異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
アサルトライフルのグリップを握り、息を呑んでからその瞬間を待つ。今ではもう戦うことにはすっかり慣れてしまったつもりだけれど、それでも戦う前の緊張感はいまだに残ったままだ。というか、この緊張感がすっかり消え去ってしまったら戦えないと思う。
緊張感があるからこそ、死を恐れる。死なないように戦おうと意識し、何とかして生き残る方法を必死に探す。緊張感はそれの動力源だ。緊張感に追い立てられるからこそ、動物の本能は必死に生きようとして体を動かし続ける。
1mmでもいい。いや、それ以下でもいい。少なくとも緊張感の大きさが完全な〝0”でなければ、それでいい。心のどこかや脳裏のどこかにそれがあれば、それでいい。
同じように緊張する
AK-12には銃剣が取り付けられているが、中にはグレネードランチャーを取り付けている兵士もいるため、邪魔にならないように銃剣を銃口の右側に取り付けている奴もいる。ポーランド製グレネードランチャーのwz.1974を装備している俺も、そういう風に銃剣を取り付けている1人だ。
少しずつ身体の力を抜いていると、俺たちに合図を送ることになっているイリナが片手を上げた。「突撃準備」を意味する合図だと理解した俺たちは、再び息を呑みながら全力疾走の準備をする。
前世の世界の戦闘において、もう既に銃剣突撃と呼ばれる戦法は時代遅れになった。大昔の世界大戦ならばまだ通用する戦法だったけれど、それは当時の銃の命中精度が低く、なおかつ連射速度が遅かったことが原因の1つだ。けれども連射ができるアサルトライフルを装備するのが当たり前となった現代において、そんなことをすればあっという間に蜂の巣にされてしまう。
だが、それは〝現代兵器同士の戦闘”での話だ。ここは異世界である。
未だに接近戦が主流となっているこの世界では、むしろ銃剣は重宝する。銃を背負ってナイフやサーベルを抜いて応戦するよりも、そのまま銃剣で応戦した方が素早く対応できるからだ。モリガンの傭兵たちが確立した異世界ならではの戦術は俺たちにとっては貴重な〝前例”なのである。
そして――――――――ついに、突撃する兵士たちへと合図が送り届けられる。
『――――――ブオォォォォォォォォォォッ!!』
「「「!?」」」
……………ん? 今の音は何かな?
あれ? ちょっと待て、合図って確かホイッスルじゃなかったっけ? い、今の音は何だ? なんだか法螺貝の音に似てたような気がするんだけど…………。
緊張感を台無しにされながら、俺は合図を送ったイリナの方を見た。確かに彼女はホイッスルではなく奇妙な形状の大きな貝殻を手にしていて、予想外の合図を送られて困惑する俺たちを見て笑っている。
同じように予想を裏切られた他の兵士たちはというと…………「あ、あれ? 合図と違う………」とか、「これどうすんの? 突っ込む?」と言いながらすっかり混乱しているようだった。
でも、かつてはムジャヒディンと呼ばれていた戦士たちを束ねるウラルはすぐに混乱をぶち壊すかのように、怒声にも似た大きな声で指示を出す。
「……………と、とっ、突撃だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「「「「「う……………УРаааааааа!!」」」」」
「合戦じゃあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! ――――――――ってアホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ちょっと待てよ! 何で法螺貝!?
「イリナ、その法螺貝どこで手に入れた!?」
「これ? 商人さんが売ってくれたんだよ。面白いでしょ? 倭国っていう東の島国で使われてた笛らしいんだけど……………」
「あのさ、突撃の合図はホイッスルだったろ!?」
「これも笛だよ?」
「ホイッスルでやれ! みんな混乱してるじゃないか!」
見渡してみると、突撃の準備をしていたほかの兵士たちはやっぱり混乱していた。こちらを見つめながら苦笑いする兵士もいるし、「あれ笛だったんだ……………」と言いながら元の位置に戻っていく兵士もいる。
まったく、実戦じゃなくてよかったよ。
今やってたのは銃剣突撃の訓練だ。射撃訓練も大切だけど、弾薬が尽きたら得物は近接武器や銃剣しかなくなってしまうため、テンプル騎士団では銃剣の携帯を義務付けるようにし、それに合わせて銃剣の訓練もやるようにしている。
数日前の転生者の討伐で、テンプル騎士団は40人の奴隷たちを受け入れることになった。できるならば彼らを故郷へと戻してあげたかったんだけど、その故郷はもう既に転生者たちによって焼き払われていたらしく、彼らには帰る場所がないというのである。幸いこれから人口が増えることを考慮して居住区の拡張を急ピッチで進めてもらっていたため難なく収容することができたけれど、同じ世界出身の転生者たちがそんな残虐なことをしているのが本当に嘆かわしい。
その受け入れた40人の中で、新たに12人が志願兵として一緒に戦うと申し出てくれた。とはいえ彼らはムジャヒディンやゲリラたちのように戦闘経験があるわけではないらしく、故郷では畑を耕したり、家畜を飼育して生活していたという。つまり戦闘経験はゼロということだ。だから戦い方を知っているムジャヒディンたちと比べると、彼らの訓練には幾分か骨が折れる。
「とりあえず、次はホイッスルでやってくれ」
「はーい…………」
まったく。ついノリツッコミやっちまったじゃねえか…………。
でも、あの法螺貝には使い道がありそうだな。
AK-12を担ぎ、悪だくみしながら俺も元の位置に戻ろうとしていると、タンプル搭の方から黒い制服に身を包んだ金髪の少女がやってくるのが見えた。ナタリアかと思ったけれど、いつもツインテールにしている彼女と違って普通のロングヘアーだし、前髪の右側にはドイツの鉄十字を模したヘアピンをつけている。
ナタリアと比べるとほんの少し大人びた雰囲気がするから、クランかな?
「お疲れさま、
「おう。どうした?」
「スオミ支部から通信よ。ちょっと来てくれるかしら?」
スオミ支部から?
「分かった、すぐ行く。…………ウラル、突撃の訓練が終わったら休憩させててくれ」
「了解だ」
訓練の指揮をウラルに任せ、俺はクランの後について行く。
スオミ支部はオルトバルカ王国の北部にあるシベリスブルク山脈の近くにある、テンプル騎士団の一番最初の拠点だ。もともとそこには『スオミの里』と呼ばれる里があり、そこは先天性色素欠乏症(アルビノ)のハイエルフたちで構成されている。
昔はオルトバルカの領土ではなかったんだけど、大昔に勃発したオルトバルカの侵略によって強引に併合された歴史を持つ。そのため里のハイエルフたちはオルトバルカ人のことをリュッシャと呼んで敵対視しているんだが、俺たちは彼らの里の防衛に協力したことから仲間として見てもらえている。
テンプル騎士団の重要な支部だけれど、元々スオミの里の人々が得意とするのは、侵略者から拠点を守る防衛戦だ。だから攻め込んでくる敵を迎え撃つことに関しては完璧なんだけど、逆にこちらから反撃を仕掛けることになると、侵攻作戦の経験不足が足枷となって巧く機能しないという弱点がある。
それにしても、どうしたんだろうか? 何かあったのか?
一応スオミの里とは定期的に通信をするようにしているんだが、前の通信の時は以上はないと言っていた。相変わらずニパの奴が虎の子のコマンチで危なっかしい飛び方をするってイッルが愚痴を言っていたのを思い出した俺は、まさかまたニパがコマンチをぶっ壊したんじゃないだろうなと思いつつ、地下の中央指令室へと続く階段へと向かう。
おいおい、頼むからもうコマンチをぶっ壊さないでくれよ? あの機体はかなりコストが高いんだからな?
雪山での戦いで支援要請をしたことを思い出しつつ、俺は天空へと伸びる巨大な36cm砲の近くで作業をしているドワーフたちに手を振った。
タンプル搭を取り囲む岩山の中から採掘された鉱石を加工し、彼らにはヘリの運用に使うヘリポートを作ってもらっている。とはいえ地上にヘリを着陸したままにしておくと、36cm砲を発射した際の衝撃波で吹っ飛ぶ可能性があるので、ヘリの格納は地上ではなく地下の格納庫にすることにしている。そのためただのヘリポートではなく、空母の格納庫から甲板へと艦載機を移動させるエレベーターのように、ヘリポートにエレベーターの機能も持たせたちょっとばかり特殊なヘリポートになっているという。
地下の格納庫からヘリをヘリポートを兼ねるエレベーターへと乗せ、地上まで上げてからそのまま離着陸を行うという手順だ。こうすればヘリが砲撃の衝撃波に巻き込まれることもないし、万一空襲を受けても機体が破壊されることはない。
ちなみにエレベーターや地上のハッチの動力には、数日前にモリガン・カンパニーから購入した大型のフィオナ機関を使わせてもらう予定である。社長の息子ということで結構値下げしてもらえたんだけど、それでも購入にかかった金額は金貨10枚。金貨3枚で一般的な住宅をローン無しで建てられるほどの価値があるのだから、あの動力機関1つで一般的な家がローン無しで3軒も建てられるという計算になる。
ライセンス生産という手段もあるけれど、残念ながらテンプル騎士団にはフィオナ機関を生産するノウハウがない。設計図を購入したからと言ってそのまま作れるわけではないのだから、ある程度の品質の低下は覚悟しなければならない。それを考えると、尋常じゃない量の金を払ってライセンス生産するよりも、必要な分だけフィオナ機関を購入した方が賢い選択と言える。
「補助動力は蒸気機関かな」
「ああ、あのエレベーターの話?」
「おう。さすがに補助動力も確保しないとな」
フィオナ機関の影響が大きすぎるせいで影が薄くなっているけれど、蒸気機関も重要な動力機関として普及しつつある。ちなみにこちらならドワーフたちでも生産することはできるらしいんだけど、肝心な石炭が足りないらしいので常に稼働させるわけにもいかないという。
とりあえず、運用するヘリはぜひともスーパーハインドにしたいところである。
スーパーハインドは、旧ソ連が開発した『Mi-24ハインド』と呼ばれる機体を南アフリカが更に改良した高性能な戦闘ヘリである。強力な対戦車ミサイルやロケットポッドをこれでもかというほど搭載できるため非常に火力が高く、更にヘリの中でも頑丈な機体なので撃墜するのは困難と言われている。まあ、さすがにミサイルを叩き込まれたらあっという間に木っ端微塵だけどね。
でも、この機体にはそれだけの火力を持つ上に歩兵を兵員室に乗せ、作戦地域に降下させられるというもう1つの取り柄がある。火力で敵を圧倒しつつ、地上に歩兵を展開して敵を挟み撃ちにすることも可能というわけだ。
かつてモリガンは、このスーパーハインドを本格的に運用して大きな戦果を上げた。レリエルとの戦いでは撃墜されてしまったそうだけど、それでも奴をヴリシア帝国から撃退することに貢献したという。
まずスーパーハインドは運用したいところだ。あの火力と歩兵の輸送能力は本当に頼りになる。他のヘリも考えておこう。
中央指令室へと続く階段を降り始めると、気温が一気に下がった。天井にある通気口から漏れ出る冷気が適度に基地の中の気温を下げているのだ。
戦術区画へと入り、やたらと大きな扉を開ける。扉の向こうに待ち受けていたのはちょっとした円形の広間で、中心には大きなテーブルが置かれており、その上にはずらりと書類の山が鎮座している。ここの主人は人間ではなく書類なのかと思いきや、壁面にはびっしりと大きなモニターが埋め込まれており、そのモニターの前の座席ではヘッドセットをつけたテンプル騎士団の団員たちが、ひっきりなしに無線で偵察部隊に指示を出しつつ、部隊の状況をモニターで確認している。
ここが中央指令室。俺たちの組織を人間の身体に例えるのであれば、この機械と書類だらけの殺風景な部屋こそが〝脳”だ。人間の脳のように考え、人間のように
鋼鉄の
「やあ、同志」
「お疲れ」
メンバーの自室と変わらない広さの部屋の中に、無線機と世界地図が置いてあるだけの部屋から随分と変わってしまった部屋の中で、ヘッドセットを外した木村が俺に声をかけた。シュタージの一員である木村だが、相変わらずドイツ製のガスマスクを着けたままだ。気に入ってるんだろうか?
「あっ、お兄ちゃん!」
「やあ、ノエル。頑張ってるかい?」
木村が俺に声をかけたことで、どうやらノエルも俺がやってきたことに気付いたらしい。ハーフエルフの―――――――今はキメラだけど、元はハーフエルフなのだ―――――――耳をぴくぴくと動かしながら立ち上がった彼女に手を振りつつ、木村の方へと向かう。
ノエルはテンプル騎士団の本隊ではなく、シュタージへの配属が決まっている。理由は彼女が受けてきた隠密行動の訓練や暗殺の技術が、シュタージという舞台裏で暗躍する部隊の矛になることを期待しているからだ。いざとなったら敵の要人を暗殺するようなことがあるかもしれないからな。
けれど、まだまだ未熟なので今は研修中と言ったところか。
「スオミ支部からです」
「おう。――――――――こちらタクヤ。あ…………コルッカって言った方がいいかな? どうぞ」
コルッカというのは、スオミ支部でつけてもらった俺の愛称のようなものだ。古代スオミ語では『狙い撃つ者』という意味になるらしく、優秀な狩人に送られる称号なのだという。
すると、ヘッドセットの向こうから元気そうな声が返ってきた。
『うお!? おい、イッル! マジでコルッカの声が聞こえるぞ!?』
「ん? ニパ?」
ニパか?
『ええと…………久しぶりだな。元気か?』
「ああ。そっちこそどうだ? 問題はないか?」
『ああ、相変わらずみんな元気だ。この前アールネの兄貴がでっけえ熊を仕留めてさ―――――――――』
『おい、ニパ! そろそろ代われ!』
『ちょ、ちょっと兄貴!? いや、俺まだ話し中―――――――――あああああああああ!?』
「ニパ!?」
おい、なんだかすごい音が聞こえたけど大丈夫か!? ヘッドセット落としたんじゃないか!?
『あー、聞こえるか?』
「アールネか。元気そうだな」
今度は野太い声が聞こえてきた。スオミの戦士たちを束ねる、アールネ・ユーティライネンである。
前世の世界の〝冬戦争”と呼ばれる戦争で活躍した軍人の中にも同盟のフィンランドの軍人がいるんだけど、どうやらその人たちと同一人物ではないらしい。
『おう、あれからトレーニングを続けているうちにみんなフルオート射撃に慣れ始めてさ。そろそろこっちでもアサルトライフルの本格的な投入に踏み切りたいところなんだが、ちょっと数が少なくて困ってるんだ』
「ああ、了解した」
スオミの里に住んでいる種族は、全員ハイエルフである。
ハイエルフは様々な種族の中でも非力な部類に入る種族であり、弓矢を使った狙撃や遠距離からの魔術の攻撃で真価を発揮する。彼らに剣を持たせて突撃させるのは自殺行為でしかない。
そのため、アサルトライフルのフルオート射撃では「反動が強すぎる」ということで、スオミ支部には第二次世界大戦で使われていたモシン・ナガンM28やKP/-31を配備していた。どれも信頼性の高い頑丈な武器ばかりだが、さすがに旧式の武器ばかりなので、本部で全面的に採用されているAK-12などの最新型のライフルと比べるとどうしても性能面で劣ってしまう。
念のため少数だけだがAK-74と、フィンランド製アサルトライフルのRk-95を残してきた。中にはアールネのように屈強な兵士もいるし、反動に慣れてきたら全面的に装備させられるようにという配慮である。
ちなみに、Rk-95はAK-47をベースにしてフィンランドで開発された最新型のアサルトライフルの1つで、多くの銃が5.45mm弾や5.56mm弾などの小口径の弾薬を採用する例が多い中では珍しく、大口径の7.62mm弾を使用している。
AK-47と比べると非常に命中精度が高く、ちょっとした狙撃にも使用できるという大きな利点があり、更に信頼性も相変わらず高い。汎用性ではやはり西側のライフルと比べると劣ってしまうけれど、命中精度と信頼性という大きな利点を考えれば気にならない部分だ。
「Rk-95でいいか?」
『ああ。後で受け取りに行くから準備してもらえるか?』
「了解した。こっちは暑いから、厚着で来たらヤバいぞ」
『了解。それじゃ、また今度な』
「ああ。…………あ、それと来る時はサルミアッキを持ってきてもらえるか? ステラの奴が食いたがっててさ」
『お安いご用だ』
これでステラの奴も喜んでくれるだろう。
アールネとの通信を終えた俺は、ニヤニヤしながら踵を返した。指令室の扉を開けて地上へと向かおうとしていると、微かに地上から『ブオォォォォォォォォォォッ!』という法螺貝の音が聞こえてきて、俺は苦笑いしながら落胆してしまう。
ああ、イリナ。法螺貝が気に入ったのか……………。
おまけ
ニックネーム
木村「ちょっといいですか?」
クラン「あら、どうしたの?」
木村「皆さんにはニックネームがついてますよね? ケーターとか、クランって感じに」
木村「なんで私にはそういうニックネームがないんでしょうか?」
シュタージ一同「……………」
木村「……………」
ケーター「…………ミスター・ガスマスクとか?」
クラン「ガスマスク木村」
ケーター「うーん…………待て、ガスマスクにこだわらないで、名前の方で考えてみようぜ」
クラン「……………というか、もう既に『木村』が愛称になってるし…………」
木村「……………」
完