異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ラウラの殺意

 

 

「話って何?」

 

 狭い路地の真っ只中で目の前に立ち塞がった赤毛の少女に、行く手を遮られているレナは不機嫌そうに言った。これから酒場に行って他の冒険者に声をかけ、ダンジョンの調査の協力を頼みつつ夕食を摂ろうとしていた彼女は、立ち塞がっているラウラの後方に見える建物の時計をちらりと見て舌打ちをする。

 

 大体午後5時30分から7時までの間が、酒場に多くの冒険者が訪れる時刻とされている。その時刻になれば酒場の店員たちも大忙しで、酒場の中はダンジョン帰りの冒険者たちでぎっしりだ。そういう男だらけの空間へとレナのような少女が踏み込めば、男たちの方から声をかけてくるのは当然のことで、彼女はそれを利用して彼らに協力を頼むようにしていた。

 

 その時刻が過ぎようとしている。現時点で金に困っているわけではないが、手練れの冒険者に協力してもらえればダンジョンに生息している魔物は怖くはない。彼女のような調査重視の冒険者の場合、生存率は味方の実力に大きな影響を受けるというのは言うまでもない。他力本願とも言えるが、仲間が戦いに専念している間に内部の様子や生息している魔物の種類などを調査しているのだから、「お前も戦え」といわれる筋合いはないのだ。

 

 原則として、ダンジョンを調査した際の報酬の金額は「どれだけダンジョンの中で調査が及んでいない部分を調査したか」によって決まる。もう既に調査を終えた場所のレポートも、数件のレポートを集めて地形の変化や生息する魔物の変化などのデータ化に有効活用するために報酬は支払われるものの、未調査の部分の調査と比べればまさに雀の涙と言える量でしかない。

 

 基本的に冒険者同士で協力した場合は報酬は山分けとなるのだから、彼女のやり方はその報酬の金額を増やすような行動なのである。………………それに魔物が仲間の手に負えないと分かれば、すぐに切り捨てて逃げることもできるから、少なくとも自分の生存と報酬を第一に考えるならば合理的な方法である。

 

 今までそうやってうまくやってきた彼女だったが、結局は実力のある冒険者が手強い魔物を引き受けてくれなければ成り立たないやり方だ。素早く動くことのみを考慮して武器はダガー1本のみとし、防具もそれほど重くない最低限の物である。しかし防御力も最低限しかないため、攻撃を食らった際にそれが防具として機能するのはよほど〝当たり所がよかった”場合のみとなる。

 

 だから協力者が見つかるか否かが、彼女の次の日に得られる報酬の金額に影響してくるのだ。

 

 それを邪魔されつつある事に苛立っているが、それをさらに燃え上がらせている原因は、その邪魔をしている相手がレナが純粋に嫌う相手だからだろう。

 

 ラウラ・ハヤカワという少女が、レナは本当に嫌いだ。

 

 弟を束縛して甘やかしたせいで、今のタクヤはその姉から離れられなくなってしまっているのだから。彼にとってラウラの愛情は悪い影響しか与えない。だから何とかしてタクヤは独立するべきだ。

 

「――――――――昨日タクヤに会ったでしょ?」

 

「ええ、会ったわ。一緒に買い物したの」

 

 暗闇の中で、ラウラが発する威圧感が一気に膨れ上がった。苛立っているのだと理解した瞬間、彼女に対して向けていた苛立ちが少しばかり軽くなる。まるで天秤の上にある苛立ちという重りを、自分の皿からラウラの皿に乗せたような感覚だ。

 

 いっそのこと、その苛立ち(重り)をすべて彼女の皿に乗せてしまおう。そう思ったレナは、続けて昨日の昼間にタクヤと出会ったことをラウラに告げる。

 

「一緒に手をつないで通りで買い物をしたのよ。やっぱり、ああいう元気な男の子は束縛するべきじゃないと思ったわ。分かる? あんまり甘やかすと、弟さんには悪い影響にしかならないのよ?」

 

「………………」

 

 少しずつ、レナの心の中(皿の上)から苛立ち(重り)が消えていく。それに反比例してラウラの威圧感が膨れ上がり、レナは優越感を感じる。

 

 目の前の少女の表情は先ほどから変わらない。レナからすれば悔しい話だが、特に表情を浮かべずに佇む目の前の赤毛の少女は、同い年の少女とは思えないほど大人びていて美しい。もしあんな威圧感を出さずに佇んでいたのならば、男たちに次々に声を掛けられていたに違いない。

 

 そうしたちょっとした嫉妬も、この苛立ちの原因なのだろうか。ほんの少しだけそう思ったレナだったが、今の彼女にはそう考える余裕がなかった。

 

「それとも、肝心なお姉さんの方が弟から離れられないのかしら?」

 

 ラウラに向かって言う度に、心の中(皿の上)苛立ち(重り)が少しずつ和らいで(軽くなって)いくのがよく分かる。

 

 実際に、タクヤに悪影響を与えているのはラウラの方だ。この姉さえいなければ彼はもう少しまともな少年に育っていた筈である。何でもかんでも彼女が束縛してしまうから、タクヤが伸びない。だから少しでも2人の距離を離し、今からでもタクヤが成長するための余裕を確保することが大切なのだ。

 

 そうやって自分の発言を正当化するレナだが、結局はタクヤを自分の物にすることができない不服が根底にあるということを誤魔化しているに過ぎない。先ほどから無言で佇んでいるラウラにそうやって言い続ける彼女は、自分の欲望を棚に上げているということに気付いていない。

 

 仮に気付いたとしても、彼女は誤魔化し続けるだろう。今までダンジョンの中で何度か仲間を見捨てて生き延びたことすら、レポートには「魔物との戦いで仲間が犠牲になった」という短い文章でまとめ、ダンジョンで冒険者が命を落とすのは当たり前という常識を縦にして誤魔化してきたような人間なのだから。

 

「タクヤ君のために何かをしたいんだったら―――――――――」

 

「――――――――もういいよ」

 

 続けて言おうとしたタイミングで、先ほどからずっとレナの言葉を聞いていたラウラが口を開いた。彼女の唇から姿を現した言葉にはぞっとしてしまう冷たさと怒りが含まれていて、先ほどまでは勝ち誇っていたレナはそれ以上喋ることができなくなってしまう。

 

「やっぱり、小さい頃から〝ちょっとだけ”遊んでる程度の女の言葉なんか、全然参考にならない」

 

「なんですって?」

 

「タクヤはちゃんと成長してる。私が甘やかしているっていう部分は認めるけど、あの子はちゃんと伸びてるし、私よりも大人びてると思う。――――――――ごめんね、何も知らない奴が偉そうに長々と説教してるのを聴いてたらムカついちゃった」

 

 幼少の頃に何度か一緒に遊び、最近になって再会した程度のレナに対し、ラウラはタクヤが小さい頃から一緒にいたパートナーのようなものなのである。今ではもう彼のちょっとした仕草で何を考えているのか察することができるし、彼の好きなものや嫌いなものまで全て網羅している。

 

 そんな彼女に、久々に再会した程度で調子に乗った少女が偉そうに説教していいわけがない。

 

 幼少の頃に何度か一緒に遊び、数日前にまた出会った程度の少女が、タクヤの何を知っているというのだろうか。

 

 こんな間違った理屈で説教するような女が、タクヤを汚したことが許せない。こんな女が最愛の弟の唇を奪ったことが許せない。

 

 気が付けば、ラウラは――――――――虚ろな目で笑顔を浮かべたまま、腰の鞘の中からボウイナイフを引き抜いていた。

 

 普段の戦闘では、彼女はタクヤと同じくテルミットナイフを使用している。アルミニウムと酸化した金属の粉末を混ぜ合わせた粉末に着火した状態で噴出し、相手に超高温の粉末を浴びせて焼き尽くすという恐ろしい代物だが、こんな女にそのような代物は使わない。

 

 鞘の中から姿を現した大きなナイフが、路地の向こうから流れ込んでくるランタンの明かりで反射して橙色に煌く。彼女の冷たい言葉ですっかり固まってしまっていたレナは、その光を発した代物がナイフの刀身であるということにすぐ気づき、大慌てで腰のダガーを抜いたが―――――――――遅かった。

 

「ひっ―――――――」

 

 レナのダガーがやっと鞘の中から姿を現した頃には、もうラウラがレナの懐へと急接近していたのである。体内に魔物の中でも強力なサラマンダーの遺伝子を持つキメラだからこそ生み出せる瞬発力は、どれだけトレーニングを重ねた人間でも真似できるものではない。そんな速度でいきなり突っ込んでくるのだから、戦闘よりも調査を主眼に置いたやり方のレナでは反応できる筈がなかった。

 

 逆手に持ったラウラのボウイナイフが振り上げられ、しっかりと握られる直前のダガーをレナの手からあっさりと払い落とす。ギンッ、と刀身同士が激突する音の残響を纏いながら舞い上がっていったダガーが脇の建物の壁に突き刺さり、そのまま動かなくなる。

 

 これだけで、レナは丸腰だ。目の前にいる女がナイフを振り下ろすだけで、あっさりと殺せる状態である。

 

「い、嫌…………助けて………………!」

 

「………………」

 

「だ、誰か……………! やだ、助けて……………タクヤ君、助けて…………ッ!」

 

「タクヤ……………?」

 

 このまま命乞いするようならば、見逃してもよかった。本当なら無残に殺してやろうと思っていたラウラだったが、もしこの光景をタクヤが目の当たりにしていれば、見逃してやれとラウラを諭しただろうから。

 

 けれども――――――――もう許すわけにはいかなくなった。

 

「なんで……………」

 

 見逃してやろうという気持ちを、血のように紅い何かがじわじわと侵食する。真っ白な服が血で紅く染まっていくように、彼女の心の中が猛烈な殺意で染まっていく。

 

「なんでタクヤなの? …………………おかしいよ、なんでタクヤの名前が出てくるの?」

 

 どうして、レナはここでタクヤに助けを求めたのだろうか? こういう局面で助けを求めるほど、あの2人は仲が良くなっていたのだろうか?

 

 ならば、昨日の夜にタクヤが答えてくれたことは嘘なのか? そう思ったラウラだったが、もしあそこでタクヤが言っていたことが全て嘘だということは考えにくい。彼はラウラに嘘をつくことはあまりないし、仮についていたとしても彼の仕草ですぐに分かる。それにそれほどレナと仲が良かったならば―――――――――もっと嫌な臭いがしていた筈だ。

 

 ということは、レナが一方的にタクヤに好意を持っていたということになる。それが一番説得力があるし、可能性が高い仮説だ。

 

(……………ああ、そうだったんだ)

 

 戻ったら、タクヤを疑ってしまったことを謝らなければ。

 

 目の前で怯えているこの少女が、元凶だったのだ。タクヤを汚し、最愛の弟を疑わせたこの女が原因だったのである。

 

(私、あの子のことを疑っちゃった…………………)

 

 謝ったら、彼は許してくれるだろうか?

 

「や、やだ……………やだ、殺さないで…………………!」

 

 とりあえず――――――――病原菌は始末するべきだ。そうすれば最愛の弟が汚れることはなくなるし、きっと褒めてくれるに違いない。

 

 タクヤが喜んでいる顔を思い浮かべたラウラも、怯えるレナを見下ろしながら微笑んだ。

 

「――――――――やだ」

 

 微笑んだラウラがナイフを振り下ろした瞬間、路地の壁に鮮血が飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練を終えてシャワーを浴び、長い髪を自分の魔力で発生させた熱風で乾かしながらシャワールームから出てくると、自室に備え付けられている簡単なキッチンの向こうでは、ナタリアが鼻歌を歌いながらパスタを茹でているところだった。

 

 タンプル搭の居住区にあるすべての部屋には、わざわざ食堂に行かなくてもいいように簡単なキッチンが備え付けられている。最近はラウラがナタリアのおかげで美味しい料理を作れるようになったし、時間が空いているときは料理の練習をしている姿をよく見かける。本当に、ナタリアに感謝しなければ。

 

 そのラウラは、まだ部屋に戻ってきていない。しっかり者のナタリアに俺の世話を任せて行ったのはいいんだが、彼女はいったい何の買い物に行ったのだろうか。

 

 冷蔵庫の中にはまだ野菜や肉は残っているし、小麦粉や米もまだ残っている筈だ。そのほかの日用品もちゃんと買いそろえているから足りなくなることはまずないと思うんだが、個人的な買い物なんだろうか?

 

 早く帰ってこないかなと思いつつ、乾かしたばかりの髪をお気に入りのリボンで結んでポニーテールにする。最初はエリスさんの悪ふざけでこんな上方にされていたが、今ではもうすっかりトレードマークと化している。これが俺を少女っぽい容姿にしているのに一役買っているのは否定できないけれど、これをやめたらお姉ちゃんが悲しむので続けるつもりである。

 

 ちらりとキッチンの方を見ると、パスタを茹でるナタリアの傍らにはチーズが置かれていた。カルボナーラにするつもりなんだろうか。

 

「そういえば、最近のラウラの料理はどう?」

 

「かなり変わったよ。ナタリア先生のおかげだな」

 

 前までは彼女の料理でいつか戦死者が出るんじゃないかと思えるほどヤバい代物だったんだが、今ではごく普通に調理ができるほど大きく進歩した。しかも時間があれば料理の練習をしているので、味も徐々に美味しくなっている。

 

「それはよかったわ。私も頑張ろうかしら?」

 

「おう。…………あ、それとさ」

 

「なに?」

 

「エプロン似合ってるぜ」

 

 黒い制服の上にエプロンをつけているけど、そういう格好も似あっていると思う。いつもは制服を着崩さずに身に着けているしっかり者のナタリアだけど、こういう日常での彼女を何度も目にしているからなのか、あまり堅苦しい感じはしない。

 

「えっ? …………なっ、何言ってんのよ!?」

 

「いや、エプロン姿のナタリアも可愛いなって思って…………」

 

「ば、バカじゃないの!? ……………もうっ」

 

 す、すいません……………。

 

 片手を腰に当てながら調理をつづけるナタリアは、割と楽しそうだった。ラウラに俺の世話を任されているからなのか張り切っているようにも見える。

 

「あ、俺も何か手伝う?」

 

「ん? ああ、大丈夫よ」

 

「本当に?」

 

「ええ。私が世話してあげるから、あんたはゆっくりしてなさいっ♪」

 

 やっぱり、張り切ってるよな?

 

 とりあえずお言葉に甘えておこう。そう思いながらソファに腰を下ろし、テーブルに置いてあるラノベを手に取る。

 

 そういえば、普段のナタリアは周囲の変わった奴らにツッコミをすることが多いし、他のメンバーたちを引っ張っていくことが多いからそういうしっかりした姿ばかり目にしてしまうけれど、こうして料理している姿はいつもの彼女と一味違うように見える。

 

 いつもよりも開放的な感じだ。

 

 ラノベを手に取ったのはいいんだけど、肝心な文章や挿絵よりも調理中の彼女の方が気になってしまい、俺はついついソファの後ろの方にあるキッチンで調理する彼女の方ばかり見てしまう。

 

 すると、パスタを茹で終えたナタリアと目が合ってしまった。彼女はびっくりしながら慌てて目を逸らしたけれど、チーズを手に取るふりをしてもう一度こちらの方をちらりと見てくる。

 

 ナタリアの顔は、気のせいなのか赤くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い部屋の中で、私はナイフを振り下ろしていた。

 

 魔物にナイフを突き立てたことは何度もある。そして回数は魔物よりも少なくなるけれど、人間にナイフを突き立てたことも何度もある。

 

 でも後者の回数は、きっと私よりもタクヤの方が上なんじゃないかな? あの子は容赦がないし、仕留めた転生者をいつもバラバラにして、その血でニホン語のメッセージを書いてるし。

 

 あの子にアドバイスを貰えばよかったかな? ナイフで刺すだけなら簡単なんだけど、そのナイフで解体するのって骨が折れるなぁ…………。

 

 彼女の表情は、もう二度と変わらない。恐怖と絶望という表情だけで固定された彼女の顔は、もう笑顔を浮かべることはないし、涙を流すことも考えられない。……………というか、もう動くことはないよね。

 

 私のタクヤを汚すからこうなるんだよ? 何もしなければ、私もこんなに苦労することはなかったんだから。

 

 血まみれになって絶望する彼女の頭を両手で持ち上げ、私は微笑んだ。

 

「ふふっ。――――――――これでもう、タクヤを汚す悪い女はいなくなったよ」

 

 


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