異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
「第二軍、宮殿へ突入」
「やるな」
擱座して燃え盛る敵のレオパルトの上で焦げた装甲の臭いを吸い込みながら、黒煙が吹き上がる宮殿の方を見据えた。かつて皇帝が鎮座していた宮殿は瓦礫に取り囲まれ、豪華な装飾は泥や灰ですっかり汚れてしまっている。オルトバルカ王国に匹敵する帝国の帝都と言うよりは、陥落寸前の要塞のようにも見えてしまう。
それを陥落させるのは子供たちが率いる第二軍。こちらの戦力が低下しない程度に、向こうにも練度の高い兵士たちを送っておいた。数多の実戦を経験したベテランの兵士たちは、きっと彼らを支えてくれるに違いない。
子供たちが戦っている筈の戦場を見据えてから、目の前に屹立する巨大な時計塔を見上げる。21年前に、レリエル・クロフォードという伝説の吸血鬼と殺し合った場所。大天使に封印された筈の伝説の吸血鬼と初めて出会い、死闘を繰り広げた場所だ。あの時倒壊したホワイト・クロックはこのように復元されたけれど、ここで刻み付けられた血まみれの思い出は全く変わらない。どれだけ銀の弾丸を撃ち込んでも死なず、聖水をたっぷりと詰め込んだ聖水榴弾をお見舞いしても死んでくれなかった伝説の吸血鬼。彼の事を思い出しながら巨大な時計を見上げると、あの男にあの時計の針で、腹を貫かれた激痛が蘇る。
無意識のうちに、もう思い出に呑み込まれた筈の痛みに反応して腹を押さえていた左手を見下ろし、俺は静かに笑った。確かにあれは痛かった。普通の人間だったら死んでいた筈だ。いくら転生者とはいえ、まだキメラになっていなかった俺はどうして生き残れたのだろうか。
あの時の思い出の中を覗き込むのをやめ、時計塔の最上階にある展望台を睨みつける。
そこに、あの男が残した女がいる。かつてレリエル・クロフォードの眷属の1人として俺の仲間たちと死闘を繰り広げた吸血鬼の少女が、レリエルの後継者を名乗ってそこにいる。
21年前のヴリシアでの戦いのように、俺は今から吸血鬼の指導者との戦いを始めようとしている。向こうは若々しい吸血鬼の美女で、こっちは来年には40歳になるおっさんだ。若者と戦うのは大変だろうなと思いつつ、仲間が持ってきてくれた弾薬の入っている箱の中からクリップを取り出し、使い切ったAK-12のベークライト製のマガジンにそれを装填していく。
もう既に、ホワイト・クロックの守備隊は壊滅状態だった。これから時計塔の中へと突入することになるが、そこでの敵の抵抗は今までの守備隊の攻撃と比べれば取るに足らないと言える程小規模なものになるだろう。
しかしその分、かなり強力な吸血鬼が最上階にいる。
「リディア」
「?」
クリップで弾丸を詰め込んだマガジンをポーチの中に突っ込みながら、近くで無言で立っていたリディアを呼んだ。出会った時から一言も声を発した事のない最古のホムンクルスはやはり返事を発せずにこっちを見上げ、風穴の空いたお気に入りのシルクハットを片手でかぶり直す。
「一気に最上階に行く。ついてこい」
時計塔の展望台へと向かうための階段や通路にトラップが仕掛けてあるのは明らかだ。アリアを除けばもはや俺たちを壊滅に追い込めるほどの戦力は残っていない状態の敵が、正直に銃撃戦に付き合ってくれるとは思えない。
そのような状態に陥れば、クレイモア地雷のようなトラップを有効活用し始めるようになる。味方の兵士を敵部隊の前に放り出さずに敵に損害を与えられるトラップは、このような状況でフル活用されるのだ。
ならば、そのトラップを全部台無しにしてやろう。
「エミリア、スーパーハインドを1機呼んでくれ。俺とリディアで最上階に降下する」
「あの時と同じだな、リキヤ」
「ああ」
そう、あの時と同じだ。レリエル・クロフォードと初めて戦った時も、俺は仲間たちと共に時計塔の最上階に降下した。
けれども今度は、そこに降下するのは俺とリディアの2人だけ。そして今度の相手は、レリエルの眷属だった美女。
21年前の戦いを彷彿とさせる状況になる度に、あの時の光景がフラッシュバックする。こちらの集中砲火を受けながらも突進してきて、転生者を上回る身体能力で猛攻を仕掛けてきたレリエル。あの時、モリガンが運用していた虎の子のスーパーハインドもあの男に撃墜された。
けれどもあの時、最終的に俺たちが勝利した。たった2人の吸血鬼に現代兵器で武装した傭兵たちが全員殺されかけるという状況になってしまったけれど、辛うじてヴリシアから吸血鬼を撃退することに成功したのだ。
だからこの戦いの結果も、21年前と同じにしてやる。今度は俺たちが奴らを蹂躙し、このヴリシアから追放してやるのだ。
偶然近くを飛んでいたのか、エミリアが無線機に向かってスーパーハインドを呼んでから1分程度で、メインローターが奏でる轟音が近づいてきた。黒と灰色の迷彩模様に塗装された1機のスーパーハインドがゆっくりと降下してきて、中にいた兵士が兵員室の扉を開ける。
「リキヤ」
リディアを連れて兵員室に乗り込もうとしたその時、後ろからエミリアに声を掛けられた。立ち止まってから後ろを振り向くと、すぐ近くにいた妻の顔を見つめた。
「勝てよ」
「当たり前だ」
彼女の手を優しく握り、そっと抱きしめてからキスをする。唇を離してから微笑むと、エミリアは俺の頭を撫でてくれた。
「お前は無茶をする男だからな…………心配なのだ」
「すまん。悪い癖だな」
「ああ、まったくだ」
「それじゃ」
「うむ」
彼女の手をぎゅっと握ってから、踵を返してスーパーハインドの兵員室へと向かう。
この戦いが終わって天秤を手に入れられれば、きっとエミリアやエリスはもっと笑ってくれるはずだ。旅を終えて戻ってきたタクヤやラウラも、喜んでくれるに違いない。
誰も俺の願いに気付かないとしても、それでいい。伝説にならなくてもいいし、勲章もいらない。ハヤカワ家を元に戻すだけでいいのだ。
誰にも讃えてもらえない結果のために、俺は進み続ける。必死に戦ったというのに人々がいつも通りの日常を過ごすことになっても、俺は全く構わない。最大の友人に恩を返し、妻や子供たちを幸せにすることができればそれでいいのだ。
だからこそ―――――――手段は選ばない。
宮殿の中には瓦礫の破片や灰が入り込んでいたものの、豪華な装飾や床に敷かれたでっかいカーペットは健在だった。もし仮に戦いが終わってから宮殿で働いているメイドたちが戻ってきて掃除をすれば、再び元通りになってしまいそうなほどである。
けれども、これから継続される戦闘で更に破壊されるのは明らかだ。帝都の復興のための費用はモリガン・カンパニーが支払うと聞いているけれど、宮殿の修理費は間違いなく高額だろう。親父は支払いきれるのだろうか?
修理費の心配をしつつ、室内戦のために変更した装備を軽く点検する。
メインアームはAK-12とOSV-96からロシア製
64発も弾丸が収まっているのは、まるでアサルトライフル用のグレネードランチャーのように銃身の下に装着されている”スパイラルマガジン”と呼ばれる特徴的なマガジンだ。中に装填されているのはハンドガン用の9×19mmパラベラム弾に変更してある。
サイドアームはテンプル騎士団で正式採用しているPL-14を2丁装備した。射撃がしやすいようにグリップの下部に折り畳み式のストックを搭載し、銃身の下にはライトを装備している。銃口にはコンペンセイターを装着し、ハンドガン用のドットサイトも搭載している。
あとはいつものテルミット・ナイフと手榴弾。遠距離用や中距離用の装備は一切ないが、このような室内戦で射程距離の長い得物は無用の長物でしかない。
「ノエル、いるか?」
「いるよ」
点検を終え、宮殿のやけに広い通路の向こうを睨みつけながら言うと、全く気配がしなかった筈の左側からノエルの声が聞こえてきて、俺は少しばかりぎょっとしてしまった。敵の気配はすぐに察知する自信があったんだが、どういうわけなのかノエルの気配は全く感じなかったのである。
もし彼女が俺を狙っていたとしたら、きっと彼女が得物を俺に振り下ろすまでノエルの気配を察知できなかったに違いない。
まだ経験が浅いにもかかわらず俺をびっくりさせた彼女は、ニコニコと笑いながら俺の隣へとやってきた。
彼女はやはり、真正面から敵と戦う歩兵部隊ではなく、基本的に舞台裏での諜報活動がメインになるシュタージに入隊させて正解だったと思う。彼女のこの能力をフル活用できるのは間違いなくあそこだし、彼女が持っている能力も暗殺に特化している。真正面から敵の大群と戦うための能力ではない。
「いいか、お前の自殺命令(アポトーシス)は俺たちの切り札だ。強力な吸血鬼が出てこない限り使うなよ」
「うん、お兄ちゃん」
彼女の”キメラ・アビリティ”についての情報が書かれた資料を目にした瞬間、テンプル騎士団の仲間たちはかなり驚いていた。
第二世代以降のキメラには、自分自身が追い詰められることで身につけることができるキメラ・アビリティ”という特殊な能力がある。それを身につけるためには追い詰められる必要があるが、転生者の能力で生産できるものよりもはるかに強力な能力ばかりなのである。
現時点で第二世代のキメラは俺とラウラとノエルの3人のみ。その中でこのキメラ・アビリティが使えるのは俺とノエルだけだ。
俺が使える能力は『支配契約(オーバーライド)』。相手が精霊や特殊な武器と”契約”している場合、その契約を上書きして自分の物にしてしまうという能力である。実際に21年前のネイリンゲンにタイムスリップすることになった際、俺はこの能力を身につけ、ジョシュアが使っていた魔剣の契約を上書きして自分の物にしている。
その際に魔剣は『星剣スターライト』という別の剣に変異してしまったが、それは俺の切り札の1つだ。
そしてノエルの能力は―――――――俺よりもはるかに凶悪である。
彼女の能力は『自殺命令(アポトーシス)』。彼女が触れた相手を強制的に自殺させることができるという、極めて強力な能力である。標的に触れなければならない上、一度使ってしまうと3日間はその能力が使えなくなってしまうという欠点があり、しかも能力を発動させてから1分間しか相手に自殺するように命令を下すことはできない。
しかし、暗殺者の能力としては極めて強力だ。まず、凶器は必要ない。相手に触れる事さえできれば相手が勝手に死んでくれるのだから、彼女自身は手を下す必要がないのだ。標的が自殺したように見せかけて安全に現場を離れることができるのである。
さらに、もし相手が吸血鬼のように何かしらの弱点でなければ死なないような体質の場合は、自動的に”確実に死ねる死に方”が選ばれ、命令を下された標的は確実にそれを実行する。
例えば吸血鬼の場合、普通のナイフを自分の心臓に突き立てたり、喉をそれで切り裂いてもすぐに傷が再生してしまうため死ぬことはない。けれども吸血鬼に命令を下した場合、その吸血鬼はわざわざ死ぬために銀の刃物を探し出し、それを自分の心臓に突き立てたり、喉を切り裂いて自分の命を絶つのである。
どのような相手でも関係なく自殺させる彼女の能力は、下手をすれば俺や親父も自殺させることができるため非常に危険だ。とはいえ、彼女の性格を考えると俺たちに牙を剥くとは考えにくい。
俺の支配契約(オーバーライド)で手に入れた星剣スターライトも切り札になるが、やはり一番強力なのはノエルの能力である。何とかして敵に触れる事さえできれば、奴らの女王であるアリアを倒すこともできるかもしれない。
切り札は、この2つだ。
ノエルにもPP-19Bizonを渡し、彼女が点検を終えるまで待つ。
ちらりと後ろの方を見てみると、他の仲間たちはもう得物の点検を終えているようだった。中には早くも周囲に敵が潜んでいないか警戒を始めている奴もいる。
もう既に外にいる敵は壊滅状態となっているため、宮殿の外には数両の戦車のみを残し、それ以外の兵士たちは全員武装して宮殿の内部へと突入している。もちろんナタリアやステラたちもチャレンジャー2から降りて銃を手にしており、俺の後ろでPP-2000やAKS-74Uを装備している。
ラウラもPP-19Bizonの点検をしているが、彼女はまだ背中に20mm弾を発射できるように改造したツァスタバM93を背負ったままだ。長距離狙撃ができる得物は、室内戦では無用の長物になってしまうのだが、彼女はどうやらあれを室内での戦いで使うつもりらしい。
「よし、行こう」
ノエルが得物の点検を終えてフードをかぶったのを確認してから、俺は立ち上がった。PP-19Bizonを構えながらドットサイトを覗き込み、敵が宮殿の中に潜んでいないか警戒しつつ進んでいく。こういう状況では敵がトラップを仕掛けている可能性もあるが、今のところ地雷のようなものは見当たらない。
「ラウラ、エコーロケーション」
「了解(ダー)」
このような状況では、ラウラのメロン体が発する超音波が役に立つ。
彼女の頭の中にはイルカのようなメロン体があり、それから超音波を発することで半径2km以内の敵を察知することができるのである。そのため視界の悪い場所でも確実に敵を察知できるが、何かに擬態しているような敵はその風景の一部として彼女が認識してしまうため、敵として察知できないという弱点もあるのだ。
少なくとも、こんなところで擬態するような敵はいないだろう。そう思いながら彼女の探知が終わるのを待っていると、エコーロケーションをしていたラウラが静かに目を開けた。
探知が終わったらしい。
「この通路の奥にある部屋の中に敵兵。人数は20名前後」
「装備は?」
「多分…………G36CとMP5を中心にした装備。LMGはなし」
相変わらず、彼女の索敵能力はすさまじい。狙撃の技術だけでなく、高性能なセンサーにも匹敵する索敵能力を兼ね備えている。
仲間たちと共に、静かに通路を進んでいく。トラップのようなものはやはり設置されておらず、ラウラが教えてくれた部屋までは延々と薄汚れたカーペットの上を歩く羽目になった。埃や灰をかぶったカーペットを泥まみれのブーツで踏みつけながら先へと進み、オープンタイプのドットサイトを凝視する。
埃まみれの通路を進み、やがて派手な装飾のでっかい扉の前へと到着する。爆撃の際に発生した灰が付着したせいで黄金の装飾の光沢は見受けられないが、今の状態でも十分派手な扉である。貴族はこういうのが好きらしいが、俺はあまり好きじゃないな。どちらかというと質素な感じがいい。
だからもし俺も親父みたいに大金を手にすることになっても、こんな派手な屋敷は購入しようとは思えない。普通の家よりもちょっと大きい程度の質素な感じの家がいい。
「どうする?」
「C4で挨拶しよう。どうせ修理費は親父が出すんだ」
「あら、容赦ないのね」
「後で親孝行するさ」
こんなところで親父の財産を気遣って、敵兵に蜂の巣にされるよりマシだ。
目配せすると、イリナが早くもポーチの中からC4爆弾を取り出していた。素早く移動してそれを派手な扉の表面に張り付けると、起爆スイッチを手にしたまま大慌てで俺たちのいる物陰へと戻ってくる。
頷いて合図すると、イリナはうずうずしたまま細い指で起爆スイッチを押し―――――――うっとりし始めた。
派手な装飾のついた扉が、たった1つの小さな爆弾で木っ端微塵になる。きっとこの扉を作った職人は、自分の力作がこんな小さな兵器だけで吹っ飛ばされるとは思っていない事だろう。
重厚な扉を固定していた金具が外れ、扉が爆風に突き飛ばされたかのように部屋の中へと吹っ飛んでいく。爆発の残響の向こうから聞こえてきたのは吸血鬼たちの絶叫や、ヴリシア語で『敵襲だ! 撃て!』と叫ぶ指揮官の声だ。
「行くぞ!」
仲間たちに向かってそう叫びながら、俺は部屋の中にSMG(サブマシンガン)の銃口を向けた。