異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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吸血鬼たちの反撃

 

 

「吸血鬼は?」

 

「消したわ」

 

 路地の外へと戻ると、マークスマンライフルを担いでいた坊や(ブービ)君と合流した。彼はどうやら吸血鬼を追撃した私を援護するために、わざわざ追いかけてきてくれたみたい。

 

 結局彼の援護は必要なかったけど、でも私のために追いかけてきてくれたのは嬉しかった。

 

「…………ごめんなさい、あの能力使っちゃった」

 

「そうか……………」

 

 フィオナちゃんの検査によって正体が明らかになった能力のデータには、シュタージのメンバーたちは目を通している筈だった。だから”あの能力”と言うだけで、彼らは私が何のことを言っているのか理解してくれたみたいだった。

 

 あのショッピングモールの事件で追い詰められた私が手にしたのは、私の身体に触れた相手を強制的に自殺させる能力。しかも絶対に拒むことができない命令だから、どんなに実力に差がある相手でも触れる事さえできれば、私は勝利できる。

 

 けれども、これには大きな弱点がある。

 

 能力を発動させてから1分間しか、自殺命令(アポトーシス)を振るうことができないという点と、その1分間が経過した後は3日間も能力が使えなくなるという点。だから発動させてから1分間相手が逃げ続けることができれば、私の能力は脅威ではなくなってしまう。

 

 私の能力を事前に知っていないか、徹底した遠距離攻撃を繰り出すような相手じゃない限り逃れることのできない自殺の命令。私はその能力を、死に物狂いで襲い掛かってきた吸血鬼に対し使ってしまった。

 

 あわよくば敵の本拠地に潜入し、これで吸血鬼たちの親玉を暗殺してやろうと思っていたんだけど、こんな下っ端に使う羽目になるなんて……………。

 

「ノエルちゃん、首の傷は?」

 

「え? ああ、さっき噛まれちゃった。でも大丈夫よ。血は吸われてないから」

 

 噛まれただけだし、血は吸われてない。あの吸血鬼は血を吸うために私に噛みついた時点で、”私の身体に触れる”という条件を満たしていたのだから。

 

「ほら、エリクサー」

 

「ありがと」

 

 彼から貰ったヒーリング・エリクサーのキャップを外し、一口だけ中の液体を飲み込む。オレンジジュースにも似た甘い味がするエリクサーを飲み込んだ直後、あの吸血鬼に噛みつかれた傷口がすぐに塞がり始めたのが分かった。

 

 今ではフィオナちゃんが改良して製作してくれたエリクサーが一般的だけど、私のパパやリキヤ叔父さんが若かった頃のエリクサーは回復力が低くて、瓶の中身を全て飲まない限り傷口の再生は始まらなかったんだって。しかも味も最悪だったみたいで、強烈な苦みと薬品の臭いがするから飲みたいとは思わない人が多かったみたい。

 

 瓶にはもちろんモリガン・カンパニーのエンブレムが刻まれている。レンチとハンマーが交差している上で、赤い星が煌いている特徴的なエンブレム。産業革命以前は小さな会社だったみたいだけど、今では世界中のありとあらゆる製品でこのマークを目にするのは当たり前になった。

 

 世界中に自社製の製品を送り出し、その利益を”この世界から追い出された”労働者たちに配布する。だからこそ多くの労働者は理不尽な待遇なのが当たり前の貴族が運営する工場を辞め、モリガン・カンパニーの元へと集まっていく。

 

 商人の元から解放された奴隷たちや、過酷な労働に耐え続けた労働者たちが社員の大半を占めるモリガン・カンパニーが、この世界に最も先進的な製品を送り出している。そして貴族たちのつまらないプライドや利益を優先して経営している会社や工場から、どんどん労働者が消えていく。

 

 だからこそリキヤ叔父さんは、”魔王”と呼ばれている。

 

『CP(コマンドポスト)よりチャーリー1-1、チャーリー1-2へ』

 

 喉元の傷が完全に塞がったことを確認していると、無線機からクランさんの声が聞こえてきた。

 

「こちらチャーリー1-1」

 

 坊や(ブービ)君が素早く返事を返しつつ、私に目配せをして移動を始める。サプレッサーを装着していた銃を使ったとはいえ、スラム街に近いここで吸血鬼と一戦交えれば目立ってしまう。しかも私はあいつに致命傷を与えるために、クレイモア地雷を1つ使ってしまった。

 

 銃声はサプレッサーで防げても、地雷の爆音は防ぐ手段がない。だから野次馬がその音で集まってきてもおかしくはなかった。

 

 迂闊に地雷を使ってしまったことを反省しながら彼の方を見ると、坊や(ブービ)君は微笑みながら私にウインクしてくれた。

 

『こちらはもう移動したわ。そっちは?』

 

「チャーリー1-2が吸血鬼をぶっ殺しちまった。これから合流する」

 

『了解(ヤヴォール)。迅速にね』

 

「了解(ヤヴォール)。……………さて、移動しよう」

 

「了解(ヤー)」

 

 次に移動するセーフ・ハウスの位置は、ちゃんと覚えている。

 

 私は警戒しながら坊や(ブービ)君と2人で路地を駆け抜けると、合流地点へと向かった。

 

 これで私の能力は3日間は使用不能になってしまったけど、正しい判断だったのかもしれない。もしまだ能力を使える状態を維持していたら、きっと私は命令を無視してホワイト・クロックに乗り込み、吸血鬼たちの女王であるアリア・カーミラ・クロフォードに戦いを挑んでいたかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、アレクセイを殺しやがった」

 

 元々数の少ない同胞が消えてしまったのは悲しい事だが、下っ端とはいえ吸血鬼を圧倒できるような奴がこの世界にいるとは思わなかった。吸血鬼と他の種族が戦えば、吸血鬼が勝利するのが当たり前。他の種族に再生能力という便利な能力はないし、身体能力でも大きな差があるのだから。母からそう教わり、吸血鬼の1人としての矜持を持って生きてきた俺は、その母から教わっていたことが覆されかけている光景に驚きつつ、少しばかり怒りを感じていた。

 

 アレクセイを殺した敵に対しての憎しみと―――――――吸血鬼という種族の名誉に泥を塗るような、無様な最期を遂げたアレクセイへの怒り。しかも相手は12歳から14歳程度の子供で、動きからまだ経験が浅い未熟な新兵だというのもすぐに分かった。

 

 暗殺か隠密行動に特化した訓練を受けてきたのだろうが、それが最も猛威を振るうのは”経験”という要素をこれでもかというほど取り込み、無駄な部分をすべて排除して合理化された後だ。暗殺や隠密行動は、なによりも”確実性”が要求される。未熟というのは不確実の塊なのだ。経験がないからこそ経験せねばならず、全てが机上の空論と言っても過言ではないのだから。

 

 そんな相手に負けるとは、本当に情けない奴だ。しかも最後は自分の頭に銃を突きつけ、自殺するとは。

 

 仲間が死んだのは確かに悲しい。しかしあんな無様な最期を見せられると、その悲しみの中に怒りも湧いてくる。

 

 俺は舌打ちすると、耳に装着していた無線機のスイッチを入れた。

 

「母上」

 

『あら、ブラド。どうしたの?』

 

 母の声を聴いた瞬間、俺は本当に母にこれを報告するべきなのか少しだけ悩んだ。同胞が無様な最期を遂げたと言ったら、小さい頃から俺を育ててくれた母は悲しむのではないだろうかと思い、少しだけ間を空けてしまった。

 

 けれども、報告しなければならない。俺1人でこのまま突っ込むよりも、吸血鬼の女王である母の指示を仰ぐべきだ。相手が不確実の塊ならば、こっちはこれでもかというほど確実性を追求せねばならない。

 

「アレクセイがやられました」

 

『―――――――そう』

 

「これから追撃するべきでしょうか?」

 

 今すぐに、あいつらを追撃して血祭りにあげてもいい。あいつらがリキヤ・ハヤカワが送り込んだ諜報部隊だという事はもう明らかだ。だから魔王が攻め込んでくる前に奴らを血祭りにあげ、攻め込んでくるならば同じ運命を辿らせてやるというメッセージを送ってやる。

 

 腰に下げたガリルのグリップを握りながら、俺は母の指示を待つ。

 

『―――――――仕方ないわね。もう、これ以上の兵力の隠匿は無意味だわ』

 

「我らの兵力を奴らに晒すのですか?」

 

『ええ。こうして堂々と諜報部隊が送り込まれたという事はこちらの戦力を探るためでしょう。でも、それはおそらくこちらの戦力が未知数であることに対して不安になっているという事よ、ブラド。我らの兵力を見せつけてやれば、奴らも驚愕するわ』

 

「なるほど、あえて戦力を晒し、抑止力とするのですね?」

 

『その通り。―――――――ブラド、もう手加減はいらないわ』

 

 ガリルのグリップを握りながら、安全装置(セーフティ)を外す。そしてそのままセレクターレバーをフルオートに切り替え、戦闘準備に入る。

 

 手加減がいらないならば、もう思い切り暴れてやろう。

 

『奴らを、絶対にこの国から生かして出してはならないわ。血祭りにあげなさい』

 

「了解、母上」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セーフ・ハウスの1つが壊滅してから、ウォルコットさんは本社に回収部隊の派遣を要請しているようだった。別のセーフ・ハウスで潜伏しているウォルコットさんたちによると、ウィルバー海峡に展開しているモリガン・カンパニー所属のキエフ級空母『バクー』から、回収用のヘリが派遣されるという。

 

 ヘリの到着まで、俺はセーフ・ハウスの中で今まで手に入った情報を整理することにした。新しいセーフ・ハウスは数年前に営業停止となったホテルの一室で、前にいたセーフ・ハウスよりも幾分か居心地がいい。とはいえ、ベッドや床は埃まみれで、シャワールームにある水道は当然ながら使えない。クランは「これなら前のセーフ・ハウスの方がいいわね」と言っていたが、俺はまだこっちの方がいい。もう硬い木の椅子に何時間も座っているのはごめんだからな。

 

 テーブルの上の誇りを軽く拭き取り、資料を広げてメモをする。まず、吸血鬼たちの本拠地がホワイト・クロックの内部であるということは分かった。広大な帝都のほぼ中心に位置する巨大な白い時計塔で、21年前のモリガンとレリエル・クロフォードの戦いで倒壊してから、内部は公開されずに立ち入り禁止となっているという。遊び半分で中に入った者が戻ってこないことと、実際に吸血鬼たちの出入りが確認されていることを考えれば、そこが本拠地か、少なくとも拠点の1つとして使用されているのは火を見るよりも明らかだ。それに、内部が公開されずに立ち入り禁止となっているのも、身を隠す者たちからすれば好都合な話である。

 

 そして、敵も銃を持っているという事が判明した。おそらくこれが一番の脅威だろう。

 

 21年前の戦いでは、モリガンのメンバーたちがまだ設立されたばかりで未熟だったという点もあるが、魔術や驚異的な身体能力を駆使して襲ってくる2人の吸血鬼に対し、7人の傭兵たちがこれでもかというほど現代兵器を投入して戦いを挑んだ結果、虎の子のスーパーハインドが撃墜され、更にメンバー全員が殺されかけるという結果となったという。幸い吸血鬼たちを撃退することには成功したらしいが、これでモリガンが大打撃を受けたのは言うまでもない。

 

 そう、現代兵器を少人数の吸血鬼に対してこれでもかというほど投入して、やっと互角の戦いだったのである。しかし吸血鬼たちも同じように銃で武装しているという事は、辛うじて彼らとの力の差が拮抗していた状態が崩壊し、全体的に劣勢となってしまったという事を意味する。

 

 原因はおそらく、吸血鬼たちに転生者の協力者がいるか、それとも奴隷にされている転生者が武器を提供しているかのどちらか。前者ならばとんでもないことをしてくれたクソ野郎だが、後者ならばなんとかして救出してやりたいところである。

 

 とはいえ、あくまで俺たちが直接目撃したわけではないのでどのような銃を使ったのかは不明だが、遺体を確認したウォルコットさんの分析では、おそらく敵が使用した銃は6.8mm以下の比較的小口径の銃弾を使用する銃だという。

 

 銃を持っているのは脅威だが、もしかしたら銃以外にも戦車や戦闘機などの兵器を使っている可能性もある。銃だけならばまだ対処する方法はあるが、さすがに戦車や戦闘ヘリまで投入されれば、いくらモリガン・カンパニーやテンプル騎士団でも苦戦を強いられる羽目になる。

 

 それに、そう言った相手と戦う際に大きな問題がある。

 

 それは―――――――モリガン・カンパニーやテンプル騎士団の兵士の多くは、”銃を手にした敵との交戦経験がない”という問題だ。

 

 俺たちの敵は転生者や魔物ばかり。しかも銃に詳しい転生者はかなり限定されるので、実質的に銃を使ってくるような敵はほぼいないから、中距離や遠距離から狙撃するだけで決着はつく。しかも敵が狙撃で反撃してくることもないので、ちょっとだけリラックスしながら一方的に攻撃できるのだ。

 

 それゆえに、銃撃や敵の狙撃に対しての対処法が分からない兵士は多い。タンプル搭の地下でそう言った状況を想定した訓練は行われているが、まだ訓練だけだ。実戦を経験したメンバーは、中でも最精鋭の少数の兵士たちのみ。

 

 そしてモリガン・カンパニーの兵士たちも、そう言った状況を経験したことがあるのは、今から14年前に勃発したこの世界初の転生者同士の戦争となった、『転生者戦争』の生き残りのみである。

 

 タクヤの親父も最前線で戦ったという転生者戦争は、ラトーニウス海にある『ファルリュー島』という島で行われた。圧倒的な兵力を持つ10000人の守備隊に対し、島に上陸した海兵隊は僅か260人。それでも他の転生者たちの航空支援を受けつつ奮戦し、多くの犠牲者を出しながらも辛うじて勝利したという。

 

 彼らならば問題はないだろう。しかし、転生者戦争以降に加入した兵士たちはそう言った経験がない。そんな状態で、銃で武装した吸血鬼たちを相手にできるのだろうか。

 

 今度はこちらには圧倒的な物量という強みがあるが、それでどこまで押せるかは未知数である。

 

 情報を整理しながら考え込んでいたその時―――――――窓際で椅子に座り、予備のガスマスクのフィルターを確認していた木村が、何の前触れもなく顔を上げた。そしてそのまま窓の外を覗き込み始める。

 

 木村だけではなく、メンバーの中では一番音に敏感なノエルちゃんも、ハーフエルフの特徴でもある長い耳をぴくりと動かしながら、窓際へと移動した。

 

「どうした?」

 

「―――――――キャタピラの音です、ケーター」

 

「キャタピラ?」

 

 木村がそう言った瞬間、いつもレオパルト2に乗っていたからなのか、俺はてっきり戦車を真っ先に連想した。強靭な装甲と強力な戦車砲を持つ戦車。中にはキャタピラを持つ装甲車もあるが、俺が真っ先に想像したのは戦車だった。

 

 聞き間違いではないのか、と聞き返そうとした瞬間、俺は先ほどの”敵も兵器を持っているかもしれない”という自分自身の懸念を思い出し、ぞくりとした。

 

 この世界には、まだ戦車どころか自動車すら存在しない。だからそういう音が聞こえてきたという事は、十中八九転生者が戦車を使っているという事を意味する。そして現時点で味方の転生者はここにいるノエルちゃん以外の全員であるから、もしかしたら味方の戦車かもしれないという可能性はすぐに排除できる。

 

「……………エンジン音も聞こえる」

 

 ノエルがそう言った瞬間、ベッドに腰を下ろしながら険しい顔をしていたクランが、素早く端末を取り出して画面をタッチし、人数分のロケットランチャーを出現させた。

 

 彼女が用意したのは、『パンツァーファウスト3』と呼ばれるドイツ製の無反動砲だった。一見するとロシアのRPG-7をそのままがっちりさせたようにも見える形状をしているのが特徴的で、同じく弾頭は先端部に装着する。どうやら装着されているのは、対戦車攻撃のために開発された対戦車榴弾のようだ。

 

 きっとクランは、このエンジンの音が敵の戦車が接近しているのだと判断したのだろう。確かに敵の戦車が俺たちに戦車砲を受けてから対処するよりも、こちらが先に対応した方が先制攻撃のチャンスも得られる。しかし彼女が対戦車兵器を用意したという事は、もしかしたら味方の戦車かもしれないという希望を断ち切るのに等しい、冷徹な判断だった。

 

 いや、これで構わない。元々ここは敵地の真っ只中なのだから、そういう期待をする方が間違っているのだ。俺は書類を大慌てでリュックサックの中に放り込むと、ベッドの上に置かれたパンツァーファウスト3を拾い上げ、チェックを始める。

 

 相手の戦車にもよるが、一撃で撃破するのは難しいだろう。対戦車戦闘の基本は、極力敵の装甲の薄い個所を狙って攻撃することだ。例えばエンジンが搭載されている車体の後方や、正面装甲と比べると比較的装甲の薄い側面などだ。

 

 息を呑みながら対戦車戦闘の基本を思い出していると―――――――窓の外を見張っていた木村が、こちらを振り向きながら言った。

 

「最悪だ。……………レオパルト2A7+です」

 

「くそったれ」

 

 レオパルト2A7+は、俺たちも乗っているレオパルト2の最新型だ。慌てて俺も窓の方へと移動して外を見てみると―――――――誰も通る人がいなくなった大通りの石畳をキャタピラで粉砕し、無人の露店を粉砕しながら、がっちりした装甲と長大な砲身を持つ戦車が姿を現したのが見えた。

 

坊や(ブービ)

 

 パンツァーファウスト3の準備をしながら、クランが冷静な声で言った。

 

「ウォルコットさんたちに緊急連絡。”敵の戦車が襲来。反撃しつつ撤退する”」

 

「や、了解(ヤヴォール)」

 

 くそったれ、敵は戦車まで持っていやがるのか……………!

 

 息を呑みながら、俺は窓の外で戦車砲をこちらへと向けるレオパルト2を睨みつけていた。

 

 

 


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