異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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死者と戦果

 

 

 大地が膨れ上がり、砕け散る。

 

 大昔に兄さんが読んでくれたおとぎ話に、そんな場面があった事を思い出す。確か自分たちの欲を優先させて他の種族から搾取を繰り返した人間たちが、エンシェントドラゴンたちの怒りに触れ、住んでいた街ごと滅ぼされる場面だ。

 

 人間たちにとっては戒めの物語で、私たちにとっては報復の物語。私と兄さんを奴隷にして毎日酷い事を繰り返す人間たちも、そんな目に遭ってしまえばいいのにと檻の中で何度思ったことか。

 

 それが、目の前で繰り広げられている。いきなり空から降り注いだ何かによって大地が抉れ、膨れ上がり、閃光を発しながら崩れていく。今まで目にしてきた爆発を遥かに上回る大爆発は、この砂漠で命を落としていった同胞たちや、彼らに奴隷にされていった住民たちの怒りが炸裂したかのようにも見える。

 

 砂を含んだ熱風が荒れ狂う中で、僕はその爆発を目にしたまま呆然としていた。

 

 破壊力にびっくりしたのも理由の1つだけれど、一番大きな理由は僕たちの報復があの一撃で終わってしまったという事だ。

 

 まだ足りないというわけではない。確かにフランセンの騎士は憎たらしいし、生き残った奴がいたらこのスコップでぶん殴ってやりたいところだけれど、そうしたら僕はもう止まらなくなってしまうと思う。

 

 小さな子供が、いつまでも遊んでいたいと駄々をこねるのと同じ。いつまでも復讐を続けていたら、きっと僕は帰れなくなってしまうと思う。

 

 だからあの爆発で、この復讐は終わり。区切りをつけるには丁度いい合図だ。

 

「ジナイーダ……………」

 

 脳裏に、死んだ親友の姿が浮かんでくる。

 

 僕たちは吸血鬼だというのに、全く怖がらずに接してくれた優しい少女。大人になって自由になったらお金を貯めて、世界中の孤児のために大きな孤児院を建てるって言っていた彼女の夢は、結局叶うことはなかった。暑くて血と膿の臭いがする汚い部屋の中で、男たちに心と身体を汚され尽されて息絶えた彼女は、きっと絶望していたに違いない。

 

 でもね、ジナイーダ。

 

 僕たちは、勝ったよ……………!

 

「終わったよ………………………」

 

 みんなで仇を取ったんだ。

 

 もう、あいつらに虐げられていた奴隷たちが苦しむことはない。もし苦しめている奴らがまだ残っているというのなら、僕たちが全員葬ってやる。

 

 だからジナイーダ。安心して。

 

 今度は、僕がジナイーダの夢を叶える。頑張ってお金を貯めて、ジナイーダが目標にしていた孤児院を建てるんだ。そして孤児たちをちゃんと育てて、平和になった世界に送り出す。

 

 誓うよ、ジナイーダ。

 

 君の夢は僕が絶対に叶える。

 

「……………………帰ろう、みんな」

 

 戦車のハッチから身を乗り出していたタクヤが、爆発を見つめながら呟く。増援部隊の中には魔術師もいたみたいだけど、あんな爆発を防ぎ切れる魔術は存在しない。仮に存在したとしても、発動するには800人程度の魔力を合わせただけでは絶対に足りない。

 

 生存している可能性は極めて低いし、生きていたとしても遮蔽物は爆発で全部吹っ飛ばされちゃったからすぐに狙撃できる筈だ。それに放置していたとしても、魔物の餌食になるだけ。

 

 黒煙がゆっくりと崩れていく。眼下の炎に照らされる中で崩れていくその黒煙は、まるで復讐を終えて去っていく僕たちの憎しみのようだった。

 

 徐々に崩れ、消えていく。

 

 復讐心を動力源にして戦いに臨んだ以上、勝利した後に口にできるのは『勝利の美酒』ではない。復讐を終えてからそれを口にしようとすれば、自分の中の復讐心は消えていく。

 

 戦車の砲塔の上に乗ったまま、僕はその黒煙が原型を留めなくなるまで、ずっと空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三者から見れば、この駐屯地の襲撃作戦はテンプル騎士団の圧倒的な勝利だろう。実際に損害もほとんどないし、僅かな負傷者も軽傷ばかり。しかも彼らはもうステラのヒールやヒーリング・エリクサーで傷を治療し、既に復帰している。

 

 俺もこの戦いは完勝だと思っている。損害は殆どないし、負傷者も全員無事に復帰してくれた。結構な量の弾薬を消費してしまったものの、12時間経過すれば弾薬が補充される上に銃も最善の状態に勝手にメンテナンスしてもらえるので、実質的な損害はゼロである。

 

 しかし、この戦いが勝利か否かを決めるのは俺たちではない。あの復讐を渇望したムジャヒディンたちにこそ、この戦いの結果はどうだったか語る権利がある。俺たちはあくまで彼らに力を貸し、共に戦っただけだ。

 

『――――――――共に戦った戦士たちよ、我らは奴らに勝利した』

 

 まるで剣を抱き締めるかのような恰好で眠るジナイーダの亡骸に、凛としたカルガニスタン語で語りかけるのはムジャヒディンのリーダーであるウラル・ブリスカヴィカ。彼の隣には妹のイリナが立ち、ブリスカヴィカ兄妹の後ろにはフランセンの騎士たちと共に戦ったムジャヒディンの戦士たちがずらりと並ぶ。

 

 彼らが語りかけているのはジナイーダだけではない。彼女が死ぬよりも前に、フランセン共和国騎士団への抵抗で命を落としていった戦士たちも数多いという。それに戦士以外にも、村に住んでいた民間人も犠牲になっている。その場で殺されたり、奴隷にされてしまったカルガニスタンの人々は無念だったことだろう。

 

 散っていった人々の恨みを晴らしたと、ウラルは死者たちに告げているのである。

 

 これで安らかに眠ってくれますようにと祈りながら。

 

『もう恨まなくていい。恨むべき者たちは、もう我らが葬った。だからもう苦しまなくていい』

 

 幼少期に習ったカルガニスタン語を頭の中でオルトバルカ語に翻訳しつつ、AK-74のグリップをぎゅっと握ったまま立つ。ウラルが語り掛け終わったら、今度は俺たちの出番だ。

 

 今はジナイーダの葬儀の真っ最中なのだ。ジナイーダだけでなく、死んでいった戦士たちに戦果を報告し、安らかに眠れと祈る役割をするべきなのは俺たちではなく、ウラルたちだ。だから俺たちは一列に並び、弔銃を放つためにここで待機している。

 

『我らは諸君のことを決して忘れない。我らが諸君の代わりに歩み、代わりに夢を実現させる。どうか……………………すべてを我らに託し、安らかに眠り給え』

 

「構え!」

 

 俺の号令で、AK-74を持つテンプル騎士団の同志たちが一斉に銃口を天空へと向ける。今から別に空から襲ってくる敵を迎撃するというわけではない。散っていったムジャヒディンの戦士たちを弔うための銃撃だ。

 

 ジナイーダの葬儀が始まる前に、仲間たちと一緒に練習しておいた。使っている銃はいつものAK-12やAN-94ではなく、ムジャヒディンたちに貸していたAK-74をちょっとばかり借りている。

 

「――――――――撃てぇ(アゴーニ)ッ!」

 

 ズドン、と一斉にセミオート射撃の銃声が空へと駆け抜けていく。

 

 リアサイトとフロントサイトの彼方を睨みつけながら、あの前哨基地で救う事ができなかった少女の顔を思い出す。あの時の彼女の顔は血まみれで、絶望的な最期だったのだろうとすぐに察する事ができるほどだった。けれど、棺の中で安らかに眠る今の彼女の顔を見てみると、とてもそんな無残な最期を遂げたとは思えない。

 

 あんなに安らかに眠っているのは、イリナたちが仇を取ってくれたからなのだろうか。それともウラルたちが全てを引き継いで歩き続けると宣言したからなのだろうか。

 

「――――――――撃てぇ(アゴーニ)ッ!」

 

 もう一度号令を発し、トリガーを引く。

 

 いつも感じている7.62mm弾の反動(リコイル)と比べれば5.45mm弾の反動はかなり小さい筈なのに、彼女を救う事ができなかったという後悔のせいなのか、全く反動が小さいという感じはしない。むしろ大きくなり、俺の右肩にのしかかってくるような重圧にすら感じてしまう。

 

 彼女は許してくれるだろうか。あんな無残な最期を認めるだろうか。

 

 彼女を弔うための銃声が、少しずつ俺の心を削っていく。心を掠め、風穴を開け、少しずつ崩していくような感覚がする。

 

 苦悩しつつ数回発砲を繰り返した俺たちは、素早くAK-74を下げると、そのまま数歩後ろへと下がって直立を続けた。

 

 今度は、松明を手にしたイリナが一歩前に出る。整列する仲間たちの前に立った彼女は仲間たちに一礼すると、松明を右手に持ったまま、親友が安らかに眠る棺の前まで進んだ。

 

 ムジャヒディンの戦士たちの葬儀は基本的に火葬だという。あの世で襲い掛かってくる悪霊を打ち払うため、護身用の剣を1本だけ棺の中に入れてから火葬にするという風習があるらしく、ムジャヒディンの1人として戦ったジナイーダの葬儀は彼らのやり方で弔う事になっている。

 

 鞘に収まった剣を抱き締めるかのような恰好で棺の中で眠るジナイーダ。友人の顔を見て思い出を思い出してしまったのか、松明の炎に照らし出されるイリナの頬を、雫が流れ落ちていく。

 

 彼女は松明を左手に持ち替えると、右手で涙を拭い去ってから彼女の顔へと手を伸ばした。身体中に付着していた血や汚れを洗い落とされ、安らかに眠る彼女の身体はもうとっくに冷たくなっている。けれどもイリナは、まるで冷たくなってしまったジナイーダの身体を温めようとしているかのように彼女に触れ、目を瞑りながら首を横に振った。

 

「もう…………………お別れなんだね、ジナイーダ」

 

 ジナイーダは返事を返さない。ただ剣を抱いたまま、棺の中で横になっているだけである。

 

 涙声に変わってしまった声で、自分の嗚咽を何とか抑え込むイリナ。別れを告げなければならないという意思と、親友の思い出の板挟みになるイリナの姿はあまりにも痛々しい。

 

 彼女を見つめていた俺は、無意識のうちに「すまない」と呟いていた。

 

 あの時ジナイーダを助けていれば、こんな辛い経験をしなくて済んだかもしれないのに、とまたしても後悔してしまう。

 

「…………………僕、吸血鬼だから…………ジナイーダの所に行くの、遅くなっちゃうかも」

 

「イリナ………………」

 

「でも、必ずジナイーダの夢を叶えるよ。孤児院を建てて、いっぱい子供たちを救って……………………ふふっ。そっちに言ったら、いっぱい土産話を聞かせてあげる。だから……………………待っててね」

 

 ああ、そうか。

 

 別れではないんだ。生きている以上は死者と会うことはできなくても、人生を終えて眠りにつけば再開することはできるのだ。

 

 その時に、彼女はジナイーダに報告するのだろう。彼女の夢を叶えたというイリナの〝戦果”を。

 

 だから報告する時まで、ちょっとだけ会えなくなるだけ。完全な別れではない。

 

 イリナは涙を拭い去ると、棺の蓋を閉じてから松明を掲げ―――――――――静かに、ジナイーダの眠る棺に着火した。

 

 彼女の眠る棺はあっという間に炎に包まれ、テンプル騎士団のメンバーやムジャヒディンの仲間たちが見守る前で火柱と化す。親友(イリナ)の放った炎が彼女の亡骸を焼き尽くし、噴き上がった炎と黒煙が、あの世へとジナイーダの魂を送り届ける。

 

 日が登り始めた空へと上がっていく煙を見上げていた俺の頬を、小さな雫が流れ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムジャヒディンの協力でほんの少しだけ拡張されたタンプル塔の地下に、新しい部屋が用意されていた。部屋と言っても普通の寝室のようなスペースではなく、集会でも開けそうなほど広い部屋である。けれども床や壁は特にタイルやレンガで覆われているわけではなく、掘り返した後の土を平らに整えた程度だ。

 

 その部屋の真っ只中に、ぽつんと小さな墓石が鎮座している。『ジナイーダ』とカルガニスタン語で刻まれた墓石の周囲には花束が供えられており、その前には冷水の入った瓶が置かれている。

 

 ここは、タンプル塔の地下に用意された地下墓地だ。部屋の中には早くもジナイーダの墓石が置かれており、その下には彼女の遺灰が埋められている。

 

 本当は開放感のある外に作りたかったんだが、外には強烈な36cm砲があるから衝撃波で吹っ飛ばされてしまうかもしれないし、かといって本部から離れた場所にあるのは岩山か、魔物が徘徊する砂漠しかない。死者が安らかに眠れそうな場所はここしかないという事で、窮屈かもしれないけれど地下に墓地を作ったのである。

 

 墓石の前で胡坐をかいているのは、桜色の短い髪が特徴的ながっちりした体格の大男だった。大きな右手で、この砂漠では貴重品である冷水の入った瓶を拾い上げ、コルクの蓋を取ってから墓石に冷水を浴びせていく。

 

「ウラル」

 

「タクヤか…………………」

 

 俺も墓石の前へと行き、アイスティーの入った水筒と花束を墓石の前にそっと置いた。一歩後ろに下がってからそっと目を瞑り、黙祷してから踵を返す。

 

「なあ、タクヤ」

 

「ん?」

 

 立ち去ろうとした俺を、ウラルは振り返らずに呼び止めた。

 

「―――――――お前たちは、このまま人々を救うために戦い続けるのか?」

 

「ああ。それが………俺たちの理想だ」

 

 虐げられる人のいない世界を作るために、人々を虐げるクソ野郎共を狩り続ける。世界中に転生者ハンターを配置し、情報を共有することでその狩りをより効率化させていき、世界を守る。それがテンプル騎士団の計画だ。

 

 転生者に虐げられる人々や、自分たちに人権を与えない理不尽な世界に絶望する奴隷たちを救済するのが、テンプル騎士団の最終的な目的である。

 

「そうか………………。それなら、ジナイーダも安心してくれる」

 

「………………」

 

 胡坐をかくのを止め、ゆっくりと立ち上がるウラル。唇を噛み締めながらゆっくりとこちらを振り返ったウラルは、まだ紅い瞳の脇に残っている涙を剛腕で拭い去ると、彼から見ればずっと小柄な俺を見下ろした。

 

「――――――――ムジャヒディンとゲリラの生き残った奴らで話し合ったんだ。………………俺たちも、テンプル騎士団に入れてほしい」

 

「……………本当か?」

 

 本当なら、とてもありがたい話だ。正直に言うとムジャヒディンはぜひ仲間に引き入れたいところだったし、テンプル騎士団は人手不足で困っていたのだ。一番最初の拠点となったスオミの里とは距離も離れているし、現時点では拠点同士での支援も不可能な状態だ。それに本部となったタンプル塔も、人数不足で兵器を運用するための設備の設置や拡張すらままならない状況となっており、テンプル騎士団の本部として全く機能していなかった。

 

 しかし、フランセンの騎士たちを蹂躙する戦いを見せた勇猛な彼らが加わってくれるのならば非常に心強い。それにムジャヒディンはスオミの里に住むハイエルフたちのように、1つの種族だけではなく、吸血鬼やハーフエルフなどのあらゆる種族が参加している。もちろん種族ごとに得意分野は違うので、様々な分野に割り当てる事ができるという強みもある。

 

 あの戦いでの戦死者はゼロであるため、参加する人数は一気に47名。設備の拡張だけでなく兵力の本格的な増強も期待できる規模である。

 

「お前たちの理想は実現されるべきだ。この世界には、まだまだ苦しんでいる人々がいる。だからテンプル騎士団の理想を実現させる手助けをさせてほしい」

 

「―――――――――分かった」

 

 彼らも、目にしている筈だ。

 

 カルガニスタンだけでもどれだけの人々が虐げられ、苦しんでいるのかを。オルトバルカのように裕福な国でも、誰かが虐げられて苦しんでいるというのは変わっていないのだ。そしてその仕組みは大昔から変わっていないという。

 

 俺も前世の世界では苦しんでいた。さすがに奴隷にされたりしたことはないが、前世のクソ親父には散々虐待されたし、その暴力のストレスが原因で前世の世界の母さんも死んでしまった。虐げられていたからこそ、虐げられる人々の苦しみはよく分かる。

 

 そしてムジャヒディンも同じだ。虐げられる苦しみを、彼らも理解しているのだ。

 

 だからこそ、この理想を理解してくれた。

 

 砂漠のど真ん中で〝同類”に会う事ができた俺は、いつの間にか微笑んでいた。

 

 相手は吸血鬼。俺の親父は、その吸血鬼の王を殺している怪物の王だ。けれども、憎しみ合っている筈の種族でもこうして共に戦う事ができると、俺はこの砂漠で知る事ができた。

 

 右手を差し出し、ウラルの大きな手を握る。がっちりした彼の右手をぎゅっと握りながら、俺はウラルの顔を見上げた。

 

「―――――――――テンプル騎士団へようこそ、同志」

 

 

 

 

 

 第十章 完

 

 第十一章へ続く

 


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