異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ブラドの憎悪

 

 

 ガキン、と甲高い金属音を奏でながら、3本の小さな投げナイフが綺麗な石の床へと突き刺さる。一般的なサバイバルナイフよりも一回り小さく、グリップも短い上に刀身とほぼ変わらないほど薄いその投げナイフは一見すると華奢な得物にも見えるが、分厚い石の床に突き立てられているにもかかわらず刀身には亀裂が入っている様子はない。まるで手入れを終えたばかりの名刀のように鋭利な刀身を維持したまま、まだ獲物を切り裂けると言わんばかりに黒光りを繰り返す。

 

 ナイフの刀身の硬度に驚愕したエミリアだったが、彼女はそれよりもそのナイフが自分へと投擲される際の”弾速”に驚愕していた。

 

 吸血鬼の身体能力は人間を圧倒する。どれだけ鍛え上げられた騎士や格闘家が挑もうとも、吸血鬼が生まれた頃から身につけている圧倒的な身体能力を超えることはできないのだ。

 

 ヴィクトルが放り投げる投げナイフの一撃も、その身体能力の高さを生かした恐ろしい攻撃であった。吸血鬼の誇る驚異的な瞬発力に加え、相手へと正確にナイフを叩き込むことのできる動体視力。その2つが組み合わせられたことで生まれる圧倒的な弾速の投げナイフは、最早ちょっとしたフレシェット弾による射撃にも等しい。

 

 今しがたの一撃で軽く頬を切られたエミリアは、手の甲で頬の鮮血を拭い去りながら息を吐いた。見切れない弾速ではないが、よりにもよってそれが繰り出されるのは剣を空振りした直後。しかもそれ以外のタイミングで放ってくるのはあくまでも牽制で、それを弾くか、回避すればより弾速を速めた”本気の一撃”が対処し辛いタイミングで飛来するのである。

 

(手強い男だ…………)

 

 新しい投げナイフを腰のホルダーから引き抜くヴィクトルを睨みつけながら、エミリアは呼吸を整えた。

 

 相手の得物は無数の投げナイフ。しかもある程度接近戦にも対応できるように設計された特注品らしく、辛うじて接近して一撃を叩き込もうとすれば、その小さなナイフを巧みに操って大剣を受け流してしまう。それゆえにエミリアは、未だにヴィクトルに1回も斬撃を当てていない。

 

 しかも人間とは違い、吸血鬼は再生能力がある。弱点で攻撃されれば無力化することはできるものの、もしその吸血鬼が強力な個体ならば複数の弱点で攻撃しない限り、弱点による攻撃であろうとも再生してしまうのだ。

 

 実際にレリエルと戦ったことのあるエミリアは、吸血鬼の倒し方も理解している。それゆえに銀の弾丸が装填されたクリス・ヴェクターも装備しているのだが、モリガンの傭兵の中ではあまり射撃が得意ではないエミリアとしては、銃撃戦よりも剣を使った白兵戦の方が自信があるのである。

 

 ちらりと刀身を見てから、素早く聖水の入った瓶の中身をバスタードソードの刀身にぶちまける。サラマンダーの角で作られた得物の刀身が聖水で湿り、広間の中を照らすシャンデリアの明かりで煌く。

 

 そして、またしてもエミリアは前へと踏み込んだ。

 

 両手でしっかりとバスタードソードの柄を握りながら、姿勢を低くして突進する。マグマを彷彿とさせる紅蓮の切っ先が石の床で擦れ、一瞬だけ火花を散らす。

 

 ラトーニウス王国騎士団で剣術を学び、モリガンの一員となっても決して剣を手放さなかった彼女の剣術は、間違いなくモリガンの傭兵の中でもトップクラスである。女性とは思えぬほど強靭な腕力と瞬発力は、重い得物であろうとも圧倒的な素早さで振るい、敵を瞬く間に両断してしまう。

 

 しかし彼女の得物が剣である以上は―――――――肉薄しなければ意味がない。

 

 長年努力を続けてきたエミリアでも、それは変えられない。

 

(相変わらず速い…………ッ!)

 

 敵対するヴィクトルを驚愕させるほどの速度で突撃するエミリア。小細工は全くない。自分自身の脚力と瞬発力をフル活用した単純な突撃である。

 

 フェイントではないと判断したヴィクトルは、ホルダーから引き抜いたばかりのナイフを立て続けに投擲した。この攻撃で仕留めるつもりはない。あくまでもエミリアを回避させるかガードさせることで隙を生ませ、その瞬間に放つ一撃で仕留めるための布石。

 

 弾丸と遜色ないほどの速度で急迫する2本の投げナイフを、エミリアは隙を作る羽目になるにも関わらずバスタードソードを大きく振るって叩き落す。振り払う最中に最初の1本を弾き、振り払い終えるタイミングで2本目を叩き落せる瞬間に振り払われた漆黒の剣は、エミリアの目論み通りに2本の投げナイフを弾き飛ばしたが、その代わりにヴィクトルが欲していた”隙”を作る羽目になってしまった。

 

 後ろへとジャンプしていたヴィクトルが、まるでホルスターから愛用の拳銃を引き抜くガンマンのような瞬発力で、ホルダーの中からもう1本の投げナイフを引き抜くと同時に投擲する。

 

「!」

 

 振り払ったばかりの大剣を強引に引き戻し、一瞬だけ減速しつつもう一度大剣を振るう。ガチン、と投げナイフがバスタードソードの分厚い刀身で弾き飛ばされ、くるくると回転しながら天井に吊るされているシャンデリアの中へと飛び込んでいく。

 

(くっ…………!)

 

 強引にナイフを弾き飛ばすために減速する羽目になったエミリアは、歯を食いしばりながら彼女と距離をとったヴィクトルを睨みつけた。

 

 彼は接近されれば勝ち目はないという事を理解している。それゆえに彼女と近距離で白兵戦を繰り広げるつもりなどないのだ。徹底的に投げナイフで消耗させ、隙を作ってから仕留める作戦でエミリアを追い詰めるつもりなのである。

 

 狡猾な手だが、エミリアはそれを非難するつもりなどはなかった。

 

 それが、相手を倒すための最も有効な手段なのだから。むしろエミリアの得意とする点を正確に観察し、それを打ち崩すための手段を短時間で考え付いた相手を称賛したいところである。

 

 それに、この敵には誇りがある。

 

「―――――――さすがだ。手強いな、魔王の妻よ」

 

「お前こそ、狡猾な男だ。こんなに緊張感を感じる戦いは久しぶりだよ」

 

「我らの仲間にならないか? お前のような気高い剣士が欲しい」

 

「ふん、悪いが私は魔王(あの男)のものだ。彼以外の男の物になるつもりはない」

 

「そうだろうな…………本当に残念だよ!」

 

 息を吐いたヴィクトルは、今度は一気に6本のナイフを引き抜いた。両腕を振り払いながら扇状に投擲された投げナイフの群れは、まるでショットガンから放たれる散弾のようにエミリアへと急迫する。

 

 再び大剣で防ぐ準備をしながら、エミリアは先ほどのヴィクトルの攻撃がただ単に攻撃が終わった瞬間の隙を狙った一撃でなかったことに気付いた。

 

 突進してきたエミリアにナイフを投擲し、彼女が減速しつつ大剣を振り払ったタイミングで1本のナイフを本気で投擲して仕留める。先ほどの攻撃もそれと同じ作戦なのだろうと思いながら辛うじて対処したエミリアだったが――――――それはエミリアに自分との距離を詰めさせ、投げナイフを避けにくくするためのヴィクトルの策だったのだ。

 

 ヴィクトルはエミリアと距離をとったものの、先ほどよりもヴィクトルとの距離は近い。しかし彼にエミリアの得意な剣術をお見舞いするには、もう少し踏み込まなければならない距離である。

 

 その距離で、ヴィクトルは一気にナイフを6本も扇状に投擲したのだ。

 

 散弾を放つショットガンは、至近距離での戦闘で恐るべき兵器に変貌する。ヴィクトルが放り投げたナイフも同じく、恐るべき攻撃へと変貌を遂げた。散弾のように飛来するナイフは、いくらエミリアの剣劇が素早くても、一撃では全て弾き切れない。

 

 ヴィクトルの罠だったことを理解したエミリアは目を見開いたが―――――――すぐに冷静になった彼女は姿勢を低くすると、逆にそのナイフの散弾の中へと向けて走り出す。

 

「!?」

 

 1本くらいは喰らう羽目になるが、左右に避けるだろうと思っていたヴィクトルは、自殺行為でしかない前方への突進をエミリアが選択したのを目の当たりにして驚愕した。

 

 もし仮に大剣を振るうか、左右へと回避することを選択していたのならば、ナイフを喰らう羽目にはなるものの軽傷で済んだことだろう。しかしナイフが飛来してくる前方へと突っ込めば、言うまでもないが扇状に飛来するナイフが直撃することになる。

 

 そう、自殺行為だ。

 

 いくら彼女がモリガンの傭兵だとしても、弾丸に匹敵する弾速で飛来するナイフを全て受け流すことはできない。

 

 そう決めつけつつも、ヴィクトルは少しばかり期待していた。

 

 この気高い剣士ならば、きっとこのナイフを潜り抜けてくれるだろうと。そして自分を楽しませてくれることだろうと。

 

 人類の技術が発展するにつれて戦争の方法も変わり、今では長い間人類のポピュラーな武器であった剣が廃れつつある。産業革命によって登場したスチームライフルが、新たに戦争の主役としてあらゆる戦場で猛威を振るうのだ。

 

 剣の終焉は、このような手強い強敵と一対一の決闘ができるような戦争の終焉も意味している。

 

 だからヴィクトルは、時代が変わる度に嘆いていた。もう気高い相手との決闘を楽しめる時代ではなくなってしまうのだと。

 

 それゆえに、彼はエミリアとの戦いがおそらく自分が経験することになる最後の一騎討ちになるだろうと予測していた。この戦いが終われば、もう二度と一対一の戦いができない世界になってしまうのは火を見るよりも明らかだ。そのような退屈な世界になる前に彼女と戦うことができた自分は幸せ者だと思いながら、次のナイフをホルダーから取り出しつつエミリアを見守る。

 

(さあ、掻い潜れ。俺を楽しませてくれ…………!)

 

 まだレリエルの眷属だった頃から、ずっとこのような戦いに憧れていた。レリエルと大天使が繰り広げたような一騎討ちを、いつか自分もしてみたいと幼い頃から夢見ていた。

 

 今の戦いがまさにその夢の一騎討ちだった。横槍を入れる邪魔者は誰もいない。目の前にいる1人の猛者と、互いの力を存分にぶつけ合うことができる時間。いずれ廃れてしまう古めかしい戦いをヴィクトルは謳歌していた。

 

 そして彼の目の前で―――――――ナイフの群れへと飛び込もうとしているエミリアが、剣を縦に振るう。まるで地面に杭を打ち込むかのように振り下ろされた漆黒のバスタードソードは抵抗しようとする空気を強引に引き千切って床へと落下すると、一流の職人が作り上げた石の床を氷のようにあっさりと叩き割った。乳白色の無数の欠片が粉塵と共に舞い上がり、砕け散った破片たちがまるで大地から打ち上げられた散弾のように放り出されていく。

 

 相手がナイフを扇状に放つならば―――――――剣の一撃ではなく、床の破片を利用して迎撃するつもりなのだ。

 

 もちろん、一つ一つの破片を狙って正確にナイフへと当てることはどんな剣士でも不可能である。あくまでもそのうちのどれかがナイフに当たり、軌道を変えてくれることを期待したエミリアの一手である。

 

 極めて不確実な一手であった。下手をすればその破片や粉塵で自分の視界を滅茶苦茶にし、むしろ敵に攻撃される隙を作りかけない愚策を、彼女は自分自身の判断力と毎日の素振りで鍛え上げた腕力で強引に奇策へと組み替えてしまったのである。

 

「!」

 

 やや大きめの破片が斜め下から数本のナイフを突き上げ、それの軌道を逸らしてしまう。エミリアの手足へと突き立てられる筈だった鋭いナイフの群れは軌道を変えられると、凄まじい速度で回転しながら天井や壁へと突き刺さる。

 

 6本のうち1本が辛うじてエミリアの肩を掠めたが―――――――その程度で、モリガンが誇る騎士は止まらない。

 

 自分の攻撃を防がれたヴィクトルは、すっかり高揚していた。

 

 待ち望んでいた一騎討ちの相手が、まさに待ち望んでいた相手だったのだから。

 

 本気で放り投げたナイフの群れを掻い潜り、自分と本気で戦おうとしてくれているのだから。

 

 大剣を構えて突っ込んでくる古めかしい女の騎士を見つめながら、ヴィクトルは笑っていた。ナイフを握ったまま両腕を思い切り広げ、吸血鬼の象徴である鋭い犬歯を剥き出しにしながら。

 

「待っていたぞ…………私は、お前のような猛者をッ!!」

 

 ヴィクトルとの距離を詰めながら、エミリアも笑っていた。

 

 相手が自分との戦いを楽しんでくれていることを悟った彼は、安心しながらナイフを再び投擲する。いつも持っている冷静さをかなぐり捨てて、この戦いを思い切り楽しむことにした男は―――――――今までの狡猾な戦い方を、捨てることにした。

 

「待っていたぞ、エミリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ナイフを持ったまま、ヴィクトルは真っ直ぐに突っ込んでくるエミリアを迎え撃つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行機の事故で死亡した後、異世界に転生する羽目になると予想できるわけがない。

 

 しかもその異世界で―――――――親友と殺し合う事になるなんて想像できるわけがない。というか、想像したくない。大切な友達なのだから、もし仮にその異世界で再会したら一緒にまた大騒ぎがしたいから。

 

 前世の世界で弘人たちと過ごした時間の思い出が、先ほどから巨大なハンマーのように俺の心を打ち崩そうとする。それだけ今の彼は俺の敵なのだと思っても、前世の世界から持ち込んだ俺の記憶は突き放せない。ちょっとした亀裂から俺の心の中に浸透してきて、俺を壊そうとする。

 

 タボールから放たれる5.56mm弾を何とか躱し、PL-14のトリガーを引く。スライドがブローバックする度に9mm弾の薬莢が排出され、微かな陽炎を纏いながら床へと落ちていく。ドットサイトの向こうのブラドはやはり再生能力に頼らない戦い方を貫き通すつもりらしく、俺が銃口を向けて発砲しようとする瞬間には身体を逸らして回避を始めていた。

 

 弾丸を躱された瞬間、すぐに次の弾丸を命中させるために照準を合わせつつ、俺は安堵していた。

 

 親友を傷つける羽目にならなくてよかったと。

 

 ―――――――――ダメだ、それでは甘すぎる。

 

 前世の記憶に、侵されるな。

 

 今のあいつは敵だ。俺たちに武器を向け、俺やラウラやノエルを殺そうとしている敵なのだ。こっちを殺そうとしている敵に情けをかけてどうする? ラウラたちが血まみれになって倒れる羽目になっても、”前世の友達だから”っていう理由で許すのか?

 

 ふざけるな、くそったれ。

 

 そんなことはさせない。

 

 歯を食いしばりながらハンドガンを連射しつつ、タボールから立て続けに放たれる5.56mm弾の雨を掻い潜る。姿勢を低くしながら距離を詰めて白兵戦を挑もうとするが、ブラドは俺との白兵戦に付き合ってくれるつもりはないらしく、驚異的な瞬発力で後方に下がりながら距離を離し続けている。

 

 白兵戦ならば俺の得意分野だから勝てるかもしれないが、ブラドは白兵戦に持ち込ませてくれない。

 

 距離を詰めるのを断念しながら後ろへと下がろうとしたその時、タボールの銃身の下に搭載されているグレネードランチャーが火を噴いた。

 

「ッ!」

 

 立て続けに5.56mm弾を吐き出し続けていた銃身よりもはるかに太い40mmグレネードランチャーの砲身から、40mmグレネード弾が躍り出たのである。微かに炎を纏いながら姿を現したそれは一旦距離を離そうといた俺に向かって飛来し―――――――その途中で、微かに揺れた。

 

 やがて40mmグレネード弾がゆっくりと2つに分裂したかと思うと、まるで撃墜された戦闘機が不規則な回転をしながら空中分解していくように段々とバラバラになっていき―――――――最終的に、石の床の上で炸裂する。

 

 咄嗟に外殻を使って爆風から身を守りながら、あのグレネード弾に何が起きたのかを理解した。

 

 ―――――――――蜘蛛の巣へと飛び込んだのだ。しかも最も獰猛で、尚且つ狡猾な蜘蛛が作り出す斬撃の巣窟に。

 

 爆風の中で一瞬だけ細い銀の糸が揺れたのを目の当たりにした俺は、一瞬だけノエルの方を向いてからニヤリと笑った。

 

 今のグレネード弾の弾道を予測していたノエルが、即座に銀の糸を貼ってグレネード弾を待ち構えていたのだ。とはいえ彼女の遺伝子に含まれているのは鋭利な糸であらゆる獲物を切り刻んでしまうキングアラクネ。通常のアラクネの放つ粘性の糸ではなく、触れた物をあっさりと寸断する恐ろしい糸である。

 

 そんな糸で、銃弾よりも速度が遅いとはいえ凄まじい速さで襲来するグレネード弾を”受け止める”事ができるわけがない。それゆえに、彼女の糸は触れたグレネード弾を”丁寧に”切り刻んでしまったのだ。

 

 硬化を維持したまま、PL-14をホルスターへと戻す。そしてもう1本のテルミットナイフを鞘の中から引き抜きつつ、その爆風の中へと飛び込んでいく。猛烈な火薬と焦げた破片の臭いを全身に纏う羽目になりながらその向こうへと飛び出すと、グレネードランチャーから薬莢を排出していたブラドが目を見開きながらナイフを引き抜いた。

 

「!」

 

「うおおおおおおおおッ!」

 

 強引にテルミットナイフを振り下ろす。ブラドはM9バヨネットでその一撃を受け止めるが、こちらはちょっとしたマチェットのような分厚いナイフだ。それに瞬発力には俺も自信があるから、あいつの一撃よりもこっちの一撃の方がはるかに重い!

 

「何でだよ、弘人!? 俺が何をした!?」

 

 どうして俺を憎む?

 

 俺がお前の父親を殺した男の息子だからか? それともお前の同胞を何人も葬ってきた怨敵だからか!?

 

 問い詰めたが、ブラドは答えてくれない。相変わらず濃密な憎悪を含む視線で俺の顔を睨みつけながら、今しがたの一撃で体勢を崩しかけていたとは思えないほどの素早い斬撃で反撃してくる。

 

 身体を後ろに逸らしてその一撃を回避。振り払い終えた瞬間を狙って攻撃してやろうと思ったが、いつの間にかブラドはタボールを投げ捨て、ブルパップ式のアサルトライフルよりも近距離での戦闘で真価を発揮するコルト・ガバメントを引き抜いていたことに気付いた俺は、そのまま身体を後ろに倒しつつジャンプして距離を取る。

 

 コルト・ガバメントのスライドがブローバックし、.45ACP弾が身体を掠める。

 

「自分の事なのに、お前は何も分かってないのか!?」

 

「だから、何のことだ!?」

 

 ナイフを振り上げながら追撃してくるブラド。彼は俺に向けてM9バヨネットを振り下ろそうとしたが、途中でその一撃の軌道が変わる。俺がそれを受け止めるために構えていたナイフに刀身が当たる寸前にぴたりとブラドのナイフが止まったかと思うと、まるでナイフの切っ先で三日月を描こうとしたかのように、くるりとナイフの斬撃の軌道が変わったのである。

 

 フェイントか…………ッ!

 

 右の脇腹を外殻で覆い、その一撃をガードする。装甲車の装甲をハンマーで殴ったような金属音が広間の中に響き渡り、すぐに残響と化していく。

 

 首を狙って右手のナイフを左へと振り払ったが、ブラドは俺の反撃を見切っていたのか、ナイフが振り払われた瞬間にはもう後ろへと下がっていた。吸血鬼の瞬発力と反応速度がなければ、間違いなく今の一撃で首を切断されていた筈だ。

 

「…………お前、裕福な家の子供に転生できてよかったじゃないか」

 

「え…………?」

 

 コルト・ガバメントから空になったマガジンを取り出しながら、ブラドが小さな声で言った。当たり前だが、魔王の息子として生まれ変わることができた俺を羨ましがっているというわけではないらしい。

 

「きっと幸せな生活だったんだろうなぁ…………父親が企業の社長だからちゃんとした収入もあるし、母親たちからはしっかりした教育が受けられる。しかも生まれつき人間を凌駕する身体能力と前世の記憶があるんだから…………楽しかっただろ? 異世界の生活はさ」

 

「何が言いたい?」

 

 嘲笑するブラドに向かって言うと、彼は息を吐いた。彼だって、吸血鬼の王の息子として生まれてきたから裕福な環境だった筈だ。吸血鬼の持つ再生能力のおかげで死ぬ確率はかなり低いし、転生者の能力以外にも様々な能力がある。権力と実力を兼ね備え、将来的にも吸血鬼たちの頂点に立てる王の候補として生まれることができたのだから、彼だって”楽しい”生活を送ってきた筈だ。

 

 しかし―――――――ブラドが告げたのは、彼の憎悪の一部だった。

 

「―――――――俺はな、生まれてすぐに奴隷商人共に拉致されたんだ」

 

「「「!?」」」

 

 前世で弘人と親友だった俺だけではなく、彼の生い立ちを耳にする羽目になったノエルとラウラまで目を見開いた。

 

 普通なら考えられない。今でもまれに吸血鬼が奴隷として売られることがあるらしく、特に美しい女性の吸血鬼がオークションに”出品”されれば、最終的にその値段はちょっとした国家予算並みの金額になるという。しかしプライドが高い上に手強く、個体数も激減している吸血鬼が奴隷にされる確率はかなり低い。

 

 まだ下級の吸血鬼が人間に捕らえられたのならば納得できるが、その吸血鬼たちを統括するレリエル・クロフォードの息子があっさりと人間たちに捕らえられるのは考えられない。厳重に警備されている筈だし、母親であるアリアもすぐ近くにいる筈だ。

 

 吸血鬼の王と自分の間に生まれた愛おしい我が子を、薄汚い奴隷商人に渡すわけがない。

 

「家臣の1人が人間と通じてやがったんだ。母上は俺を生んだばかりだったから身動きが取れなかったし、父上はよりにもよって遠征中。おかげで俺はすんなりと商人共に”納品”されちまったよ。…………それからは地獄だった。赤ん坊の育て方も知らない商人共に最低限の世話をされながら、5年間も牢屋の中だったんだからなぁ」

 

「そんな…………」

 

 この世界では、そういう経験をした人々が多い。奴隷が当たり前のように取引されるせいで家族と離れ離れになった人は少なくないのだ。幼少の頃にそのような人々と同じ運命を辿りかけた俺とラウラは、息を呑んでから息を吐いた。

 

 あの時、もし俺が訓練で使った弾薬の薬莢を道に撒いた親父に助けを求めなかったら、今頃俺とラウラは離れ離れになっていたかもしれない。見知らぬ貴族に買い取られ、彼らの奴隷として過酷な労働をさせられたり、犯される羽目になっていてもおかしくはなかったのである。

 

 弘人は生まれてからすぐに、そうなる羽目になったのだ。自分を生んでくれた母親と生まれてから5年間も離れ離れになり、過酷な経験をしてきたのだろう。

 

「血も少ししか与えてもらえなかったから、すぐに俺の身体は細くなっていった。手足を伸ばすことすらできないほど狭い牢屋の中で、ずっと空腹を感じながら人間共の見世物にされ続けたんだ。どいつもこいつも、商人のクソ野郎が意気揚々と『こいつは世にも珍しい、あのレリエル・クロフォードの息子でございます! 他の奴隷とは価値が違いますよ!』って言ったのを聞いて大騒ぎしやがって…………!」

 

「お前…………」

 

「そして狭い牢屋の中に連れ戻されて、目の前で女の奴隷が服を脱がされて商人の”暇つぶし”につき合わされたり、暴行を受けて絶叫するのを眺める惨めな日々が5年も続いた。…………気が狂いそうだったよ。プライドも人権も木っ端微塵だ。死にたいと思ったけど、ナイフを刺しても死ねないからな」

 

 彼の話を聞きながら、俺はいつの間にかナイフを下ろしていた。

 

 前世の世界で生きていた俺も父親から暴行を受けながら育ったから、絶望しながら生きる辛さは理解できる。俺も幼少の頃から17年間もクソ親父の暴力に耐え続けながら生きてきたのだから。

 

「―――――――でも、そういう経験をする度に、俺は思ってたんだ。…………『永人(ビッグセブン)の奴もこんな辛い経験をしながら生きてたんだから、俺だって耐えられる筈だ』ってな。辛い体験をする度に、俺はいつもお前の事を思い出してた。父親の理不尽な暴力に屈せずに、高校を卒業して立派に働こうとしていたお前の事をさ」

 

「…………」

 

「こう見えても、俺はお前に憧れてたんだぜ? 屈強な男だって」

 

 違うよ、弘人。

 

 俺はお前のおかげで屈せずに頑張ることができたんだ。お前や他の友達と学校生活をするのが楽しいから、クソ親父から受ける理不尽な暴力にも耐えることができた。だからお前は、俺の命の恩人なんだ。俺はそんなに我慢強い男じゃない。お前のおかげで頑張ることができただけなんだ。

 

 予備のマガジンを装着し、スライドを元の位置に戻すブラド。再装填(リロード)を終えた彼は息を吐くと、一瞬だけ俺に向かって微笑んでから―――――――再び猛烈な憎悪と殺意を剥き出しにする。

 

 先ほどまでの憎悪とは格が違う。産声を上げた時のままの状態を維持していた彼の憎悪はよりどす黒く、鋭利だ。

 

 憎たらしい相手だけでなく、自分まで粉砕してしまうほどの怒りを叩きつけられる羽目になった俺は、息を呑みながら親友”だった”少年を見つめることしかできなかった。

 

「―――――――なのに、何なんだよお前は…………ッ! 一番虐げられる人の辛さを知っている筈のお前が…………へらへら笑いながら裕福な家で幸せに暮らしやがって!」

 

「違う、弘人! 俺だって虐げられている人を―――――――」

 

「黙れよクソ野郎! 俺はお前なら分かってくれると思ってたのに…………虐げられてたお前なら…………きっとその経験を忘れてないと思ったのに!」

 

 頼む、聞いてくれ。

 

 俺だって、虐げられている人々を救いたかった。この世界で生活しながらクソ野郎に虐げられていた人々を何人も目にしてきた。圧倒的な力や権力を持つ一部のクソ野郎に、人々が蹂躙されることのない世界を作るために両親から戦い方を学び、テンプル騎士団を設立して、メサイアの天秤を追い求めてるんだ。

 

 あの経験を決して忘れたわけじゃない。

 

「俺はッ! もうお前を許せない! お前なんか―――――――」

 

 ブラドは純粋な憎悪を俺へと叩きつけながら――――――コルト・ガバメントを俺へと向けた。

 

「―――――――もう、俺の友達なんかじゃないッ!!」

 

「…………っ!」

 

 もう、この親友とは決別するしかないのだろうか。

 

 せっかくこの異世界で再会することができたというのに。

 

 殺すしかないのか?

 

 大切な友人を―――――――殺すしかないのか?

 

 辛うじてナイフを握っている両手が、いつの間にかぶるぶると震えている。親友と決別する羽目になって悲しんでいるのだろうか? それとも、拒絶されたとはいえ親友を殺すのを拒否しているのだろうか?

 

「タクヤ」

 

 震える両手を見つめていると、ブラドへとアンチマテリアルライフルを向けていたラウラが俺の名前を呼んだ。飛行機事故で命を落とした哀れな水無月永人ではなく、キメラの1人として生まれたタクヤ・ハヤカワ(最低最悪のクソ野郎)の名前を呼んだ彼女の目つきは、やはりいつもよりも鋭い。

 

 いつも甘えてくる甘えん坊のお姉ちゃんとは思えないほど凛としていて、未だにブラドに対する殺意を維持し続けている。

 

「決めなさい。彼と戦うか、殺されるか」

 

 ブラドと戦う事を拒否すれば、メサイアの天秤の鍵は手に入らない。もうなったら俺たちの理想は実現できないし、この戦いで死んでいった兵士たちの犠牲が全て無駄になってしまう。

 

 だからどちらを選ぶべきかは瞬時に理解できた。

 

 虐げられている人々の救済のために、メサイアの天秤の力を使う。だからそのために俺たちは鍵を手に入れなければならない。

 

 戦いから逃げるのは許されない。そして敵に鍵を渡すのも、許されない。

 

 弘人。悪いけど―――――――メサイアの天秤を手に入れるために、お前と戦わなければならない。

 

「ごめん、弘人。――――――――お前とはもう、絶交だ」

 

 親友”だった”少年にナイフの切っ先を向けながら、俺はそう言った。

 

 

 

 


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