異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
「魚雷、敵駆逐艦に命中。撃沈です」
最大戦速で進撃するテンプル騎士団艦隊を食い止めるため、ハープーンを放ったアーレイ・バーク級の左舷を魚雷が食い破ったことを確認した乗組員が、大きなヘッドセットを両耳につけたまま報告した。
潜望鏡の向こうでも、真っ二つにへし折られ、海面から突き出たV字の残骸と化したアーレイ・バーク級が、断面から炎と黒煙を噴き上げ、これから海中へと沈んでいくところだった。その傍らで浮かんでいるのは、一番最初に魚雷の餌食となった哀れな駆逐艦の乗組員たちである。
潜望鏡から目を離したヘンシェルは、拳を握り締めながらニヤリと笑った。いつもは社長(リキヤ)の秘書をやっているせいでなかなか実戦に出ることはなかったヘンシェルは、数年ぶりに感じた実戦のスリルに歓喜しているかのような笑顔を浮かべながら、再び潜望鏡を覗き込む。
普段は冷静沈着な秘書が浮かべた獰猛な表情を目の当たりにした乗組員たちも、味方であるはずの彼の一面を見てぞくりとしてしまう。
いつも通りならば、ヘンシェルは今のように潜水艦を指揮して奇襲を仕掛けるのではなく、リキヤの側近としてアドミラル・クズネツォフのCICに立ち、彼と共に指揮を執る筈だった。実際に作戦の立案の段階では、このように彼に潜水艦を任せる予定などなかったのである。
しかし、辛うじて生還したシュタージの報告によって敵も現代兵器を保有しているという情報がもたらされた途端、モリガンと殲虎公司の誇る2人の名将が立案した作戦をすぐに修正することになった。シンヤと李風が立案した作戦は、あくまでも吸血鬼たちが今までの戦力だった場合を想定しての作戦であったため、敵も同じように戦車や戦闘機を保有しており、迎撃にはそれをフル活用するという想定は全くされていなかったのだ。
作戦が見直されると同時に、投入される戦力も大幅に増強された。潜水艦も、その作戦の修正に伴って新設された新たな戦力の1つである。
潜水艦があれば敵の潜水艦を迎え撃つことにも投入できるうえに、海中を潜航しながら敵艦隊へと接近し、今のように奇襲を仕掛けて敵艦隊に大打撃を与えるか、攪乱することもできるのだ。兵器の種類が増えれば指揮を執ることが難しくなるが、その代わりに攻撃する際の選択肢が増え、柔軟な攻撃が可能になるのである。
その潜水艦の指揮を任されているのが、元オルトバルカ王国騎士団ハーフエルフ部隊の指揮を執っていたヘンシェルであった。
彼らが乗る潜水艦は、ロシアの『ラーダ級』と呼ばれる潜水艦である。
原子炉を搭載する原子力潜水艦ではなく、通常の機関を搭載する”通常動力型”と呼ばれるタイプに分類される潜水艦である。艦首には6門の魚雷発射管が搭載されており、そこから通常の魚雷だけでなく、なんと対艦ミサイルなども発射することが可能になっている。
しかもこの海戦に参加した潜水艦は、ヘンシェルたちの乗るラーダ級潜水艦『ポサードニク』だけではない。同型の通常動力型の潜水艦が合計で15隻もこの海域に先行して潜んでおり、8隻と7隻のチームに分かれ、敵艦隊から見て左右に展開しているのだ。
「『リゼタ』、『スミールヌイ』も魚雷攻撃を開始。魚雷2発、敵艦へと向かいます」
「テンプル騎士団艦隊はどうなっている?」
「はい。無事に敵艦隊側面を突破した模様」
「よし」
先ほど連合艦隊が、敵の魔力による攻撃によって大打撃を受けたのは確認していた。テンプル騎士団艦隊に与えられた任務は、敵艦隊の側面を突破して敵の兵器を破壊するという非常に危険な任務であり、目的地にたどり着く前に敵艦隊の攻撃によって全滅する危険もあった。
だからこそ、たった5隻の艦隊で敵艦隊の側面を突破するという無謀な作戦を成功させられるように、ここで牙を剥く必要がある。ヘンシェルたちがするべきことはここで魚雷を放ち続け、敵艦隊の数を減らして、ベテランの傭兵から信頼されているあの子供たちを送り出してやることだ。
数多の計器と機器に埋め尽くされた発令所の中で乗組員たちの報告を聞きながら、ヘンシェルは潜望鏡を覗き込みつつ、先ほど彼の乗るポサードニクの近くを通過していったテンプル騎士団の戦艦『ジャック・ド・モレー』に乗る子供たちの顔を思い浮かべた。
(子供たちに負けてられないな、俺たちも)
いくらタクヤやラウラたちに素質があるとはいえ、自分たちも元々は騎士団で訓練を積んできたのだ。彼にも過酷な戦いを生き抜いてきた1人の兵士としてのプライドがある。
「続けて敵空母を狙う。魚雷発射管2番、用意」
「魚雷発射管2番、用意よし!」
「
艦首の発射管から魚雷が発射されていく音を聞きながら、ヘンシェルは双眼鏡を覗き込み続けた。
ジャック・ド・モレーにこれでもかというほど搭載されたキャニスターの数は合計で10基。艦橋の両サイドに艦首側を向いた状態でずらりと並ぶキャニスターは、それぞれ4発のP-270モスキートを装填されている。合計で40発もの対艦ミサイルで集中攻撃されれば、どれだけ分厚い装甲で守られている超弩級戦艦や要塞でもひとたまりもない。瞬く間に目の前の敵が火の海になってしまうほどの破壊力を、このジャック・ド・モレーは搭載しているのである。
その40発のミサイルのうち、解き放たれたのは10発のP-270モスキート。後続のキーロフ級ミサイル巡洋艦『ビスマルク』と2隻のソヴレメンヌイ級駆逐艦『ヴィーボルク』、『クラスノイ』にも対艦ミサイルは搭載されているが、まだ敵艦隊は健在であるため、温存するためにもミサイルを搭載している数が一番多いジャック・ド・モレーのみの攻撃となった。
最後尾を進むウダロイ級駆逐艦『アンドレイ』は対艦ミサイルを持たないため、攻撃は行えない。あくまでもウダロイ級が真価を発揮するのは海中を潜航する潜水艦の索敵や、そういった敵への攻撃の場合のみなのである。
1発で空母のような大型艦に大打撃を与えてしまうほどの破壊力を持つ対艦ミサイルが牙を剥こうとしているのは、帝都サン・クヴァントのやや外れにある岬の上に鎮座する、巨大な8本の柱。柱1本でも超弩級戦艦の横幅に匹敵するほどの円柱状の柱が、中心部に浮遊する魔力の塊を取り囲み、均等に加圧できるように等間隔に屹立している。
21年前の戦いでそれを目にしていたことで、タクヤはゲイボルグの弱点を知っていた。あくまでもゲイボルグは魔力を加圧し、その魔力に「逃げ道」を与えることで射出する兵器である。あの柱は魔力を伝達するための回路のようなものであり、魔力を拘束する”檻”としても機能するのだ。
それゆえに柱を1つでも破壊されれば、鉄格子を破壊された檻が檻として機能しなくなるように、兵器として機能しなくなる。そんな状態で魔力を加圧してもただ柱が崩れた方向へと高圧の魔力を放射するだけであり、最悪の場合はそのまま高圧の魔力を暴走させて自滅する恐れもある。
21年前のナバウレアでタクヤが目にしたものよりもはるかに大型化されていたゲイボルグⅡは、大型化された影響でさらに破壊力を増していた。柱の部分もさらに大型化されているため、戦車砲の一撃でたやすく倒壊させられた通常のゲイボルグよりも頑丈になっているのは明らかである。
だから、確実に吹っ飛ばせるようにわざわざ対艦ミサイルを10発もつぎ込むことを選択したのだ。
どこか一ヵ所でも倒壊させられれば、勝敗は決まるのだから。
いくら超弩級戦艦の船体にも匹敵するほどの直径を持つ柱とはいえ、分厚い装甲に覆われている戦艦との防御力は雲泥の差である。あれだけの破壊力を発揮するためには、柱の中にびっしりと回路を張り巡らせ、更に柱の表面もより効率よく魔力を伝達するための素材で作られている。戦艦や戦車のように装甲で覆う余裕など全くない。
この一撃で勝敗を決めるために放たれた10発のミサイルは、CICにいるタクヤたちの命令通りに真っ直ぐ飛んだ。ゲイボルグⅡの発射を担当する魔術師たちが慌てふためく姿を睨みつけながら飛翔するP-270モスキートの群れが回避運動をはじめ、いよいよゲイボルグⅡの柱へと飛び込んでいく。
しかし―――――――ミサイルが爆発したのは、ジャック・ド・モレーのCICにいたクルーたちが想定した地点とは違った。
そのまま飛翔すれば柱の表面に着弾し、表面の素材や内部の回路をズタズタに破壊して、容易く柱を倒壊させていたことだろう。しかしミサイルはその柱に着弾する前に、何の前触れもなく空中で次々に爆発してしまったのである。
まるで透明な何かに遮られたかのように後続のミサイルの先端部が潰れ、瞬く間に爆風が何もない空間を抉り取る。そこで形成されるのは、やはり何かに遮られているとしか思えない不自然な形状の爆風だった。
空中で形成されたのは、まるで半分だけ切り取られてしまったような半円状の爆発だったのである。必ず歪な形状になるとはいえ、少なくとも壁のようなものに激突しない限りはそのような爆発にはならない筈だった。
「み、ミサイル、全弾命中せず…………!?」
「バカな! 故障か!?」
「何やってんだ! 整備不良か!?」
怒号で満たされつつあるCICの中で、ミサイルの反応がすっかり消えてしまったモニターを見つめながら、俺は拳を握り締めていた。
ミサイルの反応が焼失したのはゲイボルグに命中するよりも前。しかし迎撃された様子はない。まだミサイルは30発も残っているし、後続の味方艦にもそれと同等の数の対艦ミサイルが装備されている。それにジャック・ド・モレーの甲板には、戦艦の代名詞ともいえる3連装40cm砲がある。ミサイルがなくなったとしてもこの大口径の主砲があれば、まだ戦うことはできるのだ。
でも、やはり命中すると思っていたミサイルが1発も命中せずに爆発してしまったという事実は、仲間たちを混乱させているようだった。何とかしなければ、敵の反撃に対応できなくなる。ゲイボルグの第二射だけは絶対に防がなければならないのだから、混乱している場合ではない。
「ナタリア、魔力の反応はなかったか?」
「待って」
傍らのモニターの前へと向かったナタリアが、乗組員から座席を借りてキーボードを素早く何度もタッチする。折れ線グラフが表示されている画面に切り替えると、数秒間だけその折れ線グラフがまるで針のように急激に上がっている場所があった。魔力探知用のレーダーが、その瞬間に強烈な魔力を観測したという履歴である。
しかもその反応があったのは今から約24秒前。一番最初の対艦ミサイルが、ゲイボルグに突っ込むことができずに自爆してしまった時間と同じだ。
「あったわ」
どういうことだ? 魔力の反応があったという事は、魔術で迎撃されたのか? でも、いくら魔術でも高速で飛来するミサイルを迎撃できる命中精度の魔術はかなり限られる。しかもそんな芸当ができる魔術に限って、発動までに必要な詠唱が長く、更に魔力の消費量も多い。後者は個人差があるから魔力の量が多い魔術師ならそれほど影響はないが、前者の”詠唱が長くなる”という条件を考えると、迎撃が間に合ったとは思えない。
別の何かが原因なのか、それともミサイルが飛来することを知っていなければ不可能だ。
俺とラウラもナタリアの傍らに向かい、モニターに映し出される折れ線グラフが針のように盛り上がっている時間帯を凝視しながら考察する。魔力の反応が観測された以上、ミサイルの不具合で勝手に自爆したのは考えられない。
だからといって魔術で迎撃された可能性も少ない。
考察して、組み上がりかけている仮説を自分で次々に薙ぎ倒していく。幼少の頃から中身だけは17歳の男子高校生だったおかげで、この世界の基本的な常識を覚えた後は様々な知識を学ぶ余裕があった。そのため幼少の頃から俺が自分の頭にこれでもかというほど叩き込んだあらゆる知識が我先にと前に出て仮説の材料となり、あっさりと別の知識によって薙ぎ倒されていく。
なにも思いつかない。頭を押さえながら息を吐いた瞬間、俺の肩を真っ白な小さい手がそっと掴んだ。
柔らかくて暖かい小さな手。最初はステラかと思ったけれど、あいつは背が小さいから俺の肩まで手が届かない。背伸びすれば届くかもしれないけれど、こんな風に俺の肩を掴むことはできない筈だ。誰かに抱っこされているのだろうかと思いながら後ろを振り向くと―――――――ステラよりも感情豊かで、大人びた雰囲気を放つ幼い少女が、白衣に身を包みながらふわふわと浮かんでいた。
『落ち着いてください、艦長さん』
「ふぃ、フィオナちゃん!?」
「ふにゃっ!? フィオナちゃん、何でここに!?」
「えっ? ふぃ、フィオナ博士ぇっ!? あれ!? 傭兵さんの所にいたんじゃないんですか!?」
後ろから俺の肩を優しく掴んでいたのは、産業革命の発端となったフィオナ機関の生みの親であるフィオナちゃんだった。もう既に死んでしまった少女の幽霊であるフィオナちゃんは、幽霊だというのに実体化することもできるし、身体に触れてみると死人とは思えないほど温かい。
『はい。リキヤさんから皆さんを助けるように言われたので、ここまで来ました♪』
「ここまで? …………ま、まさか、アドミラル・クズネツォフのCICから!?」
『はいっ♪』
な、何だとぉ!?
このマッドサイエンティストはあの海戦の真っ只中をふわふわと飛びながら、最大戦速で航行中のジャック・ド・モレーに追いついたっていうのか!?
ミサイルや砲弾の荒しと言っても過言ではないほどの激戦が繰り広げられている海域を無事に突破できるのかと思ったけど、彼女は幽霊だから壁をすり抜けることは朝飯前なのだ。だから仮にミサイルと激突しても、そのミサイルをすり抜けてしまえば無傷で済むのである。
もしかしたら、モリガン最強は彼女なのではないだろうか? でも、実体化を解除した状態でも親父には模擬戦で負けたことがあるらしいから、弱点はあるんだろうな。
『というわけで、アドバイスです。あのゲイボルグは発展型のようですので、何かしらの新しい機能が追加されているみたいですね』
「新しい機能?」
『そうですよ、ナタリアちゃん。まず、あれに必要なのは魔力ですよね?』
「え、ええ」
『第一、魔力というのは…………あっ、メモ用紙借りてもいいですか?』
「ど、どうぞ」
ナタリアが胸のポケットから鉛筆とセットで手帳を取り出すと、手帳ごとフィオナちゃんに手渡した。すると彼女は手帳の空いているページに鉛筆で簡単な図のようなものを描き始める。
『魔力は、魔法陣や詠唱で様々なものに変換できるのです。これは魔術の基本ですね』
魔術師の教本の一番最初に書かれている基礎的な知識だ。俺も母さんが持っていた教本を借りて読んだことがあるから、一番最初にそれが書かれていることは知っている。
例えば、炎に変換したいのならばそうするための魔法陣を形成したり、詠唱すればいい。そうすれば魔法陣を通過した魔力は炎となって敵に叩きつけられる。中には詠唱や魔法陣を必要とせず、魔力がまだ体内にある段階で別の属性に変換し、そのまま放出することで詠唱を必要とせずに魔術を使う者もいる。エリスさんもそうやっているし、俺やラウラも体内に変換済みの魔力をたっぷりと持っているから詠唱はいらない。
『では、空母を吹っ飛ばしちゃうほどの魔力を、”攻撃”ではなく”防御”に使ったらどうなるでしょう?』
「とんでもない防壁になるわ。……………ま、まさか、さっきのミサイルが爆発したのって、その防壁が……………!?」
『仮説ですけどね。でも、この履歴を見る限りはその可能性が高いでしょう。あのミサイルを魔術で迎撃できる人なんて、多分エリスさん以外にいないと思いますし』
「ふにゃあ!? ママってそんなことできるの!?」
『ええ、エリスさんは凄い人ですよ? ”絶対零度”の異名を持つ、元ラトーニウス王国最強の騎士ですし』
あ、あの人ってやっぱり凄い人だったんだな……………。部屋に男性向けのエロ本を隠してるような人だけど、そういう面を除けば凄い人なのかもしれない。圧倒的な兵力を持つ当時のオルトバルカ王国でさえ、エリスさんが前線に投入されることを恐れて迂闊に手出しできなかったと言われるくらいだし。でも、凄いって思える要素が台無しになってるんだよね。何でモリガンの関係者って変な人が多いんだろうか。
そういえばあのエロ本はまだ両親の寝室に隠してるのかな?
「それで、防壁を何とかする方法はないんですか?」
『ありますよ。単純ですけど』
「教えて下さい、博士」
すると、フィオナちゃんはにっこりと笑った。
『簡単です。どんなに分厚い魔力の防壁でも、あくまでもそれを維持するための魔力を供給しているのは人間なんです。つまりひたすら攻撃を続ければ――――――勝手に体内の魔力を使い果たしてくたばってくれますよ♪』
「なるほど」
確かに、単純だ。あの防壁はゲイボルグの発射に使う魔力を防壁の展開に流用しているものであるため、それを維持するためには発射を担当する魔術師たちが魔力の供給を続ける必要がある。
それを破壊するためには―――――――敵が魔力を使い果たすまで、攻撃を続ければいい。
攻撃に使う魔力を防御に流用しているのならば、少なくとも防御中は攻撃できない筈だ。防戦一方になるのは目に見えている。
「よし、飽和攻撃だ。全艦に伝えろ!」
ひたすら攻撃すればあの防壁を打ち破れる。ならば、防壁が消えるまで攻撃を続けるだけだ。
「艦長、主砲の射程距離内に入りました!」
「警報を鳴らせ! 甲板の乗組員を直ちに退避させろ! それとミサイルの第二波攻撃準備! 後続の艦も攻撃に参加せよ!」
「了解(ダー)!」
ついに、このジャック・ド・モレーの主砲が火を噴く。目標は、モリガン・カンパニーの仲間たちを消滅させやがったクソ野郎共だ。
ニヤリと笑いながら、俺は無線機のマイクを手に取った。
「カレンさん、頼みます」
『任せなさい』
「――――――目標、12時方向! 距離、45000m!!」
頼んだぞ…………!
「――――――撃ちーかたー始めッ!」