異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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懲罰部隊

 

 

 ラガヴァンビウスにあるモリガン・カンパニー本社は、以前に騎士団が本部として使っていた建物を改装して再利用している。以前の騎士団本部とはいえ、産業革命が始まる前から手放されていた建物を親父が購入したものらしく、建築様式はより原点に近い、かなり古いものだ。中世のヨーロッパによく見られたような城に、最新の機械や設備を搬入して本社として機能するように無理矢理改装したものというべきだろうか。

 

 本社の周囲にあるヘリポートへと、地上の作業員に誘導されながらゆっくりとカサートカを降下させる。機体がヘリポートにちゃんと降り立ったことを確認してからエンジンを切り、一緒に乗せてきたラウラを連れて機体の外へと出た。

 

 カルガニスタンを出発したのは夜なんだが、オルトバルカではもう夜明けが近いらしい。産業革命で発達した王都の高い建物の群れは、うっすらと地上を照らし始めた弱々しい日光に照らされ、建物の表面に付着した水滴に反射しているせいなのか黒光りしているように見える。

 

 時刻は午前4時43分。明け方だというのに勤勉に働く作業員に頭を下げ、俺はラウラを連れてヘリポートを後にする。

 

 本社の建物の中は、本当に中世のヨーロッパの城の中のようだった。やや粗い暗灰色のレンガで構成された広い廊下に、騎士団の大きな旗や古めかしい防具でも飾られていれば、騎士団の拠点と見間違えてしまいそうなほどである。けれども廊下を巡回するのは全身を防具で包んだ姿の騎士たちではなく、黒と灰色の迷彩服に身を包み、背中にAK-12を背負った様々な種族の〝社員”たちだ。

 

「お待ちしていました、同志タクヤ。社長が会議室でお待ちかねです」

 

「どうも」

 

 案内板を確認し、ラウラを連れて会議室へと向かう。

 

 おそらく、この〝会議”はただでは終わらないだろう。何事もなく帰路につく可能性は――――――0%だ。

 

 階段を上がり、分厚い防弾用のボディアーマーとライオットヘルメットを装備した重装備の社員とすれ違う。ライオットヘルメットの下にバラクラバ帽をかぶっていたから素顔は分からないけれど、体格から判断するとおそらくオークだろう。いくら広い通路とはいえ、Kord重機関銃をがっちりした体格のオークが肩に担いでいると狭い通路に思えてしまう。

 

 先ほどから、ラウラはずっと下を向いたままだった。ヘリの中で声をかけても、首を小さく横に振るか、縦にしか振らない。最後に彼女の声を聴いたのは、タンプル搭の部屋で親父から送られてきたメッセージを彼女に知らせた時だろうか。

 

 甘やかしてもラウラのためにならないというのは理解できている。けれども―――――――――少しでも軽い処分で済みますようにという矛盾した祈りが、一歩前へと進む度に膨れ上がり、俺の心を押し潰そうとしていた。

 

 肉親だからという理由だけではない。彼女を愛しているから、そう思ってしまうのかもしれない。

 

 階段を上がって左へと曲がると、アルファベットに似た文字で「会議室」と書かれているプレートが表示された部屋の前へと出た。入り口のドアの前では2人の警備員が立っており、俺たちの姿を見ると表情を変えないまま小さく頭を下げた。

 

「武器をお持ちでしたら、こちらでお預かりします」

 

「お願いします」

 

 S&WM500のハンターモデルを2丁と、4インチの予備のリボルバーを1丁彼らに預け、テルミットナイフもここに置いていく。俺たちは親父たちと戦いに来たのではなく、処分を受けるためにここへとやってきたのだ。

 

「ほら、ラウラ」

 

「……………」

 

 ラウラにも持っていたテルミットナイフを手放させると、警備員に「これで全部です」と報告する。

 

 念のため彼らのボディチェックを受け、やっと通っていいと許可を受けた俺とラウラは、息を呑んでから会議室のドアをノックした。

 

 彼女がやったことは許されないことだけど、それでも俺は彼女を信じる。決して見捨ててたまるか。

 

『―――――――入れ』

 

 ドアの向こうから親父の声が聞こえてきた瞬間、俺は無意識のうちにまたしても息を呑んでいた。じわりと冷や汗が浮かび、猛烈な緊張感が楽観的な要素をすべて吹き飛ばす。

 

 ブラウンの大きなドアを開け、ラウラを連れて中へと入る。会議室の中はタンプル搭の会議室よりも広く、会議室というよりはまるで議会が行われる議場のようになっていた。そんな広さの割には特に何も置かれていない会議室の奥の方には横へと伸びた大きな机があり―――――――――その机の奥に、ずらりとモリガンのメンバーたちが腰を下ろしている。

 

 てっきり親父や母さんだけ呼ばれるだろうと思っていたが、その時点で甘かったのかもしれない。まさか、最強の傭兵ギルドのメンバーが全員召集されるとは思ってもみなかった。

 

「―――――――テンプル騎士団団長タクヤ・ハヤカワ、及び副団長ラウラ・ハヤカワ、出頭しました」

 

「――――――――休め」

 

 机の向こうで腕を組む親父に低い声で言われ、俺とラウラは素早く手を後ろで組みながら足をほんの少し広げた。

 

「……………ラウラ、タクヤから聞いた。レナを殺したそうだな?」

 

「……………はい」

 

「理由は?」

 

 理由についてもメッセージに書いておいたはずだが、親父はあくまで本人から聞き出そうとしているのだろう。俺が嘘をついている可能性もあると疑っているのだ。だから決して無意味なやり取りなどではない。

 

「……………タクヤを汚そうとしたあの女が、許せなかったんです」

 

「随分と個人的な理由だな。……………まあいい、タクヤの報告通りというのは分かった」

 

 そもそも、嘘をつけるわけがない。モリガン・カンパニーの中にはテンプル騎士団のシュタージのような諜報部隊がある。しかも俺たちとは違い、多くの資金を贅沢に使った一流の訓練を受け、多くの優秀な人材によって構成される、現時点ではこの異世界で最強の諜報部隊だ。俺たちの行動まで把握されていたのだから、ラウラがやらかした事もすぐに筒抜けになる。

 

 腕を組んでいた親父は表情を変えなかった。前に出会った時よりも伸びた顎鬚のせいなのか、まだ39歳だというのに老けているように見える最強の転生者は、息を吐きながら腰のホルスターに収めていたトカレフTT-33を自分の目の前のテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がる。

 

 あのトカレフが何を意味するのか、俺は瞬時に理解した。

 

 覚悟は決めた筈だ。テンプル騎士団を束ねるのは俺で、指示を出すのも俺ということは、責任を取らなければならないのも俺という事である。副団長のラウラがレナを殺してしまったのは、俺の責任だ。俺が彼女をちゃんと制御しなかったから。そして、彼女をちゃんと見ていなかったから。

 

 ラウラにも罪はあるが、俺にも罪はある。同罪なのだ。

 

「処分を言い渡す。――――――――テンプル騎士団団長タクヤ・ハヤカワを、銃殺処分とする」

 

「!?」

 

 俺は覚悟を決めていた。もしかして、最悪の場合はこうなるんじゃないかと。そして俺はこの会議室の中で、最低最悪の〝当たり”を引いてしまった。そう、頭に7.62×25mmトカレフ弾をぶち込まれるという〝当たり”だ。

 

 他のどんな弾丸でも、実弾である以上は頭に叩き込まれれば結果は同じ。俺の死体がどれほど損傷するかの違いしかない。拳銃の弾丸なら風穴があき、脳味噌とか頭蓋骨の破片がほんの少しまき散らされる程度で済む。さすがに散弾や機関銃の弾薬は悲惨なことになりそうだけど、これならまだいい。

 

 しかし、ラウラはこうなると思っていなかったらしい。目を見開き、トカレフに弾丸が装填されているか確認を始めた親父を見つめながら、ラウラは狼狽していた。

 

「ま、待ってよパパ! 何でタクヤが死ななきゃいけないの!?」

 

「タクヤはテンプル騎士団の団長だ。タクヤの同志が問題を起こしたら、彼が責任を取らなければならない。……………それに、釘は刺したはずだ」

 

「だ、だったら、私を銃殺にしてよ! タクヤは……………関係ないよ……………!」

 

 しかし親父は、ラウラには何も言わずにマガジンをトカレフの中へと収めた。もう決まっているのだと言わんばかりに射撃の準備を進め、銃口をこっちへと向ける。

 

 トカレフTT-33は、安全装置(セーフティ)を搭載していないために射撃準備はすぐに済む。第二次世界大戦中の旧式の銃とはいえ、親父のようにレベルの高い転生者が外殻で硬化していないキメラの頭にぶち込めば、普通の人間のようにキメラを殺すのは容易い。キメラの角は12.7mm弾のフルオート射撃でも砕けないほど硬いけれど、それはあくまで角が硬いだけであり、頭蓋骨の硬さはあまり人間と変わらない。

 

「パパ、やめて……………!」

 

「同志、何か言い残すことは?」

 

 ああ、やっぱり死ぬのか。

 

 まだ18年しかこっちの世界で生きていないけど、悪くない人生だった。前世のクソッタレな人生と比べれば刺激的で、波乱万丈で、希望があった。それに今度は仲間もいたし、親にも恵まれた。あらゆる要素に恵まれた人生だけど、俺の最後はこんな死に方か。

 

 息を吸い、身体の力を抜く。

 

 結末は、これでもいい。ラウラが幸せになってくれるのならば。

 

 もしもまたこの世界に転生したように〝やり直す”機会があるのならば―――――――――こうならないように、今度は何をするべきだろうか。俺が言い残してから親父が弾丸を放つまでにどれだけの猶予があるのだろうかと考えつつ、俺は頭に浮かんできた言葉を口にする。

 

「――――――――同志、ラウラを頼みます」

 

「!」

 

「……………よろしい」

 

 きっと、あと5秒。容赦がないとはいえ、親父にも実の息子を撃ち殺すのに多少の躊躇いがある筈だ。もし仮にしれがなかったとしても、4秒くらいだろうか。

 

 ああ、そういえばこの人生でやっと童貞じゃなくなったんだっけ。もう少しで親父に撃ち殺されるというのに、どうしてこんなことを思い出してしまうのかと呆れながら、俺は息を吐いた。こんな時はせめてリラックスして死にたいものだ。もしこんな状況じゃなかったら、今頃俺は笑っていたに違いない。

 

 前世の世界では、俺に彼女はいなかった。けれどもこっちの世界で可愛い彼女ができたじゃないか。

 

 腹違いのお姉ちゃんだけど、料理も上手になったし、とても優しかった。俺のためにいろいろとやってくれる優しいお姉ちゃんだった。今回の事件はその優しさが他人に牙を剥いてしまっただけなんだろう。

 

 いい教訓だ。決して手綱からは手を離してはならないという教訓。これは絶対に忘れないようにしよう。

 

 それにしても、せめて結婚して子供を作るまでは生きていたかったなぁ……………。

 

 海底神殿でも想像したウエディングドレス姿のラウラを思い浮かべたその時、隣に立っていたラウラが直立をやめた。唇を噛みしめながら俺の前に立ち、銃を向けられている俺を庇うかのように両手を広げ、親父を睨みつけている。

 

「ラウラ、何のつもりだ?」

 

「――――――――お願い。殺すなら私にして」

 

「おい、ラウラ。やめろ」

 

「ラウラ、どけ」

 

「嫌だ」

 

「親父、やめてくれ。殺すなら俺にしろ」

 

 ラウラに立ちはだかるのをやめさせようと手を伸ばすが、割と力を込めて彼女を退かせようとしたつもりなのに、ラウラは微動だにしなかった。俺を守ろうとする彼女の決意を、自分自身で体現しているかのようだ。

 

 お姉ちゃん、やめてくれ。俺が責任を取って済むなら、それでいいんだ。もしここでラウラが死んでしまったら俺はどうすればいい? ラウラがいなくなった世界で生きていくのは……………嫌だ。

 

 そこで俺は、彼女も同じ事を考えていることに気付いた。ラウラも俺と離れ離れになるのが辛いのだ。せめて再会できる見込みがある状態で別れるのならば許容できるけれど、死別するとなればもう再会はできない。すぐに自分自身を殺してあの世に行ったとしても、天国や地獄で再会できるとは限らないのだ。

 

「ラウラ……………」

 

「親父、ラウラを撃ったらいくら親父でも許さないからな」

 

「ほう? ……………お前は俺を殺せるのかね?」

 

 無理な話だ。実力差があり過ぎる。たった1匹の小さな虫が、重戦車に戦いを挑むようなものだ。育ててもらったからという理由だけではない。単純な実力差の話である。

 

「――――――――殺すのは無理だ」

 

 そう、〝殺す”なら無理だ。

 

 けれど、殺すことを目標としないのならばまだ望みはある。

 

「でもよ、あんたの四肢のどれかを道連れにするくらいならできるかもしれないぜ、魔王様」

 

「タクヤ……………」

 

「……………」

 

 だから、撃つなら俺を撃て。ラウラを殺すのは止めてくれ。

 

 そう祈りながら親父の目を睨みつけていると、親父は一瞬だけ微笑んでから――――――――右手に持っていたトカレフをホルスターの中に戻し、椅子に腰を下ろした。

 

「……………またリハビリするのは勘弁だな」

 

「パパ……………」

 

 ん? 銃殺は取り止めか?

 

「――――――――処分を変更する。タクヤは3日間の自宅謹慎処分。その後はテンプル騎士団に復帰し、人員の育成および軍拡を進め、ヴリシア侵攻に備える事。ラウラはこちらで編成する『懲罰部隊』に転属させ、こちらの判断でテンプル騎士団への復帰を認める。悪いが、それまでお前たちは離れ離れだ。それがお前たちに課す処分である。……………すまないな、同志諸君。これでいいかね?」

 

「ええ、それが妥当でしょうね」

 

「私もだ。異論はない」

 

「少々甘い気もするけど……………問題ないわ」

 

『はい、そうしましょう』

 

 親父が問いかけると、隣に座っているモリガンのメンバーたちも頷いた。

 

 つまり俺の処分は、まず3日間の自宅謹慎処分。実質的に俺への罰はこれだけだが、ラウラにしばらく会えなくなってしまうという大きな精神的な苦痛がある。おそらくそっちの方が俺への罰として機能することだろう。

 

 ラウラはモリガン・カンパニーで編成される懲罰部隊へと入れられ、そちらでの任務を受け続けることになるらしい。どんな任務を受けさせられるのかは不明だが、おそらく危険な任務ばかりになるだろう。彼女の戦闘力なら乗り越えられると信じたい。

 

 ヴリシア侵攻を控えているから、それほど大きな罰にならなかったのかもしれない。ヴリシア帝国は今ではもう吸血鬼たちの総本山で、モリガンのメンバーだけで殴り込みに行っても勝ち目は不明だという。確実に勝利するためには、より良い装備を持った兵士たちを引き連れて攻め込むべきだという結論が出ているので、ここで下手に戦力を減らす真似はしたくないのかもしれない。

 

 特にラウラには、どんな狙撃手にも真似できない稀有な能力がある。それに彼女の狙撃の技術はすでに親父を超えているのだから。

 

 今の状況に救われたのかもしれない。親父は「またリハビリするのは勘弁だ」と言っていたけど、そういう考えだったに違いない。

 

 とにかく、予想していたよりも軽い処分で済んだけど―――――――――これからは、かなり寂しいことになりそうだ。今まで隣にいてくれた優しいお姉ちゃんが、一時的にとはいえいなくなってしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議室の外で、いったん俺はラウラと別れることになった。彼女にはこれから懲罰部隊へ入隊する手続きがあるという。

 

 懲罰部隊とはいえ、実質的に隊員はラウラ1人のみ。監視役に数名の社員とリディアが付くという。〝監視役”という事になっているが、おそらくリディアが率いる監視部隊は敵前逃亡しようとする兵士を撃ち殺す〝督戦隊”に近いのかもしれない。

 

「……………」

 

「ラウラ」

 

 親父に連れられて去っていくラウラを呼ぶと、彼女はゆっくりとこっちを振り返ってくれた。いつもの微笑みは浮かんでおらず、申し訳なさそうな雰囲気を放つ虚ろな表情だ。

 

「……………俺、いつまでも待ってるからさ」

 

「タクヤ……………」

 

 ラウラならきっと、贖罪を終えて帰ってきてくれる。また前のように俺の隣にいてくれると信じている。だから俺は、いつまでも彼女の帰りを待つことにする。

 

 どれくらいかかるか分からないけれど、俺は1人だけになっても、ラウラの帰りを待つつもりだ。

 

「……………ごめんね、できるだけ早く帰れるように頑張るから」

 

「おう!」

 

 微笑むと、ラウラもやっと微笑んでくれた。

 

 いつもの優しそうな、お姉ちゃんの笑顔だった。

 

「行くぞ、ラウラ」

 

「うん、パパ」

 

 親父と一緒に廊下の奥へと歩いていくラウラを見守り、こっそりとハンカチを取り出していつの間にか浮かんでいた涙を拭き取る。近くにはさっきの警備員もいないし、廊下を通っている社員の人もいないからバレない筈だ。

 

 それにしても、お姉ちゃんにしばらく会えなくなるだけでいつの間にか泣いちまうなんて……………。すっかりシスコンになっちまったな、俺も。

 

「タクヤ」

 

「はいっ!?」

 

 うわ、母さん!?

 

 やけに凛々しい声で後ろから名前を呼ばれ、俺はうっかり涙を拭いていたハンカチを落としてしまう。大慌てでそれを拾い上げつつ後ろを振り向いてみると、やはりそこには俺にそっくりな姿の女性が、真っ黒なモリガン・カンパニーの制服に身を包んで立っていた。

 

 もう39歳になる筈なのに、容姿が20代中盤くらいからあまり変わっていない。親父は容赦なくガンガン老いているというのに、何で母さんとエリスさんはいつまでもこんなに若々しいんだろうか。

 

 母さんは涙目になっている俺を見ると、ニヤリと笑ってからため息をついた。

 

「やはり、辛いか」

 

「…………ああ」

 

「そうか。……………タクヤ、これを見てみろ」

 

「ん?」

 

 そう言いながら母さんが取り出したのは――――――――真っ黒に塗装された、1丁のトカレフTT-33だった。

 

「トカレフ?」

 

「リキヤの銃だ。…………マガジンを見てみろ」

 

「?」

 

 言われた通りにグリップの下部からマガジンを取り出してみる。スムーズに姿を現したマガジンを見てみると……………その中に納まっている筈の銃弾が、1発も見当たらなかった。

 

 さっきは遠くてはっきり見えなかったけど、まさかあの時からこのトカレフには1発も弾が入っていなかったのか!?

 

「これって……………!」

 

「ふん……………愛おしい我が子を銃殺する親などいないよ」

 

 親父は、最初から俺かラウラを殺す気なんてなかったんだ。もしかするとああやって俺たちに銃殺すると宣言して銃を向けたのは、俺たちの覚悟を見るためなのか……………?

 

「それにしても、あいつも甘くなったものだ。若い頃は容赦のない男でな、たとえ自分の子供でもこんな情けをかけることはしない男だったのだが……………やはり、結婚して子供を作れば、どんな冷酷な兵士でも父親になるものなのだな」

 

「親父……………」

 

 もうラウラと親父の後姿は見えなくなっていたけど、俺は先ほど2人が歩いて行った廊下を、弾の入っていないトカレフを手にしながらずっと見つめていた。

 

 

 

 


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