異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
左から姿を現し、1秒足らずでキャノピーの右端へと消えていく蒼空たち。操縦桿を思い切り引き、PAK-FAを急旋回させながらちらりと後方を睨みつける。
エンジンノズルが吐き出す炎と陽炎の向こうには、白煙を蒼空に刻み付けながら急接近してくる2発のミサイル。それをぶっ放しやがったケーターの白いF-22はもう既に発射した位置から移動しており、残った最後の矛(ミサイル)を放つタイミングを伺っている。
うかつに回避を繰り返していれば、こっちが回避を終えた瞬間にミサイルをぶっ放される可能性が高い。向こうのミサイルの残りは3発で、おそらくこの2発のミサイルはほぼ同じ距離で発射されたことと、発射された距離を考えると中距離型の空対空ミサイル。あくまで推測だが、今まであいつがミサイルを発射してきた距離とタイミングを考えると、あいつのウェポン・ベイの中で眠っている最後の1発は短距離型だ。
放つ瞬間に距離を詰め、こっちが回避できる余裕のないタイミングで放ってくるだろう。だからあいつが接近して来たら攻撃が始まる予兆だと思えばいい。
だがそれを予測できる可能性は低いだろう。なぜならば今は、俺を追いかけてくるミサイルの遊び相手をしなければならないのだから。
速度を落として高度を下げつつ、旋回を続ける。もう一度コブラからの急激な方向転換でもやってやろうかと思ったが、ミサイルとの距離が思ったよりも近すぎる。ただでさえコブラを使えば機体が急激に失速する羽目になるのだから、機首を真上へと向けている最中にミサイルの餌食だ。仮に直撃しなくてもミサイルには近接信管と呼ばれる代物が搭載されており、近距離までミサイルに接近されればそのミサイルが近接信管によって起爆し、爆風で木っ端微塵にされる羽目になる。
誘導するミサイルも恐ろしいが、その近接信管も恐ろしい。
けれども、俺はまだフレアを温存している。ここで使ってしまうのもいいだろう。どの道ケーターにはあの2発のミサイルを含め、3発のミサイルしか残っていないのだから。
回避しきれないと判断した俺は、急旋回しつつ高度を上げ、フレアの発射スイッチを押した。
ミサイルから逃れるために飛び回っていたPAK-FAから、一気に無数の炎の弾が散布される。白煙を纏いながら蒼空の中へと放り投げられた高熱のフレアたちが、蒼と白ばかりの世界の中で輝く。
フレアたちに誘惑され、ミサイルの動きがおかしくなる。俺を追いかけていた2発のミサイルがぐらりと揺れたかと思うと、そのままふらついて横へと逸れていく。
何とか回避できたことを知った俺は、ミサイルに追尾されているという緊張感と恐怖から解放され、安心してため息をついた。やはり一撃必殺のミサイルに追いかけられている最中は本当に緊張してしまう。その緊張感と恐怖の中で冷静に判断し、ミサイルを何とかして回避する方法を瞬時に選ばなければならない。判断を間違えれば、ミサイルとの鬼ごっこがこっちの敗北で終わるだけだ。
息を吸い込もうとした次の瞬間、まだその鬼ごっこが終わっていないことを告げる電子音がコクピットの中を満たし、吸い込みかけていた俺の呼吸を一瞬だけ途切れさせる。
レーダーを見た瞬間、新たなミサイルの反応が映し出されていた。その後方には最後の一撃を放ち終え、ドッグファイトへと移行する準備を整えるF-22の反応がある。
くそったれ、最後の1発か!
フレアを発射し、辛うじてさっきの2発を回避し終えたタイミングでやはりケーターは最後の一撃を放ってきた。しかも今度は近距離型だし、それをぶっ放すにしては近付き過ぎとも言える程の距離であいつはミサイルを発射しやがった!
「このッ……………!」
狡猾な奴だ…………!
操縦桿を右へと倒し、機体を加速させつつ右へと旋回。さらに微妙に高度も落として少しでも複雑な旋回をする。今までは減速しつつ急旋回をしていたから素早く回避できたけど、今は少しでも弾着を遅らせるためと、ミサイルを引き付けるためにあえて加速しながらの旋回を行っている。ミサイルがもう少し接近して来たら減速させ、そこからさらに急旋回して一気に躱すつもりだ。
これを回避できればあいつのミサイルは弾切れ。それに対し、こっちにはまだ4発もミサイルが残っている。
ドッグファイトも悪くないが、俺は賭けをしない主義だ。まあ、今まで結構無茶なことをしているけれども、賭けは嫌いなんだよね。――――――――だから俺も狡猾になる。あいつのドッグファイトには付き合わず、距離を開けた状態でミサイルで嬲り殺しにしてやる。
そのために、まずこのミサイルを回避するんだ。
旋回するPAK-FAの後方から迫る短距離型空対空ミサイル。そしてさらにその後方では、機関砲でこっちを撃墜するために距離を詰め始めるF-22。
そろそろ減速するべきか? そう思いつつ、ちらりとレーダーを見てミサイルとの距離を確認する。
ああ、そろそろ躱してやろう。
この戦いに勝利すればPAK-FAが採用される。敗北すればPAK-FAではなくF-22が採用される。はっきり言うが、これは完全にミリオタの転生者同士の好みの問題だ。傍から見ればバカらしい理由で始まった決闘に過ぎないかもしれない。というか、俺もこの決闘の始まった理由はバカらしいと思っている。
でも―――――――急旋回とミサイルの応酬の中で、俺は奇妙な感覚を感じていた。
お互いに高性能な機体に乗り、この大空の中で一対一の戦いを繰り広げる。この状況でしか感じることのできない奇妙な感覚。緊張や恐怖もあるけれど、この感覚は〝楽しみ”にも似ている。楽しさと開放感などの感覚に加え、攻撃を食らって撃墜されるかもしれないという恐怖が適度に混ざり合った複雑な感覚だ。
もう少しこれを味わってみたい。この空の中で、あの男との決闘を楽しみたい。
あまり俺は一対一の戦いは好みではない。正々堂々と戦うような真似をするくらいならば、どんな汚い手を使っても必ず勝利する。少なくとも殺し合いにおいては間違った話ではないだろうし、汚い手を使っても、勝利すればいい。それを非難する相手は目の前で死体になっているのだから。
だから、母さんが好む一対一の戦いも少しばかり古臭く、くだらないと思っていた。――――――――でも、今のこの感覚はきっと、そういう戦いの中でしか味わえないものなんだろう。
きっと母さんに似た部分なんだろうな。この感覚を〝楽しみたい”と思ってしまうのは。
「ははははっ」
急旋回の準備をしながら、俺は笑っていた。
一撃必殺のミサイルに追われているというのに、どうして笑っているのだろうか。普通ならば回避するために必死になっている筈なのに。
その疑問は消えぬまま―――――――俺が決めた急旋回のタイミングが到来する。
「!」
機体を急激に減速させつつ、大急ぎで機首を更に上へと向ける。上と言っても俺から見れば上だけど、俺を追っているケーターから見れば真横だ。
減速する中で方向を変え、エンジンノズルから炎を吐き出し始めるPAK-FA。後はこのまま無事に加速できれば、ミサイルは俺を追尾することができなくなる。旋回し終えたPAK-FAのエンジンノズルの後方を掠め、歪な白い線を描きながら空へと消えていくだけだ。
案の定、ケーターの放ったミサイルはエンジンノズルの後方を通過し、まだPAK-FAに喰らいつこうと足掻くかのように旋回を続ける。しかし急旋回でもう置き去りにされてしまったそのミサイルはもう俺に喰らいつくことはできない。獲物はもう既に逃げてしまったのだから。
さて、これでケーターはミサイルを使い果たした。こっちはミサイルが残っているから、これで嬲り殺しにできる。
そう思いながらケーターの方へと旋回しようとした俺だったが―――――――キャノピーの外から流れ込んできた紅蓮の閃光と、まるで地面に叩きつけられたかのような激しい衝撃が、PAK-FAもろとも俺を蹂躙する。
「!?」
激震の最中、更に機体の下の方から、ガンッ、と何かが立て続けに激突するような音が聞こえてくる。何が起きたのかと思いつつ操縦桿を握り、いつの間にか大きく揺れていた機体を立て直そうとする。
ちょっと待て、今のは何だ!?
何が起きたのかわからなかった。確かに俺はミサイルを回避し、ケーターに攻撃を仕掛けるために旋回していた最中だった筈だ。どうやらミサイルを喰らったわけではないみたいだし、このまま飛び続けることに支障はないみたいだが、いったい何が起きた?
冷や汗を拭い去りながらレーダーを確認する。ケーターにまだミサイルが残っていたのかと思ったけれども、レーダーに映っているのはケーターのF-22のみ。
そう、俺とケーターしかいない。その事に違和感を感じた瞬間、俺は先ほどの爆発が何だったのかを理解した。
――――――――近接信管だ。
先ほど回避したミサイルとの距離が近過ぎたのだろう。よりにもよって回避したと思ったミサイルが、ちょうどPAK-FAの胴体の下部を通過する瞬間に近接信管によって起爆し、爆風と破片を俺にお見舞いしやがったんだ。
確かにレーダーには、俺を撃墜できなかった哀れなミサイルの反応はない。さっきの爆発は、それしか考えられない。
予想外の痛手になっちまったが、撃墜されなくてよかった。
さて、お返しをしてやるか。
ドッグファイトのために接近していたケーターが、今の一撃で撃墜できなかったことを知って慌てふためく。しかもこちらは飛行に支障が出るほどの損傷があるわけでもない。相変わらずPAK-FAの高い機動性は健在だ。
急旋回を継続していた俺は、すぐにケーターの背後に回り込んだ。彼も慌てて左右へと飛び回るが、もう俺はミサイルのロックオンを始めている。悪いがこっちにはまだミサイルが残ってるんだよ。ちゃんと温存しといたからな!
「―――――――Пока(あばよ)」
ロックオンを終え、ミサイルの発射スイッチを押したその瞬間だった。
まるでひしゃげた金属の板を擦り合わせているような音が、またしても機体の下の方から聞こえてきたのである。もしそれがただの変な音で終わったのならば問題はなかったんだが、先ほどまでは聞いたことのないその音以外にも大問題が発生していた。
なんと――――――――ミサイルが発射されないのである。
「……………!?」
もう一度スイッチを押すが、やはりひしゃげた金属の板を擦り合わせるような音しか聞こえてこない。ミサイルは発射されずに、ボタンを押す度にそんな音が聞こえてくるだけである。
慌ててコクピットにある小さなモニターを見下ろすと―――――――そこには赤い文字で『エラー』と表示されていた。
「エラー!?」
どういうことだ!? さっきの爆発で故障したのか!?
いや、もしかするとあの爆発の衝撃波か破片のせいでウェポン・ベイのハッチが歪み、ミサイルが発射できなくなってしまったのかもしれない。金属の板を擦り合わせたようなあの音は、歪んだウェポン・ベイのハッチが開閉できずに発していた音だった可能性がある。
くそ、よりにもよってミサイルが封じられるとは!
他のミサイルも試してみるが、結果は同じだった。温存しておいたミサイルは全て開かなくなったウェポン・ベイの中で死蔵せざるを得なくなったのだ。
まだ機関砲は健在のようだが、これでケーターの方が有利になってしまった。少なくとも互角ではない。
向こうはミサイルを全て使い果たし、身軽になっている。それに対してこっちは温存しておいたミサイルを4発もぶら下げたままの状態。重量が機体の機動性を大きく左右する空連では、これはただのハンデとしか言いようがない。
しかも技量で互角の相手が乗る高性能のステルス機相手に、こんなハンデがある状態で互角に戦えるわけがない。
なんてこった……………!
ロックオンされていた筈なのに、あいつがいつまでたってもミサイルをぶっ放してこないことに違和感を覚えた俺は、回避するために操縦桿を倒しつつ、ちらりと後ろの方を振り向いた。
こちらを追ってくるPAK-FAだが、様子がおかしい。もうミサイルを撃ってきてもおかしくない距離だというのに、全くミサイルをぶっ放してくる気配がないのだ。何があったのだろうかと思いつつ敵機を見ていると、機体の下部にあるミサイルが収納されたウェポン・ベイのハッチがぶるぶると震えているのが見えた。
何だ? ハッチが開かないのか?
「……………最高だな」
どうやらさっきのミサイルは、タクヤのPAK-FAを撃墜することはできなかったみたいだが、あいつに致命的な損傷を与えてくれたらしい。
爆発の衝撃波と破片のせいでウェポン・ベイのハッチが歪み、開閉できなくなってしまったようだ。あいつはまだ4発もミサイルを温存していたようだが、これで使用不能になったってわけだな。
使えなくなったミサイルを4発もぶら下げたままドッグファイトするつもりか? だとしたらかなり不利だぜ、タクヤ。こっちは世界最強のステルス機なんだからな!
予想外の損傷に混乱している隙に、俺はタクヤの背後に回ることにした。もう武装は機関砲しか残っていない。しかも弾数は200発。これまで撃ち尽くしてしまったら体当たりで敵を落とさなければならない。それまでこの戦いは決着がつかないのだ。
俺が動いたことに気付いたタクヤも動き始めるが、タイミングが見事に遅れている。しかも4発もミサイルをぶら下げたままという状態のせいで、旋回する速度では完全にF-22に負けている。
ハッチが開かないのだから、ミサイルを捨てることもできない。例えるならば重りを付けたまま優秀なランナーと共にマラソンをするようなものだ。
案の定、PAK-FAは身軽になったF-22を振り切ることができなかった。まだタクヤは必死に操縦桿を倒し続けているが、こっちはもう既に機銃の照準をPAK-FAに合わせている。発射スイッチを押せば使用不能になったミサイルもろとも、目の前のPAK-FAを蜂の巣にすることができるだろう。
左へと旋回を続けるPAK-FAの悪足掻きに終止符を打ってやろうとしたその時だった。またしてもPAK-FAが減速したかと思うと、機首を真上へと向け―――――――急激に減速し始めたのである。
「なっ!?」
性懲りもなくコブラかよ!?
そのままPAK-FAの背中に風穴を開けてやろうかと思ったが、いくら何でも近過ぎる。仮に風穴を開けることができたとしても、蜂の巣になったPAK-FAの残骸が俺の顔面に突っ込んでくることになる。
後方に回られることを承知の上で、俺は舌打ちしつつ右へと回避した。真上を向いた状態のPAK-FAがF-22のキャノピーの左側を通過していき、わざと俺に〝置き去り”にされたのを確認してから体勢を立て直し、機首をこっちへと向ける。
タクヤの奴、これを狙ってたのか!
使えなくなったミサイルという重りを積んでいる以上、旋回ではF-22を振り切れない。無理に旋回を続けていれば追いつかれるし、さっきみたいな急旋回を繰り返していれば肝心な機体が限界を迎える。
だから俺が機関砲を叩き込める距離まで接近してくるのを待ち、コブラの減速を利用して俺の後ろに回り込みやがったんだ!
この野郎……………!
拙い、このままじゃこっちが逆に蜂の巣にされる!
「くそったれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
負けてたまるか!
そうだ、負けるわけにはいかない。仲間たちの元に、絶対に勝利して帰るんだ!
みんなに応援してもらったんだ。だから、絶対に勝つ! 仲間たちをこのF-22に乗せてやるためにも、ここで俺があのPAK-FAを撃墜しなければ!
後ろに回り込まれた。だが、まだ終わっていない。まだあいつは機銃を撃っていないし、俺はまだ撃墜されていない。
まだ反撃できる筈だ。ミサイルはもう既に使い果たしたため、残った武装はまだ1発も使っていない機関砲のみ。ああ、こいつで叩き落してやる。そのためにはどうすればいい!?
「――――――――分かったよ」
もう一度――――――――賭ける。
くそったれ、ギャンブルは嫌いなのに一日に二回もかける羽目になるとは。
息を吐きながら、
頭の中に思い浮かべた彼女が微笑んだ瞬間――――――――俺は息を吐き、機体を減速させていた。
ああ、微笑んでくれる筈さ。
彼女のためにも、お前を落とす!
F-22の速度が急激に落ちる。目の前のディスプレイに表示される速度がどんどん減少していき、キャノピーの外の蒼空が静止し始める。
続けて操縦桿を思い切り手前へと引き、F-22の機首を天空へと向ける。
さっきタクヤがやりやがったコブラと同じだ。距離もほぼ近い。今は無防備な状態だが、ここで撃墜するために機関砲をぶっ放せば、蜂の巣にされて炎上するF-22の残骸にタックルされる羽目になる。だから共倒れを防ぐために、タクヤは回避するだろう。
Gに耐えつつ、ちらりとキャノピーの真上を見上げる。俺の後ろで機関砲の発射準備をしていたタクヤのPAK-FAが慌てふためきながら横へと回避し、さっき俺が背後を取られた時と全く同じ動きをする。
どうだ? お返ししてやったぞ、
体勢をすぐに元に戻し、機体を適度に加速させながら照準を合わせる。加速させて距離を詰めてしまえばまたさっきみたいにコブラで回り込まれる可能性があるから、今度はコブラで回り込もうとしても背中を撃ち抜けるように、適度に距離を開けておいた。
これで終わりだ、タクヤ。
機銃の発射スイッチに指を近づけながら、俺は再び目の前を飛ぶPAK-FAを睨みつけた。
「バカな……………!」
俺は、賭けていた。
賭けは嫌いだけど、それしか手段はなかった。だから賭けていた。
重りを搭載した状態で旋回しても、F-22を振り切るのは不可能。だからと言ってさっきみたいな急旋回を繰り返していれば、PAK-FAに負荷をかけ続けることになる。それにもう何度も使っているから、次も使おうとすればケーターに察知されてしまうだろう。
だからさっきのコブラが、最後のチャンスだった。あれで後ろに回り込み、機関砲で穴だらけにしてやるつもりだったのに――――――――ケーターは、またコブラで後ろに回り込みやがったんだ。
もう一回コブラをやろうと思ったが、今度はケーターとの距離が離れている。失速した瞬間に背中を蜂の巣にされてしまうのは想像に難くない。
打つ手はもう、ない。
俺は賭けに負けたのだ。賭けに負けて最後のチャンスを逃し、奴に敗北する。
くそ、みんなをPAK-FAに乗せるって約束したのになぁ……………。
そういえば、お姉ちゃんは無事だろうか? あと数秒でケーターに蜂の巣にされるかもしれないというのに、俺は懲罰部隊に入隊し、ひたすら危険な任務を続けているラウラのことを思い出していた。
ラウラが戻ってきたら何をしようか。とりあえず、どこかに買い物にでも行ってみよう。一日中イチャイチャするのもいいかもしれないけど、ラウラはどっちがいいって言うかな? ああ、そうだ。彼女が返ってきたらいなかった間に何があったのかちゃんと教えてあげないと。
その時に――――――――ケーターとに一騎討ちに勝ったって言えるように、ここで勝たなければ。
くそったれ。何で諦めてるんだ?
「まだだ……………」
そう、まだだ。
息を吐き、キャノピーの正面を睨みつける。今までさんざん無茶なことをしてきた。おそらくこれから仕掛ける攻撃が失敗すれば、本当に俺は敗北する。けれども成功すれば――――――――戻ってきたお姉ちゃんに、胸を張って『決闘に勝った』と報告できる。
これが、この空戦で最後の無茶になる。
操縦桿を握り――――――――攻撃する前に撃たれないことを祈りながら、俺はまた機体を減速させる。
距離が先ほどよりも開いている状態での減速。きっとケーターも、これから俺が何をするつもりなのか読んでいる事だろう。
旋回では勝てないと分かっている。だからそれ以外の方法で背後に回り込もうとする。
続けて、今度は操縦桿を手前に思い切り引く。身体中を外殻で覆って必死に猛烈なGに耐えようとするけれど、それはただの1人のキメラの悪足掻きに過ぎない。重力の力はあっさりと外殻の内側へと潜り込み、蹂躙を始める。
機首が真上を向く。白い雲が点在する蒼空の向こうに、太陽が鎮座している。
普通のコブラならば、後は元の角度に機首を戻すだけだ。でも―――――――――俺はまだ、操縦桿から手を離さない。機種はもう既に天空へと向けられているというのに、まだ操縦桿を引いたままGに耐え続ける。
キャノピーの真上に見えるケーターが、先ほどとは違う動きに動揺しているのが分かる。
先ほどまでと飛んでいる方向は同じだ。しかし俺はその状態のままで機首を真上へと向け、更にそのまま機首を後方へと向けたのである。簡単に言えば、後ろ向きになった挙句逆さまになりながら前に飛んでいる状態である。
このままさらに操縦桿を引き続けて体勢を元に戻せれば、「クルビット」と呼ばれる飛び方になるんだが、俺がやったのはそれの応用だった。
こうすれば旋回する必要はないし、また賭けをする必要もない。
目の前に、逆さまになったF-22――――――――逆さまになっているのは俺の方だ―――――――――が見える。キャノピーの向こうではヘルメットとHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を身に着けたパイロットスーツ姿のケーターが、こっちをじっと見つめていた。
きっと驚愕しているに違いない。自分が追いかけていた獲物が、いきなり前に飛んだまま機首を真後ろへと向け、機関砲の照準を合わせているのだから。
「――――――――白黒つけようぜ、同志ぃッ!!」
逆さまになったF-22を睨みつけながら、俺は機関砲の照準を合わせ――――――――発射スイッチを押した。
そしてこっちを睨みつけているケーターも、俺と同じく機関砲の発射スイッチを押した。
ミサイルの応酬では一度も使用されることのなかった機関砲が、蒼と白が支配する世界の中で咆哮する。砲口から立て続けにマズルフラッシュを噴き上げ、獰猛な砲弾がF-22に喰らいついて行く。
F-22の機首が砕ける。エア・インテークに砲弾が飛び込み、主翼が砲弾の集中砲火で抉り取られる。カーソルの向こうで世界最強の戦闘機が砲弾に食い破られ、ズタズタになっていく。
しかし、こっちもF-22の機関砲が何発も被弾し、同じようにズタズタになっていた。主翼の付け根に立て続けに被弾し、特徴的な大きな主翼が大きく欠ける。被弾した尾翼が瞬く間に穴だらけになり、千切れ飛んでしまう。
その時、F-22のキャノピーが砕けた。連射していた砲弾がキャノピーに直撃したらしく、砕け散ったガラスと血飛沫と肉片が宙を舞う。
俺の勝ちだ、と思った次の瞬間、俺の胸元にも猛烈な衝撃が生じた。いつの間にかPAK-FAのコクピットを覆っていたキャノピーのガラスも砕け散り、ガラスを突き破ってきた数発の砲弾が俺の胸板を直撃したらしい。
大口径の砲弾を、降下していない状態で防ぎきれるわけがなかった。あっという間に胸骨が砕け、肺と内臓が磨り潰され、背骨がめちゃめちゃになる。
何度か経験したけど、死ぬときはこういう感じなんだろうか。自分の身体が千切れ飛んでいくのを感じながら、俺はそう思った。
蒼と白が支配する世界を、2つの炎の塊が落ちていく。
片方は白と灰色の迷彩模様に塗装され、白い虎のエンブレムが描かれたF-22。そしてその残骸と激突を繰り返しながら落下していくのは、黒と灰色の迷彩模様に塗装され、ミサイルを口に咥えたドラゴンのエンブレムが描かれた、PAK-FA。
蒼空しか存在しない世界で死闘を繰り広げた2機のステルス戦闘機は―――――――――こうして、同時に力尽きたのだった。
おまけ
キメラと重力
クラン「それにしてもキメラって凄いわね。パイロットスーツ無しであんな機動を繰り返しても平気なんでしょ?」
タクヤ「ああ」
ナタリア「ねえ、だったらパイロットスーツをちゃんと着ていればもっと負荷は軽減できたんじゃないの? ヘルメットは仕方がないと思うけど…………」
クラン「そういえばそうね。ねえ、何か理由でもあったの?」
タクヤ「えーと…………実は、急旋回とか急降下した時のGが好きなんだ……………」
クラン&ナタリア「「なにそれ!?」」
完
※パイロットスーツなどの装備は戦闘機を操縦する際に必ず着用しましょう! 絶対にそれらを身につけないで戦闘機に乗らないでください!(というか戦闘機に乗る人って殆どいないと思いますけど)