異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
「あの世に連行してやるだと?」
鎧に身を包んだ教団の兵士が、俺を見下ろして笑いながら剣を引き抜いた。クズのような野郎だがちゃんと訓練で体を鍛えているらしく、剣を握る手は俺よりも大きく、がっちりしている。転生者ではないが、その剣戟は強烈だろう。
母さんよりははるかに格下かもしれないが、油断はできない。
「ハハハハハハッ。そんな小せえナイフを持って調子に乗ってるガキに何ができるってんだ? ―――――おい、新しい魔女だ。こいつも連行するぞ」
店主を掴んでいた男たちもニヤニヤ笑いながら剣を引き抜く。人数は7人。小さなパブの店内での戦いになるから、銃を使うよりも近距離で戦った方が速いだろう。銃は使ったとしてもハンドガンやリボルバーのような小型の武器のほうが使い易いだろうな。
敵の得物は一般的なロングソード。モリガン・カンパニー製の玉鋼を使用したロングソードで、従来の剣よりも切れ味は増している。ゴーレムの外殻も切断できるほどの切れ味らしい。
自分たちは訓練を受けた兵士で、こっちはナイフを持ったガキが3人だけだと思っていることだろう。だからこいつらは油断している。だが、残念ながら3人とも実戦を経験している冒険者だし、そのうち2人は人間よりも身体能力の高いキメラだ。
俺は一瞬だけ後ろにいる2人を見てからにやりと笑い、姿勢を低くしてリーダー格の男へと急接近する。その速度が予想以上だったのか、調子に乗っているガキに負けるわけがないと思い込んでいた男は目を見開き、慌てふためきながら剣を振り上げた。だがその剣が俺に叩き込まれるよりも、こっちが攻撃を叩き込む方が先だろう。
パンチを叩き込めるほどの間合いならば、まさにナイフの独壇場だ。親父は剣も使っていた時期があったらしいが、俺は剣よりもナイフやククリのような小型の武器のほうが使い易い。片手で銃や体術と併用しやすいし、剣よりも小型だからかさばらない。それに銃を使う前提だから、小型の武器の方が相性がいいんだ。
右手を突き出し、トレンチナイフの厚めのフィンガーガードで男の腹を殴りつける。男が剣から手を離して腹を抑えるよりも先に続けて左手のストレートをお見舞いすると、引き戻していた右手のナイフの切っ先を男へと向け、まるで顎にアッパーカットを叩き込むかのように、喉へと向かって切っ先を突き立てた。
「ガッ………!?」
強引に喉から引き抜き、男の死体を蹴り飛ばす。パブの床が真っ赤に染まり、崩れ落ちて痙攣する男を見ていた他の兵士たちが目を見開いて俺を見つめている。
「て、てめえ……!?」
「よくもリーダーを!」
いきなりリーダーを殺されて驚愕しているんだろう。次々に罵声を浴びせてくるが、剣を構えて襲い掛かって来る奴はいない。攻撃してきた奴にカウンターをお見舞いして返り討ちにしてやろうと思っていたんだが、どうやらこっちから攻撃をしなければ勝負は終わりそうにないな。
そう思っていると、俺の隣をナイフを手にした赤毛の少女が駆け抜けて行った。いつも俺に甘えてくる同い年の姉が纏う雰囲気は、いつもの甘えん坊の姉の雰囲気ではない。あの森でゴブリンの群れを瞬殺した時の威圧感を纏っている。
攻撃を仕掛けられた事とその威圧感でビビっている男たちに接近したラウラは、一番近くにいた男の喉元にいきなりボウイナイフを突き立てると、一番最初にラウラの犠牲になった男が呻き声を上げながらナイフを引き抜こうとしている間に右手のサバイバルナイフを隣の男の側頭部に突き立てる。崩れ落ちる男たちからナイフを引き抜いたラウラは返り血を浴びながら着地すると、まるでローキックをお見舞いするかのように足のナイフを展開しながら振り払い、更に仲間を2人殺されて驚愕する男の太腿を斬りつけた。
「ギャッ!?」
純白の制服が紅く汚れていく。
左足を振り払ったラウラはそのまま回転しつつサバイバルナイフを逆手持ちに持ち替えると、片膝をついて体勢を崩している男の眉間にサバイバルナイフの切っ先を突き立てた。更に左手のボウイナイフまでお見舞いすると、その男の喉元を何度もボウイナイフで突き刺してから蹴り飛ばす。
ナイフをくるりと回転させながら頬についた返り血を拭い去るラウラ。彼女の目つきは甘えてくる時の目つきや虚ろな目つきではなく、獲物を狙っている時のような鋭い目つきだった。17歳の少女が放つとは思えない猛烈な殺気と威圧感が、残っている3人の男たちの心を砕く。
ラウラは男たちを睨みつけながらいつ襲い掛かるか考えていたようだったが、彼女の背後から投擲された1本のメスが3人の男のうち1人の肩に突き刺さった瞬間、再びラウラが猛獣のように男たちへと襲い掛かった。
どうやらメスを投擲し、ラウラのために隙を作ったのは、俺の後ろにいるナタリアらしい。
メスを足に突き立てられた男の首に向かってナイフを展開した右足を叩き付け、首を刎ね飛ばす。そのまま後ろ蹴りで首を刎ね飛ばされた男の胴体を蹴り飛ばすと同時に、両手のナイフを左右に立っていた2人の兵士に向かって投擲する。ボウイナイフとサバイバルナイフは回転しながら2人の男の頭に命中し、同時に2人の男も崩れ落ちた。
1分足らずで、教団の兵士たちは全滅してしまった。殆どラウラの獲物になっちまったからレベルも上がっていないだろう。
ナイフを男たちの死体から引き抜く姉を見守っていると、俺の傍らに倒れているリーダー格の男の死体の上に蒼い六角形の光が浮かんでいるのが見えた。どうやら武器がドロップしたらしい。
《ロングソード》
剣か。使う予定はないな。接近戦ならば小型の武器があれば十分だ。
「あ、あんたたち………容赦ないのね」
俺の後ろに立つナタリアが呟く。彼女は戦闘中はメスを1本だけ投擲しただけで、男たちにそれ以外の攻撃はしていない。最初に街に入った時のように気絶させて済ませると思っていたんだろうか。
ナイフの血を拭き取りながら鼻歌を歌う姉の歌声を聴きながら、俺はナタリアに言った。
「………容赦したら死ぬぞ」
「…………」
「こんなクズ野郎共を叩きのめすだけで済ませるつもりはない。生温いんだよ」
人を虐げるような奴を叩きのめすだけで終わらせるのは生温すぎる。喧嘩を売られた程度ならばぶん殴るが、こういう奴らはそれで終わらせてはならない。
俺たちは親父たちから戦い方を学んだが、それは戦うためだけの戦い方ではない。戦って殺すための戦い方だ。だから敵には全く容赦をするつもりはないし、躊躇わない。
それに、こいつらをもし逃がしてしまったら増援を呼ばれていた事だろう。そうすればこの店の店主まで奴らに狙われてしまう。だからこいつらは消さなければならなかった。
「………分かったわ。私も容赦しない」
「ああ、頼む」
彼女の肩を軽く叩いた俺は、目を見開きながらこっちを見ている初老の店主の方を見た。
「すみません、店の中を汚してしまって………」
「い、いや………」
「死体は片付けておきますので………」
「気にしないでくれ。おかげで奴らに連れて行かれずに済んだ………」
そう言った店主は、死体を見下ろしながら再びカウンターの方へと向かった。せめて彼から教団について話を聞きたかったんだが、別の人から話を聞いた方が良いかもしれない。
ナイフとナックルダスターをしまって死体を片付けようとしていると、先ほどカウンターの奥へと戻っていった店主が、紙袋を抱えて戻ってきた。
「……受け取ってくれ。お礼だよ」
店主が持って来てくれた紙袋の中からは、焼き上がったパンとバターの香りがした。紙袋は暖かく、中にはふわふわした何かが入っている。おそらくパンが入っているんだろう。暖かいという事は焼き立てという事なんだろうか?
「フィッシュアンドチップスを食わせてやれなくてすまないね」
「おじさん………」
「ゲホッ………教団の支部は、街の真ん中にある大きな建物だよ。君たち、教団に戦いを挑むつもりなんだろう?」
「は、はい」
「頼む………ナギアラントを救ってくれ。こんな暮らしはもう嫌なんだ」
「――――任せてください」
俺とラウラは転生者ハンターだ。人々を虐げる転生者を狩るために、親父からこのコートを受け継いだんだ。
人々を虐げるようなクソ野郎ならば、狩る。親父にそう誓ったのだから。
「あれが支部みたいね」
ナギアラントの中央に鎮座するのは、まるで貴族の住む屋敷のように巨大な建物だった。赤いレンガで覆われた4階建ての建物で、青銅の彫刻で飾られている屋根は槍のように尖っている。
教団の支部だから教会のような建物を想像していたんだが、貴族の屋敷か博物館のようにしか見えない。周囲には警備兵が巡回していて、正門と裏口以外は高い鉄柵で囲まれている。
屋根の上から双眼鏡で警備兵の人数を確認してから、隣でPDWの点検をしているナタリアに双眼鏡を渡す。ラウラには双眼鏡を渡す必要はないだろう。彼女の視力はスナイパーライフルのスコープよりも優れているし、エコーロケーションという便利な能力もある。彼女の頭の中にあるメロン体のおかげで、ラウラはイルカや潜水艦のソナーのように超音波を発して敵の位置を知る事ができるんだ。しかもその探知可能距離は最大で2km。索敵範囲を伸ばすと精度が落ちるという欠点はあるけれど、敵の位置を知るだけならば問題はない。
「正門に4人。中庭に19人。――――――裏口は2人だよ」
「便利な能力ね………」
当然ながら普通の人間が超音波を発することは不可能だし、ラウラと同じくキメラである俺と親父の頭の中にもメロン体はない。なぜラウラにだけメロン体があるのかは不明だが、現時点でこのエコーロケーションが使える人類は彼女だけという事だ。
「建物の中は分かるか?」
「待ってね。…………あ、いた」
両目を瞑っていたラウラがゆっくりと目を開けた。転生者を探知したんだろう。
「どこだ?」
「地下だよ」
地下だって? あの建物には地下室があるのか?
支部の中にある執務室や支部長室の中でくつろいでいると思っていた俺は、考えていた計画を考え直す羽目になった。もし執務室のような部屋の中でくつろいでいるのならば、作ったばかりのアンチマテリアルライフルで狙撃して暗殺する予定だったんだが、地下室の中にいるのならば狙撃は不可能だ。何とか地下室まで潜入して始末するしかない。
「それじゃ狙撃できないわね…………」
「よし、俺とナタリアが潜入する。ラウラはここで待機して、狙撃で援護してくれ」
「ふにゅ!? お姉ちゃんだけ置いていくのっ!?」
「で、でも、ラウラが援護してくれた方が―――――」
何とかラウラを説得しようとしたが、離れ離れになると聞いたラウラは俺が話している最中に涙目になり始めた。先ほど教団の兵士を蹂躙していた時の鋭い目つきではなく、いつもの甘えん坊のお姉ちゃんに戻ってしまったラウラは、説得している最中の俺にしがみついてきた。
「やだやだぁっ! お姉ちゃんを1人にしないでよぉっ!!」
「ら、ラウラ! 落ち着けって!」
「タクヤと離れたくないよぉ………! 一緒にいたいよぉ………!!」
今まで別行動する事は何度かあったんだが、なぜ今回だけはこんなに離れ離れになるのを嫌がるんだ? 初めて転生者を狩りに行った時も、最終的には合流したけど最初は二手に分かれて索敵してたし、狙撃で援護してもらった。
姉が離れ離れになるのを嫌がる理由について考察していると、コンパウンドボウの矢の点検をしていたナタリアと目が合った。
もしかすると、今までは2人きりだったから一時的に別行動をしても安心していたんだろう。でも、今はナタリアというもう1人の少女がいる。自分と別行動している間に俺がナタリアに取られるんじゃないかと思っているんだろう。
しがみついている彼女の頭からベレー帽を取り、角の生えた頭を優しく撫でる。いつものように頭を撫でられて落ち着いたのか、ラウラは少しずつ両手の力を弱め始めると、黒いミニスカートの中から伸ばした尻尾をゆっくりと左右に振り始めた。尻尾を左右に振るのは喜んでくれている証拠だ。
「ふにゃあー…………」
「ラウラ、安心して。ちゃんと帰ってくるから」
「で、でも………」
「俺も大好きなお姉ちゃんと離れるのは嫌だよ。でも、敵は地下にいるんだ。いくらキメラでもあんな数の警備兵を突破するのは難しいんだよ」
「ふにゅ………」
「お姉ちゃんが援護してくれれば、楽に標的を始末できるんだ。だからお姉ちゃん。少しだけ我慢してくれる?」
我慢してくれるだろうか? これでも嫌がるのならばもう少し説得するか、また作戦を考え直さなければならない。
ラウラが返事をしてくれるのを待っていると、しがみついていたラウラがゆっくりと顔を上げた。目の周りにはまだ涙が残っている。
彼女の涙を拭ってあげようと思って手を伸ばそうとしたその時、見上げていたラウラがいきなり俺の顔を引き寄せ、ナタリアの目の前で俺の唇を奪いやがった。彼女の柔らかい唇を押し付けられてドキドキしながらちらりとナタリアの方を見ると、ナタリアは目を見開いたまま顔を真っ赤にしてこっちを見ていた。さすがに姉弟でキスをするとは思っていなかったらしい。
ごめんなさい。俺、お姉ちゃんのせいでシスコンにされちゃったんです。
できるならキスは2人っきりの時にやって欲しかった。そう思いながら唇を離し、寂しがるラウラをぎゅっと抱きしめる。
「えへへっ。あったかい………」
「ラウラ、我慢してくれる?」
「うん。寂しいけど頑張るから」
「ありがとう、お姉ちゃん」
ラウラから手を離した俺は、顔を赤くしながらメニュー画面を開いた。生産済みの武器をタッチしてカスタマイズのメニュー画面を開き、全員分のサプレッサーを準備する。
正面から戦うのならばサプレッサーは必要ないが、銃を使って隠密行動をするのならばこいつは必需品だ。G36Kにサプレッサーが装着されているのを確認した俺は、いきなり見慣れない代物を装着されて戸惑うナタリアに説明する。
「こいつはサプレッサーっていう部品だ。銃口に装着すると、銃声をかなり小さくしてくれる」
実演するために、セレクターレバーをセミオート射撃に切り替えてからG36Kの銃口を空へと向け、トリガーを引く。いつもならば聞こえて来る筈の銃声はほとんど聞こえてこない。聞こえてきたのは排出された薬莢が足元に落下する金属音だけだ。
「そんな物もあるの?」
「ああ。便利だろ?」
「これが異世界の武器なのね………すごい………!」
サプレッサーの機能に驚くナタリアの傍らでは、ラウラがサプレッサー付きのSV-98の点検をしているところだった。もし転生者が地下室から執務室に移動したときに狙撃できるように、彼女の傍らにはアンチマテリアルライフルのゲパードM1が立て掛けられている。そのゲパードM1には、もし接近された時のために日本刀のような形状の銃剣を装着してある。
かつて日本軍が採用していた三十年式銃剣だ。主流だったナイフ形銃剣やスパイク型銃剣とは異なり、日本刀の刀身を短くして真っ直ぐにしたような形状が特徴的な銃剣だ。本来は三十年式歩兵銃や三八式歩兵銃などのボルトアクションライフルに装着される代物であるため、更に銃身の太い大型のライフルにも装着できるように金具は大きめのものに変更してある。刀身は反射を防止するため漆黒に塗装しておいた。
ハルバードの使い方が巧かったエリスさんの影響なのか、ラウラはナイフ以外にも槍や銃剣を装備したライフルでの接近戦も得意としている。ゲパードM1はやや重いかもしれないが、彼女ならばこれで接近戦でも敵を返り討ちにしてしまう事だろう。
「行くぞ、ナタリア」
「ええ」
俺とナタリアが潜入し、ラウラが狙撃で援護するという作戦だ。もし転生者が狙撃できる位置に移動した場合はラウラがアンチマテリアルライフルで狙撃して始末することになっている。
2人目の獲物を狩るため、俺はナタリアと共に建物を下り始めた。