異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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怪物の魔王と吸血鬼の女王

 

 

 兵員室のハッチを開けた瞬間、一瞬だけ昔に目にした光景がフラッシュバックした。21年前にヴリシア帝国騎士団から依頼を引き受けてレリエルと戦いに来た時も、俺は仲間たちと共にホワイト・クロックの最上階へとヘリで降下し、C4爆弾を使って中へと入ったのだ。

 

 確かあの時、俺はまだキメラではなかった。転生者に与えられる端末で身体能力は強化されていたけれど、あの頃はまだ、人間だった。

 

 ちらりと自分の左手を見下ろす。義足を移植して変異を起こしてからずっと外殻に覆われたままになっている左手は、まるでドラゴンの鱗や外殻で人間の腕を作ったようにも見えてしまう。

 

 はっきり言うと、俺は一番最初のキメラだというのにかなり不完全なキメラだ。左足を移植したことが原因で変異を起こしたせいなのか、フィオナの検査によると左半身はよりサラマンダーに近いという。確かに、一番最初に角が生えてきたのは左側だ。まだ忌々しい角が1本だけだった頃の事を思い出しながら、もう二度と肌色の皮膚に覆われることがなくなった自分の左手を握り締める。

 

 兵員室の外から流れ込んでくる冷たい風とローターの轟音を聴きながら、まるで巨大なミサイルが屹立しているようにも見える白い時計塔を見下ろす。

 

 AK-12の安全装置(セーフティ)を解除しながらちらりと後ろを振り向くと、またしても昔の光景がフラッシュバックする。21年前の吸血鬼との戦いで、伝説の吸血鬼との戦いに挑もうとした傭兵たち。若き日のエミリアと、21年たったというのに用紙が全く変わらない、幽霊のフィオナ。あの時はまだエリスはいなかったのだ。彼女と出会うことになるのはレリエルとの死闘を繰り広げた後だった。

 

 フラッシュバックした21年前の光景の中で、若き日のエミリアと目が合う。彼女はこちらを見て微笑みながら口を動かしたが―――――――声は、聞こえてこなかった。

 

 彼女は何と言ったのだろうか。相変わらず無茶をして、いつもボロボロになって彼女の元へと戻っていく俺に釘を刺しているのだろうか。

 

 あの頃はボロボロになって戻るのは日常茶飯事だった。俺は今まで、何回死にかけたのだろうか。傷だらけになって戻る度にエミリアが腕を組みながら俺を説教して、苦笑いしてから抱きしめてくれる。今は廃墟と化したネイリンゲンの屋敷での生活は、それが当たり前だった。

 

『同志、そろそろ降下を』

 

「…………そうだったな」

 

 無線機から聞こえてきたパイロットの声が、若き日のエミリアの姿を打ち消す。

 

 あの時は俺とエミリアとフィオナの3人で降下した。けれども今は、俺と妻たちが手塩にかけて育てたもう1人の転生者ハンターと共に降下するのだ。

 

 ホワイト・クロックの屋根には雪が少しばかりこびりついていた。爆撃で舞い上がった灰のせいなのか、純白の時計塔を飾り立てる雪は黒ずんでいて、まるで腐食しているように見えてしまう。

 

「降下する」

 

『幸運を、同志リキノフ』

 

 外殻で全身を覆ってから、俺は同じく全身を紫色の外殻で覆ったリディアと共に兵員室から飛び降りた。

 

 瞬く間に身体を冷たい乱流が包み込み、スーパーハインドのがっちりとした巨体とローターの音が遠ざかっていく。俺とリディアを下ろし終えたスーパーハインドは旋回すると、すぐに塔の最上階から離れていった。

 

 てっきりスティンガーを装備した敵兵が歓迎会でも開いてくれると思っていたのだが、歓迎はないらしい。塔の最上階へと降下する兵士を乗せたヘリを迎撃できるほどの人員すら残っていないのか? それとも”彼女”は俺を呼んでいるのだろうか。

 

 冷たい乱流の中を降下し、赤黒い外殻で覆われた身体をホワイト・クロックの屋根の上に叩きつけながらそう思った。いくら制空権を俺たちが確保したとはいえ、せめてスティンガーミサイルを装備した兵士が配置されていてもおかしくはないのだが、誰も出迎えてくれないという事はその2つしかありえない。

 

 爆撃で舞い上がった灰を浴びた雪の中から左手を引き抜き、ポケットの中に手を突っ込む。灰の臭いがこびりついた左手で中に入っていたC4爆弾と起爆スイッチを引っ張り出し、21年前にC4爆弾を爆破させた位置を思い出しつつ、爆弾を設置する。

 

 黒ずんだ雪の中にC4爆弾を埋め、リディアに目配せして2人で爆弾から距離を取る。外殻で身を守っていれば少なくともC4爆弾の爆風でミンチにされることはないが、この高さから落下すればリディアは死んでしまうかもしれない。俺はおそらく、致命傷を負う程度だろう。

 

 リディアがお気に入りのシルクハットを片手に持って大きく振り、退避が完了したことを告げる。彼女がまだ幼かった頃に譲った俺のシルクハットは、防衛ラインでの激戦の最中に弾丸で撃ち抜かれてしまったのか風穴が開いていた。

 

 頷いてから起爆スイッチを押す。爆弾を埋め込まれた雪の中で真っ赤な閃光が輝いたかと思うと、その閃光が生み出した熱が膨れ上がりかけていた雪を瞬時に誘拐させ、屋根の破片を纏った爆風が吹き上がる。小さな火柱は瞬く間に黒煙へと変貌したが、冷たい風の乱流が黒煙をすぐに引き千切ってしまう。

 

 あの時と同じように、ホワイト・クロックの屋根には大穴が開いていた。リディアに向かって頷いてから立ち上がり、AK-12を構えつつ穴の中へと飛び込む。

 

 崩れ落ちた屋根の破片が散らばる作業用の足場へと着地すると同時に、反射的にアサルトライフルを構える。天井に空いた大穴から光が差し込んでくれるおかげなのか、ライトをつけなければならないほど暗いというわけではない。薄暗い通路はあくまでもこの巨大な時計塔のメンテナンスのためだけに用意されているため、ここで戦えるほど広くはなかった。列車の中にある通路の倍くらいの幅しかない。

 

 手すりの向こうでは、この時計塔の時計を動かすための無数の歯車がけたたましい金属音を奏で、時折どこからか蒸気を排出しながら仕事を続けていた。巨大な歯車の群れに挟まれた通路の向こうには下に降りていくための階段があり、その階段を下りた向こうにはちょっとした広間がある。

 

 ヴリシア帝国の帝都サン・クヴァントの街並みを見下ろすことができる、ホワイト・クロックの展望台だ。広間の壁は全て豪華な装飾のついたガラス張りになっていて、その向こうには一番最初に実施された大規模な爆撃と、艦砲射撃で焼け野原と化した帝都が広がっている。

 

 ゆっくりと展望台へ落ちるための階段を下りていくと、やがて紅茶の香りが漂い始めた。いつも飲んでいるオルトバルカ産の紅茶とは香りが違う。オルトバルカの紅茶と比べると香りが強烈だ。おそらく、ヴリシア産の紅茶なのだろう。

 

 構えていたAK-12を下ろしながら、スティンガーを装備した兵士が俺たちを歓迎しなかった理由を理解した。やはり吸血鬼たちにヘリを迎撃するための兵士を派遣する余裕があったわけではなく、最初から俺をここに呼び寄せようとしていたのだ。

 

 もし余裕がなかったのならば、死に物狂いで俺の乗るヘリを撃墜しようとしたはずだ。なのに、敵の総大将が本拠地にいる吸血鬼の女王のすぐ近くまでやってきたというのに、全く抵抗しようとはしなかったのである。

 

 吸血鬼はプライドが高い種族だ。きっとアリアは、自分の主人の命を奪った俺を自分の手で始末しようとしているのだろう。

 

 銃を下げながら階段を下りていくと―――――――紅茶の香りの香りが、どんどん強くなっていった。

 

 あの展望台のガラスの向こうでは吸血鬼と兵士たちが殺し合いをしているというのに、まるで貴族のティータイムにお邪魔したような気分になってしまう。モリガン・カンパニーの社長になってからはよく貴族のパーティーやティータイムに招待されて参加したけれど、その時と全く香りや雰囲気が同じだ。豪華な装飾のついた部屋の壁に囲まれ、貴族の自慢話を聞き流しながら紅茶とお菓子を楽しむ。将来的にはこの企業の社長を受け継ぐことになるタクヤとラウラのマナーの教育のためにと幼かった子供たちも連れて行ったこともあったが、きっとあの2人は退屈だったことだろう。

 

 こういう派手な空間と紅茶の香りの組み合わせは、屋敷の装飾のようにこれでもかというほど飾り立てられた貴族の自慢話を聞き流す苦痛を思い出す。正直言うとかなり嫌な組み合わせだ。だから紅茶を楽しむ時は静かな場所で、出来るだけ質素な空間が好ましい。

 

 ”彼女”が俺の嫌う空間を熟知していたわけではないだろう。たまたま彼女の好む空間が、俺の嫌う空間だっただけなのかもしれない。

 

 展望台の中には、真っ白な円形のテーブルが置かれていた。複雑な模様が掘られた貴族が好みそうなテーブルの上には紅茶の入ったティーポットとティーカップが置かれており、真ん中には様々な種類のクッキーが乗せられた大きな皿が置かれている。

 

 外で戦争をしているというのに、これからアフタヌーンティーでも始めるつもりなのだろうか。

 

 テーブルの周囲には2つの椅子が置かれており、そのうちの片方にはもう1人の女性が腰を下ろしている。真っ白なウエディングドレスにも似た華やかなドレスに身を包んだその女性の周囲には護衛の兵士すらいない。彼女1人だけだ。

 

 傍から見れば、真っ白なドレスに身を包んだ貴族の女性のようにも見える。すらりとした真っ白な手でティーカップを口へと運ぶ金髪の女性は静かにティーカップを口から離すと、その中に残っているヴリシア産の紅茶の中に角砂糖を1つ放り込んでから息を吐いた。

 

「久しぶりね、魔王」

 

「お前は相変わらず変わらんな、アリア」

 

 正確に言うと、あの時と比べると少しばかり成長している。今の彼女は21年前の彼女よりもはるかに大人びていて、本当に貴族の女性と思ってしまうほどだ。おそらく20代前半くらいだろうか。

 

 吸血鬼の寿命は非常に長い。さすがに1000年以上も生きるサキュバスには及ばないが、吸血鬼たちの平均寿命は800歳と言われている。人間の成人くらいまで成長した後はそこで老化が著しく停滞し、それからはずっと若い状態の容姿が維持されるのだ。そして700歳を超えると一気に肉体が老化を始め、最終的には普通の人間のような老人となって寿命を終えるのである。

 

 彼女もどうやら老化が停滞する年齢になったようだ。21代前半の美しい女性にしか見えない吸血鬼の女王を見つめていると、彼女は皿の上からクッキーを拾いながら言った。

 

「座りなさい」

 

「では、お言葉に甘えさせていただく」

 

 いつでも居合斬りで彼女の首を斬り落とせるように、刀の柄に手をかけているリディアに目配せをする。リディアはアリアが不意打ちを仕掛けてくるかもしれないと思って警戒しているようだが、プライドの高い吸血鬼は絶対に損な戦い方はしない。

 

 彼らが最も嫌うのは不名誉。自分のプライドを汚されることである。

 

 何度も吸血鬼と戦ってきたからこそ、彼らの気質は理解している。

 

 AK-12の安全装置(セーフティ)をかけ、ゆっくりと空いている椅子に腰を下ろす。AK-12を椅子に立てかけてから息を吐き、一足先に紅茶を飲んでいたアリアの顔を見据えた。

 

 やはり、あの時と比べると大人びている。レリエル・クロフォードの眷属として俺たちと戦い、カレンとギュンターを苦戦させた吸血鬼の少女は、今ではもうレリエルの後継者だ。真っ白なウエディングドレスのようなドレスと百合の花を模した髪飾りを身につけた彼女は、テーブルの向こうに座った主人の仇()を睨みつけると、冷笑してからクッキーを口へと運ぶ。

 

 ティーカップを拾い上げ、静かに口へと運ぶ。それを見ていたリディアが俺を止めようとしたが、俺は「大丈夫だ」と彼女に告げてから紅茶を口に含んだ。

 

 今の俺は『毒物完全無効化』というスキルを装備している。端末で生産したスキルで、あらゆる毒物を瞬時に除去して無効化してしまう便利なスキルだ。かつてはこれはスキルではなく能力に分類されていたが、端末のアップデートでスキルという事になった。

 

 これを装備した理由は、まだ若かったカレンを護衛するために無数の暗殺者に戦いを挑んだ時に、毒を塗られた矢を喰らう羽目になって死にかけたことがあるからである。もし仮に毒物が紅茶に入っていたとしても無効化できるし、吸血鬼はそんな汚い手は使わない。

 

 香りが強烈なヴリシア産の紅茶を飲み込むと、アリアは自分のティーポットに紅茶を注ぎ始めた。

 

「随分と老いたのね」

 

「化け物とはいえ、元々は人間だからな」

 

「ふん。…………不便よね、寿命が短いのって」

 

「そうかもな」

 

 クッキーへと手を伸ばし、俺とリディアの分を手に取ってから、片方を近くで立って待機しているリディアに渡す。彼女はチョコレートが入っている方のクッキーを手に取って口へと運ぶと、いつでもアリアを真っ二つにできるように警戒したまま、クッキーを咀嚼し始めた。

 

「それで、ヴリシアにこんな攻撃を仕掛けてきた目的は何?」

 

「分かってるだろう?」

 

「…………天秤の鍵が欲しいの?」

 

 角砂糖を2つティーカップに放り込んだアリアは、早くも紅茶を飲み干した俺を見つめながら冷笑する。たった1つの小さな鍵のためだけに美しい帝都を破壊した野蛮人を見下しているような目つきだったが、自分が忠誠を誓っていた主君を殺した俺への憎悪もしっかりとその中に含まれていた。

 

 11年前に俺は単独でレリエル・クロフォードを討伐し、この世界を救った。そして吸血鬼たちの怨敵となったのである。

 

「ああ、欲しい。譲ってくれないかね?」

 

「嫌よ」

 

「それは残念だ、お嬢さん(フロイライン)。…………ちなみに、鍵は君が持っているのかね?」

 

「いえ、私は持ってないわ」

 

「どこにある?」

 

「教えるわけないでしょう?」

 

 確かに、教えてくれるわけがないな。

 

 肩をすくめてから自分のティーカップに紅茶を注ぎつつ、クッキーへと手を伸ばす。リディアが角砂糖の乗った皿を寄せてくれたけど、俺は紅茶に砂糖は絶対に入れないんだ。

 

「それで、メサイアの天秤を探しているという事はお前も願いがあるという事か」

 

「ええ」

 

 ティーカップから手を離したアリアが微笑む。紅い唇から人間よりもはるかに鋭い犬歯が微かに覗き、目つきが更に鋭くなる。

 

「復活させるの。レリエル様をね」

 

「おいおい…………やめてくれ。またあいつを倒さなきゃならんのか」

 

「安心しなさい。死ぬのはあなたの方よ」

 

 貴族のティータイムに聞き流された際に自慢話を聞き流していたようにアリアの言葉を聞き流しながら、21年前に初めてレリエルと戦った時と、11年前に彼を討伐した時の事を思い出す。今までに数多の強敵と戦ったが、未だにレリエルよりも強いと思った敵は1人もいない。

 

 あの男は最も気高い吸血鬼だった。サキュバスが絶滅し、今度は血を吸う吸血鬼たちが迫害の対象になりつつあった大昔に、虐げられていた吸血鬼たちを守るために立ち上がったのだから。

 

 虐げられている同胞を救うために戦った彼の理念は、タクヤたちの理想に近いかもしれない。

 

 最後の一騎討ちを楽しんで散っていった彼の事を思い出した瞬間、後継者となったアリアがあいつの誇りに泥を塗っているような気がして、俺は少しばかり腹が立った。

 

 レリエルは満足してくれたのだ。たった1人の怪物と戦って、気高い吸血鬼の王として散っていった。確かに吸血鬼たちは彼の復活を望んでいるかもしれないが、レリエルは自分の復活を望んでいないに違いない。

 

 レリエル・クロフォードの人生のエピローグは、11年前に終わっている。アリアは強引にプロローグを始めようとしているのである。

 

「それで、あなたの願いは?」

 

 質問された俺は、口へと運ぼうと思っていたティーカップをぴたりと止めた。

 

「――――――”家族を取り戻す”」

 

「家族?」

 

 目を丸くしながら首を傾げるアリア。彼女を見据えながら、ティーカップを口へと運ぶ。

 

 彼女はどうやら知らないらしい。

 

「あなたの家族は元気なんでしょう?」

 

「ああ、そうだ。だから知らなくていい」

 

 誰も知らなくていい。あの11年前の戦いの結末は、俺とレリエルだけが知っていればそれでいい。そして俺の願いが実現すれば何が変わるのかも、俺とレリエルだけが知っていればいい。

 

 讃えられなくていい。これは”あの男”への個人的な恩返しなのだから。

 

「随分と小さな願いね」

 

「ああ、そうかもな」

 

 小さくていいのだ。俺は天秤に大きな願いを叶えてもらうつもりはない。

 

 この小さな願いを、ひっそりと叶えてもらう。そのために数多の返り血を浴び、肉を引き裂き、火薬の臭いと轟音に侵食されながら戦うのだ。

 

「…………さて、お茶会はここまでにしましょうか」

 

 紅茶を飲み終えたアリアはティーカップをゆっくりとテーブルの上に置き―――――――腰のホルスターから、すらりとした銃身が特徴的なハンドガンを引き抜いた。

 

 第一次世界大戦と第二次世界大戦で活躍した、ドイツ製ハンドガンの『ルガーP08』だ。9×19mmパラベラム弾を使用するハンドガンで、非常に高い性能を誇っていた銃である。通常のモデルよりも銃身が長くなっており、ボルトアクションライフルのようなタンジェントサイトが装備されている。銃身の長さは8インチほどだろうか。おそらく彼女に銃を渡した奴が施したカスタマイズだろう。

 

 同じカスタマイズが施された銃をもう1丁引き抜き、片方の銃口を俺に向けてくるアリア。確かに、いつまでもお茶会をしているわけにはいかない。俺は生意気な吸血鬼の少女(クソガキ)と紅茶を飲むためにここまでやってきたわけではないのだ。

 

 俺も同じく、腰のホルスターから得物を引き抜く。彼女の得物と同じくすらりとした銃身が特徴的だが、こっちの得物にはリボルバーに搭載されているシリンダーがある。

 

 俺が引き抜いたのは、イギリスで生産された『ウェブリー・リボルバー』と呼ばれるリボルバーである。こちらも同じく第一次世界大戦と第二次世界大戦で活躍した中折れ(トップブレイク)式の銃だ。作動不良を起こしにくく、更に中折れ(トップブレイク)式であるため再装填(リロード)もすぐに行えるという利点がある。

 

 弾数と連射速度では向こうが上だが、火力ならばこっちが上だ。

 

 同じくリボルバーを2丁引き抜き、椅子に座ったまま片方をアリアの頭へと向ける。

 

「アフタヌーンティーは終わりよ、魔王」

 

「助かるよ。ティータイムは質素な空間で楽しむのが好きなんでね」

 

 照準器を覗き込みながらニヤリと笑い、トリガーを引いた。

 

 その瞬間、皿の割れる音と銃声が展望台に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スパイラルマガジンの中にたっぷりと装填された9×19mmパラベラム弾を部屋の中にぶちまけながら、そのまま部屋の中に転がっているテーブルの残骸の影に転がり込む。その直後に凄まじい数の銃弾がテーブルの残骸を直撃して、装飾の破片を部屋の中にまき散らした。

 

 5.56mm弾や9×19mmパラベラム弾の集中砲火が壁や床に命中する音を聞きながら舌打ちし、手榴弾の安全ピンを引き抜く。もちろんこれは通常の手榴弾ではなく、対吸血鬼用に聖水を注入した対吸血鬼手榴弾である。

 

 それを思い切りテーブルの向こうへと放り投げ、炸裂した轟音を確認してから再びテーブルの影を飛び出す。聖水を注入するために炸薬の量は減ってしまっているため、聖水が効果を発揮する吸血鬼や一部の魔物にしか効果がないが、敵兵は全て吸血鬼。これは強力な武器になる。

 

 ドットサイトの向こうに、今の手榴弾の犠牲になった吸血鬼たちが転がっていた。聖水は人間には全く害はないが、吸血鬼たちにとっては強酸性の液体に等しい。だから聖水をぶちまけられれば、吸血鬼たちの身体は溶けてしまうのである。

 

 聖水手榴弾から弾け飛んだ聖水を浴びた吸血鬼の皮膚が溶け、肉や骨があらわになっている。胸板から腹を聖水によって溶かされて絶叫している吸血鬼の額に弾丸をお見舞いしてから、反対側に転がっているピアノの残骸の影に転がり込む。

 

 ピアノの影では、シュタージの一員であるケーターとクランが奮戦しているところだった。ドイツ製|SMG(サブマシンガン)のMP5Kでピアノの残骸の影から発砲し、反対側の出入り口から殺到する吸血鬼の兵士たちを撃ち抜いていく。

 

「おいおい、敵は20人じゃなかったのか!?」

 

「増援まで探知できるわけないだろ!?」

 

 室内で予想以上の激しい銃撃戦が繰り広げられている原因は、敵の増援である。

 

 この部屋に突入する直前、ラウラのエコーロケーションによる探知で敵兵は20名だという事が分かっていた。こちらの人数も多いため、C4爆弾で入り口のドアを爆破して突入し一気に制圧しようとしたのだが…………どうやら別の場所で抵抗する準備をしていた兵士たちに増援を要請したらしく、一気に増加した敵兵と激しい銃撃戦になってしまったのである。

 

 俺もピアノの影から身を乗り出しつつPP-19Bizonを撃ったが、すぐにスパイラルマガジンが空になってしまった。舌打ちをしてからそれを取り外し、予備のスパイラルマガジンを取り付けてコッキングレバーを引く。

 

 もう1つ手榴弾を放り投げてやろうかと思ったが、腰にぶら下げている手榴弾へと手を伸ばした瞬間、隣でマガジンを交換していたケーターに手を掴まれた。

 

「おい、このままじゃ消耗戦だ。せっかくここまで攻め込んできたのに、無駄になっちまう」

 

「どうする? 撤退するか?」

 

「バカか。水の泡になるだろうが」

 

 ここで撤退するのは愚の骨頂だ。こちらの方が数も多いし、弾薬も橋頭保となった図書館に要請すれば補給してもらえる。もう戦いが泥沼化するのはありえないし、有利なのはこちらなのだ。

 

「いいか、俺たちがここであいつらの相手をする。お前はラウラを連れて突破しろ。そしてとっとと総大将をぶちのめしてこい」

 

「…………はははっ、面白い作戦じゃないか」

 

 やれやれ。何で俺はいつも無茶な作戦に投入されるんだ? 敵の指揮官を狙撃するのもかなり無茶だったが、これもなかなか無茶だ。激しい銃撃戦が繰り広げられている部屋を突破して、たった2人で敵の総大将をぶちのめさなければならないのだから。

 

 ちらりと敵兵がぞろぞろとやって来る扉を見てから、俺は首を縦に振った。

 

 確かに敵の数は多いが、武装はG36CやMP5ばかり。優秀な武器ばかりだが、キメラの外殻を貫通できる火力を持つ得物は見受けられない。だから全身を外殻で覆って強引に突っ込めば、かなり無茶だが突破することは難しくない。

 

 やれそうだ。相変わらず無茶な作戦だが。

 

「やってやる」

 

「さすが団長、頼むぜ。…………おい、ノエル! お前も行け!」

 

「了解(ダー)!」

 

 ノエルの自殺命令(アポトーシス)も頼りになる。もし敵の総大将が手に負えなかったとしても、何とか隙を作ることができれば俺たちが勝利できる。ノエルが触れて命令するだけで、敵は勝手に自殺してくれるのだから。

 

 それにこっちには、テンプル騎士団の兵士たちだけではなく連合軍の兵士たちも残ってくれる。俺たちがいなくても持ちこたえてくれるはずだし、敵を撃ち破って合流してくれるはずだ。

 

「ラウラ、聞いてたな!? 今から敵部隊を突破する!」

 

『了解(ダー)!』

 

 よし。

 

 今度こそ手榴弾を掴み取り、安全ピンを引き抜く準備をする。先ほど俺が隠れていたテーブルの残骸の影でラウラが外殻を生成し始めたのを確認してからノエルにも目配せし―――――――安全ピンを引き抜いてから、対吸血鬼手榴弾を放り投げる。

 

 かつん、と硬い床の上に手榴弾が落下した音が聞こえた直後、手榴弾を発見した敵兵の絶叫が聞こえ、やがてその対吸血鬼手榴弾が炸裂した音が、部屋の中を満たした。

 

続け(ザムノイ)ッ!」

 

タクヤ(ドラッヘ)たちを援護するわよ!」

 

 仲間たちが銃撃で援護してくれる。手榴弾を放り込まれて一時的に敵の弾幕が薄くなっているが、手榴弾が生み出した煙の向こうから飛来する銃弾の群れが立て続けに俺の胸板や肩を直撃し、本当に弾丸に撃ち抜かれてしまったのではないかと思ってしまうほどの衝撃をお見舞いしてくる。

 

 衝撃に耐えながら、こっちもトリガーを引く。再装填(リロード)したばかりのスパイラルマガジンの中の銀の弾丸が銃口から放たれ、聖水を浴びて顔の皮膚が溶けて肉がむき出しになっている吸血鬼たちに止めを刺していく。

 

 俺の隣へとやってきたラウラは、なんとPP-19Bizonではなくアンチマテリアルライフルをぶっ放していた。突っ走りながら発砲してまとめて吸血鬼たちの肉体を貫き、すぐ近くにいる吸血鬼の頭を重量で思い切りぶん殴る。まるで母であるエリスさんがハルバードを操るかのようにアンチマテリアルライフルを操り、狙撃用の得物で敵を蹂躙している。

 

 そしてノエルの周囲には、まるで肉屋で売られているハムのように切り刻まれた吸血鬼たちの肉片が転がっている。外殻を生成した彼女の指先から伸びる水銀の糸が立て続けに吸血鬼たちの肉体を寸断しているのだ。彼女の父であるシンヤ叔父さんが得意としたワイヤーでの攻撃を使いこなし、ノエルはまたしても3人の吸血鬼の肉体をバラバラにしてしまう。筋肉のせいでがっちりとした体格の吸血鬼の身体に銀の糸が食い込んだかと思うと、あっという間に肉屋のハムのように切り刻まれているのである。

 

 キングアラクネのキメラであるノエルは、鉱物を体内に取り込むことでその鉱物を含む糸を生成することができる。しかも有害物質を含んでいる場合は、体内で勝手に除去されてしまうのだ。

 

 どうやらノエルは戦いの前に水銀を飲んでいたらしい。

 

 聖水で左腕から胸板の皮膚を溶かされ、剝き出しになった肉を右手で押さえながら絶叫していた吸血鬼に膝蹴りをお見舞いし、手榴弾を取り出す。何発も被弾したが、辛うじて部屋は突破した。だから最後にクリスマスプレゼントを置いていくことにしたのだ。

 

 対吸血鬼手榴弾から安全ピンを引き抜き、それを足元へと落とす。背後から俺たちを追撃しようとした吸血鬼がその対吸血鬼手榴弾に気付いた頃には、聖水が注入された手榴弾が炸裂し、その哀れな吸血鬼の皮膚を融解させていた。

 

 頼んだぞ、ケーター…………!

 

 部屋の向こうは短い通路になっており、その奥には階段がある。宮殿の中だからなのかやけに派手な装飾がこれでもかというほどついていて、階段の床にも金色の複雑な模様が描かれている。踊り場にはドラゴンの背中に乗る騎士の絵画が飾られていて、向こうの部屋から聞こえてくる銃声を聞いていた。

 

 ラウラとノエルの2人と目配せしてから、俺が一番先に階段を上る。踊り場へと飛び出す前にちらりと階段の上を確認し、敵兵の待ち伏せやトラップがないかを確認。敵兵もトラップも見当たらないことを確認してから下にいる2人に向かって頷き、素早く階段を上る。

 

 階段のすぐ目の前は巨大な空間になっており、そこには柱なのではないかと思ってしまうほど高い本棚がいくつも並んでいた。その中に連なっているのはどうやらヴリシア語で書かれた魔術の本らしい。

 

 ここは何だ? 書庫か?

 

 埃の臭いがする空間へと足を踏み入れようとしたその時、アンチマテリアルライフルからPP-19Bizonに武器を持ち替えていたラウラが、唐突にぴたりと足を止めた。

 

「…………ラウラ?」

 

 何かを察知したのだろうか?

 

 すると、ラウラの鮮血のように紅い瞳が段々と虚ろになり始めた。最近ではほとんどこのような目つきの彼女を目にすることはなくなったから、久しぶりにそんな目つきの姉を目の当たりにした俺はぎょっとしてしまう。

 

「――――――病原菌の臭いがする」

 

「は?」

 

「お、お姉ちゃん、病原菌の臭いって―――――」

 

 病原菌の臭いなんてあるわけがない。そう思った俺はラウラに難の事なのか尋ねようとしたが―――――――書庫の中心部にある床の上に、いつの間にか人影が立っていることに気付き、反射的にPP-19Bizonをその人影に向けた。

 

 味方はみんな下の階で戦っている。こんなところに味方がいるわけがない。

 

 間違いなく吸血鬼だ。たった1人でこんなところにいるという事は、おそらく銀の弾丸をぶち込まれた程度では死なない強力な吸血鬼に違いない。

 

「――――――久しぶりだね、タクヤ君」

 

「は…………?」

 

 俺の名前をいきなり呼ばれてぎょっとした。その声が聞こえてきたのは正面からだった。俺たちが銃口を向けている人影がいる方向からその声が聞こえてきたのだ。

 

 しかも、その声は俺を散々ぞっとさせてきた声だった。ラウラをヤンデレにするきっかけになった少女の声だし、カルガニスタンで再会してからはこの声を聞く度に帰ってからラウラに殺されるんじゃないかと思って何度もぞっとした。

 

 けれど―――――――その少女は、もうこの世にいない筈だ。カルガニスタンの街で死んだはずなのである。

 

 生きているわけがない。嘘だ。

 

 死んだはずだ。

 

「お前――――――」

 

 そう、死んだ。

 

 ラウラが殺した。

 

 だから生きているわけがない。

 

 目を見開いてその人影を凝視しながら―――――――俺は、その生きている筈のない少女の名前を呼んだ。

 

「――――――レナ?」

 

 

 

 




意外性って大事ですよね(笑)

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