異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
銃声が、耳から消えない。
いつまでも鼓膜へと叩き込まれるやかましい銃声を聞かされて顔をしかめるけれど、俺の周囲にいる仲間たちは誰も銃をぶっ放している様子はない。クリップを使ってマガジンに弾薬を装填したり、先ほど撃退した敵が投棄した武器を鹵獲し、それの動作を確認している。
つまり今の音は、幻聴か…………。
それが現実の音ではないと理解した瞬間、銃声が少しずつ消えていく。やがて人間が夢の中から現実へと戻るかのように、聴覚が現実へと連れ戻される。息を吐きながら目の前にメニュー画面を開き、次の弾薬が支給されるまでの時間を確認しておく。
俺の能力で生産した武器や兵器の弾薬は、12時間が経過することで自動的に支給される。他にも燃料も補充されるし、破損している場所があれば最適な状態に勝手にメンテナンスされるようになっているため、メンテナンスをする知識がない場合は12時間ほど放っておくだけでいいのだ。おそらくこれは、銃の知識がない転生者のための機能なのだろう。
メニュー画面に一緒に投影される時刻を確認すると、もうとっくに日付が変わっていた。12月23日。クリスマスの前日の午前5時。きっと世界中の家庭では、小さな子供たちがサンタクロースのプレゼントを楽しみにしているに違いない。
「戦場のクリスマスか…………」
敵兵から砲弾や銃弾がプレゼントされないことを祈りながら、俺はそっと壁の穴から顔を出した。相変わらずヴリシア帝国の帝都サン・クヴァントには雪が降り続けていて、クリスマスに相応しい景色に変わっていた。ひっきりなしに降り続ける真っ白な雪が無残に破壊された悲惨な大地を隠していく。その下に広がるのはズタズタに破壊された石畳や、弾丸に撃ち抜かれて動かなくなった敵兵の死体。
通りの方を見てみると、擱座してしまったレオパルトの残骸やM2ブラッドレーの残骸が放置されている。昨日の夜中まではエンジン部が燃え上がったり、黒煙を吐き出していた残骸たちはすっかり大人しくなり、今では雪に埋もれかかっている。
戦場の真っ只中で迎えた12月23日の朝は、やけに静かだった。
「ふにゅ…………ふにゅう…………」
図書館の床に座り込み、隣でアンチマテリアルライフルを抱えたまま眠る姉の頭をそっと撫でる。昨日の防衛戦では彼女の教え子たちが奮戦してくれたし、その教え子たちに狙撃を教えたラウラは何と、20mm弾を立て続けにM2ブラッドレーの砲塔の付け根に叩き込み続け、砲塔を旋回不能にする損傷を与えるというとんでもない戦果をあげている。
隣で眠るこんなに可愛い女の子が、そんな戦果をあげる兵士とは思えない。
コートの上着を静かに脱ぎ、眠っている彼女にそっとかけておく。雪国であるオルトバルカで生まれ育ったとはいえ、オルトバルカ人だって風邪はひく。もちろんキメラも油断すれば風邪をひくことになるのだ。
それにしても、やっぱりオルトバルカの方が寒いな。王都の近くにはシベリスブルク山脈もあるから、あっちの方が寒くなるのは当たり前だと思うけど。
ラウラを起こさないようにゆっくりと立ち上がり、鹵獲した武器の点検をしている仲間の前を横切って、階段へと向かう。見張りの兵士の傍らで仮眠をとる仲間を起こさないように気をつけながら階段を下り、かつてはレオパルトが陣取っていた中庭に居座るチャレンジャー2へと向かう。
気温と雪のせいですっかり冷たくなった複合装甲を掴み、いつものように素早くよじ登る。キューポラにあるハッチをノックすると、中から誰かが動く音が聞こえてきた。
やがてハッチがゆっくりと開き、中から眠そうな顔をしたナタリアが顔を出した。つい先ほどまで仮眠をとっていたのか、俺の顔を見上げるよりも先にあくびをしている。しかも特徴的な金髪のツインテールは寝癖のせいで少しばかり滅茶苦茶になっており、普段はしっかりしている彼女とは思えない姿になっていた。
お、起こさない方がよかったかな…………?
「ん………だれ…………?」
「俺だよ、タクヤ」
「えっ? た、たっ、タクヤっ!? やだ、寝癖なおさな――――――ひゃうっ!?」
俺が訪ねてくるとは思わなかったのか、俺の顔を見上げた彼女はかなりびっくりしていた。目を見開きながら狼狽し始めたかと思うと、そのまま戦車の中で立ち上がろうとして――――――案の定、砲塔の天井に頭をぶつける羽目になり、両手で頭を押さえながら呻き声を上げている。
す、すいません、ナタリアさん…………。
「だ、大丈夫?」
「うぅ…………バカぁ…………寝癖直す時間くらいよこしなさいよぉ…………」
ごめんなさい。
苦笑いしながらハッチを閉め、砲塔の後ろにもたれかかる。まだ拠点を作る前、いつもタンクデサントする羽目になっていた俺が居座っていた場所だ。今では本隊のメンバーにイリナが加わったことで戦車を2両も運用できるようになったため、誰も乗ることのなくなった砲塔の後ろ。あの時の事を思い出しながら砲塔の後ろにある装甲を撫で、腰を下ろしながら明るくなっていく空を見上げる。
あれから、最終防衛ラインから差し向けられた敵部隊を2回ほど撃退している。どちらも戦車を含む部隊だったけれど、スオミの里のメンバーのおかげで撃退できているし、敵の装備品を鹵獲することでこちらの弾薬を節約できている。
ちらりと図書館の渡り廊下を見てみると、そこに用意した焚き火の周りに集まっているスオミ支部の兵士と本部の兵士が、鹵獲した武器の自慢をしているようだった。
それにしても、親父たちはいつになったら第二防衛ラインを突破してくれるのだろうか。HQ(ヘッドクォーター)に確認をとったが、親父たちはこれ以上の泥沼化を避けるためにリディア・フランケンシュタインを戦線に投入することを決めたらしく、今では凄まじい勢いで第二防衛ラインを蹂躙しているという。
リディアとは、あの海底神殿で戦ったことがある。存在を俺たちに隠したまま親父たちが秘かに育てていたもう1人の転生者ハンターで、魔王の秘蔵っ子。銃を一切使わず、何の変哲もない刀で信じられないほどの速さの居合を繰り出す強敵だった。もしあそこでリディアを倒さなければならなかったならば、おそらく俺は手足のどれかを切断されていてもおかしくはなかっただろう。親父や母さんが手塩にかけて育てた兵士の実力は、伊達ではないという事だ。
彼女が味方であるという事は心強いし、第二防衛ラインを今度こそ突破できるだろう。けれども―――――――このヴリシア侵攻作戦が終われば、実質的にテンプル騎士団は再びモリガン・カンパニーと争奪戦を続けることになる。この戦いの終戦が、新たな戦いの開戦となるのだ。
それにしても、親父は天秤で何をするつもりだ? 親父のような実力者ならば、メサイアの天秤で願いを叶えなくても自分で実現させられそうだ。なのに天秤を欲するという事は、自分の力では成し遂げられないような大きな事なのかもしれない。
「お、お待たせ」
「ん? おう」
考え事をしているうちに、ナタリアは寝癖を直し終えたらしい。砲塔の後ろから顔を出してキューポラの方を見てみると、いつも通りの姿のナタリアが恥ずかしそうな顔をしながらこっちを見つけていた。
「それで、な、何の用かしら?」
「ああ、装備品とか足りてるかなと思ってさ。あと食料も」
「それなら大丈夫よ。缶詰とか干し肉もまだ残ってるし、お菓子もあるから」
「ああ、スコーンか」
それなら問題はなさそうだな。それに弾薬の方も自動で補充されるから、問題はなさそうだ。
「分かった。何かあったら―――――――」
そろそろ戦車から立ち去ろうとしたその時だった。開いた覚えもないのに勝手にメニュー画面が開いたかと思うと、敵の索敵のために図書館から離れた廃墟の中や瓦礫の影に潜ませておいたルスキー・レノたちから送られてきた映像が映し出されたのである。
そこに映っていたのは―――――――3機のヘリ。別の映像には地上を突き進むレオパルトの群れも映っている。
先ほどまでの攻撃では戦車や装甲車だけだったが、今度はいよいよヘリまで投入してきたってわけか。確かに制空権を支配しているのは連合軍の戦闘機だが、残念なことに図書館の上空には味方の戦闘機が見当たらない。他の空域で
映像に映っているヘリは、すらりとした胴体に角張ったキャノピーを取り付け、武装をこれでもかというほど搭載したスタブウイングを装備したような外見をしていた。機首の下部にはセンサーと共に装着された30mm機関砲が搭載されている。
あれはおそらく、『ティーガー』と呼ばれる攻撃ヘリだろう。スタブウイングにはロケットポッドのほかにも、こちらに戦車がいる事を考慮したのか、対戦車ミサイルも搭載されているようだ。
獰猛な攻撃力を誇るティーガーを3機も投入したという事は、2回も攻撃部隊を退けられたことで、敵の指揮官も本腰を入れて図書館の奪還に動き出したという事か。
「敵?」
「ああ。拙いぞ、今度はヘリもいる」
「拙いわね…………対処はお願いできるかしら?」
「任せろ」
メニュー画面を開いたまま、スティンガーミサイルを素早く装備する。やはりヘリを撃ち落とす際に最も有効なのは、機関砲による対空砲火よりも対空ミサイルで吹っ飛ばすことだろう。フレアで逃げられない限り、ほぼ確実に命中するのだから。
照準器が取り付けられたランチャーをいくつか担ぎながら、俺は戦車の上から飛び降りた。壁に空いた大きな穴から図書館の中へと飛び込むと、見張りをしていた兵士たちにスティンガーミサイルを手渡しながら告げる。
「敵だ。ヘリもいるぞ」
「了解です、同志。任せてください」
「おう、期待してる」
まず、最も先に排除するべきなのはヘリだろう。大口径の機関砲や対戦車ミサイルをこれでもかというほど搭載しているヘリを放っておいたら上空から狙い撃ちにされる挙句、貴重な戦車が対戦車ミサイルで吹っ飛ばされかねない。
用意した5つのスティンガーミサイルを仲間に渡した後、俺はそのまま反対側の穴から図書館を飛び出した。ベランダにあるMG3で蜂の巣にしてやろうと思ったけれど、ヘリの装甲を7.62mm弾で貫通するのは難しい。
だからもっと大口径の得物を持つ兵器の元へと、脇目も振らずに突っ走ったのだ。
揺り続ける雪の中に埋もれかけているそれの元へとたどり着いた俺は、剥がれかけている装甲を手でつかんで強引によじ登り、両手を外殻で覆った。堅牢な外殻で覆われた両手でハッチを掴み、そのまま引き剥がす。
夜中の戦闘で敵が乗り捨てていったM2ブラッドレーは、まだ生きているようだった。誰もいなくなった車内はモニターの明かりで照らされており、まるで主に捨てられたことを悲しむかのように、電子音が鳴り響き続けている。
「すげえ、まだ動くのか…………さすがアメリカ製だ」
砲塔の中に滑り込み、スイッチを押して警報を止める。砲塔が動くかどうか確認するために旋回させてみると、装甲が軋む音が聞こえたけれど、機関砲が搭載された砲塔はまだ動いてくれた。
あくまでヘリを撃墜する主役は味方のスティンガー。俺はこのブラッドレーの砲撃で敵を奇襲して攪乱し、味方部隊を掩護するつもりだ。
しかもこのブラッドレーはご丁寧に対戦車ミサイルまで搭載していたらしい。砲塔の両サイドに取り付けられたミサイルランチャーには、まだ1発だけ虎の子の対戦車ミサイルが残っている。うまくいけば戦車を擱座させることもできるかもしれない。
「ニパ、イッル。聞こえるか?」
『うん、聞こえるよ』
『コルッカ、何か用か?』
「敵のヘリはこっちに任せろ。お前たちは敵の後方に回り込んで、最後尾の車両を奇襲してくれ。そのまま広場に敵を押し出したらこっちで蹂躙する」
『『了解!』』
開きっぱなしになった頭上のハッチの向こうから、コマンチのローターの音が聞こえてくる。早くもスオミ支部から派遣された2機のコマンチが飛び立とうとしているのだろう。
ルスキー・レノから送られてくる映像を確認しながら砲塔を旋回させ、搭載されている機関砲を上空へと向ける。装填されている砲弾の種類は不明だけど、こいつの機関砲ならばヘリに致命傷を負わせるには十分だろう。それに、俺の役目はあくまでも敵の攪乱。動かない筈の味方の車両からの奇襲で敵を混乱させれば、あとは脱出しても問題はない。
車体の方は砲弾や迫撃砲の爆風でかなり破損していたから、もうこのブラッドレーは動けない。壊れかけの固定砲台とでも言うべきだろうか。
やがて、別のローターの音が聞こえてくる。発射スイッチを押す準備をしながらモニターを睨みつけていると―――――――機首に機関砲を搭載したスマートな形状のヘリが、崩れかけのアパートの向こうから顔を出した。
やはり撃破された筈のM2ブラッドレーに狙われている事には気づいていないらしく、目の前にある図書館へと一直線に向かっている。
真横からの砲撃か…………。あまり命中させる自信はないが、隙を作れればいいだろう。
照準を左へとずらした俺は―――――――油断している3機のティーガーへと、機関砲をぶっ放すことにした。先ほど使っていたLMGよりもはるかに太い砲身から立て続けに砲弾が放たれ、モニターの向こうを飛翔するティーガーたちの横腹へと飛翔していく。
しかし、どうやら発射する角度が合っていなかったらしく、機関砲はヘリに命中するよりも先に高度を下げると、ヘリの手前でそのまま地表へと落下していってしまう。
くそ、外した!
敵に損害を与えることはできなかったけれど、やはり撃破された筈の車両に攻撃されたせいで混乱したのか、一直線に飛んでいたティーガーたちが飛行ルートを変え始めた。どうやら自分たちに攻撃をしてきた伏兵を探しているようだが―――――――スティンガーに狙われてる状態でそんなことしてていいのかい?
どうやらスティンガーにロックオンされたらしく、ヘリたちが回避を始める。フレアをばら撒いたせいで最初の1発は外れてしまったが―――――――フレアが力尽きた後に放たれたスティンガーミサイルが、逃れようとしていたティーガーの胴体を直撃。燃え盛る破片をばら撒きながら火球と化した味方機の傍らを通過したティーガーにも、更にスティンガーが襲い掛かる!
残った1機は図書館へと機関砲を乱射し始めたようだけど、滅茶苦茶に飛び回りながらの砲撃だったのか、爆炎が生まれているのは図書館の隣にあるアパートや廃墟ばかりだった。
そして、図書館の中で得物を構えていた赤毛の少女が、ついに獰猛なヘリに引導を渡す。
「お」
何の前触れもなく、ティーガーのキャノピーの中が真っ赤に染まったかと思うと、先ほどまでミサイルを回避するための悪足掻きを続けていたティーガーが回避をやめ、そのまま高度を落としていった。
キャノピーの中を狙撃されたに違いない。アンチマテリアルライフルが使用するような大口径の銃弾ならば、いくら防弾性のキャノピーでも貫通してしまう。そんな代物を、回避中のヘリのキャノピーを撃ち抜き、正確にパイロットをミンチにできるような狙撃手に装備させれば、ヘリは全く脅威にならない。
そう、”そんな狙撃手”が目を覚ましたのだ。
先ほどまで仮眠をとっていた可愛らしい狙撃手が、ヘリに向かって牙を剥いたのである。
ラウラが装備しているツァスタバM93は、本来ならば12.7mm弾を使用するセルビア製のアンチマテリアルライフルである。ラウラからの要望で弾薬を20mm弾に変更したため、あのように容易くヘリのキャノピーを叩き割り、パイロットをミンチにしてしまうほどの威力を誇る恐ろしい得物と化したのだ。
「すげえ…………」
やがて、今度は大通りの後ろの方から火柱が上がる。どうやら背後に回り込んだ2機のコマンチが敵部隊を蹂躙し始めたらしく、敵兵たちが必死に空を舞うコマンチへと射撃しているのが見える。
しかし、コマンチは5.56mm弾で撃墜できる相手ではない。逆に機首の機関砲で木っ端微塵にされた兵士の肉片が、雪の上に散らばっていく。
いきなり最後尾の車両を攻撃されたことで、敵部隊が身動きの取れない大通りでの戦いを避けるため、図書館の前にある広場へと押し出されてくる。俺は対戦車ミサイルの準備をしつつ、モニターを凝視していた。
そして―――――――レオパルトが、ついに大通りから姿を現す。キャノピーからは車長が顔を出していて、備え付けられているブローニングM2重機関銃で必死にコマンチを攻撃している。
やっぱり敵は、ここにいる俺に気付かない。
「バーカ」
ニヤリと笑いながら、俺は対戦車ミサイルの発射スイッチを押した。
砲塔の脇に装備されたランチャーから飛び出した1発の対戦車ミサイルが、コマンチへの攻撃を続けるレオパルトへと向かって飛んでいく。しかし、レオパルトに搭載されたアクティブ防御システムがそのミサイルを発見したらしく――――――素早くターレットを旋回させたかと思うと、瞬く間にミサイルを撃墜してしまう。
結局、最後の対戦車ミサイルで与えられた損害は、撃墜された際の爆風で数名の歩兵をミンチにした程度だった。どうやら車長も破片を喰らってしまったらしく、右肩を押さえながら車内へと戻っていく。
機関砲で追い討ちをかけてやろうかと思ったが、すぐに降りるべきだろう。欲張ればAPFSDSでキメラのミンチにされちまう。
「はははっ! おい、クソ野郎!
そう叫びながらブラッドレーから飛び出した直後―――――――APFSDSがブラッドレーの残骸を直撃し、牙を剥いた残骸を木っ端微塵に吹っ飛ばした。