異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ラウラVSレナ

 

 

 ラウラがレナを殺した数日後、彼女をモリガン・カンパニーの本社に残してカルガニスタンに戻った俺は、現地でレナの遺体を回収していたモリガン・カンパニーの部隊に呼び出され、レナの死体を確認していた。

 

 現場でAK-12とボディアーマーを装備して俺を待っていてくれたエルフの兵士に案内され、数名の警備兵たちが閉鎖した廃墟の中へと入った俺は、猛烈な血の臭いと床や壁にこびりついた血痕を目の当たりにしてぞくりとしながら奥へと進み―――――――奥の部屋に転がっていたレナの死体を目の当たりにする羽目になった。

 

 俺も転生者を狩るときは、ナイフで無残な殺し方をする。手足を切り落とすのはいつもやっているし、首を切り落とすのも当たり前だ。その廃墟の中で俺が目にしたのは、俺の”そういう技術”よりもやや未熟な技術の犠牲になった1人の少女の亡骸だったのだ。

 

 床に転がる胴体の隣に置かれているレナの頭は、もう笑顔を浮かべることもないし、涙を流すこともない。俺は床の上に転がる彼女の頭を拾い上げてから優しく抱きしめ、そっと目を瞑った。

 

 俺がラウラをしっかりと監視していれば、彼女は犠牲になることはなかったのだ。レナを殺したのはラウラの罪だが、俺の責任でもあるのだから。

 

 彼女が許してくれるとは思えない。けれども、俺もできる限り償うつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界で、俺は何度も信じられない光景を目にしてきた。前世の世界には存在しなかった筈の魔術や魔物も見たし、自由自在に兵器や能力を生産できる転生者の能力も目の当たりにした。だからそのような”ありえない光景”を目にしても、もう慣れたと思っていた。

 

 しかし―――――――目の前に、死んだはずの少女が立っているというのは信じることができない。

 

 俺はあの時、レナの遺体を目にしているのだ。カルガニスタンの街の中にある小さな廃墟の中で、ラウラがバラバラにしたレナの遺体。おそらくナイフで殺してからあそこに遺体を運び、そこで解体したのだろう。

 

 そう、確実にレナは死んだ。

 

 あの死体は影武者ではないし、作り物でもない。俺があの時抱きしめた遺体の頭は、レナの頭だったと断言できる。

 

 では、なぜレナはまだ生きている?

 

 最初から吸血鬼だったという可能性もあるが、吸血鬼は弱点以外で攻撃されても身体が”勝手に”再生してしまうという特徴がある。それゆえに普通のナイフで一般的な人間のように殺害されたとしても、傷口は勝手に塞がってしまうのだ。だからいつまでも”死んだ”状態を維持して死体のふりをし、敵が油断した隙に瞬時に再生して襲い掛かるという芸当はできないのである。

 

 そのため、レナが吸血鬼だったという可能性は考えられない。

 

 ならば、どうしてレナがここにいるのか? 幼少の頃に読んだ図鑑に載っていた吸血鬼に関する情報を次々に引っ張り出して仮説を立てていくが―――――――その中の仮説のうちの1つと、ラトーニウス王国の銛で遭遇した1人の吸血鬼の事を思い出した瞬間、俺ははっとした。

 

 吸血鬼の血には特別な力があるという言い伝えがある。人間に飲ませることでその人間を吸血鬼にしてしまったり、魔物に変貌させることができるのだ。もし仮にその人間が死んでいたとしても、死体に吸血鬼の血を垂らせば同じように魔物や吸血鬼に変貌させてしまうのである。

 

 そしてラトーニウス王国の森で襲い掛かってきた、フランシスカという名前の吸血鬼の女。彼女は確か、親父や母さんがまだ17歳だった頃に追っ手として2人を追撃し、あの森の中で返り討ちにされたハーフエルフの少女だという。21年も前に殺された騎士が吸血鬼になって襲い掛かってくるのは考えられないが、あのフランシスカも同じように吸血鬼に血を与えられて吸血鬼にされた可能性が高い。

 

 真っ黒な纏うレナが、書庫の真ん中でニヤリと笑う。死んだと思っていた自分が蘇って登場したことに驚いている俺たちを見て楽しんでいるのだろうか。

 

 彼女は俺を見つめた後にラウラの方を睨みつけた。やはり自分を殺したラウラが憎たらしいのだろうか。

 

「――――――まだ、その女と一緒にいるんだ」

 

「レナ、どうしてここにいる…………?」

 

「信じられない? ふふっ、そうだよね。…………私はね、確かにあの時ラウラに殺されたよ」

 

 PP-19Bizonを向けている俺の隣で、ラウラがレナを殺したことを知らないノエルが目を見開きながらこちらを見ている。ラウラの罪を知っているのは、テンプル騎士団の中では俺とラウラだけ。モリガン・カンパニーの社員は何名かこのことを知っているらしいが、ラウラが復帰した後の事も考えて親父がその件を口外することを固く禁じたらしく、ラウラがレナを殺したという事はあまり知られていない。

 

 だからノエルが驚くのは当たり前だった。

 

「お姉ちゃん、どういうこと…………?」

 

 テンプル騎士団が殺していいのは、人々を虐げるクソ野郎のみ。

 

 確かに俺たちは今までに何人も殺してきた。中には無残に殺したクソ野郎もいる。けれども、俺たちは無差別に人の命を奪ってきたわけではないのだ。与えられた力を悪用して人々を虐げる転生者や、貴族の権力を悪用して人々を苦しめるような輩を葬り、少しでも人々を救おうとした。それがテンプル騎士団の理念なのだから。

 

 けれどもラウラは、少なくともクソ野郎ではない彼女を殺してしまった。しかも殺した理由は個人的な理由である。

 

 親父が俺たちに武器を使う事を許し、自分たちが磨き上げてきた技術を伝授してくれたのは、無差別に人を殺させるためではない。かつて自分たちが抱いていた理想を引き継いでくれると思ってくれたからこそ、俺たちに様々な技術を教えてくれたのである。

 

 ノエルに問いかけられたラウラが息を呑む。ちゃんと話すべきなのかもしれないが―――――――今は、敵が目の前にいる。その話はタンプル搭に戻ってからでもいい筈だ。

 

「ノエル、それは後で話す」

 

「…………分かった」

 

 ノエルがラウラをこれ以上問い詰めなかったことに安堵しながら、再びレナを見つめる。

 

 やはり彼女の容姿は、カルガニスタンで会った時とあまり変わっていない。髪は少しばかり伸びているけれど、それ以外の容姿は全く変化がないのだ。まるで俺が確認した彼女の死体が幻覚だったのではないかと思ってしまうほどである。

 

「ねえ、タクヤ君。これを見てよ」

 

 そう言ってから、レナはゆっくりと身に纏っている黒いマントを脱ぎ捨てた。俺たちがここに来る途中で撃ち殺してきた吸血鬼たちと同じデザインの黒い制服を身に纏ったレナは静かに制服の袖を捲り、真っ白な腕を晒す。

 

 彼女の腕を見た瞬間、俺たちは凍り付いてしまった。

 

 あのカルガニスタンの廃墟の中でレナの遺体がどのような状態になっていたのか、はっきりと覚えている。手足や頭は動体から切り落とされてバラバラにされており、小屋の中は血の海だった。俺も転生者を無残に殺したことがあるが、俺よりもやや未熟な技術だったからなのかなおさら無残に見えてしまった。

 

 目の前に現れたレナが見せてきた腕には―――――――黒い糸のようなもので縫い合わせたような跡があった。人体の傷を縫い合わせたというよりは、まるでボロボロになってしまった人形を修繕するために縫い合わせたようにも見える。しかもその縫った痕のある位置は、彼女の腕が切り落とされていた位置と一致する。

 

 それを見せられて驚いていることに満足したのか、レナは笑い始めた。

 

「ここだけじゃないんだけどね。…………痛かったよぉ、ラウラ。ナイフでバラバラにされたせいで、お人形さんみたいになっちゃった」

 

「…………!」

 

 そう、まるでお人形さんだ。きっとあの縫い目があるのは腕だけではないだろう。あの時、ラウラが切り刻んだすべての場所に、自分を殺した少女がレナを無残に殺した証が残っている。

 

「お前は―――――――吸血鬼なのか?」

 

「うーん、吸血鬼というか………化け物かな? あっ、最初から化け物だったわけじゃないよ? とっても素敵な吸血鬼が、私を蘇らせてくれたの」

 

 やはり、俺の仮説通りだったようだ。

 

 吸血鬼の血は、人間を魔物や吸血鬼に変えてしまう不思議な力がある。死体にその血を垂らせば、同じように魔物や吸血鬼として蘇生する場合がある。

 

 レナは吸血鬼によって化け物として蘇生させられたのだ。何のために蘇生させたのかは不明だが、もし仮に彼女を生き返らせた吸血鬼が俺たちが戦っている過激派の吸血鬼だとすると、テンプル騎士団の一員であるラウラをかなり憎んでいるレナに力を与えて蘇らせれば使い勝手のいい手駒と化す。

 

 それにレナも、ラウラに復讐できるチャンスを手に入れることができる。

 

 彼女は微笑むと、片手を俺の方に伸ばしてきた。

 

「ねえタクヤ君、こっちにおいでよ。とっととこの戦いを終わらせて、私とデートしない?」

 

「断る」

 

 即答すると、微笑んでいたレナは目を見開いた。

 

 当たり前だ。確かに彼女がラウラに殺されたあの事件は俺にも責任がある。償うことができるならば、可能な限り償うつもりだ。けれども―――――――だからと言ってラウラを捨てるわけにはいかない。彼女は俺が守ると決めたのだから。

 

「…………どうして? 私より、そんな殺人鬼の方がいいの…………?」

 

「お前は知らないと思うが、俺だって何人も殺してる。…………それに俺は、お姉ちゃんの方が大好きだからな」

 

「タクヤ…………」

 

 こっちを見つめるラウラに向かってウインクすると、彼女は微笑んでくれた。

 

「だからお前とは、デートに行くつもりはない。悪いが他の男でも誘ってくれ」

 

「――――――タクヤ君、私の事…………嫌いだったんだ…………」

 

 ああ、大嫌いだ。お前のせいでお姉ちゃんがヤンデレになったんだ。もし戦闘中じゃなかったら俺は容赦なく彼女にそう言って別れていた事だろう。

 

 俺に断られて、レナは唇を噛みしめる。そして涙を浮かべながら俺たちを睨みつけて―――――――叫んだ。

 

「じゃあ―――――――みんな死んじゃえッ!!」

 

 その瞬間、彼女の長い金髪が一斉に黒ずんだかと思うと、数本の髪の毛が結び付き合い始めた。やがて美しかった金髪が完全に真っ黒になり、表面に何かの鱗のようなものが形成されたと思うと、その先端部が1つに割れて―――――――無数の蛇と化す。

 

 レナの髪が、一斉に蛇へと変貌したのだ。幻覚なのではないかと思ったが、そのような魔術には詠唱が必要だ。もし仮に詠唱を必要としないほど技術が高い魔術師だったとしても、一瞬だけ高圧の魔力の反応がするから察知できる筈である。

 

 これは幻覚ではない。――――――本当に彼女の髪が、蛇と化したのだ。まるでメデューサのように。

 

 レナが頭を大きく振ると、彼女の頭から生えている無数の蛇たちがこっちに向かって一斉に伸びてきた。口の中には長い舌と鋭い牙が生えている。

 

 躱すよりも迎撃した方がいいと瞬時に判断し、PP-19Bizonのトリガーを引く。スパイラルマガジンにかなりの数の弾丸を装填できるこのSMG(サブマシンガン)は、迎撃の最中にマガジンを交換する羽目にはならないだろう。

 

 ラウラとノエルも銃を構え、接近してくる無数の蛇たちに向かって銀の弾丸を撃ちまくった。俺たちに噛みつくよりも先に銀の弾丸の餌食になる羽目になった蛇たちは、次々に頭を破裂させたり、口の中に飛び込んだ弾丸に胴体を引き千切られ、無数の肉片と共に書庫の床へと落ちていく。

 

 向かってくる蛇の数は、9×19mmパラベラム弾のフルオート射撃のおかげで減りつつあった。やがてこれ以上蛇を伸ばしても無意味だと理解したのか、レナは蛇を伸ばすのを止めて呼吸を整える。あのまま弾丸で木っ端微塵にしてやれば戦闘力を削ぎ落とせるのではないかと期待していたんだが、頭を失った蛇たちの断面がぴくりと動いたのを目にした瞬間、その期待を捨てなければならなくなった。

 

 弾丸に砕かれた蛇たちの断面から肉が盛り上がり、その上を皮膚が包み込んでいく。やがてその盛り上がった肉の中から眼球が顔を出したかと思うと、今しがた弾丸に貫かれて砕け散った筈の蛇たちの頭が完全に再生していたのである。

 

 どうやらレナも吸血鬼と同じ再生能力を身につけているらしい。しかも銀の弾丸を撃ち込まれば容易く絶命する普通の吸血鬼のような生半可な再生能力ではなく、複数の弱点で攻撃しなければ倒せないような強力な吸血鬼が持つ再生能力だ。

 

「殺してやる…………ここで、全員…………殺してやる…………ッ!」

 

「――――――タクヤ、こいつは私に任せて」

 

「ラウラ?」

 

 レナと1人で戦うつもりか?

 

 確かにラウラは優秀な狙撃手だ。幼少の頃から何度も親父を驚かせていたし、狙撃の技術ではもう既に親父を超えている。けれど、ここは無数の本棚が乱立する書庫の中。彼女の得意な狙撃ができる環境とは思えないし、相手は強力な再生能力と無数の蛇を操るレナだ。いくらラウラでも討伐するのは難しい。

 

 彼女を1人で戦わせるわけにはいかない。俺もここに残って戦うべきだ。

 

「ダメだ、俺も戦う」

 

「いいえ、ここはお姉ちゃんに任せて。…………下でみんなが戦ってるのに、ここで足止めされてる場合じゃないでしょ?」

 

 一瞬だけ足元を見ながらラウラが言った。

 

 今頃、下の部屋の中では無数の吸血鬼たちと連合軍の兵士たちが死闘を繰り広げている筈だ。俺たちが一刻も早く奴らの総大将を片付ければ、敵はまた総崩れになる。だからケーターは無数の敵を自分たちで引き受けて、俺たちを先へと進ませてくれたのだ。

 

 ラウラに無茶をさせる羽目になるが、こんなところで足止めされている場合じゃない。

 

「それに、私もけじめをつけたいの」

 

「…………分かった」

 

 懐からスモークグレネードを取り出し、安全ピンを引き抜く準備をしながらちらりとノエルの方を見る。彼女は俺の顔を見つめながら頷くと、PP-19Bizonを背負ってここを突破する準備を始めた。

 

 敵が目の前にいるというのに、強引に突破するのは2回目だ。ついさっき下の部屋でやったばかりじゃないか。

 

 安全ピンを抜き、レナが再び攻撃に移る前にスモークグレネードを放り投げる。埃まみれの床に転がったスモークグレネードは、積もっていた埃を巻き上げながらごろごろと転がっていくと、瞬く間に舞い上がった埃よりも濃度の濃い白煙を吐き出して、書庫の中をそれで満たしていく。

 

 至近距離まで近づくか、気配を察知されない限り攻撃されることはないだろう。PP-19Bizonを腰のホルダーに下げながらまだ辛うじて隣にいるのが見えるノエルに目配せし、レナと交戦することにしたラウラだけをここに残して俺たちは全力疾走を開始する。

 

 キメラの瞬発力は、体内にある魔物の遺伝子にもよるけれど、基本的に人間を遥かに上回る。だからレナを振り切るのは容易いだろうと思ったが―――――――右側から彼女の香水の香りが”近づいている”感覚を察知した俺は、咄嗟に頭を下げた。

 

 次の瞬間、まるで狙撃手が放った弾丸のように飛んできた蛇の頭が俺の頭上を掠め、獲物に噛みつくことができなかったという事を理解してからすぐにスモークの中へと戻っていった。

 

 当てずっぽうだろうと思ったが、もし当てずっぽうで攻撃したのならば様々な方向にもっと攻撃している筈だ。今のが最初の一撃だったとしても、やけに正確過ぎる。

 

 まさか、俺の居場所を察知していた…………?

 

 ぞくりとした瞬間、俺はなぜ今の攻撃が正確に俺の頭へと飛来したのかを理解した。

 

 ――――――”ピット器官”だ。おそらくレナの頭から生えている蛇かレナの身体には、獲物の発する体温で敵の居場所を察知することが可能なピット器官があるに違いない。

 

 だから今の攻撃は、俺とノエルの体温のせいで居場所がバレてしまったのだ。もし本当にレナの身体にピット器官があるのだとしたら、このようにスモークグレネードで周囲を白煙だらけにするのは何のメリットもない。むしろこっちが敵の攻撃を喰らう確率が上がるだけだ。

 

 今のはレナの香水の香りを俺の嗅覚が察知してくれたから辛うじて回避できたが、やはり視覚もフル活用した方が回避は容易い。それに俺と一緒にいるノエルはあくまでもキングアラクネのキメラ。意図を変幻自在に操ることができる能力を持っている代わりに、視覚や嗅覚は変異する前とほとんど変わらないのだ。

 

 2回目の攻撃が来ないように祈ったが、どうやら次の攻撃はないらしい。香水の香りが近づいてくる気配はないから、おそらく俺たちの追撃を断念してラウラの相手をすることにしたのだろう。

 

 やがて、真っ白な煙の向こうに木製の分厚いドアが見えてきた。素早くドアノブを掴んで扉を開け、後ろにいたノエルを先に扉の向こうへと行かせてから俺も書庫を後にする。

 

 書庫の扉の向こうには、いくつも部屋が左右に連なる長い通路が伸びていた。やはり宮殿の中だからなのか、派手な装飾や絵画が壁にこれでもかというほど飾られていて、どれも一緒に埃まみれになっている。

 

「お兄ちゃん、本当にお姉ちゃんだけで大丈夫かな?」

 

「大丈夫さ」

 

 本当にレナがピット器官をもっていたのだとしたら、もしかすると”あの特徴”も持ち合わせている可能性が高い。もしそれを持ち合わせていなかった場合は確かにラウラが心配だが、おそらくあの特徴も一緒に身につけている可能性の方がはるかに高いだろう。

 

 もしそうなのならば、ラウラの方が圧倒的に有利だ。

 

 それに彼女は―――――――最強の転生者から一緒に訓練を受けた、俺のお姉ちゃんなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上陸した戦車部隊から支援砲撃を要請されてもすぐに対応できるように、サン・クヴァント沖には未だに無数の艦隊が待機している。もし仮に吸血鬼たちがまだ艦隊を隠し持っていたとしても、たちまちそれを粉砕してしまえるほどの数の大艦隊だ。

 

 戦艦モンタナとの砲撃戦に勝利し、最終防衛ラインの友軍の進撃を支援したテンプル騎士団艦隊旗艦『ジャック・ド・モレー』のCICの中で、タクヤの代わりに艦長を務めるウラル・ブリスカヴィカはアイスティーの入った水筒を口元へと運びながら、オペレーターたちの報告に耳を傾けていた。

 

 第一軍と第二軍は敵の本拠地へと突入し、もう既に室内戦に突入しているという。しかもホワイト・クロックの最上階では総大将であるリキヤ・ハヤカワと吸血鬼たちの女王であるアリア・カーミラ・クロフォードも激突しているらしく、間違いなくこのヴリシア侵攻作戦は最終局面へと突入しつつあった。

 

 ウラルも穏健派とはいえ、吸血鬼の1人である。だからレリエル・クロフォードの後継者となったアリア・カーミラ・クロフォードの話を何度も耳にしていた。復活したばかりのレリエルが最初に眷属にした吸血鬼の生き残りで、共にモリガンの傭兵たちと死闘を繰り広げた強力な吸血鬼。更にレリエルから何度も血を与えられていたため、戦闘力もレリエルに匹敵するほどだという。

 

 簡単に言えば、”もう1人のレリエル”だ。

 

 そしてそれの相手は、かつて単独でレリエル・クロフォードを討伐した”魔王”。この世界で初めてキメラとなった男であり、タクヤとラウラの父親である。

 

「同志タクヤたちは大丈夫ですかね?」

 

「大丈夫だろ。あいつらには強力な能力がある」

 

 転生者の能力も強力だが、タクヤとノエルはそれに匹敵するほど強力な能力を身につけている。書類に記載されていた”キメラ・アビリティ”の事を思い出しながら、ウラルは息を吐いた。

 

(契約した精霊や武器を奪う能力と、触れた敵を自殺させる能力か……………………本当に恐ろしい能力だ)

 

 それを身につけたキメラたちがもし仮にそれを悪用したら、自分たちでは食い止められないだろう。キメラは吸血鬼のような再生能力を持たないものの、身体能力では吸血鬼と互角である。さらに種類によっては、外殻によって身体を硬化させることによって弾丸を容易く弾くほどの防御力を発揮することができるのである。

 

 しかし、その可能性はかなり低い。タクヤはそのようなことをする男ではないし、ノエルも訓練を受けながらしっかりと”教育”を受けているという。それにウラルは、テンプル騎士団を率いるタクヤの事を信頼している。

 

 彼ならばきっと、その能力で多くの人々を救済してくれる筈だと。

 

「キメラ・アビリティってやつですか」

 

「そうだ。現時点でそれを身につけているのはタクヤとノエルだけらしいが………………」

 

「同志ラウラは身につけていないのですか?」

 

 キメラ・アビリティの研究も行っているフィオナによると、キメラ・アビリティは第二世代以降のキメラのみが身につけることができる特殊な能力であるという。つまり、リキヤではなく、タクヤやラウラしか身につけることができないのである。

 

 しかもそれを身につけるためには、極限状態を経験して追い詰められる必要があるのだ。要するに、”死にかける”必要がある。そうしなければ強力な能力を手に入れることはできない。

 

 キメラという種族は、簡単に言えば”突然変異の塊”である。フィオナの仮説では、おそらく極限状態を経験して死にかけることで、”死”を回避するために強制的な変異を引き起こし、強引にキメラ・アビリティを習得するのではないかという事になっている。

 

 その条件を思い出したウラルは腕を組んだ。

 

「いや、実はな……………ラウラの奴は、もうとっくに発動していてもおかしくないと思うんだ」

 

「えっ?」

 

「あいつ、小さい頃にタクヤと一緒に誘拐されたらしくてな。その時にクソ野郎共から暴行を受けて死にかけたんだそうだ」

 

「ということは……………」

 

「ああ。――――――もしかしたら、タクヤよりも先に発動していたのかもな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤが残したスモークが完全に消滅すると、やはりその向こうには頭を覆う頭髪を全て蛇に変貌させた少女が立っていた。かつてラウラが殺害した後にナイフで切断した腕や足にはまるで”お人形さん”のように縫った痛々しい痕が残されており、彼女がどれだけ無残に殺されたのかを物語っている。

 

 確かにあの時、ラウラはレナを無残に殺した。路地裏でナイフで刺した後、誰もいない廃墟の中で彼女の遺体をバラバラにしてしまったのである。

 

 いくら懲罰部隊で過酷な任務ばかりを受け、罪を償ったとはいえ―――――――レナが彼女を許すわけがない。案の定、スモークの向こうから現れたレナは未だにラウラへと憎悪を突きつけ続けている。

 

 自分を殺した女に復讐するチャンスがやってきたのだから。

 

 ラウラは自分を睨みつけてくるレナを一瞥してから、背中に背負っているツァスタバM93を取り出した。マガジンを取り外して別のマガジンへと取り換え、左手でグリップを握りながら左肩に担ぐ。本来の12.7mm弾ではなく20mm弾を発射できるように改造された彼女のアンチマテリアルライフルは、従来の物よりもさらに重量が増している上に銃身も延長されているため、室内での戦闘には全く適さない。

 

 普通ならば室内の戦闘では、SMG(サブマシンガン)やショットガンを用いる場合が多い。もしくはアサルトライフルの銃身を短くしたカービンが好ましいのだが、彼女はあくまでも使い慣れたアンチマテリアルライフルでレナと戦う事を選択したのだ。

 

「お前のせいだ…………」

 

 ゆらり、と頭から生えている蛇たちが一斉にラウラを睨みつける。彼女を睨みつけるレナの呪詛を聞き流しながら、ラウラは得物の点検を続けた。

 

「お前がタクヤ君を甘やかすから……………ッ! 私を殺したのも、私にタクヤ君を奪われるのが怖かったんでしょ……………!?」

 

「――――――うん、そうだよ」

 

「ッ!」

 

 ラウラがレナを殺した理由は、正確に言えば”タクヤをレナに汚されないため”。取られるのではなく、彼女がタクヤに接触すること自体がラウラにとっては苦痛だったのである。

 

 しかしレナを殺したのはテンプル騎士団や転生者ハンターの理念から逸脱した行動だ。だからこそ彼女は懲罰部隊へと送られ、罰を受けたのである。

 

「だからね、償うつもりだったの。……………でも、もう償う気はなくなっちゃった」

 

「なんですって……………? ふん、本当に身勝手な女なのね。タクヤ君を束縛して、彼の近くにいる他の女を消せばハッピーエンドってわけ? そんなわけないじゃないの。第一、タクヤ君はあなたの弟――――――」

 

「――――――さっき、”みんな死んじゃえ”って言ってたよね?」

 

「ッ!」

 

 T字型のマズルブレーキが搭載された長大なアンチマテリアルライフルの銃口をレナへと向けながら、ラウラは冷笑した。いつも笑顔を浮かべながら腹違いの弟に甘えている彼女が滅多に見せることのない冷笑を目の当たりにしたレナは、ぞくりとしながら目を見開いてしまう。

 

 確かにラウラは、懲罰部隊での任務を終えても償いを続けるつもり”だった”。

 

 少なくとも、レナが眠ったままだったのならば。

 

 彼女が普通の死人と同じだったのならば。

 

 しかしレナは蘇ってタクヤたちの目の前に立ちはだかり、彼らに攻撃を仕掛けてきたのである。自分を殺したラウラだけを標的にするのならば、まだラウラも彼女の憎悪を受け入れるつもりだった。タクヤは悲しむ事になるが、彼女はレナの命を奪っているのだから。

 

 だが、レナはタクヤやノエルにも攻撃をしたのである。それを目の当たりにしたラウラの中では猛烈な怒りが形成されつつあった。

 

 レナがタクヤの事を愛しているという事には、勘付いていた。もう少しレナがまともな正確だったのならば、自分の弟を彼女に託しても構わないと思っていた。

 

 しかしラウラは、もう全くそう思っていない。

 

「だからもう、君にタクヤを愛する資格なんてないわよ」

 

「なんですって…………?」

 

「だって、タクヤを殺そうとする怖い女に弟を渡したくないもの」

 

 タクヤを殺そうとするならば、敵でしかない。

 

 今まで転生者ハンターとして狩ってきた、クソ野郎と同じである。

 

(今度は間違えないよ、タクヤ)

 

 今度は個人的な理由ではないし、転生者ハンターの理念からも逸脱はしていない。今度は自分の弟を殺そうとする身勝手な彼女からタクヤを守るために、キメラと転生者の力を振るうだけ。

 

 静かに瞼を閉じながら、ラウラは息を吐く。

 

 狙撃は彼女が幼少の頃から得意としていた戦法である。初めて父であるリキヤと一緒に狩りに出かけた時は彼よりも早く獲物を発見し、タクヤとリキヤを驚かせたこともある。

 

 そして成長してからもさらにその技術を磨き続けた彼女だが―――――――スコープを使わないライフルで2km先の標的を正確に撃ち抜けるのは、彼女が習得した”ある能力”の片鱗であると言える。

 

 幼少の頃にタクヤと共に誘拐され、男たちに暴力を振るわれたことによって彼女の中で目覚めつつあった能力。それを完全に身につけるきっかけとなったのは、何の罪もないレナを殺したことによって懲罰部隊へと送られ、タクヤと離れ離れになりながら転生者と死闘を続けた体験であった。

 

 そう、彼女は―――――――幼少の頃に誘拐されたあの時から、キメラ・アビリティを発動しかけていたのだ。

 

 静かに目を開けた彼女は、ツァスタバM93のタンジェントサイトを覗き込みながら静かに告げた。

 

「――――――”精密演算(クロックワーク)”、発動」

 

 

 

 

 

 

 


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