異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
いつも夕食を作るのは、母さんの仕事である。
基本的に料理をするのは俺の母さん。洗濯物を干したり、畳んでしまっておくのはエリスさんの仕事だ。休日になれば親父も家事をするので、そういう日は夫婦で仲良く家事をしたり、3人でイチャイチャしている姿をよく目にする。
けれどもいつも家事をしている3人は、今日はいない。
なぜならば、俺たちの親は戦争に行っているのだから。
そのため、今日の夕飯は母さんや親父ではなく、この家に居候しているエンシェントドラゴンのガルちゃんが夕飯を作ることになっている。
さっきは「私は最古の竜ガルゴニスじゃぞ? 料理くらい朝飯前じゃ!」って言いながら意気揚々と母さんがいつも使ってるエプロンを持ってキッチンに向かってたけど…………はっきり言うと、滅茶苦茶頼りない。
「ええと、肉はこれくらいがいいのかのう…………? む? ジャガイモはどこじゃ? ………ひぃっ!? ゆ、指を切りそうになったのじゃー!!」
母さんが事前に書き残してくれた料理のレシピを見ながら、踏み台に乗って料理を作るガルちゃん。8歳くらいの容姿の少女が、自分の身体には大きすぎるエプロンを付けてキッチンで奮闘する姿はとても微笑ましいんだけど、きっと彼女が作る料理が完成する頃にはエリスさんの料理に匹敵する凄まじい代物が食卓に鎮座しているに違いない。
テーブルの影からキッチンで奮闘するガルちゃんを見守りながら、俺は腹を括る。おそらく死因はガルちゃんの料理だろうなぁ…………。
ちなみに俺は料理が得意だ。前世ではクソ親父が全然家事をしないどころか、バイトで稼いだ金を勝手に使って酒を買ってきたり、ちょっと不機嫌になるだけですぐ暴力を振るうクズだったからな。だから家事は俺がやることになっていたんだ。おかげでちゃんと金を稼げるのであれば一人暮らしは苦ではない。
本当に最悪なクソ親父だったよ…………。もし一時的に前世の世界に戻れるなら、殺してやりたいくらい憎たらしい。母さんが病気に罹った時も、見舞いにすら行かなかったみたいだし。
できるならガルちゃんの代わりに、前世の世界で培った技術を披露したいところだけど、さすがに3歳児がまともな料理をたった1人で作ったら怪しまれるよな。自重した方がいいかな…………。
あっ、まだジャガイモの皮残ってるじゃん! ニンジンもまだ皮が残ってるし! …………しかも玉ねぎは丸ごとかよ!? せめて皮は向いてくれ! というか今晩の献立は何!?
む、無理だ…………。この時点でもう完成する料理がエリスさん並みの料理だという事が確定している…………ッ!
今すぐ飛び出して彼女の手伝いをするべきか、それとも自分の胃袋の耐久力を信じて食卓を生き抜く覚悟を決めるべきか悩んでいたその時だった。
「あーっ!」
「おねえちゃん?」
階段の方から、ラウラの大きな声が聞こえてきたのである。
慌ててリビングを飛び出して廊下へと出ると、階段の近くでラウラが床に落ちている赤黒い懐中時計を見下ろしながら目を見開いていた。特に装飾がついているわけでもない質素な感じの懐中時計である。確かあれは、親父が戦場に行く前にラウラに託した大切な懐中時計だったよな?
若い頃に母さんとデートした際に、彼女からプレゼントされた時計らしい。どうやら親父は恋人からプレゼントを貰えたことがこれ以上ないほど嬉しかったらしく、未だにその時計を肌身離さず持ち歩き、毎晩メンテナンスしているようだ。
親父から受け取った時計をずっと持っていたのはラウラだ。どうしたんだろうか?
「どうしたの?」
「うっ…………うぅ…………どうしよう…………?」
「え?」
小さな手で懐中時計を拾い上げ、裏側を俺に見せてくるラウラ。毎晩のメンテナンスのおかげで、そのままショウケースに入れて販売できそうなほどの艶を維持している親父の懐中時計の裏側には、微かにだけど―――――――傷がついてしまっていた。
微かにとはいえ、一目見れば傷だと分かってしまうくらいの傷である。親父が気付かないわけがない。
「か、かいだんからおとしちゃったの……………」
「あ…………」
これはヤバいな…………。
今では妻となった母さんから貰ったプレゼントを今でも大切にしている親父が、この傷を見たらどう思うかは想像に難くない。毎晩メンテナンスをして、肌身離さず持ち歩くほどだ。この懐中時計に尋常ではないほどの思い入れがあるのは一目瞭然である。
そんな懐中時計に傷をつけてしまったラウラは、涙目になりながら俺の顔を見つめていた。
「パパ、おこるよね…………?」
「い、いや、ちゃんとあやまれば………」
「むりだよぉ…………どうしよう、ぜったいおこられるぅ…………!」
「でも、うそをつくわけにもいかないよ…………」
「そ、そうだよね…………」
ラウラの涙を3歳児の小さな手で拭いながら、同い年のお姉ちゃんを慰める。
いくら大切な物とはいえ、間違って傷をつけてしまった愛娘を本気でしかるような男ではない筈だ。もし思い切りしかられるようなことがあれば、可能な限り彼女を庇おう。可能性は低いだろうけど。
傷のついた懐中時計を両手で持つラウラの頭を撫でると、彼女の小さな尻尾が左右に揺れた。
「パパたち、いつかえってくるのかなぁ…………?」
「さあ」
無事に帰ってきてくれよ…………。
今頃は戦場にいる筈の両親を心配しながら、俺は玄関のドアを見据えるのだった。
ファルリュー島の地下に作られていた敵基地の通路の向こう側からは、全く音が聞こえなかった。侵入者を迎撃しようと敵の兵士たちが慌てて走ってくる様子もない。今まで火薬の臭いや血の臭いから遮断されていた殺風景な通路は、この通路を照らし出すには役不足の弱々しい照明に照らされて、薄暗い状態で俺たちを待ち受けていた。
無数の守備隊の迎撃をことごとく突破してついに島の基地に建設された基地に突入することに成功した俺たちは、外でまだ敵の守備隊と死闘を繰り広げるギュンターたちの部隊を残し、ミサイルサイトへと通じる筈の通路を進んでいた。
この通路を先に進めば、核ミサイルがある。どこに狙いを定めているのかは分からないが、これ以上この世界で核兵器を使わせるわけにはいかない。それに、この先で待ち受けているのは核ミサイルだけではない。
かつて魔王を倒し、世界を救った男。そしてネイリンゲンで核を使い、俺たちから大切な人々を奪った元凶が、この基地の最深部にいる。復讐のためには彼も殺さなければならない。
ライトで照らさなければならないほどの暗さではないため、通路を進む海兵隊員たちはライトをつけていない。もちろん、俺と妻たちもライトは付けずに、銃口を正面へと向けながら進んでいる。
「警備兵がいない…………?」
俺の隣で、エリスが呟いた。
先ほど何とか敵の部隊を突破して突入してきた俺たちは、基地の中にも敵の兵士が残っていると思っていた。だが、通路の中には誰もいない。殺風景な薄暗い通路が目の前にあるだけだ。
おかしい。この先に死守すべき核ミサイルがあるというのに、誰もそれを守ろうとしていない…………?
「敵がいないのならば好都合です。…………ところで同志、そろそろ二手に分かれましょう」
「なに?」
俺の隣へとやってきた李風は、中国製アサルトライフルの95式自動歩槍を正面へと向けながらそう言った。
「我々がミサイルの制御室を制圧し、ミサイルの発射を阻止します。同志たちは勇者の始末をお願いします」
「なるほどな。…………分かった、任せろ」
李風たちのレベルでは、おそらく勇者には敵わないだろう。この中で一番レベルの高い転生者は、7年前から転生者を狩り続けてきた俺だ。それに俺の妻たちも何度も転生者との戦いを経験しているので、戦闘力は俺と同格と言える。
それに、全員で制御室へと向かった場合、勇者にミサイルの発射阻止を妨害される可能性がある。俺たちが勇者の始末を任されたのは、勇者をミサイルの制御室から引き離すためでもあるんだろう。
良い判断だ。きっと李風は信也並みの策士になるに違いない。信也にライバルができたってわけだ。
「油断するなよ。敵がいるかもしれん」
「分かっています。…………よし、制御室を探すぞ」
「はっ!」
武器を彼と同じ95式自動歩槍に切り替えた海兵隊の隊員たちを引き連れ、李風は通路の右側に鎮座している大型のエレベーターへと乗り込んだ。扉が閉まる前に俺の敬礼をした彼は、肩にかけていた中国製アサルトライフルを取り出して戦闘準備をする。
俺も彼に敬礼を返そうとしたが、手を少し動かしたところで扉が閉まってしまったため、李風に敬礼をする事ができなかった。
頼んだぞ、李風…………。
かつて俺が殺してしまった親友(リョウ)が育てた優秀な男だ。彼ならばきっと核ミサイルの発射を阻止してくれるに違いない。
スコープの向こうで、俺が放った弾丸に貫かれて鮮血を噴き上げる親友の姿がフラッシュバックする。
かつて俺と李風は敵同士だった。雪山で行われた転生者による核実験を阻止するために、雪山へと潜入した俺は、そこで前世の親友だった”リョウ”と対峙することになった。俺と同じくこの異世界へと転生した彼は、まだレベルの低い転生者たちを率いてこの異世界で生き残るための手段を模索していたらしく、彼の元には何人もの転生者たちが集まっていた。
その転生者たちを、勇者が利用した。
核実験に協力しなければ、圧倒的な兵力でリョウたちを潰すと脅したのである。
戦っても勝てない相手であることを理解したリョウは、自分のプライドを捨てて勇者の下につく決断を下し、彼らの傀儡(かいらい)として核実験の手伝いをする羽目になったのである。
そこでモリガンと対峙することになったリョウは、俺と共に勇者に立ち向かうのではなく―――――――仲間たちを勇者による粛清から守るため、モリガンの前に立ちはだかった。
そして―――――――俺の放った弾丸で、散った。
「…………俺たちも行くぞ」
「ああ」
「うんっ」
今から俺は魔王として、勇者を殺す。
リョウを殺してしまったのは俺だ。けれども、リョウに核実験を強いたのは勇者である。これはあの雪山で散る羽目になった親友(リョウ)の仇討ちでもある。
エレベーターが下がっていったのを確認した俺は、AK-47を構えて通路を進み始める。
勇者はどこにいる? この通路の先だろうか?
それにしても、なぜ警備兵が1人もいない?
「…………いや、来るぞ」
「なに…………?」
俺の隣でAK-47を構えていたエミリアは、既にライフルの照準を通路の奥へと合わせているようだった。彼女はもうすでに敵を見つけたらしい。俺はちらりとエリスの顔を見てから、落ち着いてアサルトライフルのタンジェントサイトを覗き込む。
遮蔽物は何も見当たらないシンプルな通路だ。さっきのエレベーター以外に部屋はないし、通路には何も置かれていない。
タンジェントサイトを覗き込んでみると、通路の奥の方で何かが動いたのが見えた。俺は咄嗟にその動いた何かに照準を合わせ、そいつに7.62mm弾を叩き込んだ!
「ガァッ!!」
「やっぱり…………!」
フロントサイトの向こうで吹き上がる血飛沫と呻き声。先に攻撃された敵兵たちが姿を現し、俺たちに向かって次々にアサルトライフルの弾丸を放ってくる。
どうやら端末で生産した能力で透明になり、通路の中に隠れていたらしい。警戒しながら基地内に侵入してきた俺たちを、その能力を使って奇襲するつもりだったんだろう。
エミリアが気付いてくれたおかげで、逆に先制攻撃をする事ができた。俺は妻に感謝しながら、身体中をサラマンダーの外殻で覆って硬化させ、妻たちの盾になりながら前進を続ける。
何度も戦闘で鍛えたおかげなのか、この外殻の防御力は段々と上がりつつある。さすがに戦車砲の砲弾を弾き飛ばすのは不可能だが、アンチマテリアルライフルやロケットランチャーならば弾き返す事が可能になった。もしかしたら、いつかは俺もガルちゃん並みの防御力を手に入れてしまうかもしれない。
敵が使っているライフルは、おそらくフランス製ブルパップ式アサルトライフルのFA-MAS。かつてカレンを護衛した時も使った事がある優秀なライフルだ。
フルオート射撃で放たれる5.56mm弾を外殻で弾き飛ばしながら、俺の後ろに隠れた妻たちと共に敵兵に弾丸を叩き込んでいく。強化された俺の外殻に彼らの弾丸は次々に弾かれ、火花を散らしながら天井や壁を削り取っていくだけだ。
「ぐ、グレネードを投げろッ!!」
AK-47で反撃していると、敵兵の1人が胸に下げていた手榴弾を取り出し、安全ピンを引き抜いてからこっちに放り投げてきた。手榴弾の爆発ならば外殻でも防げるし、吹き飛ばされることはないんだが、背後に隠れている妻たちはこの手榴弾の餌食になってしまうに違いない。
手榴弾が金属音を奏でながら床に落下した直後、俺は一旦タンジェントサイトから目を離し、俺の方に向かって転がってきた手榴弾をまるでサッカーボールのように思い切り蹴飛ばしていた。
安全ピンが引き抜かれていたその手榴弾は、爆発する寸前で俺に蹴り返されたため、一度天井に叩き付けられて敵兵たちの頭上へと到達してから、まるでエアバースト・グレネード弾のように空中で弾け飛んだ。爆風と破片を空中でまき散らしたため、その手榴弾の真下にいた転生者たちは、その獰猛な爆風と破片の餌食になるしかない。破片に肉体を貫かれ、爆風に吹き飛ばされる転生者たち。爆音と彼らの断末魔が、同時に殺風景な通路に響き渡る。
敵の射撃が止んだ瞬間に、俺の後ろに隠れていたエミリアとエリスが飛び出した。銃身の下に装着されているナイフ型銃剣を構えながら、まるで槍を持って突撃していく騎士のように敵兵の群れへと向かって突っ込んでいく。
何とか今の手榴弾の爆風から生き残った兵士たちがFA-MASのフルオート射撃をぶっ放してくるが、エミリアとエリスは左右へと回避すると、そのまま壁に向かってジャンプし、同時にその壁を蹴り、左右からその生き残った転生者の1人の襲いかかった。
ライフルに装着したナイフ形銃剣で左右から同時に切り刻まれた転生者が血飛沫を噴き上げ、灰色の通路の壁を真っ赤に染める。
早速一人の転生者を切り刻んだ俺の妻たちは、更に生き残った敵兵の群れへと斬りかかる。敵兵たちは銃身の短いブルパップ式のアサルトライフルを得物にしていたが、彼らの武器には銃剣が装着されていない。
つまり、銃剣を装着したアサルトライフルを装備しているエミリアとエリスの方が、接近戦では有利なのだ。
敵兵が慌てて至近距離で射撃をしようとするが、トリガーを引かれる前にエミリアの銃剣に胸を切り裂かれてしまう敵兵。そのままフルオート射撃で胸を食い破られ、仰向けに崩れ落ちる。
そしてエミリアの隣では、アサルトライフルを利き手の左手に持ったエリスが、敵兵の喉元にナイフ形銃剣を叩き付けているところだった。喉を切り裂かれた敵兵が、奇妙な呻き声を上げながら倒れていく。
どうやら俺の援護は必要なさそうだ。狭い通路だから誤射してしまう可能性もあるし、既に敵兵の数は減っている。もう全滅寸前だ。
最後の1人の敵兵がライフルを投げ捨てて逃げようとするが、何度も俺と一緒に転生者を狩り続けてきた妻たちは、俺と同じく容赦はしなかった。右手にAK-47を持ったエミリアと左手にAK-47を持ったエリスは、銃口を逃げる敵兵の背中へと向けると、同時にトリガーを引き、敵兵の背中を穴だらけにしてしまう。
敵兵の断末魔を呑み込んだ銃声の残響と床に落下した薬莢の音を聞いた俺は、全身を覆っていた外殻を解除し、体内の血液の比率を50%ずつに戻してから、返り血で真っ赤に染まったナイフ形銃剣を指先で拭い去ってから、妻たちに合流した。
妻たちに怪我はないか尋ねようとする直前に、いきなり俺の右隣に迷彩服に身を包んだフィオナが姿を現した。彼女も戦うつもりらしく、中に剣を仕込んでいる大きな杖と、AKS-74Uを背負っている。
「フィオナ…………? まさか、お前も戦うつもりなのか?」
『はい』
「負傷兵は?」
『みんな、アンドレイの医療室で待機していた治療魔術師(ヒーラー)の治療を受けています。―――――――今から、勇者と戦いに行くんですよね?』
その通りだ。今から俺たちは、勇者を殺しに行く。
間違いなく勇者は強敵だろう。強力な治療魔術師(ヒーラー)であるフィオナが一緒にいてくれるならば、致命傷を負ってもすぐに回復できるようになるから心強い。
『私も行きます。私も一緒に―――――勇者をやっつけます! サラちゃんの仇を取りたいんです!』
フィオナは、あの核の爆発で死んだハーフエルフのサラと仲が良かった。依頼が来ない日は、よくサラの家まで遊びに行ったり、一緒に買い物に行っていたんだ。
彼女も、大切な友人を勇者に奪われた。だから復讐がしたいんだろう。
「分かった、フィオナ。一緒に来てくれ」
『はいっ!』
「行くわよ、ダーリン」
「おう」
俺たちは、かつてこの世界を救った男を殺そうとしている。
殺さなければ、この世界が壊されてしまうのだから。
結婚する前は、この世界の事は全く考えていなかった。仲間たちといつものように過ごせるのならば、壊れてしまっても構わないと思った事も何度もある。
だが、子供ができてからはそう思えなくなった。
なぜならば、その子供たちが今度はこの世界で生きていくのだから。だから俺たちはこの世界を守り、子供たちのためにこの世界を整えてあげなければならない。
それが、親たちの任務。子供たちに託すべき物の1つ。
だから俺たちは勇者を殺す。世界を壊そうとしているあの大馬鹿者に風穴を開け、この世界を守る。
「くそったれ、LMGは弾切れだぁッ!!」
あんなに弾丸を用意してもらったんだが、ついにRPDの弾丸も撃ち尽くしちまった。俺は弾切れになったLMGを放り投げると、腰のホルスターの中からデザートイーグルを2丁引き抜き、分厚い防壁の陰に隠れながら敵兵に向かって反撃を続ける。
俺がぶっ放した50口径の強烈な弾丸は、距離を詰めようとしていた敵兵の顔面に命中。ゴーグルをあっさりと叩き割って眼球に喰らい付き、そのまま猛烈な運動エネルギーで敵兵の頭を半分食い千切ってしまう。
拙いぜ…………。こいつを撃ち尽くしちまったら、俺の武器はマチェットとナイフだけになっちまう!
「ギュンターの兄貴ッ!」
デザートイーグルの銃声を聞きながら焦っていた俺に声をかけてきたのは、俺と同じく防壁の陰に隠れながら反撃を続ける海兵隊の隊員だった。俺があのでっかいガトリング砲を装備することになった時に、何度も俺に声をかけてきてくれた若い転生者だ。確か、年齢は17歳って言ってたな。
そいつはAK-47のセミオート射撃で反撃すると、ポケットから端末を取り出して素早く親指で画面をタッチし、2つの武器を装備してから反対側で応戦を続ける俺に放り投げてくれた。
片方はドイツ製汎用機関銃のMG42。旦那の結婚式でみんなでぶっ放したことがある。連射速度が滅茶苦茶速い優秀な機関銃で、あっという間に結婚式場となったネイリンゲンの教会の床が薬莢だらけになってしまった。
もう片方は、なんとアンチマテリアルライフルのバレットM82A2。12.7mm弾を使用するアンチマテリアルライフルで、普通のライフルのように構えるのではなく、肩に担ぐタイプの変わったライフルだ。
「兄貴、大暴れしてくれッ!」
「ガッハッハッハッ! 任せろぉッ!!」
大暴れするのは得意なんでね。
俺はデザートイーグルをホルスターに戻すと、その海兵隊員が渡してくれた2つの重火器を手に取った。MG42を左手で持ち上げ、バレットM82A2を右肩に担いだ俺は、他の海兵隊員が手榴弾を放り投げた直後に壁の穴から飛び出した。
放り投げられた手榴弾から逃れようとする敵兵たち。俺はその中の1人に右肩に担いでいるM82A2の照準を合わせ、トリガーを引いた。
いつも使っているLMGよりも強烈な反動。旦那はいつもこんな得物を使ってるのかよ…………。さすが旦那だぜ…………!!
12.7mm弾が直撃した敵兵の肉体が砕け散る。俺は他の敵兵に気付かれる前にアンチマテリアルライフルを次の標的に向け、もう一発ぶっ放す!
ここで俺が敵を迎え撃たなければ、旦那たちがこいつらの餌食になっちまう! だから、このミサイルサイロへの入口は死守しなければならない!
「気を付けろ! あの大男はアンチマテリアルライフルを持ってるぞッ!!」
「あいつ、モリガンのギュンターだ! 重火器に気を付けろッ!!」
何だか、俺も有名になってるみたいだな。
そんなことを考えながら全力で横に走り、俺に銃口を向けてくる敵兵を左手のMG42のフルオート射撃で薙ぎ倒す。7.92mm弾で次々に穴だらけになっていく敵兵。千切れ飛んだ肉片で、地面が真っ赤に染まっていく。
マズルフラッシュを輝かせ、凄まじい量の薬莢を足元にばら撒きながら射撃していると、俺のすぐ隣を敵の戦車の砲弾が掠めた。その砲弾は俺を狙っていたらしいが、俺には命中せず、そのまま俺の後ろにある防壁に弾かれてから爆発を起こした。
そう言えば、戦車も残っているんだったな。
こんなに重火器を装備して防壁の穴から飛び出せば、確かに敵は俺を集中攻撃してくるだろう。だが、俺の後ろには優秀で根性のある海兵隊員たちが残ってるんだぜ?
すると、俺に長い砲身を向けていた敵のエイブラムスの砲塔に、白い煙を吐き出しながら飛来したロケット弾が飛び込んだ。残念ながら砲塔に搭載されていた爆発反応装甲のせいでエイブラムスを撃破することは出来なかったが、続けざまにもう1発のロケット弾が同じ個所に命中し、砲塔の装甲を貫通する。
「兄貴、やったぜッ!!」
「さすがだ! よくやった!! あとで飯を奢ってやる!!」
今のロケット弾をぶっ放したのは、どうやら俺にこの武器を貸してくれたあの海兵隊員らしい。さっきから俺の事を兄貴と呼んでくれている海兵隊の隊員は、ロケット弾をぶっ放した直後のRPG-7を肩に担ぎながら俺に向かって親指を立てている。
他の海兵隊員たちも、一斉にロケットランチャーによる攻撃を始めた。中には対戦車ミサイルのTOWを装備して、防壁の穴の中から戦車を狙ってくれている奴もいる。
戦車の相手をしてもらえるのはありがたい。
にやりと笑いながら奮戦する海兵隊員たちを見守っていると、今度は俺の肩の近くを弾丸が掠めた。
「危ねえッ!!」
慌てて前方を振り向き、俺に向かってその弾丸をぶっ放してきた馬鹿に一瞬で照準を合わせた俺は、そいつに12.7mm弾をプレゼントしてやった。結婚してからはカレンに射撃の猛特訓をしてもらったし、モリガンの訓練にも何度か経験しているから、射撃の技術は全く鈍っていない。
俺に弾丸を放ってきた奴の身体が粉々になった直後、小さな何かに腹の辺りを突き飛ばされたような感じがした。その衝撃はやがて激痛に変わり始めていく。
どうやら被弾しちまったらしい…………。
「痛てぇ…………!」
くそったれ。
唇を噛み締めて堪えた俺は、もう一度MG42のフルオート射撃で敵兵どもを薙ぎ払う。だが、敵兵は俺が汎用機関銃で射撃をする前に撃破された戦車の陰に隠れていたから、今の連射で仕留められた兵士はいないだろう。
撃破されているとはいえ、戦車の装甲は分厚いままだ。いくら7.92mm弾でも貫通できるわけがない。
「ぐぅッ!」
続けざまに、今度は左肩と胸の右側に弾丸が喰らい付く。身に着けていた迷彩服が、少しずつ真っ赤に染まり始める。
また被弾しちまった…………。
戦車の残骸の陰からアサルトライフルで俺を狙ってくる敵兵。もう一度MG42をぶっ放すが、同じように戦車の残骸の陰に隠れられてしまう。
「はぁっ…………はぁっ…………!!」
頑張れ。ここで倒れるな。
俺の娘は明日生まれるんだ。この戦いが終われば、俺はパパになるんだぞ…………!?
その時、いきなり左目が見えなくなった。もちろん、瞬きをした覚えはない。
先ほど腹に被弾した時のように、今度は小さな何かに頭を突き飛ばされたような感じがした。俺は慌てて両目を開けて近くの戦車の残骸の陰に隠れようとするが、左目は真っ暗なままだ。開く気配がない。
旦那と姉御が突入の際に撃破した戦車の陰に隠れた俺は、重火器から一旦手を離し、片手を左目に当てた。
俺の左目の周囲は湿っていた。汗かと思ったが、汗よりもドロドロしているし、強烈な鉄の臭いもする。戦場で何度も嗅いできた臭いだ。
――――――――――どうやら今度は、左目に被弾しちまったらしい。なんてこった…………。左目が見えねえ…………。
「くそったれ…………」
旦那、すまねえ。
無茶し過ぎちまった…………。
血で真っ赤になった左手を迷彩服のポケットに突っ込み、中に入っている髪留めを取り出す。出発する前に、ベッドで横になっていたカレンがお守り代わりに渡してくれた彼女の髪留めだ。
いつも気が強くてしっかりしている彼女が、涙目になって「必ず帰って来てね」と言いながら渡してくれたのを思い出した俺は、その髪留めを握りしめながら微笑んだ。
悪いな、カレン。左目がなくなっちまった。
でもな、俺は死なねえよ。
俺はお前の夫だぜ? それに、明日生まれてくる愛娘(カノン)には伝えたいことがいっぱいある。
だから、絶対帰る。
明日からパパになるんだからな。
「―――――――――待ってろよ、カレン」
髪留めをポケットの中に戻し、地面に置いておいた重火器を再び拾い上げる。得物まで被弾していないか確認した俺は、血まみれになった顔でにやりと笑ってから、再び戦車の陰から飛び出した。
まだ戦える。
身体は動くし、弾薬もまだまだあるのだから。
またしても敵兵の無数の銃弾が俺に襲い掛かって来る。俺は横に向かって突っ走りながらMG42のフルオート射撃で薙ぎ払いつつ、バレットM82から一旦手を離し、胸に下げている手榴弾を取り出した。安全ピンを引き抜いて戦車の陰に放り込み、先ほど地面に放り投げたバレットM82A2を拾い上げる。
手榴弾を放り投げられたことに気が付いた敵兵たちが、慌てふためきながら戦車の陰から飛び出してくる。俺はそいつらに両手の重火器を向けながらニヤニヤ笑うと、同時にトリガーを引いた。
7.92mm弾と12.7mm弾の集中砲火。無数の大口径の弾丸に喰らい付かれた敵兵たちが、弾幕の中で次々にバラバラになり、千切れ飛んでいく。
「ッ!?」
その時、耳元で猛烈な音が聞こえたかと思うと、右肩に担いでいた筈のバレットM82A2が後ろへと吹っ飛ばされていった。フォアグリップには弾丸が命中した痕のようなものが残っていて、そこに命中した敵の弾丸によって吹き飛ばされたという事を物語っている。
すぐにそいつを拾い上げようとしたが―――――――俺はアンチマテリアルライフルではなく、傍らの地面に突き立てられていた泥だらけのスコップを手に取っていた。
アンチマテリアルライフルを拾いに行けば、拾い上げた瞬間に狙撃されるかもしれないと思ったからだ。敵の狙撃手がいる事に気付いたわけではない。あくまでも俺の勘である。信也のやつが考える作戦よりも信憑性は圧倒的に低いが、今はこの勘を信じるべきだろう。
スコップを拾い上げつつMG42で敵兵を牽制。用意されていたベルトが全て機関銃の中に吸い込まれていったのを確認してからMG42を投げ捨て―――――――スコップを振り上げながら、敵兵の群れへと向かって突っ走る!
「УРаааааааааааа(ウラァァァァァァァァァァァァ)!!」
肩や脇腹に、次々に弾丸が食い込む。何かに突き飛ばされたかのような衝撃を感じた直後に、その部位から凄まじい激痛が牙を剥く。
もし仮に身体中に弾丸を撃ち込まれて蜂の巣になっても、俺は立ち止まるつもりはない。少なくとも目の前にいる敵兵を皆殺しにし、愛おしい愛娘を抱き上げるまでは。
だから俺は―――――――止まらない!
「がっ―――――――」
絶叫しながらアサルトライフルを乱射していた敵兵の頭に、思い切りスコップを振り下ろす。まるで粘土に向けて金槌を振り下ろしたかのようにスコップが敵兵の頭にめり込み、ぐちゃぐちゃになった脳味噌が鮮血と共に流れ出す。
痙攣し始めた敵兵の身体を蹴飛ばし、脳味噌の一部がこびりついたスコップを強引に引き抜く。次の獲物を睨みつけた瞬間、また腹に弾丸が飛び込んできた。
一体何発被弾したんだろうか。
今の俺の姿は、どんな姿なんだろうか?
口の中から血が溢れ出る。食いしばった歯の隙間から溢れ出た鮮血が唇を濡らし、顎へと流れ落ちていく。
激痛を感じているというのに、どういうわけか”倒れられない”。
近くにいた敵兵に向かって突っ走る。何発も被弾したというのに未だに健在な自分の瞬発力と脚力に驚愕しながら、「うわ、化け物だぁッ!」と絶叫する若い敵兵の背中へとスコップを振り下ろす。
皮膚が裂ける感触と、スコップの先端部が背骨を両断する感覚。鋭利なスコップで背中を切り裂かれた敵兵の返り血を浴び、身体中が真っ赤に染まる。鼻孔から鉄の臭いにも似た血の臭いが離れない。
化け物になってしまっても構わない。
こいつらを殺して生還し、娘を抱き上げることができるのであれば。
成長していく愛娘を、妻と共に見守ることができるのであれば。
「ほら、どうした!? 止めてみろッ!」
敵兵たちに向かって叫びながら、無数の5.56mm弾に被弾しつつ突進する。もう既に肩や腹は穴だらけで、左腕はもうすっかり動かなくなってしまっている。俺が身体を捻ったり揺らす度に、完全に力が入らなくなった左腕はぶらぶらと肩の先にぶら下がっているだけだ。
だが、まだ右腕は動く。そしてスコップも折れてない。
俺の心も、折れていない。
この程度で折れてたまるか。
そんな弾丸よりも―――――――カレンの制裁の方が痛いんだよッ!!
爆撃で真っ黒になった大地が徐々に真っ赤に染まり始める。蹂躙されている敵兵たちの後方では、海兵隊員たちのロケットランチャーや対戦車ミサイルが直撃した敵の戦車が炎上し、火柱を噴き上げているところだった。
妻を泣かせるわけにはいかないからな。必ず生きて帰ってやる。
そして、平和な世界に娘を送り出すんだ。
通路の奥にあったのは、俺たちが住んでいたあのネイリンゲンの屋敷よりも広い巨大な広間だった。円形の広間の壁面には無数の電子機器やモニターが埋め込まれ、薄暗い部屋の中を青白い光で照らし出している。
その広間の真ん中に、人影が見えた。
分厚いドアを開けて広間の中に突入した俺たちは、その人影に向かって一斉に銃を向ける。
「あいつが勇者か…………?」
その人影の服装は、他の転生者たちが身に纏っていたような迷彩服ではなかった。騎士団のような真っ白な制服に身を包み、背中にはマントを纏っている。左手には白銀の盾を装備していて、腰には冒険者が使うようなバスタードソードを下げていた。
どこかの騎士団に所属している騎士なのかと思ったが、よく見ると腰の後ろには拳銃のホルスターがある。それに、騎士団に所属している者が、こんな基地の最深部にいるわけがない。
おそらく、あいつが勇者だ。
「――――――――お前が速河力也か」
「…………!」
彼がそう言った直後、薄暗い部屋の中のモニターの画面が全て消えた。一瞬だけ広間の中が真っ暗になり、すぐに天井の照明が、広間の中の暗闇を焼き払う。
騎士のような恰好をした男は、武器を抜こうともせずに、銃を向けている俺たちを見つめていた。
「恐ろしい姿だな。お前は人間なのか?」
「黙れ…………よくもネイリンゲンに核ミサイルを…………!」
「あの攻撃で貴様は死ぬと思ったんだがな…………。死んだのは、関係のない奴らだけだったということか」
「てめえ…………ッ!!」
「怒らないでくれよ、速河くん。君はみんなの仇を取りに来たんだろう?」
俺たちを嘲笑いながら両手を広げる勇者。彼は右手をそのまま腰の鞘に伸ばし、バスタードソードの柄を掴むと、鞘の中から白銀の刀身を引き抜いた。
「てめえが勇者なんだな…………!?」
「その通り。僕の名前は天城真人(あまぎまさと)。かつて魔王を倒した勇者だ」
やっぱり、こいつが勇者か…………!
こいつがリョウたちを利用し、ネイリンゲンを核で焼き払った奴だ。俺たちはこいつをぶち殺し、みんなの仇を取らなければならない。
「―――――――――てめえが勇者なら、俺は魔王だ」
「へえ。今度は君が魔王になるんだね?」
勇者を殺すために、俺は魔王になった。だからもう容赦はしない。敵は容赦なく蹂躙するだけだ。
だから、てめえも蹂躙してやる。すべて奪い尽してやる。
「――――――行くぞ、
「――――――かかって来い、
タンジェントサイトの向こうの天城を睨みつけ、俺たちはトリガーを引いた。
勇者と呼ばれていた転生者がネイリンゲンで核を使ったことに端を発するこの戦争は、勇者が率いる10000人の守備隊と、モリガンの傭兵たちがかき集めた総勢260人の海兵隊の死闘となった。濃密な復讐心を糧にした海兵隊の猛攻で守備隊の防衛ラインを突破した彼らは、数多の転生者を葬り、何人もの戦友を失いつつも、辛うじてミサイルサイロを制圧。そしてネイリンゲンを焼き払った”勇者”を異次元空間に追放することで、勇者と名乗っていた”天城真人(あまぎまさと)”の封印にも成功する。
海兵隊の復讐心はかなり強力で、彼らは武装解除して投降しようとする兵士たちにも容赦なく銃弾を叩き込んで惨殺していった。命乞いをする兵士や負傷兵でもお構いなしにナイフを突き立て、彼らが呻き声を上げる診療所の中に火炎瓶や手榴弾を投げ込んでいった。
規模だけならば、第二次転生者戦争の方がはるかに上である。けれども転生者たちの殺意が最も剥き出しになったのは、はるかにこちらの方だ。
正直言うと、”私”はこの戦いでも勇者が勝つのではないかと思っていた。
面白いよね、本当に。
だからこそ”私”は、転生者同士の殺し合いを観測し続ける。
ついに勇者を超える転生者(プレイヤー)が現れたのだから。
大きな力を持つ転生者(プレイヤー)を見つけることができたのだから、その対価に
「本当に面白いよねぇ…………」
目の前のモニターをタッチした私は、その”過去の記録”をタッチしてもう一度最初から閲覧を始める。速河力也という転生者(プレイヤー)が家族や仲間たちと平穏な日々を送り、復讐のために戦地へと向かうシーンまで。
復讐心を剥き出しにしている
多くの仲間を失い、地獄を目にしているからこそこのような表情で敵を殺し続けることができるのかもしれない。
「あ、そういえば彼は”何番目”だっけ?」
そう思いながらモニターの端をタッチし、画面を切り替える。すると先ほどまで閲覧していた映像が一時停止され、その代わりに出現した画面にずらりとあの異世界でまだ生存している転生者の名前が全て表示される。
強い順番に表示されている転生者たちの名簿。その一番上に君臨しているのは、やはり第一次転生者戦争が勃発するよりも前から変わらない1人の男の名前。
≪速河力也≫
「ふふふっ。うん、彼が”99番目”だね」
”98番目”は惜しかったんだけどねぇ………。
けれど、今は彼よりも素晴らしい転生者(プレイヤー)が順調に育ちつつある。まだ試作型(プロトタイプ)だけど、この2人の転生者(プレイヤー)が99番目の魔王を打ち破ってくれたのならば―――――――私の実験は成功する。
さて、”100番目”になるのは―――――――どっちかな?
「…………ふふふっ♪」
画面を切り替え、私はもう一度ファルリュー島の戦いの映像を再生する。
オレンジビーチを突破する海兵隊の先頭を突っ走る男の顔を見つめながら、私はうっとりしていた。