異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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オーバーキル

 

 いつもならば静かな筈の私の屋敷に、怒号と轟音が響き渡っていた。廊下を疾走する騎士たちの防具の音や、剣が何かに当たる金属音を、何かが爆発するような轟音の群れが粉砕していく。

 

 騎士たちの怒号と断末魔を聞きながら、私は屋敷の自室で震えていた。

 

 侵入者が現れたと警備をしていた騎士から報告を受け、最寄りの駐屯地に救援を要請しろと指示を出した。だが、救援が来る様子はなく、伝令に向かわせた騎士もいつまで経っても帰って来ない。

 

 やがて、廊下の方から騎士たちの足音が聞こえてきた。必死に私の部屋を死守しようとしているようだが、どうやら侵入者にここまで押し込まれてしまったらしい。

 

 侵入者は何が目的なのだ? まさか、私の命か?

 

 この屋敷には100人もの騎士たちが警備のために駐留していた筈だ。彼らに勝てる筈がないとは思うのだが、ここまで警備の騎士たちが押し込まれたということは、騎士たちが不利だということなのだろう。

 

 侵入者の正体について考察しようとしていると、ドアの前までやってきていたと思われる騎士の絶叫が、部屋の中にまで入り込んできた。その絶叫を、爆発するような轟音の群れが食い破り、絶叫の残響すら飲み込んでしまう。

 

 ―――――――侵入者が、もう部屋の前までやって来たのだ。

 

「くっ……………!」

 

 私は慌てて壁の方へと走った。だが、ここは屋敷の5階だ。窓から飛び降りて逃げられるわけがないし、部屋の中には武器など置いていない。若い頃は私も騎士だったが、引退してからは政治の面での戦いばかりであったから、侵入者への対処などは私が騎士団から引き抜いて来た選りすぐりの騎士たちに任せっきりだったのだ。

 

 警備の騎士たちは壊滅している。部屋には武器がない。しかも、部屋の位置が高すぎるから窓から逃げるわけにもいかない。

 

 何ということだ。この私が袋の鼠とは……………!

 

 追い詰められて歯を食いしばっていると、部屋のドアがそっと開き始めた。

 

「………!」

 

 騎士たちが侵入者を撃退し、報告するためにドアを開けたわけではあるまい。もしかしたら騎士たちが何とか勝利したのかとあまりにも小さ過ぎる希望を持ったまま、私は後ろを振り返った。

 

 そして、その小さな希望はすぐに押し潰されてしまった。

 

 ドアの向こうからやって来たのは、黒い制服に身を包んだ3人の侵入者だったのだ。3人のうち2人はおそらく少女だろう。片方は騎士のような漆黒の防具に身を包み、背中に大剣のクレイモアを背負っている。両手には剣ではない奇妙な武器を持っていた。もう片方の少女は軍服のような黒い制服を身に纏っていて、背中には伸縮式のハルバードを背負っている。やはり彼女も、両手に見たことのない奇妙な武器を持っていた。

 

「お、お前たちは……………!?」

 

 よく見ると、その2人の少女の顔つきはよく似ていた。

 

 騎士のような少女の顔つきは凛々しく、もう片方の少女は凛々しさと清楚さを兼ね備えている。貴族や騎士にふさわしい雰囲気を放っているが、私の事を見つめる2人の瞳は冷た過ぎた。

 

 しかも、2人の顔には見覚えがあった。

 

「久しぶりですね、お父様」

 

「え、エリス……………? ジョシュアの所から帰って来たのか? だが、何だその格好は……………!?」

 

 エリスの冷たい声を聴きながら、私はちらりと彼女の隣に立つ少女を見た。

 

 エリスに年が近く顔つきがそっくりな少女は、エミリアしかいない。だが、彼女は心臓に埋め込まれた魔剣の破片を取り出すために犠牲になった筈だ。伝令の騎士から魔剣が無事に復活し、オルトバルカ王国を攻め落とす事が出来ると報告を受けていたから、エミリアが生存しているなどありえない。

 

 何者だ? 彼女はまさか、エミリアの亡霊か!?

 

「な、何をしに来た……………!?」

 

「――――――――――あなたの命を貰いに来たのです、父上。決別のために」

 

 騎士のような恰好をした少女の声を聴いた瞬間、私はぞっとした。王国の切り札として王都の精鋭部隊に引き抜かれていったエリスの代わりに、魔剣を復活させる計画のためにとナバウレアに残しておいたホムンクルス(クローン)の少女と声が全く同じだったのだ。

 

 声の高さはエリスよりもやや低く、凛々しさと勇ましさを兼ね備えた声だった。

 

「え、エミリアなのか……………!? ば、馬鹿な。なぜ生きている……………!?」

 

 魔剣は心臓に埋め込まれていた。だから心臓から魔剣を取り出せば、彼女は必ず死ぬ。なのに、なぜ彼女は生きているのだろうか。

 

 すると、ドアの外で騎士たちの死体を見下ろしていた3人目の侵入者が、松葉杖を使いながら部屋の中へとやって来た。松葉杖を使っているのは左腕だけで、右腕にはエミリアたちが両手に持っている奇妙な武器を持っている。どうやら片足が無いらしく、左足のズボンが膨らんでいるのは太腿の半分くらいまでだった。

 

 黒いフードの付いたオーバーコートを身に纏った少年だった。フードの上にはハーピーの真紅の羽根が飾られている。フードをかぶっているせいで顔つきはよく見えなかったが、非常に鋭い目つきをしているのは見えた。

 

 年齢は私の娘たちと同じくらいだろう。私よりもかなり年下である筈なのに、彼の目を見た瞬間、私はぞっとしてしまった。

 

「初めまして、ペンドルトン卿」

 

「な、何者だ……………!?」

 

 すると少年は、手に持っていた武器を腰にしまい、壁に背中を押し付けながら松葉杖を伸ばすと、近くに置いてあった接客用の椅子を引っ張り、私の目の前でその椅子に腰を下ろした。

 

「私は速河力也。モリガンという傭兵ギルドに所属する傭兵です」

 

「も、モリガンだと……………!?」

 

 聞き覚えのあるギルドの名だった。奇妙な轟音のする武器を使う傭兵ギルドで、規模はギルドの中では非常に小さいが、その戦力はメンバー1人で騎士団の一個大隊に匹敵すると言われている。

 

 たった数人で一国を壊滅させる事が出来るほどの力を秘めた、最強の傭兵ギルド。そのモリガンという名前は、今まで何度も聞いていた。

 

 しかもリーダーの速河力也は、半年前にエミリアをナバウレアから連れ去り、魔剣を復活させるという計画を遅れさせた憎たらしい少年だ。彼がエミリアを連れ去ったせいで、王都からわざわざエリスを引き抜いて差し向けなければならなくなってしまったのだが、そのエリスが彼らと共に立ち、私に武器を向けるとはどういうことなのだ!?

 

「な、何をしに来た……………!?」

 

「――――――――彼女たちの戦いを、見届けに来ました」

 

「何だと…………!?」

 

「失礼ですが、私は手を下しません。見てのとおり片足なのでね。……………だから、ここで見物させていただきますよ」

 

 少年は松葉杖を椅子の近くに立て掛けてから肩をすくめると、勝手に近くのテーブルの上のティーセットに手を伸ばし始めた。

 

「き、貴様ら、この私の屋敷を襲撃してただで済むと思っているのか!?」

 

「ええ。既に準備は終えていますから」

 

 彼は3人分のティーカップに紅茶を注ぎながら答えた。どうやら私の命を奪った後に、祝杯代わりに3人で紅茶を飲んでから退散するつもりらしい。

 

 だが、準備を終えているとはどういうことだ?

 

「ど、どういうことだ……………!?」

 

「駐屯地に救援を要請するために向かわせた伝令はどこに行ったんでしょうねぇ?」

 

 自分の分の紅茶を飲みながら言う力也。彼はティーカップをテーブルの上に置き、武器を向けられて震えている私を嘲笑っている。

 

 まさか、伝令が帰って来ないのは……………!

 

「ご安心ください、ペンドルトン卿。この一件はペンドルトン邸で火事が起き、屋敷が当主もろとも焼け落ちたということにしておきます」

 

 駐屯地に到着する前に伝令を消したということなのか!?

 

 何ということだ。護衛の騎士たちは既に壊滅しているから、外部に救援を要請する事が出来ない。つまり、私を消した後ならば火事が起きたという情報操作をすることで、この襲撃そのものをもみ消す事が出来るということだ。

 

 この作戦を立案したモリガンの参謀は、優秀な策士らしい。

 

「うーん、オルトバルカ産の紅茶の方が美味いな……………」

 

「き、貴様ら……………!」

 

「後は任せるぞ、2人とも。紅茶が冷めちまう」

 

「ああ」

 

「ええ」

 

 手に持った武器を構え、娘たちが私を睨みつけてくる。

 

 この部屋には武器など置いていない。警備の騎士たちがここに駆けつけて来ない限り、私に彼らを攻撃するための手段などないのだ。

 

 すると、椅子に座って紅茶を啜っていた片足の少年が、冷たい目で私を見つめながら言った。

 

「―――――――――権力ってのは、従う人間がいなけりゃ意味はないんだ。……………だから、孤立した貴族っていうのは本当に脆い」

 

 先ほどまでよりも粗暴な口調だった。

 

 私は窓から飛び降りて逃げようとした。ここは屋敷の5階だが、下は芝生だ。運が良ければもしかしたら逃げ切る事が出来るかもしれない。

 

 そう思って窓に手をかけようとした瞬間、背後から娘たちの冷たい声が聞こえてきた。

 

「さようなら、父上」

 

「あの世でジョシュアとレオンが待ってますよ」

 

「ま、待て――――――――」

 

 本当に父親を殺すつもりなのか!?

 

 わ、私はお前たちの父親なんだぞ……………!?

 

 背後を振り返ろうとした瞬間、先ほどから散々騎士たちの断末魔と共に聞こえてきたあの轟音が聞こえてきた。2人が構えている奇妙な武器が煌めき、無数の何かが私の身体を貫いていく。あっという間に私の身体から噴き出た血が部屋の中を汚し、壁やベッドが真っ赤に染まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「CP(コマンドポスト)、こちらアルファ1。こっちは終わったぜ」

 

『こちらCP(コマンドポスト)。はい、ブラボー隊も制圧は完了した模様です』

 

「いいね、さすがタクヤだ。――――――――では、あとは火事か強盗に見せかけて退散するように言ってくれ」

 

『了解しました』

 

 耳元の無線機から手を離し、俺はティーカップに残っている不味い紅茶を飲み干した。

 

 俺たちがエミリアたちの父親の屋敷を襲撃している間に、タクヤとラウラがジョシュアの父親であるレオンの屋敷を制圧したらしい。

 

 これで、エミリアとエリスを利用して魔剣を復活させようと企てていた奴らは消えた。悪いが、この貴族たちには、表向きには火事の犠牲になったということになってもらおう。

 

 襲撃そのものをもみ消すために、使用人や騎士たちも全員消しておいた。そして当主のこの太った男が風穴だらけの死体になったことで、この屋敷にいる生存者は俺たち3人だけになった。

 

「これで終わったな」

 

「ええ」

 

 エリスがフルオート射撃を終えたばかりのAKS-74Uを腰の両側にあるホルスターに戻しながら言った。彼女の隣で血まみれの父親の死体を見下ろしていたエミリアも、2丁のPP-2000を腰のホルスターに戻すと、テーブルに用意しておいた紅茶のカップを持ち上げる。

 

 倒さなければならない相手はもう全員死んだ。魔剣を使っていたジョシュアはタクヤに消され、その計画のために娘を差し出したエミリアとエリスの父も弾丸で撃ち抜かれて死んだ。

 

 ちなみに、エミリアとエリスの母親は既に病気で亡くなっているらしい。もし生きていたのならば、その母親にも銃を向けることになっていただろう。

 

 温くなっていた紅茶を飲み干した2人に、俺は腰にぶら下げていた瓶を取り出した。この屋敷を焼き払うために用意しておいた火炎瓶だ。

 

 2人に火炎瓶を手渡してから松葉杖を握った俺は、何とか椅子から立ち上がった。もう警備していた騎士たちは殲滅した筈だが、もしかしたら生存者がいるかもしれないため、一応右手にハンドガンを持っておく。取り出したハンドガンは、中国製ハンドガンの92式手槍だ。マガジンを伸ばしてフルオート射撃の機能を追加しているため、マシンピストルとしても使う事が可能である。

 

 だが、この92式手槍が火を噴くことはなさそうだ。廊下に転がっているのは死体ばかりで、呻き声も聞こえない。

 

 松葉杖をつきながら片足で何とか階段を下り、2人を連れて屋敷の外へと向かう。足があれば窓から飛び降りてすぐに屋敷の外に出る事が出来たんだが、今は片足が無い。ステータスで身体能力が強化されていると言っても、この状態で5階から飛び降りるのは危険だ。

 

 なんだか歯がゆいなぁ……………。

 

「力也、大丈夫か?」

 

「肩貸してあげる?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 1人でも大丈夫だよ。

 

 何とか階段を下り切って玄関の外へと出た俺は、92式手槍をホルスターに戻すと、自分の分の火炎瓶を取り出した。火炎瓶に着火すると、2人の分の火炎瓶にも火をつけてから、目の前に鎮座するエミリアとエリスの実家を睨みつける。

 

「準備は良いな?」

 

 今から、2人の生まれ育った実家を焼き払うんだ。

 

 俺は隣に立つ2人を見た。2人とも躊躇っていないらしく、俺と目を合わせてから頷く。

 

 俺も頷くと、目の前の屋敷を睨みつけ――――――――火のついた火炎瓶を、壁に向かって放り投げた。

 

 瓶が割れ、炎が一瞬で屋敷の壁に燃え移る。俺が放り投げた場所の近くにエリスとエミリアの火炎瓶の直撃し、巨大な炎の塊を形成する。

 

 その炎の塊は次々に壁の表面を飲み込んでいき、開いていた窓の内側で揺らめいていたカーテンに燃え移ると、そのまま屋敷の中に入り込んでいった。やがて窓の内側が真っ赤になり、砕け散った窓ガラスの奥から火柱が出現する。

 

 ペンドルトン邸が燃え上がる。2人が生まれ育った実家が焼け落ちていく。

 

「―――――――――行こう、力也」

 

「ああ」

 

「戻りましょう」

 

 俺は踵を返し、後ろに停車しているハンヴィーへと向かった。一応車体の上にブローニングM2重機関銃を搭載してあるんだが、今回の襲撃で使ったのは最初に先制攻撃を仕掛ける時だけだった。おかげで重機関銃の弾薬はまだまだ残っている。

 

「エミリア、運転は頼むぜ」

 

「分かっている」

 

 片足だから運転するわけにはいかないんだよな。

 

 エミリアとエリスが後部座席に背負っていた武器を積み込み、運転席と助手席に腰を下ろす。俺は松葉杖を後部座席の下に下ろすと、シートを掴んで体を持ち上げ、後部座席に腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔剣との戦いは終結した。けれど、まだ消さなければならない奴は残っている。

 

 魔剣を復活させようとしたのは、ジョシュアだけではない。その力を悪用しようという計画そのものは、正確に言えばジョシュアや母さんの父親の代から続いていたものだ。だから、ジョシュアを消してもまだ元凶は残っているのである。

 

 俺たちが担当することになったのは、その元凶の片割れの〝処理”だった。殺し方そのものは何でも良いらしいが、さすがにモリガンがラトーニウスの貴族を襲撃したという事が表沙汰になると面倒なことになるので、家事か強盗に見せかけて殺さなければならない。

 

 そのまま殺すだけならば簡単だ。ナイフで切り刻んだり、長距離からスナイパーライフルでヘッドショットすればいい。そう、殺すだけならば容易い。だが、問題は何かに見せかけるということだ。

 

 いっそのこと屋敷ごと丸焼きにした方が手っ取り早いかもしれないけど、そうすると逃げ出してしまうかもしれないし、クソ野郎には最高の苦痛をプレゼントするべきだろう。だから、面倒だけど〝手っ取り早くは殺さない”。それなりに急ぎながら、ゆっくりと苦しめて殺すのがベストなのである。

 

 貴族の屋敷なのだから、当然ながら警備をしている騎士以外にも使用人もいる。残酷だけど、彼らもご主人様と一緒に消す必要がある。もし目撃された挙句それを王国に報告されたら、オルトバルカとラトーニウスの関係がさらに悪化する原因を作りかねない。

 

 要するに、屋敷の中にいる人物は〝火事か強盗に巻き込まれた、哀れな犠牲者”になってもらう必要がある。

 

 床に倒れ、動かなくなった騎士の死体をまたいで進む。先ほどまでは怒声を上げ、剣を振り上げて襲いかかって来た警備の騎士たちも、もう何も喋らない。悠々と進む俺たちを黙認するかのように、血を流しながら黙って床に倒れているだけだ。

 

 まだ警備兵は残っているだろうか? 

 

 ラウラから借りたP90の残弾を確認しつつ、隣でエコーロケーションを発動させたラウラの方をちらりと見る。彼女がエコーロケーションを発動している最中に雑音を立てると索敵を妨げることになるので、極力物音を立てないように注意する。

 

「残りは?」

 

「7階の寝室。警備兵が3名とターゲットが2名」

 

「あらら、奥さんも一緒か」

 

 まあ、計画に加担してなくても、申し訳ないが奥さんにも消えてもらわなければならない。この襲撃は強盗か火災に仕立て上げなければならないのだから、この場に居合わせているならば全員がターゲットだ。

 

 下の階からじわじわと逃げ道を絶つように襲撃したから、あいつらは上の階へと逃げざるを得なくなる。飛び降りれば運が良ければ助かるかもしれないけど、自分の権力を乱用して威張り散らしているような貴族にそんな度胸はないだろう。

 

「う……………ぐぅ……………き、貴様ら、こんなことを―――――――ギャッ」

 

「やべえ、こいつ生きてた」

 

 まだ息のあった騎士の喉元に投擲に使うメスを放り投げ、止めを刺す。喉に突き刺さったメスを強引に引き抜き、その騎士が絶命していることを確認してから、俺はラウラを連れて階段を登り始めた。

 

 今頃親父たちはペンドルトン邸に侵入し、母さんやエリスさんの父を消している頃だろうか。俺たちからすれば祖父に当たる人物だが、別に親父たちに消されても全く心は痛まない。

 

 そういうふうに、俺たちは育てられた。排除するべき標的に対して躊躇する必要はないと教え込まれ、そのための技術も幼少の頃から叩き込まれた。第二次世界大戦の後から戦争とは無縁だった日本人の感覚は突き崩され、冷徹な殺し屋のような精神に〝転生”したのである。

 

 7階まで上がり、ラウラに案内してもらいながら標的のいる寝室まで向かう。ジョシュアの実家であるマクドゥーガル家は、ラトーニウス王国の中では〝主柱”と言えるほど規模の大きな貴族であるという。他国との紛争や盗賊の討伐で名を上げたジョシュアの曽祖父の影響で一気に規模が大きくなり、母さんたちの実家であるペンドルトン家も傘下に収めてしまったらしい。

 

 まあ、その主柱が消えれば大打撃だろうな。奴隷や庶民たちは大歓迎するかもしれないが。

 

 色々とスキャンダルを公にして社会的に殺すのも面白いけど、回りくどくなるので直接消すことになっている。

 

 廊下を進んでいると、やり過ぎなのではないかと思ってしまうほど派手な装飾の付いた扉が目の前に現れた。翼を広げた黄金の竜の彫刻が埋め込まれた派手な扉の向こうからは、うっすらと数人の呼吸する音と、鎧の音が聞こえてくる。

 

 音の発生した位置から推測すると、おそらく――――――――ドアのすぐ前に2人の騎士がいて、奥の方にはもう1人の騎士が居る模様だ。ターゲットはその最後の1人が庇っているような状態だろう。装備はよく分からないが、少なくとも屋敷の中で槍や大剣を装備しているわけがない。武装はロングソードだと思われる。

 

 静かに左手を伸ばし、ドアに触れる。この装飾を上手く避ければドアを貫通するのは難しくないだろう。ハンドガン用の9mm弾でも貫通できそうなレベルだ。

 

 ラウラと頷き合ってから、セレクターレバーをセミオートからフルオートに変更する。そして呼吸する音が聞こえてくる位置に照準を合わせると、言葉を交わさず、思考だけでタイミングを合わせ――――――――同時にトリガーを引いた。

 

 狙う位置は、もちろん派手な装飾の付いていない部分。黄金の装飾は弾丸の貫通を妨げる恐れがあるし、もしかすると跳弾する可能性もある。

 

『ギャッ!?』

 

『がぁっ!!』

 

『な、なんだ!?』

 

「ラウラ」

 

「うん」

 

 トリガーを引いていたのは1秒足らず。ちょっとした3点バースト射撃程度の時間だ。

 

 ドアの向こうから鎧を身に着けた男たちが崩れ落ちる音が聞こえてくる。命中したのは胸元か首だろうか。

 

 命中した箇所を推測しながら、俺は左足を硬化させた。めきりとまるで薄氷に亀裂が生じるような音を立て、ズボンの下で肌色の皮膚が蒼い外殻に覆われていく。キメラの外殻の硬さは個人差があると言うが、俺と親父の防御力はフィオナちゃんの推測では第3世代型主力戦車(MBT)並みだという。つまり、チャレンジャー2やレオパルト2レベルの防御力を、キメラの外殻は有しているという事だ。

 

 そんな硬さの外殻で覆われた足が転生者のパワーを乗せて繰り出されるのだから、まさにその一撃は戦車との正面衝突にも等しい。めきりと音が聞こえた頃には、俺の蹴りを喰らったドアは木端微塵になり、黄金の装飾を含んだ木片の散弾となって部屋の中へと飛び散っていた。

 

「ぐあっ…………!」

 

「うわあああああああっ!?」

 

 その散弾の破片を浴びてしまったのか、防具に身を包んでいた騎士と、その後ろに立っていた太った中年の男性が顔を押さえながら床に倒れ込む。こいつと、そのデブを見下ろしながら慌てている女性がターゲットだろう。豚と一緒に肉屋に出荷できるほど太った男性はあまりジョシュアに似ていないが、母親の方はそっくりだ。

 

 あのクソ野郎のやらかした事を思い出して苛立った俺は、歯を食いしばりながらP90をのたうち回る騎士へと向けると、楽にしてやると言わんばかりにそいつのこめかみを撃ち抜いた。黄金のドラゴンの牙の破片が、まるで噛みついているかのように頬のように刺さった騎士がそれで絶命し、呻き声を上げなくなる。

 

「な、なんなの、あなたたちは!? その武器は何!?」

 

「ターゲット確認」

 

 問いには答えない。時間の無駄だ。

 

「ジョシュア・マクドゥーガルの両親だな?」

 

 逆に俺たちが問い掛けると、しおれたスイカみたいに肥えた顔から破片を引き抜いていたジョシュアの父親が立ち上がり、怯えながら怒声を上げる。

 

「貴様ら、ここはマクドゥーガル邸だぞ!? この私が誰なのか分かっているのだろうな!?」

 

 うるせえ、叫ぶな。汚ねえ唾が飛ぶだろうが。

 

 顔をしかめながら舌打ちし、ラウラの方をちらりと見た。彼女もイライラしているらしく、頷いてから左手に持っているP90をジョシュアの父親に向け、これでもかというほど詰め込まれた脂肪で膨れ上がった片足に、5.7mm弾を叩き込む。

 

 一瞬だけ、弾丸が太い足に穴を開ける瞬間が見えた。まるでソーセージをフォークで突き刺すように、派手なズボンと太腿の肉が弾丸の先端に微かに圧迫されてめり込み、そのまま風穴を開けられる。幼少の頃に何度も皿の上で目にした光景にそっくりだった。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「あなたっ! ああ、血が…………!」

 

「ぐ………う、うう……………ッ! 貴様ら、ただで済むと思うなよ…………!」

 

 P90の銃口を下ろしてから、俺はそっとフードに手を伸ばした。俺と母さんの容姿は似ているから、俺の顔をこいつらに見せればきっとびっくりするだろう。計画のために消費される筈だったホムンクルスの少女がここにやってきたのだと勘違いするに違いない。

 

 まあ、どうせここで死ぬんだ。どれだけ命乞いされても、どんな交渉をされても、俺はこいつらを消す。一生遊んで暮らせる金なんていらない。貴族の地位なんて不要だ。俺たちは、こいつらの命を奪う事を望んでいるのだから。

 

 フードを外した瞬間、脂汗を流しながら喚いていたマクドゥーガル夫妻の顔が凍り付いた。

 

「き、貴様……………ぺ、ペンドルトンの……………ッ!?」

 

「どうして…………? ま、魔剣はどうなったのっ!? 私たちの息子は!?」

 

「死にましたよ」

 

「なっ……………!?」

 

 本当に無様な男だった。あいつが苦しんでいた姿を思い出すと、ついにやりと笑ってしまう。目を見開きながら俺を見上げる夫婦の瞳には、ニヤニヤと笑う蒼い髪の悪魔が映っていた。

 

 これが、俺の笑い方か。まるで悪人だな……………。

 

「殺したんですよ、私がね」

 

「きっ、貴様! よくも私たちの息子を!」

 

「何てこと…………あの子をよくも…………ッ!」

 

「いえいえ、悪いのはあなた方だ。…………多くの人々を弄び、ペンドルトン姉妹の絆を切り裂いた、あなた方が元凶だ。糾弾される筋合いはない」

 

 ポケットの中から、テルミットナイフ用のカートリッジを取り出す。このカートリッジの中に詰まっているのはガスではなく、参加した金属の粉末とアルミニウムの粉末を混ぜ合わせたものだ。これに着火するとテルミット反応と呼ばれる現象が起こり、3000℃から4000℃にも達する高熱を生み出すのである。

 

 それの蓋を開けて粉末を周囲にばら撒き、下準備をしておく。後始末をする際は、これに着火するだけでいい。そうすればこの襲撃事件は、表向きには『マクドゥーガル邸で起こった火災』ということになる。

 

 科学が全く発達していないこの世界では真相を知る手段なんてないだろう。まあ、今頃ペンドルトン邸も〝どういうわけか”全く同じ状況になっていると思うけどな。

 

「こ、この悪魔め…………!」

 

「悪魔…………ふむ、間違いではないですね」

 

「なに?」

 

 だって、俺たちの父親は――――――――――魔王と呼ばれた、最強の転生者なのだから。

 

 さて、久しぶりに〝切り裂きジャック”になるか。奥さんの方はすぐ終わりそうだが、こっちのデブは解体するのが大変そうだ。30分以内に仕事は終わるだろうか。

 

 まあ、時間が足りなかったらとっとと着火して逃げよう。そうすれば人間の丸焼きが完成する。

 

 ナイフを鞘から引き抜いた俺は、壁に向かって後ずさりを始めるマクドゥーガル夫妻をゆっくりと追い詰める。2人の背後にあるのはただの壁で、この部屋から逃げるには俺から見て右側にある窓から逃げるしかない。入口から逃げられるかもしれないけど、明らかに運動が苦手そうな貴族の夫婦が、足を撃たれた夫を連れながら逃げられるかな?

 

 あっさりと部屋の角に辿り着いてしまい、俺の顔を見上げたながらぶるぶるとマクドゥーガル夫妻が震える。その瞳に移っているの、あナイフを手にしながらにじり寄ってくる、黒服に身を包んだ2人の姉弟。

 

 振り上げたナイフを同時に振り下ろした直後―――――――――綺麗な部屋の壁が、真っ赤に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらブラボー隊。仕事は終わった。どうぞ」

 

『了解しました。アルファ隊にも伝えておきます!』

 

 無線で報告しながら、屋敷の外に止めておいたモリガンのハンヴィーに乗り込む。黒とグレーの迷彩模様で塗装されたハンヴィーの運転席に腰を下ろし、ドリンクホルダーに置いてあった水をラウラに手渡した俺は、冷水を喉に流し込んでから息を吐いた。

 

「ふう…………もうデブをバラバラにするの止めようかな」

 

「ふにゅ? 今回はちゃんとできたじゃん」

 

「そうだけど、だるいんだよね。肉多いし。今度からは丁寧にバラバラにするんじゃなくてぶつ切りでも――――――――」

 

 助手席のラウラと話をしていたその時だった。

 

 レベルアップしたわけでもないのに、いきなり目の前にいつも目にするメッセージが表示されたのである。

 

《おめでとうございます! 『BATTLE OF NAYLINGEN(ネイリンゲンの戦い)』をクリアしました!》

 

「…………は?」

 

 何だこれ? クリア? …………バトル・オブ・ネイリンゲンだって?

 

 今までこんなメッセージが出たことなんてなかったぞ。勝手にメッセージが出たとすれば、レベルが上がった時とか、ドロップしたアイテムを入手した時とか、この能力のアップデートがある時くらいだった。戦いが終わってからこんなメッセージが出たことなんて一度もない。

 

 何だこれは。もしかして、この過去の戦いに巻き込まれる羽目になったのって、こいつの能力のせいなのか?

 

《明日の午前10:00に、元の時代への転送を開始します。お忘れ物がないよう、チェックすることを推奨いたします》

 

 転送…………?

 

 ちょっと待て、どういうことだ? これはこの能力が俺たちを過去に飛ばしたって事なのか? まるでゲームじゃないか。

 

「ふにゅ、なにこれ?」

 

「分からん…………」

 

 元の時代に戻れるのはありがたいが…………何なんだ、これは。

 

 まるで、本当にゲームのようだ。他の転生者たちはゲームのプレイヤーのようなもので、この世界はオンラインゲームのマップのようなものなのか? 

 

 もしそんな仕組みで転生者が送り込まれているのだとしたら…………ひょっとすると、オンラインゲームを管理する運営会社のような存在がいるのかもしれない。管理する存在がいないオンラインゲームなんて考えられないからな。

 

 運営している存在がいたとしたら…………そいつは何者なんだ? 少なくとも、並みどころか熟練の転生者でも太刀打ちできないレベルの存在であることは確かだ。

 

 運転席に座りながら冷水を飲み干した俺は、顔をしかめながら燃え上がるマクドゥーガル邸を見つめた。

 

 


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