

 

「ああ。だが、いきなり窓から入ってくるとびっくりするぞ?」

 

「いいじゃないの」

 

「たまに力也も入ってくるのだぞ?」

 

「ふふっ、元気いっぱいなダーリンね♪」

 

 姉さん、夫だぞ? いきなりがっちりした大男が、子供たちの後を追いかけて窓から強引に飛び込んでくるのだぞ? 

 

 やっぱり、子供たちが元気なところはあいつに似たんだろうか。前に力也も「小さい頃は悪ガキだった」と言っていたし。でも、どちらかというと悪ガキに近いのはタクヤの方だな。ラウラは性格が姉さんにそっくりだ。

 

 願わくば、姉さんのように美少女を襲ったりしないようなレディに育ってほしいものだ…………。

 

「ふにゃあー…………パパに捕まっちゃった」

 

「はっはっはっ、この魔王から逃げられると思ったか」

 

「くそっ」

 

 今日はすぐに追いかけっこが終わったな。

 

 タクヤに奪われたシルクハットをかぶりながらテーブルに腰を下ろした力也は、苦笑いをしながらティーカップへと手を伸ばしている。いつもタクヤのいたずらの被害者は彼なのだ。

 

「ふふっ。あ、そろそろお風呂に入ってきなさい」

 

「はーいっ! タクヤ、一緒に入ろうよ!」

 

「えっ? ね、ねえ、ラウラ。そろそろ別々に入ろうよ…………。もう僕たち6歳だよ?」

 

「やだやだ! タクヤと一緒がいいのっ! 1人で入るのはやだっ!!」

 

「わ、分かったって…………」

 

 本当に仲の良い姉弟だなぁ…………。でも、そろそろ別々に入ってもいいんじゃないだろうか?

 

 ご飯を食べる時はいつも隣の席だし、お風呂に入る時もいつも一緒だ。しかも、小さい頃から眠るベッドまで同じベッドになっている。当然ながら、出かける時も必ずラウラはタクヤと一緒だ。

 

「うふふっ。ラウラはタクヤが大好きなのね」

 

「うんっ! ラウラね、大きくなったらタクヤの”およめさん”になるのっ!」

 

「ブッ!?」

 

 にっこりと笑いながらラウラがそう言った瞬間、いきなり紅茶を飲んでいた力也が口から紅茶を吹き出した。私は紅茶を飲む寸前だったから噴き出してはいないが、もし口に含んでいたら彼と同じように紅茶を吹き出し、目の前に座ってまだハンバーグを齧っているガルちゃんに紅茶を吹きかけていたことだろう。

 

「ゲホッ、ゲホッ!」

 

「ちょっとダーリン、大丈夫?」

 

「うー…………力也のバカに紅茶をかけられたのじゃ…………」

 

 姉さんに背中をさすられながら呼吸を整える力也。私は吹き出さないようにティーカップをそっとテーブルの上に置くと、胸を張りながら尻尾でタクヤの頭を撫でるラウラを見守りながら苦笑いする。

 

 仲の良い姉弟だが、ラウラは少々タクヤに依存し過ぎではないだろうか…………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただでさえ重々しく殺風景な朝が、雨のせいで更に重々しくなっていた。設立したばかりの『モリガン・カンパニー』本社の社長室の窓から見える防壁は雨で濡れたせいなのか、黒ずんでいるように見える。薄暗い大通りでは今だに街灯が煌めき続けていて、その光が雨の中で必死に足掻いていた。

 

 紅茶を口に含んでから書類を片付け、新しい書類を机の上に置く。この書類は製薬分野から送られてきた書類らしい。エリクサーの改良のために新種の薬草を購入したいと書いてある。

 

 今の時点でもあのエリクサーは冒険者や騎士団の大きな助けになっている。一口飲むだけで一瞬で傷口を塞いでしまうほどの効果があるからな。どうやら今度はそれを応用した解毒剤や石化を解除するためのエリクサーも作成するらしい。

 

 石化かぁ…………。そんな攻撃をしてくる魔術師や魔物には出くわしたことが無いが、石化したら基本的に回復する手段はないらしい。もしその石化を解除できるようになれば、冒険者や騎士団の生存率もさらに上がることだろう。

 

 今のところ、予算にはまだ余裕がある。これは承認しておくべきだろう。

 

 承認のサインを書き込んだ俺は、再び雨が降り続ける窓の外を眺めながら、静かにスーツのポケットの中に右手を突っ込んだ。

 

「――――――――随分と久しぶりだな。10年ぶりか?」

 

 もちろん、独り言ではない。ノックをせずに入ってくるような背後の来訪者に向けて放った言葉だった。

 

「………ええ、そうね。10年ぶりだわ」

 

 聞こえてきたのは、いつもこの部屋を訪れる社員たちの低い声ではない。まだ17歳くらいの少女の声だった。清楚そうな声音だが、気の強そうな感じがする。

 

 その声を発したのは、目の前のガラスに映る金髪の少女だった。

 

 まるで学校の制服のような純白の上着とスカートに身を包み、室内だというのに日傘を持っている。上着の両肩から背中に向かって伸びているのは、あの時と変わらない純白のマントだ。

 

 どこかの貴族のお嬢様ではないかと思ってしまうような可愛らしい少女。だが、その目つきは貴族のお嬢様の目つきではない。

 

「―――――――人間というのは、やはり老いるのが速いのね」

 

「ふん」

 

 いつの間にか部屋の中に姿を現していたのは、かつて10年前にヴリシア帝国の帝都サン・クヴァントで戦った、アリアという吸血鬼の少女だった。あの時俺たちは帝都で人々を襲う吸血鬼を撃破する依頼を受けて帝都まで向かい、彼女と、彼女の主人であるあのレリエル・クロフォードと戦った。

 

 レリエルと最後に会ったのは、10年前のネイリンゲンだ。魔剣を持つジョシュアを倒しに行く際に、彼は俺たちに加勢してくれたのである。

 

「用件は?」

 

「これを渡しに来たわ」

 

 後ろを振り向きながらポケットに突っ込んでいた手を伸ばし、10年も経過したというのに全く姿が変わっていない吸血鬼の少女が手にしていた物を受け取った。

 

 彼女が手にしていたのは、1枚の手紙だった。

 

 目を細めながら手紙を受け取り、書いてある文字を凝視する。

 

「10年間の間、レリエル様は各地で眷族を集め続けた。今の規模は、もうこの世界をもう一度滅ぼせるほどよ」

 

「…………」

 

「でも、あなたがいる限りこの世界は滅ぼせない。だから、レリエル様はあなたに決闘を申し込むことにしたの」

 

 なるほどね。もう一度この世界を蹂躙する前に、俺と一騎討ちがしたいってわけか。

 

 手紙に書いてある内容は、レリエルからの決闘状だった。既に眷族の規模は再び世界を滅ぼせるほどの規模になったが、この眷族を率いて再び世界を蹂躙する前に、まず俺と決闘がしたいらしい。

 

 今のところ、レリエルを止められるのは俺だけだ。

 

 決闘は今から一週間後に、魔界と呼ばれる場所で行われるという。もちろん、1人で魔界まで来いと書いてある。

 

 俺は罠かもしれないと思ったが、レリエルはプライドの高い吸血鬼だ。俺を1人だけ魔界に呼び出し、眷族たちと共に襲い掛かって来るような真似は絶対にしないだろう。正々堂々と戦うつもりなんだ。

 

 決闘か…………。悪くない。

 

「それで、魔界はどこにある?」

 

「一週間後になったら、その招待状に場所が表示されるようになっているわ。――――――――レリエル様からの招待状なんだから、必ず来なさい。いいわね?」

 

「分かった。受けて立とう」

 

「楽しみね」

 

 にやりと笑いながらそう言うと、アリアは背中から蝙蝠のように真っ黒な翼を生やし、まるで幽霊のように部屋の天井をすり抜けてどこかへと消えてしまった。

 

 彼女から受け取った手紙を凝視しながら、俺は頭を掻いた。

 

 一週間後に、レリエルとの決闘がある。それまでに決闘の準備をしつつ、子供たちにも訓練をしてあげなければならない。

 

 なるほどな。――――――――――――ラスボスはお前なのか、レリエル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界を焼き払えるほどの軍事力を手にした俺たちは、子孫たちが生きる遥か未来ではどのような存在になっているのだろうか。世界を破壊しようとしている危険な魔王だろうか。それとも、武力で世界を救おうとしている勇者たちだろうか。

 

 もし仮に俺の要望を聞いてもらえるのだとしたら、はっきり言ってどちらで呼ばれても構わない。

 

 魔王と呼ばれて恐れられても構わない。

 

 勇者と呼ばれて崇められてもいい。

 

 けれども、俺たちが血まみれになって戦い抜いた”意味”だけは、決して無駄にしてほしくはない。

 

 今まで数多の激戦を経験し、何人もの仲間を失ってきたからこそ、俺たちは理解した。志半ばで戦死していった仲間たちが最も恐れているのは、遥か未来で自分たちが汚名を着せられることではない。死者たちが最も恐れるのは、『自分たちの生きた意味が無意味になる事』だ。

 

 だから後世の人々にどのような評価をされても笑い飛ばしてやる。でも、俺たちが犠牲を出しながら戦い抜いた意味が無駄になる事だけは、確かに恐ろしい。

 

 けれども―――――――きっとその意味は、子供たちや子孫たちが受け継いで理解してくれるはずだ。記録に残っている大昔の祖先が何のために戦いを続けたのかを。どうして血まみれになっても武器を置かず、戦っていたのかを。

 

 全ては、これから旅立つ子供たちのために。

 

 そしてその子供たちが育てることになる、孫や子孫たちのために。

 

 だから俺たちは戦い続ける。いつものようにAK-47の安全装置(セーフティ)を解除し、タンジェントサイトで狙いを定め、クソ野郎共の肉片を大地にぶちまけ続ける。

 

 俺たちが血まみれになりながら戦い抜いた意味が、無駄にならないことを祈りながら―――――――。

 

 

 

 

 第十四章 完

 

 第十五章へ続く

 

 

 

 


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