異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
「ラーテにマウスか…………」
双眼鏡の向こうに見えるのは、第二次世界大戦で活躍する”筈”だった戦車に近代化改修をして、現代の戦車を蹂躙できるほどの性能を与えられた鋼鉄の怪物たちだ。仲間の戦車部隊が必死に戦車砲を放ちながら後退しているが、奴らの主砲が煌くたびにその向こうにいる味方の戦車がAPFSDSという矛に貫かれ、悲鳴を上げながら木っ端微塵になっていく。
まるで第二次世界大戦の最中に、ドイツの戦車が連合軍の戦車を蹂躙する光景を見せつけられているかのようだった。M4シャーマンやT-34がティーガーと戦って散っていったかのように、エイブラムスやT-14が改造型マウスの主砲に撃ち抜かれ、次々に火柱と化している。
仲間の戦車がやられる度に俺は唇を噛みしめていた。
敵の戦車の火力は、こちらの戦車の装甲を真正面から易々と撃ち抜くほどだ。そして装甲はこちらのAPFSDSの直撃に耐えるほどの厚さ。幸い戦車の速度ではこちらが勝っているが、向こうは後退する我々の戦車に照準を合わせて発射スイッチを押すだけでいいのだから、敵が有利なのは明らかである。
それにしても、敵の戦車の速度はかなり遅い。最新型の戦車の速度がおよそ60km/hであるのに対し、あの改造されたマウスたちの速度はおそらく20km/h程度。最大速度で後退すれば振り切れるほど速度に差があるが、それまでにどれほどの損害が出てしまうのだろうか。
「なるほど、こんな兵器を温存していたのか…………魔王様、どうする?」
双眼鏡で仲間が蹂躙される様子を見ていた俺を見上げながら言うのは、T-14の操縦士を担当するエミリア。砲手を担当するエリスはモニターを睨みつけたまま、敵が射程距離内に入るのをじっと待ち続けている。
T-14は砲塔に人間が乗る必要がないため、砲手と車長も操縦士と同じスペースに乗るのだ。だからモニターや計器類が発する光の中で、同じ戦車に乗る仲間たちの顔はよく見える。
このまま後退させれば、少なくとも被害は最小限で済む。しかしそうすれば傷を負ったまま泥沼の戦いになるのは目に見えているし、長期化すれば、橋頭保を確保したとはいえこちらがどんどん不利になっていく。
だからと言って強引に進撃させれば、最前線で戦う
どうすれば彼らを死なせずに、敵を撃ち破ることができる?
『こちらアドミラル・クズネツォフ。兄さん、聞こえる?』
「シンヤか」
『艦載機は必要かな? すでに対艦ミサイルを搭載した艦載機部隊の発進準備はできているんだけど』
敵のマウスやラーテが出現し、味方の戦車部隊を蹂躙しているという報告はすでに連合艦隊旗艦『アドミラル・クズネツォフ』の指令室まで届いていたらしい。やはり戦車砲で撃ち破れない装甲を持つ敵には、対艦ミサイルや爆弾を満載した航空機での攻撃が有効か。
先ほどの海戦でいくらか損害を出したものの、攻撃に支障が出るほどの損害は出ていない。それは幸いだが…………問題なのは、最後尾に鎮座するラーテの装備だ。
そもそもラーテは、”戦艦の主砲を搭載する戦車”として開発される予定だった巨大兵器である。速度や機動性を完全に犠牲にし、装甲と火力のみに特化した兵器である以上、少なくともこちらの攻撃を”回避する”ということは全く考えていない。
そのラーテに搭載されているのは、イージス艦や空母に搭載されているような最新型のCIWSや対空ミサイルのキャニスター。戦車にとっての天敵である航空機を叩き落すためなのか、対空兵器がこれでもかというほど搭載されている。
今航空機を投入すれば…………間違いなくあれにやられる。ミサイルを放っても迎撃されるだろうし、最悪の場合はその対空兵器が艦載機にも牙を剥くだろう。
航空機を投入するのは、せめてあの対空兵器を全て破壊するか、迎撃用の対空兵器として機能しなくなるほど数を減らすしかない。しかしラーテに直接攻撃するには、味方を蹂躙するマウスとレオパルトの群れを突破する必要がある。
…………いや、前線の部隊にマウスを引きつけさせ、他の戦車部隊に側面から攻撃させればできるかもしれない。
もう一度双眼鏡でマウスを確認してみる。敵のマウスたちは後退する戦車部隊を蹂躙することに夢中になっていて、相変わらず速度は鈍足としか言いようがないが、後続のラーテからどんどん離れている。両者の間にはレオパルトがいるが、彼らも逃げていく獲物に喰らい付こうとしている状態だ。
ラーテを守るのは、少数のレオパルトのみ。
「李風(リーフェン)、聞こえるか?」
『はい、同志ハヤカワ』
「戦車部隊を率いて、ラーテを側面から攻撃せよ。目標は搭載されている対空兵器だ」
『ということは、とどめは航空部隊ですかな?』
「そういうことだ。やれるか?」
この男も、あのファルリュー島の死闘から生還した猛者の1人だ。無数の転生者との戦いを経験しているのだから、きっとやり遂げてくれるに違いない。
『当たり前です。やらなければ、我々も木っ端微塵にされますからね』
「頼む」
『了解(ダー)』
通信を終え、ため息をつく。
第二防衛ラインの突破に手こずったが、このままでは最終防衛ラインの突破にも手を焼く羽目になりそうだ。本拠地を守る防衛ラインなのだから敵の戦力が集中していることは予測していたが、こんな切り札を用意しているのははっきり言うと予想外だった。
「エミリア、前進だ。俺たちも戦闘に参加し、前線から後退する味方を支援しつつマウス共をラーテから引き離す」
「了解だ」
「シンヤ、ミラたちはどうなってる?」
『最寄りの飛行場で補給中。機体も乗り換えるって』
先ほどの戦いでは、ミラはPAK-FAに乗って敵の戦闘機を片っ端から撃墜していた。しかし敵の戦闘機が空を飛ぶことはなくなったことで制空権が確保されたため、はっきり言うともう戦闘機に乗る意味はあまりなくなった。
だから、彼女が何に乗り換えるのかは、すぐに予想がついた。
「ありったけの爆弾とミサイルを装備しろって伝えといてくれ」
『了解(ダー)、同志リキノフ』
よし、反撃開始だ。
俺たちの役目は前線の戦車部隊を支援しつつマウスたちを前進させ、ラーテから引き離す。簡単に言えば囮だ。そしてレオパルトやマウスがラーテから離れたタイミングで李風が率いる戦車部隊がラーテを側面から攻撃し、対空兵器を破壊する。
艦隊や後方のOka自走迫撃砲には、味方を巻き込まない程度の支援砲撃を続行してもらう。とはいえ味方の位置を常に伝えつつ、砲撃の回数も減らしてもらう必要があるため、飛来する砲弾の数は大きく減ることだろう。
「各員、前進!」
無線機に向かって命令してから、俺はモニターの向こうを睨みつけた。
マウスが主砲を放つ度に、一緒に進撃していたT-14や99式戦車が木っ端微塵になっていく。全速力で後退しながら砲撃を続けるが、マウスに命中したとしても信じられないほど分厚い正面の装甲によって弾かれてしまい、ダメージを与える事すらできない。
無線機の向こうから聞こえてくるのは、仲間たちが必死に攻撃命令を砲手に下す声。時折爆音や断末魔が聞こえてきて、その無線機の向こうの仲間が息絶えたという事を告げる。
コンソールを操作し、次のAPFSDSを装填。自動装填装置が稼働する音が車内に響くが、すぐにチーフテンの傍らに着弾した砲弾の爆音がその音をかき消してしまう。
「くそ…………ナタリア、無事か!?」
『こっちは無事よ! なんなのよ、あの戦車は!?』
「とにかく後退だ! 無理に突っ込むなよ!」
ナタリアはたちは無事らしい。キューポラから顔を出して周囲を確認してみると、黒と灰色の迷彩模様に塗装されたチャレンジャー2が奮戦している姿が見えた。どうやらAPFSDSでマウスを仕留めるのは諦め、奴らの間から前に出てくるレオパルトだけを狙っているらしい。
確かに、そっちの方が合理的かもしれない。撃破できる見込みのない敵に砲撃を続けても、砲弾が無駄になるだけだ。それよりは砲弾が通用する可能性のある敵に向かって砲撃を続け、少しでも敵の戦力を削ることに専念するべきなのかもしれない。
砲手のイリナにマウスではなくレオパルトを狙えと指示を下そうとした、その時だった。
『こ、こちらウォーリア! 誰か聞いているか!?』
「どうした!?」
『敵の砲撃で損傷! 近くの廃墟が倒壊して生き埋めになっちまった! 救助を求む!! ――――――くそ、火災が!』
「現在位置は!?」
『労働者用のアパートだ! ゲホッ、ゲホッ…………は、早く…………!』
双眼鏡を掴み取り、ウォーリアの乗組員が言っていた労働者向けのアパートを探す。倒壊してきたって言っていたからもう瓦礫の山と化しているだろうが、何か手掛かりは残っているだろうか? せめて看板のようなものさえ見えていれば………。
できるならば見捨てたくはない。必死に双眼鏡を覗いていると、倒壊したと思われる建物の瓦礫の中から、機関砲の砲身と思われるやや太めの砲身のようなものが突き出ているのを見つけた。双眼鏡をズームして確認してみると、確かにそれは建物の中の鉄骨などではなく、装甲車の機関砲の砲身に見える。
それに、その上に降り積もっている残骸の中に―――――――ヴリシア語で、”労働者用アパート”と書かれているひしゃげた看板が転がっている。
あれか…………!
味方の装甲車を救出に行くと仲間に告げようとしたその時―――――――ウォースパイトの車体が、今まで以上に揺れた。先ほど75mm砲を喰らい、辛うじて装甲で弾いた時とは比べ物にならないほどの大きな振動。その中で俺は、ついに耐えきれなくなった金属の塊がへし折れる音を聞いたような気がした。
衝撃で車内へと押し戻され、座席の近くにあったモニターに頭を叩きつけてしまう。その痛みを無視して立ち上がろうとすると、今度はウォースパイトが後退しながら、左へと進路を変えたのを感じた。
「ラウラ、どうした!?」
「分からない! 進路を変えた覚えはないのに…………!」
まさか、今のでキャタピラが…………!?
ぞくりとしながら、再びハッチから身を乗り出す。そして車体の左側で旋回を繰り返している筈のキャタピラを見下ろしたが…………まるで金属が擦れているような異音がするし、ウォースパイトが刻み付けてきたキャタピラの跡の中に、戦車のキャタピラの一部と思われる部品がいくつも転がっている。その場所から、俺たちの乗るチーフテンは左へとぐるぐる回り始めている。
どうやら敵の砲撃を喰らい、左側のキャタピラが外れてしまったらしい。金属が擦れる音がするという事は、その爆風で部品が歪んでしまっているという事だろう。このままではこの戦車は、真っ直ぐに走ることはできない。
敵の集中砲火に晒されながら、ぐるぐると回るしかないのだ。
くそ、どうすればいい…………!?
「…………ラウラ、そのまま走り続けろ。その間に俺が仲間を救出に行く」
「え?」
「いいか、救出が済んだら合図する。そうしたらこの戦車を棄てて脱出しろ」
操縦席で目を見開きながらこちらを振り向くラウラ。敵の砲撃が立て続けに降り注ぐ戦場に、生身で躍り出るということがどれだけ危険な事なのかは分かっている。戦車だって被弾すれば終わりだけど、歩兵は近くに砲弾が着弾すれば衝撃波で容易く身体を引き千切られてしまうし、破片が突き刺されば動けなくなる。
装甲に守られている戦車と違って、歩兵は脆いのだ。
ラウラは制止しようとしたけど――――――目を閉じると、彼女は微笑んだ。
「――――――帰ってこなかったら、許さないから」
「了解(ダー)」
死んでたまるか。
死んだら、俺のお嫁さんになるというラウラの夢が叶わなくなる。
心配そうな顔をしながら俺の顔を見上げるイリナに向かってウインクしてから、息を吐く。愛用のAK-12の安全装置(セーフティ)を解除して3点バーストに切り替え、敵の砲撃の数が減った瞬間に―――――――キューポラから飛び出す。
雪に覆われた瓦礫の大地を踏みつけながら、全力で味方の元へと走る。進撃するマウスやレオパルトの群れから放たれる砲弾が味方の戦車の傍らに着弾し、派手に雪と瓦礫を舞い上げていく。
念のため外殻で硬化しておこう。さすがに戦車砲を防ぐのは不可能だけど、少なくとも砲弾の破片で死ぬことはなくなる。
逃げ惑う戦車を狙うよりも、戦車から飛び出した1人の兵士を狙うような敵がいないことを祈りながら走ったが―――――――75mm砲と思われる砲弾が立て続けに傍らに着弾し、数発の銃弾が脇腹に着弾する。キメラの外殻が破片と銃弾から身を守ってくれたが、凄まじい衝撃のせいで少しばかりぐらついてしまう。
歯を食いしばりながら体勢を立て直し、そのまま突っ走る。まだ俺を仕留めるつもりなのか、マウスから立て続けに放たれる75mm砲の砲撃が傍らに着弾し、砲弾の破片や瓦礫の破片を俺に叩きつけてくる。
破片に何とか耐え続け、倒壊したアパートの残骸の影に転がり込む。硬化を解除してから瓦礫を手で退けていくと、やがて30mm機関砲や対戦車ミサイルを搭載した装甲車の砲台があらわになる。砲塔の左脇にはハンマーとレンチを交差させ、その上に赤い星を描いたモリガン・カンパニーのエンブレムが描かれている。
瓦礫の中に埋まっていたのは―――――――ロシア製装甲車の、『T-15』だった。
T-14と同じように砲塔の中は無人になっているため、砲手や車長も車体の方に搭乗している。砲塔の向きから判断して車体の位置を予測した俺は、両手をキメラの外殻で覆ってから瓦礫を掘り始めた。アパートの壁の一部だったレンガや鉄骨を片っ端から退けていきつつ、まだ奮戦を続ける戦車部隊を一瞥する。左側のキャタピラをやられたウォースパイトはまだぐるぐると左回りを続けており、敵の戦車部隊から集中砲火を受けている状態だった。とはいえ被弾している様子はなく、走行する速度を調節することで辛うじて回避しているらしい。
だが、あのままでは被弾するのは時間の問題だ…………。もう戦車を放棄して逃げるように指示を出すべきだろうか?
やけに大きなレンガを退けると、乗組員が乗り込むためのハッチが露出した。先ほどから瓦礫の中に埋まっていたハッチを強引に開け、車内に向かって叫ぶ。
「おい、無事か!?」
「だ、誰だ…………!?」
「テンプル騎士団だ! 助けに来た!」
火災が起きていると聞いたが、辛うじて鎮火したのだろうか? 車内からは焦げたような臭いがする。
すると、装甲車の中から黒い制服を身につけた乗組員たちが姿を現した。負傷している奴はいないようだけど、おそらくこの装甲車はもう動けないだろう。瓦礫を全て退ければ少しは動くかもしれないけど、瓦礫を全て退けている余裕はない。
一刻も早くこの乗組員たちを連れて離脱しなければならない。
「走れるか!?」
「大丈夫です! 感謝します、同志!」
「よし、ついてこい! ラウラ、イリナ! もう十分だ! 戦車を棄てて逃げろ!」
『了解(ダー)! イリナちゃん、早く!』
『うん!』
集中砲火に晒されていたウォースパイトを見てみると、まだ逃げ回ってくれていたらしい。しかし、さすがに片方のキャタピラが使い物にならなくなった戦車で逃げるわけにはいかない。
ハッチが開き、まず先にイリナが飛び降りた。やがて敵の砲弾が外れたタイミングでラウラも戦車から飛び降り、瓦礫の上に転がってからイリナを連れて走り始める。操縦する乗組員がいなくなったことで動かなくなった戦車は、数秒後に飛来したマウスの主砲を真正面から喰らう羽目になり―――――――雪の上で、木っ端微塵に吹っ飛んだ。
カルガニスタンで本格的に運用を始め、第一次世界大戦と第二次世界大戦で活躍したイギリスの戦艦の名を冠した第二世代型の
救出した乗組員たちを連れて走りながら、燃え上がるチーフテンに敬礼をする。
『
「クランか! こっちだ!」
無線機からクランの声が聞こえてくる。どうやら彼女たちも無事だったらしい。
手を振ると、他の戦車よりも大きな砲塔を搭載した真っ白なレオパルト2A7+が、俺たちの前へとやってきた。装甲車から救出した乗組員たちを連れて車体によじ登ると、ハッチの中から顔を出していたクランに尋ねる。
「ラウラたちは!?」
「ナタリアちゃんのチャレンジャー2が拾ったわ! さあ、とっとと逃げるわよ! 木村!」
『了解(ヤヴォール)!』
木村の声が聞こえた直後、俺たちを乗せたレオパルトがエンジンとキャタピラの音を響かせながら後退し始めた。