異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
予兆と可能性
キャノピーの向こうに広がるのは、雲の浮かぶ蒼空だった。普段は見上げることでしか目にする事ができない空が、厚さ十数mmの防弾ガラスの向こうに広がっている。キャノピーを開けて手を伸ばせば、空の真っ只中へと自分の手を晒す事ができる。ロマンチックな感じがするけれど、そんなことをする暇はないらしい。
何の前触れもなく、急にがくりと蒼空が周囲から眼前へと移動する。瞬く間に雲の群れがキャノピーの下の縁へと沈んでいき、黒ずんだ蒼空がキャノピーの向こう側を支配する。
僕とキャノピーの間に、今何をしているのか思い出せと言わんばかりに鎮座しているのは、キャノピーの外まで突き出るほど長い銃身を持つ、無骨な機関銃だった。放熱用のバレルジャケットに覆われ、銃身の側面にドラムマガジンを装備したそれを握り、後方からのこのこと近付いてくる敵を叩き落とすのが僕の仕事だ。そう、今は仕事の真っ最中。しかも油断すれば死ぬ可能性のある、命懸けの仕事だ。
さあ、仕事に戻ろう。
背中のシートの奥の方から、サイレンにも似た音が聞こえてくる。その音が強くなっていく度に、まるで獣から逃げる草食動物のように蒼空がキャノピーの向こうへと遠ざかっていく。
蒼空を眺めてうっとりする時間はもうおしまい。今は遊覧飛行の時間じゃないんだ。妻と2人っきりで遊覧飛行するのもロマンチックだけど、きっと彼女は景色を楽しむよりも、戦闘機や爆撃機の操縦を楽しむだろうね。若い頃から、僕の妻はそういう人だから。
(あぁ…………良い音)
「それは良かった」
(シン、私このサイレンみたいな音好きだよ)
…………これが、僕の奥さんのミラ・ハヤカワである。
初めて出会ったのは、僕がこの異世界に転生した直後だった。いきなりどこかの森の中に迷い込んだ僕は、その森の中で無口なハーフエルフの少女と出会い、襲って来たドラゴンから逃げるためにその少女と一緒にバイクに乗り、ちょっとした逃走劇を繰り広げた。物騒なきっかけだけど、それが僕とミラが出会ったきっかけだったんだ。
その後は兄さんの率いる傭兵ギルドに合流し、長い間ミラと一緒に行動するうちに、僕は彼女に恋をした。ギュンターさんは反対してたみたいだけど、カレンさんや兄さんが後押ししてくれたおかげで僕は無事に彼女にプロポーズし、結婚して平穏な家庭を作ることができたんだ。
ちなみに、結婚した後も子育てを続けながらこうして傭兵の仕事は続けているんだけど、こうやって夫婦で標的に向かって急降下爆撃を仕掛けるのは日常茶飯事だ。今ではそんな物騒な日常ですら〝平穏な日常”と言い切れるようになっている。
かちん、と彼女がレバーについているスイッチを押す音が聞こえてきた。僕たちの乗る『Ju87シュトゥーカ』の翼の下に吊るされている爆弾が外れたのか、重々しい音を奏でていたシュトゥーカの咆哮がほんの少しだけ変化する。
Ju87シュトゥーカは、第二次世界大戦の際にドイツ軍が採用していた〝急降下爆撃機”と呼ばれる爆撃機だ。大量の爆弾を上空から落とすような大型の爆撃機ではなく、戦闘機よりもほんの少し大きなサイズの機体に爆弾を搭載し、標的に向かって急降下しつつ狙いを定めて爆弾を投下するという戦い方をする機体なのである。
現代では誘導する爆弾や照準システムが発達したため、わざわざ対空砲火を躱しながら急降下する必要もなくなったため、廃れ始めている戦法だ。でも産業革命が起きたとはいえ、満足な対空砲火として機能するのが魔術程度である以上は有効な戦術だし、古い機体の方が生産に使うポイントが安い。だから完全に最新型の機体を使うよりも逆に効率が良いのである。
今度は主翼の下部に吊るされた37mm機関砲が火を噴いたらしい。急降下しながら地上の標的を狙い撃ちにする機体にすら置き去りにされた太い薬莢が、煙を吐きながらくるくると回転し、蒼空の中に置き去りにされていく。
普通なら、シュトゥーカには37mm機関砲は搭載しない。搭載するのは急降下爆撃の際にぶちかます爆弾なんだけど…………実は、そんな装備を搭載したシュトゥーカを操ったエースパイロットが、第二次大戦中のドイツ空軍に実在している。
凄まじい戦果を残した『ハンス・ウルリッヒ・ルーデル』というエースパイロットなんだけど、彼女の戦い方はそのルーデルを彷彿とさせる。
ちなみに今回の標的は、近隣の村を襲撃してから満足して帰っていく盗賊団のみなさん。僕は後ろ向きに座っているせいで何も見えないけど、きっと今頃地上は地獄絵図でしょうね。だって重戦車を容易く吹っ飛ばす爆弾を投下された挙句、戦車を破壊するために追加で装備された37mm機関砲でダメ押しと言わんばかりに狙い撃ちにされてるんだから。
ああ、今頃地面はとんでもない事になってるんだろうなぁ…………。グロ過ぎてノエルには絶対に見せたくない。見せるとしたらモザイクを用意しないと。
目を瞑りながら合掌すると、急降下していた機体が高度を上げ始めた。蒼空が本来あるべき位置へと戻っていく中、黒煙と真っ赤な何かで染め上げられたグロテスクな大地が僕の目の前に……………。
うわ、これモザイクじゃ無理だよ。そもそも娘にこんな光景見せちゃダメ。
(終わったよ、シン。はぁ……………やっぱり、急降下爆撃っていいね♪)
「そ、そうだね……………」
大地を眺めてから、もう一度合掌する僕。
ちなみにミラは、若い頃に参加したファルリュー島攻略作戦で、墜落してもおかしくないレベルの損傷を受けたたった1機のF-22ラプターで無数の敵の戦闘機を圧倒するという戦果をあげた、モリガンのメンバーの中でも熟練のエースパイロットなのである。
あの時は凄かったよ。主翼は爆風のせいで破片が突き刺さりまくってたし、2つあるアフターバーナーのうち片方は炎じゃなくて黒煙を吐いて完全に機能を停止していたし、機体の下部にあるウェポン・ベイはカバーが外れて内部が剥き出しになっていた。しかも、残っていた武装は機銃のみ。そんな墜落してもおかしくない状態で無傷の敵機を次々に叩き落としていったんだ。
当時の味方のパイロットは、『猛禽(ラプター)が不死鳥(フェニックス)になった』と言ってびっくりしていたらしい。
それ以来、彼女は航空機の操縦を好むようになってしまったんだよね…………。今回の依頼はわざわざ急降下爆撃機を使わなくても十分だったのに…………。
ネイリンゲンが転生者たちの襲撃で壊滅してからは、モリガンの本部はエイナ・ドルレアンへと移転している。オルトバルカ王国という大国の南側を統治するドルレアン家の本拠地ともいえる街であり、産業革命と試験的に導入した資本主義経済の恩恵に後押しされて劇的に発展したため、国民からは『第二の王都』とも呼ばれる大都市である。
相変わらず魔物の襲撃を防ぐための防壁に囲まれた、城郭都市じみた伝統的な街だが、その防壁の内側はまさに近代的な大都市と言える。自動車はまだ走っていないが、魔力を原動力とする『フィオナ機関』を搭載した列車が他の都市と繋がっており、その市街地の風景は近代的なヨーロッパの街並みに近い。
とはいえ、産業革命でもたらされた変革だけが存在する街というわけではない。もちろん、産業革命以前からの伝統も残る大都市である。工場や庶民の住む区画とは隔離されたかのような位置に広がるのは、エイナ・ドルレアンに住む貴族たちの屋敷。自分たちの屋敷や所有物を過剰に飾り立てる悪い癖が目立つ貴族の屋敷の中でも、異彩を放つ屋敷が1軒だけそこに建っている。
屋敷と呼ぶには小さ過ぎるが、一般的な家と呼ぶにしては大き過ぎる。両者の中間と言えるかもしれないが、どちらなのかはっきりしない微妙なサイズのその建物は、どちらかというと伝統的なデザインを守り抜いている古い外見の建物だ。
ブラウンのレンガで覆われたその屋敷は、現在のモリガンの本部である。
壊滅したネイリンゲンの本部と全く同じ屋敷を、メンバーたちの要望で完全に再現した建物である。庭の面積や建物の大きさだけでなく、内部の構造まで完全に再現されているため、ネイリンゲンの屋敷をよく知る者が目にすれば、まるでネイリンゲンの屋敷をそのままエイナ・ドルレアンまで持ってきたのではないかと思い込んでしまうことだろう。
街の防壁の外に用意された滑走路へと愛用の急降下爆撃機を着陸させた夫婦が、その屋敷の玄関を開けて中へと入って行く。モリガンのメンバーは全員がまだ現役であるが、モリガン・カンパニーが本格的に規模を広げ始めてからはメンバーが全員集まることが珍しくなったため、現在では実質的に活動しているのはシンヤとミラの2人だけという状況になっている。
(ただいま、ノエルっ♪)
「あ、ママ! おかえりなさいっ!」
ネイリンゲンの本部ではリキヤやエミリアたちが寝室として使っていた部屋は、シンヤとミラの娘であるノエル・ハヤカワの部屋となっている。幼少の頃に身体が弱いという事が発覚してからは常にこの部屋で過ごしているため、彼女がこの部屋を出ることは稀なのだ。だから、最愛の娘のためにと必要な物はすべてこの部屋に完備されている。
仕事を終えたミラは、ベッドの上で人形で遊んでいたノエルを抱き締めると、頬にキスをしてから微笑んだ。転生者とハーフエルフの間に生まれたノエルは、母親の血の方が濃かったのか、種族はミラと同じくハーフエルフという事になっている。自分と同じく尖った長い耳をぴくぴくと動かしながら母の顔を見上げたノエルは、微笑みながら手にしていた人形を毛布の上に置いた。
彼女は裁縫が得意らしく、よく自作の人形を作っては1人で遊んでいる事が多い。ベッドの上には彼女が作った作品がずらりと並んでおり、まるで小人たちとパーティーを開いているようにも見える。
どさくさに紛れて見覚えのある人物をモチーフにしたと思われる人形も、その中に加わっていた。紳士のような恰好の黒髪の男性と手を繋いでいる銀髪の女性のぬいぐるみは、ミラとシンヤがモデルになっているのは言うまでもないだろう。よく見るとその後ろにはモリガンのメンバーや旅立ったタクヤたちをモデルにした人形も並んでいる。
「ママ、見て見て! お兄ちゃんたちのパーティーとモリガンのみんなを作ってみたの!」
(あら、上手じゃない! ノエルは大人になったらお人形屋さんになるの?)
「ううん、いっぱいお人形さんがいるとね、寂しくないの。みんな一緒だもん」
(そう…………)
屋敷の周囲は、重機関銃を搭載したドローンの群れが警備している。だからドローンを突破できるほどの実力者が攻め込んで来ない限り、屋敷の中は安全なのだ。
しかし――――――――そのドローンたちは、ノエルの遊び相手ではない。彼女からすれば、幽閉されているにも等しい彼女を外敵から守る、無言の守護者たちでしかないのである。
(ごめんね、ノエル。最近は仕事が忙しくて…………)
「いいの、大丈夫だよ。私、1人でも大丈夫だもん」
(…………あっ、そうだ。ノエル、明日3人でお買い物に行かない?)
「お買い物!?」
いつも家の中で過ごしているノエルにとって、家の外は魅力的な世界だ。大通りを進んでいく馬車も、遠くで蒸気を噴き上げながら客車を引っ張っていく列車の雄姿も、全て窓ガラス越しにしか目にしたことのない未知の世界。もちろん、足を踏み入れたことのない世界だし、他の都市と比べると治安が良いとはいえ、白昼堂々スリや殺人事件が起こるのも珍しい話ではない。それに、ノエルは元々気が弱い少女であるため、家の外には極力出さないように気を配っていたのだ。
今まで続けてきたその習慣を破ってまで彼女を買い物に連れて行こうという提案をしたのは、傍らに置いてあるタクヤがモデルになったと思われる小さな人形を、愛娘が寂し気に見下ろしていたからだろう。
軽率な提案かもしれないが、たまには彼女を外に出すのもいいかもしれない。さすがに、一生このまま部屋の中で過ごさせるわけにはいかないし、夫も娘を箱入り娘のままにするつもりもない筈である。
相談すれば、きっと首を縦に振ってくれる筈だ。
「で、でも、ちょっと怖いな…………」
(大丈夫よ。パパとママも一緒だから)
「う、うん…………そうだよね。私のパパとママはとっても強いし」
(うんっ! 悪者なんか、すぐにやっつけちゃうわ!)
微笑みながら拳を握りしめると、ノエルも真似をして拳を握りしめた。まだ14歳の彼女の手をぎゅっと握ったミラは、愛娘を抱き締めながら早くも何を買ってあげようか考え始めるのだった。
「――――――――つまり、僕にも〝その可能性”はあると?」
『ああ。仮説だが…………お前も俺と同じ条件を満たしている。もしかするとお前も…………』
僕は兄さんの仮説を聞きながら、息を呑んだ。もしこの仮説を教えてくれたのが兄さんではなかったのならば、そんな可能性もあるんだろうと思う程度で終わっていた事だろう。でも、その仮説を教えてくれたのがこの世界初の〝キメラの原点”となった男なのだから、あまりにも大き過ぎる説得力がある。
キメラは突然変異の塊と言えるほど特異な種族だ。魔物の持つ能力を身に着けた人間のようなものと思いきや、その魔物に全く関係のない能力を兼ね備えている事がある。天才技術者と言われるフィオナちゃんでもその傾向すらつかめていないほどの、謎の種族なのだ。
もし本当ならば、『キメラとは人間とサラマンダーの混血のようなものである』という定義が、書き換えられてしまうかもしれない。
『それに…………確か、ミラが妊娠したのは義手を移植した後だったよな?』
「…………まさか、ノエルにも?」
『ああ。むしろ、お前よりもノエルの方が可能性が高いかもしれん』
「馬鹿な…………兄さん、あの子は身体が弱いんだよ?」
『キメラは突然変異の塊だ。何があるか分からん』
「…………」
『とりあえず、しっかり面倒を見てやれ。それと何か予兆があったら報告しろ。いいな?』
「…………了解(ダー)、同志リキノフ」
息を吐きながら無線の電源を切り、僕は近くにあった椅子に腰を下ろした。かぶっていたシルクハットをテーブルの上に放り投げ、形成が始まった仮説から目を逸らすようにティーカップを拾い上げる。
ノエルは身体が弱いんだ。彼女に可能性があるなんて…………ありえない。
でも、考えてみれば僕も条件を満たしているし、ミラが妊娠したのは僕が右腕にキングアラクネの義手を移植した後。定期的に血液を体内に注入していたから、ノエルの遺伝子にもキングアラクネの遺伝子が紛れ込んでいてもおかしくはない。
もし今まで身体が弱かった原因が〝この仮説通り”なのだとしたら…………………!
「―――――――そんな馬鹿な」
否定したかったけれど、口にした直後に兄さんの言葉を思い出してしまった僕は、もうその仮説を否定する事が出来なくなってしまった。
「………………」
最近、夢の中に蜘蛛が出てくる。種類はバラバラで、世界中のあらゆる蜘蛛が僕の事を追いかけてくるのだ。
最初は逃げ切れたんだけど、最近は段々と蜘蛛たちに追いつかれる事が多くなってきている。無数の蜘蛛たちが僕の身体にへばりつき、蠢きながら僕の身体を覆い尽くしていくのだ。
もしかして、これが予兆なんだろうか。発狂してしまいそうなこの悪夢が、兄さんの仮説どおりの予兆なのか?
僕は息を吐くと、ティーカップを傾けてからテーブルの上に置き、歯を食いしばった。
おまけ
過労死注意!
シンヤ「つ、つかれた…………」
リキヤ「お、お疲れ様」
シンヤ「今日で依頼40件目だよぉ…………」
リキヤ「働き過ぎだろ。お前、少し休めよ。クマ出てるし………」
シンヤ「うん、そうする――――――――」
ミラ(シン、大変だよ! また依頼が来てる!)
シンヤ「ま、またぁ!?」
ミラ(ほら、早く! 出撃だよっ♪)
シンヤ「うわぁぁぁぁ…………」
リキヤ(ルーデルみたいな奥さんだ…………)
ギュンター(シンヤ、頑張れ…………)
完
リキヤ=強過ぎる変態
エミリア=まとも
エリス=純粋に変態
フィオナ=技術力がもう変態
カレン=まとも
ギュンター=純粋に変態(男性枠)
シンヤ=まとも
ミラ=エースパイロット過ぎる変態
…………なんだこの変態傭兵ギルド。