異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ノエルVSアレクセイ

 

 

 ノエル・ハヤカワが両親やリキヤから訓練を受けた期間は非常に短い。時間だけで言うならば、明らかに”訓練不足”と言わざるを得ないほどで、普通ならば絶対に実戦には出撃させられないほどである。

 

 しかし彼女が1ヶ月足らずの訓練を受けただけでカルガニスタンへと送られ、テンプル騎士団の戦力となることができたのは、キメラとして覚醒した彼女の持つ素質と、短期間の訓練で両親から暗殺や隠密行動のノウハウを吸収できるほどの、学習能力の早さが理由と言える。

 

 欠点を言うならば経験があまりにも少なすぎる事。しかしそれに目を瞑れば、ノエルはまさに才能の塊と言えた。

 

 もう既に吸血鬼と交戦した経験のある両親から、吸血鬼の恐ろしさについて何度も教えられている。人間を圧倒する身体能力と驚異的な再生能力を併せ持ち、古来から人々を震え上がらせてきた怪物たち。どんな剣で切り裂かれても再生し、火だるまになっても元通りになってしまう怪物たちを倒すには、彼らの弱点を活用するしかない。

 

 迎撃前に飲み込んだ水銀の重みが徐々に薄れていくのを感じながら、ノエルは走り出した。彼女が飲み込んだ水銀が吸収され、体内にある糸を生成する臓器の中で水銀性の糸へと再構築されている証拠である。

 

 水銀もれっきとした吸血鬼の弱点の中の1つ。それゆえにそんな糸で切断されれば、再生能力の高い個体でない限り、肉体を再生させることは不可能になる。

 

 もう既に相手の吸血鬼は奇襲で片腕を失っている。しかも片腕を失ったのは弱点である銀の糸による切断。だからその傷を再生させることは、レリエル・クロフォードのような強力な吸血鬼でもない限り不可能だ。

 

 相手の戦闘力は削がれた状態。しかしノエルが先に動いたのはそれをチャンスだからと思ったからではなく――――――――吸血鬼という種族の気質を考えた結果であった。

 

 基本的に彼らはプライドが高く、傷口の再生ができないほかの種族たちを見下している者が多い。つまり吸血鬼から見れば、人類だけでなくキメラまでもが”格下”なのである。そんな格下の相手に片腕を切断されたという事実は、吸血鬼を激昂させる原因になるのは明らかだ。

 

 しかもその格下の相手が、自分よりもはるかに年下の14歳の少女で、しかも彼女の種族はまだまだ歴史が浅い上に個体数も少ないキメラ。更にそのキメラは、彼らの王であるレリエル・クロフォードを葬った怨敵なのである。

 

 ノエルがキメラであるという事には気づいていないようだが、その2つの理由だけでも彼らを激昂させるには十分であった。そう、ノエルは一番最初に吸血鬼の反撃を受けることを回避するために先に動き、可能ならば攻撃される前に止めを刺そうとしたのである。

 

 だが、片腕を失ったアレクセイが右腕を突き出し、手のひらの前に紫色の魔法陣を展開し始めたことに気付いたノエルは、それを形成する速度と詠唱の早さが予想以上だったことに気付き、すぐに追撃を断念して右へと回避していた。

 

「ダークネス・ニードル!」

 

「きゃっ!?」

 

 ダークネス・ニードルは、闇属性の中でも初歩的な魔術と言われている。あらゆる魔術師が一番最初に習得する闇属性の魔術と言われており、魔法陣から数発の闇属性の棘を生成し、それを瞬時に加圧して射出する攻撃だ。極めて単純な魔術であるものの、弾速が速いため狙撃に用いられることも多い。

 

 しかしアレクセイは狙撃ではなく、その弾速の速さを生かしたカウンターとして放ったのだった。こちらが吸血鬼だという事を知っているならば、片腕を失って戦闘力が削がれている段階で決着をつけようとする筈である。そして手にしている得物がナイフであったことから、アレクセイはこちらが態勢を整える前にあの小娘(ノエル)が接近戦を仕掛けてくると判断し、弾速の速い魔術での迎撃を選択したのだ。

 

 あえて初歩的な魔術を選んだのは、発動させるまでの時間が短いことが理由である。とにかく素早く攻撃できる魔術で確実に仕留めようとしたアレクセイであったが、彼の放った闇属性の棘たちはノエルの肉体を貫くことはできなかった。彼女に躱され、工場の排煙の臭いが染みついた路地の中へと消えていく。

 

 そして――――――――いつの間にか、ノエルの姿も消えていた。

 

「!?」

 

 彼女が回避した筈の方向を確認しても、真っ黒な制服に身を包んだ黒髪の少女の姿はない。

 

 目の前にいた少女に片腕を切断されたにもかかわらず、アレクセイは一瞬だけ、あの少女は幻だったのかと思ってしまうほどだった。しかし左腕の断面から襲い掛かってくる激痛を感じる度に、その馬鹿げた仮説が崩壊していく。

 

 あんな幼い少女に、優れた種族である筈の自分が片腕を切断されたという事実が、再びアレクセイの中に憎悪を生み出した。

 

「クソガキがぁ……………!」

 

 もし逃げたのならば、体内の魔力の反応で探し出すことはできる。それに吸血鬼の発達した聴覚野嗅覚をフル活用すれば、自分の腕を切り落としたとはいえまだ幼い少女を見つけ出すことは容易い。追撃する方法はまだあるのだから、幻を見たという仮説を信じてしまうのは愚の骨頂である。

 

 左腕を失ってしまったとはいえ、まだ身体能力ではこちらの方が上だと信じているアレクセイは、闇属性の魔力で形成した漆黒のサーベルを右手に持つと、今しがたノエルが回避していった方向へと向けて走り出した。

 

 そして――――――――まんまとノエルが仕掛けた罠(トラップ)に引っかかる羽目になった。

 

 ぷちん、と細い糸のようなものを千切ったような音が、右足の脛の辺りから聞こえてきた。その音が聞こえてくる直前に感じたのは、かなり細い何かが右足の脛に軽く食い込んだ感触。それを感じた瞬間、アレクセイは肝を冷やした。冷静さを失ったせいでまたしても小娘の仕掛けた罠にかかり、今度は右足を切断されるのではないかと考えた。しかしその感触はすぐに消え去り、彼の右足は切断されずに済んだ。

 

 しかしその感触は――――――――罠が発動するという予兆でしかなかった。

 

「!?」

 

 突然、彼の左側に置かれていた樽の群れの中にさりげなく置かれていた金属製の小さな何かが膨れ上がったかと思うと、爆風と共に無数の小さな銀の球体をばら撒いたのである。それの正体は回避して走り去っていったノエルが、吸血鬼の追撃を予測して素早く設置していったクレイモア地雷であった。

 

 内包されていた小さな鉄球は、対吸血鬼用に銀製の物に変更されている。至近距離でそんな攻撃を喰らう羽目になったアレクセイは銀の球体に左腕の傷口を抉られながら、爆風で反対側にある廃墟の壁に叩きつけられる羽目になった。

 

「ガッ――――――!?」

 

 よりにもよって左腕の傷口に、まとめて数発の銀の球体が食い込んだ。激痛がさらに膨れ上がり、それに耐えられなくなったアレクセイは起き上がりながら絶叫していた。

 

「無様ね、吸血鬼(ヴァンパイア)」

 

「き、貴様ぁ……………!」

 

 そして絶叫していたアレクセイを見下ろしていたのは、彼から片腕を奪った挙句、罠で追撃した14歳の少女である。自分よりも劣っている筈の種族に見下されているというこの状況はさらにアレクセイを激昂させたが、たった2回の攻撃とはいえ致命傷を負っている彼の身体にまで、アレクセイの感じている怒りは伝播しなかった。彼を襲っている激痛と、他にも罠が仕掛けてある可能性があるという恐怖が彼の怒りを希釈しているのである。

 

 辛うじて起き上がったアレクセイだったが、銀の球体が食い込んでいたのは左腕の傷口だけではなかった。左足の脹脛や脇腹にも命中しており、立ち上がった瞬間によろめいてしまう。

 

「ところで、私たちの仲間のセーフ・ハウスを壊滅させたのはあなた?」

 

「なに…………?」

 

 ジャックナイフのグリップを握り締めながら問いかけるノエルも、アレクセイと同じように怒りを感じていた。

 

 ほとんど話すことはなかったとはいえ、自分の叔父の会社から派遣された仲間が殺されたのである。アレクセイは自分のプライドを汚された個人的な怒りだが、ノエルが感じている怒りは彼の怒りとはレベルが違う。どれだけアレクセイが激昂しても、ノエルの感じている怒りには届かない。

 

「ふん……………あの人間どもか」

 

「ああ、そう」

 

 ため息をついたノエルは、銀の刃が装着されているジャックナイフをくるりと回した。タクヤの持つナイフと比べるとかなり細身で華奢な銀色の刀身が、微かな夜景の光で煌き、夜に支配されたスラム街の一角で小さな三日月を映し出す。

 

 その瞬間、アレクセイの右足に風穴が開いた。

 

 銃声は聞こえない。弾丸が着弾した瞬間の衝撃と、その風穴が開けられたという激痛だけがアレクセイへとプレゼントされる。

 

 しかも着弾したのは、右足の膝である。強力な種族とはいえ防御力そのものは人間と変わらない吸血鬼の肉体は、突然飛来した1発のライフル弾をあっさりと受け入れ、膝の骨の粉砕を許してしまう。

 

「うぐぅっ……………!?」

 

「なら、苦しめて殺さないとね」

 

 いきなり片足を撃ち抜かれ、ノエルに拘束された時のように地面に倒れる羽目になったアレクセイを見下ろしながらノエルが告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今しがたの狙撃の正体は、交戦しているノエルの後方にある荷馬車の荷台の上に隠れ、暗視スコープを装着したマークスマンライフルを構える坊や(ブービ)の狙撃であった。

 

 シュタージのメンバーの中でも狙撃や砲撃を得意とする彼の本職は、あくまでも”選抜射手(マークスマン)”である。しかし場合によってはボルトアクション式のスナイパーライフルや対物(アンチマテリアル)ライフルを使用し、遠距離狙撃までやり遂げてしまうスペシャリストでもある。

 

 彼がこの潜入の最中に戦闘となった際に使用するメインアームとして装備していたのは、ドイツ製アサルトライフルの『XM8』をベースに、狙撃できるように改造を施された『XM8シャープシューター』と呼ばれる代物であった。

 

 命中精度ではスナイパーライフルには及ばないものの、ベースとなった銃がアサルトライフルであるため使い勝手が非常に良く、更にセミオートマチック式であるために連射し易いという利点を持つ。使用する弾薬は少しでも殺傷力を上げるため、大口径の6.8mm弾を使用している。

 

 サプレッサーが装着された銃口から放たれた一撃は、いつも彼が放つ砲弾のように正確にアレクセイの膝を撃ち抜いたのであった。

 

 暗視スコープのカーソルの向こうで、糸を自由自在に操る少女がくるりとジャックナイフを回転させる。それを確認した坊や(ブービ)はアレクセイの右腕に照準を合わせると、トリガーを引いた。

 

 ノエルがナイフを回せば、撃つ。彼女が迎撃に向かう途中に指示された合図である。もちろんいつでも彼女が狙撃を命令できるとは限らないので、そう言った場合は臨機応変に狙撃する必要がある。

 

 弾丸はアレクセイの右腕の肘に命中し、皮膚を容易く貫通して骨を砕いた。6.8mm弾はもちろん対吸血鬼用の銀製で、命中すれば強力な吸血鬼から血を分けてもらわない限り、再生することはありえない。

 

 スコープの向こうの吸血鬼が再生しないことを確認した坊や(ブービ)は、レリエル・クロフォードのような強力な吸血鬼と戦う羽目にならなかったことに安心しながら、ノエルの次の指示を待つことにした。

 

 かつてモリガンの傭兵たちは、たった2人の吸血鬼にすべてのメンバーで戦いを挑み、全員殺されかけたという。もちろん吸血鬼たちも大きなダメージを負ったというが、あのモリガンの傭兵たちを追い詰めるほどの吸血鬼が目の前に現れたら、シュタージどころかテンプル騎士団でも勝ち目はない。

 

(あいつは下っ端だな)

 

 下っ端とはいえ、油断は禁物だ。吸血鬼の身体能力は下っ端でも常人以上で、転生者に匹敵するレベルなのだから。

 

 次の瞬間、ノエルがナイフで切り裂こうとしていた吸血鬼が笑ったかと思うと、彼の肉体が一気に崩れ落ち、真っ黒な欠片となって天空へと舞い上がった。まるで花畑から飛び去っていく蝶の群れのようにも見えるそれにカーソルを合わせてズームした坊や(ブービ)は、その塊の正体を理解して息を呑んだ。

 

 舞い上がったのは、無数の蝙蝠だったのである。真っ黒な蝙蝠の群れが群がったまま、夜空へと舞い上がったのだ。

 

 あれも吸血鬼の能力の1つだという。肉体を蝙蝠の群れに変異させることで飛び去り、そのまま攻撃を仕掛けることもできるのだ。

 

 咄嗟に銃口を空へと向けた坊や(ブービ)だったが、飛び去る蝙蝠の群れはノエルを攻撃しようとしているのではなく、そのまま彼女から逃げようとしているように見えた。攻撃するならばもっと分散し、複数の方向から同時に攻撃する筈である。しかし吸血鬼の肉体を構成していた蝙蝠の群れは密集したまま、狙撃されないように遮蔽物の陰へと匠に隠れながら、向こうにある通りの方へと逃げようとしている。

 

「ノエルちゃん、追える?」

 

『任せて』

 

 彼女は蝙蝠を見上げながらそう言うと、近くにあった建物の壁を上り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く、くそ……………」

 

 右足を引きずり、肘を粉砕された右肩を路地の壁にこすりつけながら、アレクセイはホワイト・クロックのある方向へと向けて逃走していた。

 

 途中で狙撃してきた仲間の場所は分からないが、吸血鬼であるアレクセイにこれほどの傷を負わせた2人の事を考えると、彼の中がまたしても濃密な憤怒で満たされていく。だが、やはりその怒りは肉体にまでは伝播しない。もし仮にまだ無傷であったならば、彼は今すぐに引き返してノエルを追撃していたことだろう。

 

 彼女たちへの怒りを感じていたアレクセイだったが、あのまま戦いを続ければ殺されるのは明白だった。吸血鬼には強力な身体能力と再生能力があるとはいえ、昔から人間たちは吸血鬼の弱点を有効活用して善戦していた。そう、彼らは吸血鬼と戦うための”準備”をしていたのである。

 

 だからこそ、勝つには準備が必要だと考えたのだ。プライドを滅茶苦茶にされた怒りはその時にぶつければいいのだから。

 

 しかし―――――――彼女たちは、アレクセイを逃がしてはくれなかった。

 

「―――――――どこに行くつもり?」

 

 もう少しで路地から抜け出せると思ったその時、路地の出口でハンドガンを手にしながら待ち構えていた少女が姿を現した。サプレッサーが装着されたPL-14を傷だらけのアレクセイに向けている少女は、彼が憎悪を叩きつけるべき敵の1人である。しかし、今は太刀打ちできないのは明白だった。

 

 片腕を失い、片足もほとんど動かない。右腕まで使い物にならなくなってしまったのだから、身体能力も生かせない。このままでは銀の弾丸で嬲り殺しにされるのが関の山である。

 

 後ろへと引き返そうと思ったアレクセイであったが、彼の背後にはもう既に、幾重にも水銀の糸が張られていた。そのまま走って突っ込めば瞬く間に八つ裂きにされてしまうほどの数の糸が、びっしりと配置されているのである。

 

「ははははははっ……………」

 

 もう逃げられないと思った瞬間、今まで怒りの伝播を阻んでいた痛みが―――――――消えた。

 

 そしてホワイト・クロックまで撤退しようと思っていた考えも、同じように消えた。

 

 今ここで一致報いるべきだという考えが、アレクセイの中で急激に膨れ上がる。あんな小娘に無様に敗北した事を仲間に笑われるよりも、ここで最後の攻撃を仕掛けるべきだと、彼は考え始めていた。

 

 PL-14を向けていたノエルも、アレクセイがニヤリと笑ったことに違和感を感じていた。今まで本拠地まで撤退しようとしていたというのに、まるで逃げることを諦めたかのように笑ったのである。

 

 背後を弱点の銀の糸で塞がれ、しかも目の前にはキメラの少女がいる。手足の負傷のせいでまた蝙蝠になって逃げることもできないし、壁を飛び越えることもできない。

 

 四面楚歌だ。このような状況でプライドの高い吸血鬼が選ぶ選択肢は――――――――最後に、ノエルに攻撃を仕掛ける事しかありえない。

 

 彼女が身構えると同時に、アレクセイが最後の力を振り絞って突進し始めた。膝の骨を木っ端微塵に粉砕されているため、走れない筈だと思い込んでいたノエルは、”走った”というよりも、残った左足に力を込め、驚異的な脚力で”飛んだ”ようにも見えるアレクセイの高速移動に対応できなかった。

 

「ッ!」

 

 慌ててPL-14のトリガーを連続で引くが、銀の弾丸はアレクセイの肩や脇腹を掠めて皮膚を軽く抉る程度で、全く致命傷を与えることができない。

 

 頭に叩き込もうと照準を合わせたノエルだったが、彼女がトリガーを引くよりも先に――――――――アレクセイが、ノエルの首筋に牙を突き立てていた。

 

 母親であるミラと同じく、エルフだと間違えられるほど白いノエルの首筋に、吸血鬼の象徴である鋭い牙が突き刺さる。外殻で防御していれば牙を弾くことはできた筈だが、急接近してきた吸血鬼をハンドガンで狙っていたノエルに、外殻を硬化させる余裕がなかったのだ。

 

 あとはこの少女が動かなくなるまで血を吸い続ければいい。苦しめて殺すことはできなくなってしまうが、アレクセイに致命傷を与えた報復にはなる。

 

 だが――――――――彼女の血を吸おうとしたアレクセイは、ノエルの持つ強力な能力のことを知らなかった。もし彼女と戦う前にその能力の事を知っていたら、もう少し距離を取って戦っていたことだろう。しかし彼はよりにもよって最後の攻撃に接近戦を選択し、しかも彼女に噛みついてしまった。

 

 2人は同時に、ニヤリと笑っていた。

 

 アレクセイは勝利したと思い込んで笑っている。しかし本当に勝利していたのは―――――――ノエルの方だった。

 

「―――――――さようなら、吸血鬼(ヴァンパイア)」

 

「…………?」

 

 なぜ別れを告げるのかと思ったアレクセイだったが、彼はそのまま容赦なく血を吸いつくそうとした。10秒足らずで少女の血を吸いつくしてしまえば、この忌々しい敵と別れることができるのである。

 

 だが――――――――彼の身体は、動かなかった。

 

「……………!?」

 

 血を吸おうとしているのに、吸えない。

 

 彼女に突き立てていた筈の牙がゆっくりと首筋から離れていき、ついに血を一滴も吸う前に引き抜かれてしまう。アレクセイは必死に再び牙を突き立てようとするが、焦燥感の中でもがく彼が発する命令を、ボロボロになった彼の身体がことごとく拒否してしまう。

 

「な、なんだ、これは……………!?」

 

「第二世代以降のキメラにはね、特別な能力があるの」

 

「き、キメラ……………!? お前、まさか――――――――」

 

 驚愕する吸血鬼に向かって、ノエルはニヤリと笑ったまま片腕をゆっくりと硬化させた。真っ白だった彼女の皮膚を包み込んでいくのは、まるでジョウロウグモを彷彿とさせる禍々しい模様の、昆虫のような外殻だ。

 

 キングアラクネとハーフエルフの遺伝子を併せ持つ、4人目のキメラである。

 

「まあ、追い詰められないと発動しないみたいなんだけどね。それに試してみたかったし、使わせてもらったわ」

 

「こ、小娘が……………ッ!」

 

 右腕がぶるぶると震え始めたかと思うと、骨が粉砕されているにもかかわらず、痙攣しながら真っ直ぐに伸び始める。まるで目の前の少女と握手しようとしているようにも見える光景だが、ノエルは握手を返さず―――――――代わりに、銀の銃弾が装填されているPL-14を手渡した。

 

「私の能力はね……………”私の身体に触れた敵を、強制的に自殺させる”ことができるの」

 

「!?」

 

 それが、ノエルが手にした”キメラ・アビリティ”であった。

 

 彼女の身体に触れた敵を、強制的に自殺させてしまうという恐ろしい能力である。ノエルが武器を手にして標的を殺そうとしなくても、標的の身体に触れて命令するだけで、彼女に命令された標的は自分を殺してしまう。

 

 だから凶器は必要ない。そして、ノエルも手を下す必要はない。標的が自殺したように見せかけつつ、速やかに立ち去ることができるのだ。しかも相手に何かしらの耐性があった場合は、確実にその標的を殺せるような”死に方”が自動的に選択され、その自殺が実行されるようになっている。

 

 例えば吸血鬼の場合は、普通にナイフを自分に突き立てても死なない。しかし彼女に命令された場合は、自分で銀のナイフを探し出してそれを握り、心臓に突き立てて自殺してしまうのである。

 

 それゆえに、実質的にこの命令を拒むことは不可能だ。だからノエルがその気になれば、リキヤやタクヤもこの命令で自殺させてしまうことが可能なのである。

 

「私は、この能力を『自殺命令(アポトーシス)』って呼んでるの」

 

「な、なんだと……………!?」

 

 彼女からPL-14を受け取ったアレクセイの右手が、サプレッサーを彼のこめかみに向けてから制止した。傍から見れば、拳銃で自殺しようとしている男を幼い少女が見守っているようにも見えてしまう。しかしその死のうとしている男の意志は、完全に少女の発した命令によって無視されていた。

 

 やがて親指がトリガーに触れる。アレクセイは目を見開きながらノエルを見つめるが、彼女は微笑んだまま彼が銃弾で自分の頭を撃ち抜こうとしている光景を見守るだけであった。

 

「た、たす――――――――」

 

 親指がトリガーを引いた瞬間、PL-14のスライドがブローバックした。小さな薬莢がそこから吐き出され、銀の弾丸が薬室から解き放たれる。

 

 路地の地面に転がり落ちる薬莢が金属音を奏でる。その直後に聞こえてきたのは、頭を銃弾に撃ち抜かれた男が、舗装された地面の上に崩れ落ちる音だった。

 

 

 

 


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