異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
森の匂いは、もうしなくなっていた。
あの懐かしい匂いの代わりに漂っているのは、魔物退治が終わった時にいつも俺たちの周囲を漂っていた猛烈な血の臭い。周囲に横たわっているのが魔物の死体ではなく人間の死体だったとしても、その臭いは変わらない。
「なんだこれ………」
巨木の根元に横たわっているのは、両腕がなくなっている男性の死体。どうやら幹に叩き付けられてからここまで落下して来たらしく、死体が寄りかかっている木の幹の上の方には血痕が残っている。
その傍らにはやけに大きな足跡があり、足の形をしたクレーターの底では、自分の血と泥まみれになっている押し潰された死体が、乾燥しかけの地面にめり込んだまま鎮座していた。
周囲の木々の中には、幹をへし折られたような倒れ方をしている巨木が何本もある。先ほどまでゴブリンばかりと戦っていたから油断していたが、やはりここはダンジョンなんだ。この冒険者たちを惨殺し、巨木をへし折ったのはここに生息する危険な魔物に違いない。
調査が出来ないほどの危険地域にしてしまうほどの魔物が、ここにいたという事だ。
両目を瞑ってエコーロケーションで索敵を開始するラウラ。索敵範囲を限界まで広げ、その危険な魔物の位置を探ろうとしているんだろう。俺は彼女の邪魔をしないように静かに移動すると、G36Kを背負ったままクレーターの近くにしゃがみ込む。
中心で押し潰されている冒険者の死体を見ないように気を付けながら、足跡の形状を確認。指は5本で足の形状は人間に近い。だが当然ながら、成人の男性を押し潰せるほど巨大な足を持つ人間などいるわけがない。
「―――――――見つけた」
血の臭いのする泥を指でなぞって調べていると、後ろでエコーロケーションを使っていたラウラが、戦闘中のような鋭い声で告げた。
怪物を発見したんだろう。
「どこ?」
「11時方向。距離は1800m」
索敵できる範囲のギリギリだな。ラウラから見て11時方向ということは、この足跡を辿って行けば怪物と遭遇するという事だ。
だが、こんな巨大な足跡を残していった怪物は、当然ながらかなり巨大な魔物だろう。ゴーレムよりも遥かに巨大な筈だ。
ゴーレムならばアサルトライフルでも何とか倒せるんだが、こんなに巨大な魔物を倒すならばアサルトライフルとスナイパーライフルでは荷が重いだろう。
「―――――ラウラ、武器を切り替えるぞ」
「了解」
左手を突き出し、メニュー画面を開く。まだレベルは35だから親父のように大量のポイントを持っているわけではないが、このように巨大な魔物との戦いも想定して、戦車や装甲車に使うような破壊力のでかい武器をいくつか生産しておいたんだ。今からそれを装備する。
メニュー画面をタッチして武器を選ぶ。いきなり背中が重くなったのを確認した俺は、背中に手を伸ばして装備されたばかりの武器を取り出し、ラウラに手渡す。
彼女が受け取ったのは、非常に長い銃身を持つ巨大なライフルだった。銃口にはスナイパーライフルのものよりも巨大なマズルブレーキが装備されていて、銃身の下には巨大なバイポットが装着されている。銃身の脇に伸びているのはキャリングハンドルだ。
この巨大なライフルの正体は、アンチマテリアルライフルと呼ばれる銃だ。スナイパーライフルよりも巨大で破壊力の高い弾薬を使用するライフルの事で、破壊力と射程距離はスナイパーライフルを大きく上回る。ちなみにラウラが使用しているスナイパーライフルのSV-98は7.62mm弾を使用するんだが、彼女に渡したこのアンチマテリアルライフルは、なんと12.7mm弾を使用する。
俺が彼女に渡した銃は、ハンガリー製アンチマテリアルライフルのゲパードM1。約1.5mの長い銃身を持つボルトアクション式のライフルで、破壊力はスナイパーライフルをはるかに上回る恐ろしい銃だが、他のライフルのようにマガジンを持たないため装填できるのは1発のみ。連射速度では他のライフルに大きく劣るが、連発できない代わりに命中精度は最高クラスで、射程距離はスナイパーライフル以上の約2kmだ。
ラウラの要望で、スナイパーライフルと同じくスコープは取り外している。スコープを使わずに2km先にいる敵を狙撃できるのかと心配になったことが何度もあるが、彼女は訓練や魔物退治では遠距離の魔物でもスコープを使わずに仕留めてきた。
能力と技術を組み合わせれば、まさに隙のない恐ろしい兵器となる事だろう。
左利きのラウラに合わせて構造を全て左右逆にしている他、銃身の脇には予備の弾薬が収まったホルダーが用意されている。端末が用意してくれる弾薬は再装填(リロード)3回分だけであるため、実質的にこのゲパードM1でぶっ放せる12.7mm弾は4発のみだ。
アンチマテリアルライフルを渡した代わりにスナイパーライフルを装備から解除した俺は、今度は自分の分の武器を準備する。
画面をタッチすると、再び背中が重くなる。いつの間にか背中に装備されていたのは、アンチマテリアルライフルよりも更に太い胴体を持つ大型の武器だったが、こいつは砲身の中から砲弾をぶっ放すような武器ではなく、先端部に装着したロケット弾をぶっ放す武器だ。
装備したのは、スコープが搭載された砲身の先端部にロケット弾を装着したような外見の、ロシア製ロケットランチャーのRPG-7V2。RPG-7を改良したタイプで、砲身の下にはスナイパーライフルのようにバイポットが装着されている。先端部に搭載されているロケット弾は、戦車を破壊するための対戦車榴弾だ。巨大な魔物でも、戦車を破壊できるほどの破壊力を持つ榴弾を叩き込まれればくたばるだろう。
予備の対戦車榴弾を3つコートのホルダーに吊るした俺は、ロケットランチャーの照準器を点検し、砲身を背中に背負って走り出した。
早くも俺を追い抜いて置き去りにして行ったラウラの後姿を見つめながら、俺は苦笑いした。何度もランニング等の訓練で鍛えてきた筈なんだが、足の速さではラウラに全く勝てない。一緒に走るといつも置き去りにされてしまう。
全く作戦は説明していないが、彼女はもう俺がどんな作戦を考えているか理解していることだろう。生まれた頃から常に一緒にいたせいなのか、片割れが何を考えているのかすぐに理解できるようになったおかげだな。
ラウラが12.7mm弾を魔物の足に叩き込んで動きを止め、俺が顔面にこのロケットランチャーの対戦車榴弾を叩き込む。頭を吹っ飛ばされれば再生能力でも持っていない限りくたばる筈だ。
「タクヤ、誰か戦ってる!」
「なに?」
戦闘中だったのか? どうやら他の冒険者が奮戦しているらしいな。
俺の前を走るラウラが、走りながらエコーロケーションによる探知を開始する。当然ながら全力疾走しながらの探知だから精度は落ちてしまうが、敵の正体と戦っている冒険者の人数を把握するには肉眼で確認するよりもこっちの方が手っ取り早いだろう。
可能な限り制度を落とさないように範囲を調整しつつ探知を続けるラウラ。巨大な木の根をいくつか飛び越えた直後、探知を終えたラウラが報告してくる。
「トロールだよ!」
トロールだって?
何で危険度の低いダンジョンに、そんな危険な魔物がいるんだよ!?
危険度が低いダンジョンではお目にかかれないような凶悪な魔物の名前を聞いた俺は、ぎょっとしながら拳を握りしめる。トロールは10m以上の巨体を持つ巨大な魔物で、一撃でドラゴンを叩き潰してしまうほどの腕力を持つ怪物だ。
危険度が高いダンジョンならば生息していることが多く、中には変異種もいるらしい。まさか一番最初に入ったダンジョンで遭遇することになるとは思っていなかった俺は、慌てて恐怖を投げ捨てると、両手で持っていたG36Kに装着されている40mmグレネードランチャーのグリップに手を伸ばす。ロケットランチャーほどの威力はないが、このグレネードランチャーも役に立つ筈だ。
「ん……?」
狙撃準備のために木の上に登り始めたラウラと別行動を開始し、たった1人で突っ走っていると、段々と森の奥から怪物の鳴き声が聞こえてきた。重々しい咆哮の残響の中で足掻いている小さな声は、おそらく戦っている冒険者の声だろう。剣を振り下ろす声というよりは、必死に暴れ回っているかのような絶叫のようだ。
更に走り続けていると、薄暗い森の向こうにモスグリーンの皮膚と脂肪に覆われた巨大な怪物の後姿が見えてきた。頭から伸びる髪はまるで巨木の枝のように太く、剛腕を振り下ろす度に海中のイソギンチャクの触手のようにたなびいている。
ゴーレムのように硬い外殻は持っていないが、あの巨体にアサルトライフルの弾丸を叩き込んでも簡単には倒せないだろう。やはりロケットランチャーを叩き込まなければならないらしい。
「なに………?」
トロールに攻撃するためにグレネードランチャーの照準を合わせようとしていると、ちらりと薄暗い森の中で金髪の冒険者がトロールの拳を回避しているのが見えた。
手にしているのはコンパウンドボウ。腰には大きめのククリ刀の鞘を下げている。身に着けている防具は左肩のみで、それ以外は私服姿のようだ。
「ナタリア………!?」
必死に攻撃を回避し続けていたその冒険者は――――――共に野宿した、ナタリアだった。
木の幹から飛び出し、必死に怪物の頭に向かってコンパウンドボウの矢を何度も放つ。頭に命中させればもしかしたら倒せるかもしれないと思ったんだけど、危険度の高いダンジョンに生息するトロールは、頭に矢が刺さった程度では死ななかった。
脂肪だらけの丸い顔に矢が刺さったまま、ニヤニヤ笑いながら私に向かって手を伸ばしてくる。矢を番えるのを中断して横にジャンプし、身体を鷲掴みにされる前に逃げた私は、木の根に背中を何度もぶつけながら強引に起き上がり、すぐにトロールから逃げ始める。
捕まれば私も食い殺されてしまう。あんな醜悪で恐ろしい魔物に噛み千切られて死にたくない。
矢筒の中に残っている矢はあと3本。あの怪物の体毛よりも細い矢で倒すのはもう不可能。ククリ刀で斬りつけてもダメージは与えられない。
でも、逃げようとして全力疾走してもすぐに追いつかれてしまう。
追いかけて来ないでと祈りながら走っていたんだけど、背後から重々しく恐ろしい足音が聞こえてきたことを知って絶望した私は、目を見開きながら後ろを振り向く。
私を追い立てて楽しいのか、トロールは楽しそうに笑いながら追いかけてくる。振り下ろされる巨大な拳を躱しながら走り続けるけど、逃げる蟻に人間が簡単に追いついてしまうように、トロールも私に追い付いて来る。
「こ、このッ!」
左に曲がり、木の根を飛び越えながら矢筒の中の矢を引き抜く。走りながらコンパウンドボウにその矢を番え、振り下ろした剛腕を空振りした醜い怪物の頭に向かって放つ。
ゴブリンやハーピーを何度も仕留めてきた私の得物は、狙った通りにトロールのこめかみに命中。でも、やはり矢で射抜いた程度ではトロールは倒れない。陥没した地面からモスグリーンの皮膚で覆われた拳を引き抜き、ニヤニヤ笑いながら私の方を見る。
『グオォォォォォォォォ………!!』
「くっ………!」
反撃せずに逃げていれば、距離を稼げたかもしれない。
もしかしたら倒せるかもしれないという思い込みが、怪物から逃げるチャンスを台無しにしてしまった。
私にあの怪物を倒すのは無理だというのに。
――――もしあの時の傭兵さんがいたら、あの怪物を倒せるかしら?
きっと瞬殺してしまうでしょうね。あの時助けに来てくれた赤毛の傭兵さんはとても強かったから。
私も、あんなに強くて優しい人になりたかったなぁ………。
こっちに歩いてくるトロール。私は棒立ちになったままモスグリーンの皮膚に包まれた巨体を見上げつつ、矢筒の中から矢をもう1本引き抜く。
食い殺される前に、もう1本お見舞いしておこう。そう思って矢を番えようとした、その時だった。
「――――――おい、お嬢ちゃん!」
「え………?」
聞き覚えのあるセリフ。でもあの時私に声をかけてくれた傭兵さんとは声が違う。男らしい声だった傭兵さんとは違い、まるで少女のような優しい声。
今の声が誰の声だったか思い出す直前、いきなり目の前に見たこともない武器を背負った黒いコート姿の少女が、私の目の前に滑り込んできた。
黒い革のコートにはフードがついていて、そのフードにはハーピーの真紅の羽根が2枚付いている。その少女が手にしている武器は、かつて14年前に私を助けてくれた傭兵さんが手にしていたクロスボウのような武器だった。
しかも、その少女の後姿は――――――あの傭兵さんにそっくりだった。
「――――――あの時の……傭兵さん………?」
そんなわけがない。傭兵さんの声はもっと低かったし、もっとがっちりしていたような気がする。それにフードの中から伸びている頭髪は蒼空のように蒼い。
かつて『ネイリンゲン』と呼ばれていた南方の田舎の街が燃えた時に、燃え上がる街の中でさまよう事しかできなかった私をママに会わせてくれた傭兵さんの事を思い出した私は、助けに来てくれた少女の後ろでそう呟いてしまう。
「ナタリア、何やってんだ!」
「えっ? た、タクヤ!?」
そういえば、昨日の夜に一緒に野宿したタクヤはこんなコートを身に着けていたような気がする。
少女のような少年の服装を思い出してはっとした直後、まるで逃げずに矢を放とうとしていた私を叱りつけるかのように、彼が手にしていたクロスボウのような武器が轟音を発した。
あの時と同じ音だった。力強い轟音が、絶望を打ち砕いてくれる。
何を飛ばして攻撃しているのかは分からないけど、あまりトロールには通用していないようだった。タクヤはトロールにダメージを与えられていないことを知ると、舌打ちしてから私の手を引いて走り始める。
「お前、何で逃げなかったんだよ!?」
「ご、ごめん………!」
「怪我はないか!?」
「だ、大丈夫っ!」
絶望が消えていく。
恐ろしい魔物から逃げている最中だというのに、この少女のような少年に手を引かれてドキドキしながら、私は彼と共にトロールの剛腕を回避し続けた。
やっぱり、5.56mm弾のフルオート射撃ではトロールにダメージは与えられないようだ。作戦通りに顔面にロケットランチャーを叩き込むしかないらしい。
だが、さすがにこのままロケットランチャーを叩き込むのは無理だ。照準を合わせる前に叩き潰されるか、食い殺されちまう。攻撃前にラウラの狙撃で怯ませてもらわないと、顔面に対戦車榴弾をお見舞いするのは難しい。
こいつに外殻はないから弾丸が弾かれる心配はないんだが、巨大だからなぁ………。
そういえば、このトロールは雄なんだろうか?
そう思った俺は、突っ走りながらちらりと後ろを振り向く。顔つきは中年の男性のようで、身体は贅肉だらけだ。おそらくこいつは雄だろう。
「ラウラ、狙撃準備を」
『了解』
ラウラに狙撃の準備を指示しつつ、トロールがパンチを空振りすると同時に立ち止まる。まだ走り続けると思っていたナタリアは、いきなり立ち止まった俺を見て目を見開いたが、俺がG36Kをトロールに向けているのを見て戦うつもりだという事を理解してくれたらしい。逃げようとは言わずに、グレネードランチャーの照準を合わせる俺を見つめている。
こいつが雄ならば、大ダメージを与える方法がある。
トロールに照準を合わせた俺は、照準器の向こうのトロールに向かってにやりと笑ってから、左手でグレネードランチャーのトリガーを引いた。
40mmグレネード弾がグレネードランチャーから飛び出し、拳を引き戻していくトロールに向かって行く。顔面に命中しそうだったグレネード弾は少しずつ下へと落下を始めたかと思うと、トロールが引き戻した剛腕の下を掠めて更に急降下し――――――両足の付け根にあるトロールの息子の辺りに直撃し、爆発した。
『グオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!?』
「やったッ!!」
命中した!
先ほどまでニヤニヤ笑いながら拳を振り下ろしてきたトロールが、涙目になって両手で吹き飛ばされた息子跡地を抑えながら崩れ落ちる。
「ど、どこ狙ってんのよあんた!?」
「息子だよッ!!」
「さ、最低ッ! この変態ッ!!」
「うるせえッ! あんな怪物と正々堂々戦ってどうすんだよッ!?」
顔を真っ赤にしてそう言うナタリアに反論した俺は、G36Kを背中に背負うと、息子を吹っ飛ばされてトロールが転げ回りながら絶叫している間にRPG-7V2で砲撃の準備を開始する。
この間に対戦車榴弾をお見舞いできるんじゃないかと思ったんだが、照準器を覗き込むよりも先にトロールがゆっくりと起き上がり始めた。息子跡地から血を流しながら、血走った眼で俺とナタリアを見下ろしている。
かかって来いよ。
にやりと笑った俺は、ロケットランチャーの照準器を覗き込んだ。