異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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図書館を防衛するとこうなる

 

 

「同志、第12戦車部隊が大損害を受け、撤退しました」

 

「そうか…………」

 

 傍らに転がっていた敵の戦車の残骸の上に腰を下ろし、AK-12の点検をしていたリキヤ・ハヤカワは、すっかり聞き慣れてしまった味方が撤退をするという報告を聞き、ため息をついていた。

 

 まだまだ兵力はある。その気になれば損害を気にせずに強行突破をすることも可能だ。敵の攻撃をものともせず、戦車部隊と歩兵部隊をひたすら突撃させれば、20分の1の兵力の一部を結集して展開した戦車と歩兵の防壁など、容易く打ち崩せる。

 

 しかし、彼がその作戦を愚策であると判断して実行に移していないのは、敵が第二防衛ラインだけではないという事である。

 

 第一防衛ラインをすぐに突破できたとはいえ、あの第二防衛ラインは例えるならば”中堅”だ。その後には本拠地を守るための分厚い最終防衛ラインが待ち構えているに違いない。もし仮にここで強引な突撃を実行すれば、突破することは確実にできるものの、その頃には大損害を被っているのは想像に難くない。満身創痍の状態で、より分厚い最後の防衛ラインに戦いを挑めば、いくら圧倒的な物量があっても全滅するのは明らかである。

 

 まだ橋頭保すら確保できていない状態では、強引に突撃することはできない。だからと言ってこのまま中途半端な攻撃を続けていれば消耗戦になる上、そのまま泥沼化することになるだろう。

 

 消耗戦と泥沼化を最も恐れていたリキヤとしては、何とかしてこの第二防衛ラインを最低限の損害で突破したいところである。

 

 近くにある弾薬の入った箱から取り出した7.62mm弾が束ねられたクリップを拾い上げ、空になったベークライト製のマガジンに装填していく。素早く装填を終えたマガジンをポーチの中へと放り込み、次の空になったマガジンを拾い上げ、同じようにクリップで装填していく。

 

「敵の指揮官は手強いですね」

 

「ああ。守り方が巧い」

 

 部下に返事をしながらマガジンをポーチに放り込み、リキヤは立ち上がった。

 

 敵の指揮官の守り方は、確かに巧い。第一防衛ラインの戦いを見ていたのか、連合軍の兵力の中で脅威になるのは無数の戦車部隊であるという事を理解していたらしく、ありったけの対戦車地雷や爆薬を仕掛けているせいで迂闊に戦車を突撃させられない。強引に突撃させれば片っ端から戦車がそれらの餌食になっていくだけなのだ。

 

 それに、同志たちを無駄死にさせることになってしまう。

 

「ああああああああっ! 俺の脚がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「しっかりしろ、もう止血してる!」

 

「おい、麻酔はまだか!? こいつの腹にまだ弾丸が残ってるんだ!」

 

「…………」

 

 負傷兵を必死に手当てするメディックたちを見つめながら、リキヤは14年前の戦いを思い出していた。

 

 この戦いを除けば、彼が経験してきた戦いの中でも最も熾烈だった死闘。ラトーニウス海のファルリュー島で、たった260人の海兵隊と共に無数の守備隊に戦いを挑んだ攻防戦。命を落とした仲間の死体を目にすると、あの時目の前で死んでいった若い兵士たちの顔がフラッシュバックする。

 

 まだ当時の自分よりも若かった転生者たちが、何人も死んでいった。そしてメディックたちの手当てで助からなかった兵士たちも、あの時のように死んでいく。

 

 近くに設置されている即席の診療所には、身体中に包帯を巻きつけられた兵士や、手足のどれかが欠けている兵士が横になっていた。中には焼夷弾のようなもので焼かれたのか、腕が真っ黒になっている兵士もいる。その傍らでは身体に突き刺さった破片をメディックに引き抜かれて絶叫する兵士もいた。

 

「リキヤ」

 

「エミリアか。右翼は?」

 

 傍らにやってきた妻に戦況を尋ねると、彼女は首を横に振った。エミリアの率いる歩兵部隊も同じように敵の集中砲火で苦戦しているらしく、前進することはできていないという。

 

 膠着状態になることを全く想定していなかったわけではない。膠着状態を打破し、敵の防衛ラインを崩壊させるための手段はしっかりと用意してきた。そろそろそれを投入するべきだという決断を下しかけたリキヤであったが、彼がそれを口にするよりも先にエミリアが提案する。

 

「………そろそろ、リディアを投入するべきだ」

 

「ああ、そうだろうな」

 

 膠着状態を打破するための手段の1つが、彼らが手塩にかけて鍛え上げたリディア・フランケンシュタインである。かつてヴィクター・フランケンシュタインによる自分の娘を生き返らせるための実験の過程で生み出された、世界初のホムンクルス。一言も喋らず、リキヤの命令通りに動くもう1人の転生者ハンター。

 

 今の彼女は、欠損していた両足の代わりに装着している義足に”近代化改修”を受けた状態で、このヴリシアへとやってきている。とはいえ攻撃が始まったころにはまだフィオナによって最終調整を受けている段階であり、テストすら終わっていない状況だ。

 

 それでも、彼女の予測では問題なく実戦に投入できるという。

 

「フィオナ、リディアは?」

 

『もう調整は済んでますよ』

 

 敵陣のある方角を見つめながら訪ねると、何の前触れもなく姿を現した幽霊の少女がニコニコと笑いながら彼の問いに答えた。戦場の真っ只中だというのに、彼女の服装はいつも通りの白衣である。胸にあるポケットの中にはカラフルな液体が封じ込められた試験管がいくつも入れられており、腰には実験用のフラスコをぶら下げている。まるで実験室からそのまま飛び出してきたかのような恰好で、砲弾や銃弾の応酬がひたすら続く戦場には場違いな服装としか言いようがない。

 

「よろしい。…………同志諸君!」

 

 戦車の上で休憩していた車長や、近くにあった遮蔽物の陰に隠れながら敵陣を見張っていた歩兵たちが、一斉にリキヤの方を振り向いた。

 

「これより、敵陣に対しもう一度攻撃を行う!」

 

 今度はリディア・フランケンシュタインも投入し、全ての部隊での攻撃を行う。言うまでもないが、次の攻撃で敵に返り討ちにされるようなことがあれば、このヴリシア侵攻作戦の継続は難しくなるだろう。大損害を出した状態で第二防衛ラインを突破しても、最終防衛ラインで食い止められてしまう。

 

 しかし、リディア・フランケンシュタインが最前線に投入される以上、先ほどまでのように敵の猛攻で突撃を中断するような局面になることはない。

 

 海底神殿での戦いで、リディアはタクヤと同等の戦闘力を発揮していたという報告を聞いているし、フィオナによって行われた近代化改修により、その戦闘力は爆発的に向上しているという。

 

「李風にも伝えろ。これより連合軍の地上部隊は、全兵力を投入し攻撃を開始する。艦隊にはミサイルによる支援攻撃の要請を」

 

「はい、同志リキノフ」

 

 AK-12に銃剣を装着した彼は、敵の防衛ラインのある方向を睨みつけた。

 

 彼の紅い瞳は、先ほどよりも獰猛な雰囲気を纏っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 偵察を担当させていた無人型ルスキー・レノたちの1両から敵部隊を発見したという知らせが届いた瞬間、先ほどまでは兵士たちの雑談が聞こえていた図書館の中は一気に静かになった。非常食を食っていた兵士たちは食べかけの缶詰を放置して自分に割り当てられた戦車へと走り、スオミ支部の兵士と雑談していた本部の兵士は大慌てで迫撃砲へと向かう。

 

 ラウラと一緒にいた俺も、3階のベランダに残された敵のMG3へと向かい、傍らに置かれた弾薬の箱の中からベルトを引っ張り出していた。

 

「くそったれ、よりにもよって最終防衛ラインからか」

 

 図書館に向かっている敵の戦力は、レオパルト2A7+が5両とM2ブラッドレーが2両。そして様々な武器を装備した歩兵部隊が200人以上。戦車の数ではこっちが上だが、敵の歩兵の人数はこちらよりも多い。

 

 幸い制空権はすでに確保されているため、上空からヘリで支援してくれるイッルとニパたちが危険に晒されることはないだろう。

 

 俺はその奪還するために派遣された部隊がやってきた方向をもう一度確認し、舌打ちをする。

 

 第二防衛ラインの守備隊が奪還のための部隊を派遣すると思っていたが、どうやら接近している敵は第二防衛ラインからの部隊ではなく、その先に用意されている最終防衛ラインと思われる場所から派遣された部隊のようだ。第二防衛ラインの後にもまだ守備隊は防衛ラインを用意しているだろうと思ったが、こっちに戦車部隊を派遣できるだけの余裕があるという事は、おそらく最終防衛ラインの戦力は今までの守備他の比ではないだろう。

 

「各員へ。何とかここで堪えるぞ。本隊が来るまで耐えるんだ!」

 

『『『『『『『了解(ダー)!』』』』』』』

 

 ルスキー・レノたちは偵察用に残しておく。敵を迎え撃つのは俺たちの仕事だ。

 

 MG3の点検をしていると、図書館の近くにある別の建物のベランダで、やたらと長い銃身を持つライフルを構えている若い兵士たちの姿が見えた。身につけている制服はスオミ支部の物ではなく本部の制服で、頭にはヘルメットではなくウシャンカをかぶっている。

 

 確か、ここを制圧する時にスナイパーライフルを持っていた奴らだ。ということは、ラウラの教え子だな。

 

 ラウラの教え子たちが持っているのは、明らかに普通のスナイパーライフルではなかった。銃身は普通のライフルどころかアンチマテリアルライフルと比べても長いし、かなり大口径の弾丸を使うのか、銃身も太い。

 

 先端部に搭載されているでっかいマズルブレーキとシンプルな銃身を見た瞬間、俺はその狙撃手たちが持っている武器を見抜いた。

 

 あれはスナイパーライフルではない。ソ連で開発された『対戦車ライフル』である。

 

 対戦車ライフルが初めて投入されたのは、第一次世界大戦の最中だ。イギリスが投入した最初期の戦車を撃破するために、ドイツはその戦車の装甲を貫通させるために対戦車ライフルを開発し、どんどん実戦に投入したのである。

 

 その狙撃手たちが持っているのは、ドイツが第一次世界大戦で投入したタイプではなく、ソ連軍が第二次世界大戦でドイツ軍の戦車に対して投入した、『デグチャレフPTRD1941』と呼ばれる対戦車ライフルだ。

 

 銃身の長さはおよそ2m。マガジンは搭載されていないため、1発ぶっ放したらすぐに次の弾丸を装填する必要がある単発型だ。そのため連射力は他のライフルに比べるとやや劣ってしまうものの、非常に構造が単純であるため信頼性が高い。

 

 本来ならば使用する弾薬は14.5mm弾だが、改造によって使用する弾薬をより大口径の20mm弾に変更している。とはいえ、いくら大口径でも最新型の戦車を撃破するのは不可能であるため、彼らの標的は戦車部隊の後方を進軍するM2ブラッドレーか歩兵になるだろう。

 

 念のため、狙撃手部隊には通常のSV-98も装備させている。もし対戦車ライフルでの戦闘が困難だと判断した場合は、すぐにそっちに装備を切り替えるように指示を出してある。

 

 俺も背負っていたOSV-96からマガジンを外し、コッキングハンドルを引いて薬室の中の弾丸を取り出すと、それを取り外したマガジンに入れ直してから、ライフル本体の左側に用意したホルダーに搭載してある徹甲弾のマガジンを装着。コッキングハンドルを引いて発射準備を終える。

 

「戦車部隊、12時方向の大通りに照準を合わせろ。敵の戦車が顔を出した瞬間に集中砲火だ。敵の戦車に命中したら、迫撃砲はその周辺に一斉砲撃。慌てて突っ込んできた奴らをミンチにしてやれ」

 

 ルスキー・レノたちが送ってくれた情報では、敵は最終防衛ライン側から図書館へと続く大通りを真っ直ぐに侵攻してくるという。第二防衛ラインからの敵襲を想定していたため、設置した対戦車地雷をそっちに設置し直す余裕はなかったが、集中砲火でも十分に対応できるだろう。

 

 遮蔽物に身を画した戦車部隊や、塹壕の中で迫撃砲の準備をしている兵士たちを見渡してから、俺は指示を続ける。

 

「歩兵部隊が射程距離に入ったら撃ちまくれ。…………以上だ」

 

『同志、敵戦車を確認!』

 

 ご到着か。よし、集中砲火でお出迎えしてやろうじゃないか。

 

 双眼鏡を覗き込みながら大通りの方を見てみると、雪が降り続ける夜の大通りの向こうから、キャタピラで瓦礫を踏みつぶす音を響かせながら、一直線にこっちへと突っ込んでくる戦車の列が見えた。ルスキー・レノたちからの報告は正確だったらしく、確かに大通りを進むレオパルトの数は5両である。そのすぐ後ろには歩兵を乗せたM2ブラッドレーが走っていて、その周囲をパンツァーファウストやG36を装備した歩兵が走っている。

 

 もうとっくに射程距離には入っている。だが、まだ撃つべきではない。もう少し引き付けてから攻撃開始だ。

 

 息を呑みつつ、無線機のスイッチを入れる。

 

 親父たちが第二防衛ラインを突破するまで、俺たちがここを死守するのだ。壊滅すればヴリシア侵攻作戦は間違いなく失敗する…………!

 

「――――――撃ち方…………始めッ!」

 

撃て(アゴーニ)!』

 

撃て(フォイア)!』

 

撃て(トゥータ)!』

 

 号令を下した途端、遮蔽物に身を隠していたStrv.103やエイブラムスが一斉に火を噴き、雪の降る夜の帝都を猛烈な閃光で照らし出した。その閃光を置き去りにして疾駆していくのは、戦車の装甲を貫通するほどの貫通力を持つ、APFSDSの群れである。

 

 何の変哲もない砲弾にも見える外殻を脱ぎ捨て、捕鯨船の船員が放つ銛にも似た本来の姿をあらわにした砲弾の群れが、先頭を突き進むレオパルトへと殺到していく。おそらく敵の車長や操縦手は砲撃されたという事に気付いていただろうが、いくら大通りとはいえレオパルトの巨体では左右にすぐ回避するわけにはいかない。仮に回避したとしても、後続の車両が餌食になっていた事だろう。そしてその大破した味方の車両が撤退する道を塞ぐことになる。

 

 お前たちは進軍するルートを間違えたのさ。

 

 双眼鏡の向こうで、一斉に放たれたAPFSDSが一斉にレオパルトに突き刺さる。分厚い装甲を持つ最新型の戦車とはいえ、同じく最新の戦車の群れから一斉にAPFSDSを叩き込まれればひとたまりもない。

 

 鉄板が砕けるような大きな音が聞こえたかと思うと、暗闇の向こうを進んでいたレオパルトがぴたりと動かなくなった。ズームして確認してみると、どうやら砲塔や車体に立て続けにAPFSDSが着弾したらしく、穴だらけになっている。更にそのうちの数発が貫通したようで、乗組員を瞬く間にミンチにされたレオパルトは120mm滑腔砲の砲身をゆっくりと下げながら、完全に機能を停止した。

 

 そして、今度は―――――――迫撃砲の砲弾が、敵部隊へと襲い掛かる。

 

 設置した迫撃砲は、第二次世界大戦でソ連軍がドイツ軍に対して使用した『BM-37』と呼ばれる迫撃砲だ。現代の迫撃砲と比べると射程距離が劣ってしまうものの、破壊力だけならば現代の迫撃砲と同等である。

 

「くそ、敵の待ち伏せだ!」

 

「戦闘の戦車がやられた! 歩兵部隊、何とか―――――――うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 予測した通りに、大破した戦車の後方から歩兵部隊が飛び出してきた。しかし、間髪入れずに降り注いでくる82mm弾の群れが、片っ端から飛び出してきた歩兵を木っ端微塵に吹っ飛ばしていく。

 

 よりにもよって大通りの真っ只中で、先頭を進んでいた戦車が大破してしまったのだ。しかもあの大通りは狭い路地くらいしか迂回するルートがない一本道。つまり先頭の戦車を撃破するだけで、後続の4両のレオパルトと2両のM2ブラッドレーは、目の前で大破した味方の戦車を完全に取り除かない限り身動きが取れなくなるのである。

 

 そうなったら小回りの利く歩兵部隊を突撃させるしかないわけだが、分厚い装甲で守ってくれる装甲車や戦車がいない歩兵部隊のみで俺たちの弾幕を突破するのは不可能であった。

 

「機関銃、撃ち方始め! 撃ちまくれ!」

 

 塹壕やベランダに設置された機関銃が一斉に火を噴き、迫撃砲の砲撃を突破してきた歩兵たちを薙ぎ倒していく。敵の装甲車を狙撃しようと思って徹甲弾を準備していたんだが、どうやら歩兵の相手だけで済みそうだな。

 

 ちなみに、この作戦を立てたのはナタリアだ。彼女はきっと優秀な参謀になるに違いない。

 

 OSV-96から手を離した俺は、近くにあったMG3のグリップを握り、敵兵へと射撃を開始するのだった。

 

 

 

 


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