異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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大切な弟

 

 

 戦争が終わったという知らせを聞いたのは、宮殿を完全に制圧してから、仲間と協力して戦死者の遺体を宮殿の外へと運び出していた時だった。頭を5.56mm弾の集中砲火で捥ぎ取られたテンプル騎士団所属のオークの兵士のでっかい身体を、ハーフエルフの兵士とエルフの兵士に手伝ってもらいながら宮殿の外に運び出していた俺たちに、第一軍から派遣された伝令の兵士が「戦争は終わりました、同志」と告げたのである。

 

 そう、この戦争は終わった。

 

 吸血鬼と人類の殺し合い。そしてその裏でひっそりと行われた、天秤を欲する者同士の鍵の争奪戦。

 

 ひとまず、戦争は終わりだ。

 

 その知らせを聞いた兵士たちは、あまり表情を変えなかった。中には歓声を上げて仲間と抱き合う兵士もいたけれど、殆どの兵士は全く表情を変えずに瓦礫の上に座り込んだり、戦死した戦友の遺体の近くで何かを呟いている。きっと、戦死した仲間に戦争が終わったことを報告しているんだろう。

 

 俺も、表情を変えずにその終戦を受け入れた男の1人だった。

 

「そうか…………分かった、ありがとう」

 

 そう言いながら右手を腰に当てて仲間の遺体を見下ろすと、俺たちにそのことを報告しに来てくれた伝令の兵士はしっかりとした敬礼をしてから、近くに停車してあったバイクに乗って走り去っていった。

 

 宮殿の外にある広大な庭だった場所には、ずらりと戦死者の遺体が並べられている。連合軍の兵士の遺体と吸血鬼の遺体はちゃんと分けられているみたいだけど、中にはどちらの遺体なのか判別がつかないほど滅茶苦茶になった者や、誰なのかははっきりとしているにもかかわらず身体の一部しか見つかっていない者もいて、この作業は少しばかり時間がかかりそうだ。

 

 テンプル騎士団を創設してから、こんなに戦死者を出した戦いは今まで一度もなかった。相手は格下が当たり前で、死者を出さないのも当たり前。だから俺たちにとっては、”戦友を失わないのが当たり前”だったのだ。

 

 けれども戦争は全く違う。戦友を失うのが当たり前で、戦死者が出るのは当たり前。本物の銃に実弾を装填し、銃剣を装着した以上は人を殺すことを覚悟しなければならない。そして相手も同じように実弾を装填した銃を持っている以上は、仲間が殺されることを覚悟しなければならない。

 

 俺たちが今まで経験した戦いは、まだまだ生温かったのである。

 

 これが、戦争だ。

 

≪レベルが上がりました≫

 

 やかましい。

 

 レベルとステータスが上がったことを告げる画面を素早くチェックしてからチェックし、目の前から消滅させる。それから踵を返して再び宮殿の中へと向かうと、数人のスナイパーライフルを背負った若い兵士たちとすれ違った。彼らは同じくスナイパーライフルを背負った遺体を3人で支えていて、宮殿の外へと戦死した戦友を運び出そうとしているらしい。

 

 彼らはラウラの教え子たちだった。

 

 涙目になっている仲間たちに運び出されていく遺体はおそらく少女なのだろう。遺体には特に傷らしきものは見受けられず、なぜ死んだのだろうかと思って眺めていたんだが―――――――3人が通路を曲がるために方向を変えた瞬間、俺は目を見開いてから俯く羽目になった。

 

 その戦死した少女の、上顎から上が見当たらなかったのである。

 

 剥き出しになった舌と下顎の歯。上顎から上が消失しているせいで、どのような顔の少女だったのかは分からない。ただ、頭を捥ぎ取られたという事は、少なくとも即死だったんだろう。

 

「タクヤ」

 

「ああ、ラウラ」

 

 運び出されていく少女の遺体を見守っていると、宮殿の奥からやってきたラウラに声を掛けられた。彼女も教え子の遺体を目にしたのか、涙目になっている。

 

「あの子…………とても優秀な子だったの」

 

「そうか…………」

 

 彼女の教え子に助けられたのは、確か図書館を攻撃した時だ。ラウラが技術を教えた教え子たちの活躍のおかげで素早く図書館を制圧することができたし、敵に狙い撃ちにされずに済んだのだ。

 

 右手を伸ばして彼女の涙を拭い去ると、ラウラは微笑みながら言った。

 

「ごめんなさい。まだ仲間が残ってるから…………ちゃんと連れて帰らないと」

 

「そうだな。俺も手伝うよ」

 

 仲間だけじゃない。敵の遺体も、ちゃんと埋葬しなければならない。

 

 遺体の回収に戻ったラウラを見送ってから、俺も宮殿の中で激戦区となった部屋の中へと向かう。最初はこの宮殿の修理費は一体いくらかかるんだろうかと考える余裕があったけど、通路を進んで曲がり角を曲がる度に新しい死体が横たわっているのを目の当たりにしているせいなのか、今はそんな余裕はない。

 

 崩落した天井や近くにあったテーブルをかき集めて作った即席のバリケードの裏には、テンプル騎士団の制服に身を包み、頭に真っ黒なターバンを巻いた兵士が横たわっていた。傍らにはヒーリング・エリクサーのものと思われる瓶が転がっており、傷口があったと思われる場所にもちゃんと包帯が巻かれているため、彼と行動を共にした仲間たちが必死に彼を看病していたことが分かる。

 

 けれども致命傷を負った元ムジャヒディンの兵士は、こうして床に腰を下ろして休んでいるかのような体勢で力尽きている。彼の傍らに転がっているAK-12を拾い上げながらしゃがみ込んだ俺は、静かにその戦死した兵士の頬についていた血を拭い去った。

 

「ありがとう…………」

 

 こんな卑怯者について来てくれて、本当にありがとう。

 

 銃を手に取らず、代わりに鍬(くわ)を手に取る道を選んでいたのならば、こんな戦争を経験することはなかったし、死ぬこともなかったというのに。

 

 本当にありがとう、同志。

 

 できるだけ彼の顔を綺麗にしてから、床に腰を下ろしている彼の身体を静かに背負う。先ほどまでバリケードの裏でひっそりと休んでいた兵士の身体は思ったよりも重くて、持ち上げた瞬間にびっくりしてしまう。

 

 力尽きた同志の遺体を背負ったまま、俺は周囲の味方に見られないようにそっとフードをかぶった。

 

 涙が流れ落ちるのを、誰にも見られないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海戦に勝利して強襲揚陸艦から出撃し、戦車で上陸した時と比べると、当たり前だが俺たちの仲間の人数は大きく減っていた。

 

 一番最初の爆撃で焼け野原と化した帝都を埋め尽くすほどの歩兵と戦車の群れがいた筈なのに、戦死した仲間の死体を連れて静かに戻ってきたテンプル騎士団の兵士たちはボロボロで、乗っている戦車も傷だらけ。戦争に負けて撤退してきた敗残兵のようにも見えてしまう。

 

 雄叫びを上げながら進撃していた時とは真逆だ。

 

 一旦割り当てられた強襲揚陸艦へと戻り、そこからボートを使って戦艦ジャック・ド・モレーへと戻る。戦死者の遺体はモリガン・カンパニーの強襲揚陸艦『アンドレイ』がしっかりとタンプル搭まで送り届けてくれるらしく、このままテンプル騎士団艦隊と共にウィルバー海峡を渡って、タンプル搭までついてくるという。そこで補給を受けてから本隊と合流し、本社の保有する軍港へと帰投する予定らしい。

 

 傷だらけの仲間たちを乗せたボートがジャック・ド・モレーに近づいていくと、甲板の上で俺たちを待ってくれていた仲間たちが歓声を上げながら帽子を振り始めた。帝都の忌々しい吸血鬼たちを打ち破って帰ってきたのだから、このように歓声を上げる仲間たちに出迎えてもらえるのは当たり前だろう。

 

 けれども、俺は彼らに手を振り返す気にはなれなかった。

 

 俺だけではない。ボートに乗って戻ってきた兵士たちは、誰も甲板の上の仲間たちに向かって手を振ることはなかった。

 

 やがて、甲板の上から響いていた歓声が小さくなっていく。ボートが近づいていく度に俺たちの表情がはっきりと見えるようになったため、きっと彼らは理解したのだろう。上陸した部隊がどれだけ壮絶な戦闘を経験し、何人の仲間を失ったのかを。

 

「おい、随分減ってるぞ…………」

 

「いったいどんな戦闘だったんだよ…………」

 

 まるで敗残兵のような姿で戻ってきた俺たちを見下ろす乗組員たちの会話を聞きながら、俺は淡々とボートをジャック・ド・モレーの巨躯へと近づけた。漆黒の船体の上から降りてきたタラップを掴んで勢いよく上へと上がり、海戦の際に自分が指揮を執っていた超弩級戦艦の広大な甲板をブーツで踏みつける。

 

 戦艦モンタナとの死闘からとっくに12時間経過しているせいなのか、敵の砲撃で吹っ飛ばされたはずの第三砲塔は完全に修復されているようだった。砲弾の直撃で開けられた大穴は見当たらないし、重厚な装甲で守られた砲塔から伸びる3本の太い砲身は、艦尾へと砲口を向けたまま鎮座している。

 

 その第三砲塔の傍らで俺たちを待ってくれていた乗組員たちに敬礼すると、彼らも敬礼を返してくれた。

 

 やがて俺の代わりに艦長を務めていたウラルや、砲手としてジャック・ド・モレーに残ってくれたカレンさんも艦内から姿を現すと、ボートから続々と艦に乗り込んでくる兵士たちに向かって敬礼を始める。

 

 生還した兵士たちの中からカノンを見つけたらしく、不安そうな表情で自分の愛娘を探していたカレンさんは少しだけ微笑んだけど、すぐに真面目な表情に戻った。

 

「お帰り、同志」

 

「ただいま。…………こっちに被害は?」

 

「ない。損傷の修復も終わったし、あとは仲間の収容が終わり次第タンプル搭へと出航する」

 

「分かった」

 

 強襲揚陸艦を離れていくボートの数を数えながら、俺は頷く。仲間を収容し終えたらすぐに出航するというのならば、あと30分足らずで収容は終わるだろう。

 

 ウラルに敬礼してから艦内へと向かって歩き始めた途端、がっちりとした大きな手に手首を掴まれた。無視して先へと進もうとしてもその手は離れる気配がない。テンプル騎士団のメンバーで俺を抑え込めるほどの力を持っていて、こんなにがっちりした手を持っているのはウラルしかいない。そう思いながら後ろを振り向くと、やはり真っ黒な制服に身を包み、夕日が発する光を浴びないようにフードをかぶったウラルが俺の華奢な手首をつかんでいた。

 

「…………一体何を見てきた?」

 

「……………………地獄だ」

 

 大勢の兵士たちが、本気で殺し合いをする地獄。

 

 雪で覆われた廃墟の上や、泥と腐臭が支配する塹壕の中。手にする武器は何でもいい。銃でもいいし、剣でもいい。スコップでもいいし、弾切れになった銃でもいい。場合によっては素手でも構わない。とにかく、相手を殺すことができる手段が手元にあり、なおかつ相手を殺す意思がある者ならば誰でも参加できる最低最悪の地獄。

 

 数時間前まで、俺たちはその真っ只中にいた。

 

 弾薬がたっぷりと入ったライフルを装備して、何人も蜂の巣にしてきた。敵の塹壕の中に転がり込んで敵をナイフで切り裂き、頭を銃弾で吹っ飛ばし、崩れ落ちたその死体を踏みつけて進軍した。

 

 俺たちもその地獄の”参加者”だったのだ。

 

 俺よりも背が高くてがっちりしているウラルの瞳をじっと見つめていると、彼は「…………そうか」と呟いてから俺の手を放してくれた。そのまま手首を押し潰すつもりなのではないかと思ってしまうほどの握力で握られていたことに気付いた俺は、無意識のうちに左手で右手の手首を押さえながら、ジャック・ド・モレーの艦内へと向かう。

 

 確かに俺たちは、この戦争に勝利した。仲間たちに歓声を送られながら勝利の美酒を味わう権利がある筈だ。なのに、俺はその勝利の美酒を味わう気にはならなかった。

 

 何人も仲間を失った上に、前世の世界で仲の良かった親友を敵に回すことになったのだから。

 

 艦内の照明を見上げながら、息を吐く。

 

 確かに全く経験したことのない本当の戦争を経験し、地獄を見た。けれどもテンプル騎士団の団長までショックを受けてどうする。こういう時こそ、ショックを受けている団員たちを鼓舞するべきなんじゃないのか。

 

 自分の頬を左手で思い切りぶん殴ってから、もう一度息を吐いた。

 

 とりあえず、艦長室に戻ろう。

 

 タラップを駆け下りつつ、通路ですれ違った兵士たちに可能な限り微笑みながら挨拶する。けれども彼らはすでに甲板に戻ってきた兵士たちがどんな表情をしていたのかを聞いていたらしく、通路で出会った俺にはどんな戦いだったのかは聞かずに、そそくさと通路の奥へと歩いて行ってしまった。

 

 肩をすくめてから、頭の中で艦長室までの道を思い出しつつ、更に下へと伸びるタラップを駆け下りる。分厚い装甲と重火器を身に纏う超弩級戦艦の中にある通路を進み、何度かタラップを駆け下りてから、俺はオルトバルカ語で”艦長室”と書かれたプレートがある部屋のドアを開けた。

 

 艦長室と言っても、それほど広いわけじゃない。タンプル搭の中にある執務室の4分の1以下くらいだろうか。ただでさえ狭い部屋の中に仕事用の机と就寝用のやや小さめのベッドを詰め込んだだけのシンプルな部屋へと入った俺は、ベッドの上に腰を下ろしてから横になる。

 

 机の上にある小さな本棚には海域や魔物に関する本が並んでいるが、どさくさに紛れてラノベもその中に並んでいる。それをじっと見つめながら、俺はブラドとの戦いで聞いたことを思い出し始めた。

 

 あいつは最初に俺の事を『実験体2号(ツヴァイ)』と呼んだ。そしてあいつも俺と同じタイプの転生者で、正体は前世の世界で俺の親友だった葉月弘人。…………飛行機の事故で死んだはずのあいつも、俺と同じようにこの世界へと転生していたのである。

 

 その後に『俺たちは次世代型転生者の実験体(モルモット)』と言っていたということは、少なくともあいつも俺と同じく実験体(モルモット)である可能性が高い。

 

「次世代型…………」

 

 17歳に若返った状態で異世界に放り込まれ、あの端末を与えられる一般的な転生者とは異なる、新しいタイプの転生者。次世代型転生者とは、俺とブラドのようなタイプの転生者の事を指しているに違いない。

 

 若返って転生するのではなく、赤ん坊としてこの世界の新しい母親から生まれる。そして端末を持たない代わりにそれよりも発展した能力を生まれつき身につけている転生者。仮説だが、おそらくこれが”次世代型転生者”の定義だろう。

 

 ならば、こんな実験を始めたのは誰だ? そもそも、いったい誰が転生者をこの世界に送り込んでいる?

 

 転生者が自分の欲望のために力を悪用し、この世界を蹂躙しているにも関わらずどうして転生者を異世界に送り込む? 

 

 それにどうしてブラドはそんなことを知っていた? まさか、転生者たちを使って何らかの実験を続けている人物と接触したことがあったのか? 

 

 俺は何も知らなかった。自分が実験体であることは全く知らなかったし、あいつがこっちの世界にいたことも。

 

 知らないことが多すぎる。

 

 何が起きてるんだ…………?

 

 ベッドの上から起き上がろうとしたその時、艦長室のドアをノックする音が聞こえてきた。ノックの音でドアをノックした人物が誰なのかを瞬時に理解した俺は、苦笑いしながら「どうぞ」と言いつつベッドから起き上がる。

 

 艦長室のドアを開けて部屋の中へと入ってきたのは、やはり一緒に育ってきた赤毛の少女だった。反射的に彼女を「お姉ちゃん」と呼びそうになったけれど、自分の正体が転生者であることを思い出した瞬間、組み上がりつつあった言葉がすぐに崩れ去る。

 

 彼女を「お姉ちゃん」と呼んでもいいのだろうか。彼女は俺が転生者だからと言って突き放すようなことはしないと言ってくれたけれど、彼女を姉だと思う事を少しばかり躊躇ってしまう。

 

 確かに俺は彼女の腹違いの弟だ。けれど、俺の中身はあくまでも水無月永人なのである。

 

「おつかれさま」

 

「ああ」

 

 彼女は微笑みながら部屋のドアを閉めると、ミニスカートの中からキメラの特徴でもあるドラゴンのような尻尾を覗かせながら、俺の隣に腰を下ろした。

 

「…………ねえ、あの話を聞かせてくれる?」

 

「ああ」

 

 俺の正体の話。

 

 タクヤ・ハヤカワの中身の話だ。

 

「俺は、確かに転生者だよ。前世の世界で死んで…………この世界で生まれ変わった」

 

 隣で話を聞いているラウラの尻尾が、まるで眠っている子供の頭を撫でるかのようにそっと背中を撫で始める。やがて俺の尻尾の表面を撫で始めると、隣にいる俺の尻尾に自分の尻尾を絡みつかせ始めた。

 

 甘えている時のような仕草だけど、ちらりと彼女の顔を見てみると、ラウラは真面目な表情で俺の瞳を見つめながら話を聞いている。どうやらふざけているわけではないらしい。

 

「エミリアさんの子供になってたの?」

 

「ああ。生まれたばかりの俺を、母さんと親父とフィオナちゃんとガルちゃんが覗き込んでたよ」

 

「そう。…………ねえ、内緒にしてたのはなぜ?」

 

「…………怖かったんだ」

 

 生まれてきた赤ん坊の中身が異世界で死んだはずの男だと知った家族に拒絶されるのが、怖かった。けれどもいつか自分の正体を告げようと思っていたんだけど、一緒に転生者を狩っているうちに転生者の大半がクソ野郎だという事を知って―――――――俺は自分の正体を、告げられなくなってしまった。

 

 転生者だという事が知られたら、力を悪用するクソ野郎というレッテルを貼られるのが怖かったから。

 

 そういう奴らと同じだと見なされるのが嫌だったから。

 

 隣で話を聞いていたラウラは、今度は静かに手を握ってくれた。柔らかくて暖かい彼女の手が包み込んでくれた瞬間、彼女に拒絶されるのではないかという恐怖が少しずつ消えていく。

 

「捨てないよ、お姉ちゃんは」

 

「…………」

 

「タクヤは私を助けてくれたし、みんなの事も助けてるじゃない。タクヤはクソ野郎なんかじゃない。とっても大切な私の(恋人)だよ」

 

「ラウラ…………」

 

 静かに寄り掛かってきた彼女は、俺の手を包み込んでいた手を一旦放してから、今度は両手を伸ばして俺を抱きしめてくれた。彼女が言ってくれた優しい言葉と幼少の頃から何度も包み込んでくれた甘い香りが、拒絶されることを恐れていた心の中にゆっくりと染み渡っていく。

 

 やがて、彼女の言葉で癒された心の中から安堵が産声を上げる。けれどもその産声をかき消してしまうほどの勢いで湧き上がり始めた感情のせいで―――――――俺は再び、涙を浮かべる羽目になった。

 

 ――――――――嬉しいんだ。彼女に”恋人”と呼んでもらえたことが。

 

 俺は、拒絶されなかった。

 

 受け入れてもらえたんだ。

 

 だから、涙が止まらない。

 

 俺も両手を伸ばして彼女を抱きしめると、ラウラは俺が泣いていることに気付いたのか、静かに頭を撫でてくれた。もう18歳になったというのに同い年の姉に頭を撫でられるのは恥ずかしいけれど、今はこうしてもらわなければ落ち着かない。

 

「よしよし。大丈夫だよ、いっぱい泣いて」

 

 ごめん、ラウラ。もう少し泣かせてくれ。

 

 彼女の言葉に甘えた俺は―――――――その時だけ、たくさん泣いた。

 

 

 

 

 

 

 


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