異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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吸血鬼の追撃

 

 

 建物の上でロケットランチャーを担ぎながら、その光景をずっと見下ろしていた。

 

 たった2両のハンヴィーで、敵の諜報部隊が市街地を駆け回っている。逃げ惑う住民たちの向こうから次々に現れるのは、人間と吸血鬼の歩兵で構成された歩兵部隊や戦車部隊。銃撃や砲撃をかいくぐりながら、サン・クヴァントの複雑な通りをすいすいと走り抜けていくハンヴィーの運転手の技術を見ていると、思わず称賛してしまいたくなる。

 

 だが、残念ながら彼らを逃がすわけにはいかない。必ずここで潰せと母上に命じられている。

 

「ブラドよりブラボー2へ。目標はカルドラズ・ストリートへ移動した」

 

『了解です、ブラド様!』

 

「俺も移動する。確実に消せ!」

 

 敵の諜報部隊を消すためだけに出撃させた戦力は、明らかに20人足らずの諜報部隊を消すには多すぎると言っても過言ではない。装甲車どころか最新鋭の戦車まで投入し、更にアサルトライフルやLMGで武装させた歩兵までこれでもかというほど随伴させているのだ。それだけの兵力を投入しても未だにそれほど大きな損害を出さずに逃げられ続けているのは、敵がそれだけの技量を持っているという証拠なんだろう。

 

 だからこそ、これだけの部隊を動かした。こちらは戦車で叩き潰すこともできるし、歩兵部隊の掃射で蜂の巣にすることもできる。だが敵はあくまでも諜報部隊。レオパルト2A7+が1両擱座させられたのは予想外だったが、転生者がいるとはいえ敵の火力は限定される。あんな撤退戦の最中に次々に武器を切り替えている余裕はない。

 

 ホテルの最上階から眼下に見える建物の屋根の上へと飛び降り、そこから別の建物の屋根の上へと走る。人間ならば助走したうえで全力でジャンプしなければ飛び越えられないような場所も、吸血鬼の脚力ならば軽くジャンプする程度の感覚で楽に飛び越えられるのだ。

 

 最初は吸血鬼として生まれたことを呪いたくなったが、今はこの身体が便利だと思い始めているし、生んでくれた母上にも感謝している。

 

 愛用のガリルを腰に下げ、背中に背負っているRPG-7を準備する。そろそろカルドラズ・ストリートに差し掛かる頃だろう。昼間ならば多くの露店が並び、買い物客だらけになるカルドラズ・ストリートは、きっと今頃はレオパルトや装甲車が道を塞ぎ、そこへとやってくる哀れなハンヴィーを待ち構えている頃だ。

 

 やがて、建物の向こうで深紅の閃光が膨れ上がった。微かに熱い風と衝撃波の残滓が駆け抜けていき、黒煙がカルドラズ・ストリートの真っ只中から吹き上がる。

 

 レオパルトの砲撃だ。今の一撃で勝負がついたことを祈りながら、俺は通りへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、危なかった……………」

 

 ウォルコットさんが左に曲がるように命令してくれなかったら、きっと今頃俺たちは木っ端微塵になっていたことだろう。

 

 カルドラズ・ストリートと書かれた看板を通り過ぎたと思ったら、通りの向こうでレオパルト2A7+とM2ブラッドレーが砲口をこっちに向けて待機していたのである。先回りされているとは思わなかったが、辛うじて左にある別の路地へと逃げ込んだおかげで何とか戦車砲で木っ端微塵にされずに済んだ。

 

 だが、これで回り道へと逃げ込むのは二回目だ。あのまま戦車と装甲車に突っ込むわけにはいかなかったとはいえ、このまま回り道を何度も続けていれば回収部隊と合流するまでに時間がかかってしまう。時間がかかれば仲間たちの集中力もどんどん減少していくし、犠牲者が出る確率も大きくなっていく。

 

 突然、ハンヴィーの屋根に何かが激突した。はっとしながら顔を上げると、通りの左右にある労働者向けのアパートのベランダに敵の歩兵がいて、こっちにマークスマンライフルを向けている。

 

「くそったれ!」

 

 ブローニングM2重機関銃を右へと旋回させ、俺はトリガーを引き続けた。俺が反撃しようとしていることに気付いたのか、敵のマークスマンは咄嗟に頭を下げてベランダの陰に隠れる。反応が予想以上に素早かったことに俺は驚いたが、ベランダの陰とはいえそこにある遮蔽物は木製のちょっとした壁だ。5.56mm弾や7.62mm弾ならば辛うじて防げるかもしれないが、12.7mm弾はアサルトライフルやバトルライフルで使用される銃弾とはわけが違う。より破壊力と射程距離を追求した、大口径の銃弾を連発できるのだ。

 

 敵が隠れていてもお構いなしに、俺はその遮蔽物へと弾丸を叩き込み続けた。木製の壁の破片が一気に舞い、その中で鮮血の飛沫と肉片も舞う。千切れ飛んだ手足や首がアパートの壁に激突し、穴だらけの壁を真っ赤に染めた。

 

「ケーター、前方にLMG!」

 

「ッ!」

 

 機関銃を旋回させつつ振り向くと、ハンヴィーが進んでいる方向に数人の歩兵が伏せているのが見えた。5人くらいだろうか。そのうちの2人はドイツ製LMGの『MG3』をこちらへと向けているし、他の歩兵は近くにある木箱の中から、細長い筒の先端部に楕円形の弾頭をくっつけたような形状の何かを取り出している。

 

 ドイツ製の兵器が好きな俺は、すぐにその奇妙な形状の得物の正体を見破っていた。

 

 それは『パンツァーファウスト』と呼ばれる、ドイツ軍が第二次世界大戦中に使用した対戦車兵器だった。対戦車用の弾頭を先端部に装着してぶっ放すことで戦車に大打撃を与える代物で、第二次世界大戦ではアメリカ軍やソ連軍の戦車をことごとく破壊して奮戦したと言われている。

 

 コストも非常に安かったためなのか、端末で生産する場合はたった100ポイントで生産できる。さすがに現代の戦車には通用しないものの、この世界に転生したばかりの転生者にとっては頼りになる武器の1つだ。

 

 しかし、いくら第二次世界大戦中の兵器とはいえ、こっちは装甲車よりも貧弱なハンヴィーである。それゆえにパンツァーファウストを叩き込まれればあっさりと木っ端微塵になってしまうのは明白だ。

 

「くそ、パンツァーファウストだ!」

 

「3か!?」

 

「いや、旧式のやつだ!」

 

「あらあら」

 

 助手席の窓を開け、そこからクランがXM8を突き出して敵にフルオート射撃を叩き込む。俺も舌打ちをしてから照準を合わせ、重機関銃のトリガーを引いた。

 

 前を走るウォルコットさんたちのハンヴィーも射撃を始めている。どうやら射手を務めているのは、彼らの中では若い兵士のキースらしく、パンツァーファウストの準備をしている敵兵に向かって必死に弾丸を叩き込んでいるようだった。

 

 ハンヴィーを吹っ飛ばそうとしていたクソ野郎が12.7mm弾の集中砲火で肉片になり、その隣にいた奴も同じ運命を辿る。千切れ飛んだ肉片が石畳の上に転がり、炸薬と血の臭いが通りを支配し始める。

 

 パンツァーファウストを装備した敵兵を排除して安心した瞬間、何の前触れもなく左肩が後ろへと突き飛ばされたような感じがした。猛烈な衝撃を抑え込もうと思って力を入れると同時に猛烈な激痛を感じ、顔をしかめながら反射的にヒーリング・エリクサーを取り出す。

 

 どうやら左肩に銃弾を叩き込まれてしまったらしい。エリクサーを呑みながら左肩を見てみると、掠めた弾丸が微かに皮膚と肉を抉っていったようだった。けれどもすぐにその抉られた分の肉が断面の中から湧き上がり、その表面を皮膚が覆っていく。

 

 傷口がすぐに塞がり、痛みも消え失せたことに安心したが、すぐに恐怖を感じた。このヒーリング・エリクサーがあれば今のようにすぐに傷を塞ぐことができるが、もし被弾した場所が頭だった場合はエリクサーを飲むことすらできない。脳味噌の破片を周囲にぶちまける羽目になるのだから、回復すらできないのだ。

 

 今まで戦いになるたびに何度も恐怖は経験した。けれども、今しがた感じは恐怖は今までの恐怖とは違う。今までの恐怖は、前世の世界では存在しなかった”魔物”という怪物を見て感じた恐怖だが、被弾した瞬間に感じたのは――――――――”俺たちは、戦争の真っ只中にいる”という恐怖だった。

 

 そう、これは戦争だ。前世の世界では当たり前だった、銃を持った兵士同士の戦争である。

 

「左に敵兵!」

 

「くそ……………!」

 

 ビビっている場合じゃない!

 

 素早く重機関銃を左へと旋回させ、照準を合わせた。いつの間にか通りを抜けていたらしく、ハンヴィーの左側には列車の格納庫が広がっている。フィオナ機関を搭載した最新型の機関車が格納されている格納庫やレールの上にずらりと並ぶ数多の車両の陰に敵兵が潜んでいて、こちらへとアサルトライフルやLMGを向けている。

 

 さらに、レールの上の車両の奥には――――――――3両のM2ブラッドレーが鎮座していて、こっちに機関砲の砲身を向けていた!

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 死んでたまるか!

 

 トリガーを引きながら咆哮する。照準器の向こうで車両に穴が開き、陰に隠れていた敵兵や応戦してくる敵兵が肉片になっていく。しかし、射撃を始めてから数秒後に、俺の雄叫びをかき消していた重機関銃の轟音が何の前触れもなく途絶えてしまう。

 

 ちらりと見てみると、どうやら弾薬を撃ち尽くしてしまったらしく、機関銃の中へと伸びていた弾薬のベルトは見当たらなかった。

 

「ノエル、弾を!」

 

 車内へと手を伸ばすと、中に置いておいたMP5Kで応戦していたノエルが素早くブローニングM2重機関銃の弾薬が入った箱を渡してくれた。空になった箱を投げ捨て、代わりに新しい箱の中からベルトを引っ張る。そして新しいベルトをセットしてコッキングレバーを思い切り引き、再び敵に向けて撃ちまくった。

 

 幸い、敵のM2ブラッドレーは車両と味方の兵士が邪魔で迂闊に攻撃できないらしい。

 

『もう少しだ! この先の廃墟でヘリが待ってる!』

 

 ウォルコットさんの声が無線機から聞こえた。確か、回収地点はこの先にある廃墟だ。このまま敵の装甲車と歩兵部隊から逃げ切ることができれば、あとはヘリでこの国から脱出できる。

 

 そういえば、回収部隊のヘリには武装は搭載されているのだろうか? もし搭載されているなら支援してもらえるかもしれない。

 

『キース、警戒しろ! 格納庫の上にRP―――――――』

 

 銃声と共に聞こえてきたウォルコットさんの声が、突然途切れた。無線機の向こうからはノイズしか聞こえてこなくなり、その代わりに俺から見て右側で火柱にも似た爆炎が吹き上がる。

 

 はっとしてそちらの方を見てみると――――――――左側の後輪を吹っ飛ばされた1両のハンヴィーが、火達磨になりながら横倒しになっているところだった。先ほどまで果敢に機関銃を撃ち続けていたキースは爆風で胸の左側から上を抉り取られたらしく、爆風で黒焦げになった彼の死体には左肩と首から上が見当たらない。

 

『おい、ウォルコットさんのハンヴィーが!』

 

「くそ…………!」

 

 ウォルコットさんたちは無事か!?

 

坊や(ブービ)、停めろ!」

 

『正気か!? こんなところで停めたら敵に袋叩きにされるぞ!?』

 

「仲間を見捨てるわけにはいかねえだろ!?」

 

 もしかしたら、ウォルコットさんたちは生きているかもしれない。だから今すぐ助けに行けば、彼らを助けることができる。そう思って運転手の坊や(ブービ)に叫んだけれど、すぐに俺たちは絶対に生還しなければならないという事を思い出し、歯を食いしばった。

 

 俺たちはこの情報を絶対に持ち帰り、仲間に伝えなければならない。だから確実に生還する必要がある。普通の部隊ならばここで停車して仲間を助けるが、俺たちはそういうわけにはいかない。確実に情報を持ち帰るためにも、仲間を見捨てなければならない場合もあるのだ。

 

「……………すまん、何でもない」

 

『……………そうだ、それでいい』

 

「ウォルコットさん……………!?」

 

 歯を食いしばりながら、火達磨になっているハンヴィーを見つめていたその時、ウォルコットさんの声が無線機の向こうから聞こえてきた。けれどもやはりRPG-7に被弾したせいで重傷を負っているらしく、呻き声も聞こえてくる。

 

 やはり、生きていた。今すぐ戻れば助けられるのではないかと思ってしまったが、もう既に敵の銃撃は後方で炎上するハンヴィーに集中しているし、格納庫の向こうからはM2ブラッドレーも接近しつつある。今戻れば装甲車の機関砲で吹っ飛ばされるのが関の山だろう。

 

『未熟者だと思ってたが…………最後の最後で成長したじゃねえか、坊主』

 

 火達磨になり、横倒しになったハンヴィーの助手席の辺りでマズルフラッシュが見える。どうやらウォルコットさんが助手席から敵部隊に向かって応戦しているようだが、敵の歩兵は人数が多い上に装甲車までいる。勝ち目がないのは明白だ。

 

 やっぱり、戻るべきだろうか。ここで俺たちが加勢すれば、彼を助けられるはずだ。

 

 けれどもすぐに生還しなければならないことを思い出し、力を抜きながら息を吐く。俺たちは絶対に生還し、情報を持ち帰らなければならない。

 

『後は頼んだぜ。……………もしよかったら、俺たちの仇も取ってくれよ……………』

 

「……………了解(ヤヴォール)」

 

『……………行け、シュタージ』

 

 ウォルコットさんの声が聞こえた直後、車両の陰から姿を現した1両のM2ブラッドレーが放った対戦車ミサイルが、横倒しになった状態で炎上していたハンヴィーに突っ込んだ。戦車を撃破するために開発された獰猛な対戦車ミサイルが直撃したハンヴィーは今度こそ木っ端微塵になり、炎上する部品を周囲にばら撒きながらごろごろと転がると、近くにあった建物の壁に激突した。

 

 その光景を見ていた俺は、いつの間にか重機関銃のトリガーから指を離していた。もう、俺たちに向かって銃撃してくる敵は見当たらない。あそこでウォルコットさんが囮になってくれたから、俺たちは無事に列車の格納庫を突破して回収地点へと向かうことができたのだ。

 

 いつの間にか、俺は炎上するウォルコットさんたちのハンヴィーの残骸に向かって、敬礼をしていた。

 

 もし再びこの国へとやってきた時は、絶対にあなたの仇を取る。

 

 だから、安心してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう1両には逃げられたな」

 

 弾頭を発射し終えたRPG-7を背負ったまま、燃え上がるハンヴィーの残骸を見つめる。こいつの後輪を吹っ飛ばしてからもう1両を狙おうと思ったんだが、生き残っていた奴の銃撃がしつこかったせいで狙いをつけることができず、結局もう1両のハンヴィーを取り逃がす羽目になった。

 

 仲間を逃がすために囮になった敵の諜報員の判断は素晴らしいと思うが、敵を取り逃がしてしまった原因はそいつの銃撃だ。そう思うとすぐに怒りを感じてしまう。

 

「ブラド様、どうなさいますか?」

 

「…………飛行場に連絡し、戦闘機を出撃させろ」

 

「せ、戦闘機ですか?」

 

「ああ、そうだ。ヴリシア帝国は島国だぞ? 国外に逃げるためには、船か空を飛ぶしかないだろう?」

 

 おそらく、あいつらはヘリで逃げるつもりだろう。もしヘリで逃げるのならば戦闘機には勝ち目がない。仮に空対空ミサイルを装備していたとしても、戦闘機にはヘリとは比較にならないほどの速度と機動性という強みがある。

 

 俺はあのハンヴィーが逃げて行った道を睨みつけながら、拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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