異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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休戦の終焉

 

 

 

 やけにでかいベッドの上で起き上がり、窓の外が明るくなりつつあることにぎょっとしてから懐中時計を取り出す。いつも愛用している蒼い懐中時計の蓋を開いて時刻を確認し、まだこのクリスマス休戦が終わりを告げる正午まで時間がたっぷりあることを確認してから、息を吐きつつ再びベッドの上に横になる。

 

 真っ黒なワイシャツのボタンが全て外れているせいなのか、やけに寒い。戦闘開始前に風邪をひくわけにはいかないので、とりあえずボタンを閉めつつ両隣で寝息を立てる2人の美少女を見つめる。

 

 起こすべきだろうか? まだ時刻は午前7時50分だけど、少し早めに起こして戦闘準備を開始するべきかもしれない。時刻が正午を1秒でも過ぎれば、再びこの帝都サン・クヴァントは地獄に逆戻り。当たり前のように銃弾や砲弾の応酬が続く戦場となり、多くの兵士たちが命を落としていくことになるのだから。

 

 どれだけ命を落とさないようにしっかり握っていても、弾丸や手榴弾は容易くそれを砕いてしまう。一兵卒の命を握っているのは彼ら自身の行動だけど、間接的にそれを握るのは指揮官であり、彼らに照準を合わせる敵兵なのだ。どれだけ最新鋭の装備を身につけていたとしても、照準を合わせられて撃たれれば死ぬ。けれども、そういう運命を辿らないようにできることはある筈なのだ。

 

 というわけで、気持ちよさそうに眠っているカノンとラウラには悪いけれど、2人を起こすことにした。2人の肩を揺さぶって名前を呼ぶと、まず先にカノンの方が瞼を擦りながら目を開け、静かに起き上がり始めた。

 

「にゅ…………んー…………? おにいちゃん…………?」

 

 寝ぼけているのだろうか。いつも俺の事を”お兄様”と呼ぶのに、幼少の頃のように”おにいちゃん”と呼んでいる。夕日を彷彿とさせる橙色の髪は見事にぼさぼさになっていて、戦いに行く前にその寝癖を何とか鎮圧する必要がありそうなのは火を見るよりも明らかだ。

 

 自分の髪形もどうなっているのかと思って頭に手を当ててみると…………案の定、俺もぼさぼさだ。昨日の夜の段階でこうなっていたのだろうか?

 

「おにいちゃん、どうしたのぉ…………?」

 

「朝だよー」

 

「あさぁ…………?」

 

「ほら、ラウラも起きろって」

 

「ふにゅ…………」

 

 彼女の肩を揺さぶっていると、ラウラも同じようにそっと瞼を開けた。両手で瞼を擦りながら起き上がり、背伸びをする彼女を見守りつつラウラのリボンを渡す。

 

 それにしても、昨日はカノンまで参戦したヤバいことになった。今まではラウラと1対1が当たり前で、そういうことをされる度にこれでもかというほど搾り取られてたんだけど、今回はカノンまで参戦したせいでいつも以上に搾り取られる羽目になった。

 

 最初のうちはカノンも恥ずかしがってたんだけどねぇ…………。後半からはもうラウラを2人も相手にしてるような感じだったよ。

 

「ふにゃあ…………あっ、おはようっ♪」

 

「おはよう、お姉ちゃん」

 

 あくびをするお姉ちゃんにそう言いながら、俺は部屋の中にあるバスルームのドアを開けた。貴族が宿泊することも想定しているからなのか、バスルームのドアの向こうに広がっている空間は予想以上に広い。従業員が退避したせいで掃除する人がいなくなったとはいえ、思ったよりも床や壁は綺麗で、あまり目立った汚れは見当たらない。

 

 念のため水道の蛇口を捻ってみるけど、ちゃんと水は出るようだった。最初は出てくる水は少しばかり濁っていたけれど、1分ほど出し続けていたら段々と澄んでいき、最終的には飲み水にできそうなほどきれいな水に変貌していった。

 

 昨日の夜は2人に散々搾り取られた後にそのまま眠ってしまったので、シャワーを浴びていない。どうせ今日の戦いでまた汚れる羽目になるんだろうけど、このままみんなと合流するわけにはいかない。

 

 それに、お母さんには紳士的な男になれと常々言われながら育ったんだよね。母さんの願い通りに育つかは分からないけど、紳士的な男になるには清潔じゃないと。

 

「シャワーでも浴びるか?」

 

「ええ、そうしますわ」

 

 いつもの口調に戻ったカノンの顔は、酒を飲んだわけではないというのに赤い。どうやら先ほどまで寝ぼけていたせいで、自分の口調が幼い頃の口調に戻っていたことに気付いたらしい。あのままでもよかったのになと思いつつ浴槽の中にお湯を貯めつつ、シャンプーや石鹼がしっかりと用意されているか確認する。

 

 今日の正午から戦闘が再開される。遅くても9時くらいには部隊の編成や戦闘準備を開始すれば間に合う筈だ。

 

 お湯を貯めていると、後ろからお姉ちゃんが抱き着いてきた。しかもどうやらまだ着替えの途中だったらしく、可愛らしいピンク色の下着姿である。

 

「えへへっ、昨日は可愛かったよ♪」

 

「だ、誰が?」

 

「タクヤが。なんだか本当に女の子みたいだったし」

 

 悪かったな…………。

 

 何気なく頭の上に手を乗せると、やはり不便な俺のキメラの角は勝手に伸びつつあった。この角は感情が昂ると俺の意志を無視して勝手に伸びてしまうという不便な体質であるため、できるだけ角を隠せるような服装が好ましい。おかげでフード付きのコートや帽子は必需品なのだ。

 

 でも、もう俺たちがキメラだという事は徐々に組織の中に広まりつつあるし、もう隠さないで堂々と歩いてもいいんじゃないかなぁ…………。

 

 俺の背中に抱き着いている姉の頭を撫でながら、俺は苦笑いする。どうやらお姉ちゃんは酔っぱらうと口調がエリスさんっぽくなる―――――――正確に言うとなぜか一気に大人っぽくなる―――――――らしく、昨日の夜は眠るまでずっと口調は大人びたままだった。けれども今はいつものようにやや幼い口調に戻っている。

 

 本当に二重人格ではないのだろうか?

 

「痛くなかった?」

 

「うん、大丈夫だよっ♪ えへへっ。心配してくれるなんて、優しい弟だなぁ♪」

 

「ふふふっ」

 

 まるで飼い主に甘える猫のように頬ずりしてくれるお姉ちゃんを撫でながら、俺は浴槽にお湯が溜まるまで待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 捕虜にした兵士たちを乗せた装甲車が、ホテルの入り口を離れて海の方へと向かっていく。遠ざかっていく装甲車に向かって手を振ると、ハッチの中から顔を出した捕虜の1人が手を振ってくれているのが見えた。

 

 さすがに彼らを保護したまま進撃するわけにはいかないため、戦闘が始まる前に捕虜たちを沖の強襲揚陸艦まで移送することになったのだ。クリスマスパーティーを一緒に楽しんだおかげですっかり仲良くなった捕虜たちの中には、俺たちと一緒に戦うと申し出てくれた奴もいたけれど、彼らにとって俺たちと一緒に戦うという事は、かつての味方を殺すことになることを意味している。

 

 そんなことをさせれば彼らも辛いだろう。申し出てくれたのはありがたいけれど、彼らにそんなことをさせるわけにはいかないので、知っている情報を教えてもらってから沖の強襲揚陸艦に収容し、戦闘が終わるまでそこで保護するのだ。

 

 もちろん、捕虜とはいえ一緒にクリスマス・イブで大騒ぎした奴らだ。情報もすんなりと教えてくれたので、これ以上聞き出す必要はない。だから尋問や痛々しい拷問は全く行われることはなかった。

 

 この戦いが俺たちの勝利に終われば、彼らは再び家族と再会できるだろう。あの写真を落とした兵士も、きっと生まれる自分の子供を抱きしめることができるに違いない。

 

 装甲車を見送ってから後ろを振り返ると、テンプル騎士団のエイブラムスたちが並んでいた。まだエンジンをかけている車両はおらず、車内に乗り込んだ乗組員たちが砲弾や機銃の残弾を確認している状態である。

 

 それにしても、テンプル騎士団の戦車も数が少なくなってしまった。

 

 志願兵やムジャヒディンの戦士たちの中から、この危険なヴリシア上陸作戦に投入できそうな練度の兵士たちだけを連れてきたとはいえ、あの最終防衛ラインで投入されたラーテやマウスとの戦いで被った被害は大きい。

 

 歩兵は何人も散り、虎の子のエイブラムスを3両も喪失。更に俺たちが乗っていたチーフテンも失う羽目になった。まだ健在な車両もあるとはいえ、もしこの戦いが終わってタンプル搭に戻ったら戦車部隊を再編する必要がありそうだ。

 

 特に、もし今後の戦いであんな化け物が姿を現しても打ち倒せるように、より強力な武装を搭載した戦車が必要になりそうだ。機動性を二の次にしても構わないから、近代化改修型のマウスやラーテの装甲を貫通するか、せめてダメージを与えられるほどの武装を搭載した戦車があれば、あんな損害を受けることはなかった筈だ。

 

 いっそのこと、エイブラムスに140mm砲でも積むべきだろうか?

 

 とりあえず、それはタンプル搭に戻ってから考えよう。出撃の準備を整える戦車部隊を見渡しつつ、俺も得物の点検をしつつ懐中時計をちらりと見る。

 

 今の時刻は午前11時20分。敵の捕虜と一緒に酒を飲んで過ごしたクリスマス休戦が幕を下ろし――――――再び戦争が目覚めるまで、あと40分。

 

 次はいよいよ敵の本拠地へと進撃する。敵の本拠地はこの帝都サン・クヴァントのシンボルでもあるホワイト・クロックと、避難勧告通達前までは帝国の皇帝がいた宮殿の2ヵ所である。どちらかに吸血鬼の女王であるアリア・カーミラ・クロフォードがいる筈だし、俺たちが欲しているメサイアの天秤の鍵が保管されている筈だ。

 

 本拠地の襲撃は、連合軍の部隊を2つに分けて行うことになっている。親父の率いる”第一軍”がホワイト・クロックを襲撃し、俺が率いる事となった”第二軍”が宮殿を攻撃することになっている。てっきり李風さんが率いることになるんだろうと思っていたんだけど、本当に第二軍の指揮官が俺でいいのだろうか?

 

 緊張感を感じつつ、AK-12の点検を開始する。ドットサイトがしっかり装着されているかを確認しつつ、ちらりと仲間たちの様子を確認する。生き残ったエイブラムス部隊を率いるチャレンジャー2の上ではナタリアが機銃の弾薬がたっぷりと入った箱を車内に運び入れ、隣のハッチから顔を出したカノンがナタリアに何かを報告している。

 

 俺の傍らでは、ラウラとイリナが得物の点検をしているところだった。マガジンの中に装填されている虎の子のフラグ12を確認し、フロントサイトとリアサイトが戦闘で損傷していないか確認しているみたいだけど、12時間経過すれば俺の能力で生産した得物は全て最善の状態に勝手にメンテナンスされるようになっているので、それほど頻繁に点検する必要はないのだ。

 

 例えばグリップに亀裂が入っても12時間後にはピカピカになっているし、フロントサイトやアイアンサイトが欠けたり、エジェクション・ポートに何かが詰まったとしても、12時間後には完成したばかりの銃のように元通りになっている。

 

 けれども、やはり点検しておかないと気が済まないのだろう。実戦で敵を葬るための得物なのだから、自分の目で確認しておかなければならない。俺も仲間から「この得物は万全の状態だ。点検は必要ない」と言われても、ついつい最低限のチェックを自分でやってしまう。

 

 土壇場で動作不良を起こされるのはごめんだからな。

 

 メニュー画面を開き、今の自分のステータスを確認する。昨日までは常に戦闘中でこういうステータスを確認する暇がなかったけれど、今は少しだけ余裕があるから見ておいた方がいいだろう。

 

 ちなみに、この能力はレベルが上がったり、ドロップした武器やアイテムを手に入れた瞬間に目の前にそれを通知する画面が現れるんだが、さすがに銃撃戦の真っ只中に通知が現れると邪魔でしかない。それの対策なのか、確認する余裕がないような激しい戦闘中は、一切そのような通知が現れないような設定になっているのだ。だから通知がなくてもレベルが上がったりしている可能性はあるので、確認しておくのは重要なのである。

 

 強敵を何人も撃破し、更に敵の指揮官を遠距離から狙撃するという危険な任務をやり遂げたからなのか、俺のレベルは随分と上がっている。レベルは258に達し、攻撃力のステータスは22500まで上がっている。防御力は3つのステータスの中で一番低いらしく、若干低めの21000。逆にスピードは3つのステータスの中で一番高い23200となっている。どうやら俺の場合は防御力が低い代わりに、高いスピードと攻撃力のステータスを生かして一気に敵を倒すような戦い方が向いているらしい。

 

 とはいえ、あまり大きな差はないけどね。

 

「お兄ちゃん」

 

「ん? ああ、ノエルか。どうした?」

 

 武器のチェックを続けている俺に後ろから声をかけてきたのは、シュタージに所属しているノエルだった。彼女はクランが率いるシュタージの一員となり、俺たちよりも先行してこのヴリシアに潜入し、吸血鬼たちと一戦交えている。

 

 数少ない第二世代のキメラの1人である彼女は、得物であるVSSを背負いながら俺たちの所へとやって来ると、かつて体の弱かった少女とは思えないほどしっかりとした動作で敬礼をした。

 

「クランさんが、襲撃に参加しろって」

 

「襲撃? 戦車に乗るんじゃないのか?」

 

 自動装填装置を搭載しているテンプル騎士団の他の戦車とは異なり、シュタージのレオパルトは自動装填装置を搭載していないため4人の乗組員が必要になる。シュタージのメンバーはノエルも入れれば5人になるため、彼女は砲塔の上の機銃を使ったり、場合によっては戦車から離れて偵察するような役目を担っているのだ。

 

 そんな彼女を、戦車のサポートではなく拠点を襲撃する俺たちの部隊になぜ参加させたのだろうか。戦力は十分だから、むしろ戦車の護衛を担当した方が合理的である。

 

 尋ねようとすると、ノエルはもう既に俺がそう言おうとしていることを察していたのか、それよりも先に話し始めた。

 

「――――――ウォルコットさんたちの仇を、取る」

 

「…………」

 

 潜入の際に命を落とした、モリガン・カンパニーの諜報部隊のリーダーの名前だ。一緒に潜入して吸血鬼たちの戦力を暴くという大きな戦果をあげるが、本腰を入れて追撃した吸血鬼たちの猛攻で戦死してしまったという。

 

 シュタージのメンバーたちは、その諜報部隊の仇が取りたいのだろう。

 

「いいだろう。一緒に戦ってくれ」

 

「感謝します、同志」

 

 メニュー画面を開き、彼女の分のPL-14を渡す。テンプル騎士団で正式採用されているハンドガンを受け取った彼女は、それを自分のホルスターの中へと突っ込むと、敬礼をしてからラウラたちと一緒に武器の点検を始めた。

 

 俺は背負っているアンチマテリアルライフルのスコープを調整するついでに、向こうに見える宮殿をちょっと偵察することにした。折り畳んでいたOSV-96の長い銃身を展開し、同じく銃身の下に折り畳んでいたパームレストを展開して左手で構え、スコープの蓋を開けてから覗き込む。

 

 超遠距離狙撃を想定して装備したスコープは、肉眼では宮殿の周囲に兵士が群がっている程度にしか見えなかった光景を鮮明に教えてくれた。1.5kmや2km先にいる敵を狙撃することを想定しているため、ここから敵の服装や装備だけでなく、どんな顔の兵士なのかもはっきりと見える。

 

 どうやら最終防衛ラインで戦力をかなり消耗したのか、あの近代化改修型マウスやラーテのような化け物は見当たらない。宮殿やホワイト・クロックの守備隊の装備はレオパルトやM2ブラッドレーがメインで、歩兵はG36やMP5などで武装しているようだ。数は明らかにこちらよりも少ないが…………オリーブグリーンの制服に身を包んだ兵士よりも、黒服の兵士が増えているような気がする。

 

 制服の違いが何を意味するのかは、もう理解していた。

 

 オリーブグリーンの制服を身につけているのは、労働者の中から徴兵した人間の兵士たち。銃弾に命中すれば当たり前のように死ぬ、一般的な兵士だ。

 

 それに対して黒い制服に身を包んでいるのは、普通の銃弾に撃たれた程度では死なない吸血鬼の兵士だ。彼らの弱点である聖水や銀でなければ致命傷を負うことは決してない、屈強な吸血鬼の精鋭部隊に違いない。

 

 マウスやラーテのような化け物はいないが、本拠地の守備隊は精鋭部隊か…………。

 

 吸血鬼の身体能力は転生者に匹敵するほどだ。しかも弱点で攻撃しない限り再生するため、極めて厄介な相手である。転生者やキメラの兵士ならば単独でも複数の吸血鬼を相手にできるだろうが、いくら銃を持っているとはいえ、普通の人間では相手にならない。数名の兵士で1人の吸血鬼を攻撃するか、その分俺たちが奮戦するしかないだろう。

 

 ちらりと懐中時計を確認する。クリスマス休戦の終焉まで、あと10分。

 

 この懐中時計の針が12を少しでも過ぎれば―――――――再び、ここは戦場と化す。

 

 そろそろ、やるべきだろうか。

 

 吸血鬼の兵士たちではなく、人間の兵士たちをスコープで覗き込みながらニヤリと笑う。俺はよく容姿が母さんにそっくりだと言われるけれど、戦い方までそっくりというわけではない。むしろ真逆だ。騎士道精神を持ち合わせ、剣を持ちながら正々堂々と戦う母さんに対し、俺は卑怯な手をどんどん使う卑怯者である。

 

 クリスマス休戦の間、兵士たちに休息をとらせつつ休戦後の準備をしていたわけだが―――――――もちろんその”準備”の最中にも、手を打っておいた。

 

 休戦中は1発も銃弾を撃ってはならない。そしてお互いを攻撃してはならない。明言されたルールではないが、暗黙の了解である。

 

 それを利用させてもらう。

 

 敵から鹵獲した無線機をポケットから取り出し、スイッチを入れる。鹵獲したというよりは、正確に言うと捕虜から装備を没収した際に拝借した無線機だ。テンプル騎士団の無線機とはなんだか使い方が違うようだが、昨日のパーティー前に少し練習していたから使い方は分かる。

 

 まだクリスマス休戦終了まで10分ある。そう、正午を1秒でも過ぎない限り、休戦のルールは適用されるのだ。

 

 ――――――嫌がらせの時間だ。

 

 ニヤニヤと笑いながら、俺は無線機に向かって言った。

 

「――――――吸血鬼たちの味方をする、全ての兵士諸君に告ぐ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスマス休戦の終わりまであと10分。ついに最終防衛ラインを打ち破り、本拠地の目と鼻の先まで進撃してきた連合軍を迎え撃つために展開していた地上部隊は、生き残った部隊をかき集めて編成を終え、休戦の終焉に備えていた。

 

 大慌てで掘られた塹壕の中で機関銃を構え、迫撃砲の角度を調整する兵士たち。その後方にはまだ戦闘を継続できそうな戦車部隊がずらりと並び、戦車砲を連合軍の大部隊へと向けている。

 

 敵が進撃してくる方向に銃口を向け、息を呑みつつ戦闘の再開を待つ兵士たち。その半数を占めるのは人間の兵士ではなく、漆黒の制服を身に纏った吸血鬼の兵士たちである。今まで大半を占めていたのは人間の兵士たちであったのだが、人間の兵士では役不足と判断したのか、それとも最終防衛ラインで撃ち破れるだろうという予測が外れて危機感を感じたのか、ついに彼らをこの戦闘に巻き込んだ張本人たちも銃を装備し、最前線へとやってきたのである。

 

 そんな吸血鬼たちを、もちろん人間たちは軽蔑していた。自分たちから家族を奪って人質にし、さんざん危険な最前線に放り込んで高を括っていた彼らが慌てる姿は滑稽でしかない。

 

 ある1人の兵士が、後ろで安全装置(セーフティ)の解除に手間取る吸血鬼の兵士を見下ろしていたその時だった。

 

『――――――吸血鬼の味方をする、全ての兵士諸君に告ぐ』

 

「なんだ?」

 

 聞こえてきたのは、やけに綺麗な発音のヴリシア語だった。そのヴリシア語を喋っていた人物の声は高く、若い女性か少女であるという事が分かる。女の吸血鬼は女王であるアリアや一部の吸血鬼くらいしかいないし、女性の兵士もこの戦いにはほとんど参戦していないため、自分たちの軍勢のうちの誰かが発した通信ではないという事はすぐに分かった。

 

『こちらはテンプル騎士団団長のタクヤ・ハヤカワである。兵士諸君、君たちの家族は、もう既に吸血鬼共から解放済みである』

 

「なに?」

 

「ちょっと待て、どういうことだ!? ………しゃ、シャーリーは無事だってのか!?」

 

「子供たちもか!?」

 

「落ち着け、貴様ら! これは敵のデマだ! 信じるな! ………くそっ、人間風情が」

 

 ざわつく兵士たちを吸血鬼の兵士たちが慌てて制止しようとするが、無線機の向こうから聞こえてきた声が発した内容は、確実に彼らの心の中に浸透しつつあった。吸血鬼たちに人質に取られていた家族が解放されているのだとしたら、もう吸血鬼たちに従う必要はない。もちろんそれがデマであるという可能性もあるが、出来るならばデマではない可能性を信じたいと思う兵士の方が多かった。

 

 そして、それがデマだという疑念が―――――――その後に聞こえてきた声によって、完全に粉砕される。

 

『解放した諸君らの家族は、我々の艦隊で保護している。…………開戦までまだ8分ある。家族と再会したいと思う兵士はただちに武装を解除し、我が軍に投降せよ。繰り返す、ただちに武装を解除し、我が軍に投降せよ』

 

 海戦からずっと連敗を続けていたために士気は低下しており、更に家族まで解放されているのならば、もう人間の兵士たちが吸血鬼のために戦う理由は完全に消滅する。彼らが今まで戦っていた理由は家族を救い出すためであり、もし逆らえば家族が殺されるというリスクが消滅したという事は、もう吸血鬼に従う必要はない。

 

 相変わらず吸血鬼たちは慌てて兵士たちを制止するために叫んでいるが、彼らにとって『家族が殺される』というリスクが消失した状態では何の意味もない。

 

 そして――――――ついに、最初の1人が銃を投げ捨て、塹壕から飛び出した。溶けた雪で泥と化した地面を駆け抜け、連合軍の軍勢が展開している方向へと向かって走っていく。

 

 それにつられて、他の兵士たちも次々にヘルメットや銃を塹壕の中に投げ捨てて走り出した。ぞろぞろと塹壕から出ていく兵士たちは、もう吸血鬼たちが必死に叫ぶ言葉に耳を貸していない。

 

「き、貴様ら、止まらないと射殺するぞっ!」

 

「バカか、今はまだ”休戦中”だぞ?」

 

「ぐっ…………!」

 

 そう、もし今が休戦中でなければ、とっくに吸血鬼たちは彼らに”敵前逃亡”というレッテルを貼り、懐の拳銃で射殺しているところである。しかし今は、開戦まで残り僅かとなったとはいえまだクリスマス休戦中。明言されたルールではないものの、1発も発砲することは許されないし、攻撃は許されない。

 

 それゆえに正午を1秒でも過ぎない限り、逃げていく兵士の粛清すらできないのである。だから吸血鬼の兵士たちは、銃を投げ捨てて逃げていく兵士たちに銃口を向けたまま、それを見守ることしかできないのだ。

 

 タクヤが用意した嫌がらせは、見事に成功したことになる。

 

 クリスマス・イブに強制収容所をイリナと共に訪れたタクヤは、そこで警備をしていた吸血鬼たちを説得して投降させることで休戦中であるというのに強制収容所を開放し、そこに収容されていた兵士たちの家族を保護。吸血鬼側に悟られないように、パーティーが開催されている最中に部下に指示し、橋頭保である図書館を経由して捕虜と共に後方の艦隊まで移送しておいたのだ。

 

 これでもう、兵士たちに”人質”はいない。しかもまだ休戦中であるため、吸血鬼たちの元から離れる兵士たちを粛正することもできない。

 

 クリスマス休戦という時間を利用した、見事な作戦であった。

 

 

 

 

 

 

 


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