異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ネイリンゲン壊滅

 

 

 結局、運命は変わらなかったという事か…………。

 

 未来からやってきた子供たちに警告してもらったにもかかわらず、俺たちはネイリンゲンの壊滅を防ぐことができなかった。あの空へと舞い上がるキノコ雲の根元に広がっていた筈の街が、あの大爆発で壊滅状態に陥っているのは想像に難くない。

 

 みんなは無事なのだろうか。そう思った直後、すぐに”あんな大爆発の近くにいたのだから、そんなわけはない”と思ってしまう。

 

 とにかく、すぐに助けに行かなければならない。生存者だけでも助けることはできる筈だ。

 

「エミリア、エリス。子供たちを連れてエイナ・ドルレアンに避難するんだ」

 

「待て、力也! お前はどうする!?」

 

「俺は…………みんなを助けに行ってくる。まだ生きている奴はいる筈だ」

 

 子供たちと妻たちを見つめながら言うと、タクヤを抱きしめていたエミリアは首を横に振った。

 

「ならば私も行く」

 

「ダメだ」

 

「力也…………!」

 

 おそらくこれは、俺たちが追っていた”勇者”からの先制攻撃だろう。武装蜂起しようとしていた俺たちを潰すための一撃に違いない。このような核兵器を作り出すことができる転生者の集団は、李風が率いるギルドか勇者の一味しか存在しないのだから。

 

 つまり奴らの狙いは俺たちだ。下手をすれば、何の罪もない子供たちまで対象に入っているかもしれない。もしそうならば、子供たちを守る戦力も必要になる。

 

 だから俺は、同行しようとするエミリアに向かって首を横に振り続けた。

 

「お前たちは、子供たちを守ってくれ」

 

「しかし…………お前一人では―――――――」

 

「頼む、エミリア。カレンの所に行って、生存者の受け入れの手続きをしてもらうんだ。生存者には俺がエイナ・ドルレアンに逃げるように指示を出す。…………だから、行ってくれ。子供たちを守ってくれ…………頼む」

 

「…………行くわよ、エミリア」

 

「姉さんまで…………!」

 

 いつもふざけているエリスが、珍しく冷静にそう言った。普段の優しそうな目つきではなく、まるで戦闘中のように鋭い目つきに変貌している。このような表情の妻を目にするのは、7年前にエミリアを奪還するためにやってきた時以来だろうか。

 

 当時の事を思い出していると、まだ幼いラウラを抱いたエリスは庭の隅の方にある小さな馬小屋へと向かった。騎士団にいた頃から何度も経験したから慣れてしまったのか、やけに素早く馬を小屋の柱につないでいた縄を解くと、自分とエミリアの分の馬を玄関の前まで連れてくる。

 

 馬の上に乗り、後ろにラウラを乗せたエリスは「ほら、早く」と言ってエミリアを馬に乗せた。

 

 エミリアも同じように馬に乗り、後ろにまだ幼いタクヤをそっと乗せると、街へ向かう俺を心配そうな顔で見つめてきた。

 

「ママ、どこにいくの?」

 

「カレンさんの所よ」

 

「パパは? パパはいかないの?」

 

「ごめんな、ラウラ。パパは…………やることがあるからここに残るよ」

 

 俺の分の馬が無いから気付いたのだろう。エリスの背中にしがみついていたラウラが、涙目でこっちを見つめながら言った。俺の分の馬がないという事は、俺は一緒に行かないという事を理解したらしい。

 

「やだやだ! パパもいっしょにきてよ!」

 

 できるならば、俺も一緒に行きたい。

 

 でも、そうしたらまだネイリンゲンにいる生存者を見捨てることになる。瓦礫の下で苦しむ彼らを、一刻も早く助けなければならないのだ。

 

 それにもしあれが本当に核ならば―――――――ネイリンゲンは放射能まみれになっているに違いない。もしそうならば、少なくとも俺は無事に帰ることはできないだろう。下手したら二度と家族と再会することはできなくなるかもしれない。

 

 そう思った瞬間、反射的に内ポケットに手を伸ばしていた。その中に護身用の小型のハンドガンと一緒に納まっているのは、派手な装飾が一切ない一般的な赤黒い懐中時計である。

 

 エミリアと初めてデートに行ったときに、彼女がプレゼントしてくれたものだ。それから毎日メンテナンスしているから、購入してから何年も経つというのに未だに新品のような艶を維持し続けている。これは俺にとってお守りのようなものだ。

 

 取り出したそれを目にした瞬間、エミリアはびっくりしたのか目を見開いた。

 

 懐中時計をラウラの小さな手のひらの上に置く。まだラウラの手のひらよりも大きな懐中時計を受け取ったラウラは、それを両手で持ちながらまじまじと見つめた。

 

「パパの大事な時計なんだ。パパが戻るまで預かっててくれ。いいね?」

 

「うん…………ぜったいかえってきてね」

 

「約束する。…………パパに任せろ」

 

 一歩だけ後ろに下がり、馬の手綱を握るエリスに向かって頷く。この2人の妻たちならば、もし道中で転生者に襲われたとしても確実に子供たちを守り抜いてくれる筈だ。一緒にモリガンの傭兵として強敵との死闘に勝利してきた戦友なのだから。

 

「タクヤ、ラウラとママたちを頼んだぞ。男の子だろ?」

 

「うんっ!」

 

「はははっ、頼むぞ。…………よし、行ってくれ」

 

「―――――――幸運を祈る」

 

 そう言ったエミリアに向かって頷いてから、俺とガルゴニスは一緒に踵を返した。背後で妻と子供たちを背中に乗せた馬が鳴き声を上げ、蹄の音を奏でながら遠くへと走り去っていく。段々と小さくなっていく蹄の音を聞きながら端末を取り出した俺は、いつも愛用しているグレネードランチャー付きのAK-47とトカレフを装備してから、サイドカー付きのバイクを出現させる。

 

 オリーブグリーンに塗装されたバイクに乗り、ガルゴニスがサイドカーに乗るのを待つ。予め渡しておいた銃剣付きのMG34を背負った彼女は息を吐きながらサイドカーの座席に腰を下ろすと、身長の低い彼女が持つにしてはあまりにも大きすぎるLMG(ライトマシンガン)を構え、こっちを見ながら頷いた。

 

 ああ、行こう。

 

 森の向こうに屹立する漆黒のキノコ雲を睨みつけながら、俺はガルゴニスを乗せたバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 草原から、見慣れていたあの開放的な街並みが姿を消していた。

 

 噴き上がった巨大な火柱が蒼空を蹴散らし、その上には巨大なキノコ雲が、まるで巨木のように鎮座している。

 

 サイドカーに乗っているガルゴニスと共に必死にネイリンゲンに向かって走る。火柱とキノコ雲のせいで街がどうなっているのかはよく見えないが、間違いなく壊滅してしまっている筈だ。

 

 勇者に対抗するために武装蜂起を計画していたのはあくまで俺たちだけだ。核を撃ち込めば、関係のないネイリンゲンの市民まで巻き込むことになる。勇者が市民を巻き込むことについて躊躇したかは不明だが、奴は市民もろとも俺たちを葬ることを選び、こうして核を使いやがった。

 

 悪魔め…………! 何が勇者だ!

 

 全力で走っていると、街から少し離れた草原の上に、辛うじて残っているモリガンの屋敷が見えた。あの猛烈な爆風と衝撃波に耐え抜いてくれたのかと少し安心したんだけど、すぐにその安心は砕け散ることになる。

 

 見慣れたその屋敷は、半分ほど倒壊していた。信也たちの部屋やキッチンがあるあたりはすっかり崩れ落ち、壁を形成していたレンガがまるで崩れかけの砂山のように積み重なっている。猛烈な熱線のせいでそのレンガも色が変色していて、まるで返り血のように赤黒く染まっていた。

 

 確か、屋敷には信也たちだけではなく、共同訓練のために李風たちの部隊もやってきていた筈だ。彼らは無事なのか!?

 

「なんということを…………!」

 

 全速力で裏口の門へと辿り着く。遠征する際によく使っていた裏庭へと続く鉄製の門は表面が溶けていて、どんな装飾が刻まれていたのかよく見えなくなってしまっていた。爆風の熱で溶けてしまったらしく、門は全く動かなくなっていた。

 

 バイクから降り、左手の拳を握り締めてから融解して動かなくなってしまった門に向かって叩きつける。まるでハンマーで殴りつけられた氷の壁のように亀裂が入ったかと思うと、堅牢な外殻で覆われた腕で殴られた門は破片を巻き散らしながら、ゆっくりと後ろへ倒れていった。

 

 その向こうに鎮座する倒壊しかけの屋敷と、すっかり爆風で吹っ飛ばされた戦車の格納庫の姿があらわになった。ミラが俺に作ってくれとお願いしてきた戦車のガレージは核爆発の衝撃波で吹き飛ばされ、中に格納されていた戦車たちは大破してしまっている。

 

「うぅ…………」

 

「何だ?」

 

 人間の呻き声だ。生存者だろうか?

 

 ぞっとしながら、俺は裏庭へと足を踏み入れた。聞き覚えのない呻き声だったから、おそらく屋敷を訪問していた李風の部下なのかもしれない。

 

 その呻き声を発したのは、倒壊した物置の近くに立っていた迷彩服に身を包んでいる男性だった。おそらく18歳くらいだろう。真っ黒に焦げてしまった迷彩服に身を包んでうつ伏せに倒れている男性の傍らへと駆け寄った俺は、彼の肩に手を置いた。

 

「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!?」

 

「その声…………同志………ハヤカワですか…………?」

 

「安心しろ。ヒーリング・エリクサーを持ってる」

 

「同志…………じ、自分の足を…………見かけませんでしたか? あ、足が…………足が、千切れてしまったんです。痛いんです。同志………た、助けて下さい………」

 

「何だって?」

 

 まるで泣きながら喋っているような彼の声を聞いた俺は、恐る恐る彼の足へと目を向けた。でも、彼の両足に辿り着く前に、俺の視線はこの転生者の兵士の腹の辺りで立ち止まってしまうことになる。

 

 彼の腹の辺りには、まるで剣のような大きさのガラスの破片が突き刺さっていた。明らかに貫通している。背中から突き刺さったと思われるそのガラスの破片の切っ先が、彼の胴体を貫通して地面に突き刺さっているため、この転生者は這って動くことすらできなくなってしまっている。

 

 何とかそのガラスの破片から目を離し、今度こそ彼の足を確認する。右足は膝の下からなくなっていて、左足は何とか残っていたけど、熱線のせいで皮膚が黒焦げになっているようだった。明らかに歩ける状態ではない。

 

「ま、待ってろ、すぐエリクサーを―――――」

 

 フィオナが発明したヒーリング・エリクサーならば、彼を苦痛の中から助け出してやれるかもしれない。そう思いながら試験管にも似たエリクサーの容器を取り出そうとしたその時、俺はこの助けを求めてきた俺よりも若い転生者の兵士が、助けを求めるように俺の足を掴みながら動かなくなっていることに気が付いた。

 

 虚ろな両目の周囲には、涙の跡がある。

 

 俺よりも年下なのに…………。

 

 唇を噛み締めてから左手を伸ばし、彼の虚ろな両目を静かに閉じさせてやった俺は、首を横に振ってから周囲を見渡した。

 

 他にも李風の部下たちが倒れているが、息がある奴は見当たらなかった。熱線に焼かれて黒焦げになったり、吹き飛ばされてきた破片が突き刺さって絶命している奴ばかりだ。

 

 もう一度唇を噛み締め、異世界で死ぬ羽目になった彼らに両手を合わせてから、俺は辛うじて残っていた裏口のドアに八つ当たりするように左足の蹴りを叩き込んで蹴破った。

 

「信也! ミラ! 無事か!? 返事をしろッ!!」

 

 屋敷の中に向かって怒鳴りながら、俺は階段を駆け上がっていく。

 

 階段の反対側にある廊下の奥にはキッチンがあった筈だ。俺がエミリアに野菜炒めを振る舞った場所でもあり、親友を殺して苦しんでいる俺をエリスが受け止めてくれた場所だ。仲間たちと共に食事を摂っていたあのキッチンは、崩れ落ちてきた無数のレンガに塞がれてしまっている。

 

 焦げ臭い臭いを嗅ぎながら、俺は必死に階段を駆け上がった。彼らはどこにいる? 自室か? それとも地下の射撃訓練場か!?

 

 この瓦礫の下敷きになっていないことを祈りながら2階へと辿り着くと、会議室の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。おそらくミラの声だろう。誰かに向かって必死に叫んでいるようだ。

 

 つまり、ミラは生きている!

 

 3階への階段を上ろうとしていた俺は、すぐに会議室の方へと向かって走り出した。爆風で吹き飛んで床に転がっていた会議室のドアを踏みつけながら中へと駆け込んだ俺は、変わり果ててしまった会議室の中で、床に仰向けに倒れている信也の姿を見てぞっとした。ミラが信也に向かって必死に叫びながら、何度も何度も彼に心臓マッサージと人工呼吸を繰り返している。

 

 会議室の隅の方には、呻き声を上げる李風と部下の転生者がいた。奥の方にももう1人いるようだけど、彼は窓から入り込んできたと思われる熱線を全身に浴びてしまったらしく、焼死体と化しているようだった。

 

「お、遅かったじゃないですか…………」

 

「李風…………」

 

「部下は…………外にいた私の部下は…………?」

 

「…………」

 

 俺は俯いてから、首を横に振った。外で屋敷を警備していた李風の部下たちは、熱線と衝撃波で全滅してしまっていた。

 

 李風は「そうですか…………」と悲しそうに言うと、ちらりと焼死体になった部下を見つめてから咳き込んだ。

 

 一緒に連れてきた部下たちの死体を見つめた李風は、唇を噛みしめながら壁に開いた大穴の向こうを見据える。

 

「レーダーに何も反応はなかったんです…………これは、核ミサイルではありません…………」

 

「爆弾か…………」

 

 街の中に持ち込んで爆弾を起爆させたのだろうか? もしそうしたのならば確かにレーダーサイトでは捕捉できない。

 

 彼の傍らに、持ってきたエリクサーの瓶を置いておいた俺は、信也に心臓マッサージを繰り返しているミラの方へと向かった。7年前と比べて筋肉が増えてがっしりした体格になった信也は、両目を閉じたまま横になっている。よく見ると、信也の右腕が見当たらなかった。肩から先が少し黒くなっているだけで、そこから先は千切れてしまったらしく、無くなっている。

 

 ―――――――弟の右腕が、ない。

 

「信也…………!」

 

 腕が千切れているだけではない。レンガの破片や金属の破片が、顔や胸に何本も突き刺さっている。傷だらけになった弟の姿を見た瞬間、俺は思わず涙を流しそうになった。

 

 だが、俺はモリガンのリーダーだ。仲間たちの前で涙を流すわけにはいかない。

 

『ミラさん、治療は任せてください!』

 

(フィオナちゃん、お願い! シンを助けて…………!)

 

 信也の傍らに舞い降り、フィオナが早速彼の傷口の治療を始める。光属性の魔術が発する真っ白な光を見つめながら拳を握りしめていると、涙を拭いながら心配そうに信也を見守っていたミラが呟く。

 

(シンは…………私を庇ってくれたんです…………。爆発が起こった瞬間に、私を突き飛ばしてくれて…………でも、彼は…………!)

 

「心配するな。…………きっと助かる」

 

 助かってくれ。

 

 信也はミラにとって大切な人だ。俺にとっても大切な肉親なんだ。

 

 右腕を失ってしまった信也を見下ろしながら、俺はまたしても唇を噛み締めた。戦いで手足を失うのは俺だけだろうと思っていたんだが、ついに信也も右腕を失う羽目になってしまった。

 

「ゲホッ、ゲホッ!」

 

(シン!)

 

「しっかりするのじゃ!」

 

「み…………ミ………ラ…………。だいじょう……ぶ…………?」

 

 ヒーリング・フレイムが発する白い光に包まれながら、信也がゆっくりと目を開けた。でも、その目つきはいつもの信也の目つきではなく、先ほど裏庭で絶命した兵士のような虚ろな両目だった。作戦を考えるのが得意だったモリガンの参謀としての心強い目つきではなく、弱々しい目つきだった。

 

 でも、彼は意識を取り戻してくれた。ミラは再び両目に涙を浮かべながら、信也がかけているレンズに亀裂の入ったメガネを静かに外した。

 

(私は大丈夫だよ、シン…………!)

 

「よかった………君が…………無事…………なら…………」

 

 レンガや金属の破片が何本も刺さった顔で、信也は微笑む。ミラは信也が笑ってくれて安心したのか、涙を拭ってから彼の傍らにしゃがみ込み、弱々しい微笑を浮かべ続けている彼を思い切り抱き締めた。彼女から零れ落ちた涙が、血で赤黒く染まった信也の皮膚へと流れ落ちていく。だが、皮膚を赤黒く染めている信也の血は、ミラの涙でも消えることはなかった。

 

「醜悪じゃのう…………リキヤよ、こんなことをするのが人間なのか?」

 

 傷ついた弟を見下ろしている俺に、ガルゴニスが訪ねてくる。

 

 俺は彼女を仲間にした時、俺も人間が嫌いだと言った筈だ。俺が最も嫌いな人間は、力を好き勝手に振るって人々を虐げるような人間だ。だから転生者を狩り続け、転生者ハンターと呼ばれた。

 

「―――――――いや、奴らは人間じゃない」

 

 俺たちを消すためだけに、ネイリンゲンで核を使った。しかもネイリンゲンの市民たちまで巻き添えだ。

 

 人間ならばこんなことはしないだろう。

 

 少しずつ傷を塞がれていく信也を見守っていると、窓ガラスがすっかり吹き飛んでしまった窓の向こうから爆音が聞こえてきた。聞こえてきたのは街の方からだ。

 

 弟の右腕を奪われ、親しかった街の人々を虐殺されたことに怒りながら拳を握りしめていた俺は、静かに窓の近くへと向かう。爆風と衝撃波に抉られ、もはや他の壁に開いた大穴と見分けがつかなくなってしまった窓から外を眺めてみると、散々核爆発に叩きのめされて瓦礫の山になってしまった街の方で、小さな火柱がいくつか上がっている。

 

「銃声…………?」

 

 爆音の残響から顔を出したように聞こえてくる小さな銃声たち。ライフルやマシンガンの銃声が、街の方から聞こえてくる。

 

 李風の部下たちが何かと戦っているのか? それとも、転生者たちが攻め込んで来たのか?

 

 俺はちらりと後ろを振り向いた。右手で左肩を押さえながら何とか立ち上がった李風は、窓の外から聞こえてくる銃声を聞きながら「街に部隊を展開させた覚えはありませんよ…………」と言った。

 

 どうやら、核を使った大馬鹿野郎(勇者)の部下たちが、俺たちの止めを刺すためにネイリンゲンに攻め込んできたらしい。

 

「…………フィオナ、負傷者を連れてエイナ・ドルレアンに向かえ」

 

『え?』

 

 エイナ・ドルレアンにはカレンたちがいる筈だ。彼女ならばきっと、ネイリンゲンから逃げ延びた人々を受け入れてくれるだろう。

 

(待ってください! 力也さんはどうするんですか!?)

 

「俺は―――――――――街の生存者を助けに行く。それに、攻め込んできた奴らの相手をしなければならん」

 

 奴らは追撃してくる筈だ。だから俺が殿(しんがり)になって、攻め込んできた奴らをここで食い止めなければならない。

 

 エミリアたちが聞いたら絶対に反対するだろう。ミラやフィオナも反対する筈だ。だが、李風たちは負傷しているし、重傷を負っている信也も何とか連れて行かなければならない。誰かが食い止めなければ、あっさり追いつかれて殲滅されてしまうだろう。

 

「ならば、私も残ろう」

 

「助かる」

 

 端末を操作していつもの武器を装備する。背中にはロシア製アンチマテリアルライフルのOSV-96を折り畳んだ状態で装備し、腰の両側には.600ニトロエクスプレス弾をぶっ放す強烈なプファイファー・ツェリスカを2丁装備した俺は、仲間たちの顔を見渡してから、会議室を後にした。

 

 格納庫の中の戦車は大破してしまっている筈だが―――――――今しがた端末で確認したら、格納庫の中で眠っていた3両の戦車の中で1両だけまだ動かせる戦車が残っているらしい。

 

 そう、モリガンで新たに運用することになったMBT-70(ブラック・フォートレス)だけは、辛うじてまだ動かせるようだ。あれには自動装填装置が搭載されているから、最低でも砲手と操縦士が要れば運用はできる。

 

 いつの間にか、俺の頭の角は伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 被曝を防ぐために迷彩模様の防護服に身を包み、グレネードランチャーとホロサイトを装備したHK416を構えた隊員たちが、半壊した屋敷に向かって走っていく。

 

 核の一撃でモリガンは壊滅した筈だが、奴らはリーダーと参謀以外は転生者でないにもかかわらず、転生者を圧倒してしまうほどの実力者たちだ。もしかしたらあの核爆発でも死なずに生き残っている可能性がある。

 

 だから、止めを刺すために我々が派遣されたのだ。

 

 モリガンは転生者を狩り続ける厄介な存在。しかも国王から騎士団に誘われているというのに、何度も断っているという。権力者の勧誘を断るような奴らなのだから、勇者様が計画に加われと言ったとしても、逆に我らに銃を向けて来るに違いない。

 

 だから、狂犬を始末する。狂犬を始末するのが我々の任務だ。

 

 この世界には奴隷制がある。そして人種差別もある。そんな下らない制度で苦しんでいる人々は何人もいることだろう。だからこそ、勇者様はそのような制度が消え去った世界からやってきた転生者たちでこの世界を統率し、この異世界を救済しようとしているのだ。なのに、あのモリガンの愚か者共は何を考えているのだろうか?

 

「隊長、戦闘準備が完了しました」

 

「よろしい。さっさと駆除を済ませるぞ」

 

「はっ」

 

 部下たちに命令をしようとしていたその時だった。

 

 半壊した屋敷の裏で同じく半壊していた建物――――――半壊する前は何かの格納庫だったようだ―――――――が、何の前触れもなく弾け飛んだのである。中に備蓄していた弾薬でも爆発したのだろうと思って無視しようとしたが―――――――その中から飛来した1発の砲弾が、建物の中に突入しようとしていた兵士たちをまとめて吹っ飛ばしたのを目にした瞬間、私たちは同時に凍り付いた。

 

 熱線で変色したレンガの山の向こうから、エンジンの音を響かせながら姿を現したのは――――――砲塔の脇に『Black Fortress』と真っ白なペンキで描かれた、1両の漆黒の戦車だったのである。

 

 おそらく、モリガンの生き残りが乗り込んだのだろう。

 

 最新型の戦車かと思ったが、よく見るとその戦車はアメリカ軍のエイブラムスではなく、その原型となったMBT-70。滑腔砲ではなく、今では廃れたガンランチャーを装備する時代遅れの戦車だ。俺たちの敵ではない。

 

 俺の任務は奴らに止めを刺す事(狂犬の駆除)。降伏勧告など必要ない。

 

「――――迎え撃てぇッ!」

 

 俺は手を振り上げると、振り下ろしながら部下たちに命令した。

 

 

 

 

 


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