異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ラウラの罪

 

 

「ナタリア、パスタ美味しかったよ。ありがとな」

 

「どういたしまして。また食べたくなったらいつでも作ってあげるわよ」

 

 ラウラの料理をちゃんとした料理に変えてくれたナタリアの料理は美味しかった。今までは俺が夕食を作ることが多かったんだけど、そろそろその役割を彼女に任せてもいいんじゃないかと真剣に検討してしまうほど、ナタリアが振る舞ってくれたカルボナーラは最高だった。何度もおかわりしたのに、あの味を思い出すだけでまた腹が減ってしまいそうである。

 

 せっかくだからシャワーも浴びていくように勧めたんだが、さすがにそろそろラウラが帰ってきそうだし、迷惑をかけてしまうということで自室のシャワーを使うらしい。

 

 そういえば、ナタリアとこうして部屋で2人っきりになることはタンプル搭に来てから一度もなかったような気がする。今まで彼女と2人っきりになったことはあったけど、ダンジョンの中だったり、近くに眠っている仲間たちがいたから、こうしてリラックスして2人で話す機会はなかった。

 

 彼女の作ってくれたパスタを食べながら、いろんな話をした。幼少期に経験した話とか、仲間たちに話したことがないようなちょっとした話がメインだった。お返しにナタリアも自分の小さい時の話とか、エイナ・ドルレアンに移り住んでからの話をしてくれた。

 

 彼女もいろいろと苦労したらしい。エイナ・ドルレアンは領主であるカレンさんのおかげで寛大な街になっているけれど、田舎の街であるネイリンゲン出身のナタリアからすればまさに大都市で、母親と一緒に買い物に出かけるとよく迷子になって迷惑をかけていたという。

 

 今のしっかりしている彼女からは想像できないが、昔のナタリアは泣き虫だったらしい。……………頑張ったんだな、ナタリアは。何度も苦労したからあんなにしっかりした少女に育ったに違いない。

 

 あ、そうだ。そろそろナタリアの誕生日らしいな。彼女の誕生日は11月21日らしいから……………わお、来週だ。

 

 廊下へと向かって歩いていく彼女に手を振りつつ、ちらりと壁にかけてあるカレンダーを確認した俺は、早くも彼女にどんなプレゼントをあげるべきか考え始めた。もちろん何かプレゼントがあるというのは内緒にするつもりだ。当日にこっそり用意してたのを渡した方が喜ぶものだからな。

 

 とりあえず、近隣にある街のガルガディーブルにある大きな雑貨店は4軒。小さい店も含めれば合計で20軒くらいだろう。どういう品物が売られているかまではまだ調べてないけど、交易の中継地点として機能する街だから品揃えはいい筈だ。今度買い物に行ったときに調べておこう。

 

 あ、でもまたレナに遭遇したらどうしよう……………。その時は全力疾走で逃げるべきだろうか。

 

 そう思いながら洗面所で歯を磨こうと思っていたその時、いきなり部屋の入り口にあるブラウンのドアが開き始めた。ナタリアが忘れ物でもしたのだろうかと思いつつ後ろを振り向いたが、ドアの向こうから姿を現したのはツインテールが特徴的な金髪の美少女ではなく、幼少の頃からずっと一緒にいる愛おしい腹違いの姉だった。

 

「ああ、おかえり。遅かったじゃないか」

 

「えへへっ、ごめんね。帰りに魔物の群れと遭遇しちゃって…………」

 

「魔物の群れ?」

 

「うん。ナイフで蹴散らせたけどね」

 

 ここから街までの中間に広がるのは、ただの砂漠である。その砂漠にも多くの魔物が生息しており、砂漠を行き交う商人たちや騎士団の部隊が襲撃される事例は後を絶たない。

 

 実際に、タンプル搭の外周部にある検問所では、明らかにタンプル搭を狙っていると思われる魔物への発砲の件数が徐々に増加しており、現場からはより多くの弾薬と機関銃を欲しがる要望も届いている。

 

 街で買ってきたのか、小さな袋を手にしながら部屋の中へとやってきたラウラ。彼女の服からは確かに血の臭いがして、ナタリアが作ってくれたカルボナーラの残り香を台無しにしていた。鉄にも似たしつこい臭いには嗅ぎ慣れているつもりだけれど、いくら隣り合わせの臭いとはいえ、こういうリラックスできる空間まで一緒というのは嫌なものだ。ラウラもあまり好きな臭いじゃないのか、自分の服についた臭いを嗅いであからさまに嫌そうな顔をしながら、着替えを取ってそそくさとシャワールームへと向かう。

 

 そんな姉の姿を見守っていたんだが――――――――彼女の服からする血の臭いの中に、更に微かな香水の匂いがしたような気がした。

 

 ちなみに、俺の嗅覚は常人以上だ。その気になれば犬のように臭いを辿って敵を追跡することもできるほどで、実際にそういう訓練を幼少の頃に受けている。キメラは突然変異の塊といえるほど傾向がつかめない生物らしいけど、俺の場合は反射速度と嗅覚が特に発達しているという。ラウラや親父にはない長所だ。

 

 おかしいな。ラウラはそういう香水を使うような奴じゃない。

 

 街で購入してきたものなんだろうか。血の臭いを消すためにつけてるんだろうという仮説もあるけれど、この香水は………………他の誰かもつけていたような気がする。

 

 誰だ? ナタリアも香水をつけることはあるみたいだけど、汚れることが前提になるダンジョンの中や戦場での活動が多いから休日にしか使わないらしいし、カノンは実家から持ってきた高級品を使ってる。明らかに香りが違うからそれはすぐに分かる。ステラはそもそも香水に興味がないらしい。あいつが興味を持つのは美味そうな食い物だけだからな。

 

 クランか? それともイリナか? ノエルも香水をつけるような奴じゃない………………。知っている少女たちを頭の中に次々に挙げていくが、こんな香りの香水を使う仲間は1人もいない。偶然タンプル搭の中や街の中で嗅いだ臭いだったかと思いつつ考えるのをやめようとした俺だったが―――――――『街の中』という言葉で、ある少女の名前が浮かんできた。

 

 ――――――レナだ。

 

 そういえば、あいつにキスをされた時にこんな香りがした。いや、まさにこの香りだった。意識していなかったとはいえ俺の嗅覚に焼き付いていた香りは、この微かな香りと合致していたのである。

 

 しかし、どうしてラウラから……………?

 

 それに、いつものラウラなら俺がすでにシャワーを浴びたということを知っていたとしても、一度は一緒に入ろうと誘ってくるはずである。なのに今日は、まるで何かを誤魔化そうとする子供のようにそそくさとシャワーを浴びようとしている。

 

 ちょっと待て。血の臭い……………? 微かなレナの香水………………。

 

「………………ラウラ、ちょっと待て」

 

「?」

 

 シャワールームのドアを開けようとしていた姉を、俺は無意識のうちに呼び止めていた。

 

 偶然思いついてしまっただけのありえない仮説なのかもしれない。そう決めつけてしまうことができれば、俺は戸惑うことなくこのままベッドで眠ることができただろう。けれども、これだけは無視してはいけないような気がした。無視したら取り返しがつかないことになるという予感がしたから、俺はラウラを止めたのだ。

 

 俺の中身が転生者であるという結論へ行きついた親父も、こんな心境だったのだろうか。あの暗い地下室の中で、俺を試すためにセレクターレバーの位置を逆にした89式自動小銃を準備し、見事に俺の正体を暴いた若い頃の親父の戸惑う表情を思い出しながら、彼女の瞳を見据える。

 

 鮮血を思わせる彼女の紅い瞳に映っている俺の表情は―――――――――あの時の親父とすっかり同じだった。

 

「もしかして、レナと会ったか?」

 

「………………どうして?」

 

「お前の服からレナの香水の匂いがする」

 

 視覚や聴覚ではラウラに劣るけれど、嗅覚では俺の方が上だ。だから彼女が気付かないような臭いでも察知することはできる。

 

 ラウラはほんの少しだけ目を細めると、息を吐いてから言った。

 

「あんな女に会いに行くわけないじゃない」

 

「じゃあ何でレナの香水の匂いがするんだ? それに、いつものラウラだったら一緒にシャワーを浴びようって誘うはずなのに………………まるで何かを誤魔化そうとしているように見えるぞ」

 

「………………」

 

 それに、彼女の服からする血の臭いもおかしい。

 

 魔物の血の臭いにはちょっとした癖がある。人間の血と比べると、もっと生臭いのだ。とはいえこの臭いの違いに気付けるのは犬か俺くらいだろう。

 

 ラウラの服についている血の臭いは―――――――魔物の血にしては、少しばかり良い臭いじゃないか?

 

「まさか、その血って人の血じゃないよな? ………………お前、ひょっとしてレナを―――――――――」

 

 最悪だ。

 

 ちょっとした違和感を感じて手を伸ばしたら、とんでもない結果を掴み取ってしまった。

 

 もう一度息を吐き、虚ろな瞳で俺を見据えるラウラ。俺は唇を噛みしめてから、彼女を問い詰める。

 

「――――――――殺したのか」

 

 彼女の服からする血の臭いは、明らかに人間の血の臭い。そしてその中に微かに残る香水の匂いは、レナの香水と同じもの。そしていつもと比べると不自然なラウラの仕草。

 

 さらに、ラウラがレナを殺す理由も十分に考えられる。

 

 こんなことは信じたくない。自分で辿り着いた結果を投げ出したくなったけれど、これは俺の責任でもある。レナとの再会で不機嫌になっていたラウラがこんなことをする可能性は十分あり得た。そんな彼女を1人で買い物に行かせれば、こんなことになる可能性も考えられた。なのにどうして俺は、彼女について行かなかったのか。どうして彼女をちゃんと制御することができなかったのか。

 

「―――――――タクヤを汚したあの女が悪いのよ」

 

 やはり―――――――殺したのか。

 

「………………おい、待てよ………やり過ぎだろ」

 

「やり過ぎ? ………………だって、あの女はタクヤを汚したんだよ? 変なことを言って、唇まで奪ったんだよ? タクヤをダメにしようとしてた病原菌みたいな女だったんだよ? やり過ぎなわけないじゃん」

 

 いや、やり過ぎだ。

 

 またしても唇を噛みしめていた俺は、目の前に立っている愛おしい筈の姉を睨みつけ――――――――彼女の頬に、自分の右手を叩きつけていた。

 

 パンッ、と人間の肌を手のひらで殴る高い音が部屋の中に響く。ラウラの頭が揺れ、彼女の頭の上から真っ黒なベレー帽が落ちる。

 

 平手打ちされたラウラは、虚ろな目つきのまま目を見開いていた。弟のために尽くしたつもりなのに、どうして平手打ちされたのかが理解できていないらしい。

 

 そして彼女と同じように、俺も混乱していた。今までラウラを咎めたことは何度もあったけれど、こうして彼女を睨みつけながら平手打ちしたのは………………これが初めてだった。

 

「………………殺す必要はなかった筈だ」

 

「どうして………………? だって、あの女は………………!」

 

「――――――――お前まで汚れるだろうがッ!」

 

 レナを殺したからではない。彼女はまだ何もしていない、普通の少女だった。俺たちの敵は人々を虐げる転生者やクソ野郎たち。彼らを殺せば汚れることに変わりはないけれど、俺たちが殺すべきなのは少なくともそいつらだ。

 

 なのに、彼女が殺したのは―――――――まだクソ野郎になっていない、レナである。

 

 いきなり俺に怒鳴りつけられたラウラが、片手で頬を押さえながら凍り付いていた。彼女の瞳を見つめていると、彼女がどれだけ混乱しているのかがよく分かる。まるでラウラの心の中にあるあらゆる感情が、そのまま俺の中に流れ込んでくるかのようだ。

 

 彼女なりに俺のために尽くしてくれたというのはありがたい話だ。けれど、ここまでする必要はないだろう?

 

「俺たちが殺すべきなのはクソ野郎共だ! 殺すべき敵は選ばなきゃダメなんだよ! 親父たちが何のために俺たちに戦い方を教えてくれたのか分かるか!? 嫌いな奴を、個人的な理由でこの世から消すためじゃないんだよ!!」

 

「………………!」

 

 ラウラの瞳に、少しずつ涙が浮かぶ。

 

 俺はもしかすると、彼女を甘やかしすぎたのかもしれない。彼女を守ろうとしているうちに、〝守る”ことと〝甘やかす”ことの区別がつかなくなってしまったのかもしれない。

 

「………ご、ごめん…………なさい………………」

 

 弱々しい声で、ラウラはそう言った。

 

 まるで去っていく飼い主に「捨てないで」と言わんばかりにすがりつく子犬のように。

 

「……………………まったく」

 

 いつの間にか、俺の目にも涙が浮かんでいたらしい。頬を水滴が流れ落ちていく感覚で涙が浮かんでいたということに気付いた俺は、それを拭い去ってから―――――――――涙を流すラウラを、ぎゅっと抱きしめた。

 

 彼女はあくまで、俺のためにやってくれたのだ。けれどもこれは流石に「次は気を付けてね」という一言で終わらせるべきではない。

 

 親父に報告する必要がある。

 

 あの港町のレストランの事件の際に、親父に釘を刺されたばかりだというのに。俺ではなくラウラがやらかした事とはいえ、親父はきっと容赦しないだろう。

 

 あの男(最強の転生者)は、そういう男なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウラがシャワーを浴びている間に、親父へと送った短いメッセージへの返信はすぐに返ってきた。

 

《今すぐにラガヴァンビウスまで来い》

 

 それ以外は何も書かれていない、シンプルなメッセージ。けれどもその短いメッセージの中から親父の怒りと失望を拾い上げるのは容易い事だった。きっと仕事を終えて自宅で休んでいた親父は、ラウラが1人の少女を個人的な理由で消したという事を知って落胆しているに違いない。

 

 俺はテンプル騎士団の団長だ。責任は………………俺が取る必要がある。

 

 親父たちが教えてくれた技術を、転生者ハンターとしての理念以外の個人的なことに使ってしまったのだ。これでは他人を虐げるクソ野郎と同じである。クソ野郎を狩る転生者ハンターがクソ野郎に堕ちてしまうのは論外だ。

 

 シャワーを浴び終えたラウラにそのメッセージを見せて説明すると、彼女は唇を噛みしめながらラガヴァンビウスへと戻る準備をしてくれた。

 

 ここからラガヴァンビウスへと戻るには、一番ヘリで移動するのが手っ取り早い。カルガニスタンの砂漠を越え、スオミの里のあるシベリスブルク山脈を突破して少し進めば、その先にあるのは世界最強の王国の王都である。

 

 増槽を搭載したヘリならば、補給なしで行ける距離だ。

 

 最低限の荷物を持ち、部屋を後にする。ナタリアに「親父から呼び出されたから王都に行ってくる」と言ってテンプル騎士団の指揮を任せた俺は、何も言わなくなってしまったラウラを連れてヘリポートへと急いだ。

 

 地下に格納されているヘリのコクピットに乗り、素早く機体をチェックする。俺たちが乗り込んだのは、ロシア製汎用ヘリの『Ka-60カサートカ』。スーパーハインドと共に運用することになったヘリのうちの1機である。

 

 本格的な攻撃を主眼に置いたスーパーハインドとは異なり、それほど本格的な戦闘を考慮されていないせいなのか、がっちりしたスーパーハインドと比べるとスリムに見える。一応武装の後付けは可能で、実際に対戦車ミサイルや機関砲を内蔵したガンポッドを搭載した機体の運用も明日から始まる予定だが、俺たちが乗っているのは何も武装を搭載していないタイプだ。まあ、親父に呼び出されたんだし、武装は搭載していない方が望ましい。

 

 警報が響き渡り、ヘリポートの四隅にあるランプが点滅を開始する。やがてカサートカの乗った正方形のヘリポートが一瞬だけ大きく揺れたかと思うと、格納庫に格納されている他のヘリを下へと置き去りにし、ゆっくりと地上へ向けて上昇を始めた。

 

 タンプル搭のヘリポートは機体を36cm砲の衝撃波から保護するため、このように格納庫に直結したエレベーターがヘリポートも兼ねているという特殊な形式になっている。出撃に手間がかかるけれど、味方の砲撃の衝撃波で大事な機体がぶっ壊れるよりはマシだ。

 

 やがてヘリポートが地上まで上昇し、動きを止めた。

 

『管制室よりアルファ1へ。離陸を許可します』

 

「了解。アルファ1、離陸する」

 

『早く帰ってきてくださいね、同志!』

 

はいよ(ダー)

 

 管制室にいる仲間にそう返事をしながら、俺は冷や汗をかいていた。

 

 もしかすると―――――――――もう帰ってくることはないかもしれない。

 

 ラウラがやらかした事の責任は、俺が取らなければならないのだから。しかも王都で待っている俺たちの父親は、おそらくこの世界で最も容赦のない男。処分しなければならない人物が自分の子供だとしても、あの男は容赦をしないだろう。

 

 ヴリシア侵攻前なんだし、自分の子供なのだからという希望を捨てた俺は、息を呑んでからカサートカを離陸させるのだった。

 

 

 

 

 


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