異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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蜘蛛と殺意

 

 今日は久しぶりに仕事が休みだというのに、相変わらず妻は容赦がない。

 

 柔らかい枕の上で、家族全員でピクニックに行く夢を見ていたというのに、我が家の愛車であるハンヴィーに乗り込んでエンジンを動かす瞬間に身体を揺さぶられ、妻に目を覚まさせられたのだ。もう少し待ってくれてもいいんじゃないかと抗議しようとしたけど、エプロンに身を包んで微笑む妻に見つめられると、抗議しようとする気持ちも消え失せてしまう。

 

 反則だよ、まったく…………。

 

「おはよう、リキヤ」

 

「ああ。おはよう、エミリア」

 

 身体を起こし、エプロン姿のエミリアを抱き寄せてキスをする。

 

 彼女は昔から早起きしている。俺が目を覚ますのは決まって―――――――エミリアに毎朝起こされる時間である―――――――午前6時と決まっているのだが、エミリアはそれよりも先に目を覚まし、庭で騎士団の頃から欠かしていない剣の素振りをしているのである。それからシャワーを浴びて髪を乾かし、朝食の準備をしてから俺やエリスを起こしに来てくれるのだ。その事を考えると、拒むわけにはいかないじゃないか。

 

 唇を離すと、エミリアは微笑みながら隣で眠っているエリスの身体を揺さぶり始めた。

 

「ほら、姉さん。起きろ」

 

「ん………やだぁ………………まだねむいよぉ………………」

 

「何を言っている。まったく……………だらしないぞ、姉さん」

 

「ん……………もうっ。せっかくスク水の美少女を押し倒す夢を見てたのに……………」

 

 どんな夢を見てるんだよ…………。

 

 とりあえずベッドから出て、着替えを持って隣の部屋へと向かう。寝室ではいつもエリスが着替えているので、俺は空気を読んで隣の部屋で着替えるようにしているのだ。

 

 ラウラとタクヤが父の日に買ってくれたパジャマからお気に入りの私服に素早く着替え、鏡の前で伸び始めた赤い顎鬚を少しばかり弄る。そろそろこの髭を剃った方が良いだろうかと思いつつ鏡の前を離れ、窓の外で全力疾走するD51にそっくりな機関車を眺めてから、俺はリビングへと降りる。

 

 既にテーブルの上には3人分のトーストとスクランブルエッグとサラダが並んでいた。この3人の中で一番料理が上手いのはエミリアなので、料理を作るのはエミリアの仕事になっている。騎士団にいた頃は1人暮らしが基本で、エリスのような精鋭部隊に所属していたわけではないエミリアは、少しでも生活費を節約しようと露店で安めの食材を購入し、自炊するようにしていたという。彼女の料理がどれも絶品なのは、騎士団の頃の涙ぐましい努力の賜物と言っても過言ではない。

 

 いつもの席につき、新聞紙を広げる。さて、今日は休みだし、妻たちを連れて若い頃みたいに演劇でも見に行こうか。確か、話題になってるヴリシア帝国の劇団が近くの劇場で演劇をやる筈だ。

 

「ほら、コーヒーだ」

 

「おう、悪いね」

 

「ふふふっ。…………そういえば、最近はモリガン・カンパニーに反感を持つ輩が多いらしいな」

 

「ああ、聞いてるよ」

 

 俺たちが経営しているモリガン・カンパニーは、前世の世界で主流だった企業の方式をベースにして運営している。社員の待遇や差別をしない事を最優先にしている企業はここだけだと言われるほどで、近年では社員の人数も増えており、世界中に支社が出来上がっている。社員だけで国が建国できるというジョークができるほどだ。

 

 今までは貴族や資本家に好き勝手に働かされるだけだったあらゆる労働者にとっては楽園かもしれないが、それで富を得ていた貴族たちからすれば目の上のたんこぶでしかない。労働者からは支持されるが、貴族からは煙たがられる。それがモリガン・カンパニーの立ち位置だ。

 

 とはいえ、若い頃に引き受けたある依頼で王室ともつながりがあるから、どんな貴族でも声高にその不満を口にする事が出来ないのが実情だがな。あの時、女王陛下を救出する依頼を受けておいて本当に良かったよ。

 

 でも、最近は王室()労働者()の両方から貴族を押さえつけるという構図に綻びが生じつつある。どこの貴族が雇ったのかは不明だが、謎の武装勢力や傭兵ギルドが情報工作を展開したり、こちらの社員を誘拐して身代金や企業の解体を要求する事件が何件か発生している。

 

 現時点ではエミリア率いる警備分野の社員たちの活躍によって、こちらの社員及び民間人の犠牲者はゼロのまま事件は解決されている。まあ、そんな馬鹿な事件を起こしたクソ野郎の人数分の棺桶はいつも必需品だがな。

 

「現時点では従来の装備でも鎮圧できるが……………やはり、そろそろ社員たちにも銃を渡すべきではないか?」

 

「うーん……………そうかもなぁ」

 

 今のモリガン・カンパニーの社員たちが装備している武器は、フィオナが作り上げたスチーム・ライフルや仕込み杖などだ。スチーム・ライフルはマスケットに似た画期的な遠距離武器としてオルトバルカ王国騎士団でも採用が始まっているが、原動力となる蒸気のタンクが重い事と、銃剣を装着して接近戦をする際にタンクとライフルを繋ぐケーブルが邪魔になることなどが挙げられており、現在はフィオナと数名のスタッフが改良を進めている。

 

 今までは社員の中に貴族のスパイが紛れ込んでいる可能性や、その異世界の兵器が原因で内乱が起きたりする可能性を危惧していたんだが、そろそろそれも検討した方がいいかもしれない。それに同志たちを疑うのは失礼だからな。

 

 コーヒーのカップを持ち上げたその時、玄関のドアがノックされた。我が社の社員ならもう少し静かにノックするものだが、ノックと言うよりは殴りつけているような豪快な音である。

 

 せっかくの朝食の時間を邪魔されたことに、向かいに座るエリスが顔をしかめる。俺は彼女を諭すように肩をすくめると、コーヒーのカップと新聞を置いて玄関へと向かった。

 

 ブラウンの上品なドアを開けると、紅い制服に身を包んだ若い男性が立っていた。随分と長い毛皮の帽子をかぶっており、肩に装着している銀の防具には騎士団のエンブレムが刻まれている。騎士団の近衛兵だろう。

 

「失礼します、ハヤカワ卿」

 

「おいおい、俺は貴族じゃないぞ。その呼び方は語弊がある」

 

「はっ、失礼しました」

 

「気にするな。……………ところで、何の用だ?」

 

「はい。先ほど、エイナ・ドルレアンに不審な傭兵の部隊が侵入したとの報告がありました」

 

 不審な傭兵部隊?

 

「……………人数は?」

 

「7人ほど。そのうち3名はスチーム・ライフルで武装していたそうです」

 

「……………わかった。向こうの騎士団にも連絡し、警備体制の強化を」

 

「了解しました」

 

 敬礼をしてから去っていく近衛兵に礼を言い、俺はドアを閉めて息を吐いた。

 

 やれやれ、今日は妻たちと3人で演劇を見に行くつもりだったのに。早くも休日が台無しになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は休日だ。だから仕事が休みになっている労働者の多くが、このエイナ・ドルレアンのショッピングモールを訪れる。それゆえに客の人数も多く、階段やエレベーターは混雑している。

 

 だから、その人混みが全体的に動揺しているという事にはすぐに気付いた。まるでのんびりと草を食べていた草食動物の群れの真っ只中に、いきなり腹をすかせた猛獣を放り込まれたかのような動揺。長年大都市が本格的な侵略を受けることがなく、国民の大半が平和ボケしている状態だったため、その反応は予想以上に大げさだった。

 

 いきなり姿を消してしまったノエルを探していた僕とミラは、ぞくりとしながら怯えている人混みの中へと飛び込んだ。逃げようとする人混みの反対側へと向かい、真っ直ぐに突き進む。

 

 洋服売り場はショッピングモールの5階にある。中央部は1階の広間からそのまま最上階まで吹き抜けになっており、ガラス張りになっている天井から入り込む日光のおかげで、大勢の買い物客が訪れても開放的な雰囲気を維持できるようなデザインになっている。

 

 どうやら人々が怯えている元凶は、その広場の一番下にいるようだった。黄金で装飾された手すりを掴みながら下を覗き込んだ僕は、広場の一番下で数名の男たちが何人かの買い物客を取り囲んでいることに気付き、反射的に臨戦態勢に入る。

 

 吹き抜けになっている広場の一番下には、5名ほどの武器を持った男たちが立っていた。何かの制服に身を包んでいるというわけではなく、私服の上に軽めの防具を身に着けただけだ。装備している武器も騎士団や冒険者が持っているような一般的なロングソードやコンパウンドボウだけど、1人だけ奇抜な武器を装備していることが分かる。

 

 一見すると、それは古めかしいマスケットのようにみえる。けれどもそのマスケットの銃床からは真っ黒なケーブルが伸びていて、それを装備している男の背中にある太いタンクへと繋がっていた。銃には圧力計のようなものが装着されており、針はひっきりなしにぶるぶると震えている。

 

(スチーム・ライフル……………!?)

 

「馬鹿な…………冒険者には装備されてない筈だ」

 

 その男が持っていたのは、モリガン・カンパニーで開発され、倭国で勃発した九稜城の戦いで初めて実戦投入された『スチーム・ライフル』だった。火薬ではなく高圧の蒸気で小型の矢を射出する飛び道具で、連射ができる代物ではないけれど、その貫通力だけならば7.62mm弾に匹敵する威力を誇る。

 

 しかし、まだ問題点も多いため、騎士団にのみ販売している兵器だ。一般の冒険者が手に入れることはできないため、横流しされたとしか考えられない。

 

 どこで手似れたのかは後で突き止めてもらうとしよう。

 

 どうやらその男たちは買い物客を取り囲み、人質にしているらしい。

 

 そういえば、最近はモリガン・カンパニーに反感を持つ貴族が多いという。自分たちが経営する工場よりも良い業績を常に出し続ける上に、社員への待遇も良いため彼らの元を脱走してモリガン・カンパニーへと就職する労働者も後を絶たない。それが段々と反感として成長していき、ついに形になってしまったという事なのだろう。

 

 裏で傭兵を雇い、モリガン・カンパニーに要求を突きつける事件は多発している。おそらく僕たちは、その現場に遭遇してしまったのだろう。

 

(シン、ちょっとあれ…………!)

 

「!?」

 

 ミラが指差した先には、赤毛のぬいぐるみを抱えた黒髪の少女がいた。

 

 先ほどまで大はしゃぎで白いワンピースを手にし、洋服売り場の試着室を目指していた少女と瓜二つである。人形をぎゅっと抱きしめ、ぶるぶると震えているその少女の黒髪から覗くのは、ミラにそっくりな尖った長い耳。

 

「ノエル…………!?」

 

 なんてことだ。ノエルが人質に…………!?

 

「くっ…………ミラ、敵の人数は?」

 

(5人…………いや、7人。見て。4階の手すりの所に狙撃手が)

 

 ミラに言われた場所を見てみると、そこにも2人ほどスチーム・ライフルを構えた狙撃手が待ち構えているようだった。あのまま迂闊に動いていれば、あの2人に狙い撃ちにされていた事だろう。下手をすれば流れ弾が人質に当たる可能性もある。

 

 こっちも隙をついて仲間を人質に取るべきかな? …………いや、ノエルの状態を考えると、出来る限り人質に取られるという極限状態は短時間に抑えておきたい。人質を取っている相手に対して人質を取って交渉するよりも、1人ずつ始末していった方が良い。

 

 ポケットから端末を取り出し、隠密行動の際にいつも携行している相棒を装備する。一見すると長いサプレッサーにそのままトリガーとグリップを取り付けたかのような形状のハンドガンを2人分装備した僕は、片方と予備の弾薬をミラに手渡し、頷いた。

 

 僕が彼女に渡したのは、第二次世界大戦中にイギリス軍が開発した『ウェルロッド』と呼ばれる特殊なハンドガンだ。銃身そのものがサプレッサーになっている隠密行動にはうってつけな銃で、ハンドガンには珍しいボルトアクション式となっている。とはいえ、ライフルのようにボルトハンドルを引くのではなく、後端部を捻ってから引く方式になっている。どちらにせよ連射力と威力は低いので、暗殺に特化した武器と言える。

 

 ある程度の狙撃もできるように、アイアンサイトではなくドットサイトを装着している。ミラはそれの点検をすると、頷いてから移動し始めた。

 

 まず、あの狙撃手から始末しよう。2人の狙撃手が配置されているのは4階の手すりのすぐ近く。立っている位置は吹き抜けを挟んでいる状態だ。片方を始末すればもう片方に気付かれるため、同時に仕留める必要がある。

 

 人込みの中からドットサイトで照準を合わせつつ、ミラが狙撃地点に移動するのを待つ。何をするつもりだと言わんばかりにこちらを見つめる男性に向かってにやりと笑い、再びドットサイトを覗き込むと、ミラが吹き抜けの反対側にあるショーウインドーの近くでウェルロッドを構え、こっちに向かって親指を立てているのが見えた。

 

 3秒後に、同時に発砲する。狙うのはもちろん頭だ。

 

 手すりの装飾の隙間から銃身をそっと出し―――――――――ミラとタイミングを合わせる。

 

 3、2、1、発射(ファイア)。

 

 小さな反動と小さな銃声。そして、銃口から飛び出していくのは小さな弾丸。小石ほどの小さな物体でも、それなりの運動エネルギーを得ることで簡単に人を殺す兵器と化すのである。殺傷力があるのならば、後はそれを使いこなせる人材が射手になるだけだ。

 

 2発の弾丸が吹き抜けの上空で交差する。その弾丸は一瞬だけ日光を小さな身体で遮ると、そのまま直進し、吹き抜けの近くでスチーム・ライフルを構えていた男の眉間へと飛び込んでいった。

 

 まるで眉間を殴りつけられたかのように、がくん、と男の頭が大きく揺れる。上の階にいた〝敵”を認識していたわけではないだろうし、次の瞬間には頭を撃ち抜かれて殺されるなどと想像もしていなかったからなのか、断末魔は全く聞こえなかった。高圧の蒸気が入ったタンクを背負ったまま後ろにあった売り物のベッドの上に崩れ落ちた男は、そのまま永遠に眠ってしまう。

 

 さて、ミラの方はどうなったのかな?

 

『…………クリア』

 

 命中させたみたいだね。

 

 さて、あとは下にいる5人だ。

 

「騒ぐんじゃねえッ! ………おい、モリガン・カンパニーの連中にはちゃんと要求を伝えたんだろうな!?」

 

「はい、リーダー。ちゃんと伝えましたよ」

 

 どうせ、企業を解体しろっていう無茶な要求なんだろう。自分の利益しか考えていない貴族が経営する企業で、この国を支えられるわけがない。それに今ではもうモリガン・カンパニーはオルトバルカどころか世界を支える超巨大企業だ。兄さんが率いる企業は、人類が生きるのに必要な酸素を作る木々のような存在と言っても過言ではない。あいつらが言っているのは、自分の家を作るために地球上の木を全て伐採しろと言っているようなものなんだ。

 

 そんなくだらない要求を呑む必要はないよ、兄さん。

 

 ああ、そう言えば今日は日曜日だったね。きっと兄さんは、この一件で騎士団に呼び出されている事だろう。おかげで立てていた予定が台無しだ。きっと現場にやってくる頃の兄さんは、すっかり不機嫌になっているに違いない。

 

「いいか? モリガン・カンパニーの連中が要求を呑むまで、てめえらは人質なんだ! 大人しくしてろッ!」

 

「なあ、リーダー。ちょっと催促するのもいいんじゃないですかね?」

 

「あ?」

 

 リーダー格の男に、ニヤニヤ笑う小太りの男がそう言った。

 

「人質はこんなにいるんだ。ちょっと殺して催促してやれば、あいつらも顔を青くするに違いない」

 

「ああ、確かにな。ご立派なハヤカワ卿は労働者の味方らしいからなぁ」

 

 待て、まさか人質を殺すつもりか!?

 

 ぞっとしながら見守っていると、その小太りの男が怯える人質たちの中から1人の少女の手を掴んで引っ張り上げた。その少女は黒髪で、赤毛の人形を大切そうにぎゅっと抱きしめた――――――――僕たちの、愛娘だった。

 

(ノエル!)

 

「拙い…………!」

 

 なんてことだ! 一番最初に選ばれたのがノエルだなんて…………!

 

 くそ、このまま突入してしまうか!? ウェルロッドは連射速度が遅い銃だけど、僕たちが持ってる武器はウェルロッドだけではない。巧く白兵戦に持ち込めれば…………!

 

「やっ、やだやだぁっ! 離してっ! 痛いっ…………! パパ! ママ! 助けてぇっ!!」

 

「ハッハッハッハッ、残念だねぇ、お嬢ちゃん。パパとママはどこにもいないよ? 悪いのはモリガン・カンパニーの社長さんなんだ」

 

 そう言いながら剣を引き抜き、怯えるノエルに向かって振り上げる男。

 

 もしノエルが死ぬ瞬間を見てしまったら――――――――僕とミラは、どうなってしまうのだろうか。

 

 病弱な子だったけど、いつかは元気になってくれると信じて育て上げた大切な娘が、あんな自分勝手な要求の生け贄にされてしまうなんて。

 

 そんな理不尽なことが、あってたまるか…………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は、パパとママと3人でお買い物に来ただけなのに。

 

 ねえ、何でノエルが死ななきゃいけないの?

 

 ずっと窓の外を見て、絵本を読みながら、いつか私もお兄ちゃんたちみたいに冒険者になって、ダンジョンを冒険してみたいと思ってた。だから頑張ってフィオナちゃんの言うとおりにお薬を飲んだり、検査を受けたりしてたのに、何で死ななきゃいけないの?

 

 リキヤおじさんは悪い人じゃない。最初は怖かったけど、いつもお見舞いに来てくれる優しいおじさんだった。

 

 こいつらの言ってることは、間違ってる。

 

 言ってることだけじゃなく、やってることも間違ってる。

 

 パパたちだったら、こういう奴らをどうするのかな?

 

『――――――――きっと、殺すと思うよ』

 

 いつの間にか、私の方の上に小さな蜘蛛さんが乗っていた。複雑でグロテスクな模様の、親指くらいの小さな蜘蛛さん。よく窓の隅に巣を作っている蜘蛛さんにそっくりだった。

 

 鳴き声すらあげない筈なのに、その蜘蛛さんは人の言葉を喋っている。私はそのことにびっくりしたけど、蜘蛛さんは私が「どうして喋れるの?」と質問するよりも先に、また話し始めた。

 

『理不尽でしょう? 嫌なら、殺しなよ』

 

 え? 殺す? ………このおじさんたちを?

 

『そう、殺すんだ。殺さないとこの世界では生きられない』

 

 む、無理だよ。だってノエルは小さいし、弱いんだよ? いつもベッドの上で過ごしてたから戦い方なんてわからないし、パパやママみたいに強くないのに………。

 

『大丈夫だよ。ノエルちゃんには素質がある』

 

『君には武器があるし、力もある』

 

『ノエルちゃんは強いよ。君は天才だもん』

 

『さあ、殺そうよ』

 

『殺せ』

 

『殺せ』

 

『殺せ』

 

『殺せ』

 

『殺せ』

 

 いつの間にか、私の周りに色んな種類の蜘蛛さんが集まってた。

 

 窓の隅で見たような小さな蜘蛛さんもいるし、図鑑に載っているような大きな蜘蛛さんや毒蜘蛛さんもいる。いつもの私だったらきっと気持ち悪くて泣き叫んでいる筈なのに、どういうわけなのか、こんなにたくさんの蜘蛛さんに囲まれても気持ち悪いとは思わなかった。

 

 むしろ、自分の作ったお人形さんに囲まれているみたいに、安心してしまう。

 

『殺せ』

 

 ああ、殺さないと、私死んじゃうんだ。

 

『殺せ』

 

 死んじゃったら、お兄ちゃんたちみたいに冒険できないもんね。

 

『さあ、殺せ』

 

 そしたら、他の女の子みたいに恋もできないもんね。

 

『そうだ、殺せ』

 

 結婚もできないし、子供も産めなくなっちゃうもんね。

 

『さあ、ノエルちゃん』

 

 うん、分かったよ。

 

 私――――――――こいつらを殺す。

 

 


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