異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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帝都サン・クヴァント

 

 

 ヴリシア帝国は、オルトバルカ王国から見て西側に位置する巨大な島国である。

 

 この産業革命という大爆発が起こり、その〝爆心地”となったオルトバルカ王国が『世界の工場』と呼ばれ、他国を一時的に大きく突き放した時も、以前からライバルだったこの国は世界の向上に追いすがろうとしたという。どうやらこの国は、大昔からプライドの高い国らしい。

 

 今ではフィオナ機関のライセンス生産も許され、自分たちがライバルだと思っていた大国から技術を輸入し、彼らの技術―――――――正確に言うなら、フィオナという技術者の技術だ――――――――で生み出された機械を製造する。今ではその技術をベースにして発展を続けているが、未だにオルトバルカ王国には差を付けられたままという状況だ。大昔にこの異世界の公用語がライバルだと思っていたオルトバルカの言葉に決まって苦汁を味わうことになったのは想像に難くないけど、あの産業革命は彼らにとって、第二の苦汁になったに違いない。もし目の前にオルトバルカ人がいたら殴りかかってしまうほどの怒りを国民の1人1人が内包していると思うと、俺はつい周囲の人々をちらちらと見てしまう。

 

 とはいえ、大勢の通行人や商人でにぎわう大通りを見る限りでは、それほどオルトバルカへの敵意を剥き出しにしているようには見えなかった。まあ、オルトバルカの国籍になっている俺たちでも入国を許されたわけだし、当たり前だな。

 

 ちなみにこの世界にはパスポートが存在しない。国によって入国のルールは様々で、中には国境警備隊の騎士に一声かけるだけで入国させてもらえる場合もあるという。ヴリシア帝国もそれほど厳しくなく、入国の目的と簡単なボディチェックだけで済んだ。

 

ヴリシア帝国はかなり歴史のある大国だが、最も有名なのはこの国が一部の人々からは〝吸血鬼の国”と言われている事だろう。

 

 かつて伝説の吸血鬼と言われたレリエル・クロフォードが世界を支配した際に本拠地にしたのが、このサン・クヴァント。そしてそのレリエルが大天使との戦いに敗れて封印されたのも、この国の中にあるダンジョンに指定されている洋館だという。帝国の中でもいまだに危険度の高い場所で、調査に向かった冒険者の多くが命を落としている場所らしく、最近では挑もうとする冒険者の数が凄まじい勢いで減っているらしい。

 

 多くのおとぎ話や絵本の題材にされているレリエル。しかし今から21年前、タクヤ(ドラッヘ)の実の父であるタクヤ・ハヤカワがモリガンの仲間を率いて、この帝都で復活したレリエルと死闘を繰り広げたという話も非常に有名である。その際にこの街のほとんどは破壊され、帝都のシンボルともいえる『ホワイト・クロック』と呼ばれる純白の巨大な時計塔も倒壊したという。しかも倒壊させたのはレリエルで、ただ両腕の腕力だけで押し倒したという記録まで残っているんだが、あんな巨大な時計塔を腕力だけで押し倒すのは無理だろう。さすがにそれは誇張だと思う。

 

 ちなみに、そのモリガンとレリエルの死闘は早くもマンガの題材にされている。この前本屋でそのマンガを見つけたから、面白半分で購入してタクヤの奴に見せてやったんだが、「親父から聞いた話と全然違う」って言いながら苦笑いしてた。まあ、表紙に描かれているモリガンの傭兵たちが持っているのは銃ではなくクロスボウになってるし、主人公とヒロインが金髪の美少年と美少女になってたからな。タクヤが言うには、実際はその時の親父は黒髪で、母の髪の色は蒼らしい。

 

 本人たちが見たらどう思うのだろうかと思っていると、隣を歩いているクランが俺の手を握り始めた。そのまま俺の近くへと寄ってくると、今度はしっかりと両手で俺の手を握り、嬉しそうに微笑み始める。

 

 普段の彼女は大人びているけれど、こういう時は無邪気だ。きっとこういう笑顔を浮かべている時が本来のクランなのかもしれないなと思いつつ、彼女の頭をそっと撫でた。

 

「羨ましいですねぇ」

 

「俺も彼女欲しいなぁ」

 

「うるせえぞガスマスクとショタ野郎」

 

「あぁ!?」

 

「ガスマスクじゃダメなんですか!? カッコいいじゃないですか! ねえ、ノエルちゃん!!」

 

「えっ? え、えっと……………うぅ」

 

 おい、木村。ノエルを困らせるな。

 

 木村に問いかけられて困ってしまうノエル。彼女は活発な性格になったとはいえ、シュタージに入隊することになってからまだ日が浅い。だからまだこっちのメンバーには馴染めていないようだ。

 

 話しかけて馴染ませようとする努力は問題ないが、もう少し優しくしてやれよ、バカ。タクヤに粛清されるぞ。

 

「あはははっ。大丈夫だよ、ノエルちゃん。こいつバカだから気にしなくていいよ」

 

「ば、バカなの……………?」

 

「ちょっと、坊や(ブービ)ぃぃぃぃぃぃぃ!? 仲間を売らないでください!!」

 

 騒がしいな、こいつら。仲の良い若者の集団に見せかけるための演技なら問題ないが、俺たちは敵の本拠地に潜入してるんだから、もう少し目立たないようにする気配りをしてほしい。俺たちは諜報部隊(シュタージ)なんだから。

 

「そういえば、今夜の宿屋はどこだったかしら?」

 

 すると、唐突に俺の手を握っていたクランが冷静な声で呟いた。きっと彼女は拠点にする場所のことを俺に聞いているんだろう。さすがに四六時中街の中を歩き回るわけにはいかないし、宿屋やホテルを拠点にすると記録が残ってしまう。

 

 幸いこの街には労働者が多く、そういった労働者向けの貸家やアパートが乱立している状態だ。もう既にモリガン・カンパニーの諜報部隊が労働者の一団を装い、その中で使用されていないような空き家を調査していたという。俺たちにもそのうちの数ヵ所が割り当てられることになっており、諜報活動の拠点はそこになる。

 

 もう既に本拠にする場所とセーフ・ハウスに利用する場所は決めてある。俺たちの今の格好は労働者なので、会話の中では〝拠点”ではなく〝宿”という隠語を使って誤魔化すのも大切だ。前世の世界では軍人の娘だったクランはちゃんと隠語を使って誤魔化している。

 

「結構安い宿だな。第一候補はここで……………ほかの候補はこんな感じ」

 

「あら、ありがと」

 

 ちらりと地図を見せて確認させ、地図をすぐに鞄の中に戻す。

 

 俺たちが拠点にするのは、帝都の北西部に広がるスラムの近くの廃墟。元々は労働者向けのアパートになる予定だったらしいが、スラムに近いために治安が悪くなることが予測されることと、もっと向上に近い地域に空き地ができたのでそちらに新しいアパートを作る計画に変更されたために、半分ほど建築されたまま放置されている廃墟だ。幸い部屋はいくつか出来上がっているらしく、少なくとも雨はしのげそうである。

 

 今しがた彼女に説明した〝第一候補”が基本的な拠点。〝その他の候補”が敵の反撃で拠点が使えなくなった際に逃げ込むセーフ・ハウスとなる。どちらにももう既にモリガン・カンパニーの諜報部隊が物資を用意してくれているそうなので、こっちが用意するものは護身用の武器とある程度の機材だけでいい。

 

 ひとまず、情報収集だ。とはいえこのように5人でまとまっていると効率が悪いので、ひとまず拠点に向かってから役割分担を決めよう。実際に外で情報収集に当たるメンバーと、拠点に残ってサポートするメンバーの分担も必要だ。それに、場合によってはこっちの潜入に感付いた奴らを消す必要がある。

 

 サプレッサー付きのハンドガンとナイフは必需品だな。持ってきてよかったと思いつつ、俺はクランと手をつなぎながら拠点へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吸血鬼の国として有名なヴリシア帝国でも、平日の昼間は労働者たちが慌ただしそうに工場の中で機械を動かし、スコップで大量の石炭を窯の中に放り込んでいる姿は同じだった。俺と同い年くらいの少年も工場の中にいて、石炭や煤で薄汚れたハンチング帽を被りながら必死に石炭を運び、窯の中へと放り込んでから圧力計の値を確認している。

 

 こちらの世界では魔術が実在するため、科学よりもそちらの方が発展した。科学が発展した魔術に追いついてきたのはつい最近で、その発端となったのはモリガンカンパニーの誇る技術者のフィオナ博士だという。

 

 今では魔力を原動力とするフィオナ機関と、俺たちの世界にも存在した蒸気を原動力とする蒸気機関が併用されている場所が多い。タンプル搭のヘリポートも、ハッチの開閉には複数の蒸気機関を使っている。

 

 多くの労働者が賃金のために必死に働く工場から少し離れた場所にはスラム街がある。俺たちの拠点となるのは、その近くに途中まで建設された状態で長年放置されている、作りかけのアパートだ。

 

「随分ボロボロだな」

 

「…………寝袋を持ってきたから、私はベッド無しでも大丈夫よ?」

 

 隣でクランが強がってそう言うけど、彼女も予想以上にボロボロな場所だったことに驚いているようだった。多少ボロボロでもいいからベッドくらいはあるんじゃないかと期待してたんだけど、きっとあの部屋の中はかなり汚れてるんだろうな。スペースもそれほど広くないに違いない。

 

 確かにこれは寝袋が必需品だな。そう思いながら念のため警戒しつつ、建設途中で放置される羽目になったアパートの中へと進んだ。

 

 左手をジーンズのポケットに伸ばしつつ、俺が先頭を歩く。玄関と思われる場所から中へと入り、管理人の部屋として使われる予定だったスペースの前を横切る。壁が何か所か剝がれかけている階段を上りながら、眠っている最中にこのアパートが崩れないだろうなと心配になった。情報収集の最中に敵に反撃されてやられるのはまだ諜報員らしい最期と言えるけど、眠っている最中にボロボロのアパートが崩壊し、全員生き埋めになって戦死することになったら洒落にならない。人生の最後にそんな恥をかいてたまるか。

 

 情報では、2階の西側にまともに使えそうな部屋が残っているという。とはいえこのアパートは2階までしか完成していないので、俺たちがいるこの階が最上階だ。他にも高い建物がたくさんあるから、この廊下の窓から見える景色はまさに最悪。薄汚れた工場の壁や、ゴミが浮かんでいる汚い水路くらいしか見えない。風向きによってはこっちに工場の煙が入ってくる可能性もある。だから木村がガスマスクをつけているのはもしかしたら正解なのかもしれない。

 

 ちらりと後ろを見ると、フードのついたパーカーとジーンズに身を包んだ木村が、「俺が正しかった」と言わんばかりにこっちを見ていた。苦笑いして再び正面を向いた俺は、西側にあるドアの前へと素早く進む。

 

 周囲を警戒し、俺たち以外に人の気配がないことを確認。モリガン・カンパニーの諜報部隊が部屋の中で待っている筈だ。

 

 クランに向かって頷いてから、俺はドアをノックした。数日前に雨が降ったのか、塗装すらされていないドアの表面は湿っていて、それほど大きな音はしなかった。

 

 こんなところを訪れる際、律儀にノックをするのは仲間くらいだろう。スラムに救うならず者なら律儀にノックするようなことはない。いきなりドアを蹴破るか、鍵を開けて入り込むかのどちらかだ。けれども敵と味方を判別するためにもこういったことは必要だし、味方に蜂の巣にされて棺桶に詰め込まれ、その味方にまで誤射(フレンドリー・ファイア)という重罪を押し付けるのは好ましくない。

 

 ノックしつつ、あらかじめ決められていた合言葉を思い出す。

 

『――――――――ここはどこだ?』

 

「スターリングラードだ、同志」

 

『……………入れ』

 

 タクヤの親父もロシア系の兵器が好きなミリオタらしい。苦笑いしながらドアを開けると、予想していた通りの光景が目の前に鎮座していた。

 

 壁紙すら張られていない、「部屋」というよりは板を束ねた壁で仕切られただけの空間。家具も置かれていないし、窓には無造作に大きさもバラバラの板が釘で打ち付けられ、まるで独房の鉄格子のようになってその光景を遮っている。もちろんベッドすら置かれていないしテーブルもないから、眠るときは寝袋を使うしかないだろう。幸いその辺に木材の余ったものが散乱しているから、釘さえ見つけることができれば簡単なテーブルは自作できそうだ。

 

 そんな部屋の中で俺たちを待っていたのは、大通りを歩いていた労働者たちと似たような私服に身を包んだ数名の男たちだった。工場で蒸気機関のメンテナンスをしていたり、窯の中にスコップで石炭を放り込んでいる姿を見れば、その辺の労働者と見分けがつかないだろう。諜報部隊は目立ってな張らないという鉄則を忠実に守っている。

 

「たった5人か?」

 

 真ん中に立っていた男が、いきなりそう尋ねた。

 

「ええ、5名よ。転生者が4人とキメラが1人ね」

 

「……………全員子供じゃないか」

 

 ああ、子供だ。しかも本格的な諜報活動はこれが初めてである。だから彼らから見れば、俺たちは経験が少ないだけでなく、見た目までまさに〝新兵”というわけである。

 

 それに対して向こうは、モリガン・カンパニーが発足した頃に結成され、オルトバルカという世界の工場の舞台裏で暗躍を続けてきた諜報部隊。こちらとは正反対のベテランというわけだ。これから始まる大規模な侵攻作戦を左右しかねない重要な諜報作戦に投入された精鋭部隊が、こんな子供ばかりの部隊で失望する気持ちも分かる。

 

 けれども、あまり舐めないでもらいたい。こうやって潜入するのは初めてだが、こっちは今まで経験したあらゆる死闘で生き残ってきたんだ。

 

「今のうちに帰った方がいいぜ、ガキども。怖い吸血鬼に血を吸われたくなかったらな」

 

「よせ、ジョセフ。彼らも我らの同志だ。仕事はしてもらう」

 

 隊長と思われる男の後ろでランタンを弄っていた男にそう言った隊長は、もう一度こっちを見てからかぶっていたハンチング帽をそっと取った。

 

「諜報部隊を率いる、『ブレンダン・ウォルコット』だ。よろしく」

 

「シュタージを率いるクラウディア・ルーデンシュタインです。ちゃんと仕事はしますよ、ミスター・ウォルコット」

 

「そうしていただけるとありがたい。吸血鬼(ヴァンパイア)共の餌になるのはごめんだからな」

 

 今度の敵は吸血鬼だ。あの雪山で遭遇した経験はあるが、俺たちは直接戦ったことはない。だから吸血鬼たちの恐ろしさは、仲間たちが教えてくれた情報やこの世界の図鑑でしか知らないのだ。

 

 敵ならば容赦はしない。しかし、テンプル騎士団のメンバーの中にも吸血鬼はいる。自分たちが優れた種族なのだという思想を捨て、他の種族との共存を選んだ穏健派の末裔たちが、俺たちと共にクソ野郎共と戦っている。だからなのか、なんだか複雑な感じがしてしまう。

 

 これは早いうちに捨てておかないとな。躊躇ってる場合じゃない。

 

「早速だが仕事をしてもらうぞ」

 

 ブレンダンはそう言いながら息を吐くと、ハンチング帽をかぶり直した。

 

「俺たちが現地入りしてからすぐに手に入れた情報だ。この街の南部で、吸血鬼に血を吸われて死亡する事件が頻発している」

 

 すると、彼の後ろにいた部下の1人がファイルの中から白黒の写真を数枚取り出した。さすがに俺たちの世界のようにカラーのある写真じゃないけれど、このような写真があると非常に分かりやすい。

 

 写真に写っていたのは吸血鬼に襲われたと思われる被害者の遺体の写真だった。がっちりした体格の労働者や、娼婦と思われる女性が写っていたけれど、全員首筋や肩に牙を突き立てられたような傷跡があるのが特徴だった。

 

 昔から吸血鬼の襲撃は、この牙の痕で見分けるという。彼らが血を吸う手段は牙を突き立てる事なのだから、彼らが〝食事”をすれば必ずこのような痕が残るのだ。

 

「別の凶器を使って偽装された可能性は?」

 

「あり得んな。奴らの牙の痕を再現して偽装したにしては違和感がなさすぎる」

 

 クランが問いかけると、ブレンダンはあっさりと彼女の仮説を否定した。

 

「そこで、お前らには南部の区画に潜伏しつつ情報収集をしてもらいたい。俺たちは街中で労働者になりすましつつ情報収集を続ける」

 

「了解しました。何かあったら連絡をお願いします」

 

「了解(ダー)、同志」

 

 ということは、俺たちも労働者になりすます必要がありそうだ。幸い俺たちの格好は冒険者というよりは労働者だし、そうやって働きつつ客からいろいろと情報を聞き出せば結構な量の情報が集まるに違いない。

 

 俺たちの情報収集が、今後のヴリシア侵攻を左右する。そう、ここで俺たちが手に入れた情報をもとに仲間たちが作戦を立てて部隊を編成し、この島国の帝都まで進撃するのだ。例えるならば、俺たちは彼らを導く案内人。それゆえに誤った道を教えてはならない。

 

 仲間たちを彷徨わせないためにも、正確な情報が必要だ。だからミスは許されないし、敵に捕まってこちらの情報を漏らすわけにもいかない。

 

 息を呑んだ俺は、拳を握り締めた。

 

 

 

 


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