異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
念のため、銀の14.5mm弾をぶっ放す前にレンジファインダーが表示してくれる距離を確認する。カノンの報告と同じく900mになっていることを確認してから息を吐き、スコープを調整していく。
この得物はセミオートマチック式。ボルトアクション式と比べると連射し易いという長所があるが、やはりボルトアクション式よりも命中精度が劣ってしまうという欠点がある。それにもかかわらず命中精度を重視したボルトアクション式のスナイパーライフルではなく、命中精度が劣るこいつを狙撃する得物に選んだ理由は、”一番使い慣れている”からだ。
どれだけ命中精度が高いライフルでも、使い慣れていなければ外してしまう事が多い。逆に使い慣れたライフルを使った方が、逆に命中させやすいのだ。
幼少の頃に銃をぶっ放すことを両親から許されてから、俺は様々なライフルを自宅の地下や防壁の外でぶっ放してきた。中にはボルトアクション式の得物も含まれていたけれど、それらと比べると個人的に一番使いやすかったのはこのOSV-96である。
けれども、いつも全く重く感じないこの対物(アンチマテリアル)ライフルは、緊張感のせいなのかやけに重く感じる。バイボットを展開し、銃床に折り畳んだ状態で装備されているモノポッドまで展開して狙いを定めているというのに、どういうわけか凄まじい重さを感じるのだ。
これを外せば、俺とカノンの位置が敵の大部隊にバレる。いくら現代兵器を簡単に作り出し、短時間で一気に強くなることが許された転生者でも、最新の戦車や戦闘ヘリで武装した大部隊と真っ向から銃撃戦を繰り広げるのは自殺行為だ。自軍の大将に不意打ちをお見舞いしようとする卑怯者を、奴らは徹底的に叩きのめすに違いない。
しかもその片割れが、レリエル・クロフォードを殺した憎たらしいキメラの1人だと知れば、どんな無残な殺され方をするかは明らかである。
薬室の中に放り込まれた1発の14.5mm弾と、俺の照準が―――――――俺自身とカノンの命を握っている。
敵の将校に照準を合わせながら、俺はこんな命令を引き受けたことを後悔しつつ、ラウラではなく俺を放り込んだ親父を少しだけ恨んだ。もし仮に俺ではなくラウラがここにいたら、きっともう撃ってあの将校を吹っ飛ばし、氷の光学迷彩を使ってもう既に離脱している事だろう。明らかに俺よりも適任である筈だ。
「お兄様、落ち着いて」
「ああ」
息を呑み、もう一度距離を確認する。標的は相変わらず最前線の方角を双眼鏡で覗き込み、隣に立つ副官と何か話をしているようだ。どうやら自分の指揮するマウスやラーテの群れの自慢をしているのか、やけに楽しそうにお喋りしている。しばらくあそこから動く気配はない。
射程距離は、900m。OSV-96の射程距離は約2kmだから、この距離はまだ序の口と言える。それに俺は、以前に一度だけその射程距離ギリギリである2km先にいる標的の狙撃に成功したことがある。だから900m先にいる標的の狙撃は、その時と比べれば難易度は低い筈だ。
親父も若い頃には何度も2km先の標的を狙撃し、大きな戦果をあげている。900m程度でビビっている場合じゃない。
呼吸を整えつつ、集中する。
落ち着け。取り乱せば、命中精度は落ちる。
「風が強いですわね」
隣で双眼鏡を覗くカノンが告げた。緊張したせいで風の事をすっかり忘れていたが、確かに雪を纏った冷たい風はいつの間にか強くなっている。俺から見て左側からやってくる風は、降り注ぐ雪たちを右側へと連れ去っていく。
14.5mm弾はかつては対戦車ライフルの弾薬としても利用され、第二次世界大戦ではドイツの戦車に損害を与えてきた実績がある。それに戦後は装甲車に搭載する機関銃の弾薬にも使われたことがあるし、現在でも運用され続けている弾薬だ。今まで使っていた12.7mm弾と比べると弾薬のサイズは大きい。命中すれば人間の上半身を容易く捥ぎ取ってしまう事だろう。
念のため、ほんの少し照準を左へとずらす。
もう一度深呼吸して、冷たい空気を思い切り吸い込む。吐き出した息は真っ白な煙のように変化すると、瞬く間に窓から入り込んでくる風に絡め取られ、そのままどこかへと消えていってしまう。
集中しろ。
標的の事だけを考えろ。
俺と標的以外は、今は何もいらない。この冷たい風も、標的の周囲に展開する敵兵の群れも不要だ。
スコープのカーソルの右にずれた標的だけを見つめる。
やがて、それ以外は何も見えなくなった。まるで自分とターゲットだけが何もない真っ白な世界に放り込まれてしまったかのように、いつの間にかそれ以外のすべてが消えてしまっている。窓の外で荒れ狂っていた冷たい風や雪も見えないし、誰もいなくなったホテルの部屋の中も見えない。
極限まで集中すれば、こうなるのだろうか。
――――――証明してやる。
確かにラウラも優秀な狙撃手だが―――――――俺だって、親父から狙撃の訓練を受けているのだ。テンプル騎士団にはもう1人の優秀なスナイパーがいるという事を、証明してやる。
自分の呼吸の音も、聞こえなくなる。やがて鼓動も聞こえなくなり始め、全ての音が消え失せる。
そして――――――ライフルの重みも、消えた。
その瞬間、俺はトリガーを引いていた。14.5mm弾を送り出すためのトリガーを少女のような細い指で引いた瞬間、薬室の中でじっと待っていた弾丸が凄まじい音を轟かせながらT字型のマズルブレーキから飛び出していき、雪の中へと突っ込んで行く。
猛烈な銃声を耳にした瞬間、聞こえる筈のなかった全ての音と、見えなかった筈のすべての光景が元通りになる。エジェクション・ポートが勢い良く開き、その中から煙を纏ったやけに大きな薬莢が飛び出して、床の上で金属音を奏でた。
銃声の残響と、排出された空の薬莢の歌声。銃弾が発射された後に耳にする音。
そしてその歌声の中で―――――――俺の放った銃弾が、微かに曲がった。
あのまま直進されても、あの吸血鬼の将校が立っている位置から僅かに左にずれているから命中することはなかっただろう。けれども俺がぶっ放した14.5mm弾は、まるで俺が意図的にずらした照準を修正するかのように緩やかに右へと曲がると、ちょうど敵の准将と重なった瞬間に、標的の頭へと飛び込んだ。
その瞬間、ターゲットの頭が消失したように見えた。首の上に生えている筈の人間の頭。人類である以上は首の上に必ず生えている筈の脳味噌を内蔵した頭が――――――消えたのである。
超遠距離狙撃を想定して装備していた遠距離用のスコープを覗き込んでいたおかげで、俺は標的の頭が消失する過程をはっきりと見てしまった。
かつては対戦車ライフルの弾薬にも使われていた大口径の弾丸が、人間とほとんど変わらない吸血鬼の皮膚を易々と貫く。おそらくこの時点では、もう既に着弾し、これから頭蓋骨と脳味噌を滅茶苦茶にしていく弾丸に食い破られつつあるというのに、標的は「何かが飛んできた」と思っている事だろう。
そして弾丸は凄まじい運動エネルギーで皮膚を引き千切り、立派な銀髪で覆われた頭皮を蹂躙して――――――頭蓋骨を砕き、脳味噌を木っ端微塵にする。無数の脳味噌の破片と眼球をまき散らし、血飛沫を噴き上げながら倒れる吸血鬼の指揮官。先ほどまで彼の話し相手になっていた副官は、すぐ近くで破裂した上官の脳味噌の破片を顔面に浴びる羽目になったらしい。
「命中」
同じ光景を目にしていたにもかかわらず、カノンが淡々と報告する。俺も今のような光景を何度も目にしてきたから、今更何も思わない。ちょっとグロテスクだったな、としか思えない。
第一、戦場で実弾をぶっ放して人を殺すのだから、ぶっ放す度にいちいち心を痛めていてはすぐに兵士として使い物にならなくなる。だから俺とラウラは、幼少の頃からこの程度で心を痛めないための教育を何度も受けてきた。
もし仮にその教育を受けていなかったならば、俺とラウラはとっくにPTSDで苦しんでいた筈だ。
前世の日本のように平和な世界ではないのである。
息を吐き、スコープの蓋を閉める。いつものようにバイボットとモノポッドを折り畳み、OSV-96の長い銃身も折り畳んでから背中に背負う。隣にいるカノンも双眼鏡を首に下げると、持っていたマークスマンライフルを背中に背負って移動する準備を始める。
『ルドルフ准将が狙撃された!』
『くそ、敵のスナイパーだ! どこにいる!?』
『全部隊、警戒しろ! 敵のスナイパーがいる! 生きて返すな!』
敵から鹵獲した無線機が、一気に慌ただしくなる。やはり劣勢の敵がこんなところに狙撃手を送り込んでくるのは予想外だったらしく、敵はかなり狼狽しているようだ。
やったぞ、親父。
カノンを連れ、やけにでっかいベッドが鎮座するホテルの部屋を後にする。ここに入る前に装甲車が大通りを横切っていたことを思い出した俺は、このまま玄関から素直に出ていくのは危険だと判断したが――――――ヘリのローターの音がホテルの上の階を通過していったのを聞いた瞬間、むしろ屋根の上を逃げる方が危険だと判断し、カノンを連れてそのままホテルの入口へとダッシュする。
そして入口の外に敵がいないことを確認してから―――――――メニュー画面を開く。素早く蒼い画面をタッチして生産済みの兵器の中からバイクを選び、それを装備する。
目の前に出現させたバイクは、ウクライナで生産されているKMZドニエプル。テンプル騎士団の一部の偵察部隊で採用されている他、一部の特殊な”砲兵隊”でも採用している。
真っ黒に塗装されたそのバイクに跨り、素早くエンジンをかける。後ろにカノンが乗ったことを確認してから、俺はバイクを走らせ始めた。
バイクがどんどん加速し始めたその時、先ほど遠ざかっていったヘリのローターの音が背後から近づいてくるのを感じた。舌打ちしながら背後を一瞥すると、天空を舞っていた1機のティーガーがホテルからバイクで走り去ろうとする俺とカノンを見つけたらしく、機首にぶら下げているでっかい機関砲とセンサーをこっちへと向けながら、まるで子ウサギを爪で引き裂こうとしている鷹のように高度を落とし始める。
ぞくりとしながら、俺は思い切りバイクを方向転換させた。ホテルの前の通りに取り残された露店の傍らにある路地へと飛び込んだ直後、機関砲から放たれた砲弾の群れが大通りの石畳を木っ端微塵に破壊する。
得物を仕留め損ねたティーガーは空中で減速すると、素早くこっちに機首を向けてくる。幸い狭い路地へと逃げ込んだおかげで、まだこっちを発見できていないらしい。けれどもこのまま路地を走り続けるのは得策ではないという事は、路地の出口をM2ブラッドレーの車体が横切っていったのを見てしまってからすぐに理解する羽目になった。
向こうは気付いていない。だから横切っていったんだ。
一気にそのまま加速しつつ、メニュー画面を開いて対戦車地雷を1つ装備する。そして細い路地から勢いよく飛び出すと同時に、こっちに車体の後部を晒しているM2ブラッドレーのすぐ後ろへと対戦車地雷を放り投げつつドリフト。強引に速度を上げ、装甲車から一気に距離を取る。
「いたぞ、後方だ!」
バイクのエンジン音に気付いたらしく、砲塔の上から顔を出していた車長がこっちを睨みつけながら怒鳴る。俺たちを追撃するためにM2ブラッドレーは一旦バックしてから方向転換しようとしたようだが―――――――後ろに置いておいたクリスマスプレゼントを受け取る羽目になった。
戦車よりも軽量とはいえ、装甲車は対戦車地雷を起爆させるのに十分なほど重い。方向転換のためにバックした車体が対戦車地雷を踏みつけた瞬間、俺たちの背後で火柱が吹き上がり、クリスマスプレゼントを”目覚めさせて”しまった装甲車が擱座するのが見えた。
そういえば、あの第6分隊にプレゼントする予定だったC4爆弾も爆発させないとな。
『第6分隊、何をしている!? こちらは准将を狙撃した敵のスナイパーを追跡中だ!』
『何ですって!? こっちは第7分隊の死体を確――――――くそっ、罠だ! 死体の下にC4爆弾が―――――――』
「あばよ、間抜け」
きっと第6分隊の奴らは、迫撃砲の砲弾がぎっしりと詰め込まれている箱の上に置かれたC4爆弾を発見してしまい、顔を青くしているに違いない。C4爆弾だけでもかなりの破壊力を誇るが、その恐ろしい爆弾が、よりにもよって迫撃砲の砲弾をたっぷりと詰め込んだ箱の上に鎮座しているのである。そんな状態で起爆すれば、装甲車ですら木っ端微塵になってしまうのは間違いない。
慌てて彼らが箱から離れようとする姿を思い浮かべながら、俺はC4爆弾の起爆スイッチを押した。
ドン、と単純な爆音が聞こえてきたかと思うと、俺たちの進行方向でやけに大きな火柱が吹き上がった。大部隊を砲撃するために用意された迫撃砲の砲弾が、たった1つのC4爆弾で一気に起爆したことで生じた火柱である。
もし後ろに乗っているのがカノンではなくイリナだったら、彼女はどういうリアクションをするのだろうか。爆発が大好きな彼女は、きっとあの火柱を見て大喜びするに違いない。
「イリナさんのために、写真でも撮ります?」
「余裕があればな」
そう、写真を撮る余裕があれば撮っておきたいところだった。けれどもその爆発で仲間の命を奪われた敵のヘリが後ろからやってきているのだから、写真を撮っている余裕がないのは火を見るよりも明らかである。
焦げ臭くなった空気の中で、もう一度ちらりと後ろを振り返る。やはりローターの音を響かせながら接近してきた1機のティーガーが機関砲をこっちに向けているが――――――いつの間にか、追っ手が増えていた。
サイドカーに機関銃を装備したバイクの群れが、いつの間にか俺たちを追尾していたのである。
「あらら」
「増えてますわねぇ」
そう言いつつホルスターからPL-14を引き抜き、カノンが後ろの敵へと発砲する。機関銃のついているサイドカーの射手も排除するべきだが、最優先で消す必要があるのは射手よりも運転手だ。火力は変わらないが、少なくとも追撃されることはなくなる。
左手で俺の肩を掴みつつ、右手にハンドガンを持ったカノンが射撃を開始する。その間に俺はバイクをさらに加速させ、俺たちが潜入に使った地下鉄の駅へと向かう。
やがて、何かが焦げた臭いが濃密になり始め――――――炎上するトラックが見えてきた。運転席やエンジンの辺りは爆発で完全にひしゃげており、車体には焦げた肉片と思われる物や、敵兵の手足の一部と思われる肉片がこびりついている。かつて迫撃砲の砲弾が入った箱があった一帯はちょっとしたクレーターになっていて、その内側では金属の破片や人体の一部がまだ燃えていた。
一気に加速してクレーターを横切り、そのまま地下鉄の駅の入口へと飛び込む。バイクのエンジンの音が狭い空間で反響しているせいなのか、一気にエンジンの音が大きくなる。
「あっはっはっはっはっ! 楽しいね、これ!」
「お兄様、ちゃんと運転してくださいな!」
「はいはーい!」
改札口の間を最高速度で一気にすり抜け、そのままホームへと下りていく。もちろんこんなところを通るのは人類だけで、バイクがここを通過することは全く想定していない。小さな階段を駆け下りていく振動を感じながら後ろを振り向いてみると、改札口を通過することに失敗した敵のバイクが交通事故を起こしているところだった。
とはいえ、そこで全部脱落したわけではない。改札口をちゃんと潜り抜けた3台のバイクが、円形の大きなライトを光らせながらまだ俺たちを追いかけてくる。
どうやらサイドカーを装備していないタイプらしい。さっき交通事故を起こしたのはサイドカーをつけていたタイプか。確かに、人間が通る狭い改札口をサイドカー付きのバイクが潜り抜けられるわけがない。
おかげで機関銃に背中を撃たれる心配はなくなったが―――――――後ろにいるバイクの運転手共は、G36Kを片手でぶっ放し始めやがった。
「カノン、大丈夫か!?」
「ええ、何とか! それにしても楽しいですわね!」
「そうだろ!?」
敵のバイクの運転手の頭をPL-14で狙撃しながら、カノンがそう言った。
俺と彼女は、敵の最終防衛ラインへと潜入し、敵の指揮官を狙撃するというかなり無茶な任務をやり遂げたのだ。これで指揮官を失った敵は総崩れになり、味方の勝利に貢献することができるだろう。
仲間たちが勝利してくれることを祈りながら、俺はエンジンの音が反響するトンネルの中をバイクで突き進んでいった。