異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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番外編 恐怖の愛妻弁当

 

 俺は今まで、傭兵として様々な激戦を経験してきた。クライアントから依頼を受け、仲間たちと共に戦場へと向かい、敵を殲滅して報酬を得る。10年間もそんな生活を続けていたのだから、戦う事には慣れている。

 

 傭兵としての仕事よりも会社の経営を優先するようになった最近でも、毎日トレーニングは欠かさない。いつでも依頼が来た時に出撃できるように、妻たちとの模擬戦や筋トレは必ず毎日するようにしている。

 

 社長の席で書類にサインを終えた俺は、ちらりと部屋の中にある時計を見上げた。現在の時刻は午前11時58分。あと2分で昼休みが到来する。この本社の中には食堂もあるから社員の多くはそこで食事を摂っているし、売店もあるからそこで弁当やパンを購入する社員は多い。

 

 だが、俺は毎日妻に弁当を作ってもらっているので、一度もそこを利用したことはない。結婚してもう20年も経つんだが、妻たちと喧嘩したことは一度もないし、不倫もしたことがない。妻たちを悲しませたくないからな。プロポーズしたのも俺だし。

 

 だから毎日、昼食はこの社長室で愛妻弁当で済ませている。

 

 普段は料理が上手いエミリアが作ってくれるんだが、彼女は昨日の夜に実施された警備分野の夜間訓練を終えたばかりなので、帰宅したのは今朝の朝6時だ。

 

 警備分野を統括する彼女は、警備分野で毎月1回実施される夜間訓練にも参加している。だから毎月必ず彼女が弁当を作る事ができない日があるのだ。

 

 それが今日だった。この場合、弁当を作ってくれるのは――――――よりにもよって料理が下手な方の妻であるエリスだ。

 

「――――――ついにこの時間が来たか」

 

「………ッ」

 

 俺の傍らで時計をじっと見上げているハーフエルフの男性は、警備分野から俺の秘書になった『ヘンシェル』。元オルトバルカ王国騎士団に所属していた男だが、騎士団内部でのハーフエルフの団員は差別され易く、扱いも酷かったらしく、ついに我慢できなくなった彼らは上官をリンチし脱走。スラムに住み着いていたところを、俺が雇ったというわけだ。

 

 王国の発展に貢献してきた企業だから、騎士団も口出しは出来まい。

 

 豪快な性格の者が多いと言われるハーフエルフの中では珍しく冷静で口数も少ない奴だが、非常に優秀な奴だ。今ではもうエミリアが得意とするラトーニウス式の剣術をマスターしている。

 

「――――――社長、食堂をご利用になった方がよろしいのでは?」

 

「馬鹿を言え。…………愛する妻が作ってくれた弁当だ。完食して見せるさ」

 

 俺がそう言った直後、正午を告げるチャイムが本社中に響き渡った。ちなみにこのチャイムもフィオナの発明品の1つとなっている。

 

 そのチャイムを聞くと同時に、机の隣に置いてあるカバンの中から弁当箱を取り出し、机の上の書類を片付けてから弁当箱を置く。その弁当箱を見下ろしていたヘンシェルは、百戦錬磨の社員だというのに、まるで巨大なドラゴンを目の当たりにしたかのように目を見開きながら息を呑んだ。

 

「………社長」

 

「何だ」

 

「その………弁当箱の蓋が溶けているような気がするんですが…………」

 

「え?」

 

 弁当箱を見下ろしてみると、確かに蓋の部分から白い煙が上がっていた。小指くらいの太さの小さな煙だが、その根元では弁当箱の蓋が、まるで酸に溶かされるかのような音を立てながら泡立ち、崩れ始めている。

 

 しかもその穴の中から流れ出てくる香りは、エミリアの手料理が発するあの美味しそうな匂いではない。まるで密室に腐った魚を放置したような猛烈な悪臭だ。

 

「………え、エリスぅ……………?」

 

「た、食べれるんですか………?」

 

 これは食べ物なのだろうか? お、俺は今からこれを完食しなければならないのか!?

 

 まだ蓋すら開けていないというのに、食欲が全て削り取られてしまった。もう空腹すら感じない。これを食えば死んでしまうと察知した俺の身体が、空腹を無意識のうちに無視してしまったに違いない。

 

 今までエリスの手料理を何度も完食してきたが、どれも凄まじい手料理だった。かぼちゃのスープは紫色で具材は全部溶けかけだったし、カレーは何故か甘酸っぱかった。しかもどの料理も完食すれば、次の日は必ず41℃の熱を出す羽目になる。

 

 しかし、これも完食しなければ。いつも起きるのが遅いエリスが、俺のために早起きして作ってくれたのだから。

 

 息を呑み、ヘンシェルに向かって頷いてから溶け始めている弁当箱の蓋を開ける。愛用の弁当箱を溶かしてしまうような恐ろしい手料理の正体を見てみようと思ったその瞬間、弁当箱の中から悪臭を纏った真っ黒な何かが飛び出してきたような気がして、俺は咄嗟に弁当箱の蓋を投げ捨てた。瞬間的に両手を外殻で硬化し、顔に向かって飛び掛かってきた何かを掴み取る!

 

「ぐっ………!」

 

「社長ッ!」

 

 隣に立っていたヘンシェルが、腰に下げていた仕込み杖を引き抜いた。杖の内部に細い刀身を内蔵している武器で、柄頭の方にはナックルダスターのようなフィンガーガードが装着されている。警備分野に所属する社員たちの標準装備だ。

 

 だが、ヘンシェルはその刀身を弁当箱の中から襲い掛かってきた何かに突き付けようとした寸前、その正体を見て更に驚愕する羽目になる。

 

「な、何だこいつは………!?」

 

 凶暴化した魔物のような唸り声を上げ、悪臭を社長室の中にばら撒き続けていたのは、まるでゼリーのような透明な物体に全身を覆われた、蛇のような生物だった。表皮は真っ黒で、まるでゾンビのようにその表皮は所々腐り落ちている。蛇かと思ったが背びれや尾びれがあるから、これはおそらく魚なんだろう。

 

 口から紫色のよだれを出し、真っ白な目で俺を見つめながら、この愛妻弁当の中身は必死に俺に噛みつこうとしている。

 

「へ、ヘンシェルッ!! 今すぐ売店でエリクサー買って来いッ!!」

 

「りょ、了解ッ! いくつですか!?」

 

「箱ッ!」

 

「は、箱ですかッ!?」

 

 箱に入っているエリクサーの本数は20本ほどだ。一口飲めば全身の傷が一瞬で宇下がるほどの効果を持つエリクサーだから1本あれば十分なんだが、こいつを完食するには明らかに1本では足りない。せめて20本入りの箱が必要だ。

 

「い、急げ! 俺はこいつを始末するッ! ――――――ふんッ!!」

 

『ギィッ!?』

 

 ヘンシェルが大慌てで売店へと向かって突っ走って行ったのを確認した俺は、まだ噛みつこうと足掻いている謎の生物の首を両手でへし折ると、腐った魚のような悪臭で何度も吐きそうになりながら、辛うじて謎の生物を弁当箱の中へと戻した。

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、本当に食べるんですか!?」

 

「あ、当たり前だろ。エリスがせっかく作ってくれたんだからさ…………」

 

 箱の中から取り出したエリクサーをずらりと机の上に並べながら止めようとするヘンシェル。首の骨を折られて仕留められた腐りかけの謎の生物を見下ろしたヘンシェルは、また吐きそうになりながら机から距離を取った。

 

「ところで、これは何の料理なんです?」

 

「おそらく…………ウナギゼリーだろう」

 

「これウナギゼリーだったんですか!?」

 

 ウナギゼリーはイギリス料理の1つなんだが、この異世界にも存在しているらしい。どうやらこの異世界の食文化は、魔物を食材にする料理以外は前世の世界と変わらないようだ。

 

 エリスが作ってくれたのはそのウナギゼリーのようなんだが、弁当に入れるような料理ではないし、明らかにこれはウナギじゃないだろ………。しかも腐りかけだし、何故か最初は生きてたぞ。

 

 おそらくこのウナギのような生物は、ヴリシア帝国のダンジョンに生息すると言われている『ヴリシアオオウナギ』というウナギに違いない。非常に獰猛な性格で、川に落ちた冒険者や他の生物を食い荒らすという肉食のウナギだ。ピラニアみたいな生物だな………。

 

 しかもこいつは死んでから肉体が腐敗する速度が以上に早く、2分もあれば白骨化してしまうらしい。だから素材は取れないし食材にもできないから、大量発生した際の駆除以外は誰も手を出さないような魔物である。

 

 きっと、実験的にこいつを食材に使ったんだろうな。腐臭の中から微かに薬草の臭いがするから、おそらく腐敗を遅延させるような薬を調合してゼリーに入れたんだろう。それが偶然何らかの反応を起こして、息の根を止めたばかりのウナギをゾンビに変えてしまったに違いない。

 

 つまり今から俺は、腐った魚を食わなければならないんだ………!

 

「社長、これ食ったら身体壊しますよ!?」

 

「大丈夫だ、我が社のエリクサーがあるッ!」

 

「強酸性のゼリーを纏ってる腐ったウナギを食うんですか!?」

 

「――――――妻が作ってくれたんだ。残したら勿体ないだろう?」

 

 だから俺は、いつもエリスが料理を作る度に1人で全部完食してきた。もちろん、傍らにはエリクサーの瓶を用意しておいたけどな。エリクサーを飲みながらでなければいくらキメラでも死んでしまう。

 

 それと、俺もタクヤと同じく転生者だから色々とスキルを装備しているんだが、その中に『毒物完全無効化』という便利なスキルがある。装備しているだけで体内に侵入した毒物を瞬時に分解し、無力化してくれるというスキルだ。若い頃に毒のせいで死にかけた後からはずっと装備しているスキルなんだが、なんとエリスの料理は何故かこのスキルを無効化してしまうらしい。スキルではエリスの手料理を無効化することは出来ないんだ。

 

 残せば彼女が悲しむ。だから必ず完食しなければならない。

 

「………行くぞ」

 

「社長――――――」

 

 ヘンシェルに止められる前に、俺は硬化した状態の手で弁当箱の中で横たわっている腐りかけのウナギを掴み上げた。溶け始めて粘液と化したゼリーの残骸に覆われているウナギの亡骸は更に腐り始めていて、表皮の下に見える肉は白く変色し始めている。

 

 一瞬だけ売店でパンを買ってこようと思ったが、俺はすぐにその考えを投げ捨てると、目を見開きながら一気にウナギゼリーに噛みついた!

 

「うっ…………」

 

 食感は、長時間魚の切り身を煮込み続けたような感じだった。歯応えは全くなく、液体になりかけている身はどろりとしている。悪臭のせいで吐き出してしまう前に口の中にウナギを詰め込んだ俺は、吐き出す前に素早く咀嚼すると、エリクサーの瓶を2本拾い上げて大急ぎで蓋を開け、中に入っていたピンク色の液体を口の中へと流し込んだ。

 

 悪臭が消えているうちに一気に呑み込み、そのまま続けてエリクサーを次々に飲み干していく。ヘンシェルが買ってきてくれたエリクサーを全て飲み干した俺は、額の冷や汗をハンカチで拭き取ると、懐から銀貨の入った小さな袋をヘンシェルに手渡す。

 

「エリクサー代だ」

 

「社長………」

 

 これじゃ昼食はエリス製のウナギゼリーじゃなくてエリクサーだな。

 

「すまなかったな。昼休みなのに、エリクサーを買いに行かせてしまって…………おえっ」

 

 拙い。何だかくらくらしてきた………。

 

 せっかく拭き取ったばかりだというのに、額が冷や汗で再び埋め尽くされ始める。早くも俺が体調を崩したことに気付いたヘンシェルが叫びながら俺の身体を揺すり始めるが、もう聞き慣れた彼の声は聞き取れなくなっていた。

 

 そういえば、ラウラはエリスに似たのか料理が下手だったな。あいつはヤバい料理を食わされていないだろうか………?

 

 転生者だったとはいえ息子として生まれてきた彼の事を案じ、俺は机の上で目を閉じた。

 

 

 

 


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