異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
右翼と左翼を襲撃された敵の守備隊は、早くも混乱しているようだった。
真正面から攻め込んでくる連合軍の地上部隊を迎え撃つため、彼らは爆撃を生き延びた部隊を吸収して戦力を増強し、圧倒的な物量の俺たちを食い止める準備をしていたのだ。
シンヤが計算した戦力差は、吸血鬼たちの守備隊が”1”だとすると、連合軍の戦力は”20”。俺たちは奴らの20倍の戦力という事になる。いくら待ち伏せができるというアドバンテージがあるとはいえ、それだけで殲滅できるわけがない。つまりあの第一防衛ラインの守備隊は、後方にいる吸血鬼共に”捨て駒”にされたのだ。勝利することは不可能だが、あわよくばこちらの戦力を少しでも削り、勝率を底上げするための捨て駒。もし仮にこの戦いが吸血鬼たちの勝利に終わったとしても、捨て駒にされていった兵士たちが戦果をあげた兵士の中に名を連ねることはないだろう。
哀れ過ぎる話だ。命懸けで戦い、四肢のどれかを失う羽目になるかもしれないのに勲章すらもらえないのだから。
兵士たちの雄叫びの中を突っ走りながら、ちらりと俺は右側を走る歩兵の一団を見た。その先頭を突っ走っているのは漆黒の制服に身を包み、SMG(サブマシンガン)を腰のホルダーに下げている蒼い髪の女性。この戦闘にも参加している俺たちの息子を彷彿とさせる容姿のその女性は、俺の妻のうちの1人である。
もう既に剣を戦場に持ち込む兵士が減ってしまったにもかかわらず、背中にサラマンダーの素材で作られたバスタードソードを下げているのは、タクヤの母親のエミリア・ハヤカワ。もし彼女が制服ではなく転生者ハンターのコートに身を包んでいたら、息子と見分けがつかなくなりそうである。
そして左側を走る歩兵の一団を率いているのは、そのエミリアの姉だった。
身の丈よりも長いハルバードを装備しながら近代的な装備の歩兵の先頭を走る光景は、まるで大昔の騎士が銃剣突撃する歩兵部隊に紛れ込んでいるようにも見える。
左側を走っているのは、ラウラの母親のエリス・ハヤカワ。かつてラトーニウス王国騎士団に所属していた彼女は王国で最強の騎士と言われ、彼女1人を警戒して当時のオルトバルカ王国も本格的な侵攻を躊躇い続けていたと言われるほどの実力の持ち主だ。
その時、敵陣へと突っ走る俺たちの数十メートル前方に砲弾が着弾したらしく、瓦礫と火柱が舞い上がった。おそらく今のは戦車砲ではなく、迫撃砲による遠距離砲撃だろう。
続けざまに次の砲弾が別の場所へと着弾する。次々に火柱が吹き上がり、倒壊しかけの建物に止めを刺していく。銃剣付きのAK-12を構えて突っ走りつつ周囲を確認したが、他の兵士たちに今のところ被害は出ていないようだ。
やがて―――――――迫撃砲が生み出す火柱の向こうから、瓦礫の山の陰に身を潜めていた戦車部隊が姿を現した。他の瓦礫と見分けがつかないように白と灰色で迷彩模様に塗装されたレオパルトの群れが、一斉に俺たちに戦車砲を向けてくる。
おそらく装填されているのは、対人用のキャニスター弾だろう。大型の散弾を敵へとばら撒くキャニスター弾は戦車に対して効果は全くないが、このように歩兵部隊を相手にする際は重宝する。戦車や装甲車のような防御力を持たない敵を相手にする場合は、むしろ攻撃範囲が広い散弾や榴弾のような得物の方が効率がいいのだ。
はっとした俺は、AK-12のグレネードランチャーから左手を放していた。そしてその左手に高圧の炎属性の魔力を集中させ―――――――思い切りジャンプしてから、次の瞬間には踏みつける大地を思い切り殴りつける。
今の左手は、俺がキメラになるきっかけとなった義足を移植してから一緒に変異を起こしてしまっている。今は手袋をしているから目立たないが、もうこの左腕は肌色の皮膚に覆われておらず、常にキメラの外殻に覆われっ放しになっているのだ。
あの時は忌々しく思っていたが、今となっては便利な”武器”である。
その瞬間、俺の拳から放出された高圧の魔力が地面へ一瞬で浸透すると、すぐに瓦礫の混じった地面を真下から突き上げ、目の前に瓦礫と地面で形成された即席の分厚いバリケードを形成する。
バリケードが形成を終えた次の瞬間、敵の戦車部隊が火を噴いた。
やはり放たれたのは普通の砲弾ではなく、対人用のキャニスター弾。命中すれば確実に大打撃を受けることになるが、幸い砲弾のような貫通力はない。それなりに分厚い防壁さえあれば身を守ることが可能である。
キャニスター弾の群れが防壁を殴りつけ、跳弾して瓦礫の中へと消えていく。後続の歩兵たちをそれで守った俺は、戦車部隊が次の砲弾を装填している隙に身体中を外殻で覆い、バリケードを乗り越えて全力疾走を始めた。
肌色の皮膚が次々に赤黒い外殻に覆われていき、肌色の皮膚が姿を消していく。対戦車ライフルやロケットランチャーすら防いでしまうほどの防御力を誇る外殻だが、さすがに戦車の装甲さえ貫通してしまうAPFSDSを防ぐことは不可能だ。おそらく1発は辛うじて防げるかもしれないが、2発目は絶対に防げない。
簡単に言えば、この外殻には戦車の複合装甲並みの防御力があるという事だ。俺を殺したいならば最新型の
「撃て! あの先頭の奴を撃て!」
「!」
戦車の傍らに伏せていたLMGの射手が、上官と思われる兵士の指示でLMGをこちらへと向けた。おそらくそのLMGはドイツ製のMG3だろう。普通の歩兵たちが持っている銃もドイツ製のG36ばかりで、他の戦車なども大半をドイツ製の兵器が占めている。奴らに武器を渡した転生者はドイツの兵器が好きなミリオタなのかもしれない。
アサルトライフルを凌駕する連射速度で放たれる7.62mm弾を片っ端から弾きながら、LMGの射手に真正面から肉薄する。きっとその射手は、これだけ叩き込んでいるのに倒れない俺を見て怯えているに違いない。
案の定、銃剣で攻撃できる距離に接近されたその射手が浮かべていたのは、恐怖だった。
今まで数多の標的を撃ち抜いてきた銃弾では殺せない怪物を目の当たりにしたその哀れな射手は、次の瞬間、AK-12に装着されているスパイク型銃剣に首筋を貫かれ、身体を痙攣しながら崩れ落ちる羽目になった。
動かなくなった射手から素早く銃剣を引き抜くと同時に、セレクターレバーを3点バーストに切り替える。外殻で覆われているから銃弾や手榴弾の爆風を浴びても問題ないが、だからといってそのまま突っ走るわけではない。素早く瓦礫の上に伏せて横に転がり、位置を変えてから素早く射撃。従来の5.45mm弾ではなく、より大口径の7.62mm弾の3点バースト射撃で、他のLMGの射手を牽制してから立ち上がる。
突っ走りながら手榴弾を取り出し、安全ピンを引き抜いてから素早く投擲。近くで味方の歩兵部隊を攻撃していた重機関銃の射手が弾薬の箱と一緒にバラバラになりながら宙を舞い、俺の傍らに肉片と血の雨を降らせていく。
ちらりと後ろを見てみると、妻たちに率いられた歩兵部隊も発砲し始めているようだった。そして彼らを率いていた妻たちも、熾烈な銃撃戦の真っ只中を突っ走り、敵陣を抉り始めていた。
若い頃から騎士団に入団し、その騎士団を裏切ってモリガンの傭兵となってからも毎朝の剣の素振りを欠かさず続けてきたエミリアの剣劇は、鋭いとしか言いようがなかった。サラマンダーの硬い素材で作られている得物の重量は、はっきり言うと常人ならば両手でなければまともに扱うことができないほどの重さを誇る。しかし俺の妻の1人はまるで当たり前のようにそれを片手で振るい、味方や自分を狙う銃弾を片っ端から弾き続けると、まだ味方に向かって砲撃を続ける迫撃砲へと肉薄していく。
何の前触れもなく目の前に姿を現した女性の騎士を目の当たりにした兵士たちは、銃で応戦するよりも先に上半身と下半身を切断されたり、頭をヘルメットもろとも両断されていた。得物の切れ味や性能に頼らず、あくまでも自分が積み重ねてきた剣術をベースにした彼女の一撃。銃が主役の戦場に剣で挑むのは時代遅れとしか言いようがないが、彼女たちの戦い方を見ていると全く時代遅れには思えない。
そして左翼側では、彼女の姉のエリスも奮戦している。
ラウラと同じく左利きのエリスは、左手に持ったハルバードを振り回して銃弾を片っ端から弾くと、アサルトライフルを連射してくる敵兵に向けてそのハルバードを思い切り投擲。まるで漁師が巨大な鯨を銛で仕留めるかのように敵兵を串刺しにした彼女は、背中に背負っていたAK-12に装備を切り替え、フルオート射撃で敵のLMGの射手たちへと発砲。その隙に味方の歩兵部隊を前進させていく。
彼女の場合は積極的に攻撃するのではなく、仲間と連携しながら着実に前へと進んでいくのだ。敵を片っ端から排除して味方の進路を切り開くエミリアとは対照的である。
「!」
その時、俺の目の前に、頑丈な複合装甲で覆われた巨体が鎮座していることに気付いた。
レオパルト2A7+だ。どうやら肉薄してくる歩兵部隊を主砲同軸に搭載された機関銃で片っ端から銃撃していたらしく、今しがた重機関銃の射手をミンチにした俺を憎んでいるかのように、巨大な砲口をこっちに向けていた。
さすがに至近距離での被弾は拙い。いくらキメラでも戦車砲を至近距離で喰らえば、後続の妻たちにミンチにされた夫の死体を見せることになってしまう。もし仮に妻たちが遠く離れたオルトバルカの家にいて、夫が戦死した、という知らせを聞くだけならばまだ涙を流すだけで済んだことだろう。けれど、知らせを聞くだけではなく、自分の目でミンチにされた夫の死体を見れば、どれほどのショックを受けるのだろうか。
夫という言葉を思い浮かべた瞬間、頭の中にちょっとした痛みが走った。転んでどこかを擦りむいた程度の安っぽい痛みだったけど、まるでそれが何かを告げているかのような重要な痛みに思えた。
とにかく、さすがに戦車砲は拙い。咄嗟に右へとジャンプした直後、瓦礫で埋め尽くされた地面をキャニスター弾の豪雨が抉り取った。
瓦礫の破片を全身に浴びつつ、立ち上がって走り出す。ちらりと後ろを見てみると、今しがた俺を仕留め損ねたレオパルトが、まるで逃げ出した子ウサギを追いかける狼のように砲塔をこちらへと向け、主砲同軸に搭載された機関銃を立て続けにぶっ放しやがった。
喰らわないように姿勢を低くしつつ、俺はレオパルトの後ろへと回り込む。そのままエンジンの搭載されている後部から車体の上へとよじ登っていると、キューポラのハッチが開き、中から車長と思われる兵士が顔を出す。
「この野郎!」
くそったれ。
懐からハンドガンを取り出したそいつを撃ち殺してやりたいところだが、俺の両手はレオパルトという化け物の身体をよじ登るために装甲を掴んでいる状態だ。まだ、反撃はできない。
外殻でハンドガンの9mm弾から身を守りつつ、ズボンの中から尻尾を伸ばす。いきなり目の前の男から尻尾が生えたのを目の当たりにした車長がぎょっとしている隙に、腰のホルダーから白兵戦用に持ってきたスコップを取り出すと、装甲から離した右手でそれを受け取り、そのスコップで車長の頭を思い切り殴りつける。
ぐちゃっ、と肉に包まれた頭蓋骨が潰れる音が聞こえ、目の前にいた男の頭がひしゃげる。ヘルメットごと頭を叩き潰したにもかかわらず、別に硬いものを殴りつけたような手応えは全く感じなかった。まるででっかいハンマーで卵を叩き潰したような感覚だ。
返り血と脳漿の一部がへばりついたスコップを持ったまま、左手で手榴弾を取り出す。そして安全ピンを引き抜いてから、その手榴弾を砲塔のハッチの中へと放り込んでやった。
「しゅ、手榴だ――――――」
悲鳴は、聞こえなかった。
戦車の中は基本的に狭い。そんな空間の中で、広範囲に爆風と破片をまき散らす手榴弾が炸裂すれば乗組員がどのような状態になるかは言うまでもないだろう。
沈黙したレオパルトから飛び降りたその時、今度はもう1両のレオパルトが目の前から迫ってきた。どうやら味方の砲撃に被弾したらしく、砲塔の側面にはやたらと大きな穴が開いている。まだ動いているという事は貫通することはできなかったという事なんだろうか。
距離はかなり近い。あと数秒前進すれば、俺の肉体をあのキャタピラでズタズタにできるほどだ。
「うわ」
「踏みつぶせ! 前進だ!」
おいおい、止めてくれ。
「くそったれ」
発砲しようとして取り出していたAK-12を背中に背負い、スコップも大慌てでホルダーの中へとしまう。すべての武器をしまい終えた頃には、もうレオパルトの車体の正面が俺の胸に激突していた。
両手でレオパルトの巨体を真正面から受け止める。さすがに重装備の戦車を凄まじい速度で走行させられるエンジンを搭載しているから、鍛え上げた兵士とは力が桁違いだ。傍から見れば戦車と真正面から相撲をしているような恰好で力比べをしながら、歯を食いしばる。
若い頃だったら歯を食いしばる必要なんかなかったんだけどなぁ…………。歳を取ったってことなんだろうか。来年でもう40歳だし。
いつ頃になったら引退しようかと考えながら、俺は両手に思い切り力を込めた。無意識のうちに体内の血液の比率を変えていたのか、右腕が勝手にサラマンダーの外殻に覆われていく。
そして―――――――レオパルトの前進が、ぴたりと止まった。
エンジンが故障したわけではない。キャタピラは巨体を前進させようと思い切り回転を続けているし、俺の頭上では機銃が火を噴き続けている。
やがて、前に進めなくなったキャタピラが足元の瓦礫をまき散らし始めたかと思うと――――――レオパルトの巨体が、微かに持ち上がったように見えた。
「ぐっ…………!」
両手に思い切り力を込める。分厚い外殻の下で腕の筋肉が膨れ上がり、両腕がほんの少しだけ太くなる。
転生者は基本的にステータスが高くなれば簡単に筋力も上がるため、筋トレはする必要がない。けれども俺は若い頃からずっと筋トレを欠かしたことはないし、毎日トレーニングを続けている。それによって鍛えられた筋力と俺のステータスが合わさった結果、戦車と真正面から力比べをしても勝てるような力を手に入れた。
力を込めた指先が、ほんの少し複合装甲に食い込んでいく。その指にも思い切り力を込めた直後、前進するために足掻き続けていたレオパルトのキャタピラが――――――宙に浮いた。
正確に言うと、レオパルトの巨体が宙に浮いた。キャタピラは無意味な回転を続け、持ち上げられたせいで機銃の照準が狂う。きっと中で銃撃していた砲手は、いったいなぜ照準が狂ったのか分からなかったに違いない。
最新型の
「Ураааааааааа!!」
舞い上がったレオパルトは回転しながら後方へと吹っ飛んでいく。分厚い装甲に覆われた戦車が回転しながら宙を舞う光景に味方の兵士と敵の兵士たちは目を見開き、まるで迫撃砲の砲弾のように舞い上げられた戦車が落下するまで見守っていた。
そのレオパルトは落下を始めると、まず後方に設置されていた重機関銃で援護していた敵兵の一団を押し潰しながら地面に激突してバウンドし、自分自身の砲身をへし折りながら再び舞い上がる。そのままバウンドしながら後方まで転がっていくと、後退しながらT-14の群れへと砲撃を続けていた味方のレオパルトの真上に落下する羽目になった。
そこに、T-14部隊の容赦のないAPFSDSの集中砲火が飛来する。俺たちに向けて車体の下部を晒していたレオパルトはあっさりとそこを貫通されて爆発し、至近距離で味方の戦車の爆風を浴びる羽目になったもう1両のレオパルトも、火達磨になりながら逃げだしたところを歩兵のロケットランチャーで擱座させられた。
「お、おい、今、戦車が飛んでたよな………?」
「信じられねえ…………!」
「ほら、同志諸君。さっさと攻め落とすぞ」
今の光景を見て度肝を抜かれている味方の兵士にそう言いながら、俺は毛細血管が弾けたせいでまだ痛む両腕を無理矢理動かし、AK-12を構えながら前進を続けるのだった。