異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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最後の抵抗

 

 

 かつて世界を支配した伝説の吸血鬼は、人間の持つ”執念”を最も恐れていた。

 

 圧倒的な力を持つ吸血鬼にも立ち向かおうとする人間たちは、彼らから見れば無謀で滑稽な小さい存在でしかない。彼らが吸血鬼と互角に戦うには、彼らの嫌う銀や聖水をこれでもかというほど用意し、ヴァンパイアの討伐を専門にしている熟練の傭兵に依頼するか、教会に所属する騎士たちに応援を要請しなければならない。

 

 人間と吸血鬼の力の差は、それほど大きいのである。

 

 それほど力の差があるにもかかわらず、時折人間は返り討ちに遭うのを知っていながら、ナイフや短剣を手にして吸血鬼たちに襲い掛かっていった。刀身は一般的なもので、吸血鬼たちの嫌う銀ですらない。それで傷をつけたところですぐに再生されるのが関の山だ。

 

 吸血鬼たちは、そのような無駄な抵抗をする人間たちを目にしては嘲笑った。

 

 彼らは理解していなかったのである。

 

 家族や恋人を守るために、自分の命を賭けて一矢報いようとする人間の執念を。

 

 他の種族よりもか弱い存在であるために彼らが秘める、大きな執念を。

 

 しかし、レリエル・クロフォードの父はその執念に気付いていた。確かに彼らの持つ執念だけでは吸血鬼たちを殺すことはおろか、一矢報いる事すら不可能かもしれない。しかし彼らにもう少し力があれば、吸血鬼も脅かされてしまうと。

 

 それゆえに彼は人間の執念を恐れつつも、期待していた。

 

 吸血鬼にそのような執念はないからこそ、憧れていたのかもしれない。

 

 かつて自分が仕えていた主君から聞いた話を思い出しながら、ヴィクトルは腐臭と火薬の臭いが混じった風を思い切り吸い込んだ。この臭いは、この戦いで散っていった両軍の兵士たちが生み出した臭い。今から自分も、この戦場で散ることになる。

 

 投げナイフのホルダーを一瞬だけちらりと見下ろしてから、足元に転がっている泥まみれのG36Cを拾い上げた。胴体から千切れ飛んでもまだグリップを握り続けていた泥だらけの手をそっと取り外してマガジンを確認し、傍らに転がっている死体のポーチから残っているマガジンを拝借する。

 

 残骸と炎で彩られた焼け野原の向こうでは、敵の戦車が蠢いている。瓦礫の山や地面に転がる吸血鬼たちの死体をキャタピラで粉砕する大きな音を響かせながら、強力な戦車砲を搭載した鋼鉄の怪物たちが、歩兵たちをまるで眷属のように従えて進軍してくるのを見たヴィクトルは、敵の数を数えてから笑った。

 

 果たして、自分1人で味方が離脱するまで時間を稼ぐことはできるのだろうか。

 

 敗走する吸血鬼たちを追撃する連合軍の兵力は、少なくとも戦車が30両以上。歩兵はもう数えきれないほどで、しかもその歩兵たちの後方からは宮殿を襲撃していた戦車部隊も合流したらしく、凄まじい数の戦車が進撃しつつある。

 

 徐々に暗くなりつつある空は、戦闘の序盤で制空権を連合軍の航空部隊に奪われているため、モリガン・カンパニーや殲虎公司(ジェンフーコンスー)のエンブレムが描かれた戦闘ヘリが我が物顔で帝都の空を飛び交っている。時折建物の残骸の近くをホバリングしながら残骸の中に機首のターレットが火を噴いているのが見受けられるが、そこに同胞が潜んでいたのだろうか?

 

 もう、戦争は終わりだ。結果はもちろん吸血鬼たちの惨敗。これから始まるのは戦争ではなく、ブラドとアリアに忠誠を誓った1人の吸血鬼の、個人的な抵抗である。

 

 傍らの同胞の死体から手榴弾も拝借したブラドは、その同胞の死体が一枚の白黒の写真を握り締めたまま絶命していることに気付き、静かにその死体の目を閉じさせた。

 

 写真に写っているのは戦死する羽目になった吸血鬼の兵士と美しい女性。おそらく女性も吸血鬼だろう。お腹は膨らんでおり、もう少しで子供が生まれるという事が分かる。

 

 それ以上彼にとって大切な写真が泥で汚れないように、付着した泥を拭い去ってから死体の内ポケットへと入れたヴィクトルは、後方の部隊と合流して凄まじい数になった連合軍の戦車部隊を睨みつけながら笑った。

 

(願わくば、あの騎士と最後に戦いたかったものだ…………)

 

 エミリア・ハヤカワは本当に気高い剣士だった。

 

 彼女もおそらく、ヴィクトルと同じようにいずれ廃れることになる一騎討ちを楽しもうとしていたに違いない。彼女と死闘を繰り広げていたヴィクトルは、もしかしたら彼女も自分と同類なのではないだろうかと考えていた。

 

 今では、先進国の騎士団の装備は徐々に剣から高性能なクロスボウやスチームライフルに更新されつつある。近接武器ではなく飛び道具が主役になろうとしているというのに、それに逆らうかのように剣を愛用する彼女も、ヴィクトルと同じような考えを持つ相手だったのかもしれない。

 

 せめて決着をつけたかったと思いながら、G36Cのセレクターレバーをフルオートに切り替えようとしたヴィクトルは―――――――背後に立つ数名の兵士たちの方を振り向きながら、息を吐いた。

 

「撤退しろと言ったはずだ」

 

「できませんよ、そんなこと」

 

「ヴィクトル様、我らはまだ戦えます。お願いです、最後までお供させてください」

 

 いつの間にかヴィクトルの後ろに立っていたのは、ボロボロの制服に身を包んだ数名の負傷兵たちだった。銀の弾丸で身体を貫かれ、聖水で身体を焼かれたのか、どの兵士も身体のどこかに包帯を巻きつけているのが当たり前だった。中には片腕のない兵士や仲間に肩を貸してもらいながら何とか立っている兵士もおり、無茶をしているのは一目瞭然である。

 

 明らかに、一緒に戦える状態ではなかった。

 

 更に彼らの後方には、傷だらけのレオパルト2A7+も鎮座していた。アクティブ防御システムや砲塔の上のターレットは損傷しているらしく、いたるところに被弾したと思われる傷跡があるが、辛うじて移動と砲撃はまだ可能なようである。しかし万全の状態と比べれば戦闘力はかなり落ちており、このまま戦車部隊の前に立ちはだかればあっという間に集中砲火を受けるのが関の山だった。

 

 まだ生き残っている戦車がいたことに驚きつつ、ヴィクトルは首を横に振る。

 

「ダメだ、お前らは逃げろ。逃げてアリア様をお守りしろ」

 

「こんな怪我をしてますから、もう撤退した部隊には追いつけませんよ」

 

「逃げられないのならば、せめてあの魔王に一矢報いたいのです」

 

 しかし傷だらけの兵士たちも同じように首を横に振った。

 

 戦車に乗せてもらえば合流できる筈だと思ったヴィクトルであったが、中には片腕がない兵士や、仲間に肩を貸してもらわなければ動けない兵士もいる。彼らに瓦礫の上を走る戦車の上に乗れと命じれば、すぐに全力疾走する戦車の上から転げ落ちてしまう事だろう。それにこの戦車の燃料もそれほど残っていない筈だ。味方と合流する前に燃料を使い果たし、放棄する羽目になる確率は高い。

 

 もし仮にここで加勢してもらえれば本隊の離脱までの時間はしっかりと稼げる。ヴィクトルやこの勇敢な負傷兵たちの命と引き換えに、ブラドやアリアは無事にこの島国を離れることができるのだ。

 

 逃げたとしても合流できる見込みのない兵士たちを引き連れて抵抗するか、それとも彼らを強引に追い返して1人だけで抵抗するか悩んだヴィクトルであったが―――――――負傷兵たちの目を見渡した彼は、息を吐いてから首を縦に振った。

 

「分かった。最後までアリア様とブラド様のために、尽くしてもらう」

 

「了解(ヤヴォール)!」

 

「よし、戦闘準備! 砲弾はあと何発残ってる!?」

 

「APFSDSが6発のみです! 機銃もまだ生きてますが、残弾は100発程度!」

 

「分かった、戦車は敵の戦車を狙え。歩兵は俺たちで対処する」

 

 姿勢を低くしながら、空を舞う敵の戦闘ヘリの群れを見上げたヴィクトルは、舌打ちしてから唇を噛みしめた。負傷兵たちが戦車を持ってきてくれたおかげで、辛うじて敵の戦車に対抗することはできるようになった。しかし彼らの装備はアサルトライフルやなけなしの手榴弾程度で、帝都の空を飛び交う戦闘ヘリに対抗するためのミサイルや対物ライフルはない。

 

 更に、空に響き渡った音を聞いたヴィクトルは息を呑んだ。

 

 補給するために飛行場まで帰投していた航空部隊を呼び戻したのか、あのマウスや虎の子のラーテを木っ端微塵にした忌々しいA-10Cの群れが、再び帝都の空を舞い始めたのである。戦車を容易く鉄屑にしてしまうほどの火力と、機関砲に被弾した程度では撃墜できないほどの堅牢さを併せ持つ強敵を撃墜する手段も、彼らは持っていなかった。

 

 更にA-10Cが舞う高度よりも上には、漆黒に塗装された無数の爆撃機も見受けられる。

 

 敵に攻撃を仕掛けるよりも先に、あの航空部隊の攻撃でミンチにされてしまうのではないかと思ったヴィクトルは、泥や砂埃で汚れた頭をかいてから息を吐く。

 

 もう負けるのは分かっている。今から始めるのは―――――――傷だらけの兵士たちの、最後の抵抗だ。

 

 兵力差は関係ない。こちらの動力源は、かつてレリエルの父が最も恐れた”執念”なのだから。

 

 もしあの世でレリエルや彼の父と出会う事が出来たならば、ヴィクトルたちは胸を張って告げることができるだろう。大半の吸血鬼たちが嘲笑い、一部の吸血鬼たちが恐れた執念は、確かに吸血鬼たちも持ち合わせているのだと。

 

「―――――――行くぞッ!」

 

「突撃ぃッ!!」

 

 ヴィクトルの号令で、残骸の上で姿勢を低くしていた兵士たちが一斉に立ち上がり、進撃してくる戦車部隊へと向かって思い切り走り始めた。

 

 中には足を負傷した者もいるため、早くも置き去りにされている負傷兵もいる。自分も突撃したいのに負傷のせいで仲間に追いつくことができない負傷兵の悔しそうな表情を一瞥したヴィクトルは、歯を食いしばりながら前へと進んだ。

 

 彼らの分も、戦果をあげる必要がある。

 

 雄叫びを上げながら突っ込んで行く彼らを見つけたのか、天空を舞っていた戦闘ヘリの群れが高度を落とし始めた。更にA-10Cの編隊も高度を落とし、大部隊に一矢報いようとする哀れな敗残兵たちに引導を渡すために急迫してくる。

 

 Ka-50ホーカムの群れが立て続けに放つロケット弾が、ヴィクトルの傍らを走っていた吸血鬼の兵士を吹き飛ばした。一瞬だけ生じた火柱に吹っ飛ばされた吸血鬼の負傷兵の手足があっさりと千切れ飛び、右腕以外を捥ぎ取られた兵士が、悔しそうな顔をしながら泥まみれの地面に落下していく。

 

 更にA-10Cの群れも、地上を全力疾走する負傷兵たちに機首の30mmガトリング機関砲を掃射していく。いたるところで瓦礫の破片や泥が舞い上がり、戦車をズタズタにしてしまう恐ろしい兵器に撃ち抜かれてしまった負傷兵の身体の一部が舞い上がる。

 

 対吸血鬼用に銀の砲弾に変更されているらしく、バラバラにされた吸血鬼たちが再生する様子はない。

 

 ヴィクトルも強力な再生能力を持つ吸血鬼だが、あのような強力な攻撃を喰らえばただでは済まないだろう。

 

 その時、後方でゆっくりと前進していた味方のレオパルトが火を噴いた。120mm滑腔砲から放たれたAPFSDSはヴィクトルたちの頭上を通過して外殻を脱ぎ捨てると、荒々しい銛のような砲弾をあらわにしながら飛翔し、戦車部隊の先頭を進んでいたT-14の砲塔に正確に突き刺さった。

 

 致命傷は与えられなかったようだが、そのまま走行を続けていれば危険と判断したのか、被弾したT-14が速度を落として後方へと下がっていく。その隣を走行していた中国製の99式戦車が同じくAPFSDSを放ってくるが、その一撃は後方のレオパルトの砲塔の左を掠めると、その後ろにあった建物の残骸を抉った。

 

 そして、ついに敵の戦車部隊が立て続けに火を噴き始める。滑腔砲に装填したキャニスター弾を一斉に放ち、泥まみれのライフルと手榴弾を装備して最後の抵抗を続ける負傷兵たちを、弱点である銀のキャニスター弾で薙ぎ払っていく。

 

「ぐっ…………!」

 

 全力疾走していたヴィクトルの右肩を、1発のキャニスター弾が掠めた。すでに泥で汚れていたスーツと皮膚と肉を浅く抉った程度である上にヴィクトルの再生能力も高いため、すぐに傷を塞ぐことはできる。しかしこのまま突進を続けていれば、次の砲撃で蜂の巣にされるのが関の山だ。味方が脱出するまでの時間稼ぎが最優先とはいえ、せめて死ぬ前に少しでも戦果をあげておきたい。

 

 すると、またしてもヴィクトルたちの頭上を通過した1発のAPFSDSが外殻を脱ぎ捨てたかと思うと、ヴィクトルたちに狙いを定めていた99式戦車の車体の正面へとめり込んだ。

 

 凄まじい運動エネルギーと砲弾に貫かれた99式戦車の動きがぴたりと止まり、砲塔のハッチや車体のハッチから黒煙が吹き上がる。APFSDSに貫かれた複合装甲の断末魔を周囲に響かせながら擱座した戦車の中から、生き残った乗組員たちが大慌てで飛び出していく。

 

 しかし、もう後方から砲撃が飛来することはなかった。

 

 今の砲撃で、ヴィクトルたちの後方にレオパルトが潜んでいるという事が敵に知られてしまったのである。満身創痍の状態で突っ込んでくる兵士よりも、未だに砲弾を残している戦車の方がより脅威であると判断した航空部隊はすぐに目標を戦車へと切り替えると、損傷でアクティブ防御システムが使用できない戦車に容赦なく対戦車ミサイルや機関砲を叩き込み、瞬く間にレオパルト2A7+を沈黙させてしまった。

 

 対戦車ミサイルが空けた大穴や砲塔のハッチから火柱が吹き上がる。火達磨になった乗組員が車外に飛び出して転がりまわっているのを見たヴィクトルは、目を瞑ってから再び戦車部隊へと向かって走り出す。

 

 だが―――――――もう、敵からの砲撃はなかった。

 

「…………?」

 

 こちらに砲口を向けたまま、敵の戦車たちは停車している。

 

 分厚い複合装甲に身を包んだ巨躯たちの脇から次々に姿を現したのは、漆黒の制服に身を包んだ連合軍の兵士たちであった。銃剣を装着したAK-12や95式自動歩槍を装備し、雄叫びを上げながらヴィクトルや生き残った負傷兵たちへと向かって突撃してくるのである。

 

 押し寄せてくる無数の敵兵を睨みつけながら、ヴィクトルや負傷兵たちは笑っていた。

 

 人生の最後に、これほどの大軍と真正面から戦って戦果をあげることになったのだ。プライドの高い吸血鬼たちは圧倒的な数の兵士たちを目の当たりにしても、絶望するどころか奮い立っていたのである。

 

 全力で敵に向かって走りながら、ヴィクトルはセレクターレバーをフルオートに切り替えたG36Cのトリガーを引いた。5.56mm弾が立て続けに放たれ、突撃してくる敵兵の群れへと飛び込んでいく。

 

 胸板を撃ち抜かれた敵兵が倒れ、その兵士の傍らにいた兵士が雄叫びを上げながらアサルトライフルを連射する。もちろん装填されているのは、ヴィクトルたちが嫌う銀の弾丸である。

 

 とはいえ、ヴィクトルはレリエルに仕えた経験もある古参の吸血鬼。吸血鬼の王であるレリエルから何度か血を与えられたこともあるため、昔と比べれば彼の再生能力は飛躍的に向上している。物陰に隠れながら反撃するのは愚策だと瞬時に判断した彼は、今しがたその敵からの反撃で弾き飛ばされ、瓦礫の地面の上に落下する羽目になったG36Cを拾い上げずに、そのまま投げナイフをホルダーから引き抜きながら姿勢を低くして疾走する。

 

『う、撃て! あの速い奴を撃て!』

 

『くそ、動きが速過ぎる…………ッ!』

 

 瓦礫に覆われた大地の上を駆け抜けながら、右手に持った投げナイフを思い切り投擲。漆黒のナイフは弾丸に匹敵する弾速で飛翔すると、すとん、とウシャンカをかぶっていたモリガン・カンパニーの兵士の眉間に突き刺さる。

 

 右手で次のナイフを引き抜きつつ、左手のナイフも投擲。先ほど同じく弾丸を思わせる弾速で飛来したその一撃は殲虎公司(ジェンフーコンスー)の兵士の喉へと突き刺さると、そのナイフを叩き込まれる羽目になった哀れな兵士を瞬時に絶命させた。

 

 もう既に、ヴィクトル以外の負傷兵は全滅していた。先ほどまで必死にヴィクトルと共に突撃していた兵士や、足を負傷していたせいで後方に置き去りにしてしまった負傷兵の悔しそうな顔を思い浮かべながら、ナイフを両手に持ったヴィクトルはついに敵兵の群れの中へと飛び込んだ。

 

『『『УРаааааааааа!!』』』

 

「どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 左手のナイフで敵兵の銃剣を横へと受け流し、無防備になった兵士の腹に膝蹴りを叩き込む。そのまま腹を押さえて倒れ込んだ兵士を置き去りにして前へと進み、彼にアサルトライフルを向ける兵士の顔面にナイフを投擲して黙らせたヴィクトルは、その絶命した兵士の死体を盾の代わりにすることにした。制服の襟と胴体を鷲掴みした彼はその死体の陰に隠れながら前進し、銃弾を防ぎながら敵兵に肉薄すると、その死体を突き飛ばして敵兵と激突させ、体勢を崩した哀れな敵兵の喉をナイフで両断する。

 

 口元に付着した返り血を舐め取りながら、ヴィクトルは笑った。

 

 懐かしい感覚だった。最近ではアリアの護衛やブラドの世話ばかりしていたせいで、こうやって最前線で戦う事は若い頃と比べると殆どなくなってしまっていたのである。

 

 戦車の脇を通過し、更に敵兵の群れの中を突き進んでいく。

 

 姿勢を低くして彼の頭を狙った敵兵の狙撃を躱し、銃弾に撃ち抜かれた肩をすぐに再生させていく。複数の弱点で攻撃しない限り死ねないほど強力な再生能力を持つヴィクトルだが、彼の身体の傷が塞がっていく速度は、着実に遅くなりつつあった。

 

 吸血鬼は一般的に弱点の銀や聖水でなければ殺せないと言われており、強力な個体は複数の弱点での攻撃でなければ倒せないと言われている。しかし、強力な再生能力を持つ吸血鬼たちは、いつまでも弱点である銀や聖水で刻まれた傷でさえ塞いでしまうほどの再生能力を維持できるわけではない。

 

 段々と、弱点で攻撃された場合のみ再生の速度は落ちていき、やがて一般的な吸血鬼と変わらないほど再生能力は低下してしまうのである。そのため、複数の弱点での攻撃よりも非効率としか言いようがないが、”再生できなくなるほど銀の弾丸を撃ち込む”という作戦も有効なのだ。

 

 その再生能力が尽きる前に、ヴィクトルは敵に一矢報いる必要がある。

 

 そして―――――――できるならば、あの女の騎士と決着をつけたいところだった。

 

 オークの兵士の眉間に3本もナイフを突き立て、その巨躯へと駆け上がる。2mの巨躯を持つのは当たり前と言われるほど巨漢が多いオークの兵士の身体をジャンプ台替わりにして跳躍したヴィクトルは、兵士たちが撃ち出す銀の弾丸の弾幕で何度も身体を貫かれながらも、両手でありったけのナイフを引き抜き―――――――それらを、一斉に敵に向けて放り投げた。

 

 まるでそれは、ナイフの雨だった。

 

 無数の漆黒のナイフが降り注ぎ、ヴィクトルの眼下で銃を手にしていた敵兵たちの頭や肩を無慈悲に貫いていく。弾丸と殆ど変わらない弾速を維持したまま降り注いだナイフは兵士たちの肉体を次々に食い破り、瓦礫の地面の上を鮮血とナイフで絶命した兵士たちの死体で埋め尽くしてしまう。

 

 その死体だらけの地面の上に着地したヴィクトルは―――――――その向こうで待っている男を見つめながら、息を吐いた。

 

「…………魔王」

 

 そこにいたのは、全ての吸血鬼たちの怨敵だった。

 

 11年前にレリエル・クロフォードを単独で討伐し、吸血鬼たちを瓦解へと追い込んだモリガンの傭兵。今ではモリガン・カンパニーを統率する男として、人々から”魔王”と呼ばれている最強の転生者。

 

 日本刀を腰に下げた紫色の髪の女性を引き連れて立っていたリキヤは、ここまで進撃してきたヴィクトルの姿を見つめながら目を細める。

 

 きっと、たった1人の吸血鬼がここまで抵抗するのは予想外だったのだろう。A-10Cと戦闘ヘリの攻撃を掻い潜り、味方の戦車の支援があったとはいえ戦車部隊の砲撃からも生き延びて、歩兵部隊を蹂躙しながらたった1人で魔王の眼前までやってきたのだから。

 

 満身創痍の吸血鬼だからと高を括っている様子はない。まるでこれから格上の相手に挑もうとする挑戦者(チャレンジャー)のように、ヴィクトルを見据えながら静かにウェブリー・リボルバーをホルスターの中から引き抜く。

 

 もし仮にここでヴィクトルが彼に全力で攻撃したとしても、ヴィクトルを上回る実力者であるアリアが手も足も出なかった時点で、ヴィクトルも同じ結果になるのは目に見えている。しかしヴィクトルはいつものような冷静さを維持しつつも―――――――その愚策に、賭けた。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 ホルダーに残ったなけなしのナイフを両手に持ち、ウェブリー・リボルバーを構える魔王に真正面から突っ込んで行く。

 

 リキヤがトリガーを引くと同時に、彼の傍らに佇んでいたリディア・フランケンシュタインの足がぴくりと動いた。キメラどころか吸血鬼すら上回っているのではないかと思えるほどの驚異的な瞬発力で一気に加速した彼女は、まるで自分よりも一足先に”放たれた”弾丸を掴み取ろうとしているかのように駆け出すと、右手で刀の柄をそっと握りながらヴィクトルに急迫する。

 

 身体を右に思い切り倒し、ウェブリー・リボルバーから放たれた弾丸を回避するヴィクトル。しかし彼が体勢を立て直そうとした頃には、もう既に彼女の得意とする居合斬りの”射程距離内”に入っていたのである。

 

 ぴくり、と一瞬だけリディアの右手が動いたかと思うと―――――――何の前触れもなく、右腕の感覚がすべて消失した。右肩の辺りから感じる猛烈な激痛と、顔に降りかかる暖かい真っ赤な雫の雨。ぼとん、と足元に何かが落下する音を聞くよりも先に、ヴィクトルはその一撃で何が起きたのかを悟った。

 

 ――――――――捉えきれないほどの速度の居合斬りで、右肩から先を切断されたのだ。

 

 しかもご丁寧に弱点である聖水を刀身に塗っていたらしく、右腕の再生速度が著しく遅くなっている。

 

 自分自身の鮮血を顔に浴びながら、ヴィクトルは昔の事を思い出していた。

 

 レリエルとアリアの間に無事にブラドが誕生した時、吸血鬼たちは全員で新たな吸血鬼の王時の誕生を祝った。そして彼が連れ去られた時は全員で彼を探し出し、無事に救出した。助け出されたばかりのブラドは自分の母親にすらなかなか懐いてくれない問題児だったが、ヴィクトルが彼の教育を担当しているうちに、段々と他の吸血鬼たちとも親しくなっていった。

 

 今はまだ若いが、将来的には必ず吸血鬼を率いる”第二のレリエル”となってくれる筈である。

 

 だから―――――――ここで何としても、魔王を食い止める。ブラドが無事に立派な指導者に成長するために。

 

 激痛を堪えながら目を見開き、左手に持っていたナイフを至近距離でリディアに投擲。今しがた腕を切り落としたばかりの敵に攻撃されるとは思っていなかったらしく、そのナイフは辛うじて躱そうとしたリディアの肩を掠める。

 

 その隙に左手を伸ばしたヴィクトルは―――――――顔をしかめるリディアの顔面を鷲掴みにすると、彼女の頭を握り潰してしまうほどの握力で締め付けながら彼女の身体を持ち上げ、まるでハンマーを地面に振り下ろすかのようにリディアの頭を瓦礫だらけの大地に叩きつけた。

 

「…………ッ!」

 

 目を見開きながら起き上がろうとする前に、ヴィクトルは今度はリキヤに襲い掛かる。

 

 その時、リキヤの後ろに一瞬だけ蒼い髪の女性がこちらを見ているのが見えた。魔王には妻が2人もおり、容姿はそっくりだという話を聞いたことがあるが―――――――奮戦する彼を見守っていたのは、明らかにホワイト・クロックの中で手合わせしたあの騎士だった。

 

 ヴィクトルが決着をつけたがっていた、魔王の妻の片割れ。最後に戦いたい相手が、魔王の後ろにいる。

 

 ならば、超えるしかない。

 

 この強大な男を超えて、再び彼女と戦う。

 

 リキヤの放った弾丸が胸板にめり込む。胸骨が瞬く間に粉砕され、貫通した弾丸と胸骨の破片が内臓に牙を剥く。

 

 口から血を吐き出しながら、ヴィクトルは笑っていた。

 

「魔王ぉぉぉ…………ッ!」

 

 そして、まだ右手の再生が終わっていないにもかかわらず―――――――リディアを投げ飛ばした左腕を握り締めた彼は、その腕に思い切り力を込めると、3発目の弾丸を放とうとしていたリキヤの顔面へと思い切り突き出す。

 

 リキヤはその一撃を躱そうとしたが―――――――予想以上の速度で放たれたヴィクトルの拳は、回避する寸前のリキヤの右の頬へと正確にめり込んでいた。

 

「ぐ…………ッ!?」

 

「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 恐ろしい魔王ですら、邪魔。

 

 ヴィクトルが望んでいる相手は、あの時計塔の中で死闘を繰り広げたエミリアのみ。彼女ともう一度戦いたいという彼の願望と、主君を葬った男への恨みを込めた一撃は、躱そうとしていたリキヤの巨体をぐらりと揺らすと、一時的に彼の動きを止めた。

 

 その隙に追撃はせず、ヴィクトルは連合軍の総大将であるリキヤを無視して、彼の後方で待つエミリアの元へと向かう。

 

『どっ、同志!』

 

『大変だ、同志リキノフが突破された!!』

 

 オルトバルカ語で話す兵士たちの叫び声を聞きながら、ヴィクトルは自分の夫を殴り飛ばすと同時に姿を現した1人の吸血鬼を見つめつつ驚愕する彼女に向かって微笑んだ。

 

 彼女と決着をつけたかったからこそ、ここまで進撃できた。周囲にいるのは無数の敵兵と戦車たち。頭上には連合軍の爆撃機の編隊と、A-10Cの群れ。四面楚歌としか言いようがない状況でありながら単独でここまで突き進んでくることができたのは、せめて彼女と決着をつけてから死にたいという少しばかり贅沢な願望だった。

 

 けれども彼女は、受け入れてくれるに違いない。

 

 彼女も同じなのだから。

 

 ヴィクトルと同類なのだから。

 

 右肩から生えていた右腕が、肘の辺りまで再生したところで再生がぴたりと止まっていることに気付いたヴィクトルは、筋肉が剝き出しの状態のままで辛うじて右肩から”生えている”自分の右腕を一瞥してから息を吐いた。

 

 もう、再生能力は使えない。先ほどリキヤから被弾した際に、彼の再生能力は限界を迎えてしまったに違いない。

 

 だから今のヴィクトルは、ただの吸血鬼だった。銀の剣で斬られれば死に、聖水をぶちまけられればたちまち溶けてしまう脆い吸血鬼(ヴァンパイア)。しかも今から挑もうとしている彼女の剣には、当たり前のように聖水が塗られている。

 

 それでいい。相手と平等に戦うのならば、再生能力(こんなもの)はもういらない。

 

 彼女と戦うという願いは叶った。これはそれの対価なのだ。

 

 彼の再生能力が機能しなくなったことに気付いたのか、エミリアが一瞬だけ目を見開く。しかしヴィクトルが覚悟を決めていることを悟ったらしく、すぐに元の真面目な表情に戻った。

 

 そして―――――――ヴィクトルが左手でナイフを引き抜くと同時に、2人は前へと駆け出す。

 

 最早、狡猾さは必要ない。ここまで突破してきた猛者(ヴィクトル)を迎え撃ち、ここで待ってくれていた相手(エミリア)に全力の一撃を叩き込む事さえできれば、それ以外は必要ない。

 

 左手に持ったナイフを全身の瞬発力をフル活用して突き出すヴィクトルと、両腕でしっかりと柄を握り、両腕の筋力をフル活用して大剣を振り下ろすエミリア。2人のスピードはほぼ互角であり、そのままであればヴィクトルのナイフがエミリアに突き立てられると同時に、エミリアの剣がヴィクトルの肩を断ち切る筈だった。

 

 しかし―――――――先に血飛沫を噴き上げることになったのは、ヴィクトルの方だった。

 

 最後の最後で、エミリアの振り下ろした大剣が更に加速したのである。

 

(ふっ…………そうか、ここまでか…………)

 

 左肩にめり込み、再生したばかりの彼の胸板を切り裂いて右斜め下へと振り払われた血まみれの大剣を見下ろしながら、ヴィクトルの身体がぐらりと揺れる。

 

 無念ではなかった。むしろ、人生の最後に理想的な好敵手と一騎討ちができたのだから、彼は幸せ者だろう。あまりにも贅沢過ぎる最期と言える。

 

 自分の血飛沫で彩られる空を見上げながら、ヴィクトルは微笑んだ。

 

 これで時間は稼げた筈だ。少なくとも、レリエルが死亡した11年前のようにまた吸血鬼たちが瓦解することにはならないだろう。

 

 背中が冷たい瓦礫の地面にぶつかる。仰向けになったまま空を見つめるヴィクトルは、最後にアリアとブラドの顔を思い浮かべてから―――――――静かに瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現代兵器が存在することのない異世界で二回目となった現代兵器同士の激突は、後に『第二次転生者戦争』と呼ばれることになる。

 

 一番最初の現代兵器同士のぶつかり合いとなった第一次転生者戦争とは異なり、第二次転生者戦争ではこれでもかというほどの戦力を投入した連合軍が勝利したものの、彼らも数多くの兵器だけでなく、第一次転生者戦争にも従軍したベテランの兵士を何名も失うことになり、大きな打撃を受けることになった。

 

 そして、この本格的な戦争に初めて参戦したテンプル騎士団も、この戦いで自分たちの錬度の低さを痛感することになる。

 

 吸血鬼と連合軍の全面戦争は幕を下ろしたが、まだ戦争は終わっていない。

 

 この戦争の最中に天秤の鍵を手に入れたテンプル騎士団と、天秤を欲するモリガン・カンパニーの戦いは、まだ終わっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 


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