異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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キマイラ

 

 

 オルトバルカ王国に並ぶ国力を誇ると言われたヴリシア帝国の帝都は、すでにただの廃墟と化しつつあった。

 

 大規模な爆撃と戦車部隊の激突。銃弾や砲弾の応酬に巻き込まれた建物が片っ端から倒壊していき、戦車のキャタピラが石畳を叩き割っていく。無残な姿になった帝都の真っ只中で殺し合うのは、漆黒の制服に身を包んだ兵士たちと、ダークグリーンの制服に身を包んだ兵士たち。

 

 ウィルバー海峡での海戦を制した連合軍は瞬く間に第一防衛ラインを圧倒的な物量で突破したものの、第二防衛ラインの突破に手こずっている状態であった。第二防衛ラインの指揮官が短時間のうちに連合軍を足止めするための作戦を立案し、わざわざ準備していた第二防衛ラインの守備隊を再編するという手間をかけ、万全の状態で戦いを挑んだためである。

 

 連合軍の戦法は、要するに圧倒的な数の戦車と歩兵をただ単に突撃させ、その隙を戦闘ヘリの航空支援が埋めるというものであった。極めて単純な戦法だが、地上部隊と支援部隊の呼吸が合っているからこそ単純でいられる作戦であり、少しでも呼吸がずれれば一気に瓦解する脆弱性も持つ、諸刃の剣ともいえる策である。

 

 第二防衛ラインの指揮官はその脆弱性を見抜き、まずはその呼吸を絶つことから始めたのだ。

 

 地上部隊を対戦車地雷やありったけの爆薬で足止めし、航空支援を空回りさせる。いくら対戦車ミサイルを満載した重武装のヘリでも、その攻撃が猛威を振るうのは、地上部隊が対空ミサイルを装備した敵を排除するという彼らの支援があってこそである。地上部隊の進軍が遅れた状態で前に出れば対空ミサイルの餌食になるだけであり、地上部隊の進軍に合わせて足を止めざるを得なくなる。

 

 守備隊が選んだのは、そのまま戦いを泥沼化させて消耗戦に持ち込み、連合軍を疲弊させることであった。20分の1の兵力しかないとはいえ、ヴリシアは彼らの領土である。歩兵と兵器をかき集めて構築した防衛ラインと兵站を維持することができる限り、持久戦になれば彼らの方が有利になるのだ。

 

 敵が戦闘の泥沼化を望んでいることは、シンヤ・ハヤカワと張李風(チャン・リーフェン)ももう既に見抜いていた。基本的に持久戦になれば不利になるのは連合軍の方である。圧倒的な物量を誇るとはいえ、それを維持するための弾薬や燃料にも限りがある上、兵士にも食料や回復用のアイテムが必要になる。泥沼化すればそれをひたすら無駄遣いする羽目になるため、何としても避ける必要があった。

 

 そこで―――――――連合軍の誇る2人の名将は、泥沼化しつつある第二防衛ラインの状況を打破するため、リディア・フランケンシュタインの投入を決意するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前方から轟いてくる、砲弾が着弾する音。榴弾の爆風によって生み出された無数の破片が飛び散り、着弾した場所の近くにいた兵士たちをズタズタに引き裂いていく。その後に聞こえてくるのは辛うじてその砲撃を生き延びた兵士たちの怒声と、爆風で手足を失った兵士の絶叫である。

 

 迫撃砲が砲弾を打ち上げ、物陰に隠れた戦車たちが砲弾を放つ。それらが着弾する度に連合軍の兵士たちが木っ端微塵になり、集中砲火を浴びたT-14が動きを止め、火達磨になった乗組員たちを瓦礫の上に解き放っていく。

 

 バイポットを瓦礫の上に立て、攻撃に失敗して敗走していく敵兵の背中を撃ち続けていたLMGの射手は、新しいベルトをMG3に装着しながらため息をついた。先ほどから連合軍の兵士たちは突撃してくるだけで、こちらの裏をかくような動きは全くない。真正面から雄叫びを上げながら突っ込んできて、仲間が撃たれて倒れていくと、すぐに踵を返して逃げていく。

 

 そのような間抜けな敵を何度も相手にしていれば、どれだけ緊張感を感じる戦闘にも”飽きて”しまう。隣でG36をセミオートに切り替えて狙い撃つ仲間たちも、先ほどの休憩中には「簡単な仕事だな」と言いながら、自分が射殺した敵兵の物真似をして仲間を笑わせていた。

 

 そろそろ休憩できるだろうかと思いながらMG3の点検を終え、あくびをしたその時だった。

 

「なあ、おかしくないか?」

 

「何が?」

 

 敵兵が射程距離の外まで逃げてしまったのか、狙撃を切り上げた味方の兵士が、G36の残弾を確認しながら言った。

 

「さっきまでの攻撃に比べると、随分と撤退が早いじゃないか」

 

「どうせ、負けるのに慣れて逃げ足が速くなっちまったんだろ」

 

 迫撃砲の砲撃を終えた味方は敵の動きをまったく気にしていなかったかのように、ニヤニヤと笑いながらそう言い返す。LMGの射手は異論を口にしようとして迫撃砲の砲手をちらりと見たが、彼は迫撃砲の砲弾の残りを数えることの方が忙しいらしく、ここで反論しても相手にしてもらえないのは明らかであった。

 

 それに、迂闊に反論すれば吸血鬼に目をつけられる。この最前線で戦う歩兵たちが最も恐れていることが、彼らに指示を出す吸血鬼に目をつけられることであった。ここで制服と銃を与えられ、最前線へと放り込まれた兵士のほとんどは労働者である。独り身の兵士ならば拷問されるか、まだ無残に殺される”程度”で済む。しかし、家族がいる労働者はそれよりも無残な最期を遂げることになるのは明らかである。

 

 労働者の家族は強制収容所に送り込まれ、牢獄の中で彼らの帰りを待っているのだ。もし吸血鬼たちの命令に背けばその強制収容所にいる家族がどのような目に合うのかは、想像に難くないだろう。

 

 先ほど敵兵の動きに気付いた味方の兵を見上げながら、LMGの射手も敵の動きを思い出し、最初の攻撃の時との動きを比較していた。

 

 最初のうちは、「この攻撃で敵陣を突破してやる」という”必死さ”があった。泥沼化すれば敵は物資や弾薬を多く消費し、最終的には戦闘を続けられなくなってしまう。だから一刻も早くこの第二防衛ラインを突破し、進軍しなければならない。それに貢献できるのは最前線の歩兵部隊なのだから、必死になるのは理解できる。

 

 しかし、先ほどの攻撃はいくら何でも撤退が早過ぎたと言わざるを得ない。確かに敗走することに慣れてしまったという可能性もあるし、敵の指揮官がこれ以上の損害を恐れたという可能性もある。しかし、後者が理由だったのならば突撃させた意味が分からない。

 

 仮説が産声を上げようとした、その時だった。

 

「――――――おい」

 

「ん?」

 

 逃げていく敵を見張っていた味方の兵士が、双眼鏡を覗き込みながら言った。早くも敵の攻撃が始まったのかと思いながらそちらを見ると、敵を双眼鏡で見張っていた兵士が目を見開きながら報告する。

 

「向こうから、刀を持った黒服の奴が来るぞ」

 

「刀ぁ?」

 

 銃という強力な飛び道具を手にした兵士たちからすれば、街を警備する騎士や傭兵たちが腰に下げていた剣や東洋の刀は、もう恐ろしいとは思えなかった。相手が鞘から得物を抜くよりも先に、こちらは照準を合わせて引き金を引くだけで相手を殺せるのだ。わざわざ鞘から得物を取り出し、ご丁寧に接近してから振り下ろさなければならない鉄屑よりもはるかに合理的で強力な得物を使っているからこそ、どれだけそれが異質なのかがはっきりとわかる。

 

 ついに武器が不足して、時代遅れの刀を支給された哀れな兵士なのだろうか。そう思いながらMG3に装着された中距離用のスコープを覗き込むと、確かに刀を腰に下げた紫色の髪の兵士が、まるで紳士のようなコートとシルクハットを身につけて、ゆっくりとこちらへ近づいてくるのが見えた。

 

(女か…………?)

 

 はっきりと分かるほどではないが、胸は微かに膨らんでいるのが分かる。紫色の髪の長さは、男性にしては長めだが、女性だというのならば納得できる長さだろうか。しかし目つきが非常に鋭いせいなのか、女性だという事が分かっても女性だと思うことはできそうにない。それほど鋭く濃密な殺気を、その奇妙な恰好の兵士は身に纏っている。

 

 腰に下げているのは刀のみ。銃のホルスターや手榴弾すら見当たらないところを見ると、「兵士」と言うよりは「剣士」と言うべきだろうか。

 

 もしここが、異世界の武器である銃のない戦場であるならば違和感はない。しかし、強力な飛び道具が猛威を振るう戦場の真っ只中に刀を一本だけ装備して踏み込んでくるからこそ、猛烈な違和感が生じる。

 

 LMGの射手が、分隊長に「攻撃しますか?」と問いかけようと顔を上げたその時―――――――ついにその刀を持った時代遅れの剣士が、牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃は剣よりも強力で、合理的な武器であるという原則を知っている者から見れば、第二防衛ラインに真正面から突っ込んで行く彼女はかなり無謀なことをしているように見えるだろう。立て続けに弾丸を吐き出し、防具を易々と食い破ってしまう機関銃やアサルトライフルの群れは、照準を合わせて引き金を引くだけで敵を蜂の巣にしてしまう。しかし刀は銃のように便利な武器ではない。

 

 鞘から得物を引き抜いた状態で、相手に接近してから振り下ろさなければならないのだ。

 

 だから銃を手にした敵兵は、たった1人の突撃を止めるのは容易いだろうと高を括っていた。

 

 射程距離に入ったのを確認した砲手が、迫撃砲で砲撃を開始する。雪の降り続ける夜空へと打ち上げられた砲弾が、派手な音を纏いながら急激に角度を変え、瓦礫に埋め尽くされた大地へと降り注いでいく。突撃を続けるリディアのすぐ近くに着弾して爆風と破片をまき散らすが、リディア・フランケンシュタインはその爆風と破片を浴びても立ち止まらない。

 

 いや、彼女は―――――――爆風と破片の近くにいたにもかかわらず、全くダメージを受けていなかった。

 

 普通の人間ならばたちまち皮膚をズタズタにされるか、手足を吹っ飛ばされて戦闘不能にされていた事だろう。彼女も手足を捥ぎ取られてもおかしくないほどの爆風に晒されたにも拘らず、何事もなかったかのように突進を続ける。

 

 迫撃砲の砲手は、照準を間違えたのかと我が目を疑ったことだろう。

 

 その後に火を噴いたのは、レオパルトの120mm滑腔砲だった。最新型のあらゆる戦車に搭載されている主砲は戦車の装甲を易々と貫通するほどの破壊力を持つが、対人用の砲弾を装填すれば、歩兵の群れを造作もなく一蹴してしまう事も可能である。

 

 装填されていたのは、まさに”歩兵を一蹴するため”のキャニスター弾であった。

 

 まるで空中分解を起こしてしまったかのように砲弾の外殻が剥がれ落ち、中から無数の小さな鉄球たちが姿を現す。攻撃範囲を増したその鋼鉄の鉄球の群れは超高速で飛来し、リディアの身体をズタズタに引き裂くはずだったが―――――――またしても、その砲手は我が目を疑うことになる。

 

 立て続けに跳弾するかのような金属音が響いたと思った頃には、彼女の身体に喰らい付いたキャニスター弾の群れが、ことごとく弾き飛ばされていたのだ。

 

「ば、バカな………!?」

 

 キャニスター弾が人体に命中すれば、確実にその命中した敵兵は木っ端微塵になる筈だった。しかしリディアには傷一つついておらず、突進する速度も全く変わっていない。

 

 相手が人間ではなく戦車であるのならば、まだ納得できる現象である。戦車を覆う分厚い装甲を貫通するためには、APFSDSや形成炸薬(HEAT)弾がなければ難しいからだ。しかし目の前から突撃してくるのは、どこからどう見ても人間の女性である。

 

 跳弾した音の残響が消え去り、ついにリディアがLMGやアサルトライフルの射程距離へと飛び込んでくる。

 

「う、撃てぇ!!」

 

 キャニスター弾や迫撃砲でも傷一つ付けることができなかった兵士が、ただの人間である筈がない。迫撃砲が着弾する寸前までは、どうせ銃すら支給してもらえなかった兵士がやけくそになって突撃してきただけだろうと高を括っていた兵士たちも、本能的にリディアを接近させてはならないと感じ取っていた。

 

 セレクターレバーをいきなりフルオートに切り替え、突進してくるリディアに5.56mm弾と7.62mm弾の弾幕をお見舞いする兵士たち。たった1人の兵士につぎ込むにしてはオーバーキルとしか言いようがないほどの弾薬が、空になった薬莢とマズルフラッシュの残光を残し、リディア・フランケンシュタインに殺到していく。

 

 今度こそ、はっきりと見える間合いだ。先ほどキャニスター弾を弾いたのがトリックなのか、それとも本当にそれほどの防御力を持ったバケモノなのか。

 

 次の瞬間、その”答え”を目の当たりにした兵士たちは、1人残らず目を見開いた。

 

 急迫してくる女性の皮膚が―――――――徐々に、まるでドラゴンが身に纏う紫色の外殻に覆われ始めたのである。その外殻は瞬く間にリディアの手足だけでなく、胴体や首まで侵食すると、彼女の身体を食い千切るために飛来した無数の弾丸を造作もなく跳弾させ、彼女の身体を守り抜いてしまう。

 

 基本的に、この異世界では命中精度が高い代わりに殺傷力が劣る5.56mm弾よりも、命中精度を二の次にしてストッピング・パワーと殺傷力に特化した7.62mm弾の方が重宝すると言われている。前者は扱いやすく、対人戦でも有効である代わりに魔物には効果が薄いと言われているが、それに対し後者は対人戦でも有効であり、場合によっては魔物の外殻を貫通できる威力を持っているため、人間や魔物が相手でも対応することができるからである。

 

 それゆえに、G36から放たれる5.56mm弾は弾かれるのは納得できる。しかし、MG3の7.62mm弾まで弾かれたのを目の当たりにした兵士たちは―――――――キャニスター弾が弾かれたことに納得すると同時に、急迫するリディアを畏怖していた。

 

 全速力で疾走する戦車すら置き去りにしてしまいそうなほどのスピードを持つだけでなく、対人用の弾丸や砲弾を弾いてしまうほどの外殻まで急速に展開できるならば、どれだけ銃の射程距離が長かったとしても、その外殻を貫通できるほどの威力を持つ得物ではない限り、そのアドバンテージは無に等しくなる。

 

「う、撃て! あの剣士を寄せ付けるな!」

 

 分隊長の号令と同時に、レオパルトが今度は対戦車用のAPFSDSを放つ。先ほどは対人用の砲弾だったが、今度は複合装甲すら貫通するほどの威力を持つ対戦車用の砲弾である。対人用の砲弾を弾くことはできても、最初から戦車の装甲を貫通するために開発された砲弾を弾くのは、いくら怪物でも不可能だ。

 

 砲弾の外殻が剥がれ落ち、内部の鋭い砲弾がリディアへと向かっていくが―――――――彼女が姿勢を一瞬だけ低くしたと思った直後、彼女の頭上を通過する羽目になったAPFSDSがかすかに振動したかと思うと、あろうことか左右へと2つに分かれ、そのまま瓦礫の山の中へと消えていってしまう。

 

 リディア・フランケンシュタインは魔王であるリキヤや妻のエミリアたちによって、手塩にかけて育てられたもう1人の転生者ハンターである。数多くの技術を学びながら育ったが、リディアがその数多の武器の扱い方の中から選んだのは―――――――日本刀を用いた、居合である。

 

 海底神殿での戦いではタクヤを圧倒するほどの速度の剣術を披露した彼女からすれば、弾丸や砲弾を一刀両断するのは朝飯前なのだ。

 

 だからリディアは、敵兵たちに自分の力を見せつけるために―――――――圧倒的な貫通力を誇るAPFSDSを、得意の居合斬りで両断して見せたのである。

 

 もちろん、これは彼女の持つ刀が普通の刀ではなく、刀身に特殊な素材を使用し、更にそれをフィオナが技術を注ぎ込んで完成させた逸品であるからこそできる事であった。

 

 そしてその逸品を持ったリディアが、レオパルトへと襲い掛かる。

 

 接近してくるリディアに主砲同軸に搭載された機銃が弾丸を叩き込もうとするが、砲手が必死に照準を合わせて撃ち続けても、今度は弾丸が彼女に命中することはなかった。舗装されていた石畳の残骸を抉る弾丸たちの前を、刀を鞘に納めた紫の髪の女性が凄まじい速度で疾走していく。

 

 操縦士は慌てて戦車を後退させたが―――――――もう既に、レオパルトは彼女の間合いに入ってしまっていた。

 

 ぴくり、とリディアの右手に力が入る。柄を握るリディアの細い指が、漆黒の手袋の中で外殻に覆われていき―――――――まるで、ドラゴンと人間を融合させたような姿になる。増幅された腕力と瞬発力によって鞘から引きずり出された黒と紫色の刀身は、並の人間では決して近くすることができないほどの速度で振り払われ、レオパルトの滑腔砲へと叩き込まれていく。

 

 そして同じように彼女が刀を鞘に戻した直後、彼女へと向けられていた120mm滑腔砲の砲身が、まるで人間が木の枝をノコギリで切り落としたかのように、あっさりと零れ落ちる。

 

 重々しい音を立てて瓦礫の上に転がったそれを、キューポラから顔を出した車長は目を見開きながら眺めていたが、すぐに自分の戦車が主砲を失ったという事を理解した彼は、ホルスターから素早くハンドガンを引き抜くと、刀を鞘に戻したばかりのリディアに向けて発砲する。

 

 弾丸は彼女ではなく、彼女がかぶっていたシルクハットに命中し、彼女の紫色の髪を火薬の臭いのする帝都の中へと晒し出す。

 

 そこから”生えていた”物を見た瞬間、車長は凍り付いた。

 

 普通の人間ならば、決して生えている筈がないものが、目の前の女性から生えていたのである。

 

 鋭いダガーを彷彿とさせる漆黒の物体。切っ先に行くにつれて、まるで彼女の髪のように紫色に変色している。漆黒と紫のグラデーションが飾り立てているのは―――――――キメラの角であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前はとんでもないものを作ったな、フィオナ」

 

 第二防衛ラインの中央を蹂躙するリディアを双眼鏡で見守りながら、リキヤ・ハヤカワはフードの下で伸びている自分自身の角を撫でた。自分の意志を無視するかのように、感情が昂れば勝手に伸びてしまう角を最初は忌々しいと思っていたが、今はキメラという種族の象徴として誇りに思っている。

 

 双眼鏡の向こうで戦う女性にも、全く同じ形状の角があった。とはいえ彼女の角は紫と漆黒のグラデーションになっているのに対し、リキヤの角は赤と漆黒のグラデーションになっている。

 

「予想外だよ。――――――人工的にキメラを作り上げるなんて」

 

『ふふっ。とはいえ、まだ不完全ですけど』

 

 リディアに”近代化改修”を施した張本人は、何の前触れもなくリキヤの隣に姿を現すと、ふわふわと宙に浮かびながら胸を張った。

 

 彼女が施したのは、リディア・フランケンシュタインの両足に移植されている義足の近代化改修である。彼女の義足はリキヤのように魔物の素材を使ったものではなく、フィオナが自分で設計した機械の義足だ。しかしあくまでもその義足はリディアに最初に移植したモデルの長さを彼女の成長に合わせて調整したに過ぎなかったため、新しい義足に更新する必要があったのである。

 

 そこで、フィオナはその義足に前から研究していた新しい機能を追加することにした。

 

 その新しい機能が、『人工的にキメラの能力を再現する』という機能である。

 

 キメラという種族はまだ歴史が浅い上に、どのような生物なのかという傾向すら掴むことができていない謎だらけの種族である。しかしフィオナはリキヤやタクヤの能力をベースにし、それを再現する実験を続けていたのだ。

 

 キメラの能力を使用するために必要なのは、人間の血液とサラマンダーの血液の比率の操作である。人間の血液が多ければ人間に近い姿になり、逆にサラマンダーの血液が多ければドラゴンのような姿になっていくという原則を参考に、彼女はついに能力を一部だけ再現することに成功したのだ。

 

 リキヤやタクヤから採取した細胞を参考にして開発したナノマシンを充填したカートリッジを義足の内部に装備し、能力の発動に必要な濃度のナノマシンを血液中に投与することによって、疑似的にキメラの能力を再現させているのである。

 

 とはいえ、あくまでも再現できているのは何かしらの属性を操る能力と、キメラの外殻のみ。しかも使用できる回数にも限りがあるため、総合的にはキメラよりもはるかに劣ってしまう。

 

 それゆえに不完全な代物だが、キメラの能力を他人も使用できることによるアドバンテージは、かなり大きいと言えた。

 

「で、あれは何と呼べばいい? キメラか?」

 

『いいえ、それでは”完全な怪物(キメラ)”である皆さんに失礼ですので』

 

 無邪気な笑みを浮かべたフィオナは、完全な怪物と呼ばれて苦笑いするリキヤを見ながら言った。

 

『彼女は―――――――人工的な怪物(キマイラ)です』

 

 


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