異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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調査に出発するとこうなる

 

 

 眠気から解放される前から、ずっと甘い香りが俺を包み込んでいた。

 

 幼少の頃から何度も嗅いだことのある、すっかり馴染んだ甘い香り。きっと夢を見ている最中も俺の鼻孔を満たしていたんだろうなと思いつつ、そっと瞼を開けながら体を起こそうとする。

 

 けれども、やっぱりいつものように身体は動かない。手足が縛りつけられているというよりは、胴体に何かが絡みついているというべきだろうか。いずれにせよ身体が拘束されていることに変わりはないんだが、朝起きた時にこんな状態になっているのはいつものことだ。そしてその元凶にも心当たりがある。

 

「ふにゃあ……………タクヤぁ……………♪」

 

 両手と両足だけでなく、キメラの尻尾でも身体をがっちりと押さえつけながら幸せそうに眠っているのは、腹違いの姉のラウラ。幼少の頃からずっとこうやって眠っているんだが、さすがに発育が進んだ今の状態でこんな眠り方をされるとかなり困る。当たり前のように押し当てられている大きな胸の弾力にドキドキしながら、溜息をついてもう一度後頭部を枕の上に押し付けた。

 

 小さい頃は大丈夫だった。まあ、こんなに胸は大きくなかったし、俺の中身も17歳の男子高校生だから、姉というよりは甘えん坊の妹みたいな感覚だった。けれど成長するにつれて大人びた容姿になり、スタイルも母親のエリスさんのようになってくると、さすがに顔を赤くせずにはいられない。

 

 こうやって甘えてくるのを躊躇ってくれるのならば問題はない。けれどもラウラは躊躇うどころか、俺が恥ずかしそうにすると逆に攻め込んでくるのである。

 

 特徴的な赤毛に結んでいたリボンを外した彼女の顔つきは、やっぱり母親のエリスさんに近い。髪の色と戦闘中の性格以外は完全に母親にそっくりである。

 

 ラウラのせいで動けない状態のまま、枕元の時計を確認する。今の時刻は午前5時くらいか…………。

 

 それにしても、なぜ1人用のベッドで18歳の男女が一緒に眠らなければならないのだろうか。別々のベッドで眠るか、せめてもう少し大きめのベッドを使わない限り密着するのは当たり前だぞ?

 

 でも……………別に嫌じゃないし、いいか。恥ずかしいけど。

 

「ふにゃ……………大好き………………」

 

「………………」

 

 小さい頃は、多分俺はごく普通の弟だった。

 

 でも、こんな甘えん坊のお姉ちゃんに長年甘えられ続けたせいで、今ではもう完全にシスコンだ。しかもラウラは色々と不器用な少女だから、一緒にいる俺がちゃんと彼女の世話をしなければならない。

 

 ラウラは料理ができない。というか、彼女が料理を作ると死者が出るので作らせてはいけない。実際に彼女が作った料理を食べたあの親父が高熱を出して死にかけたこともあるので、一般人が食べたらどうなるかは想像に難くない。

 

 あの時は親父が『せっかく娘が作ってくれたんだから』と言って、紫色の毒々しいビーフシチューを平らげたが、はっきり言うと俺にそんな度胸はない。

 

 昔のことを考えていると、寝相なのかラウラが身体を動かし始めた。俺の胴体に巻き付けていた尻尾をほどいたかと思うと、今度はそれを俺の首に巻き付け、先のほうで俺の頬をぺちん、と叩きやがった。

 

 そして、実は起きてるんじゃないかと思えるほどピンポイントで顔を俺の頬に近づけると、眠りながら頬ずりを始める。

 

 甘えん坊で不器用なお姉ちゃんだけど、彼女の弟として転生することができてよかったと思ってる。

 

 でも――――――――問題点があるんだよね。

 

「…………ふにゅ……絶対………………逃がさない………………フフフフフッ」

 

 そう。俺のお姉ちゃんは―――――――――ヤンデレなのだ。

 

 ヤンデレになっちゃったのは幼少の頃である。一緒に公園で遊んでいた幼馴染の女の子に抱き着かれていたのを目撃したのが始まりで、それ以降は俺がほかの女の子と仲良くしているのを目にする度に機嫌を悪くしたり、最悪の場合はベッドに手足を縛り付けられたり、氷漬けにされて監禁されることもあった。

 

 言っておくが、俺はクーデレ派だ。前世の友人にヤンデレが大好きな奴がいたが、そいつがラウラを目にしたらきっと大喜びで監禁されようとするだろう。

 

 さて、お姉ちゃんはいつになったら目を覚ますのかな? 寝相で身体を動かしたせいで大きな胸が余計押し付けられてるんだけど、本当にこれ何とかしてくれないかな?

 

 パーティーメンバーの中で一番でかいだろ、これ。まさに超弩級戦艦だよ。トレーニング中とか戦闘中によく見てみると揺れてるし。

 

 ラウラの母親じゃなくて俺の母親だけど、エミリアさんも結構でかい。しかも剣を使って接近戦をするのを好む人だったからなのか、戦闘中に揺れるのを気にしていたらしく、一時期は胸に防具を装着して揺れるのを防いでいたという。

 

 母さん、そんな勿体ないことしちゃダメだよ……………。大きな胸はぜひ揺らすべきだと思うよ。それとそんな巨乳の美女を2人も嫁にした親父はマジで羨ましい。

 

 そんなことを考えながら天井を見上げていたその時だった。何の前触れもなく部屋のドアが開いたかと思うと、ドアが完全に開き切るよりも先に、人影のようなものが凄まじい速さで部屋の中に突入してきたのである。

 

「!?」

 

 え、何!? 何か入ってきた!?

 

「タクヤー! 朝だよぉー!!」

 

「い、イリ―――――――――ふぁいぶせぶんっ!?」

 

 そしてその部屋の中に入り込んできたやたらと騒がしい来訪者は、まるで起動したSマインのように勢いよくジャンプしたかと思うと、俺に絡みついているラウラではなく、ピンポイントで俺のみぞおちの辺りに着地しやがった!

 

 あ、朝っぱらから…………強烈な一撃を………………ッ!

 

「ほらほらぁ、早く起きなよ。寝坊はよくないよ♪」

 

「ぐえ………………お、降りろ、バカ………………」

 

「ん? 酷いなぁ。せっかく起こしに来たのに。……………それにしても、本当にお姉ちゃんと仲良しなんだねぇ」

 

 制服姿で俺の上にのしかかりながらニヤニヤと笑うイリナ。俺の隣では、すぐ隣でみぞおちへの空爆があったというのに、相変わらずラウラが気持ちよさそうに眠っている。

 

「と、とりあえず、降りろ」

 

「えー? あ、その前にさ」

 

 上にのしかかっているイリナが、そっと自分の口元に白い指を近づける。彼女の唇から微かに覗くのは、人間よりも若干長い吸血鬼の舌と―――――――吸血鬼たちの象徴ともいえる、鋭い犬歯だ。

 

 大昔から吸血鬼たちは、あの犬歯を人々の身体に突き立てて血を吸っていたのである。

 

 その犬歯を指でなぞったイリナは、自分の口元を舌で舐めまわしてから微笑む。

 

「――――――――朝ごはんが欲しいなっ♪」

 

「あー、分かった」

 

 あ、朝ごはんか……………。

 

 現時点でテンプル騎士団のメンバーに、吸血鬼は2人いる。言うまでもないが、ウラルとイリナの2人だ。吸血鬼はサキュバスが魔力を吸収する必要があるように、血を吸う必要がある。栄養を吸収する手段はそれだけとなっており、ごく普通の食べ物を口にしても栄養を摂取することはできず、空腹感も消えないという。

 

 だから当然ながらウラルとイリナには食料として血をあげなければならない。今のところは団員たちが注射器を使って日替わりで自分の血をある程度抜き取り、それを2人に食料としてあげるようにしている。

 

 俺の分の注射器もあったはずだ。ええと、棚の中だったかな?

 

「イリナ、俺の分の注射器はそこの棚の中に――――――――」

 

「直接じゃダメ?」

 

「えっ?」

 

 ちょ、直接?

 

 注射器で血を抜かないで、そのまま血を吸うってこと?

 

 いきなりそんなことを言われて困惑していると、頬を赤くしたイリナが静かに顔を俺の首筋へと近づけ、まるで犬のように匂いを嗅ぎ始める。

 

「タクヤの肌って、白いよね。いい匂いするし……………」

 

「お、おい、イリナ!?」

 

 隣でラウラが寝てるんだぞ!? しかもヤンデレだぞ!?

 

「ふふふっ……………美味しそう」

 

「ばっ、バカ、隣にラウラが――――――――」

 

「ごめんね、もう無理……………っ!」

 

 吸血鬼の食欲は、他の種族の食欲よりもはるかに強烈だという。小さい頃にこの異世界を知るためにと読み始めた図鑑に記載されていたことを思い出した直後、首筋に2本の鋭い何かが突き刺さったような感触がして、ほんの少し遅れてから痛みが膨れ上がり始めた。

 

 首筋の肉に、吸血鬼の牙が突き立てられる痛みだ。すると今度は、じゅる、と液体を吸い上げるような音が聞こえてきて、痛みがどんどん増していく。

 

 俺の首筋に噛みついているイリナはうっとりしているようだった。俺の血の味が気に入ったのか、それともまだまだ空腹なのか、全然俺の首筋から離れる気配はない。

 

 しばらくすると、やっとイリナが首筋から離れてくれた。人間よりも長い舌で口の周りの血を舐め取ると、今度は首筋に残っている血を舐め取り、息を吐きながら微笑む。

 

「ああ……………僕、この味大好き……………♪」

 

「あー、痛かった」

 

 ステラに魔力をあげると身体から力が抜けていくけど、イリナにこうやって血をあげるのは思った以上に辛い。注射器よりもはるかに太い牙が2本も首筋に突き立てられる挙句、身体中の血を吸われるのだから、イリナがうっかり吸い過ぎてしまったら俺は死んでしまう。

 

「ねえ、これから毎日吸いに来てもいいかな?」

 

「マジで?」

 

「うん。だってタクヤの血は美味しいし、血を吸われてる時の顔がとっても可愛いんだもん♪」

 

 俺、どんな顔してたんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タンプル搭の地下には、戦車や装甲車などの車両を格納しておくための格納庫がある。地上には36cm砲がずらりと並んでいるため、そんな場所に格納したら砲撃の際の衝撃で損傷する可能性がある。そのため、格納庫をはじめとするあらゆる設備はタンプル搭の地下に用意されている。

 

 こういった格納庫は普通の基地ならばよく目にする光景だが、転生者の能力で自由自在に兵器を呼び出すことができるならば不要な設備といえるかもしれない。確かにこのようにいちいち格納庫に格納する必要はないかもしれないし、もし裏切者がいた場合はそのまま強奪される危険性もあるだろう。

 

 けれども、団員たちが裏切る可能性は極めて低いし、ちゃんと見張りもつけている。それにこうして格納庫に兵器を格納しておくことで、俺がいちいち戦車や装甲車を呼び出さなくても乗組員が乗り込むだけですぐに出撃できるようになるというメリットがある。

 

 仲間たちと共に戦うのだから、仲間のことを考慮するのは当然だ。

 

「タクヤ、準備できたよー!」

 

「はいよー!」

 

 さて、そろそろ出発するか。

 

 この格納庫に格納されているのは、装甲車や戦車だけではない。偵察部隊が使用するバイクなどもここに格納されているのである。

 

 昨日の午後に偵察部隊が発見したという街へと、これから俺たちは調査に向かうのだ。とはいえテンプル騎士団本隊のメンバー全員で向かうわけにはいかないため、手の空いているメンバーのみで向かうことになっている。

 

 参加するのは、俺とラウラとイリナの3人。他のメンバーには団員たちの指導を担当してもらう予定である。

 

 偵察部隊が発見した街がある位置は、ここから南東に50km。そこまでの地形はずっと砂漠が続いているだけらしいが、魔物が生息しているらしく、戻ってくる際に威嚇射撃で追い払ったという。なので魔物の襲撃も想定してある程度武装していくのがベストだが、さすがに装甲車を引っ張り出すわけにもいかない。

 

 なので、武装したバイクを使うことにした。

 

 AK-12を背負いながら、俺はこれから乗るバイクを見下ろす。

 

 目の前にあるバイクは、偵察部隊が使っていたスマートなカワサキKLX250と比べると対照的と言えるフォルムをしている。全体的にがっちりしており、車体の前方には古めかしい円形の大きなライトが装着されている。

 

 さらに車体の右側には同じくがっちりしたサイドカーがついており、そのサイドカーには7.62mm弾を使用するLMGのRPDが備え付けられている。塗装は黒と灰色の迷彩模様で、部分的に紅く塗装されている。

 

 そのバイクは、ウクライナ製バイクの『KMZドニエプル』というバイクである。

 

 ソ連では、第二次世界大戦でドイツ軍が使用していたバイクをコピーして使用していたという。このウクライナ製バイクのドニエプルは、ウクライナがソ連から独立する前から開発されている旧式の軍用バイクなのだ。

 

 旧式のバイクだが、やはり東側の兵器や車両などと同じく頑丈であるため過酷な環境の中でも信頼性は非常に高いといえる。それに個人的に好きなバイクなので、このバイクも運用することにしている。

 

 バイクの上に乗り、コートのフードをかぶる。ヘルメットをかぶりたいところだがキメラには頭に角があり、感情が高ぶると勝手に伸びてしまうという不便な体質であるため、ヘルメットをかぶると面倒なことになるのだ。下手をするとヘルメットを角が突き破ってしまうかもしれないし、角を痛める可能性もある。

 

 あの角は頭蓋骨の一部が変異したものらしく、非常に硬いのだが万が一折れてしまうと致命傷になるので、負荷をかけるような真似は避けなければならない。だからキメラたちにヘルメットは好まれないのだ。

 

 前世の日本だったら大問題だけど、ここは異世界だから問題はない。バイクどころか車すらない世界だからな。

 

 バイクの上に乗り、エンジンをかける。右隣ではイリナが「あー、これ機関銃かぁ。爆発しないんだね」と文句を言いながらサイドカーに乗り込み、目の前に備え付けてあるRPDの点検を始めている。

 

「えいっ♪」

 

「……………」

 

 そして、ラウラが乗るのは――――――――俺の後ろだ。だからやっぱり大きな胸が当たるわけである。

 

 フードの下で顔を赤くしながら、冷静になっているふりをしてバイクを走らせる。格納されているほかの車両にぶつからないように速度を落としつつ、格納庫の中央に設けられた通路を進んでいく。

 

「HQ(ヘッドクォーター)、どうぞ。こちらヘンゼル」

 

『どうぞ』

 

「これより街の調査に向かう。ゲートを開けてくれ」

 

『了解。そのまま進んでくれ』

 

 無線機から聞こえてきたのは、シュタージに所属するケーターの冷静な声だ。前世の世界ではごく普通の大学生だったらしく、ドイツ系の兵器が専門のミリオタだったという。だから彼とそういう話が始まると、ロシア系の兵器が好きな俺とはいつも独ソ戦が始まるというわけだ。

 

 とはいえ、もう仲間なので今はうまくやっている。それにケーターたちの腕は確かだし、最近は本格的な諜報活動へと移行しつつあるため、シュタージには期待している。

 

 現時点でシュタージのメンバーは4人のみだが、訓練を終えたらノエルもシュタージに配属する予定だ。彼女の能力は基本的に暗殺に向いているし、なによりも彼女はシンヤ叔父さんの元で隠密行動や暗殺の訓練をメインに受けていたという。

 

 病弱だった幼少期からは考えられないが、今の彼女はキメラの能力を持つアサシンなのだ。あのキングアラクネの糸はワイヤーとしてトラップにそのまま応用できるし、移動にも役に立つ。更にキングアラクネの外殻を生成して防御することも可能なので、真っ向からの戦闘になっても問題はない。

 

 彼女の役割次第では、ノエルはシュタージの〝矛”になる。

 

 舞台裏での諜報活動を基本とするシュタージが、標的に対して時折振り下ろす一撃。諜報活動を邪魔する敵の諜報員への一撃にもなるし、通常部隊が政治的な事情で行動を起こせない場合の一撃ともなる。どれだけ濃密な〝網”を張っても、シュタージの矛はそれに合わせてどんどん細くなっていき、網と網の間を変幻自在にすり抜け、その奥にいる標的に喰らいつく。

 

 現時点でノエルはまだまだ未熟だが、そこはクランやケーターたちに鍛え上げてもらうしかないだろう。

 

 ベッドの上で無数の人形たちに囲まれながら過ごしていた、幼少の頃のノエルの顔を思い出しながら、俺はドニエプルの速度を上げていく。

 

 長い通路は徐々に上り坂になり始め、やがて左へと90度ほど曲がったカーブが待ち受ける。戦車や装甲車だけでなく、大型のトラックでも悠々と通過できるように天井は高めになっているし、幅も広いので、そういった車両から見れば小ぢんまりとしたバイクで走っていると猛烈な違和感を感じてしまう。

 

 2回目のカーブを曲がると、解放されたゲートの向こうから砂を含んだ熱風が入り込んできた。日光が当たらないことと、ラウラの氷のおかげで涼しくなっていた地下の世界から、太陽の光の当たる本来の世界へと飛び出していくためのゲート。両脇では赤いランプが点滅し、ゲートが開くことを意味する警報が大騒ぎしている。

 

「うう…………やっぱり、太陽は苦手だなぁ」

 

「フードかぶっとけよ」

 

 右側のサイドカーに乗るイリナが、砂の大地を照らし出す日光を目にしながら息を呑んだ。

 

 どの程度になるのかは個体差ということになるが、日光は吸血鬼の弱点なのだ。少しでも浴びるだけで身体が崩壊してしまう吸血鬼もいるし、身体能力が低下する程度で済む吸血鬼もいる。かつて親父が戦ったレリエル・クロフォードは日光を浴びてもほとんど戦闘力に変化はなく、銀の弾丸や聖水をありったけ叩き込まれても平然と戦いを続け、ヴリシア帝国での戦いではモリガンのメンバー全員―――――――――当時はエリスさんが加入する前だったという――――――――――がレリエルとの戦いで死にかけるという結果になったという。

 

 あのモリガンの傭兵たちが、全員で戦いを挑んで死にかけたのだ。レリエルがどれだけの実力者だったのかは想像に難くない。

 

 そして親父は、最終的にそのレリエルを単独で討伐することに成功している。つまりあの親父を超えるということは、吸血鬼の帝王と呼ばれたレリエル・クロフォードを超えることを意味する。

 

 改めて実力差を実感している俺の隣で、イリナがそそくさと制服のフードをかぶった。今まで開けていた胸元のチャックを思い切り上げ、可能な限り日光を浴びないようにしていく。

 

 ブリスカヴィカ兄妹の場合、吸血鬼の急所と言われている胸元と頭に日光を浴びなければ身体能力が低下する程度で済むという。もしその急所に日光を浴び続ければ、普通の吸血鬼のように身体が崩壊してしまうらしいのだ。短時間ならば問題ないとはいえ、大切な仲間をそんな目に合わせるわけにはいかない。

 

 ゲートから外に出ると、猛烈な日光が俺たちを照らし出した。

 

「うわぁ……………」

 

「お、おいおい…………大丈夫か?」

 

 日光の中へとバイクが躍り出た瞬間、早くもサイドカーに乗るイリナがぐったりとし始める。先ほどまでは普通だった彼女だが、今ではまるで風邪をひいて高熱を発しているかのように、サイドカーの背もたれに華奢な背中を押し付けてぐったりとしている。

 

「き、気持ち悪い…………おえっ」

 

「は、吐くなよ!? 外に吐けよ!?」

 

「ふにゅう……ねえ、吸血鬼にとって日光を浴びる感覚ってどんな感じ?」

 

「ええと、か、風邪ひいてる感じに近いかな…………。吐き気がするし、だるいんだ。それに頭がクラクラ……………おえっ」

 

「ラウラ、アイスティー渡しとけ」

 

「はーいっ!」

 

 うーん、イリナを連れてきたのは人選ミスだったかもしれない。ゲートからちょっと飛び出した程度でこの有様なのだから、下手したら目的地に到着する前にくたばっちまうかもしれない。

 

 志願したのは彼女なのだから彼女の意思も尊重しなければと思って連れてきたんだが、大丈夫なんだろうか。

 

「だ、大丈夫か? 引き返す?」

 

「大丈夫……………おえっ。うぅ……………ぼ、僕は大丈夫……………」

 

 ほ、本当か……………?

 

 目的地まで南東に50kmだぞ? 魔物に遭遇したとしても無視して逃げることを優先するとはいえ、結構時間がかかるぞ? それまで耐えるつもりか?

 

 ラウラから渡されたアイスティー入りの水筒を傾け、必死に中に入っているアイスティーを飲み込むイリナ。一刻も早く目的地に到着しなければ、本当に彼女がくたばってしまうかもしれない。だからと言って夜に出発すれば、道中の砂漠に生息する魔物の活動が活発化する恐れがあったので、仕方なく昼間に出発することを選んだのだが、やはり夜に出発するべきだったんだろうか。

 

 ちょっと後悔しながら、2人を乗せたバイクを走らせて検問のほうへと走っていく。検問所ではAK-12を背負った警備兵がきっちりと見張りをしている。俺の顔を見た瞬間に微笑んだ警備兵は素早く敬礼すると、検問のゲートを開けて俺たちを通してくれた。

 

 この谷底の道を通過するまではしばらく日陰だ。イリナはほんの少しだけ楽ができるに違いない。

 

 可能な限り飛ばそうと思った俺いながら、俺は警備兵に敬礼しつつアクセルを踏むのだった。

 

 

 

 




※Five-seveNはベルギー製のハンドガンです。あの有名なP90と同じ弾薬を使用します。

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