異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
装甲車に乗り込んで家を後にする両親の姿を見た瞬間、俺はこの世界で俺たちを育ててくれた優しい両親が、これから戦争に行くのだという事を理解した。
ネイリンゲンが転生者による襲撃で壊滅し、そこから可能な限り生存者を逃がしてから生還した親父が母さんたちと話をしているのを聞いた時から、もしかしたら親父は本当に戦争に行ってしまうのではないかとは思っていたけど、装甲車に乗って家を離れていく姿を見てから、やっと実感する。
この世界にも、戦争はあるのだと。
騎士や魔物や魔術が存在し、前世の世界ではありえない物まで存在するこの異世界でも、やはり前世の世界と変わらない部分はあるのだ。
俺たちの両親は、正確に言うと”正規の兵士”ではない。あくまでも
けれどもこれは、少なくとも”依頼”ではないらしい。
おそらく―――――――報復だ。
ネイリンゲンで殺された仲間たちの報復。平穏をぶち壊された報復。
傭兵たちの、報復だ。
遠ざかっていく装甲車に向かって小さな手を必死に振る腹違いの姉の隣で同じように小さな手を振りながら、両親から『タクヤ・ハヤカワ』という名前を付けられた
「ガルちゃん、おままごとしよっ♪」
「うむ、いいぞ!」
両親がいなくなった王都の家の中でおままごとを始めようとしている姉を一瞥してから、俺はそそくさと子供部屋の隅にある本棚へと向かう。本棚の中には両親たちに買ってもらった幼児向けの絵本が所狭しと並べられている。
母さんは基本的に俺たちには厳しいのだが、俺にとってもう1人の母であり、ラウラにとっては自分を産んでくれた本当の母であるエリスさんははっきり言うと過保護だ。だから何か欲しいものがあるというとすぐに買ってくれる。親父はいつも厳しい母さんと過保護なエリスさんの間に立って大変な目に遭っているらしい。
その過保護なエリスさんが次々に購入してくれた絵本の中から、1冊だけ異質な雰囲気を放つ分厚い本を引き抜く。ちょっと大きめの辞書みたいなそれは明らかに子供向けの絵本ではない。可愛らしいイラストは全く描かれておらず、その代わりに表紙に使い古された木製の杖を手にした初老の魔術師の姿が描かれており、子供が読むような本ではないというのは一目瞭然であった。
これは、3歳の誕生日に母さんに買ってもらった魔術の教本だ。騎士団でも魔術師を目指す人材を育成する際に使うと言われているものらしく、初歩的な魔術から玄人でも習得に何年もかかるような上級の魔術まで網羅してあるという。まだ途中だけど、いつかは俺も前世の世界には存在しなかった魔術をぶっ放してみたいものだ。
前世の世界には魔術は存在しなかったけど、この世界では爆発的に普及している。使えるようになれば便利だろうし、なんだか憧れてしまう。だから俺はいち早くこの世界の言語や読み書きを覚え、積極的にこのような魔術の教本や魔物の図鑑を読むようにしている。
おかげでエリスさんには「きゃー! ダーリン、見て! この子天才だわ!」って言われるし、母さんも「驚いたな…………さ、3歳でもう魔術の勉強を…………!?」って言いながら驚いていた。おかげでこういう本を読んでいるだけで褒められるけど、あくまでも俺は―――――――この世界に転生した際に身につけた能力で早く現代兵器を生産し、そいつをぶっ放したい。もし使うならば現代兵器の方がメインになるだろう。
とはいえ魔術にも興味があるし、全く役に立たないわけでもない筈だ。特に治療魔術は瞬時に傷を癒せるから、もし自分や仲間が負傷しても素早く手当てすることができる。
その治療魔術の中で最も初歩的なものが、治療魔術で仲間を癒す治療魔術師(ヒーラー)が一番最初に習得するという『ヒール』だ。属性は光属性で、大昔から身体を浄化する作用があると言われている光属性の魔力を放射し、傷口を塞ぐという原理らしい。
しかし―――――――多分俺がこの魔術を使う事はないだろう。
なぜならば、人間としてではなくキメラとして生まれた俺の身体の中には、父から受け継いだ炎属性の魔力と、母から受け継いだ雷属性の魔力があらかじめ流れているからだ。
普通の場合、人間の体内に存在する魔力には何の属性もない。魔法陣や詠唱でそれを別の属性に変換し、更に攻撃するための魔術や回復するための魔術に変換してから放出する。詠唱や魔法陣は、要するに無属性の魔力を魔術へと変換するための存在なのだ。
俺の場合、もう既に炎属性と雷属性に変換された魔力が体内にある。そのためその2つの属性の魔術であるならば、理論上は詠唱や魔法陣を使わなくても素早く魔術をぶっ放すことは可能らしい。その代わり、それ以外の魔術を使う場合は体内の魔力を一旦無属性へと戻し、そこから更に別の属性に変換する必要がある上に、一旦無属性に戻ってしまった魔力は劣化してしまうので、最終的に発動する魔術は平均的なものよりも攻撃力や効果が著しく低下してしまう。
かつては大規模な儀式を行ってわざわざ変換し直していたらしいが、最近では有名な魔術師が魔力の劣化と引き換えに儀式を省いての変方法を確立したため、今ではこちらの方が主流となっている。
けれども詠唱が長くなるし、効果も低下するのであれば純粋な光属性のヒールは使えない。ならば習得の難易度は上がるが、炎属性と光属性の両方を使う治療魔術の方がまだ実用的だろう。
確か先のページにそういう魔術があったな。どれだっけ…………?
「ちょっと、タクヤっ!」
「ん?」
複数の属性を同時に使う難しい魔術のページを探していると、いきなり後ろから腹違いの幼い姉の甲高い声が聞こえてくる。今開いているページを小さな指だ押さえながら後ろを振り向いてみると、やはり頭から2本の角を生やした赤毛の幼い少女が、頬を膨らませながらこっちを睨みつけていた。
キメラの頭には、基本的に角がある。どうやらそれは感情が昂ると勝手に伸びてしまうらしく、親父の話では激戦になると確実に伸びているという。
親父の頭から生えているダガーのような鋭い角と比べると、まだまだ未発達としか言いようのない小ぢんまりとした可愛らしい角を伸ばしたラウラは、やっぱり怒っているらしい。彼女が角を伸ばしている理由はもう分かっている。
「もうっ、いつもそんなほんばかりよんでないで、こっちであそびなさいっ!」
「えー? …………じゃあ、もうすこししたら…………」
幼児のふりをするのって難しいんだよなぁ…………。
さすがに家族の前で「俺は異世界からこの世界に転生した転生者です」と言うわけにはいかないので、こうして3歳児のふりをして生活しているんだが、色々と大変だ。口調もちゃんと意識していないと前世の世界で生きていた頃の粗暴な口調になっちまうし。
それにこの世界は前世と比べるとかなり娯楽が少ない。テレビやパソコンは無いし、もちろんゲームもない。だから一番人気のある娯楽は演劇やマンガなんだが、3歳児がマンガを読んでたら怪しまれるよな。こんな難しい教本を読んでれば褒められるけどさ。
というわけで、俺は今も細心の注意を払いながら話していた。できるならば幼い姉とおままごとをするよりも魔術の勉強をしていたいんだが、お姉ちゃんは許してくれないらしい。
小さな両手を腰に当てると、彼女は俺の目の前へとやってきて、強引に魔術の教本を閉じやがった。
「ダメ! いますぐあそばないとダメなのっ!」
「えぇー?」
やれやれ…………。昨日は誤魔化せたんだけど、今日はダメみたいだなぁ…………。
「タクヤはおとうとなんだから、おねえちゃんのいうことはききなさいっ!」
「はっはっはっはっ。ラウラ、お姉ちゃんだからと言って弟に無理矢理言う事を聞かせてはいかんぞ?」
そう言いながらラウラの近くへとやってきたのは、まるでラウラの姉のような容姿の赤毛の少女だった。8歳くらいの赤毛の少女で、わがままなラウラと比べると当たり前だけど大人びている。お尻の辺りまで伸びた長い赤毛には百合の花の形の髪飾りがついていて、その炎のような赤毛の中からは微かに短い2本の角が覗いている。
彼女の名は『ガルゴニス』。一見するとラウラの姉のように見えるけれど、俺たちと血が繋がっているわけではない。それどころか、キメラではない。
信じられないが、彼女はこの世界で一番最初に生み出された、”最古のエンシェントドラゴン”なのだという。確かに”進化”を司る『最古の竜ガルゴニス』は有名な存在で、一部の地域では守り神として崇められているし、今でもガルゴニスを題材にした絵本やマンガがあらゆる書店で販売されている。
ちなみに、そこの本棚にもガルゴニスが登場する絵本が5冊くらいある。とはいえ絵本に描かれている姿はバラバラで、一般的な飛竜と同じような姿だったり、大陸を踏みつぶすほど巨大なドラゴンが描かれた絵本もある。
そんな伝説の竜がどうして幼女の姿になり、ハヤカワ家に居候しているかと言うと―――――――こっちも信じられない話だが、かつて親父たちと激闘を繰り広げ、最終的にモリガンの仲間になったというのだ。
その際に体内の魔力の大半が消滅してしまい、巨大な竜の姿を維持できなくなったため、親父から魔力を分けてもらって幼女の姿となり、この家に居候しているのだという。まるでラウラの姉のような容姿になっているのは、おそらく親父の魔力を分けてもらってあの姿になったからだろう。
魔力には様々な情報が含まれているらしく、大昔には相手から魔力を吸収することで、その魔力を吸収した人間と全く同じ容姿になってしまう魔術もあったらしい。教本に乗っていたんだが、今ではその魔術は廃れてしまっており、使うことができる魔術師はもう存在しないのだという。
ちなみにエンシェントドラゴンには寿命が存在しないため、人間のように年老いて死ぬことは決してない。だから殺されない限り、彼らは永遠に生き続けることができるのだ。そのため他の生物のように繁殖する必要がないので、そもそもエンシェントドラゴンに”性別”という概念すらない。
だからガルちゃんはオスでもないし、メスでもないのだ。
ガルちゃんはラウラの頭を撫でると、自分の娘を可愛がる母親のように微笑んだ。
「よいか? 相手が弟でも優しくするのじゃ。そうしないとタクヤはついて来てくれないぞ?」
「うー…………でも…………」
「わ、わかったよ、おねえちゃん。ぼくもおままごとするから。ね?」
「いいのっ!?」
ガルちゃんの説教を台無しにすることになるけど、とりあえず彼女のおままごとには付き合っておこう。家族は大事にしないとね。それに前世では一人っ子だったから姉とか妹には憧れてたんだ。せっかく異世界でそういう願望も叶っちゃったんだから、ちゃんと付き合ってあげないと。
教本を本棚に戻しながらそう言うと、不機嫌そうに短い尻尾を上下に動かしていたラウラが目を輝かせてこっちを見つめてきた。
「えへへっ! じゃあ、はやくこっちでやろうよっ♪」
「ふむ…………タクヤよ、お主は姉に甘いのう?」
「そ、そうかなぁ…………」
「ふふっ…………お主、もしかして”しすこん”なのか?」
そ、そんなわけないだろ!? 確かにラウラは大きくなったら美少女になるかもしれないけど、俺はちゃんとお姉ちゃんに頼らないで1人前になるつもりだからなっ!?
とりあえず…………大きくなったら何とかして彼女を作ろう。どうやらこの世界では一夫多妻制が当たり前のようだし、場合によってはハーレムを作るのもいいかもしれない。
「タークーヤー!」
「は、はーいっ!」
やれやれ…………幼児のふりをしながら生活するのって、本当に大変だよ…………。
おままごとが終わった頃には、夕日で王都の街並みが少しずつ真っ赤に染まりつつあった。
とはいえ、この王都の街の規模はネイリンゲンよりもはるかに大きいものの、外から見れば巨大な要塞に見えるほど分厚く高い防壁に取り囲まれているため、真っ赤に染まっている街並みの5分の1くらいは防壁の日陰になってしまっている。きっとこの今の王都を真上から見たら、真っ赤な大地の中に漆黒の三日月が出現しているに違いない。
分厚い魔物の図鑑を読む俺の隣では、疲れてしまったのか、同い年の赤毛のお姉ちゃんが肩に寄り掛かって寝息を立てている。可愛らしい彼女の頭をすっかり小さくなってしまった3歳児の手で撫でると、眠っている彼女は嬉しそうに小さな尻尾を左右に振り始めた。
どうやら彼女は、機嫌がいい時は尻尾を左右に振る癖があるらしい。逆に機嫌が悪い時は尻尾を縦に振ってることが多いから、尻尾の動きで彼女の機嫌がいいのか悪いのかを知ることができそうだ。これからはラウラの尻尾を注視することにしよう。
彼女の頭を撫でる俺の傍らでは、親父から留守番を任されたガルちゃんが渡された得物の点検をしているところだった。身につけているのは家にある私服なんだが、頭には親父の物なのか真っ黒な略帽を被っている。もちろん身長186cmの巨漢がかぶるような帽子だからサイズが合っているわけがない。左に傾いた略帽のせいで、もう少し傾くだけでガルちゃんの左目はすっかり隠れてしまうだろう。
サイズの合っていない帽子をかぶる彼女は可愛らしいけれど、前世からミリオタだった俺は、でっかい略帽を被る幼女よりも彼女が点検する得物の方を注視していた。
すらりとした銃身は木製の部品に覆われており、後端にはボルトハンドルなどの金属製の部品が露出している。アサルトライフルのようなマガジンはなく、傍らに5発の弾丸が連なるクリップが置かれていることから、それは第一次世界大戦や第二次世界大戦で活躍した古めかしいボルトアクション式のライフルであることが分かる。現代のボルトアクションライフルはマガジン式になっている物も多いからな。
ガルちゃんが弄っているのは―――――――おそらく、第一次世界大戦でオーストリア・ハンガリー帝国が正式採用していた『マンリッヒャーM1895』だろう。
このマンリッヒャーM1895はボルトアクションライフルであり、一発放つ度にボルトハンドルを引く必要があるのだが、このライフルは”ストレートプル・ボルトアクション方式”という変わった方式を採用している。
普通のボルトアクションライフルは、まずボルトハンドルを上部へと捻ってから引き、それを押し戻してから元の位置に戻す必要がある。しかしこのストレートプル・ボルトアクション方式は、ボルトハンドルを捻らずにそのまま引き、そのまま押し戻すだけでいいのである。
このような構造にすればより連射速度が高まるため、強力なライフル弾で立て続けに射撃することが可能になるのだが、そうするとボルトアクションライフルの長所である”構造の単純さ”がなくなってしまうという欠点がある。
異世界で本物のライフルが見れるなんて思ってなかったよ。最高だな、この家は。
特にカスタマイズはされていないらしく、スコープやバイボットは取り付けられていない。そのまま射撃することを想定しているのだろうか?
それにしても親父はよく古い武器の手入れをしているんだが、多分そういう古い武器が好きなのだろう。
「なんじゃ? タクヤ、銃に興味があるのか?」
「えっ?」
左隣で銃の手入れをするガルちゃんに声を掛けられた俺は、びっくりして目を見開いてしまう。できれば触らせてほしいんだけど、大丈夫かな?
首を縦に振ると、ガルちゃんはニヤリと笑った。
「ふふふっ、お主にはまだ早いわい」
だ、ダメか…………。
もう少し成長して親父に頼めばいいか。それに頃合いを見て、俺も武器や能力を生産できる能力があるという事を明かそう。俺は転生者のように端末を持っていないから、きっと親父から能力が遺伝したという事になるだろう。
早くもどんな武器を生産するか考えながら、俺は隣で黙々とライフルを分解し始めたガルちゃんを見つめていた。