異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
いったい何が起きたのか、分からなかった。
空からドラゴンの唸り声を思わせる轟音が聞こえてきたかと思うと、夜空にうっすらと空を飛ぶ何かの影が浮かび上がり、その影から無数の流れ星のような何かが放たれたのだ。一番最初にこの駐屯地に降り注いだ流れ星と同じなのだろうか。
敵前逃亡しようとする騎士たちをゲートの前で食い止め続けていた部下たちは、その攻撃に瞬く間に飲み込まれた。地面に火を吐きながら突っ込んできたそれに激突され、呆気なく潰れる人体。そして肉片や内臓を私に晒すよりも先に紅蓮の炎に焼かれ、衝撃波でどこかへと吹っ飛ばされていく。
そんな攻撃が、まるで雨のように駐屯地に飛来したのである。1発で、密集していたとはいえ騎士たちをほぼ全員吹っ飛ばしてしまう攻撃。それほどの攻撃力ならば、次の攻撃までには時間がかかるのが常識だ。なのにあの攻撃を繰り出す空を飛ぶ何かは、その常識を無視している。
「な、何だあれは……………!?」
頭のような部位から火を噴きつつ、轟音を発して頭上を飛んでいった影を見上げながら、私は目を見開いていた。
全体的なフォルムはドラゴンを思わせるが、それにしては翼が細いし、尻尾も奇妙な筒を左右に背負った奇妙な形状になっている。それだけではなく、普通のドラゴンならば旋回する際に翼を動かすものだが、今しがた頭上を通過して行った2体のドラゴンの翼はほとんど動いていない。
あれはドラゴンではないのか……………?
2体の影が旋回を終え、頭をこちらへと向ける。
逃げようと思ったが、次にどんな攻撃が繰り出されるのか知らない筈なのに、逃げてもすぐに殺されるという事がすぐに理解できた。駐屯地から逃げ出したとしても、仮にどんな攻撃を防いでしまう魔術を私が習得しており、それを今すぐ使用したとしても防ぎ切れないだろう。一瞬で死ぬという事が理解できたのである。
「……………馬鹿な」
たった数回の攻撃で、駐屯地はもう焼け跡になりつつある。飛竜のように空を舞う事ができる上に、あれほどの火力を誇る謎の影。ムジャヒディンに味方をしているという事は、あれも奴らの持つ兵器なのか?
「反則だ……………」
勝てるわけがない。
あんな怪物に。
奴らに手を出さなければ、こんな損害を被ることにはならなかった。旋回を終えた影を凝視しながら、私は部下たちにムジャヒディンへの追撃命令を出したことを後悔していた。
きっとモリガンの武器を手に入れようとした商人たちも、こうやって彼らに戦いを挑み、ことごとく返り討ちにされていったのだろう。自分たちの攻撃手段が一切通用しない絶対的な兵器を見せつけられ、自分たちの決断を後悔しながら屠られていったに違いない。
私もその二の舞だ。
本国に要請した増援部隊はそろそろ到着するだろうが、きっとその増援部隊も同じ目に遭う事だろう。見たこともない兵器や武器に蹂躙され、何もできずに戦死者を出し続けて壊滅するに違いない。
火の粉が舞い上がる夜空で、2体のうち片方が一気に高度を上げた。もう片方はそのままの進路で再び私の方へと急接近してきたかと思うと、翼の下にぶら下げていた黒い何かを一斉にばら撒き始める。
「撃て!」
「くそ、撃ち落とせ! 詠唱急げ!」
まだ生き残った魔術師部隊が魔術であの怪物を撃ち落とそうとするが、勝ち目がないのは明らかだった。基本的に空を飛ぶドラゴンとの戦いでは、弓矢や盾を装備した部隊がドラゴンを引きつけ、その隙に魔術師部隊が詠唱を済ませて攻撃するという手順になっているが、迎撃しようとしているのは手負いの魔術師ばかり。あの怪物の注意を引きつける前衛はどこにもいない。
しかもあれは、ドラゴンではない。我らを脅かすドラゴンでさえも恐れてしまうほどの火力を持つ、正真正銘の怪物なのだ。
怪物がばら撒いた黒い物体が、空中で何の前触れもなくバラバラになる。何が起きるのかと凝視していると、バラバラになった黒い筒の中から、まるで蜘蛛の子供のように無数の黒い何かが姿を現し、そのまま拡散しつつ地上へと降り注いだのである。
次の瞬間、その怪物に反撃しようとしていた魔術師たちが、一瞬で炎に呑み込まれた。
天空からばら撒かれたその無数の黒い小さな塊たちが、地表へと降り立つと同時に一気に膨れ上がり、爆発したのだ。無数の爆発が結びつき合い、駐屯地があっという間に爆炎のカーペットの下敷きになる。
私の近くでも爆発が生じ、いくつかの破片が私の肩を貫いた。
もう、周囲からは部下たちの怒声は聞こえてこない。血まみれになりながら周囲を見渡してみると、火だるまになったまま横たわる部下や、千切れ飛んだ人間の残骸がいくつも転がっているだけだった。もちろん、動いている者は1人もいないし、死体にも五体満足で済んでいる奴は1人もいない。
「き、貴様らは……………」
崩れ落ちた木材に寄りかかりながら、朱色の光の中から夜空を見上げる。
すると、先ほど高度を上げたもう1体の怪物が、漆黒に染まった天空から真っ直ぐに急降下してくるのが見えた。漆黒に塗装された翼を広げ、地上で炎に炙られる我々に止めを刺そうとしているのだろう。
まるで悪魔のようだ。
サイレンにも似た音を発しながら、真っ直ぐに急降下してくる怪物。これから我々を処刑すると宣告しているかのような鋭い悪魔のサイレンを耳にしつつ、私は息を吐いた。
「その力を、いったいどこで手に入れた……………?」
この世界に、あんな兵器が存在するとは思えない。
轟音を発し、凄まじい勢いで連射ができるクロスボウに、流星のように敵陣に飛来し、爆発する金属の筒。そして天空を舞いながら地上を蹂躙するあの怪物。
あんな兵器は、この世界には存在しない。存在したのならばとっくに騎士団が採用している筈だ。
あの兵器は、何なんだ……………?
その疑問が答えへと行き付くことはなかった。
怪物の翼に搭載されている大きな筒が火を噴いたかと思うと、もう私の意識は消し飛んでいたのだから。
ぐらりと機体が大きく揺れたような気がした。
キャノピーの向こうが、榴弾砲の生み出した炎で一瞬だけ覆い尽くされる。その炎が機体の後方に置き去りにされたかと思いきや、今度はそれよりも遥かに大きな爆炎が砂の上に屹立する駐屯地――――――――度重なる爆撃で、もはや駐屯地「跡」とも言えるほどだ――――――――――の地面を、大きく抉った。
榴弾砲は、徹甲弾のように装甲を貫通するために開発されたわけではなく、むしろ爆発範囲を広くして広範囲を攻撃し、装甲に守られていない脆弱な歩兵をまとめて吹き飛ばすために開発された砲弾。だからその爆発は他の砲弾よりも派手で、大きい。
大地に炎のドームを思わせる爆炎が生じ、着弾した場所でまだ足掻こうとしていた騎士や士官をまとめて吹き飛ばす。けれども、その火力の代償で反動は非常に大きく、シンにお願いして可能な限り反動を軽減できるように改造してもらっているとはいえ、2門を同時に発射すれば急降下中の機体でも大きく揺れる。本来は地面に設置して使用するような巨大な榴弾砲を、かなり無茶な改造をして攻撃機に積み込んだのだから、かなりリスクは大きい。
操縦桿を動かした覚えがないのに、機体の姿勢がおかしくなる。急降下の速度が一瞬だけ急激に落ち、その間に機首が地表を向き、真っ逆さまに落下していく。
フッドペダルを思い切り踏み、機体をある程度加速させる。地面へと落下していく巨大な薬莢に別れを告げながら操縦桿を思い切り引っ張り、このまま自分自身を〝投下”する羽目にならないように足掻き続ける。
この反動の乗り越え方は習得しているし、地上で私たちの愛娘がこの戦いを見ている。娘の目の前で、反動を殺し切れずに墜落するという醜態は絶対に晒したくないという私のプライドが、体勢を立て直す操縦方法を瞬時に実行していた。
機体が徐々に大人しくなり、キャノピーの外の地表があるべき位置へと下がっていく。急降下と榴弾砲の同時発射という負荷に耐えきってくれたA-10Cの耐久性を無言で称賛していると、攻撃を終えたシンの機体が、心配そうに隣へとやってきた。
『ちょっと、大丈夫!?』
(うん、大丈夫だよっ!)
『心配したよ……………。無茶しないでよね、ミラ』
(えへへっ。ありがとね、シン♪)
とにかく、これで敵は壊滅かな。
(それにしても、やっぱりこのカスタムは操縦が難しいな……………)
『さすがに榴弾砲は無茶でしょ。帰ったら外すよ?』
(だっ、ダメダメっ! 外しちゃダメぇっ!)
『えぇ!?』
確かに扱いにくくなっちゃったけど、火力は凄く上がってるんだから! それに私、この機体の事が大好きなの! ドッグファイトもいいけれど、対地攻撃の楽しさを理解できたんだから!
(……………外したら、すごく怒るから)
『わ、分かったよ……………』
ふんっ。本当に外したら怒っちゃうんだから。
頬を膨らませながら燃え上がる駐屯地でも見下ろそうとしたその時だった。キャノピーの下の方を見る最中に、燃え上がる駐屯地の向こうに無数の人影のようなものが見えたような気がして、私は再び臨戦態勢に入る。
退避したムジャヒディンやタクヤ君たちかと思ったけれど、よく見てみると制服が違うし、金属製の防具を付けている。それに盾も持っているし、主な武器は剣や槍みたい。
騎士団の残存部隊? それにしては数が多いような気がする―――――――。
まさか、増援!?
(ヴェールヌイ1よりウォースパイトへ)
『こちらウォースパイト、どうぞ』
(駐屯地の向こうに敵の増援を確認!)
『なっ!? ―――――――――か、数は!?』
ちょっと待って。駐屯地の炎でぼんやり見える程度だからはっきりは見えないけど……………誤差があることは承知の上で、私は目測で素早く敵の数を計測してからタクヤ君に報告する。
(およそ……………800人!)
『くっ……………』
敵は増援を呼んでいた……………!?
どうしよう。まだクラスター爆弾は残っているし、榴弾砲の砲弾も残っているけど、先ほどの空爆で武装の数は減っているし、燃料も帰りの分があるかどうかという程度。踏みとどまって支援すれば、飛行場まで戻る前に燃料切れで墜落する羽目になる。
ヴリシア侵攻のために兵力をあまり動かせない状態のリキヤさんに、空中給油機を派遣してもらうのは難しい話かもしれない。
我が子のために墜落覚悟で踏みとどまるか、それとも彼らの奮戦を期待して大人しく撤退するか。
でも、子供たちを見捨てるわけにはいかない…………!
『……………ミラさん、燃料の残量は?』
(飛行場まで帰る分しか残ってない……………ごめん)
『了解。では、あとは帰還してください』
(でも、そうしたら支援が!)
航空支援がない状態で800人も相手にするのは、いくら銃や戦車があるとはいえ危険だよ!
踏みとどまって航空支援を継続することを主張しようとしたけれど、無線機の向こうのタクヤ君は『いえ、大丈夫です』と返事を返した。
『後はこちらで何とかします。まだ手段はありますから』
(手段……………?)
『……………ずまない、タクヤ君。では僕たちは撤退する。幸運を』
『了解(ダー)!』
本当に大丈夫なんだろうか。不安になりながら地上の味方部隊を見下ろしていると、隣を飛んでいるシンが機体の翼を軽く振った。
隣を飛ぶシンの機体を見つめながら、私も首を縦に振る。出来るならばもっと支援していきたいんだけど、このまま留まれば燃料が足りなくなる。しかもリキヤさんたちは侵攻作戦の準備をしている真っ最中で、私たちを派遣できたのも運が良かっただけ。本当なら航空支援そのものがなかったはずだった。だからこれ以上支援用の機体を派遣したり、空中給油機を派遣するのは難しい筈。
だから今は、大人しく撤退するしかない。
私は歯を噛み締めながら、燃え盛る駐屯地を見下ろした。
戦況が有利だというのは、ナタリアからの連絡で把握できている。一番最初のカチューシャの一斉攻撃のすぐ後に、10基のパンジャンドラムの突撃。実戦では全く使われることのなかった兵器を使ってあんな作戦を実行するとは思えなかったから、パンジャンドラムが戦果をあげたと聞いた時はみんなで大喜びしていたものだ。
戦況を聞き、スコーンとアイスティーを口にしながら、この調子では俺たちの出番はないんじゃないかと楽観視していたんだが、敵もこの戦況を何とかする手を用意していたらしい。いや、あらかじめ増援を要請していたのだろうか。
そう、その増援部隊が作戦地域に到着したというのである。しかも、数は800人。
頼みのA-10Cは帰りの分の燃料しか残っていないため、ありったけの武装を駐屯地に叩き込んだら撤退してしまうという。まあ、わざわざラガヴァンビウスの飛行場からここまでやって来てくれたのだから、かなりの距離だ。支援してくれる時間が短すぎると文句を言うわけにもいかない。
『ウォースパイトよりタンプル塔へ』
「どうぞ」
ほらな。俺たちの出番だ。
『36cm砲の支援砲撃を要請する』
「了解(ヤヴォール)、もう既に発射準備はできている。砲弾の種類及び砲撃地点の座標を転送せよ」
『了解(ダー)。砲弾はMOAB。砲撃地点は……………ちょっと待ってくれ、ドローンの映像を転送する』
無線機に耳を傾けつつ、俺は息を吐く。
俺とクランの2人が待機しているのは、タンプル塔の地下に用意された中央作戦指令室。とはいえまだ地下の設備の規模は小さく、メンバーの寝室よりも若干広い中世の城の中のような部屋に、無造作にテーブルや無線機を置き、壁に大きな世界地図を張り付けた程度だ。
シュタージには
タンプル塔の36cm砲は、口径ならば旧日本軍の金剛級戦艦や扶桑級戦艦と同じだ。しかし発射できる砲弾はより種類が豊富で、通常の榴弾や徹甲弾に加え、無数の鉄球を地表へとまき散らすキャニスター弾や対空用の対空榴弾なども用意されている。しかし、やはり破壊力が最も高いのはタクヤからの要請があったMOABだろう。
MOABは、アメリカで開発された大型の爆弾だ。核爆弾ではないが、その破壊力はちょっとした核兵器並みだという。しかし爆弾のサイズが大き過ぎるため、戦闘機や爆撃機の翼に吊るしたり、ウェポン・ベイに搭載しての運用は不可能だ。大型の格納庫を持つ輸送機に搭載し、その格納庫から地表へと投下させる必要がある。
この36cm砲は、それを砲弾に改造したものを発射することが可能なのだ。最大射程は360kmとなっており、かなり遠くにいる敵にも砲弾をお見舞いする事ができるようになっているほか、今後設置する予定のレーダーサイトを活用すれば、地上の目標だけでなく航空機さえも確実に撃墜できる最強の対空砲と化す。
しかし、はっきり言ってこの36cm砲はあくまでも『副砲』に過ぎない。タンプル塔の名前の由来となり、シンボルとして中央に屹立する決戦兵器こそが、テンプル騎士団の切り札だ。
『映像を転送する』
「了解。……………確認した」
テーブルの上には、タクヤが映像の確認用に置いていってくれた小さなモニターとコンソールも置かれている。モニターにはもう既に暗い夜の砂漠の光景が映し出されており、空爆で燃え盛る炎で砂の大地がうっすらと照らし出されていた。
その真っ只中を進軍するのは、橙色の制服に身を包み、肩や胸元などに金属製の防具を身に纏った無数の騎士たち。肩に装着している防具には、フランセン共和国のエンブレムがこれ見よがしに描かれている。
「砲撃体勢に入る。ただちに作戦地域より退避せよ」
『了解(ダー)!』
「ケーター、目標地点のデータを
「了解(ヤヴォール)。おい、2人とも。出番だぞ」
『了解(ヤヴォール)。MOAB、装填します』
木村が装填手を担当し、
木村がコンソールを操作すると、外にあるクレーンが砲台の地下にある弾薬庫からMOABを掴み上げ、真上を向いた状態で静止している36cm砲のハッチへと装填する。真上を向いている状態しか再装填(リロード)はできないため、次の砲撃を行うには砲身を再び真上へと向けてから再装填(リロード)する必要がある。
そのため、次の砲弾をぶっ放すためには早くても3分間の時間が必要となる。連射はきかないため、発射するからにはその一撃で敵を仕留めなければならないのだ。優秀な装填手や、スムーズに砲弾を装填してくれる自動装填装置がある戦車とは違う。いつもは百発百中が当たり前だが、ミスは絶対に許されないというさらに大きなプレッシャーが立ちはだかっているせいなのか、発射スイッチに手を近づけ、モニターを凝視して照準を合わせる俺の額には汗が浮かんでいた。
がごん、と大きな音がして、砲身に砲弾が装填されたという事を告げる。
「ハッチ閉鎖完了」
「了解(ヤヴォール)、発射角度の調整に入る」
座席の右側にあるコンソールを、訓練でやった通りの順番でタッチ。タクヤのドローンが送ってくれている映像と目標地点のデータを入力し、砲身の照準を合わせる。
目標までの距離は23km。砲弾が着弾するまでの時間はおよそ4分。攻撃目標は……………緩やかだが、タクヤたちに向かって移動している。4分後に目標が到達している筈の地点に照準を合わせる必要があるのだから、このままではタクヤたちまで巻き込んでしまいかねない。
大丈夫だろうかと思って映像を確認していたが、ムジャヒディンたちを引き連れてタクヤたちも後退を始めている。先ほどの戦いで負傷した仲間にはエリクサーを渡して回復させ、足が遅いやつは戦車の上に乗せて後退を始めている。
丁度、敵の増援との間に駐屯地を挟んでいる状態だ。駐屯地は障害物もあるから、増援部隊の進撃速度も低下する。これならば追いつかれる心配はないだろう。
「微調整、完了」
『
「おう、クラン」
『絶対外さないでね?』
「任せろって。MOABだぞ?」
『まあ、大丈夫だとは思うけど……………もし外したら、パンジャンドラムに縛り付けて坂の上から転がすわよ♪』
「!?」
『あ、あと連帯責任で木村も♪』
「!?」
ぱ、パンジャンドラム!?
ちょっと待て! 何だそれ!? 罰ゲームか!? いや、そんな罰ゲームやったら死ぬぞ!? ロケットエンジンを搭載した車輪と一緒に転がれって事だろ!?
しかも、パンジャンドラムってかなりの量の爆薬を内蔵してるんだよな。……………起爆したら死ぬじゃん。いや、起爆しなくても死ぬか。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? ぶ、
こ、このガスマスク野郎、プレッシャーかけんじゃねえよ……………。俺だってパンジャンドラムに縛り付けられて転がされるのは嫌だぜ?
というか、それってタクヤが前に言ってた罰ゲームじゃねえの?
『おいお前ら、
「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」」
ぜ、絶対外したくない……………。あとケーターの前でクランに文句言えなくなったじゃねえか。
深呼吸し、静かに瞼を閉じる。それだけ狙いを外すことが許されない状況だという事だ。いつもとあまり変わらないじゃないか。違うのは使う得物が違うだけ。こいつは120mm滑腔砲よりも扱い辛く、強烈な得物であるという事だけだ。
プレッシャーは嫌いだ。俺は元々気が弱い男だからな。だから中学校くらいまでは友達がいなかったし、どうせ高校に入学しても友達ができないままなんだろうと思っていた。
けれども、辛うじて高校で友達を作ることができてからは、ちょっとずつ変わる事ができた。少しずつプレッシャーにも強くなったし、虐められることも減った。ああ、俺は変わったんだ。変化は小さいかもしれないけれど、積み重ねていけば、最終的には大きな変化になる。
あらゆる変化を経て、俺はここまで進歩した。まだあの時みたいにビビるわけにはいかない。
「……………発射準備完了。秒読みを開始する」
この一撃に、同志たちが期待しているのだから。
「――――――
隣に座り、モニターを凝視する木村が息を呑む。罰ゲームを恐れているのではなく、純粋にこの一撃が成功するか否かが気になるのだろう。
下手をすれば、この一撃が彼らの戦いを終わらせる一撃になる。砲弾を放ち、終止符を打つのだ。その大切な役を俺が担当する。
「
『――――――――
「発射(フォイア)ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
今まで感じていた緊張を、雄叫びとして身体の外へと押し出す。発射スイッチに近づけていた俺の小さな指が赤いスイッチを押し込んだかと思うと、俺たちの頭上からとてつもなく大きな振動が生じ、俺たちの制御室の壁を揺るがした。
戦車砲の口径を遥かに上回り、戦艦の装甲を貫通する事も可能な36cmの砲弾が、ついに発射されたのだ。内蔵されているのは核兵器に匹敵する破壊力を秘めたMOAB。着弾する予測地点は、駐屯地に差し掛かる敵の増援部隊の中心部。
罰ゲームはごめんだが、負けるのもごめんだ。
だから命中しますようにと、俺は着弾するまで祈ることにした。
「急げ急げ! 吹っ飛ぶぞ!」
戦車の砲塔の上に顔を出し、突撃に参加した多くのムジャヒディンの仲間を乗せながら後退する戦車から叫ぶ。足の速さに自信がある兵士や軽傷で済んでいる兵士は自力で突っ走っており、中には後退する戦車を置き去りにして撤退していくほど足の速い奴らがいる。現時点で逃げ遅れた仲間はいないらしい。
敵の規模は800人。しかも俺たちをかなり警戒しているのか、進撃する速度は思ったよりも遅く、しかも密集隊形だという。戦場で慎重になるのは当たり前だが、限度もある。慎重になり過ぎればチャンスを逃してそのまま身を滅ぼすこともあるのだ。今から繰り広げられる光景が、その一例となるのは言うまでもない。
『弾着まで、あと30秒!』
「了解(ダー)!」
注文したのは、ちょっとした核兵器並みの破壊力を誇るMOABを改造した砲弾だ。着弾すれば凄まじい大爆発を発生させ、敵の増援部隊をその一撃で吹き飛ばしてくれるに違いない。だが、それほどの破壊力を持っているという事は当然ながら衝撃波も規格外の破壊力であり、下手をすれば戦車も吹っ飛ばされる恐れがある。
だから安全圏だからといっても油断はできない。時間が許す限り、遠くに離れなければ。
突撃していったパンジャンドラムや、彼らに押し潰された騎士たちの死体がやがて見えなくなる。うっすらと炎に照らされる駐屯地には、やっと俺たちが撤退を始めているという事に気付いた増援部隊と思われる人影が見えた。
双眼鏡を取り出し、これから爆風に呑み込まれる運命にある彼らを凝視する。橙色の制服の上に、フランセン共和国のエンブレムが描かれた白銀の防具。可能な限り防具は身軽なものが好まれる今の時代でも、フランセンの防具は他国と比べると重武装となっている。だから判別は容易なのだ。
どうやら俺たちが撤退を始めていると気付いたらしく、武器を構えた騎士たちが突撃の用意を始める。後方ではフランセンのお家芸とも言える魔術師部隊が、早くも魔術の詠唱を始め、様々な色の魔法陣の展開を始めていた。
ああ、その努力は全部無駄になる。
お疲れ様。
「―――――――遅かったじゃないか」
もっと早く突撃するべきだったな。お前たちは、慎重になり過ぎた。
まあ、俺たちが圧倒的な戦闘力の差を見せつけたのが功を奏したのかもしれないが。
『着弾まで、あと10秒』
「見ておけ、イリナ」
「?」
砲塔の後ろに乗り、ひょっこりと顔を出しながら遠ざかっていく駐屯地を見つめていた吸血鬼のイリナに、戦車のエンジンの音が響き渡る中で俺は語りかけた。
「最高の爆発だ」
核兵器を除けば、最高の爆発が目の前で繰り広げられる。爆発が大好きな彼女は、果たしてMOABが生み出す閃光を目の当たりにしてどんな反応をするのだろうか。
それに、爆発だけではない。ムジャヒディンやカルガニスタンの人々を虐げていたクソ野郎共が、目の前で消え去るのだ。これからも彼らの支配は続くかもしれないが、虐げようとするのならば銃を手にして奴らを殲滅すればいいだけの話だ。
だから、この弔い合戦に終止符を打つMOABの閃光が、同時に奴らへの宣戦布告となる。
虐げられている人々でも立ち向かうことはできる。これから、彼らがそれを証明するのだ。
『
「くるぞッ!!」
仲間たちに警告を発した次の瞬間だった。
砲弾が落下してくる音が、全ての音を支配した。あの雪山での戦いでスオミの槍が着弾する時のように重厚で、まるで俺たちが勝利したと代弁してくれているかのような、豪快な唸り声。それが今からもたらすのは、やはり俺たちの勝利。
これでジナイーダは安心して成仏してくれるだろうかと思ったその時、砲弾が落下する際に生じる唸り声が途切れ―――――――――純白の閃光が、駐屯地を包み込んでいた。